水上の地平線   作:しちご

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64 転がる民主主義

―― あら、私のアイスクリームに何かご不満でも

 

―― こんな代物をアイスクリームだと誤解するなんて、米帝の艦は可哀そうだと思ってね

―― 流石、邪悪な帝国主義が舌にまで回った連中は言う事が違うのです

 

―― そこの私、何いきなり乱入して煽っているのですかッ

―― ふええ、電さんと電さんが、はうー

 

外からの喧騒が漏れ聞こえる工廠の中、薄暗がりに書類を纏める工作艦と、揚陸艦の姿。

 

「相変わらず、愉しそうな泊地でありますな」

「煽っているのは、貴女の所の副官なのでは」

 

飄々とした物言いのあきつ丸の軽口に、明石が苦笑を交えて返答をした。

そのままに手の中の書類を取り纏め、封筒に入れて憲兵へと受け渡す。

 

「とりあえず、今回の検査報告はこれだけでお願いします」

「秘書艦組の資料が入っていないようですが」

 

定期検診、泊地所属艦娘の霊的検査結果の記されたそれらを受け取りながら、

取りまとめの際に気付いた点を聞けば、決まり悪い色合いの声が漏れる。

 

「秘書艦の方々は忙しくて、なかなか検査の時間が取れないんですよねー」

 

無言が在る。

 

顔色一つ変えないあきつ丸を前にして、舞台の上の役者の如くお道化る明石。

軽く頭を掻きながら申し訳ない表情を表に張り付けて、微塵も変わらない。

 

「まあ、南冥からの帰りに襲われて書類散失、よくある話ではありますな」

 

溜息がひとつ、吐き手は封筒を抱えて工廠の外へと向かう。

 

戸口に至る折、背中越しに何の気も無い風情の問い掛けがひとつだけ在った。

 

「龍驤殿は ―― あとどれぐらい、持つのでありますか」

 

明石の動きが止まる。

 

視界の先、逆光に隠された表情の中、あきつ丸の歪んだ口元に怖い物が混ざった。

 

言葉を受け、工廠の主から表情と呼べる物が消える。

 

「わかりません」

 

そして、絞り出すように零れた声は、無機質。

 

「まさか、そこまでとは」

 

幸福が逃げそうなほどに繰り返される溜息が、鉛の如き空気を僅かに軽くした。

 

 

 

『64 転がる民主主義』

 

 

 

乳の全てが、うん、わかって……きたぞ……

 

そうか、脂肪と筋肉とウチとの関係はすごく簡単な事なんや。

ははは……どうして泊地にこんな巨乳が溢れたのかも。

 

「おーい龍驤、戻ってこーい」

 

司令官の声に現実に引き戻されてしまえば、そこは提督執務室。

 

「相も変わらず脂肪怪獣アタゴンがウチに乗せている昨今、皆さま如何お過ごしやろうか」

「龍驤ちゃんひどいッ」

 

いや待たんかい、毎度たゆんたゆんをパイルダーオンされるウチの方が泣きたいわ。

 

「つーか、頑張ってアイオワを押し付けたのに、何で間髪入れずにアタゴン襲来してんねん」

 

「龍驤ちゃんが空いたと聞いてッ」

「何、ウチの頭の上は予約待ちなん、大型連休の遊園地なん」

 

大淀あたりがチケット売り捌いていそうやなコンチクショウ。

 

「しかし定期検診だっけ、他の皆は長引いてんのか」

 

定期検診言う事で、秘書艦組は朝一から工廠で各種点検を受けとったわけで

昼頃には一通り終わって騒動があり、何かウチだけ帰ってきた所。

 

「間宮の方でアイスクリーム対決があるとかで、皆そっち行っとるわー」

 

今日は仕事無しな感じに調整しとるから、特に問題は無いわな。

 

「アイスクリームってーと、新人と間宮あたりか」

「惜しい、ヴェールヌイとサラトガやな、間宮さんは巻き込まれたクチや」

 

ウチも行っとくべきやったかな。

 

何か背中の肉布団がゴロゴロ言うとるし、正直暑いねん。

 

「アイスクリームと聞くとアメリカって感じなんだが、ソ連も有名なのか」

「まあ、民主主義とはアイスクリームが食える事、とか言いだす連中やからなあ」

 

18世紀に世界初のアイスクリーム製造工場を作った国なだけはある、アメリカ。

 

とは言え量販品は、クオリティを高めるのが難しいと言うのも事実なわけで。

 

「冷戦時代に国策でな、アメリカより良いアイスを国民にってやらかしたんよ、ソ連」

 

普通に国家予算で最新鋭の機材を揃えてアイスを作りまくったわけで、

おかげでソ連のアイスのクオリティはわけのわからんほどに高い。

 

「アイスはソビエト時代の方が良かったって、ロシア人が良く言っとるらしいわ」

 

単冠湾からのネタで良く耳にするねん、あんだけ寒い所で良く言うもんや。

 

「すると、ヴェールヌイ有利って感じなのかね」

 

さてどうやろう、国の対抗で考えれば確かに平均的な質ではソビエトのもんやけど

アメリカの量販品が品質の平均を押し下げていると言う見方も出来る。

 

材料自体は間宮で調達する以上、さほどの違いは出まい。

 

撹拌に使う出力を考えれば航空母艦のサラが有利と言いたい所やけど

ぶっちゃけアイスの撹拌なんやから、駆逐艦の出力でも過剰すぎるわな。

 

なら艦娘としての期間が長いヴェールヌイか、いやでもサラトガはこないだから

アイオワが張り付いてアイスクリームを作るマシーンと化しとったし、経験値は在るか。

 

