七実 in HL   作:被る幸

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移転しました。
内容は一切変わっておりません。


過酷と言う言葉は、きっとHL《ここ》の住人達の言葉にちがいない

どうも、私を見ているであろう皆様。

光陰矢の如しとはよく言ったもので、あのデビューからもう1年以上の月日が経ちました。

その1年の間に私達『サンドリヨン』もAランクに昇格し、今ではもう知らぬ人はいない日本を代表するアイドルユニットの一つとなっています。

私個人としてもSランクに昇格しており、今年中にはオーバーランクという規格外認定される予定です。

はい、チートを惜しみなく使用しやらかしました。

最初のほうは自重していたんですがね、ランクが上がりメディア露出が増えるに連れて周囲からの要求レベルが青天井に釣りあがっていったんですが。

 

『これなら、いくら七実さまでも不可能でしょう』

 

という、挑戦を叩き付けられたので、チート転生者を舐めるなよと悉く返り討ちにしてやったら、いつの間にかという感じです。

言いたい事はわかります。はい、私が馬鹿でした。

勿論、世界記録を更新するなんてことまではしていませんが、日本記録知らない子ですね。

なので、今度開かれる東京オリンピックに史上初の現役アイドル選手として参加することになりました。

まあ、我が346プロとしても応援ソングやら全てをうちのアイドルで独占できるという大仕事を取ることができたので上々と言ったところでしょう。

後輩であるシンデレラプロジェクトのみんなも喜んでくれていましたし。

 

さて、語りたいことは数々ありますが、それを語っていては千一夜あっても足りないでしょうし、そろそろ目的地に到着しそうです。

 

 

『当機は、まもなくニューアーク国際空港に着陸します。皆様‥‥』

 

 

英語で流れるアナウンスに溜息をつきながら、私は変装用に掛けさせられたサングラスをズラしてを時刻確認します。

AM05:23、確か日本とこっちの時差は13時間程度だったはずなので、日本はもう夕方ですか。

撮影を含めて2週間程度の滞在ですが、その間楓達やシンデレラプロジェクトのみんなは大丈夫でしょうか、私のフォローがなくても滞りなく仕事を回せるでしょうか。

出発前に行かないでとみんなから言われた事が、今更になって後ろ髪を引かれるようになってきました。

武内Pはともかく、あの昼行灯でさえ、仕事を断るように勧めてくるのですから、今回の仕事の危険性がよくわかるでしょう。

チート転生した私をしても、今回の仕事のやばさは理解していますし、下手をしなくても命の保証がないというのも承知の上です。

しかし、私は自らの意志でこの仕事を引き受けたのです。今更怖気づいて逃げ出すなんて出来はしません。

伊達に外界最強のアイドルを名乗っているわけではないので、敵前逃亡したとあればがファンたちが大いに哀しむでしょう。

地位が高くなるに連れて行動の自由が狭まっていくと聞いた事がありましたが、今の状況を鑑みるにそれは本当であると痛感します。

アイドルにならなければ、こんな大変な思いをせず小市民的な満足の中でのんびりと暮らせていたのでしょうか。

つい数十秒前の決意を無為に返すような考えを抱きながら、荒々しい着陸の衝撃をチートで殺します。

全くいくら渡航制限都市に最も近いギリギリの位置に建つ空港で、近寄りたがる航空会社が殆どおらず、それでも飛ぶしかない経営状態の航空会社とはいえ客商売なのですから、もう少しスマートにいけないものでしょうか。

私を含めても乗客が数える程度しかいない時点でお察しではあるとは思いますが。

ベルト類を全て外し、荷物を手にもち他の乗客が動き出す前に飛行機から出ます。

何時間も若干黴臭い安っぽいシートに固定されていたため、身体も痛いですし、気分悪いですし、早く新鮮な外の空気を吸いたかったのです。

早朝のニューアーク国際空港は、ようやく昇った朝日に包まれなんとも清々しい気分にさせてくれます。

そして、視界を少し動かせば見える異様な光景。まるで半球状の雲の天蓋が街ひとつをすっぽりと包み込もうとしているそれは、傍から見れば観光名所でしょうが、その中は外界のテレビには殆ど映ることがない正しく人外魔境の領域。

