でも第一話が長過ぎたので2分割しました。
よって後半もあるのですが、日を置いてから投稿します。
第一話 ロゼナクランツ戦後処理(上)
氷雪山脈からアルヌスに帰還した山脈に派遣された自衛官達の任務は、その日の課業終了と共に解除されたのだが、火威に限って言えば追加で1日分の任務が存在した。
山脈から直接アルヌスに来ることになってしまった、薔薇騎士団を始めとする帝国の部隊は帝国に帰還しなくてはならない。
また、リーリエやアロンたちマリエスの住民も山脈まで帰還する必要があるのだ。
帝国経由でマリエスに行くとしても、片道1200kmほどの距離を飛行しなくてはならないのだ。
流石に、凍結帝国を“溶解”した当日に、再び山脈まで行けと言う命令はなかったが、次の日の半日はそれに費やすこととなった。
アルヌスに帰還した当日は、火威の自宅兼自衛官詰め所の“坂の下の忍者屋敷”でぐっすり寝ることが出来たが、次の日は朝早くからマリエス行きである。
「おーはよー」
今はアルヌスにも書海亭というロンデルの老舗宿があるのに、忍者屋敷で寝たいと我儘を言って泊まったサリメルが火威を見つけ、朝の挨拶をする。
「ニンジャ屋敷なのに何もなかったな」
このエロフは夜に刺客でも来ると思ってたんだろうか?
「そりゃまぁ俺の家ですから」
「でも前にユーレイが出たんじゃろ?」
特地でも霊体のことを幽霊と言うことがあるのだろうか? 或はサリメルがニホン風に言った可能性もある。
「まぁそれはロゼナクランツが一枚噛んでたようですからね。もう無いですよ。それじゃ俺は帝国やマリエスまで行ってきますから、着いたら連絡しますね」
これからまた空飛ぶ車……というより魔法で空を飛ばしてる車で帝国とマリエスを巡らなくてはならない。先に帝国に行き、次にマリエスだ。マリエスからはサリメルが穿門法で拓いたゲートで一気に帰って来れるのが救いである。
隊の車両を借りるが、火威の休暇は今日から一週間だ。休みの日に特地側の人間を普段生活していた場所に返すのは、普段なら休みが潰れるので手当の付く仕事にしたい火威だが、門が開通してない以上は暇を持て余すだけなので文句は言えない。
だが、栗林との同棲が控えているから早いところ仕事を終えて引っ越しを手伝わなくてはならない。
* * * *
サリメルとリーリエは眷属と眷主の関係である。
ロゼナクランツとの戦いが終わって一晩経ち、同じ関係であるユエルとグランハムは朝の早い時間にアルヌスを発った。
サリメルは、彼らと同じようにこれからはリーリエと行動を共にするようだ。
サリメル曰く「 眷属に何が起きると大変なの妾だし」だそうだ。
もう一方は放っておいて良いのか?という所だが放っておかれた方が有り難いから追及せずにいた火威である。
出発から六時間かけ、まずは帝都に着いた。
ここでヴィフィータやグレイはピニャへの報告があるとかで、暫し時間を取られる。
火威がピニャに顔出す必用は無かったので、報告が終わるまで栗林の引っ越しの手伝いができた。
女性用官舎に男が立ち入る時は許可を貰う必用があり、火威も係りの隊員に許可を貰って官舎から荷物を抱えて忍者屋敷まで往復することになる。
その時に気付いたが、栗林の荷物には私物の格闘戦用装備や不正規戦用装備のカタログが多い。
一般的な女性用品などより、こちらの比率が非常に高い。
「志乃さ」
愛しき妻の、隠された(というより以前から少し思ってたが)趣味を間近で確認して火威は言う。
「何です?」
「前から思ってたけど、これは明かにオタク」
「えぇっ!?」
栗林の驚きようは、明かに自分が非オタだと思っていたという意識の表れ。
「志乃くらいの歳の女は普通持ってないって」
「で、でも、私は自衛官だかこれくらいの話は、出来た方が良いんじゃ……」
栗林の格闘戦知識と実際の戦闘力は、明かに普通科隊員を大きく上回る。
「いや、普通の隊員はミノタウロスを殴り殺せないから」
絶対に栗林にしかできない。火威ですらミノタウロスには大剣という武器を使ったのである。
「そ、そんな……。私が気持ち悪いオタクに……」
愛する妻のモチベーションが大きく下がったのを見て、火威は彼女の両肩を強く抱く。
「いやっ、違うんだ」
