水上の地平線   作:しちご

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最終舌 片肌カンフー 対 空飛ぶ玉子焼き

これまでのおはなし

 

中華最高武具である龍驤環(ドラゴンリング)を受け継いだ少林寺龍驤(ドラゴン)拳の使い手、翔鶴。

 

少林鬼族、裏少林との長き戦いを経て、生き分かれていた姉妹、鬼族四天王の蛇鶴

鳳魔王こと瑞鶴と再会し、鶴家三姉妹としてブルネイへと帰投したが、

 

そこで彼女が目にした物は暴徒の巣窟と化した5番泊地であった。

 

資材庫の扉は裂け、間宮の貯蓄は枯れ果て、泊地は悪魔が微笑む時代と成っていた。

 

頂点に立つその姿は、南雲魔鏡拳の使い手 ―― 赤城

 

決戦に於いて容易く打ち破られた翔鶴は、随伴艦の皆さんを犠牲にして窮地を逃れる。

そして雪辱を誓い、泊地裏手の龍驤(ドラゴン)洞にて真・龍驤(ドラゴン)拳に開眼した。

 

嗚呼、運命を切り開く女が居る。

 

天に背く女が居る。

 

それは、一航戦80年の宿命。

 

見よ。

 

今、この永き血の歴史に終止符が打たれる……

 

 

 

『万愚節番外 3割ぐらいの頻度で孤独じゃない島風』

 

 

 

やたら長い名前の首都こと通称バンコクに来ている私、島風です。

 

第二本陣で皐っちゃんを見かけて追い回して居たら、長波ちゃんと一緒に

お昼代を持たされて追い出されてしまいました、やったぜ。

 

「やったぜじゃねええええッ」

「そういうわけで、今まさにお昼時」

 

バンコク内に幾つか在る屋台街、開戦前は基本的に撤去の方向で政策が執り行われ

年々その数を減らしていたんだけど、最近は増える一方だとか。

 

年季の入った色取り取りのテントの並び、調理の快音が響く中に私が居る。

 

俯瞰して見れば、昼の割に意外に人が集まっている鮮やかな喧騒の中に私が居る。

 

屋台と屋台、シンプルな造りの食事処の隙間でお腹を押さえる私が居る。

 

「お腹が空いた」

「待て、何だ今の不自然な間は」

 

そんなわけで早速ふらりと寄って見る事にしたのだ。

 

「いや、ノー躊躇で手近な屋台に入んなよ」

「しまった、カイガタ屋台だ」

 

玉子(カイ)鉄板(ガタ)の名の通り、小さめの鉄鍋で作るシンプルな目玉焼き。

ハムや腸詰、ひき肉などを入れてマギーソースを掛けて食べる、美味しいんだけどね。

 

「朝食メニューだよね、どう考えても」

「付け合わせがトーストだしな」

 

要は目玉焼きだし、ちなみにベトナム料理、ウドン谷を経由してタイに入って来たとか。

 

惜しいけどスルーと言う事で、隣の鉄板で焼いている半球状の粉物を買ってみる。

 

カノムクロック

 

ココナツミルクで溶いた米粉に葱を入れ、専用の焼き型で焼き上げたお菓子。

 

たこ焼きの鉄板に似た焼き型で、引っ繰り返さずに半球状に焼き上げるのが特徴。

総じてたこ焼きよりも火力が強いから、カリカリに焼き上げてあるのが屋台での定番。

 

「ネギが妙にワイルドに主張しているあたり、個性が在るよね」

「文字焼きや葱焼き的なお八つ感が在るよなー」

 

まあ中トロ生地のココナツミルクに砂糖が甘いので、お菓子寄りではあるのだけど。

 

もともとはカノム・コンラッカンと言う名前で、愛し合う二人(コンラッカン)お菓子(カノム)と言う意味。

半球状に焼き上げた二つを重ねて、球状にして提供するのはそれが由縁なのだ。

 

レストランとかのデザートで頼むと、カリカリでなく柔らかい状態で出てきたりする。

それはそれで、ほんのりとした甘みに団子的な食感があって面白い。

 

「あ、これ良い感じ」

 

そして開いた手に持った串焼きを齧りつつ、一本を長波ちゃんの方へと勧めてみる。

 

「いや、何時の間に買った」

 

サテ

 

ココナッツの入った甘辛いタレの絡む、インドネシア料理として有名な串焼き。

 

