Fate/stay night ~ For someone's smile ~   作:シエロティエラ

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今回はハリポタと連動しています。ですので、会話の重複が見受けられると思いますが、あまり気になさらないよう。

そんなこんなで嘘のようなお話、どうぞごゆっくりと。






番外編
四月馬鹿企画


 

 

 ある春の昼下がり、隻腕の少年は自宅敷地内の土蔵にて家電の修理を行っていた。この少年、衛宮士郎が行っているのはビデオデッキの修理、例の如く虎が持ち込んだものである。

 

 正直ビデオデッキと言われてもわからない人のために、一応軽く説明を書いておこう。こればかりは世代故に仕方ないことでもあるので、余り重く受けとることはないので安心していただきたい。

 

 

 現代における映像記録媒体はブルーレイやDVD、SDなどが挙げられるが、一昔前、といっても15年ほど前だが、ビデオと呼ばれるものが主流であった。一度は見たことがあるだろう、四角い長方形の媒体であり、中には記録及び再生用テープが巻かれて入れられている。

 現在主流のディスクとは異なり、何度も使用すると劣化によってテープが切れるという短所、さらに加えて媒体事態が多少重量を持って嵩張るなどの問題もあるため、今では使う人は余りいないだろう。

 で、このビデオテープを使用するために必要な機械がビデオデッキである。正直DVDドライバーよりも重くて場所をとってしまう。

 

 

 関係のない余談はここまでとして、ビデオデッキを修理する手際は、片腕とは思えないほどの良さであった。長年の慣れなのか、残っている右腕は流れるように動いている。

 

 そこに薄く開かれていた土蔵の扉がさらに開かれ、一人の少女が土蔵に入ってきた。纏う空気は周りを安心させ、この少女の周りでは喧嘩が起きないのでは、という感想さえ持たせるショートロングの少女である。

 

 

「……ん? 由紀香か?」

 

「うん。お疲れ様、士郎君。どんな感じ?」

 

 

 お盆に載せた二人ぶんの湯飲みを床におき、自身も床に座って士郎に訪ねる。埃などで服が汚れるなどの心配はあるが、少女、三枝由紀香は気にしていないようだ。

 

 

「もうそろそろ終わる。ただ、前に比べて少しペースが落ちてるな」

 

「……」

 

 

 少女、由紀香は少し悲しそうな目で士郎の左半身を見つめる、正確には左肩辺りを。

 衛宮士郎はつい一ヶ月ほど前に、魔術師と七騎の英霊が集って殺し合いを行う聖杯戦争に参加した。そのとき、とある出来事によって左肩から先を失ってしまった。

 戦争が終わるまでは代用していたものがはあったが、戦争終結と共に仮初めの左腕は霧散したので、今はまた片腕に戻っている。

 戦争が終結したあと学校に登校したときクラスメイトが驚愕し、由紀香が涙を流し、虎が吠えたのは記憶に新しい。

 

 

「……由紀香?」

 

「あっ、な、なんでもないよ?」

 

「? そうか」

 

 

 わたわたと体の前で両手を振る由紀香に目を向け、士郎は湯飲みに手を伸ばした。そしてその中身を一口含む。

 

 

「……やっぱ由紀香の煎れるお茶は美味いな」

 

「本当?」

 

「ああ。……これは紫蘇が入ってるのか?」

 

「あ、うん。紫蘇は疲労回復効果があるから、少し混ぜてみたの」

 

「そうか。ありがとうな」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 

 最近薬草の勉強をしている由紀香。

 元々保健系の進路を希望していることに加え、魔術に関わりはじめてからは、無茶をしがちな士郎のためにと色々と勉強している。

 

 

「……さて、気分も爽快。仕上げるとするか‼」

 

「頑張ってね。他には何かあるの?」

 

「いや、今回はこれだけだ」

 

「そっか。じゃあ終わったら呼んでね。後片付け手伝うから」

 

 

 由紀香そう言うと、空の湯飲みを二つ盆に載せ、土蔵を後にした。

 それを見送った士郎は仕上げにかかった。と言っても残りは配線を繋ぎ直し、外装を再びつけるだけなので、大して時間もかかることはない。

 ものの数十分で全て終わらせ、片付けも一人で終わらせてしまった。

 

