〈物語〉シリーズ プレシーズン 【裁物語】   作:ルヴァンシュ

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 衣物語、最終話。

■ 以下、注意事項 ■

・約貮萬漆仟字以上。
・〈物語〉シリーズ、アニメ未放送分ノネタバレヲ含ミマス。
・他、何カアレバ書キマス。

■ 黒齣 ■



第貮話 しるしメイク 其ノ肆

[016] 

 

 なんて、思わせ振りなことを言ってみたけれど、もちろん斧乃木ちゃんは死んでないし、首を刎ねられてもいない。あんな如何にもなところで切るあたり、ああ、これはフェイクだな、と思った読者が、果たして何人いるのだろうか。思わなかった読者から数える方が早い程度は居るだろう。

 

 斧乃木ちゃんに突き付けられた毒の刀――毒刀『鍍』。振り抜かれたその刀は、しかし斧乃木ちゃんの首を切り落とすことは遂に叶わなかった。

 斧乃木ちゃんの首が、刀では斬り落とせないほどに硬かったという訳ではない。死後硬直というものがあるけれど、斧乃木ちゃんはあくまで付喪神であり、キョンシーとかではないのだ。よつぎキョンシーではない。

 況して、斧乃木ちゃんがギリギリで糸を千切ったという訳でもない。斧乃木ちゃんが先刻述べた通り、この糸を力尽くで引き千切るのは不可能だ。パワータイプの斧乃木ちゃんを的確に封じる恐ろしい罠であるといえよう。

 では、どうして斧乃木ちゃんは首を斬り落とされなかったのだろうか。それは、斧乃木ちゃんに僕の影が掛かっていたことに由来する。

 

 ガキン!

 

 と、毒刀が斧乃木の首に到達する寸前で、金属と金属のぶつかり合う金属音が鳴った。

 

「っ――――!!」

 

 毒刀と首の間に差し込まれたのは、見覚えのある日本刀。業物の一品であり逸品。

 妖刀『心渡』――!

 

「ふん、勝手に死ねると思うなよ、死体娘――儂が二度寝しているのをいい事に、随分と好き勝手やってくれたのう」

 

 かかっ――と。

 その金髪金眼の幼女は、凄惨な笑みを浮かべながら言い、そして――毒刀を弾き返した。

 

「うぬを殺すのは、この儂じゃ」

 

 幼女――即ち、鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼の成れの果て、忍野忍は、そう言って斧乃木ちゃんと僕を見た。

 

 ……キメ顏以外の何物でもなかった。

 

 

 

[017]

 

「ウザっ」

「第一声がそれかうぬ!?」

 

 助けてくれた恩人であるところの忍になんてことを言うのだ、と憤慨したくなったが、しかし僕も似たようなことを考えてしまったので何も言えない。

 いや、本当にキメ顏も良いところであった。見下ろされながら見下すという低い場所にいる癖に高度なことをやってのけた忍だが、この部屋の豪華絢爛さ、黄金の輝きが忍の後光となり、キメ顏もキメ顏、最上級かつ最高級のキメ顏だったのだ。嘗てキメ顏をしていた斧乃木ちゃんも、これには僕以上に思うところがあったのだろう。

 

「だからあの頃に触れるなっつってんだろ。黒歴史なんだよあれは」

「かかっ、あれごときを黒歴史とはよく言うわ。600年生きた儂にとって、あんなものは黒歴史でも何でもない。どうせすぐに忘れるんじゃしの!」

「流石後期高齢者。認知症に苦しんでるんだね、可哀想に」

「おいそこの金髪娘、邪魔して悪かったな。こいつ殺せ」

「ごめんなさい忍様助けて下さいごめんなさい」

 

 ……弱っ!

 強気の姿勢が一瞬で崩れたぞ……つーかわざわざ煽らなくていいじゃないか、斧乃木ちゃんも。

 そんなに嫌いか。

 

「ちっ……貴女が出てくる前に話を終わらせたかったのですけれどね。忍野忍」

 

 苦々しそうな顔をしながら、識崎ちゃんは毒刀を構えた――って、不味い!

 識崎ちゃんの狙いは僕達だけじゃあない。忍も殺害リストの中に入っているのだ! 忍は、そのことを知らない!

 

「案ずるなお前様よ。この程度の相手、お前様とそこのお前に任せた」

「えっ!?」

 

 突然の無茶振りである――いや待て、どうしろと!?

 

「し、忍! 滅茶苦茶細くて見えてないのかもしれないけれど、今僕達は――」

「糸に絡まれとる、じゃろう? ふん、動いてみい」

 

 忍は言う。いや、だから動けない訳で――僕は右足を前に出した。

 

 ……おお?

 

 次は左足である――手足を順番に動かし、前へと進む。

 進めた。

 

「い、糸が――無い?」

 

 どういうことだ? 僕は斧乃木ちゃんを見た。斧乃木ちゃんの姿勢がさっきと変わっている――ということは、やはり僕たちの糸が消えたことに他ならない。

 

「かかっ! 消えたのではない、お前様よ。儂が斬ったのじゃ」

「き、斬った? でもこの糸……」

 

 斧乃木ちゃんの例外の方が多い規則(アンリミテッド・ルールブック)でも破壊出来なかった糸を、忍は切断したと言うのか? 斬ることが出来たというのか? だとすれば、いつの間に……。

 

「……妖刀『心渡』――ふん、ま、多少硬かったようじゃが、儂の前ではただの糸に同じよ。まだあの兜の方が斬り甲斐があったぞ? かかっ!」

「…………」

 

 識崎ちゃんは忍も睨み、じりじりと躙り寄ってくる。殺意を漲らせた目はギラギラと輝いている。

 

「動くな」

「!」

「…………」

 

 左を見ると、糸から解放された斧乃木ちゃんが織崎ちゃんに人差し指を向けていた。人差し指――即ち、例外の方が多い規則(アンリミテッド・ルールブック)の照準を合わせている、ということだ。

 

「糸がなくなった今、お前を潰すのは僕にとってとても容易いことだ。ちょっとでも動いてみろ、死ぬよ」

「……ふん」

 

 織崎ちゃんは刀を構えたポーズのまま停止した。……わざわざその姿勢のまま止まる必要性はあったのだろうか。

 

「よし、じゃあその刀を手から放せ。放さないと殺す」

「……殺す以外の選択肢はくれませんの? 物騒ですわね。流石感情無き死体人形」

「お前が言うな。ごちゃごちゃ喋らずに従え」

「…………」

 

 織崎ちゃんは毒刀から手を放した。落下した毒刀は大きな金属音を鳴らし、黄金の床に紛れ込んだ。

 

「……私をどうするおつもりで?」

「当然臥煙さんに突き出させてもらう。怪異を作り、それを悪用した――これだけで、果たしてどれ程のお咎めを受けるかな?」

「…………」

 

 ……想像もしたくない。

 あの人が専門家をやっている理由を、僕は詳しく把握しているわけではないのだけれど、しかしあの人は秩序に重きを置く人のはずだ。扇ちゃんの件で協力してくれたのも、この町で起こる怪異現象を平定するため、という理由だった。

 こともあろうに怪異を作り、しかも剰え、それを悪用する――臥煙さんが、最も嫌うタイプなのではないだろうか?