ふむり、いまだ乾季で気温が高い事を鑑みれば ――

 

「間宮さんの独り勝ちやないかな」

 

卵使わんからな、間宮アイス。

 

「身も蓋も無い予想が出たな」

「いやまあ、確かに暑い地域だと間宮さんのものよねー」

 

乳の上と向こうから呆れた様な声色が届いてくる。

 

「水分多い方が有利やろうしなー」

「ここらなら、ABCとかか」

 

「あ、それそれ、ブルネイで良く聞くけど何の事なの」

 

乳越しにタウイタウイの重巡の疑問が降って来る。

 

そういやマレー半島のレシピやし、知らんのも有り得るか。

 

アイス(Ais)バツ(Batu)チャンプルー(Campur)、マレー風カキ氷の事や」

 

意味は氷を、オンザロックで、混ぜるって感じ、頭文字をとってABC。

 

カキ氷にバンダンで色を付けた米だの小豆の砂糖漬けだの、コーンだの寒天だのを乗せて、

練乳と黒蜜をダバダバと、それはもうダバダバと半分溶けるほどに掛ける代物。

 

宇治金時から抹茶除けてずんだ入れて、金時マシマシにした感じか、強いて言えば。

 

「……甘そう」

 

「甘いな」

「めっちゃ甘いわ」

 

基本、ブルネイというか、熱帯の冷菓は凄まじく甘いんよなあ。

 

言うてもABCは他よりは水分も多いし、朝食前にかけつけ1杯とか言うノリで消費される

今ではすっかりブルネイに定着した感じの、雨季乾季関わらずな人気の冷菓や。

 

「まあ今日は仕事も無いし、これから食いに行ってみるか」

 

話している内に熱気に負けたのか、泊地の責任者が容赦なく職務放棄を宣言しおった。

 

チクショウ何て事や、グッジョブやないか。

 

「ええな、こんだけ暑いと溶け掛けを飲み物の様に掻っ込むのが堪らんわ」

「キーンと来ない体質って良いなあ」

 

司令官は一気食いすると米神にクるらしい、来ないウチにはよくわからんが。

 

「え、ええと、アイスクリーム対決は華麗にスルーされてしまうのかしら」

 

背中の熱源が少し申し訳ないような声色で声を掛けて来れば、迷いなく応える。

 

「アイスクリームか、知らない子やな」

 

ええかアタゴン、耳を澄ませばキミにもわかるはずや。

昼下がりの泊地、執務室の窓から間宮の在るあたりを眺めれば、響く。

 

ほら、何か鳳翔さんがフェイバリットで赤城を沈めた様な重い音がした、桑原桑原。

 

「君子危うきに近寄らずって言葉が在ってな」

 

乾いた空気に、司令官が遠い目をして言葉を入れた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

あまり誰かに触られるのは好みでは無いのですが、言っても無駄な相手が居ると

理解せざるを得ない状況に追い込まれたのは私、島風です。

 

乗ってます。

 

たゆんたゆんが乗せられています。

 

何でも、アイオワさんがたまには違うアイスが食べたいとか言いだしたそうで、

龍驤ちゃんの紹介と言うか、体良く押し付けられてしまいました、乳を。

 

「とりあえず、愛宕さんに龍驤ちゃんが空いたと連絡を入れておいた」

 

メールって便利ですよね。

 

「みんな不幸に成れば良い」

「ここまで殺伐とした島風ははじめて見たわ」

 

たゆんたゆん合体している私を眺めていた天津風ちゃんが、引き攣った笑顔で言っています。

 

「新たなアイスクリームのフロンティア……楽しみね」

 

わあ、微塵も聞いてないよ、このヒト。

 

「さて、ココが島風の行きつけのアイスクリームショップね」

 

うふふ天津風ちゃん、何で目を逸らすのかなうふふふふ。

 

まあ艦生は諦めが肝心とも言いますし、切り替えてアイスを食べましょう、暑いし。

 

物凄く暑いし。

 

カップの中に、みよんと伸びるフローズンヨーグルトを入れて貰って、4ブルネイドル。

アイスは選択の余地が無いけれど、豊富なトッピングから2種類まで入れる事が出来る感じ。

 

「クッキークリスプは外せないわね、あとはオレオかミロか……」

 

アメリ艦がドライトッピングで悩みはじめたおかげで、背中が解放されて涼しくなった。

 

「コールドトッピングも豊富ね、何かお薦めはあるの」

 

店先で悩み始めた2艦を見て、涼しさに海よりも広い心持ちと成った私が素直に答える。

 

「餅」

 

何故、黙る。

 

「って、本気で在るわ、コールドトッピングにMOCHI」

「マンゴーやナタデココに混ざって餅って、シュールね」

 

ぐぬぬ、コールドトッピングの餅はブルネイでも人気のメニューだと言うのに。

 

「正確には求肥だね、白玉みたいなノリだから変な物じゃないよ」

 

捕捉を入れておくと、漸くに何か納得した感じを見せてくれて一安心。

 

「フムン、ヨーグルトの酸味がフレッシュだわー」

「ここらだとフローズンヨーグルトって、珍しいわよね」

 

カップの中にアイスが見えなくなるほどにカラフルな求肥を入れて貰って、一口。

 

「ブルネイというか南方は、クリームベースが主体だもんねー」

 

ヨーグルトのおかげでサッパリとした口の中、冷えた求肥が歯応えを返してきます。

 

「ヨーグルトか、コレはアリね」

 

アメリ艦が何か満足気な感じで締めていました、まあ良かった、のかな。

 


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