 ふと土蔵の奥に目を向ける。そこには大きな魔法陣が床に刻まれていた。

 思い出すのは聖杯戦争、士郎はこの陣からサーヴァント·セイバーを召喚し、戦争に参戦した。汚染された聖杯を破壊するため、共に戦場を駆けた相棒は何も思い残すことはないと微笑み、朝焼けを背後に還っていった。

 自分の体に召喚の触媒となった鞘はもうない。聖杯戦争の折に、彼女に返したことにより、その加護は受けなくなった。異常なほどの回復力は未だに健在だが、そもそもの体質であるから関係ない。

 

 陣に近寄って縁を撫でる。

 

 

「……お前には何度も助けられたな。召喚する前もそのあとも。セイバー、お前のお陰で俺は生きている。ありがとうな」

 

 

 元の場所に帰った彼女には聞こえないだろう。だがそれでも士郎は感謝を言いたかった。

 すると声に反応したのか、突然陣が輝きだした。強い光を放つそれは、士郎を待ったなしで飲み込んでいく。

 

 

「ッ!? 待てッ!? 俺は魔力を流してないぞ!?」

 

 

 しかし無情にも士郎は光に呑み込まれ、その視界は真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつけば俺は土蔵に転がっていた。場所は例の陣の上、すぐ横には別の人間の気配もする。

 体を起こして周りを見渡すと違和感に気がついた。

 

 俺は基本的に土蔵は整理している。だが目の前には修理しかけのストーブが放置されており、土蔵内部はそれ以外にも埃が溜まっている場所がある。

 そして日の傾きからして時刻は朝方、俺が土蔵にいたのは昼下がり。時間にズレが生じている。

 認めたくはないが。

 

 

「ここは平行世界の私の家、というわけか。どう思うかね、衛宮士郎君?」

 

 

 隣の人間、あの赤い不審者に似た口調と容姿の人物が話しかけてきた。 

 

 

「そうなんじゃないか? まぁ俺の家でもないけど」

 

 

 だから俺はそれに答えた。隣の人物、こことは別の平行世界の衛宮士郎は赤い不審者とは違い、不愉快な気がしない。

 とはいえ、一応確認しておくか。

 

 

「あんたも別世界の衛宮士郎なのか?」

 

「いかにも。む? どうやら家主一行が来たらしい」

 

 

 大人の衛宮士郎の言葉に従って意識を外に向けると成る程、確かに数人がこちらに走って向かってきている。恐らく、俺たちの出現に気がついて大慌てで来たのだろう。

 勢いよく開かれた扉から、この世界の住人と、何故か三人のサーヴァントが雪崩れ込んできた。というか赤い不審者、お前までいるのかよ。

 

 

「あんた、何者?」

 

「返答次第ではこの場で排除します」

 

 

 遠坂はいつでもガンドを撃てるように構え、セイバーは不可視の剣を構える。

 忘れていた。彼女らは結構喧嘩っ早い性分だったな。不振人物を警戒するためとはいえ、これでは円滑にことが進むわけないだろうに。

 

 

「そうは思わんかね?」

 

 

 突然何の脈絡もなく、隣のエミヤシロウが問いかけてきたが知るか。第一あんたが何を考えていたかわからん。

 

 

「いや、知らないよ。俺に聞くな」

 

「えぇッ!? 先輩がもう一人!?」

 

「それに一人は腕が……」

 

 

 俺の声にようやく気づく他の面々、遅すぎだろう。呆れて何も言えない。まぁあの赤い不審者は気づいていたみたいだが。

 

 

「いや、正確には三人だろ?」

 

「いや、もう一人いるから四人だ。なぁ、アーチャー?」

 

「なにっ!?」

 

 

 俺たちの発言に驚くこの世界の面々。成る程、アーチャーの正体は知っているのか。というか大人の俺、アーチャーを弄る楽しさに目覚めるのはいいけど、今はそれどころじゃないからな?