 しかも――。

 

「その上、わざわざ殺害予告までやっちゃってくれた訳だしね。臥煙さんの命を狙うとか、命知らずも良いところだよ。よくこうも重い罪を重ねられたものだ」

 

 ――織崎ちゃんの標的の中には、臥煙さんも含まれていた。

 斧乃木ちゃんの言う通り、正直命知らずという他ない。専門家の元締めであるところの臥煙さんを殺すなんて、リスクが高すぎる。それに、臥煙さんが殺されると思っていたのだろうか?

 ……個人的に一番命知らずと思ったのは、影縫さんの名前が挙がった瞬間だったのだが――いや本当、勝ち目のない戦いすぎる。

 僕みたいな一介の新大学生なら兎も角、臥煙さんを敵に回すなど――その道の専門家たち全員を敵に回すようなものである。

 

「織崎記。分かってると思うけど――」

「斧乃木余接。その脅しは脅しとして機能致しませんわ」

「!」

 

 脅しとして――機能しない?

 いやいや、これ以上の脅しがあると思っているのだろうかこの子――と思っていると、織崎ちゃんは姿勢を立て直し、パン、と手を叩いた。

 

 動いた。

 

「動くなって言っただろ? 本当に死にたいの? 悪いけど、貴女が言ったように、僕は人間的な感情を持ち合わせていない――罪悪感もなく、躊躇なく殺せるんだぜ」

「でしたらやってみてくださいまし? ほら、私は動きましたわよ」

「…………っ」

 

 …………?

 どうした? 斧乃木ちゃんは、何故撃たない? 人差し指の調子でも悪いのか?

 

 ――ん?

 調子が悪い?

 

 何だ、何が引っ掛かったんだ――いや、引っ掛かりとかそういうのは後でいい。今は斧乃木ちゃんが何故撃たないのかを――。

 

「おい死体娘。何やっとるんじゃ? さっさと撃たんか。もしやうぬ、このタイミングで不思議なことが起きて感情が芽生えた、とか、そんな意味不明な展開が起こっているのではあるまいな?」

「そんな訳ないだろう……貴女は黙っててよ」

「ならさっさと撃てよ。どうした? 怖気付いたか? かかっ、もしそうじゃとするならば、うぬも落ちたもんじゃのう。颯爽と現れ、『よくないもの』の右半身をぶっ飛ばしていったあの頃とは比べものにならんわい」

「おい、やめろよ忍。何味方同士で煽りあってんだよ。今は協力すべき時だろう。斧乃木ちゃん、どうして撃たないんだ? 何か理由があるなら――」

「五月蝿いなあ。どうしてお前らはそんなに理由を知りたがるのさ――つーか元を正せば、全部お前らの所為なんだからな。僕が不調なのは、貴方と、そこのロリ奴隷の所為なんだからな」

「え?」

 

 不調、と言ったか? ――不調?

 

 ……そういえば。

 織崎ちゃんの糸を千切れないか聞いた時、そんなようなことを言っていたような――調子が悪い、と言っていたか。

 僕たちの所為……というと……。

 …………。

 

「お、斧乃木ちゃん」

「なんだい鬼いちゃん」

「あの、もしかしてだけどさ。不調なのって、さっき吐いたから……とか?」

「…………」

 

 斧乃木ちゃんは沈黙している。

 

 ……ああ、そうなんだ。

 マジであれが理由なのか――嘘だろ、冗談抜きで僕、ただのお荷物じゃねえか。

 何が協力すべき時だ、よく言えたものだ――味方を弱体化させておいて、よくものうのうと言えたものである。

 

「ふーん」

 

 忍はどうでもよさそうな顔で深刻そうな斧乃木ちゃんを見た。いや、ちょっとは興味持てよ。

 

「いや、それがどうしたんじゃ? たかがその程度で弱体化などする訳あるまいよ。儂を騙そうたって、そうはいかんぞ」

「お前と僕を一緒にするなよ。ムカつくけど、お前と僕とでは怪異としてのスペックが違い過ぎるんだよ。僕は怪異としては下位の方だから、ちょっと些細な体調変化でも響くんだ。多分今の僕は、普通の童女レベルの力しかない」

「かかっ、貧弱な奴じゃのう。これじゃから近頃の若いもんは」

「黙れ若作りババア」

「うぬ遂に言いやがったな!? 後期高齢者とかなんとか言ってた時点で業腹じゃったけど、遂に悪口のリミッター外しおったな!?」

 

 ……正直今のは、如何にも年寄りっぽいことを言った忍に原因があると思うのだが……いやいや、だから、今はギャグパートじゃない。シリアスパートだ。

 そもそも、なんで織崎ちゃんは斧乃木ちゃんの不調を知っていた? いや、それだけに限らず、彼女は一体、どこからどこまでを知っているのだ?

 

「それは勿論、静からの報告を受けたからですわよ。一応私はあれの主人ですし、言うことには従ってくれますの」

「静……」

 

 淡海静か。そうだ、あいつが見ていた――案内役と言っていたが、僕たちの行動を監視する監視役でもあった訳だ。

 

「……織崎ちゃん。君は何を、どこまで知っているんだ?」

「それを教えて私にメリットがありますの?」

「っ…………」

 

 もうこれ以上の情報を教える気はないということか。

 

「否定する」

 

 織崎ちゃんは腕を左右に伸ばした。何をする気だ。

 

「私はあなた方を否定致しますわ――否定する、否定する、否定する。否と定めて否定致しますわ」

 

 この偽りの歴史を――否定致しますわ!

 

 織崎ちゃんがそう言った瞬間、黄金の床が捲れ上がった。いや、比喩表現では分かり辛いこと甚だしいだろう。申し訳なかった。

 つまり、織崎ちゃんは指の先から大量の糸を出し、床を埋め尽くしていた黄金の物品を絡め取り、僕たちに投げつけてきた、ということである。

 

「っ――――!!」

「うわやばっ」

「ちっ! 結局儂がやらねばならんのか!!」

 

 忍は悪態を付きつつも、しかし有難いことに僕達を見捨てる気は無いらしく、飛んでくる大量の品々を『心渡』で次々と両断した。

 『心渡』で両断出来るということは、つまり、この物品全てが何らかの怪異である、ということだ――これだけの怪異を作る意味が、どこにあったというのだろうか?

 

「あなた方は一つ勘違いしておられますわ」

 

 糸を細かく操りながら、織崎ちゃんは言った。

 

「怪異を作っているのは、私ではありませんの――これら全てを作ったのは、静ですわよ」

「っ――――!!」

怪異を作る怪異(・・・・・・・)――それが、淡海静ですわ」

 

 

 

[018]

 

 怪異を作る怪異だと? そんなもの、存在していいのか?

