水上の地平線   作:しちご

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68 葡萄の牙

 

サイパン仮設泊地の食堂で、夜半に管を巻く軽巡洋艦が居る。

 

「何でか話しかける度に、機嫌悪くなられるクマー」

 

席へと開けた厨房の中で、蒸留ラム(カシャッサ)にライムと砂糖をシェイクしている龍驤の前、

力無く鶏モモの塩焼きなどを齧っているのは、球磨型軽巡洋艦一番艦の球磨。

 

今作戦に於いて、様々な勢力の思惑が交差する形に成る最前線のサイパン泊地は

各国の威信を賭けたやり取りの末に、艦娘の多国籍化が加速していた。

 

その様な現状を受け、比較的英語に堪能と思われる球磨型軽巡洋艦姉妹が

インドネシア泊地より適時に入れ替わり参加する事に成る。

 

出来上がったカクテルがクラッシュアイスに注ぎ込まれた頃、話を纏めて見れば

話しかける度に舞鶴所属のフランス艦、コマンダンテストが不機嫌に成ると言う。

 

「いまひとつ日本語が苦手っぽいから、気を遣ったのに駄目だったクマ」

「そりゃな、わかるからって日本人に中国語で話しかける様なもんやろ」

 

人によってはブチ切れる。

 

いっそ日本語で話しかけた方がマシだったかと、想到した球磨が頭を抱えた。

 

「ほれ、カイピリーニャ」

「このタイミングで田舎者(カイピリーニャ)って、酷いクマー」

 

言いつつも、贅沢にライムが揺蕩うショットグラスに口を付ける様を見て、

狙ったわけではないんやけどなと、バーテンダーから苦笑が零れた。

 

 

 

『68 葡萄の牙』

 

 

 

その国でありふれた料理と言う物は、レシピの自由度が高く成りがちや。

 

みそ汁の具に何を入れるかと考えれば、まあ言いたい事は何となくわかって貰えるやろか。

 

そんな事を考えながら、迫りくる食材を千切っては焼き、ソテーしては煮込み。

気が付けばすっかり厨房の住人と化している今日この頃、いや何でやねん。

 

とりあえず塩胡椒を振った気持ち薄目の牛肉をステーキする。

 

別に塩胡椒は振らんでもええ、ハムや腸詰で代用してもええ。

肉の上にハムや腸詰を乗せて肉々しい感じにしたってええ、自由や。

 

調理途中に目を向ければ、そこはかとなく楽しそうな空気を醸し出しとる金髪巨乳

トリコロールなメッシュの入った水上機母艦、コマンダンテストが居る。

 

その横で呑んどるのはブロンドアメリ艦と自称龍驤型2番艦、何と言う金髪巨乳尽くし。

 

「素晴らしいわね、何だっけコレ、ブリテリ?」

「ブリの照り焼きだな」

 

そうか、最近妙にアイオワの食事がジャパナイズなんはキミのせいやったか、グラ子。

 

ともあれ耳を落とした食パンを、湿気が飛ぶ程度に軽く炙って肉の上に乗せる。

 

別にトーストしてもええ、せんでもええ。

パンの種類も別に何でもええ、単に此処に食パンが在っただけや。

 

興味深げに見守る水上機母艦の視線の先、皿に積み重なって行く調理済みの食材。

 

国籍も所属鎮守府、泊地もバラバラ、どうにも国際色豊かに成ってしもうた作戦本部、

というかサイパン仮設泊地ではどうにも艦娘関係がギスギスしがちやとかで

 

秘書艦経験艦はフォローに回る様にお達しが在ったのはつい先日、うん。

 

それはええんやけど、何故に満場一致でウチを厨房に推挙しやがりやがりますか一同。

おかげで連日素敵なホステス稼業、別に横と縦に伸びたりはせえへん。

 

いや、別に伸びてもええんやで、胸とか、背丈とか、あと胸とか。

 

「ハイ、龍驤、ご飯頂戴ッ」

 

そんなこんなで手を動かしていると、黒尽くめの金髪巨乳ことビスマルクが襲来。

 

「うわぁ、金髪(バカ)が増えた」

「龍驤、本音が漏れてる」

 

「キャリアーって、どうして発言がセメントなのかしら」

 

ついつい零れた感想に、グラ子が的確に追撃を入れつつアイオワが遠い目をした。

 

とりあえず入室即メンタル轟沈させられて、カウンターに突っ伏したドイツ戦艦に

お通しとビールを置いておく、胡瓜の一本漬け、ドイツ組は扱いが楽でええなあ。

 

「グラーフが日本に汚染されている要因は、龍驤にもあると思うわ」

 

胡瓜を齧りながら麦酒で喉を潤し、麦茶だコレとか言いながらの発言。

 

目の前に最大の要因が居る気がしてきたんは気のせいやろか。

 

気を取り直して、肉、パンと積んだ所にマッシュポテトを乗せた。

 

別に大量でもええ、乗せんでもええ、フライドポテトとかでもええ、

ニョッキとかマカロニに差し替える事も在る、重ねず脇に置いても構いはせん。

 

ドイツ組から歓声が上がり、コマンダンテストが無言で頷いている。

 

いや、何か言うてや。

 

