水上の地平線   作:しちご

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邯鄲の夢 裏

 

「何でこんな後方の輸送ルートに鬼級が来るんだよッ」

「最近、深海棲艦が大人しいから前線が拡張されているしねえ」

 

前線よりも遥か後方、輸送ルートで装甲空母鬼を叩き伏せた舞鶴の天龍が

満身創痍の艦隊の中で蒼天に悪態を吐けば、龍田が穏やかにフォローを入れる。

 

前線が拡張されている分、穴が大きくなっているが故の事故であろうと。

 

「チビ共と新人、生きてるかー」

 

諦め全部で頭を掻きながら、旗艦は硝煙の薄れ行く海域に問いを投げた。

 

「響と赤城さんが大破、私と電は被害些少、一応全艦健在よ」

 

響を支えながら、肩で息をしていた暁が答える。

 

「慣熟航海で赤城が入ってなかったらどうなってた事か」

 

ため息交じりの天龍の言葉が潮騒の中に消えた。

 

「いえ、結局は大破で後半はお役に立てませんでした」

「索敵と牽制で随分とマシな戦局だったさ、建造されたてなんだから上等だろ」

 

航空母艦の随分と控えめな自己評価に、軽巡洋艦が多少の訂正を入れた。

 

「そうそう、おかげで天龍が突っ込む余地が生まれた」

 

姉に曳航されながら、響が言葉尻に乗る。

 

そしてそのまま話題が天龍の鬼級への吶喊へ移り、艦隊が姦しく騒ぎ始める。

 

「流石は狂犬と呼ばれるだけはあるのです」

 

悪意の無い電の言葉に、天龍が吐血した。

 

 

 

『邯鄲の夢 裏』

 

 

 

果てを見れば海と空の青が交わりつつ、互いの色を主張している土地、サイパン。

見渡す限りの青の中に、細長い何かが勢い良く打ち上げられていた。

 

ペットボトルロケット。

 

ペットボトルに込められた、圧縮空気の圧力で水を噴出して飛行する模型である。

 

物資補給に立ち寄った5番泊地天龍隊所属、六駆の特Ⅲ型姉妹たちが姦しく工作している横、

手隙の米兵が制服姿で空気ポンプを持って、新たなロケットの完成を待ちわびている。

 

何はともあれと飛ばして飛距離を見れば、まずは姿勢制御のための羽根の重要性、

そして、滑らかさに因る空気抵抗が意外と馬鹿にできないと言う事実に気が付く。

 

試行錯誤の和気藹々とした空気の横、少しばかり目に優しくない光景が存在していた。

 

明石と明石と明石である。

 

サイパンに常駐する新人の明石に、横須賀と呉から出張してきた古参の明石だ。

 

心有る秘書艦が見れば卒倒する光景であった、秘書艦に心が有るかどうかはともかくとして。

 

あの集団に砲撃を撃ちこんだら世界が少しは平和に成るのではないだろうかと、

そんな考えを旗艦の天龍は頭を振って振り払った、手は連装砲に掛かっていたが。

 

そんな境界線上の軽巡洋艦に、撃っては駄目ですよと苦笑交じりの声が掛かる。

 

振り向いた天龍の視界に写るのは、やや和装染みたセーラー服と、桃色の長髪。

 

ゴウランガ、明石が増えた。

 

「ああ、5番泊地(ウチ)の明石か」

 

アカシ・リアリティ・ショックで心神喪失しそうになりつつも、その艦娘が持つ

何処か慣れ親しんだ雰囲気の補正で、かろうじて判定が成功した言葉が零れる。

 

「何だ、向こうの明石軍団に合流しねえのか」

「そうしようと思ったのですが、殺気がダダ漏れの天龍さんが居ましたので」

 

肩を竦めて鳴らない口笛をすかす軽巡洋艦に、小さく笑いを零す工作艦。

 

そんな二人の元に風に乗り、やれ高射砲だの、天山で曳航だの不穏な単語が流れ来る。

 

「正直、撃ちこんでおいた方が世界人類のためになりそうな気がするんだが」

「高射砲が横須賀で、戦車が呉ですね」

 

お前はと聞くと、間髪入れず薬液ロケットと断言が返って来る。

 

「どれにしても、ペットボトルロケットから出て来る単語じゃねえな」

 

呆れ果てた風情の言葉の向こう、ひときわ大きくペットボトルが打ち上げられていた。

 

弧を描き、やがて大地へと引かれていく水の帯を眺めながら、

そういやさあと、天龍がふと思い浮かんだ疑問を口にした。

 

「何で飛行機って、飛ばなくなったんだ」

 

海域断絶と時を同じくして、人類史から航空機と言う単語が絶えて久しい。

 

「1割の確率でデスゲイズに襲われるからですよ」

「何だそりゃ」

 

今一つ期待通りの反応では無かったようで、ちょっと失敗と言った風で即座に訂正が入る。

 

「ちょっとした冗談です」

 

そして冗談と言うか、正体不明の何かに襲われると言うのは珍しくないと言う。

 

「あとは成層圏のあたりに、ローレライとか呼ばれる瘴気溜まりが出来て居たり」

「聞くからに、突っ込むとヤバそうな空間だな」

 

乗員が気を失ったり死んだり発狂したりと、様々な被害が確認されていると言う。

 

「それらの障害の中でも最大の問題はアレですね、小悪魔(グレムリン)です」

 