 そんな無茶苦茶な怪異――と思ったが、しかし、僕の身近に居るではないか。怪異を作る怪異が。

 忍野扇。

 あの子もまた、怪異を作ることが出来ると言ってもいい――作るというより、それはコピーのようなものだが、彼女を構成する数多の怪異のコピーを、物質想像能力を用いて作り出しているのにすぎないのだが。

 そう考えると、怪異を作る怪異という存在も、そこまで異常なものではないと思えてきた――いやそもそも、異常なのが怪異なのであって、ならば怪異の枠にさえ嵌らなさそうな、そんな能力を持った存在は、怪異以上に怪異らしいと言えるのではないか。

 

「お前様よ」

「ど、どうした」

 

 黄金の怪異を猛スピードで切り続けながら、忍が言う。

 

「一旦引くぞ。キリがない」

「うん、僕も忍姉さんに、不本意ながら賛成だ」

 

 斧乃木ちゃんも言う。

 

「今この場でまともに戦えるのは、忍姉さん一人だ。いや、忍姉さんというか、『怪異殺し』ただ一振りだ。流石に分が悪すぎる」

「ああ」

 

 僕は首を縦に振った。当然、賛成である。

 斧乃木ちゃんと忍、二人の意見が見事合致したということは、つまりそういうことなのだ。勝ち目がない――このまま戦っても、ジリ貧で、いずれ負ける。

 斧乃木ちゃんが戦えれば、少しは戦況が変わったのかもしれないが――しかしそれを責める訳にはいかない。というか、責められる訳がない。斧乃木ちゃんが弱体化した原因は、どうしようもなく、僕なのだから。

 斧乃木ちゃんを守ると言っておいて、この体たらくである――土下座なんかよりも、よっぽどプライドが傷つくことだった。

 

「じゃあ鬼いちゃん、一、ニの、三で忍姉さんをおぶって走り出して。僕は手伝わないけど」

「手伝わねえのかよ」

「これ以上気持ちの悪い思いはしたくない」

「どんだけ嫌いなんだ……」

「聞こえとるぞ死体娘! 後で殺す!!」

 

 相変わらず止まない黄金の雨を斬り裂きながら、忍が言う。殺すも何も、もう死んでいるのだけれど。

 

「じゃあいくよ、鬼いちゃん」

「ああ」

 

 僕は背後を確認した。扉は開いている。これならすぐに逃げられるだろう――え? 扉が開いている? 何でだ? 僕たちが部屋に入った後、閉まった筈なのに――。

 

「一」

 

 ――いや、そんなことを考えてる暇はない。それは後回しだ。カウントが始まった。

 

「ニの――」

 

 僕は忍の位置を確認し、背を向けた。両手は既に忍のあばらに触れている。良いあばらだ。

 

「――三!」

 

 斧乃木ちゃんはそう叫ぶや否や走り出した。僕も忍を腕でがっちりロックし、それを追う。

 背後で金属音が鳴り響く。間近で聞くと、こんなに怖いものなのか。金属音ってやつは。

 

 僕たちは扉を抜けた。しかし扉を閉めることは叶わず、相も変わらず背後からの追撃は止まない。

 

「おのれ、儂を体のいい盾にしおってからに!!」

 

 そうはいいながらもしっかりと僕たちを守ってくれる忍。全く頭が上がらない。やはりこの辺りの度量の大きさは、伊達に600年生きてきた訳ではないのだと思わせる。

 

「債務がどんどん積み上がっておるぞお前様! 覚悟はしておろうのう!!」

「ああ! ドーナツだろうがなんだろうが好きなだけ買ってやるよ! 約束する!!」

「儂はミスドのイメージキャラ変更を所望しておる!!」

「ごめん、それは出来ない!!」

 

 ポンデライオンさんをあの座から引き摺り下ろすのは、僕程度の財力ではどうにもならないのである。

 

「不二家さんとのコラボで我慢しとけ!」

「なんじゃと!?」

 

 不二家さんより、『ドーナツチョコ』発売中だ! 可愛い少女と幼女が目印だ、セブンイレブンに急げ!

 

「お前様まで宣伝を始めたら誰が収拾つけるんじゃあ!? ちゅーかそのコラボニヶ月程前のものじゃろうが! まだ売っとるのか!?」

「知らん!!」

「お前らマジでいい加減にしろよ。状況考えろよ。危機感をちょっとは覚えろよ能天気馬鹿ロリ鬼畜ツーマンセル」

「いや斧乃木ちゃん、そこまで言わなくてもいいんじゃないか!?」

 

 しかも語呂悪いし!

 ああ、この辺りがひたぎとの違いなんだな……直線的だなあ。

 しみじみ。

 

「悪口言われてしみじみって、あなた本格的に頭おかしいよ」

「今更その程度の悪口で傷つくような僕じゃあない。甘く見るなよ、斧乃木ちゃん。悪口は言われ慣れてるからな」

「凄いね貴方」

 

 褒められた。嬉しくないけど。

 

 いや、ここで一応釈明しておくと、僕たちがこうして雑談しながら走っているのは、決しておちゃらけている訳ではない。ちゃんと後付けの理由くらいあるのだ。

 今僕たちは、正直追い詰められている。追い詰められて、後のない状況で必要なことは、互いを見失わないことである。

 迷子にならないこと。

 互いに呼びかけ合いながら進む――こうすることで、仲間の異変にすぐ気付けるし、何よりシリアスになり過ぎずに済む。

 余裕がない時ほど、適度な余裕が必要なのである――シリアスな状況だからといってシリアスで居なければならない理由など、言ってしまえばどこにもない。

 

 こんな感じで、僕たちは走り続けた。ある程度走り続け、背後からの追撃がいよいよ無くなった――その時、斧乃木ちゃんがそれ(・・)に気付いた。

 

「――なんだ、この煙」

「え?」

 

 僕たちは思わず立ち止まった。

 辺りを見回すと、確かに、いつの間にか僕たちは深い煙に包まれていた。いつの間に――?

 

「斧乃木ちゃん、これは一体……?」

「怪異だ……でもどういう怪異なのか分からない。情報が少なすぎる……」

 

 確かに、現段階ではただ煙が辺りに立ち込めているだけである。煙を生じさせる怪異――僕は怪異に詳しくはないけれど、しかし、この如何にもな現象を引き起こす怪異は、決して一種類だけということはあるまい。寧ろ、怪異にはよくあることと言っても過言ではないほど、メジャーな怪異現象だ。

 

「どうするんだ斧乃木ちゃん。道が見えないぜ」

「正体が分からない以上、退治方法も分からない――ねえ忍姉さん、煙を切ってみてくれない?」

「理由は?」

「それで切ることが出来れば、それでよし。出来なければ、この煙自体は怪異ではないということになって、怪異を絞り込める」

「ふん」

 

 忍は刀を振るった。いや、僕はそれを見ていない。忍は僕の視界外にいる――けれど、感触で動きは分かった。

 動いた感触があってから暫く経ったが、煙は一向に晴れる気配がなく、寧ろより深くなっていった。

 

「役立たずめ」

「うぬを叩っ斬ってやろうか」

「おい、やめろよ」

 

 なんで斧乃木ちゃんはこうも忍を煽るのだろうか――嫌いを通り越して、寧ろ好きなんじゃないか?

 ……好きと言えば、斧乃木ちゃんが言ったことを思い出した。けれど、それは今聞くべきことではないだろう。僕にだってそれくらいは分かる。

 この屋敷を脱出してから、じっくりと聞くとしよう――なんて言うと、まるで死亡フラグのようだけれど、しかし現実はそんなお決まりの形に当て嵌まらないものだ。良い意味でも、悪い意味でも。

 

「でもまあ、これである程度は特定できたよ」

「え?」

 

 言っちゃ悪いが、あんなことで特定出来るのか? 煙自体が怪異でない怪異なんて、それでもまだ沢山居るだろうに。

 

「まあね。それでも種類によって煙の量とか濃度とかに差があるのさ。その辺りは専門的な話になるけれど――僕の予想が正しければ、この後煙の中に、何かが映し出される筈だ」

「何かが――映し出される?」

 

 煙の中に何かが映し出されるというと、僕程度の知識だと、蜃気楼くらいしか思い浮かばない――あれも確か、昔は怪異と思われていた筈だ。今では自然現象であることが証明され、蜃気楼は怪異では無くなったけれど。

 

「鬼いちゃんの癖に冴えてるね」

「ああ、それはどうも――って、え? 冴えてる?」

「うん。冴えてるね。要点を押さえてるよ」

「え? じゃあ、マジで蜃気楼なのか?」

 

 だとすればおかしい。臥煙さんの言を信じるならば、怪異は正体を暴かれることによって消滅する筈だ。ならば、既に世間に正体が浸透している蜃気楼は、怪異として存在できない筈でないのか?

