水上の地平線   作:しちご

11 / 152
11 寛容なる狭量

クルンテープマハナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラアユッタヤー

マハーディロッカポップ・ノッパラッタラーチャタニーブリーロム

ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーンアワターンサティット

サッカタットティヤウィサヌカムプラスィット、略してバンコク。

 

現地ではクルンテープなどとも呼ばれる、タイ王国の首都である。

 

都市圏の南部には隣接している二県、サムットプラーカーンとムットサーコーンに

挟まれる形で尻尾のように突き出た個所があり、そこだけが海岸線に面している。

 

ブルネイ第二鎮守府本陣はそこに設置されていた。

 

本陣と言えどココもブルネイの例に漏れず、国家の外交の都合で首都に設置されている

名ばかりの本陣であり、タイ方面の主力はマレー半島を縦断するために設置された

ソンクラー湖のヨー島、プーケットなどの泊地に配置されている。

 

名ばかりとは言え二国の威信をかけて設置されている手前、設備などの充実は言うに及ばず

対日感情もブルネイに次いで比較的良好な、「安全」な場所である事は疑いも無い。

 

軍事政権以降の中国の影響はまだ残っているものの、インドネシアのようにテロが頻発し

国が割れるような鉄火場には至っていない、そういう意味での安全である。

 

つまりはドイツ組は比較的安全なバンコクで年を越し、年明けに本土へと向かう事になった。

ブルネイ組は帰参である、本陣まで付き合ったので予定より1日遅れになった。

 

妖怪子泣き娘と化して龍驤にしがみ付いていたツェッペリン伯爵が、諸々の物理的な、

とても鮮やかな人間橋(ジャーマン)、もとい説得により引き離された折の一言。

 

「アイルビーバック」

「何で英語やドイツ艦、つーかどこに帰る気や」

 

サムズアップからのムーンウォークでフェードアウトしていく海外空母の姿を見て

取り残されたシュールな龍驤の心の中に思い浮かぶものがある。

 

―― なんやろな、加賀が1匹増えた気分や

 

 

 

『11 寛容なる狭量』

 

 

 

神が枝に這い蝸牛天にしろしめす、世はすべて事も無し。

 

などと穏やかに生きるのは難しいもんや、頭の方から煙を吹きながらそう思った。

 

判定 双方大破 龍驤 戦術的勝利 B

 

「いよっしゃ!」

「く、無念」

 

本年度の対長門(ながもん)戦に勝ち越しが決まった瞬間やった。

 

ブルネイ帰還後に第一鎮守府本陣に出向、師走と言うだけあって随分と慌ただしい。

資材、装備の相互受け渡しと挨拶回りをする合間、長門に演習に誘われた折の話。

 

そのまま二人で御入浴(ドックイン)、修復剤をチマチマ被りながら日々の疲れを癒していく。

 

第一本陣でのながもん対決も何時の間にやら恒例になってもて、今日の戦績を前に

間宮補助券を抱えた駆逐艦たちが一喜一憂、見世物かいな賭けんな阿呆。

 

コレがウチの泊地やったら ―― 明石が売り捌いて大淀が取り立てる光景が脳裏に浮かぶ。

 

…………まあええ憂さ晴らしになるから、どーでもエエんやけどなー

 

などと茹だっていると、隣のナガモンが話しかけてくる。

 

「5番泊地は付近の住民と上手くやっているようだな」

「何やねん、藪からスティックに」

 

思えばウチらも随分と気安うなったもんや、初対面時に「艦の時代の雪辱を今こそ晴らす」

とか言われて演習場に連行された時は、こんな感じになるとは思ってもおらんかったわ。

 

鳳翔さんの店が稼働したら、隼鷹も誘って飲み食いでもしに行くかね。

 

「どうもな、もともと何処か冷たい視線があったんだが」

 

異国人、しかも厳密に言えばヒトではない艦娘故に手放しに受け入れられるはずもないと

敢えて受け流しながら穏当に本陣の運営を進めてきたと言う。

 

「ただな、クリスマス以降にそれがさらに強くなった気がしてな」

 

どうにもそれだけではわからないので、本陣運営について聞き流していく。

そのうちに何となく問題点が見えてきたので、確認のために話題を誘導。

 

なんでも、住民の安全のために水上都市などに定期哨戒を実行しているとか。

 

日本側の好意を示すためにも、水雷戦隊のみでなく、ながもんやアタゴン、摩耶、

ウチからの出向組では島風や祥鳳とかの錚々たる面子もぐるぐる回っていると。

 

王宮のハーレム入りは流石に断ったとか。

 

少しでも歩み寄るためにと、今年は子供相手にサンタ衣装でお菓子を配ったとか。

 

聞けば聞くほど頭が痛くなってきたので、そのまま無言で脱衣所に。

何か重くなった空気を察したのか、後ろでながもんが居心地悪そうに伺っている。

 

無言のまま身体を拭き、容赦なく紙巻を咥えて片手マッチ、肺にまで吸い込む一服。

格好良いなと呟きが聞こえる、練習した甲斐があったわ片手マッチ。

 