 

 

「あれが、HL(ヘルサレムズ・ロット)ですか」

 

 

人類の到達点、Sランクアイドル渡 七実が挑みますは異界と現世の交わる街HL(ヘルサレムズ・ロット)

一晩で崩落と再構築がされた異次元の租界、地球上最も剣呑な緊張地帯、霧深き街に蠢くのは裏科学・超常生体に加え魔道犯罪という外界で1つでも口にすれば頭のお医者さん行きな空想上の産物ばかりです。

無謀にも撮影しようとして行方知れずとなった業界関係者は数知れず、外界で最も危険な都市認定された事もあるサン・ペドロ・スーラですら話にならないとされる危険度、風の噂によれば天気予報的な感覚でその地域の本日の生存率なるものが出ているそうです。

何でしょうね、本日の生存率って。どうやって統計等を取ったんでしょうね。

統計は当てにはならないという人もいいますが、どんな形であれきちんと調べられ数値化されたものの説得力というものは侮れません。

誰が何のためにそんなものを纏めているのかは知りませんが、活用できそうなら有効的に使わせてもらうとしましょう。

空港での検査を済ませ、柄の悪く遠回りで無駄に料金を取ろうとしたタクシー運転手との平和的且つ友好的な話し合いも終わった事ですし、さて乗り込みますかHL(ヘルサレムズ・ロット)

開かれた門の先にあるのは、地獄か、それともそれ以上の何かか。

とりあえず碌なものではないのは確定でしょうが、なんだか年甲斐もなくワクワクしてきました。

一応Sランクアイドルなので、向こうの護衛はつくらしいですがその人は人類(ヒューマー)なのでしょうか。

いや、私は差別主義者というわけではないのですが、それでも四六時中行動を共にする護衛は外界で見慣れているごく一般的な人類の方が心の清涼剤くらいにはなってくれるでしょうから。

あそこで生き残っている時点でごく一般的な人類の範疇からはみ出しているような気もしますが、今回は気にしないことにします。

外界と異界を唯一繋ぐ二重門で合計1時間を越える更なる荷物と身体検査を受け、ようやく私はこの異界と現世を繋ぐ不思議な魔境への一歩を踏み出しました。

 

 

「‥‥わぉ」

 

 

私を出迎えてくれたのは咽ぶような霧とどんな原理で浮いているかわからない単眼を持った人間、某アイドルが見たら大喜び間違い無しな茸人間、悪い意味でない本物の植物人間、ヒーローじゃない複眼系蜘蛛男、およそ知能というものが存在するのかが疑わしいような粘性生物、緋き羽根を纏った人間のような何かと異界存在(ビヨンド)の大安売りな光景でした。

どれもこの街から一歩でも外に出てしまえば、警察をすっ飛ばして軍が出動して射殺されそうな存在ばかりです。

そんな存在が大手を振って歩いているのですから、この街の治安は最悪という言葉では足りないでしょう。

チートによって異常なまでに高性能な聴力は、建物の裏の方から湿った何かを叩き潰す不快な音が聞こえてきますし。

某邪神が登場するTRPGならアイデアロールを振るところでしょうが、とりあえず聞かなかったことにしましょう。

この街において、外界の常識や無駄な正義感なんて足枷以外の何物にもならないでしょうから。

しかし、霧の中サングラスは見えにくい事この上ないですね。外界ではそこそこの知名度を誇る私ですが、この街においてはそんなもの通用しないでしょうから外してしまいましょう。

視界を邪魔するものがなくなったことによって、より鮮明にこの狂った混沌のような世界が見えるようになりました。

 

 

「よう、人類型(ヒューマー)の姉ちゃん。観光かい?」

 

 