 

「そうだね――その通りだ。けれど、鬼いちゃんの認識には間違いがある」

「間違い?」

「蜃気楼と言われているのは、その"現象"だ。この煙の正体さ」

「ああ、だから――」

「でも、その"本体"は、どうだろう?」

「本体?」

 

 蜃気楼の本体――煙の主。

 つまり、暴かれたのは煙の部分だけで、本体は暴かれていない――。

 だから、煙は怪異じゃないのか。

 だから、『心渡』で斬れなかったのか。

 

「蜃気楼は嘗て、巨大な蛤の怪異とされてきた。その時代の専門家たちは、蜃と呼ばれるその怪異を"暴く"ことで、見事倒した」

 

 斧乃木ちゃんは言う――すると、確かに斧乃木ちゃんの言う通り、煙の中に、何かが浮かび上がってきた。

 

「けれど、実際には、それは煙の正体を暴いたにすぎない。大気による光の屈折現象――本体は幾多もの国に伝承され、形を変え、未だ暴かれてはいない」

 

 斧乃木ちゃんは言う――煙の中に、ぼんやりとした影が浮かび上がる。小さい貝殻のようなものが沢山。これは、まるで――。

 

「蛤」

 

 斧乃木ちゃんは言う。

 

「これで確定した――こいつは『逆さ蛤』だ。逆転した蛤――地味に厄介な怪異を仕掛けてきやがったな、あいつら」

 

 貝だけに。

 斧乃木ちゃんは言った――いや、上手くねえよ。

 

 

 

[こよみクラム]

 

 蛤。

 マルスダレガイ上科マルスダレガイ科に分類される二枚貝の一種。食用として重要な貝類の一つであり、春の季語としても知られている。

 

 煙の中に浮かび上がってきたのは、まさしくその蛤だった。しかし二枚貝でありながら、その殻は分断されている――逆さ蛤と言ったか。その名の通り、殻は上下逆さまだった。

 

 ここで、一応蜃気楼についても解説しておこう。解説と言っても怪異的な解説ではなく、通説の、暴かれた、科学的に証明された世間一般的な説明である。

 蜃気楼とは、密度の異なる大気の中で光が屈折し、地上や水上の物体が浮き上がって見えたり、逆さまに見える現象である。光は通常直進するのだが、密度の異なる空気があると、密度の高い冷たい空気の方へと進む性質がある。この性質の所為で光は通常とは違う角度から目のレンズに入り、認識の齟齬を引き起こす。これが蜃気楼である。

 

「逆さ蛤って怪異は、まさにその蜃気楼を引き起こす怪異の一種だ」

 

 斧乃木ちゃんが言う。

 

「怪異の一種というか、派生と言うべきかな。元々蜃気楼を引き起こす怪異っていうのは、鬼いちゃんが最初に思い浮かべた『蜃』しか居なかった。巨大な蛤の怪異で、主に中国に伝わっていた怪異だ」

「デカい蛤ねえ」

 

 なんでよりにもよって蛤を想像したのか……いつも閉じられている二枚貝だからか? こう、玉手箱の中から煙が出てきたみたいに、二枚貝を箱に見立てた、とか。

 

「いや、その辺は知らない。その辺は臥煙さんにでも聞いてよ――この蜃って奴が大元でね。こいつが様々な形で伝わった結果生じたバリエーションの一つが、この逆さ蛤だ」

「なんで伝わり方に齟齬が生じるんだ?」

 

 巨大な蛤なんて、そんなの、別に複雑な姿でもないのだから、特に弄るような所はないような気がするのだけれど。

 

「それも知らない――けれど、そもそも蜃気楼っていうのはある意味幻覚みたいなものだからね。正体を暴かれる前までは、きっと幻覚ももっと強力なものだったのかもしれない。自分の姿を、偽りの姿に見せていたとか」

「ああ、成る程」

「というか、そう考えないと説明がつかないからね。こいつ、どうも自分の姿を竜に見せていた、っていう伝承もあるらしいし」

「マジかよ」

 

 蛤と竜か……全くと言っていい程共通点がないように思えるが。自衛の手段、だったのだろうか? いや、怪異をそんな普通の生物と同じようなものさしで測ってはいけない。そもそも認識されることで怪異は生じるのだから、自衛は寧ろ身を滅ぼすことに繋がる、筈だ。

 

「巨大な蛤が小さな蛤に、ねえ」

 

 それは弱体化と言えるのではないか――いやだから、怪異をそんな常識で測ろうとすることが間違っているのだけれども。

 

「なんで逆さ蛤って名前なんだ?」

 

 怪異は名前が重要――再三言われてきたことだし、今日斧乃木ちゃん自身も言っていたことだ。名前で縛られているということは、この怪異を突破する糸口も、その名前にある筈。

 

「考察が様になってきたね、鬼いちゃん。専門家からすればまだまだだけどさ――場数を踏んで、馬鹿を踏んで、ちょっと調子に乗ってきたのかい?」

「それは褒められてるのか貶されてるのか、どっちだ」

「どっちもだ」

「どっちもかよ」

「まあ良いけど――今更言うのも遅いけどさ、鬼いちゃん、ちょっとこちら側に踏み込み過ぎじゃない?」

「え?」

 

 本当に今更な話である――急にどうした?

 

「伝説の吸血鬼の眷属となった時点で、もう普通の生活を送るのは確かに厳しいのは分かるけどさ、でも、それでも多少吸血鬼性とロリ奴隷は残ったにせよ、貴方は半分以上人間に戻ったでしょう? じゃあ、そのままログアウトしても良かった筈なのに」

「……僕にそんなこと出来ねーよ」

「なんで出来ないのだろう? ヒーローごっこを楽しみたかったからかな?」

「いや、そんなガキみたいなこと……」

 

 とは言え、あまり否定出来ないところもあった。

 

 少し前、吸血鬼の力に頼り過ぎて、純正の吸血鬼になってしまいかけた事があった。その時は影縫さんや斧乃木ちゃん、臥煙さんに助けられたのだけれど、しかし、その時僕は、吸血鬼の力を得て、それこそ、調子に乗っていたことを実感した。実感せざるを得なかった。

 ファイヤーシスターズ――今はもう解散したけれど――に対し、散々ガキだのなんだのと罵ってきたけれど、見事にカウンターを食らった形だった。

 元々僕自身、あいつらみたいなことをやっていた時期もあった――それ自体は、あの学級会で真の正義の姿を知ってしまい、止めたのだけれど、しかしそれでも、僕は僕の理想を、捨て切れなかったのだ。

 

 人助け。

 

 ヒーロー。

 

 正義の味方――そんな言葉に魅力を感じない僕であれば、今、こんなことに巻き込まれていないのだ。

 