日本の焼き鳥に似ているけど、漬け込んだ肉を焼いたり、肉がやや小振りとか相違点は多い。

 

鶏肉、もしくは山羊肉のサテがポピュラーだけど、たまにウサギ肉のサテも売っている。

香辛料の強いパダン地方など地域に因って特色が有って、タイのサテは総じて甘みが強い。

 

「焼き鳥と同じジャンルなはずなんだけどなあ」

「ココナッツや香辛料が入ってると、南国って感じが出るよねー」

 

ちなみにヤシを削った串に刺してヤシの葉を焼いて焼き上げる、香りも良いよね。

 

香りと言えば屋台の隙間、何処からともなく強めのバジルの香りが漂ってくる。

ガパオかー、それも良いなー、やっぱ屋台は匂いに負けるよね。

 

そんなわけで、腹ごなしも終わった所でお昼にしようかと言ったら呆れられた。

 

ガパオライス

 

ご飯の上にガパオ炒めを飾り付けたタイ料理、オプションで揚げた目玉焼き(カイダーオ)が付く。

 

ガパオとはタイ語でホーリーバジルの事、これに海産物、もしくは叩いて粗微塵にした

畜肉を炒めた料理がガパオ炒め、これでもかとばかりにガパオが入っているのが特徴。

 

席を取って料理を並べていると、長波ちゃんがビニール袋と瓶を持って来た。

 

「オレンジとライム、どっちだ」

「マナオで」

 

ナムソムカン

 

屋台売り、その場で絞るフレッシュなオレンジジュース。

 

瓶詰で売られていて大瓶と小瓶が在る、甘みを増すために塩を入れる人も居る。

ストローを使って飲むのがマナーの良い飲み方、感染症の予防も兼ねている。

 

ナーマナオソーダ

 

絞ったライム(マナオ)に炭酸と氷を入れたシンプルな飲み物。

 

タイで飲料がビニール袋に入っているのは、清涼飲料水を販売時に瓶を回収していた時代の名残。

現在では持ち手の付いた、ジュースを入れるための専用のビニール袋が使われている。

 

マナオのクセのあるサッパリ感、暑い国で冷えた炭酸を飲めるのは嬉しい事だよね、

などとビニール袋に差し込んだストローを咥えながらしみじみと思う。

 

「濃縮還元は、何であんなに味が濃くなるんだろうな」

 

飲み易いと評判のフレッシュジュースを減らしながら、相方がそんな事を言って来た。

 

「林檎とかは、ストレートの方が濃くないかな」

「濃い薄いじゃなくて、味が変わってるって事か」

 

ストレートと濃縮還元の味の違いには、メーカーごとに色々と理由があるのだろうけど、

共通の大きな理由としては、濃縮還元だと加熱殺菌処理が施されているからだとか。

 

それはともかくだ、暑さも和らいだ所でガパオライスに取り掛かる事にした。

 

叩いた肉のボリュームに香草の強い香りが上乗せされていて、ご飯が進む。

 

「この、親の仇の様にガパオが入っているのがガパオ炒めだよねー」

「そこがショボいと食った気がしねえよな、確かに」

 

めっちゃ緑、物凄く緑、ガパオ、ガパオ、ガパオ、肉、ガパオ、みたいな。

 

いや、葉が広がっているだけで見た目ほどガパオ比率が高いわけでは無いんだけどね。

まあそれでも炒める時にワサッと入れるのがガパオ炒めだと私は思う。

 

だけど最近は、香り付けにちょっとだけ入れて見ましたみたいな

上品なガパオ炒めの店が増えてきて、何とも言い難い気分。

 

少ないだけでもボッタクラレ気分なのに、酷い店だと瘤蜜柑の葉とかで誤魔化している。

 

入れない店なんか、何を考えているのかわからない。

 

「そういう店だと、お肉も挽き肉とか使いがちだし」

「万死に値するな」

 

叩かずミンチを使うガパオ炒めは邪道、そこだけは譲れない。

 

そんな益体も無い事を言いあいながら、目玉揚げを齧りつつ、スパイシーな香りに導かれ

カオカオ米を最後まで頂いて食事が終わる、正直香りでお腹がいっぱい。

 

「んじゃ、お土産でも買って帰ろうか」

「皐月さん青筋立ててたからな、煽るなよ、フリじゃないぞ」

 

困ったな、長波ちゃんにそこまで期待されてしまうと、煽らざるを得ない。

 