異界存在(ビヨンド)のゴロツキ。有体に言ってしまえば、そんな存在が声をかけてきました。

人は見かけで判断してはいけないとはよく言いますが、異界の化け物達が相手の場合それはやはり適用するべきなのでしょうか。

種族も違う2足歩行を獲得した甲殻類と多脚の埴輪の2人組みは、表情こそ変化しないもののその下卑た笑い声で何を考えているかがわかります。

観光客を襲ってお金を巻き上げたり、女性なら乱暴や狼藉を働くのでしょう。

異界が混ざったこの街においても低俗な知能が考えることは変わらないのでしょうか。

 

 

「俺達暇だからさぁ、案内してやるよぉ」

 

「いい場所知ってんだぜ。天国に連れてってやるからよ」

 

人類型(ヒューマー)の男なんて、すぐに忘れちまうくらいによぉ」

 

 

うわぁ、なんとテンプレートな。

ここまで来ると現実というより、B級以下のSF系映画の1シーンでも見ているかのような気分です。

甲殻類は毎日海水の風呂にでも入っているのでしょうか、身体から長く嗅いでいたくない不快な潮の匂いを漂わせています。

正直これ以上嗅いでいたら気分が悪くなるでしょうね。

護衛の人はまだでしょうか、チートを使った為到着予定より数十分早いですが護衛対象より現地に到着して準備を整えておくものではないでしょうか。

ほら、周りのほかの観光客もおろおろしてますし。

 

 

「お断りします。私は観光ではなく、仕事として来ていますので」

 

「おいおい、人がせっかく誘ってるんだからよぉ。そんな断り方はないだろぉ?」

 

 

甲殻類の手が肩に伸びてきたので最小限の動きで回避しました。

この服は幸子ちゃんが私のために選んでくれた服なので、甲殻類の潮臭い手で触れていいものではありません。

捕まえたと思ったら手がすり抜けて、態勢を崩したので素早く軸足を払ってやり転倒させます。

服は幸子ちゃんに選んでもらったものですが、靴はこんな事もあろうかと現役自衛官で最近特殊部隊の中隊長となった弟から餞別としてもらった軍用のものなので、こういった荒事にはぴったりな一品です。

軸足を払われた甲殻類はそのまま宙を舞い、顔で地面を拭き掃除する事になりました。

埴輪の方が奇妙な形をしたナイフを取り出したので後ろ回し蹴りの要領で踵を手首に当たる部分に叩き込み武器を落とさせ、そのままの勢いで表情の変わらない穴のみの顔を2段目の蹴りを放ちます。

異界の人間の強度がどれくらいあるか未知数のため、そこそこの本気で蹴ったら埴輪はそのまま水平5,6m程飛んでいき、転落防止用の柵に衝突し動かなくなりました。

小刻みに震えていますから、恐らく死んではいないでしょう。

流石に到着早々犯罪者になりたくはないので、救急車を呼んでおきましょうか。

ここの警察といった司法機構は腐敗しており、死ななきゃ犯罪にはならないといわれていますが、流石にそれは嘘でしょうから。

 

 

「すみません、ここの救急は何番ですか?」

 

「は、はい、911です」

 

 

どうやら異界と交わっても変わらない部分はあるようです。

近くにいた人類の女性に訪ねると快く教えてくれたので、HL行きに合わせて買い直したスマートフォンで連絡を入れました。

途中で甲殻類が起き上がりそうな雰囲気があったので、後頭部に蹴りを叩き込んで気絶させておきます。

甲殻はかなりの硬度を持っているようですが、古来から日本にはそういった相手にうってつけな『鎧通し』なる戦闘技術がありますので、それを少し応用すれば脳震盪となるわけです。