 ヒーローごっこと言えば、全くその通りである。羽川に、ひたぎに、八九寺に、神原に、千石に関わり、さらにその後も怪異に関わり続けた――馬鹿を踏み続け、首を突っ込み続けた僕を、その言葉以外でどう表現すれば良いのだろう。

 

「……ヒーローと言うには、些か格好悪すぎるけどな」

「まあ、ボコボコにされながら戦うヒーローなんて、居ないよね」

「ああ」

 

 つーかそんなヒーロー見たくない。テレビで放映しても、間違いなく人気が出ない。

 ボコボコにされ続けるからこそ、ごっこなのだ――ヒーローになりきれない、ヒーローごっこ。

 

 しかし。

 それでも。

 

「僕はそれに、浸っていたいんだよ」

「…………」

「だから今更そんなこと言うな、斧乃木ちゃん。何を言われたって僕は戻らないし、後戻りもしない――少なくとも忍がいる限り、僕はごっこを続けるよ」

「あん? 儂の所為か? 責任転嫁しおってからに」

「4分の1位は間違いなくお前の所為だ!」

 

 怪異を知ってしまったのは、忍と出逢ってからなのだから。

 首を突っ込む場所も増えたというものだ。

 

「さあ、斧乃木ちゃん。僕のことはもういいから、こいつをどうにかしようぜ。雑談に花を咲かせてる時間もないだろうし――」

「んっふふふっふっふふふふふ」

「っ!?」

「げっ」

「なんじゃ?」

 

 切り替えていこう、という時に、突如君の悪い笑い声が聞こえた。この声は――。

 

「淡海静か」

 

 斧乃木ちゃんが言った。

 淡海静。

 

「んふっふふ……ふぅん? わちきの事をご主人に聞いたのかい? んふっふふ……まあどうでもいいけどね」

 

 声だけが煙の中から聞こえる。姿を見せる気は無いらしい。

 

「これを仕掛けたのはお前か」

「如何にも、わちきさ。んふふ、楽しんでくれているかい?」

「はっ、楽しめる訳あるまいよ。さっさとこの怪異を退かせ。さもなくば、うぬを喰うぞ。オウミとやら」

「んっふふっふ……怖い怖い。流石は旧キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード――己を神と偽り、あの男を誑かすだけはある」

「あの男を誑かすじゃと?」

 

 忍が鸚鵡返しに聞いた。

 

「惚けるんじゃないよ、偽神様――死屍累生死郎の件、わちきは忘れたわけじゃあないんだからね」

「忘れた訳じゃない……? うぬ、一体何者じゃ」

「わちきが誰かなんてどうでもいいさ」

「なら何を知っている」

「わちきは何にも知る気はないよ――どうでもいいことなんか、知っても意味がないしねぇ」

「…………」

 

 どういうことだ?

 こいつ――死屍累生死郎を知っているのか? それに、あの男って、まるで実際に会ったことがあるかのような――。

 

「けれど、あんたの事は気に入った――阿良々木暦」

「……え、え?」

 

 はい?

 な、なんだ。唐突に何を言い出すんだ、こいつは? 僕、別にこいつに気に入られるようなことをしていない筈だが――。

 

「久し振りに興味を持ったよ。だからお礼に、怪異のヒントを教えてやろう」

「怪異のヒント?」

 

 ……何がしたいんだ、こいつは?

 僕達を足止めしたかと思えば、今度はヒントだと? 行動が読めなさすぎる。その場の気分で動いているというか――。

 

「その逆さ蛤はわちきのアレンジ怪異さ。けれどもその本質は変わってない――そこの死体人形が解決策を知ってるんだろう? じゃあ頑張りな」

「お、おい! 待てよ!」

「あん?」

 

 声だけで返事をする淡海。

 

「な、何のつもりなんだ、お前は。僕達に何をさせたいんだ」

「あんた達に興味はない。だから興味あるのはあんただけなんだって、阿良々木。わちきはただあんたの行動を観察したいだけさ。それ以外でもそれ以上でもそれ未満でもない」

「っ…………」

 

 興味はない。

 そうまで言い切るこいつが、どうして僕なんかに興味を抱いた?

 ……いや、考察は後回しだ。それこそ今はどうでもいいことである。

 

「斧乃木ちゃん、こいつはどうやれば退治できるんだ?」

「ああ、うん。話が逸れてたけどさ、こいつはその名前がヒント――っていうか、答えそのものの怪異だ」

「答えそのもの?」

「うん」

 

 斧乃木ちゃんはしゃがむと、何かを掴み、僕に手渡した。

 

「これは……」

 

 渡されたのは、二つに分かれた貝殻だった。

 

「それ、合わせてみて」

「ん、こうか?」

 

 僕は二つの貝殻を元通りの姿になるよう、重ねてみた。すると、元の姿を取り戻した貝殻は、瞬く間に煙となって消えた。

 

「これは――?」

「だから、それが答えだよ。逆さ蛤――つまり、ぐりはまだ」

「ぐりはま?」

「江戸時代の遊びの一つ、貝合わせ――そこから来た言葉だ。本来は食い違うことを表す倒語なのだけれど、この場合は語源そのもの、つまり、貝合わせを表す」

 

 貝合わせ。

 蒔絵や金箔で彩られた蛤を使った江戸時代の遊び。今でいう神経衰弱のようなもので、カードが貝殻に変更されたヴァージョンである。蛤が採用されたのは、これら二枚貝は、対となる貝殻としか組み合わせることが出来ないという性質を持っていたからだ(引用:羽川ペディア)。

 

「つまり、同じ貝殻を合わせれば、この怪異は消えるってことか? でも……」

 

 煙は一向に消える気配を見せない。先程消えた貝殻は、なんだったのだ?

 

「だから、それがアレンジなんだよ」

「え?」

「本来なら一つだけだった逆さ蛤を、個であったこの怪異を群にした――この場に散らばっているであろう大量の蛤の中から、本物を見つけ出し、それを消すことで、この怪異は退治できる」

「…………」

 

 傍迷惑なアレンジだなおい!!

 

「……大量って、どうして分かるんだい?」

「いや、見えてるじゃん」

「…………」

 

 ああ、やっぱりそういうことなのか……これ、ただの映像だと思っていたのだけれど。

 

 蜃気楼――全盛期の蜃ならいざ知らず、勘破された蜃気楼が映し出すのは、あくまでも地上、あるいは水上の風景しか過ぎない。そこに存在しないものは、映さない。

 今この蜃気楼の中に映っているのは、夥しい程の貝殻の群れであった。煙一面が貝殻一色に染まっている。

 

 …………。

 …………。

 ……ふざけんな!!

 

「この中から探せってのか!? 無理だろ!」

「うん。だから厄介な怪異って言ったのさ」

「嘘だろ……」

 

 マジかよ、何だよそれ。

 いやいやいやいや無理だろ! え? 本物を探せ? はあ? この物量から?