恐らく、栗林がイメージするオタクは美少女が描かれた紙を見てニヤニヤしてる典型的なキモオタ。
「オタクは特定のことに精通してる人間を意味してて、プロフェッショナルのことなんだ」
こんな説明で正解なのか知らないが、取り合えずマニア的な人間……なハズ。
オタクとマニア、どちらがより重症かは意見が別れるし議論の余地がおおいにあるだろうが、悪い意味ではないことを火威は説明したかったのである。
「私がオタク……そんな」
ところが栗林は思考停止状態に入っていた。そしてうわ言のように呟く。
「私が…私が伊丹隊長やサリメルと同じ……」
一体どんだけオタク嫌いなんだよ、と、思うところだが、迂闊な発言で栗林を地蔵状態にしてしまった火威は焦る。
「ち、違うんだ志乃! オタク文化とエロは親和性が高いのかも知れないけど、サリメルはオタクと関係なく元々卑猥だったんだ。エロとオタクは別物なんだよっ」
サリメルのオタクっぷりは後天的なものである。それに付けて没頭し易い気質で、それ故にレレイと同じ短い期間で熟練する天才とも言える能力を持ってるから救いようがない。
この説得イベントは、ピニャへの報告が終わった後も暫く続いた。
* * * *
氷雪山脈に存在していた人間の町や都市と呼べる建造物は、昨日の火威の精霊魔法で総じて消滅してしまったので、アロンなどマリエスの住人は麓の人間の町で暫く過ごすことになった。
元々今年は冬が来るので、リーリエにもアロンにも寒さが厳しくなるマリエス以外の都市に移動するように進言しようと考えていた自衛隊や火威だったが、こうなってはマリエスの住人に決定権はない。
シュテルンの領地は氷雪山脈全体であり、麓の町は別の貴族の領地だ。
「や、やべー。やっちまった」
昨日はそんなに力んでいただろうか? 自分すら危うかったので使役する意志を少し弱めたつもりだったが、これでは世話になったエティも吹き飛んでいる。
彼等は半精霊だから、魂は世界を循環して再びエティの幼体であるノスリになるが、今度時間ができたら謝りに行こうと思う。確か名はテクシスと言ったか?
そう思ったところでアロンとリーリエが来た。サリメルも彼女に着いている。どうやら麓の町の村長との話し合いが終わったようだ。
そういえば、この弟もサリメルのケン属じゃァないのか?通信機も無いこの世界でサリメルはアロンとの連絡を簡単に取っていたし、マリエスやサガルマタとの間に門を開く手段としては「それ」しか考えられない。
ユエルとグランハムを倣ってサリメルとリーリエが行動を共にするならアロンはいいのか?
そういう考えが頭に浮かぶが、色々気にしては収集付かなくなるので気にしないでおこうと思う。
「話し着いた?」
「はい、私とハルマは冬を越すまで此方の村でお世話になれることに
なりました」
ハリマはミューの姉で、龍人とヒトとのハリョである。
彼女はマリエスで戦斗メイドとしてシュテルンの屋敷に仕えていたが、今はもうアロンのパートナーとなる女性と言って良い。
「しかしミューや多くの民は……」
「あぁ、そこは俺からもアルヌスの組み合いに言って、仕事や周辺の入植地に住めるよう頼んでみるよ」
アルヌス周辺に新しく出来た町や村は、元々アルヌス生活共同組み合いが力を入れて作ったものだ。
住む種族の割合を平均的に配分しているが、マリエスの住民は5000人程度なので、いっそのことマリエスの住民で町を築くという手段を取る必用があるかも知れない。
「それなのですが、ヒオドシさんが言うようにアルヌスでご厚意を受けれれば、それぞれが生活しながらマリエス再興の資材も揃えられるのではないかと」
「あぁ、そうか」
その方がずっと効率的かもしれない。
「それと、ヒオドシさんには大変お世話になったので、ミューの身柄を貴方にお渡ししようと」
ハリマとミューの身分はシュテルン家の使用人ということになっているが、それ以前に奴隷だ。
アルヌスは日本なので奴隷はダメである。
「いや駄目だめダメ!日本は奴隷制度無いもん。やったらアウトだもん!」
アウトという外来語はアロンとハリマには理解できなかったとして、必死になって拒否してることだけは分かる。
「いえ、大丈夫です。貴方はミューをヒジンドウテキに扱い、隷属させるつもりはないんでしょう?」
「まぁ、そりゃそうだけどさぁ……」
