水上の地平線   作:しちご

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63 悪魔と踊る

「新型の建造式?」

 

工廠に響いた龍驤の疑問に、目の下に隈が住み着いた明石の疲れた声が応えた。

 

「艦娘の多国籍化で、15世代型じゃ対応しきれなくなってきたんですよ」

 

唐突に本土から全工廠へ、建造式のメジャーアップデートに備えるべく通達が在り

工廠に引き篭もり浪漫を追い求めていた危険物たちは忙殺へと叩き落とされたと言う。

 

「で、式と触媒が幾つか回って来たので造ってみたんですけどね」

「試製16世代型建造式なあ」

 

早速の試験建造にて、建造ドックが怪しげな作動音を響かせる中、

見れば霊力を引き摺り出された提督が、建造ドックの前で昏倒していた。

 

試製だけあって、安全装置と言う物が付いていなかった様だ。

 

「艦娘としては、何が違うんや」

「航空母艦の艤装に自由度が増す感じですかねー」

 

全工廠に共有された、グラーフ・ツェッペリンなどドイツ製艦娘の艤装解析記録から、

従来の弓道式、陰陽式に縛られない艤装の構築が可能に成ったと言う。

 

「要は経文の様な形式が成立していれば良いわけで、銃とかアーチェリーとか」

「悟りの鋳型か、入出力と記憶媒体が在ればええってとこかな」

 

最初期の航空母艦、鳳翔に採用された弓道式艤装は、矢に刻み込まれた霊的情報を

射撃時に弓が読み込み召喚の式を起動する事に因り発動する形式と成っている。

 

発動した式は式神の鋳型を構築し、飛来する矢を分解、再構成して艦載鬼化させる。

 

弓道式の利点は高速である事、問題点としては高速すぎて式の安定性に欠ける事、

式起動の時間が短いため、積載量に比例して要求出力が跳ね上がる事などが挙げられ、

 

結論として弓道式は正規空母、及び積載量の少ない軽空母などに採用される事になる。

 

そして積載量減少を嫌った龍驤や飛鷹型などは、式構築に主体を置いた陰陽式が採用された。

 

「あとはハイブリッドですね、まだ試製なのでそこまで行きませんが」

「弓と呪い、梓弓とか破魔矢とかそんな感じか」

 

そうこうしている内、建造ドックから電子レンジの完了音の如き音色が響く。

 

「わけもなく不安になる音よな、いつもの事ながら」

「設計した人は何を考えていたんでしょうねえ」

 

鉄扉が開き、銀の髪を後ろで三つ編みにした背の高い航空母艦艤装の艦娘が見える。

どこか気だるげな印象を漂わせ、視線を巡らした後にドック前に倒れている提督に気付いた。

 

「雲龍型航空母艦、雲龍、推参しました……提督、よろしくお願いしますね」

 

返事が無い、ただの屍の様だ。

 

「この発想は無かったな、陰陽系やん」

「試製ですからそこ止まりなんですよ」

 

建造式に魂的な物を引き摺り出されて、涅槃へと疾走している提督を放置したまま

やや離れた場所から筆頭秘書艦と工廠の危険物が呑気な会話を重ねて居る。

 

雲龍型航空母艦1番艦、雲龍、初の陰陽系正規空母であった。

 

 

 

『63 悪魔と踊る』

 

 

 

なんや緑っぽい制服の新人空母が、軽空母如きに良い艦載機が在るのは納得いかないとかで

ウチの烈風いつの間にか改、誰やいじくったんエディションを寄越せと言ってきたので、

 

―― とても平和的に解決した

 

「修復剤が10個減っとるのじゃが」

「気のせいやろ」

 

昼下がりの執務室で、労働の後の心地よい疲労の中、利根のジト眼から爽やかに目を逸らした。

 

提督は医務室に担ぎ込まれ、叢雲と金剛さんが付いとる。

 

視界には穏やかな午後の光、銅色の髪を括った白い服の娘さんが机の上のにパイを置き、

その横では夕立が、両手に持った二つのコップを使って紅茶を泡立てている。

 

テータリックやな、東南アジアの南方で人気なコンデンスミルクを入れた紅茶や。

 

左右のコップに中身を何度か移し替えて泡立てるねん、そこはかとなく温くて飲み易い。

 

ひとしきり泡立てて満足したのか、人数分のコップを配り始めた金髪の駆逐艦の後に、

赤金色の髪のお嬢さんが、自信作なんですよと楽し気に切り分けたパイを渡してきた。

 

サクサクしつつ土台はシットリ、実に見事。

 

うん、アップルパイって中の林檎がたっぷりやと何か得した気分になるよな。

でも丸ごと林檎パイとかまで行くと何か違うねん、加減が難しい所や。

 

そしてだだ甘紅茶を口に含めば、何か糖分が脳髄を癒してくれる気がせん事も無い。

 

「龍驤、いい加減に現実を直視するのじゃ」

「見えん、ウチには何も見えんぞおおぉッ」

 

E缶の様な煙突髪飾りも、ドラムマガジン内蔵してそうなスカートも何も見えんからなッ。

 

「え、ええと、改めまして第一鎮守府4番泊地から移籍してきました、Saratogaです」

「ギャースッ」

 

キコエナイキコエナイキコエナイッ

 

「何でや、何であの色ボケが乳尻太腿を手放すような奇跡が起こっとんのやッ」

「言いたくなるのも理解できるのじゃが言葉は選ぼうなッ」

 

ウチをして理解不能な現実に直面したせいで漏れた心の叫びに、律儀に利根が受け答え。

 

正気度が削れきって錯乱したウチを見兼ねたのか、何処か申し訳なさそうな気配で

件の米国産ホルスタイン2号が言付けを預かっているのですがと手紙を渡して来る。

 

