魔導に飽きたら飢狼という感じて、炒飯の食安めにピラフを食ってる感じで進めてますが、場合によってはこれにラーメンが追加されるかも知れません。
まぁ早い話が他の場所でまた別の物を書くということがあり得るのですが、
うっかりミスのパッシヴスキルの他にも色々なバッドステータスが付与されている庵パンでは無い可能性が大いにあります。
そんなワケで魔導の92話です。
時系列は大量の血を吐いたサリメルが火威と会う12時間前、火威がアロンに刺された時に遡る。
「三尉!」
雪の中に倒れた婚約者に、栗林は駆ける。
もし冷静であったら、殴り飛ばされた民間人らしき男に先に走り寄っていたかも知れないが、余り血を流さなかったとは言え明らかに重傷を負った婚約者を優先してしまったのである。
なにせ、付き会う相手とはお突き合いを申し込み、それで初めて自身を上回った男だ。本当のところ、お突き合いでも多少は手を抜いて相手したのだが、それも相手が魔法という特殊技能を封じているからである。
栗林も手を抜いているとは言え、ダーやヒグマが相手であれば斃せるくらいの力は出した。それでも上回ったのだから、火威という男は合格である。
この男は特地に来て甲種害獣の話が隊内に広まって以降、朝早くから何十kgもある土嚢を抱えたり背負ったりして自主トレに励んでいたのを栗林は知っている。
その甲種害獣ことドラゴンは伊丹やテュカが先に討伐してしまったが、それでも火威は訓練を止めることは無かった。
魔法の訓練というのは栗林の理解の範疇を越えるところがあるが、彼は次第に隊の装備より特地で得た装備や特殊技能を使っての作戦行動が、主になってきた。
作戦や自主訓練の度に薄くなっていく彼の頭髪が、実に気になるところではあるのだけれど。
驚いたのは閉門の騒動の時だ。
門が存在するドームの中に抑え込んだ蟲獣が、いよいよ抑え切れなくなった時に第四戦闘団のヘリ部隊と共に彼は来た。
決して人が降りてはいけない高さのヘリから飛び降り、黒いG系害蟲獣を踏み潰したかと思うと、これまで見た事も無い火炎旋風の精霊を召喚・使役してドームごと蟲獣の大群を吹き飛ばしたのである。
その際、ジゼルに目配せして誤解なく受け取っていたから、「あ~、この一人と一柱。デキているのね」と、考えてしまったのが、遠回りだったのだろう。
シュワルツの森の端にある温泉施設でサリメルから、「理想を追い求めて生涯独身だった」魔導士の話しを聞き、アルヌス帰還後に逡巡し実行を躊躇っていた黄薔薇屋敷突撃とマイの奪取はロゥリィに止められてしまった。
まぁ最強の亜神を前にしての狼藉であるから、これは仕方ない。だがこれは失敗だった。エルベ藩国で巨大な蛇型龍を掃討し、温泉施設を作るという民事作戦の最中にも、火威はことある
大祭典を控えた夜にジゼルから仕事を受けた時、火威との関係を聞いてみると「友人として家にダチ上がらせてもらっただけ」という回答を得る。
恋人では無かったのだ。そうと知らずに富田とボーゼスが住む黄薔薇屋敷に突撃する姿を見せてしまった。
「やめろ! 栗林っ。行くなーッ!」という声は、その後しばらく後悔という記憶の中で何度も
特地の内戦中の話になるが、彼は黄薔薇屋敷に突撃するような女に苦手意識を持つ傾向にある。実際、栗林自身も女友達にいたら嫌である。
大祭典の最終日に行われた棒倒しで火威がユエルに倒されたのを見て、黒軍が不利になったのを少しばかり喜んだ辺り、自分自身嫌な女だと思う。
直後から真面目に勝負し、蒼軍の攻撃部隊で何人かの意識を刈り取ってきたが、最終的にはロゥリィと相手亜神の一対一の勝負でケリが着いた。
記憶に鮮明なのは、次の日の後夜祭だ。空自や第四戦闘団の佐官の間で発生した仕事を、レクリエーション係り的な役職を任されている火威であったが、ジゼルから「坂の下のニンジャ屋敷で火威から伝えたいことがある」と聞いた栗林は、そこで火威からのお付き合いを申し込まれたのである。