 

 

「とりあえず土蔵(ここ)から出ないか? こんなところで話し込むことはないだろう」

 

 

 大人の俺が案を提示する。ふむ、確かにこんなところで話し込むことはないか。

 

 

「そうだな。この世界の衛宮士郎、それでいいか?」

 

 

 一応ここの家主はこの世界の俺だし、許可をもらわない限りは行動できない。

 

 

「え? ……そうだな。じゃあ客間に来てくれ。あんた達も俺なら、場所はわかるだろう?」

 

「ちょッ!? 士郎!?」

 

「先輩!?」

 

「……本気ですか、シロウ?」

 

 

 家主の言葉に異議を唱える面々。まぁわからなくもないが、こちらとしても情報を整理したいから時間が惜しい。

 とりあえず二人して敵意がないことを必死に伝え、俺たちは客間へと移動した。

 そして今ちゃぶ台をアーチャー含めた四人のエミヤシロウで囲んでいる状態だ。なんというか、男四人でちゃぶ台を囲むなんて。まだ俺やこの世界のエミヤシロウなら良いが、着流し黒足袋の大人の俺やアーチャーは。

 

 

「むさ苦しいな」

 

 

 つい口から出てしまい、大人組から避難の視線を向けられた。やってしまった。

 

 

「君もその一人だぞ?」

 

「ぐぅ……」

 

 

 言い返されてしまった。

 

 

「でも大人のあんたが一番……いや、違うな」

 

「ああ、一番むさ苦しいのは……」

 

 

 このとき、俺は大人の俺とアイコンタクトで会話ができた。他の二人やこの世界の面々、俺たちの後ろで警戒しているセイバーとライダーも首をかしげた。

 

 

「「そこの赤い不審者(アーチャー)だな」」

 

「なッ!?」

 

「「「ブフゥッ!?」」」

 

 

 ハモった俺たちの言葉に本人は絶句、遠坂は爆笑し、それ以外は呆気にとられた顔をした。うん、俺この大人の俺と気が合いそうだ。

 

 

「貴様らッ!?」

 

「「あ? 否定させんぞ?」」

 

 

 反論しようとしたアーチャーを、また二人で押さえ込む。ヤバい楽しい。

 その後もアーチャーを大人の俺と一緒に弄りつつ、脱線した話題を戻して自己紹介と相なった。

 

 

「さて、言うまでもないと思うが、私は衛宮士郎だ。この世界とは別世界の存在、まぁ四人もいればややこしいだろうから、呼ぶときは『鍛治師(スミサー)』と呼んでくれ」

 

「じゃあ次は俺だな。俺も別世界の衛宮士郎。たぶんスミサーとも別の存在だと思う。まぁ呼ぶときは『贋作者(フェイカー)』と呼んでくれ」

 

「私は「「いや、お前はいいや」」おいッ!!」

 

 

 アーチャー弄りは楽しいが一旦ここでやめるか。最低限信用を得るためにもこちらの情報は開示しなければならないだろう。

 俺とスミサーは話し合って明かすべき情報とそうでないのを取捨選択し、この世界の面子に説明した。変わりと言ってはなんだが、この世界についても軽く教えてもらった。

 成る程、繰り返される四日間か。俺のいた世界では起きることはない事象だな。そしてこの世界の俺は、由紀香とはあまり深い関わりはないらしい。せいぜいクラスメイトが関の山か?

 

 と、そこでスミサーがアーチャーに疑問の視線を向けた。

 

 

「アーチャー、お前はずっと現世に?」

 

 

 む? それが何かスミサーと関係あるのか?

 

 

「いや、聖杯戦争が終わったときに一度『座』に戻ったのだが……」

 

「だが?」

 

「……驚いたことに、『座』が変容していた。雑草も生えない荒野だったはずなのだが、見渡す限りに青々とした草が生え、宙に浮かぶ歯車は錆びて地に落ち、空を覆い隠す雲も消え失せ、黄昏の空は快晴になっていた。あれはどう言うことなのだ?」

 

 

『座』が変わった? どういうことだ?