―― タスケテクダサイ

 

涙で滲んだ跡の在る、血を吐くような言葉が認められていた。

 

「本土と米軍の板挟みで随分と甚振られた様でな」

 

伝わって来る無念にドン引きしとるウチの耳に、呆れ半分の相方のフォローが入った。

 

「秘書艦の方が、入渠ドックから出て来れなくなってしまいまして」

 

主に胃潰瘍で。

 

あとは良く在る、表沙汰には出来ない様な事案が幾つか起こった所で白旗掲揚と。

 

「被害が自分だけなら耐え続けたのじゃろうがのう」

「畜生、無駄に男前やなあの色ボケ提督」

 

流石はエロさえ無ければ理想の提督と言われた南方の残念。

 

しかし、やはり厄介事か、押し付けて来られたかー。

 

「迂闊な事をすると、泊地ごと亡命するかもとか何処かで呟いてくるか」

「余りに頼もしすぎて、やり口のえげつなさに惚れ惚れとしてきたぞ」

 

オイルロードの国益を消し飛ばす覚悟が在るなら手出ししてこいやって感じで、

つーか、ウチが言わんでも横須賀本陣の第4あたりがボソリと呟いていそうやな。

 

「提督、5番泊地は魔窟と言った意味がサラにも少しわかってきました」

「ふたりとも、新人さんがドン引きしてるっぽい」

 

遠い目をした新人空母の有様に、ジト目の夕立がこちらを嗜めて来る。

 

途端、開かれる執務室の扉。

 

「亡命先ならステイツがお薦めよッ」

 

闖入してきた米国産ホルスタイン1号、だから執務室の防諜どうなっとんねんと。

 

「あきっちゃんにロシアを紹介してもらうか」

「ホワーイッ」

 

つい反射的に言ってしもうた言葉に、頭を抱えて絶叫するアイオワ。

 

「色々あったし、露助は流石に勘弁して欲しいかな」

「夕立、誤解したらあかん」

 

嫌そうに言ってきた夕立の肩を掴み、瞳を真摯に見つめながら言の葉を重ねる。

 

「今のロシアはソビエトの後に出来たんや、言わばウチらの仇を取ってくれた国」

「そ、その発想は無かったっぽい」

 

「そこ、純心な駆逐艦を騙くらかすでない」

 

いやまあ、ソビエト連邦からロシア連邦に乗り換えただけで、別に打倒はしとらんわな。

 

「ステイツに来なさいよー、そしてニクジャーガをステイツのソウルフードにするのよ」

「何と言うか、随分と馴染んでますねアイオワ」

 

たゆんたゆんを押し付けながら頭悪い事(ブロンドジョーク)を言う戦艦に、呆れ半分に声を掛ける空母。

 

「あれ、サラじゃない、貴女も艦娘に成ったのね」

 

ようやくに同僚に気付いたと思えば、明るい声色と天真爛漫な笑顔が在る。

持ち前の明るさに釣られ、執務室内の空気も明るくなった所で、アイオワが言葉を繋げた。

 

「早速だけど、メイクスナック(おやつ作って)

 

何やら恐ろしい破裂音に振り向けば、縦に回転する高速戦艦と言う珍しい光景が視界に入る。

サラトガの、いつの間にやら召喚していた艤装の短機関銃で、見事なヘッドショットやった。

 

加害者が目を回している被害者の首根っこを引っ掴み、空いた手で拳を握る。

 

「ちょっとアラモを叩き込んで来ますね」

「頑張ってジャスティスしてくれ」

 

ウチと言葉を交わしながら互いの拳を押し付け合い、そのままサムズアップ。

 

そのまま執務室から退出する後姿を眺めながら、利根が言う。

 

「何故に突然意気投合しとるのじゃ、お主ら」

 

多分に呆れた気配のする声色。

 

「とりあえず、空母寮でもやっていけそうなタイプって事はわかったっぽい」

 

夕立の結論が、静かに成った執務室に虚しく響いた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

弓道場横の陰陽系施設、身体を清め口を濯ぎ、道具を清め、用意してあった霊水で墨を摺り、

白装束、常よりも随分と慎重に艦載鬼用の式神符を書き始めた龍驤が居る。

 

本来なら肉食、喫煙飲酒もしばらく控えるべきなのだが、多少の穢れが在った方が

戦道具には向いていると言うのが陰陽系の総意であり、検証を許さない雰囲気が在る。

 

「なあ雲龍」

「どうしました師匠」

 

黙々と符を書き続ける龍驤に、たゆんたゆんを乗せていた空母が答えた。

 

「色々とツッコミたい所はあるが、まずは何で師匠やねん」

 

「師匠に憑いていくと、3倍ぐらい強くなれる気がする」

「何か今、字がおかしくなかったか」

 

言われてみれば、緑から赤に成ったら3倍ぐらいに成りそうな気がしない事も無い。

 

ちなみに普段と違い随分と本格的なのは、雲龍に対する施設の説明を兼ねているからだ。

 

「んで、何故乗せる」

「3歩下がって師の影を踏まずと言う」

 

疑問に対し、随分と前衛的な答えが返って来た。

 

「影を踏まないために、前に進むと言う手を思いついた」

「その発想は要らんかったな」

 

とぼけた返答に的確に答えを返しながら、一枚、また一枚と符が書き上がっていく。

 

丁寧に書き記された式鬼符に、知らず雲龍が溜息を吐いた。

 

「湿気が出て来たか」

 

静かな世界の中で、龍驤が小さく呟く。

 

気が付けば社に入る風が、雨の訪れを匂わせていた。

 


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