さて、厄介事も片付いたことですし近くのベンチで護衛の人が来るのを待つとしましょう。

早く着きすぎたのは私の責任かもしれませんが、今のように無駄な労力を使う嵌めになったのです。少しぐらい文句を言っても許されるでしょう。

いえ、許されるべきですね。

しかし、加害者の私が言うのもなんですが、今しがた派手な喧嘩が起きたばかりだというのに、もう何事もなかったかのように周囲は日常風景へと戻っています。

HL(ヘルサレムズ・ロット)では常識に捉われてはならないといいますが、螺子が吹っ飛びすぎでしょう。

ベンチに腰掛け、空を仰ぎますが太陽の光を殆ど遮る分厚い霧のせいで気分は一切晴れません。

思わず溜息をついてしまっても、誰も咎めないでしょう。

護衛の人はまだ来ないようですから、先に連絡を入れましょうか。

スマートフォンを操作して、武内Pへと電話を掛けます。

 

 

『はい、武内です』

 

 

多少雑音が混ざっていますがスピーカーから聞こえる、武内Pの声は常識離れした光景ばかりが目に入るこの街の中で唯一日常を思い返させてくれる癒しとなりました。

 

 

「渡です。無事HL(ヘルサレムズ・ロット)入りしたので連絡しておきます」

 

『そうですか、安心しました。危険な事に巻き込まれてはいませんか?』

 

「大丈夫です。入国そうそう2足歩行の甲殻類と多脚埴輪に絡まれたくらいです」

 

 

嘘を言っても仕方ないので、先程起きた事を説明しておきます。後々になって報告すると色々小言を言われそうですし。

報告を聞いた武内Pは、スピーカー越しでもはっきりとわかるくらいのあからさまな溜息をつきました。

1年以上私をプロデュースしているためか、最近色々慣れてきたようで遠慮というものがなくなりつつあるような気がします。

 

 

『その相手は?』

 

「たった今、救急車で搬送されていきました」

 

 

また溜息が聞こえます。

いや、自分でも少しやりすぎたとは思っていますが、この街では何が起こるかわからないんですから。

自衛は過剰なくらいで丁度いいと思います。下手に遠慮して脳とか内蔵とか抜かれても困りますし。

 

 

『護衛の方たちは、いないんですか?』

 

「予定より早く到着しましたからね。まだ来ていないみたいです」

 

『わかりました。すぐ派遣してもらえるよう、こちらから連絡します。

渡さん、現在地は?』

 

 

ちょっと怒ってるみたいですね。

元々武内Pはこの企画自体に大反対してましたし、行くならば最高の護衛をと昼行灯の人脈をフル活用して探してくれたみたいですし、もう少しちゃんとして欲しいのかもしれません。

かつてエコノミック・アニマルと称された日本の労働精神をこの深淵の見えぬ不可思議な存在が跳梁跋扈するこの街に要求するのは間違っているような気がします。

頼んでいた護衛の人が死んでいたなんで、この街ではよくありそうですし。

かなり遠くの方からではありますが、大口径の銃器の発砲音も聞こえます。

 

 

「二重門を出てすぐの広場、桜っぽい異界植物の下のベンチです」

 

『絶対そこを動かないでください』

 

「はいはい」

 

『はいは一度で結構です』

 

「はい」

 

 

そう言って通話を切ります。

国際電話は料金が凄い事になりますから、これくらいにしておかないと。

まあ、余程の料金を請求されない限りSランクアイドルとなった私の懐は痛まないでしょう。

しかし、楽しそうなところではないですか。

ここでなら外界では出せない全力を出しても、そんなものだと受け入れてくれそうです。

霧の向こうに見える移動中の巨大な物体。笑える値段で販売されていたHL(ここ)のガイドブックによれば、世界最大の個人ギガ・ギガフトマシフ伯爵だそうです。

微かにしか見えませんが、その姿は某光の巨人達の怪獣そのものです。いったい何を食べたらあんなに大きくなるのでしょうか。

 

 

「おい、レオ!さっさとその何でもお見通しの神様の目で見つけろ!