 そんなことはあり得るのだろうか? 平行世界の俺、アーチャーは『世界』と契約し、『抑止の守護者』という阿頼椰の奴隷になっている。その存在は既に固定され、不変のはずだが。

 

 

「……スミサー、貴様何か知っているのか?」

 

「さて、仮に知っていたとしても、私からは話すことはせんよ。無論衛宮士郎にもフェイカーにもな」

 

 

 まぁ確かに、それで万が一『世界』の琴線に触れるようなことになれば俺たちの世界が危なくなる可能性がある。

 

 

「そっか」

 

「まぁわからなくはない」

 

「……」

 

 

 まぁもっとも、この世界の俺はわかってないだろうけど。

 それにアーチャーは未だに疑惑の視線をスミサーに向けている。当の本人たるスミサーは微笑みながらそれを受け流しているが。

 

 と、横から俺の空っぽの左裾が引っ張られた。目を向けると、この世界のイリヤ姉さんが興味津々な目をして、スミサーと俺を見つめていた。

 

 

「ねぇねぇ聞いていいかしら?」

 

「「ん? (む?)」」

 

「二人は自分の世界で何をしてるの?」

 

 

 俺達の現状か。さて、どこまで話したものか。見るとスミサーも首捻っている。

 

 

「ん? 何か話せないことでもあるのか?」

 

 

 ……いや、この世界の俺、鈍すぎじゃないのか?

 少し考えれば下手に話せないことはわかるだろうに。それともこの世界の遠坂や姉さんはそこまで教えていないのか?

 とそこでスミサーが苦笑いしながら口を開いた。

 

 

「いや、どこまで話して良いものやらと思ってな」

 

「なんでだ?」

 

 

 ……これは酷い。

 

 

「考えてもみろ。もし余計なことを話して抑止が動けばどうする? 赤い不審者(アーチャー)のように死んだ後に現界しているのなら多少は良いかもしれないけど、俺やスミサーはまだ生きてるんだぞ?」

 

「下手すればこの世界だけでなく、私達の世界も滅びの対象にされかねんからな」

 

「……そうなのか」

 

 

 ……理解するのが遅いな。まったく、俺たちが平行世界の自分であるか気づくのは早かったのに、こういうことは鈍いんだな。

 

 

「まぁ何も話さないのもあれだから、俺たちの周りを簡単に話すのはどうだ、スミサー?」

 

「まぁそれくらいならいいだろう。私から話すか?」

 

「いや、楽しみは取っておきたいから俺から話す」

 

「楽しみて……」

 

 

 スミサーが何かいうが聞こえない。

 俺は自分の身の上と由紀香について軽く話すことにした。やはりと言うべきか、俺たちの原点はあの大火災なのは変わらないらしい。だがスミサーもアーチャーも、衛宮士郎も両親の記憶が全くないことには驚いた。

 加えてこの世界ではアインツベルンと和解していないらしい。間桐の『闇』に関しても微妙なとこだな。むしろこの世界の桜はそれをものにしている傾向がある。要するに問題を解決する前に本人がどうにかしてしまった感じだな。

 

 

「えっと……そちらでは私は?」

 

 

 桜がおずおずと聞いてきた。

 

 

「ああ、元気にしている。まぁこっちの桜は想像できるかわからないけど、慎二と結構仲良くしてる」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 俺の言葉に桜は若干引いていた。まぁ、もしかしたらそうなっていたかもしれないからな。俺も『闇』を解決しなかったらと思うと今でも怖くなる。あの兄妹には幸せになってほしい。

 

 

「そういえばさっき三枝さんの名前が出てきたけど、どうして?」

 

「ん? ああ、それは俺の世界では由紀香は俺の彼女だから」

 

「へぇそうなの……は?」

 

「へっ?」

 

「「「「か、彼女ォ!?」」」」

 

 

 ……そんな驚くことか? とりあえず凛、俺にガンドを撃とうとするな。桜は……まだ自制してくれてる。姉さんはコアクマになってらっしゃる。

 色々と凛が隠蔽がどうこうギャーギャー言っているが、俺は由紀香を選んだことを後悔していない。無論俺と関わることで危険が増すことはわかっている。だが俺という存在を正しく認識して尚、傍にいたいと彼女は言った。