計器が狂う、エンジンが止まる、乗員が襲われると被害も多岐に渡る。

 

「悪魔除けとか、そういうので何とかなるんじゃないのか」

「小悪魔と言うのは総称でしてね、要は航空を妨害する何かと言う事で」

 

明確に悪魔と言うわけではなく、種類が多すぎて対策が取れるようなものでは無いと。

 

「大体27%の確率で墜落すると、開戦初期の被害報告から算出されていますね」

「4回に1回も墜ちるんじゃ、乗りたがる奴も居なくなるわな」

 

悲惨な数字に、憂鬱そうな声で結論が述べられる。

 

「空母の艦載機とかはどうなってんだ、そこまで墜ちているのを見た事無いが」

「言ってしまえばアレは、お札に死霊を張り付けて飛ばしているだけですからねー」

 

性質の悪い悪戯の関与する余地が無い、と言うよりは完全に向こう側の存在である。

 

天龍の脳裏に、顔色ひとつ変えずに死霊をこき使う赤い水干の軽空母が思い浮かんだ。

 

「空母怖ぇ」

「まあ私らも似た様な存在ですが」

 

からからと笑い声が響く中、明石軍団がブルネイ明石に気付いて手招きをする。

何とは無しに天龍と共に合流し、ああでもないこうでもないと怪しげな会話に花が咲く。

 

「詰まる所、推進力を強化すれば全て解決です」

 

そう言ってブルネイ担当は、付近の道具箱から携帯型ウォータークーラーの様な物を取り出し、

蓋を開け内容物を紙コップに入れて、即座に水の入ったペットボトルに注ぎ込んだ。

 

途端、水が沸騰したかの如くに急激に泡立ちはじめ、白煙がボトル内に充満する。

 

そして容器を逆さにし、重力に引かれ中に入っていた水が飲み口を塞いだ瞬間、

シュバンと、大気を切り裂き突き抜ける音がした、ロケットらしく、どこまでも。

 

目にも止まらぬと言わざるを得ないほどに高速で射出されたペットボトルは、

その場に在る全ての視線を奪い、白煙を棚引かせ、大地に水の爆発痕を置き土産に、

 

遥か蒼天の彼方へと消えて行った。

 

何とも言えない静寂の中、天龍が現場の総意を言葉にして口に乗せる。

 

「何をしやがった」

「いえ、ちょっと液体窒素を」

 

力こそパワーであった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

呉鎮守府第二提督室では、かねてより希望していた航空戦力の補充申請が通り、

工廠が稼働しては建造されたのは軽空母、よりにもよって龍驤であった。

 

引き攣った笑顔の提督に、固まった五航戦、死んだ魚の目をした一航戦。

 

「な、なんや随分と変な空気なんやけど」

 

歓迎とも拒絶とも違う、何とも言い難い雰囲気に困惑した軽空母が、

案内にと付けられた秘書艦を勤める黒髪の駆逐艦に問い掛ける。

 

「ま、まあ過去にいろいろあってなー」

 

そこには、苦笑で応える事しかできない黒潮の姿が在った。

 

「前回のウチ、何やったねん……」

「いや、主にブルネイの龍驤はんのせいやな」

 

そう言っては施設の案内の片手間に、ブルネイの暴虐軽空母や横須賀の魚雷母艦の話が出る。

 

「……ウチ、普通の軽空母やからね」

「う、うん、是非普通のままでおって欲しい、かな」

 

歯切れの悪い言葉には、コイツも突然変異カマすんやないやろうかという疑惑が見て取れた。

そんな微妙な空気から気を取り直し、いつしか話題が呉の周辺へと移行していく。

 

「戦艦浅間のコック長さんの店が健在でな、デミグラスソースのカツ丼が名物なんよ」

「はー、残っとるもんなんやねー」

 

非番の過ごし方や名所の話になる頃には、随分と和気藹々とした雰囲気が出来上がり、

そんな折、ふと、思いついたような風情の言葉が黒潮から漏れた。

 

「ウチなあ、陽炎型のくせに火の字が貰えんかったハンパ者やねん」

 

僅かに視線を逸らして、何もない場所を見ていた黒潮の肩を力強く掴む掌が在った。

 

「わっかるわぁ、そういうやるせない気持ち」

 

感じ入った風に頷く軽空母が居る。

 

「ウチもな、一生懸命育てた端から隊員を赤城だの加賀だのに引き抜かれるし」

 

コキ使われた割に後方で割食ってばっかやし、零は中々配備されんしと愚痴を並び立て、

苦労や功績の割に扱い悪いんやゴルァとやるせない思いが湯水の如く湧いて零れ続けた。

 

「まあアレや、せっかくこんな人間ぽい身体で黄泉返ったんや」

 

これから目に物を見せてやろうやないのと笑顔の結論を出し、固まった黒潮を見て

ようやくに正気を取り戻したのか、新人が何言ってんやろなと決まり悪気に苦笑を見せた。

 

途端、小さく音を立てて黒潮が水干の胸元に顔を埋める。

 

「龍驤はんやぁ……」

 

小さく零れた言葉は、誰のためのものだったのか。

 

「ど、どないしたん、ウチか、ウチのせいなんかッ」

「ごめん、少しだけ、このままで」

 

日の翳る頃合い、敷地には支え合う小柄な姿の影が伸びていた。

 


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