番頭、めっちゃ怒ってたぞ!」

 

「ザップさんが遅刻なんかするからでしょう!日本人(ジャパニーズ)は、時間に厳しいからアレだけ気をつけるようにって言われてたのに!」

 

「バッカ、あれはピザの配達が遅れるのが悪いんだよ!じゃなきゃ、間に合ってるつーーの!」

 

「兄弟子のことは置いておいて。レオさん、対象は何処に?」

 

 

何だか騒がしくもわけのわからない3人組が現れました。

浅黒い肌に銀髪のいかにもな人類型(ヒューマー)のチンピラ、そのとりまきなゴーグルを首に掛けた糸目の少年、青白い肌をした二足歩行の水棲生物の異界存在(ビヨンド)

どういう組み合わせかは知りませんが、ああいった思想も人種も種族も違う者同士でも友情は育めるようです。

 

 

「えっと、サイギョウアヤカシモドキの下のベンチって言ってたから‥‥あの人です!」

 

 

3人組の様子を興味深く見ていると糸目の少年が私を指差します。

人を指差すのはマナー違反ですよと注意したくなりましたが、これ以上無用な争いの火種は作りたくないので我慢しましょう。

というか、彼らが私を護衛してくれる人達なのでしょうか。

この街において考えられる限り最高の護衛を手配したと武内Pは言っていましたが、どうにも彼らがそうとは到底思えません。

まあ、この街にすむ人々を見た目で判断するのは危険ですし、彼らもそう言われるだけの何かを持っているのでしょう。

 

 

「どれどれ、うぉ!何だよレオ!超美人じゃねぇか!!」

 

「これだから兄弟子は、今回の護衛対象はSランクアイドル。つまり、外界のアイドルの頂点に立つ人です」

 

「ヤベェな、おい。あんなん居たら、周りがほっとかねぇだろ?」

 

「ザップさん、手出しちゃダメですよ。あの人ああみえて滅茶苦茶強いですから」

 

「マジ?」

 

 

すみません。無駄話はいいですから合流してくれませんかね。

待つのは得意ですけど、無駄に時間を消費するのは好きじゃないので。

チンピラと少年がなにやら話し合っていると水棲生物さんが私の前にやってきました。

瞼のない魚眼に感情の色がわかりにくい無表情な顔立ち、魚人の中ではイケメンなのでしょうか。流石に別種族の美的センスまでは知らないので、はっきりとは言えませんけど。

 

 

「遅れて申し訳ありません。今回護衛させていただきます、ツェッド・オブライエンです」

 

 

そう言って会釈する魚人さんの挨拶はとても丁寧なものでした。

ならば礼儀の国日本からやってきた人間としては、それに応えなければならないでしょう。

 

 

「初めまして、日本からやってきましたアイドルの七実 渡です。今回はよろしくお願いします」

 

 

ベンチから立ち上がり、相手に敬意を払い礼儀正しく挨拶を返します。

後ろで色々と話していた2人も合流し、同じように挨拶を交わしました。

チンピラがザップ・レンフロ、少年がレオナルド・ウォッチと言うそうで、オブライエンという魚人さんと一緒に私の護衛をしてくれるそうです。

2週間と言う長期間の護衛のため、常にこの3人がついている訳ではありませんが、基本的にこの中の誰かが傍に居り、それに加えて少し離れた位置に何名かが付くようですね。

気配を探ってみるとそれらしい人が4,5人はいますね。Sランクとはいえ、アイドル1人を守るにしては過剰なようにも思えますが、それだけこの街が危険と言う事でしょう。

 

 

「ワタシさんは、食事って済ませました?」

 

 

ウォッチ君が私にそう尋ねてきました。

そういえば、今日は空港では乗換え等であまり時間的余裕がなかったですし、この街に早く入ることばかりを考えすぎて、まだちゃんと食事を取っていませんでしたね。

この異界と混じりあった街の料理ですか、きっと常人であれば正気度を大きく削りに掛かってくるものばかりなのでしょう。

失敗しました。飛行機を降りてからは余裕があったのですから、そこで何か食べておくべきでした。

今更戻るわけにはいかないので諦めましょう。例え異界と交わるこの町でも住民の数割は人類(ヒューマー)ですし、そういった人を相手にした食事処くらいはあるはずです。

なければ、帰国を真剣に考えます。

 

 

「まだですね」

 

「だったら、時間もありますし先に何か食べに行きましょうか」

 