それはともかく盛大に煙を吐き出して、うん、落ち着いた、ほな言ってみよか。

 

「ムスリムの! ど真ん中で!」

 

そう、ブルネイはイスラム教徒が6割を占める国。

水上都市って事は思いっきり市街地って事やな。

 

「露出狂のチンドン行列やって!」

 

島風まで連れ出すのは嫌がらせとしか思えん。

 

「好意的な反応が来るわけあらへんやろがあああぁあぁ!!」

 

肌を晒すのは売女、髪を晒すのは淫売、何故にそんな視線に気付けないのか。

何が敢えて受け流しながらや、ナチュラル露出狂かホンマに。

 

「ろ、露出狂ってお前」

 

「喧しわッ 文句言う前にまずはヘソを隠せこの対魔艦!」

「た、対魔艦 !?」

 

触手に囲まれてくッ殺しそうな艦娘No.1のクセに少しは自覚しやがれ。

 

「つーかサンタコスって正気か、その手の異教文化は泊地から出すべきやないやろ」

 

「いや、しかしプレゼントは子供受けは良かっ」

「今年もツリー飾っただけで懲役刑になったってニュースで流れとるやろがああぁッ!!」

 

公式の場にツリー飾って王室激おこ懲役刑事件からもう幾年、毎年この季節になると

クリスマスをどうするべきかと言う議論が各地で喧々囂々と繰り広げられている。

 

とりあえず非ムスリムが自宅でひっそりとする分には誰も文句はつけない感じなので

ウチらは泊地内でクリスマスを祝ってはいたが、泊地の外に出してはいけない、絶対に。

 

制海権の確保のために日本から派遣されているという、やたらと強い立場のおかげで

一言たりとも文句は届いてこないのだが、立ち位置に胡坐をかいて好き放題する集団

そんな風聞が立ってしまうのは流石に命取りになりかねん。

 

「ええい、さっさと服を着! このまま司令官ごと説教部屋や!」

「い、いやそのような対応の責任は発案者である私が」

 

「秘書艦のやらかしは司令の責任じゃあああぁぁ!!」

 

5番泊地が漁師からお魚分けてもらえるまでにどんだけ苦労した思てんのや

最寄りのやらかしを放置しとったらご機嫌とる端から潰されてしまうやんけ。

 

つーかなんで本陣司令が気付かんのや、こんな事、ありえへんやろ。

いや、有り得ないとは言い切れんか、文化摩擦にはうっかりが付き物やしな。

 

むしろよくある話で、今回のソレの発覚が今やったというだけ、別に珍しくも何とも。

……ありえへん、わかってはいるけど言わせてくれ、ありえへん。

 

とにかくながもんの首根っこを引っ掴んで、ずるずると提督執務室に連行する。

 

そのまま運営責任者全員、本陣のナイスミドル提督ごと正座で延々説教かましていたら、

本陣所属の艦娘にさん付けで呼ばれるようになった、少しやりすぎたか。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「タイには、うどん谷と言う土地があるそうですね」

「ウドーンターニーな」

 

龍驤が帰還後に自室で涼んでいた所、加賀がやってきてそんな事を言う。

二人で横並びに座り込み、エアコンの風に当たる。

 

「そういえば余った鶏肉で芋煮をつくっていましたが」

「うん、鍋の中身が妙に減っていた理由が今わかったわ」

 

鍋の主が視線を横に向ければ食人は顔を逸らす。

 

「芋煮に鶏を入れるのは宮崎と愛媛ですね」

 

顔だけを明後日に向けながら滔々と語りだす加賀。

 

「愛媛と言えば四国、四国には讃岐があるおかげか4県全てにうどんが浸透している」

 

戻した顔はすまし顔、そのまま眼力を込めた視線と共に語り終わった。

 

「そのためうどん消費量が本州より遥かに高く、うどん王国四国と呼ばれているそうです」

「ああ、ウチの食キング持ってったの加賀やったんやな」

 

再び顔をそむける借りパク犯。

 

「伊勢型戦艦の姉妹が来ていましたが、伊勢と言えば伊勢うどんですよね」

 

なにやらまだ言い募る後頭部に龍驤がカップうどん(きつね)をめり込ませた。

 

「……冷凍庫に冷凍うどんがあるでしょう」

「何故にウチの冷蔵庫の中身を把握してやがる」

 

背筋を使って後頭部でカップうどんを押し戻す怪生物と、押し付け続ける陰陽師。

日本製冷凍讃岐うどんタピオカ配合5個パックの命運が決しようとしている。

 

そんな折、鳳翔さんがお節作りで構ってくれませんとボヤきながら入ってくる影。

味見担当で厨房に居座っていた所を間宮に追い出された赤城であった。

 

うどんを賭けた熾烈な攻防の有様を横目に、龍驤を挟んだ反対側に座り込む。

 

「ところで龍驤、タイにはうどん谷という土地があるそうですよ」

 

怪鳥の叫びとともに飛び膝蹴りが飛んでいた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。