あとの結果は先の通りだ。
栗林 志乃は特地で、特地での戦争と内乱が終わったアルヌスの地で、ようやく念願適う以上に強い男と出会えたのである。
その男が今、屋敷内のメイドの部屋に運ばれて、柔らかいとは言えない床に臥している。
栗林が見たのは、彼の身体を突き抜ける金属製の槍であった。持ち手は木製だったから火威自身が怒りに任せて折ったように見えたが、男が刺した時に血飛沫という形で出血も確認しているし服に血も着いている。
なのに、傷らしい傷もない。傷跡一つ見られない。普通に眠っているだけなんじゃないかと思ってしまう。
見た現実を、栗林は拒否しない。
だが受け入れ難かった。
色々と人間以上になっている火威が、こんな形で命を落とすとは思えなかった。
ふと訪れる静寂な時に、栗林は後悔もする。オタク疑惑有りというだけで、恋人のように甘えたりしなかったこと。
そして時折、拳で答えてしまって来たことをだ。
しかし火威の命は未だ尽きていない。守るべき避難民らしき男から急所を貫かれたとは言え、出血量は少ないし出血そのものも止まっている。諦めるのは未だ早いのだ。
この地は日本ではない。炎を吐くドラゴンが飛び、肉体を持った神々がいる特地である。ならば、瀕死の重傷を負った者をたちどころに回復させるアイテムの存在を期待して良いのではなかろうか。
そう考えた栗林は、矢も盾もたまらずに長命種の年寄りに話を聞きに行った。
その中で、栗林は初めて聞く特地の言葉……というか、固有名詞を聞く。
「【気の身】……ですか?」
今年で三百と数十数歳になるという初めて見る種族……火威がノスリと呼んでいた中で一番の老け顔の男に聞いたソレは「心と身体」「精神と力」「魂と魄」いかようにでも訳せるものだった。
「リシュも探しに行ったし、リシュを追ってミューも探しに行ったな゛ぁ~ん」
ノーマエルフの子供と、その母親代わりをしていた屋敷の竜人系ハリョの女性を思い出す。
「気の実は大きいから皆で分けるとイイな゛ぁ~ん」
気楽に言う老け顔だが、子供や戦闘の心得の無い者が場外に出るのは危険極まりない。
栗林は、すぐに周辺の地図と五本の閃光発音筒を始め、雪上戦で必要な装備を携行してマリエスを出たのである。
* * * *
昼が過ぎて数時間。
C言語のハウツー本はアルヌスの駐屯地施設内で探すか日本帰還後に送るとして、火威はサリメルに遅れること数十分の後にリーリエの寝所に入った。
先日まで使徒か化物の如き苛烈さで、ロゼナ・クランツが使役する怪異や龍種を掃討していた火威が倒れたという話がマリエス中に拡がり、人々の心に絶望が満ちていたいたのだ。
「神様も来てるのに、期待され過ぎはちょっと気拙い」
と思いはすれど、健在ぶりをアピールしなければマリエスの人々の心は絶望に飲み込まれていたかも知れない。
自分の種族基準で考えるノスリの連中はさておき、マリエスや帝国の兵、そして薔薇騎士団やら城内の(規模は小さいながら)有力商人に知らせる必要があったのだ。
そして来たリーリエの寝所。
彼女の火傷はすっかり治って、美しい寝顔を見せていた。これは……
「あかセイ……」
火威のオタク的部分が反応して口走りそうになったが、本当に言ってしまうと恐ろしい事が起こる気がするので黙っておく。
それにリーリエとは知り合って少ししか経っていないが、尊大とは程遠い性格なので大いに違う。特殊な芸術も嗜まない。そういう話は聞いてない。
「ハンゾウ、どうじゃ。治ったじゃろ」
「ホント凄いですサリさん。なんかの魔法っすか?」
「妾にかかればこんなこと」
曰く、ミリッタの魔法なんだとか。
「魔法っていえばエルさんとラーさんでしょ?」