 それにこの事に関しては既に師匠達からも許可が出てるので、今さら何を言われようと由紀香から離れない限り、俺から離れることはない。

 

 

「……とまぁこんなとこだ。この腕も聖杯戦争でやられたけど、今は師匠が義手を製作中だな。次はスミサーの番だぞ?」

 

「承知、と、その前にお茶のお代わりをいただけるか?」

 

 

 さてさて、スミサーからはどんな話が出てくるのだろうな。

 

 

「さて、何から話すか迷うが最初に言っておく。私は子持ちだ」

 

「「「「…………はっ?」」」」

 

「へぇ……」

 

 

 ……いきなり爆弾が投下された。まぁでも、スミサーからは大人の余裕というか、少し切嗣(じいさん)に似た雰囲気が感じられたからな。

 

 

「「「すみません、何て言いました?」」」

 

「だから私は子持ちだ。四人いて一番下はこの前一歳に、一番上はもうすぐ十四だ」

 

 

 そっか。どうりで、

 

 

「赤い不審者と違って落ち着きがあるわけだ」

 

「貴さ…「ああ、赤い不審者と違ってな」…オイッ!!」

 

 

 アーチャーが「お前は俺に何の恨みがある」とでも言いたげな視線を向けてくるが、俺はそれを軽くスルーした。元の世界では殺されかけたからな、嫌みで済むだけマシだろう。

 

 だがそんなことを考えている間に、スミサーはさらに大きな爆弾を投下してきた。

 

 

「まぁその……なんだ。実はイリヤと凛、桜の三人なんだ」

 

「「「「はいぃッ!? さ、三人とも!?」」」」

 

 

 誰を(めと)ったか言い争っていた姉さんと遠坂、桜に対して放ったこの言葉は、客間の空気を凍てつかせた。

 スミサーはそれを気にした風でもなく、殺気だつ遠坂を宥めながら一枚の写真を差し出してきた。その写真はスミサーを中心として、姉さん達三人とそれぞれの前に子供が一人づつ。一番幼い子供はスミサーに肩車されていた。

 そこには幸せそうな一家族が写っていた。

 でも気のせいではないだろう。この世界の姉さんが物憂げな表情を浮かべているのは。俺の世界では姉として、スミサーの世界では妻、母として未来を手にしている。

 そして俺とスミサーは別世界の存在、おいそれと干渉することはしてはいけない。この世界の姉さんには申し訳ないが、この世界の俺にどうにかしてもらうしかないだろう。

 

 

 

 

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 時間は過ぎてこの世界の昼少し前、何故か行われたセイバーとの手合わせを終えた後に、俺とスミサーの体が透けはじめた。

 

 

「……どうやら」

 

「時間みたいだな」

 

 

 俺とスミサーは誰に言うこともなく、ぼそりと呟いた。この世界の皆は、一様に残念そうな表情を浮かべる。

 アーチャーは相変わらず仏頂面だが。

 

 

「先程も言ったが、皺が取れなくなるぞ?」

 

「ふん、余計なお世話だ」

 

「まぁお前がそれでいいのなら構わんが。少しは笑顔を浮かべてみろ、そうすれば多少は世界の見え方が違ってくるぞ?」

 

「……善処しよう」

 

 

 アーチャーの眉間の皺はもう手遅れだと思うけど。まぁスミサーが言うことも強ち間違ってはいないんだが。

 

 

「あの……スミサーさんとフェイカーさんは……消えるんですか?」

 

 

 この世界の桜がおずおずと聞いてくる。他の面子も言葉には出さないが、皆が心配そうな顔をしている。この場合、笑顔を浮かべていたほうがいいな。

 

 

「消えるんじゃない。帰るのさ、元いた場所に」

 

「そもそも俺達は別世界の存在だ。むしろこうなることは必然だぞ」

 

 

 俺とスミサーは言葉を紡ぐ。そして俺たちはこの世界の俺に目を向けた。

 

 

「この世界の俺、お前はお前の道を進むんだ」

 