「そうしましょう。但し、普通のものでお願いします」

 

「ハハッ、いくらここがぶっ飛んでるからって1から10までそうじゃないですよ」

 

「それを聞いて安心しました」

 

 

正直、まだ半分は疑っていますがそれは顔には出しません。

仕事を恙無く終わらせるためには愛想と言うものが重要であり、感情を簡単に顔に出しやすく、コミュニケーションにおいても身振り手振りを多用する外国人相手なら特にです。

 

 

「って、たってよ。こんな朝早くから空いてる店なんてあったか?」

 

「そうですね。ファーストフード店なら空いてるでしょうが‥‥」

 

「いやいや、ツェッドさん。ワタシさんってトップアイドルですよ。

ファーストフードなんか食べさせたら、文句言われますよ」

 

 

私もこの街に対して先入観を持っていますので、あまり強くは言えませんが、アイドルに対して偏見持ちすぎではないでしょうか。

アイドルだって人間ですし、最初からトップアイドルだったわけでもありません。

自分で作ったほうが美味しいのであまり食べに行ったことはありませんが、それでもファーストフードくらいでケチを付けるほど狭い了見はしていません。

 

 

「大丈夫ですよ。アイドルだってファーストフードくらい食べますから」

 

「本当ですか!?じゃあ、案内しますね」

 

 

何だか張り切っているウォッチ君が弟みたいでかわいいです。

実の弟とは性格は違いますが、何だか無理に頑張ってます感があって見ていて微笑ましくなります。

 

 

「じゃあ、ノス。ノス・バーガー行こうぜ。あそこならライスバーガーあるし」

 

「そうですね。あそこなら外界から来た人でも大丈夫でしょうし。

兄弟子にしては、賢明な選択です」

 

「んだと、テメェ!喧嘩売ってんのか!」

 

「褒めてるんですよ」

 

 

レンフロさんとオブライエンさんは反目しあっているように見えて仲がいいですね。

兄弟子と呼んでいましたが、この2人は何かしらの武道でも修めているのでしょうか。

無駄なく実践向きに鍛え上げられた体付きをしていますし、この異界特有の武道でもあるのかもしれません。

もし、そんなものがあるなら是非見稽古させてもらいたいものですね。そうすれば今度の映画撮影とかにも活用できるかもしれませんし。

あとノス・バーガーって、HL(ここ)に上陸してたんですね。

恐るべし日本企業の進出力。

 

 

「もう2人共!ワタシさんの前で喧嘩してるとスティーブンさんに怒られますよ!」

 

 

スティーブンという人(仮)の名前が出た途端、今にも取っ組み合いを始めそうな勢いだったレンフロさんが止まりました。

どうやら、この名前の人物または存在は彼らの上司的存在に当たるのでしょう。

 

 

「じゃあ、ご案内します」

 

 

やはり先頭を歩くのはウォッチ君のようで、その後をレンフロさん、オブライエンさんに挟まれるような形で歩きます。

先程まであんなに騒がしかったと言うのに、いざ護衛が始まると3人とも真剣な表情になりました。

周囲に気を配っているのがよくわかり、この街で最高の護衛と言うのもあながち嘘ではなかったと納得できるくらいのちゃんとした仕事ぶりです。

これは後で、上司に対してフォローを少し入れておいて上げましょう。

しかし、街中を歩いてみるとわりと普通な感じがします。蘭子ちゃんの黒歴史帳(グリモワール)に書かれているような、もっと超科学や魔道めいた都市を想像していたのですが。

種族や形が違えども、人型をしている以上は過ごしやすい空間の間取り等は変わらないのでしょうか。

とりあえず、これもネタにはなるでしょうから歩きながらスマートフォンとデジタルカメラで周囲を撮影します。

あの機動外骨格(パワード・スーツ)は頭部に赤色灯をつけて、肩部に『POLICE』と書かれていますから警察のものなのでしょう。

外界であれば過剰としか言いようがない軍用の銃火器よりも大口径なアサルトライフルを標準装備しているあたり、ここの警察は外界のアメリカ警察よりも過激な集団と考えるべきかもしれません。