 

「おい淡海!」

「なにさ」

「ヒントはどうした」

「だからさっきのがヒントだよ? もうないよ」

「さっきのあれ、どう考えてもヒントとして明言するほどのことでもなかっただろうが! こっちの方がよっぽどヒントにすべきなんだよ! 僕に礼っていうなら、こっちのヒントを寄越せ!」

「嫌だね。どうでもいい」

「っ――――!」

 

 どうでもいいどうでもいいって……ダメだ、こいつもこいつで、織崎ちゃんとは違うベクトルで話が通じない。意思疎通が出来ない奴等が敵として、しかもコンビを組んでいるとか……なんだそれ。

 無理難題もいいところである。

 

「忍、怪異殺しで一掃出来ないか?」

「ん? いいのか、お前様? わざわざこんなに行数を掛けて、こんな雑魚程度の説明をだらだらと記したのに、それらの努力が水泡と化してよいのか?」

「よい!」

 

 今までの努力とここからの努力は、最早比べるに値しない――努力っていうか労力って感じだが。

 

「ぶった切ってやれ、忍!!」

「乱暴じゃのう。まあ儂は良いが――しかし蛤か。惜しいのう。食べたら美味しそうじゃのに」

「じゃあ今度蛤嫌っていうほど食わせてやるよ」

「嫌じゃ。そんなに食うならドーナツの方が良い」

 

 我儘な奴である。

 忍は斧乃木ちゃんの方を向いた――既に忍は降ろしてあるので、その動きは視認できる。あばらの感触が懐かしい。

 

「うぬはそれで良いか? 専門家」

「ああ、別に良いよ。時間が掛からないのなら、やっちまってくれていい。どうせ僕達に出来ることなんて、貴女のそれを使うか、地道に地べたを這いずりまわって貝殻を探すか、そのどちらかしかないんだからね」

「うむ、では是非もない。ドーナツの為じゃ、協力してやろう」

 

 忍は凄惨な笑みを浮かべながら、刀を構え直した――これ終わった後、果たして僕の財布の中身は、一体どうなってしまうのだろうか。戦々恐々である。

 

 しかし改めて思う――こんな面倒な怪異さえも瞬殺してしまうこの妖刀は、どこまでチートなのだろうか。

 斬れないものなど存在しない、業物の刀――しかも、扇ちゃんがアップグレードしたお陰で、今まで斬れなかった最新型にも対応出来るようになった。

 そりゃあ、専門家達も気が進まないよなあ。こんなもん、商売敵みたいなもんだろうし。

 

 なんて考えているうちに、忍の刀が振り抜かれた。はてさてどうなることやら――なんて、呑気に考えていた僕は、矢張り何も学習していなかった。

 今この場でまともに怪異と戦えるのは、忍唯一人。

 つまり、まともに怪異の攻撃を防ぐことが出来るのもまた――忍唯一人だったのだ。

 

「っ――――!!」

 

 忍は刀を振り抜いた勢いで半回転、僕達に背を向けた。

 当然、それはパフォーマンスなんかではない。如何にも忍がやりそうなパフォーマンスだけれども、しかし、今回に限っては違った。

 

 忍は、瓦礫を弾いたのだ。

 

 僕達に向かって飛来してきた、瓦礫――どうして忘れていたのか。淡海静の能力を知る前に、あいつが使ってきた攻撃のことを、どうして忘れていた――!

 

「んっふっふふふっふふっふふふふ」

「ちぃっ!!」

 

 瓦礫が次々と撃ち込まれる。煙の中から連続して現れる瓦礫を、忍は怪異殺しで弾き飛ばす。

 

「お前様! 早くしろ!!」

「は、早くって――」

「その怪異を早く片付けよ! でなければ、負ける!!」

「っ――――!!」

 

 負ける。

 

 忍の口からこんな言葉が出るとは、思いもしなかった――その理由は、忍の行動にあった。

 何故忍は瓦礫を斬らず、弾くだけなのか? それは怪異殺しの性質にある。怪異殺しはあくまでも怪異を殺す刀であり、怪異意外に対しては鈍同然――故にこの瓦礫の前では、妖刀『心渡』はただの棒にすぎないのである。故に、弾くことしか出来ない。

 

 やられた。忍を封じてきやがった、こいつ――! 見つけろっつったって、どうやって見つければいいんだ!?

 僕は地面をひたすらに搔き回す――だが、感じる感触は貝殻、貝殻、貝殻。絶望的な量である。この中から本物を探すなど、砂漠の真ん中で薔薇を探すようなものである。

 

「お、斧乃木ちゃん! 何か、手掛かりは!?」

「ごめん、思いつかない」

「即答じゃねえか!!」

 

 悪い冗談もいいところだった。いや、悪くても、冗談であって欲しかった。

 斧乃木ちゃんにもどうすることも出来ない。忍にも頼れない。

 

 ――僕に、何が出来るっていうんだ?

 僕に出来ることなんて――。

 

 その時、天井から再び声が聞こえた。だがその声は、先程までの声とはまるで別のものであった。

 

「逝ね!! 斧乃木余接!!」

「っ――!!」

 

 その声は、どう聞いたところで、言い訳の余地なく、織崎ちゃんのものであった。

 くそっ、完全に忘れていた――こいつ自身も僕達を追跡していたなんて、普通に考えれば、当たり前のことだったのに――!!

 煙で見えないが、何かを落としたのか? 斧乃木ちゃんの上に?

 

 だとしたら――まずい!!

 

「斧乃木ちゃん!! 伏せてろ!!」

「え?」

 

「っ――――!!」

「お前様!?」

 

 僕は伏せた斧乃木ちゃんの上に覆い被さった。念の為に言っておくが、押し倒した訳では断じてない。明言しておこう。

 織崎ちゃんが狙ったのは斧乃木ちゃんである。しかし、今の斧乃木ちゃんは対抗手段を持たない、言ってしまえば、ただの童女なのだ。

 対し、僕も同じく対抗手段なんて持っていないけれど、それでも、吸血鬼の血のお陰で、ある程度の傷なら耐えることができる。

 

 なら、僕のすべきことは一つだった。

 

 降ってくる何かから、斧乃木ちゃんを守る――それが出来るのは、他でもない、僕だけだったのだ。

 

「くっ……ぐあっ……!」

 

 思わず苦悶の声を上げてしまう――織崎ちゃんが落としたのは、大量の刀だった。斧乃木ちゃんに直撃するまでになんとか間に合ったが、しかし、身体のあちこちに刀が刺さり、血が吹き出た。

 つーか、痛みが尋常じゃねえ……! これ位の痛み、それこそ何度も経験したけれど、それでも慣れる訳ねえだろうが……!!

 

「え? ちょっと。マジで何やってんのさ鬼いちゃん。馬鹿なの? いや馬鹿なのっつーか、馬鹿だろお前」

「斧乃木ちゃん……労いの言葉くらいは……無いのか……」

「ある訳ねえよ。つーか頼んでないし――貴方、死にたいの? 何やってるのさ。これ位じゃあ僕は死なないよ。元々死体な訳だし、火でもなんでもないし――何やってるの、貴方」

 

 中々辛辣な言い様だった。けれど、僕はそれを責める気にもならない。その通り、頼まれてなんかいない。僕が勝手にやって、勝手に痛い思いをしているだけなのだから。斧乃木ちゃんの言っていることは、正しい。

 

「斧乃木ちゃん……僕は、君を守る為に、付いてきたんだぜ」

 

 ヒーローごっこというなら、それまでだ。

 けれど、誰かが傷付けられようとしていて、しかし自分はそれから守ることが出来るのであれば、僕のとる行動は一つなのだ。

 自分が出来るのにやらないなんていうのは、ごっこなんていう以前に、ただの人でなしだ。

 悪役である。

 人でなしというのなら、それこそ、究極的には人ではない僕にぴったりな言葉だが、けれど、僕は今や殆どが人間なのだ。

 

 じゃあ、やらなきゃダメだろ。

 

 打算なんて無い。僕は、僕がやって当然のことをしたまでだ。労いだって、本当は要らない。況してや人気なんて、それこそどうでもいい。

 

「守る為に付いてきたんだから――守らなきゃ、ダメだろ」

「…………」

「がはっ!!」

 

 思わず僕は血肉を吐いた。吐瀉物を童女に浴びせるとか、とことんまで僕って奴は、主人公の器じゃないなあ。

 

「……ぺろり」

「いや斧乃木ちゃん……何で舐めた……」

 

 斧乃木ちゃんは僕の血肉を舐めた。この状況で何やってんだよ。

 

「何やら雑談の声が聞こえますわねえ――まだ死んでなかったか」

「っ…………」

 

 マズい、バレた――また、刀を降らす気か……!