「いや違うのじゃ。まぁ妾でなければ出来ない魔法じゃがな」
サリメルはリーリエに火傷跡一つ残さずに傷を治したという。金糸のような髪は焼けて落ちた部分は直せなかったが、焼けて縮れた部分も金糸のような髪に戻っているという。
機会があれば全身を見せてもらえとか、ふざけたことをほざきもする。
「それに中々胸の大きな娘じゃな」
確かめたらしい。
「何やってんアンタ……」
「シノよりは小さいが、中々あるでな」
相手が眠っているのを良いことに、触って確かめたらしい。日本なら官権が入る。
「っていうか志乃は!?」
エルベの森からエロフが来たことに驚いて、婚約者で現在の部下が近くにいることを忘れていたが、健在を知らせるべくマリエス城内や屋敷内を歩き回っているのに姿を見ない。
「あ~、サリさん。ちょっと俺、志乃を探して来ますね」
「なにっ。シノも来ているのか?」
婚約者同伴で任務とは良い身分じゃなッ! と怒ってるっぽいサリメルの怒りどころが、よく解らない。次に「そのうち揉ませるのじゃ」と、怒りながら半笑いで言うのを聞くと、寧ろ悪化する呪いだったんじゃないかという気がする。
そんなサリメルの殺人的ユルさを越えて、栗林を探す火威には狂暴な自然の驚異とロゼナ・クランツの呪いが待っていた。
ユエルとジゼルは言う。クリバヤシは【気の身】という氷雪山脈に存在するアイテムを捜しに出たリシュを追い、ミューが彼女を連れ戻し出てそれを栗林が探しに出たのだという。
「なんじゃそらァ?」
リーリエや火威が生死の境を彷徨っていたことから、特殊なアイテムを捜しに行ったのだろうが、今の氷雪山脈で夕暮れ近付く時刻に城外に出て良いものではない。危険過ぎる。ミューは一応、戦闘の心得もあるようだが戦斗メイドとは違う。リシュはまだ幼い子供だ。栗林は戦闘経験もあり隊の装備も持っているが、なんと言っても火威の大事な嫁である。
そもそも【気の身】というアイテムからして、訳しようによっては禁忌臭がする代物である。
「3人を探索して来ます!」
火威は言うが、それをサリメルは止めた。そして言う。
「ハンゾウ、これ持ってけ」
言いながら懐から出したのは、以前にロマの森から帰還する直前に渡された仮面である。
「こ、この仮面は」
「メンポじゃよ」
「珍妙な仮面だな」
と、ジゼル。確かに覗き穴もない面なので一般的な仮面とは大きく違う。
「いや、だからメン……」
「この仮面では役に立たないだろう」
言葉を被せて来たのはユエルだ。まぁこの世界でも仮面は仮面いう。メンポと言うのは変な物に感化されたサリメルだけだ。
「この仮面は魔導士にしか使えないものなんですよ」
「メンポって……」
何か言いたげではあるが、サリメルもこの周辺の地形に詳しいらしい。
「ともかく、有難く御借りします」
兜跋と仮面ポを装備した火威は、自らの鎧に魔法を掛けた。
マリエスから出動していく火威を見て、ユエルは思う。
捜索対象になっているミューやリシュはともかく、クリバヤシという女兵士は間違い無く亜神クリバヤシだろう。
この亜神は先程のマリエス防衛で、ユエルが敵を一体葬る間にも剣を付けた魔杖でミティの頭部をアプコの砕けたようなものに変え、剣そのものでも何体ものミティを刺殺していた。
ロゥリィ・マーキュリーに勝負を挑んだことでグランハムはロゥリィに頭が上がらなくなってしまったが、それが無ければ勝負を挑みたい相手である。
そんな猛者がいるのだから、火威がわざわざ探しに行かなくても大丈夫なんじゃぁないかという気がするのだ。
ユエルは踵を返し、眷主がいるシュテルン邸に戻って行く。
リーリエやロゼナ・クランツのネーミングは3部が始まってから適当につけました。
が、何やら赤セイ……とか色々ハマってしまったので、ネタにすることにしました。