『発砲した際、射線上に居たお前が悪い』と本気で言いそうです。

 

 

「着きましたよ」

 

 

ノス・バーガーHL支店は二重門から大通りを徒歩10分のところにありました。

異界と現世の交わるこの街で、日本でも見慣れたこの看板を目にする事になるとは思いもしませんでした。

店内は清掃が行き届いているようで、清潔で長時間居ても苦になることはないでしょう。

店員も人類(ヒューマー)異界存在(ビヨンド)の両方が揃っており、観光客や異界の住人でも安心して注文をする事ができそうです。

メニューも日本にあるものもありますが、このHL支店限定メニューとして異界の食材を使用した斬新なものまでありました。各メニューの下に危険度表記がされてなければ注文していたかもしれません。

食べ物で命の危険を感じたくないので無難に照り焼きバーガーのセットを頼む事にしました。

今でこそ定番になっていますが世界で初めて照り焼きバーガーを販売したのは、このノス・バーガーらしくその歴史を裏付けるかのように他のファーストフード店の照り焼きバーガーとは違います。

注文を終えると、ツェッドさんに促され席へと移動します。

外の景色を楽しみたかったので窓際がよかったのですが、確保されていた席は店の奥の端の席でした。護衛の関係上仕方のないことなので、特に文句をつけることなく座ります。

席を確保していたレンフロさんとオブライエンさんは、しきりに周囲を警戒していますがこの街ではファーストフードを食べるのにもここまで警戒する必要があるのでしょうか。

 

 

「問題なさそうだな」

 

「ええ、大丈夫そうです」

 

「‥‥」

 

 

何がどう大丈夫なのか激しく気になります。

いったい大丈夫じゃなければどんな事になると言うのでしょうか。

問いただしたいところではありますが、ここで無理をいって護衛の人達との関係に皹を入れるのは得策ではないので我慢します。

しかし、異界存在(ビヨンド)であるオブライエンさんも普通に頼んでいましたが、食べられるのでしょうか。

鮫等の肉食魚類も居ますし、半分人間のような魚人は雑食なのかもしれません。

料理が来るまで暇ですね。何か話しましょうか。

 

 

「あの少しお聞きしー」

 

 

そう喋りだした瞬間、店の外から盛大な爆発音が響き渡り建物を揺らします。

レンフロさんがテーブルを蹴り倒しながら飛び出し、オブライエンさんが私を庇うような立ち位置をとります。その手にはいつの間に取り出したのかわからない緋の三叉槍が握られていました。

滑らかに、鋭く。仄かに煌く、不思議な温かさを感じさせるソレは見せ掛けなどではなく。正しく殺戮、殺傷を目的としたものであると理解できました。

私も最初の方こそ呆けていたもののすぐに事態の把握の為に周囲を警戒に努めます。

少し平和だったので気が抜けていましたが、ここは世界最悪の超危険都市HL(ヘルサレムズ・ロット)。油断などするべきではありませんでした。

今は、その対価を命で払わずにすんだことを素直に喜びましょう。

 

 

「身を低くしてて下さい」

 

 

スマートフォンの画面を確認しながらオブライエンさんがそういうので言う通りにします。

餅は餅屋、この街の荒事関係ならその専門家である人達に任せた方がいいでしょう。下手に出しゃばって大惨事になったら目も当てられませんし。

この街は良くも悪くも私を飽きさせてくれませんね。

今の私の気分をこの店のキャッチコピーを改変して述べさせてもらうなら。

『過酷と言う言葉は、きっとHL(ここ)の住人達の言葉にちがいない』

 

 

 

 

この後、世界の均衡を保つために暗躍する組織『秘密結社 ライブラ』と血界の眷属(ブラッドブリード)の争いに否が応でも巻き込まれ、その中で新たなるチートに目覚めて更に人間離れする事になったり。

その能力を見込まれて半強制的に結社に加わることになり、346プロとライブラの間で一悶着あるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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