 僕は忍を見た――忍にも限界がきているようで、息を切らしている。じりじりと後退を余儀なくされているようだ。

 

 もう、駄目なのか?

 どうしようもないのか――!?

 

「……いや、どうしようもあるぜ」

「……え?」

 

 斧乃木ちゃんが言った。

 

「退いて、鬼いちゃん」

「な、何を――」

「いいから」

「うわっ!?」

 

 僕は斧乃木ちゃんに振り払われるように吹き飛ばされ、転がった。貝殻がじゃりじゃりと音を立てる。身体に突き刺さった刀はいつの間にか消えていた。織崎ちゃんが回収したのか? 糸を使って――。

 

 僕は斧乃木ちゃんをみた。すると、斧乃木ちゃんは立ち上がり、頭上に向け、人差し指を向けていた。

 ――人差し指、だって?

 そういえば、さっきのパワーはなんだ? 斧乃木ちゃんは、普通の童女くらいの力しかないと言っていたが――まさか。

 

 

例外の方が多い規則(アンリミテッド・ルールブック)――いえーい、びーむびーむ」

 

 

 斧乃木ちゃんがその台詞を言うと同時に、その人差し指が肥大化し、煙を貫いた。その衝撃で周囲の煙が晴れ、蛤が散った。

 

 まるで巨大な爆発のようなそれは――斧乃木余接の完全復活を意味していた。

 

 

 

[019]

 

「ちえっ、また外したか。今日は散々だぜ、全く」

 

 斧乃木ちゃんはぼやいた。人差し指は既に元の大きさに戻り、その指先が示すのは、大破した天井だけだった。

 

「あの女、感付きやがったな。それで織崎記を助けに行ったか――ちょっと、そこのロリ婆。なんでもっと長くあいつを拘束してなかったのさ」

「儂の所為にするな! ちゅーかロリ婆っていうな! 拘束するっちゅーか、寧ろ儂が拘束されとったのじゃが!」

「じゃあなんでもっと長くあいつに拘束されてなかったのさ。お陰で仕留め損ねた」

「だから儂の所為にするなっちゅうに!」

 

 疲弊しているとはいえ、相手は『心渡』を持った忍である。そんな彼女に対し、こうも歯に絹着せぬ事を言えるというところが、まさしく斧乃木ちゃんである。

 

「ちえっ……鬼いちゃん、大丈夫?」

「あ、ああ……大丈夫……平気だ……」

 

 嘘である。

 気持ち的には平気だったが、肉体的には全く平気じゃなかった。

 

「やれやれお前様、また無茶をしおってからに……ほれ」

「…………」

 

 忍は手首をポキリと折ると、その傷口から流れ落ちる血を僕に浴びせた。すると、僕の傷はみるみるうちに塞がり、それと同時に、忍の手首は消え、傷口からは新たな手首が生えてきた。

 

「悪かったな、忍。ありがとう」

「言葉だけで済むと思うとるか? 当然、胸を撫でてくれるのであろうのう?」

「ああ、胸でもあばらでもなんでも撫でてやるさ」

「かかっ、ならよいわ」

 

 よいのかよ。

 僕としては、さらにドーナツを上乗せされることを予期して恐れていたのだけれど、どうやら杞憂だったようだ。

 

「え? それ、口に出して言わにゃいかんかったのか? 儂が言うまでもなく、当然、お前様が自発的に上乗せしてくれると思っておったのじゃが」

「ですよねー!」

 

 まあ、上乗せするけれども。言うまでもなく、当たり前だ。

 

「鬼いちゃん、忍姉さん。漫談するのは後にして」

 

 斧乃木ちゃんは天井から目を離さずに言う。僕らも上を見た。

 

「…………」

「んふっふふふふふ」

 

 天井に張り巡らされていたのは、巨大な蜘蛛の巣だった。その上に、織崎記と淡海静は立っている。

 

「……危なかったですわ。静が間に合わなかったらどうなっていたことか」

 

 織崎ちゃんは僕らを睨みつけながら言った。その手には鍔のない刀が握られている。先程の毒刀も鍔無しの刀だったが、あれとは違い、特に目立つ装飾のない刀だった。あの刀で、斧乃木ちゃんの攻撃を防いだのか。

 

「残念だったね、織崎記。予習が足りなかったな。特に、鬼いちゃんの馬鹿さ加減については」

「そのようですわね……予想外な行動をかましてくれますわね、阿良々木暦」

「…………」

「とは言え、私、ここでみすみすあなた方を見逃す気はございませんの。希望なんて否定して差し上げますわ」

「止められるかな? 僕はある程度、回復したぜ」

「ええ、止めて差し上げますとも――視界を封じるという手によって!」

「あ」

 

 斧乃木ちゃんが、そんな間の抜けたような声を出すのと殆ど同時に、再び煙が僕たちを包んだ――まだ逆さ蛤は機能しているのか。

 

「たかが二人? それがどうしたのでしょう――私達も二人ですわ。斧乃木余接と忍野忍、この二者を妨害すれば、残るのは阿良々木暦唯一人――阿良々木暦に出来ることは、床に這いつくばって、本物を必死に探すことしかできませんのよ」

 

 確かに、その通りである――もしも向こうが一人か、或いはこちらが三人だったらよかったのだが、これでは結局、この怪異を退治することは出来ない。いや、根気強くやれば出来るのだろうが、今そんな時間の余裕はない。

 

「否定致しますわ――希望なんて否定する。否と定めて否定致しますわ」

「んふっんふふふふ」

 

 織崎ちゃんと淡海の姿は煙に隠れて見えない。どこから襲ってくるのかまるで分からない状況――戦局は未だ、僕らの方が圧倒的に不利だった。

 

「ふん、うぬと共闘するとはな――おい、裏切るなよ」

「お前こそ。間違って僕の体なんて斬るなよな」

「儂の腕を甘く見るな」

「僕の指を甘く見るな」

 

 忍と斧乃木ちゃんは、僕の前後にそれぞれ陣取り、刀と指を構えた。

 

「お前様、早く探せよ。それがお前様の仕事じゃ」

「出来ることをやるんでしょ? じゃあやって」

「……ああ」

 

 言われなくても!

 別に幼女と童女に頼まれたから、なんて不埒な理由ではないけれど、僕は奮起した。出来るだけ早く、本物を見つけ出してやる、と意気込んだ。

 

 僕はその場でしゃがみ込み、手近な貝殻を拾った。そして、合わせようとした――次の瞬間。

 

 バキバキ――と、屋敷が軋むような音がした。

 

「何ですの!?」

 

 織崎ちゃんの声が聞こえた。

 と同時に、煙が一瞬にして晴れた。何が起こったのか突然すぎて訳が分からなかったけれど、煙が晴れ、貝殻が一枚残らず消滅したその光景を見て、僕は得心した。

 

 思わず、叫ぶ。

 

「だから――もうちょっと他になんかないのかよ!?」

 

 八九寺ぃ!!