「それに、今のミューにはリシュという子供も居ます。我々は二度もミューに子供を失われさせたくない」
ミューに子供が居たことは、彼女ではなくフィーという彼女の子供と面識が有った住民から聞いている。
確かに、氷雪山脈など寒い地域に住んでいれば、子供が風邪等の疾患で命を落とす確率は高くなる。
そのことを考えてのアロンの判断なのだろう。
「分かった。ミューとリシュの面倒も此方で見ましょう」
「有難う御座います。後程ミューにも私から伝えますので」
まだ伝えてなかったのか……。
火威は危うく犯罪予備軍になるところだった。
* * * *
その後、火威はアルヌスにこの事を伝え、マリエスの住民は彼等だけで生活することになった。アロンとハリマは麓の村で暮らせるということだったが、自分達だけが安定した生活を手に入れては民に顔向けも出来ないというのでマリエス住民達と苦難を共にすることにしたようだ。
必要な資材はアルヌスからも一部は運ばれたが、大半以上は帝国からの支援やシュテルンの金で帝国や周辺こ町から購入してシュテルン領の中で比較的標高の低い場所を選んで運び込むことになったのである。
それらの中で大きい物資を運ぶのは火威の役割だ。任務でも何でもないのだが、民間人が苦心して運んでるのに知らんぷりは出来ない。
雪が降るので、せめて雨風を凌げるような屋根のある簡易ながら建物を作らなくてはならない。
幸い近くに洞窟があるので、いざと言う時はそこに逃げ込むことも出来る。
危険生物が生息している可能性もあるから、この後にでも火威が内部を探索しなければならないが、野生生物が生息してたら他の地点に魔導で穴を開け、マリエスの人々にはそこを使ってもらうしかない。
「へぇ、ちょっと疲れた」
2日続けての重労働だが、運搬にも魔法を使ってるので独りで幾つも出来てしまうのである。
もっとも、穿門法で帝国付近とシュテルン領を結んでいる上にノスリのスケベショタ連中も役に立ったので、本当にちょっとだ。
物資の運搬が終わった後、ノスリは再びサリメルとの性交を求め、その代金を火威に要求してきたので一人残らずシャーマンスープレックスで失神させた。ここは日本領はないから法的には問題ないハズ。
「サリさん。こいつらに経済力がないのは知ってるでしょっ」
「いやスマン。妾はセクロスが出来ればそれで良かったんじゃがな」
そんなワケで、この一件は解決した。
そのサリメルは帝都から徒歩でゆっくりロマの森に帰るという。リーリエも一緒だ。
リーリエはケネジュを攻め入った際に、マリエスの兵の過半を戦死させている。その責任を領外追放という処分で解決を図ったのだ。
処分は現・領主のアロンの裁定である。帝都でも戦争の際に、自分の部隊を全滅させてしまった司令官を職務から解任し、帝都から追放することがあるのだが壊滅の程度によっては極刑とすることもあるという。
リーリエは敵の首魁を斃すべく、急ぎ部隊を率いてケネジュを制圧しようとした。
首魁を斃せばマリエスの住民を苦しめている敵の魔導も止むのだ。それが分かっているからこそ、マリエスの住民は戦闘で犠牲になった夫や息子など家族の死を悲しみつつも、リーリエに責任を問おうという者はひとり一人としていなかった。
「姉にはロンデルやヒオドシ殿の国で勉強して夢を叶えて貰いたいですから」
「夢とな?」
「はい、姉は医術者として大成するのが夢なんです」
そういえば、リーリエやアロンの母親は病没と聞いている。
家族仲の良い彼らのことだから、母親のような病の人間を治療できるようにしたいと考えたのかも知れない。
しかし機会があれば日本に来るつもりなのだろうか?
火威にとっては、それが一抹の不安だった。
彼女が日本に来たら、彼女が不自由しないように色々とお膳立てするのは面識がある火威に任せられる可能性がある。
できるならロンデルで賢者としての見識を拡げながら医術の勉強をしてもらいたい。
言葉の壁という障害もないし。
もっとも、ロンデルで盛んに行われてるのは医術ではなく魔導の研究で、そのことに些か脳筋化している火威が気付くのは次にリーリエと会う時なのだとは、今の火威が知る由もないことだ。
すいません。昨日は先走って今日の投稿で出てくるヤツらの話してしまいました。