「焦らなくていい、遠回りしていい。お前が、お前とアーチャーが抱いた想いは、決して間違いではないのだからな」

 

 

 もう足は殆ど消えている。

 

 

「一人だけでできることなんて多可が知れてるからな」

 

 

 そうだ。俺は俺一人の力では何もできない。だが一人で無理でも二人なら。二人で無理でも三人なら。

 

 

「迷ったときは立ち止まるのも大切だ。私も何度もそうしたし、何度も皆に助けてもらった」

 

 

 もう残された時間はない。

 

 

「衛宮士郎」

 

「……なんだ?」

 

「夢を持て」

 

「……え?」

 

「英雄に、正義の味方になりたければ夢を持つんだ。そして、誇りも。忘れるな」

 

「いつかまた会うことがあれば、そのときは茶でも飲もう」

 

 

 最後にそう言い、俺たち二人はこの世界から消失した。

 

 

 

 

 

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 目が覚める。まるで網で引き上げられる魚のように意識が浮上する。目を開けると視界に映るのは、慣れ親しんだ自室の天井。枕元には由紀香と姉さんが座っていた。

 

 

「シロウ? 起きたの、シロウ!?」

 

「士郎君、大丈夫!?」

 

 

 姉さんと由紀香が俺に気がつき、迫ってきた。ああ、本当に帰ってきたんだな。

 

 

「ああ、わかる範囲では大丈夫だ。心配かけて悪い」

 

「本当よ‼ 土蔵の陣は光ってるわシロウは魂抜けてるわで冷や冷やしたんだから‼」

 

「……よかった……本当によかった」

 

「ユキカなんて泣きっぱなしだったし」

 

 

 それは……確かに二人に心配かけてしまった。本当に反省している。

 その後、姉さんと事情を聞いて家に来ていた遠坂の診察を受け、問題ないと判断されたため、一先ず安心した。診察が終わったのは夕方、そろそろ夕食の準備を始める時間帯である。

 

 

「食材は……あったな。遠坂は食べていくか?」

 

「折角だしね。診察料だとしてもお釣りがくるわよ」

 

「了解。由紀香、弟たちはどうする?」

 

「これから迎えに行くところ。今日はお父さん達も一緒だけど大丈夫?」

 

 

 由紀香の両親もか。弟たち、遠坂に間桐兄妹、虎とかも来るから十人ほどか。

 

 

「……腕が鳴るな」

 

「え? なに?」

 

「ああいや、何でもないぞ」

 

 

 だが我が姉は俺の呟きを聞き逃さなかったらしく、獲物を捉えたような目をした。

 

 

「ふふふ~、シロウの執事根性がたぎってきたのよね~」

 

「なっ、聞こえてたのか……」

 

「ふふふ~、今晩はなにかな~♪」

 

 

 姉は上機嫌に廊下を歩いていく。そしてそれを呆れたように追っていく遠坂。何のことはない、この衛宮邸では見慣れた光景。

 

 

「士郎君、なんだか楽しそうだね」

 

「ん? ああ、そう見えたか」

 

「何かあったの?」

 

 

 由紀香が不思議そうな表情で俺の顔を覗きこむ。ああ、やはり俺には彼女のいない世界は想像できないな。

 

 

「いや、今回は意識だけ飛ばされたんだが、その飛ばされた先で良い出会いがあったから」

 

「へぇ、どんな?」

 

「そうだなぁ、弟たちの迎えがてら話そうか」

 

 

 春の夕暮れ。『枕草子』では春は明け方が美しいと言われているが、黄昏時もまた美しいものである。差し込む夕日に重なる二つの影は、これから先も離れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 






はい、ここまでです。
この話は多少ネタバレになってしまっていますが、細かい部分はちゃんと隠せているでしょうか?

いずれ向かう結末ですが、それまでの過程もしっかり本編で描写できるよう頑張っていきます。
因みにですが、これを書いている私はビデオ世代であり、テレビも液晶ではなくブラウン管の世代でした。ついでに言えば、『時のオ○リナ』が出たときの衝撃は、幼稚園時代でしたが今でもよく覚えています。

それでは今回はこの辺で。




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