「見てたら何か芋が欲しくなってきたわね」

 

戦艦組のビールのお代わりを自分で注ぎながらの発言に、好機と見た風情を醸すグラ子が

任せろと言いながら厨房に入って来る、何か調理担当組が板について来とらんか。

 

「こんな事もあろうかと、芋餅を仕込んでおいた」

 

冷凍庫から平べったい円盤を幾枚か取り出して掲げては、一同からの歓声に応えていた。

 

喧騒を横目で見つつ、厨房に在ったチーズを削って積み食材の上にたっぷりと振り掛ける。

 

土地柄で察すればアメリカン(プロセス)チーズやろか、色的にチェダーの少ない日本製な気がする。

 

まあこれまた例の如く、チーズなら種類など何でもええ。

 

「チーズ、いいわね、私のポテトにはチーズでお願い」

 

熱量に溶けて室内に軽く漂う香りのせいか、目を輝かせはじめたアメリ艦の注文を受け、

横でフライパンを温めだしたドイツ空母に、チーズの塊とおろし金を渡しておく。

 

「ふむ、照り焼きソースだけで行こうかと思っていたが、チーズを掛けるのも悪く無いな」

 

海苔とか用意していたのを見るに、磯辺焼き風にする予定やったんやろう。

 

それはそれとして、最後はパンがソースを吸い込める感じに贅沢なデミグラスソース。

サイパンに来てからコツコツ煮込んどったが、ええ感じに仕上がって来た一品や。

 

そして火傷しそうなほどに熱いソースが、削られたチーズを溶かしていく。

 

「ほいな完成、フランセシーニャ」

Merci pour votre accueil(おもてなしありがとう)、リュージョー」

 

複数の食材が層に成った一皿を、待ち構えていたコマンダンテストの前に置いた。

付け合わせは赤ワインの炭酸割り(ティント・デ・ベラノ)、あんま良いワインも無いし、何より暑いからな。

 

「スペイン風デスか」

 

見るからに涼し気なカクテルと、肉とチーズと言うわかり易さに目を奪われたアメリ艦が

私にも同じ物をと言いながら、そのついでとばかり疑問を気軽にフランス艦へ問い掛けた。

 

フランス式(フランセシーニャ)って言うんだからフランス料理じゃないの」

フランス風(フランセシーニャ)と言う時点で違うでしょうガ、このブロンドが」

 

にべも無い返答に、再度遠い目をするアイオワの煤け姿。

 

「キャリアーって、どうして発言がセメントなのかしら」

 

まあ芋餅が出る頃には復活しとるやろうと放置する事に決め、疑問に答えを入れておく。

 

「スペイン風なんはカクテルの方やな、料理はポルトガルや」

 

どちらも珍しい物やない、現地の食堂で普通に注文できる程度や。

 

「つまり、英国艦ト遭遇したら仲よくシロと」

「それは穿ち過ぎやな」

 

苦笑を返しつつも、想定外の発言に肝が冷える。

 

欧州は複雑怪奇すぎて、何処に地雷が埋まっているかわからんなあと。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「うぉーい龍驤、水くれ水ー」

 

夜も更けた頃合いの食堂に、肩を組み入って来たのは酔いの回った天龍と木曾。

 

「何や、既にご機嫌な感じやな」

「天さんとこのヴェールヌイがやらかしてね」

 

肩を竦めてそう言ったのは、イケメンな方の眼帯雷巡。

 

何でも酒瓶を置いて座り込み、寄って来る米兵や海外艦を、潰しては捨て潰しては捨て。

止めに入った旗艦軽巡などが悉く木乃伊と化した大惨事、よくある話であった。

 

「あいつ、燃料アルコールで動いてるんじゃないか」

「まあ、補給品の項目でウォッカが燃料扱いやった国やしな」

 

ソビエトロシアではウオッカが貴方を呑まされる。

 

そして店主がカウンターに突っ伏した天龍をあしらいつつ、氷水を渡し食材を確認する。

聞けば飲酒母艦組も途中参加したとかで、食堂に押しかけて来る未来が間近に迫っていた。

 

「しばらくしたら雪崩れ込んで来るだろうな、生き残りが」

「何かなぁ、お通しは ―― 枝豆でも茹でとくか」

 

大鍋で手早く一度で大量に作れて、なおかつウケが良いと言うお通し業界の神である。

 

「間宮か伊良湖が回されてくるんは何時頃になるんかなぁ」

 

大鍋の前で、早く厨房担当が回されてこんかなあとボヤいている軽空母の発言に

何か不思議そうなモノを見る視線が集まり、何や気に成るなと問いが在ればこそ。

 

「いやだってさ、今作戦の龍驤さんの役職って、ほら」

 

そういって天龍の背中を擦っていた木曾が、配属通達の書類を取り出した。

 

それを受け取って目を通した龍驤の、動きが止まる。

 

ブルネイ第三鎮守府5番泊地所属、航空母艦龍驤。

 

―― 居酒屋鳳翔、サイパン支店店長

 

「いつの間にか既成事実が作られとるッ!?」

 

遠く離れたブルネイで、鳳翔の笑顔に怖い物が混ざっていたとヒトの言う。

 


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