などと言う内心が伝わってしまったのか、タップするまでヘッドロックで絞められた。

 

「そんなわけで、お八つを買ってきました」

 

本陣提督執務室で、漣ちゃんと何かシリアスな話をしていた皐っちゃんに押し付ける。

 

「筆頭秘書艦を全力スルーすんなッ」

「あうちッ」

 

そして長波ローリングソバットが綺麗に腰に入った、何か最近遠慮が無くなってる気がするよ。

 

「ま、まあ丁度キリも良い所だし、休憩にしますか」

 

桃色の二つ括りの駆逐艦が苦笑を滲ませてそんな事を言う。

 

流石は漣ちゃん懐が深い、うん、だからこのアイアンクローを外してください皐月さん。

 

「駄目」

「のぎゃあああぁぁ……」

 

何か頭蓋骨の形が変わったんじゃないだろうかと擦っている頃には、

袋の中のお土産も机の上に並べられて、紅茶なんかが淹れられている塩梅。

 

「いつ見てもビジュアルがテラワロスって感じですよねえ、コレ」

「どう見てもマンゴー丼だもんなあ」

 

「美味しいんだけどねえ、あ、島風、ココナツミルク取って」

「お、皐っちゃんはミルク掛ける派なんだね」

 

カオニャオ・マムアン

 

ココナツミルクと砂糖で甘口に炊いた餅米(カオニャオ)マンゴー(マムアン)を乗せたお八つ。

 

屋台からスーパーまで何処にでも売っている、タイのマンゴーは繊維が少なく柔らかいので

容赦なくスプーンでイケる、ココナツミルクを掛けて食べる人も多い。

 

「まあ美味しいのは確かなんですけどね」

「マンゴー餡のお萩って感じだよな」

 

文句を言いながらもサクサクと消費している2隻が、そんな身も蓋も無い所感を述べる。

 

「美味しいんだけど、凄まじく甘いんだよねコレ」

 

食べる合間に紅茶を口に含んでいた皐っちゃんが、そんな事を言った。

 

「まあそれが、使い込んだ脳みそに効きまマスワ」

「あたしと島風は、食い歩いていただけだけどなー」

 

違いないと、皐っちゃんが笑う。

 

何かを言おうかと思ったけど、特に思いつく事も無くスプーンを咥えれば、

口の中にはマンゴーと砂糖の甘み、ココナツの香りとほのかな塩味が感じられた。

 

何はともあれ、まったりと過ぎた昼下がりでした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

真・龍驤(ドラゴン)拳の「御託は良いから死んどけや、な」という心の籠もった一撃を

写し取る事が叶わず、翔鶴に打ち破られた南雲拳鉄拳騎団総帥、赤城。

 

かくて5番泊地には平和が戻り、翔鶴を頂点とした独裁体制が敷かれる事と成った。

 

「ヒャッハー引けぇーい、もっと力を入れんかーッ」

「良いかしら、この航空十字陵はいずれ翔鶴様がご永眠なされる場所」

「しっかりご奉仕しないとバチがあたりゅぞー」

 

軽空母の檄が飛ぶ中、何故か荒縄で巨大な石材を運び、陵墓を建設させられている

何処か薄汚れた駆逐艦たちの姿、クレーンやリフトは隅っこに転がっている。

 

「随伴艦の皆さん、頑張ってくださいね」

 

見れば山車の如き世紀末的な巨大人力戦車の上で、翔鶴が高笑いをしていた。

 

「……ふむ」

 

気が付けば桟橋に、赤い水干の艦娘の姿が在る。

 

ちょうどバンコクから帰投した島風が41ノットの高速で沖合に舵を切った。

 

簀巻きを解きながら近寄って来た利根が、その顔を見た瞬間に直角に曲がり

即座に艤装を喚び出し、これもまた沖合目指して全速で航行を開始した。

 

見れば川内と那珂が、神通を抱え上げて沖合に向かい吶喊している。

 

これまで画面端で何か食べていた加賀が、気が付けば既に沖合に居た。

 

「あらかじめ墓を用意しておくとは、気の利いた事です」

 

静かな言葉が不思議と泊地の隅々まで響き、一同の時間が止まる。

 

後に、簀巻きにされて十字陵の中に転がされていた赤城が、

生きながら蛇に呑まれる蛙の気持ちが理解できたと語ったと言う。

 


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