 

 貝殻の代わりに床を埋め尽くしていたのは、今度は大量の蛞蝓であった。

 そして、蛞蝓が大量に雪崩れ込んできた所為で大破した壁近くで仁王立ちしている少女は、悪戯っぽくにかりと笑った。

 

「失礼、這いました」

 

 這うなんてレベルは、どう見てもとっくに通り越していた。

 

 

 

[020]

 

「八九寺真宵――!? な、なんで――!!」

 

 狼狽する織崎ちゃん。いや、狼狽えるというなら僕も相当狼狽えたが、この時の織崎ちゃんの動転は並大抵のものではなかったということをお伝えせねばなるまい。

 

「どうして貴女がここにいるんですの!? あ、貴女は途中下車した筈――!」

「ふっふっふ、残念でしたね。私を甘く見ないことですよ、織崎さん。途中で降りたからと言って、私が物語から降りると思ったら大間違いです! 何せ私はプロデューサーでして、絶対に降りてはならない身なんですよねー。私が降りたら、打ち切りになってしまいます!」

「ぐぎぎぎぎぎ……!!」

 

 悔しげに声を漏らす織崎ちゃん。それを見て満足げに八九寺は続ける。

 

「おやおや〜? どうしたのですか織崎さん? 随分と悔しそうですね〜。いえいえ、悔しいのは私の方なんですよ? まさか阿良々木さんに拒絶されるとか、夢にも思いませんでしたよ! 途中下車させられた時は、割と本気で心が折れかけましたけれど――いやしかし、神様にこうして逆らっておいて、なんの祟りもないと思っていたのなら、その考えは間違っています! ミステイクです! 神様を甘く見るとは、この万物信仰八百万の我が国においては言語道断! 不肖この八九寺真宵、神様の一角、新参者のお仕事として、不敬な者を改めさせねばなりません! ご覚悟!」

「かっけぇーっ!!」

 

 思わず叫んでしまったけれど、いやマジでかっけえ!! 八九寺超かっけえ! いつの間にそんな神様っぽくなっちまったんだよお前!

 くそっ、やばい。手を合わせたくなってきたぞ。二礼ニ拍一礼したくなってきた。特に信仰している神なんていない僕だけれど、こんなものを見せられてしまえば、魅せられてしまうじゃないか。八九寺神、信仰しちまうぞおい。

 そうか、キリストを崇めてた人たちってこんな気持ちだったんだな……救世主っていうなら八九寺も今の僕たちにとっては救世主に他ならない訳で。

 ロリ神信仰、これは流行る。つーか流行れ。

 

「相変わらず貴方はロリカッケーですね、はまぐりさん」

「こんな状況でも噛むというお前の緊張感の無さには呆れを通り越して感嘆を覚えるけれど、しかし八九寺。僕の名前をタイムリーな二枚貝みたいに言うな、僕の名前は阿良々木だ。つーか一文字も被ってねえよ、母音も被ってねえわ」

「失礼、噛みました」

「違う、わざとだ……」

「かみまみた」

「わざとじゃない!?」

「神ました」

「後光が眩しすぎる!!」

 

 壁を破壊して這入ってきた関係上、その壁からは光が差し込んできている訳で。八九寺は破壊して出来た穴の真ん前にいる訳で。リアルに後光が差していた。

 つーか光が差してるってことは、もう陽が出ているのか……どうやって帰ろうか。いや、まだ車通りはない筈だし、大丈夫かな――。

 

「何を呑気に話しておりますのよ!! 帰れると思って!? 静! 逆さ蛤が機能していませんわよ!! 早く復活させなさい!!」

 

 織崎ちゃんが叫ぶ。そうだ、逆さ蛤!

 なんで煙が消えたんだ? 僕はまだ一枚も合わせていないのに――蛞蝓の群れが、煙を遮っているのか?

 

「無駄ですよ幽霊さん。あの怪異を出したところで、この私がこの場にいる時点で機能することは決してありません!」

「どういうことですの!?」

「んふふ……ご主人、少し考えれば分かるだろう?」

「えっ……?」

 

 怪異の知識には疎いのか、どうして逆さ蛤が封殺されたのか分かっていない様子の織崎ちゃん。人のことを言えないが、なんか新鮮だな……。僕の周りにいる奴らって、鋭い奴ばっかだったし。

 とはいえ、僕と一緒にしてはならないようだ。織崎ちゃんはすぐに分かったらしく、軽く舌打ちした。因みに言うまでもなく、僕は分かってない。

 

「何だよ、お前分かってなかったのかよ。考察も何もありゃしねえぜ全く」

「専門家じゃねえんだから、専門家の真似事なんかやったところでどうにかなる訳ねえだろうが。じゃあ、君は分かってるのか?」

「当たり前だろ。僕を誰だと思ってるんだい? お前のご主人、斧乃木余接様だぜ」

「僕は君の下僕になった覚えはないが」

「そうじゃ、こやつは儂のあるじ様じゃ」

「じゃあお前も僕の下僕だね、忍姉さん」

「うぬの下僕になんざ死んでもなりなくないわ!」

 

 まあ、それは置いておこう。閑話休題だ。今はそんなおふざけをしている場面でもない。おふざけして行数稼ぎをするほど、行数が少ない訳ではないのだから。

 

「おいお前様よ。良いのか? それはともかくで儂とうぬがこいつの下僕ということを無視して良いのか?」

「それは後だ忍。取り敢えず今は我慢してくれ」

 

 優先順位を見失うな――あんまり調子に乗っていると、いつ織崎ちゃん達が隙をついて殺しにくるか分からない。

 

「じゃあヒント。真宵姉さんは何の神様?」

 

 斧乃木ちゃんは言う。これはすぐに分かった。一度同じヒントを出されたことがあるのだから。

 

「蝸牛の神様だな。でも、それが今回どう関係するんだ?」

 

 前回の問題の答えは、蝸牛の近縁種であるところの蛞蝓を八九寺が操った、ということだったが――まさか今回も同じ訳はあるまい。

 

「いや同じだよ。なんで違うと思ったのさ」

「え? マジで? いやだって、蛞蝓と蛤って全然違うじゃん」

「馬鹿が」

「直球だなおい!」

「蝸牛と蛤――つまり貝は、近縁ではなくとも遠縁だ。蝸牛の神様なんて、言ってしまえば陸貝の神様だ。そりゃあ、同じ貝類である蛤は支配できる」

 

 ……そんなもんなのか?

 じゃあつまり、今この場にいた蛤は、全て八九寺の眷属と言っても差し支えない存在って訳か――おいおい、八九寺さん、あんたいつからそんなチートな存在になったんだい。本当にプロデューサーじゃねえか。

 

「まあ陸貝だから、海の貝は多少操り辛いかもしれないけど、蛤には虫偏が入っている。蝸牛と名乗っている分、蛤は操りやすいだろう」

 

 八九寺さんぱねえ。

 この場にいる生命体のうち10分の9位が八九寺の配下ってことじゃん。なんだそれ。

 

 改めて畏敬の念を込めて八九寺を見たが、八九寺は可愛らしく小首を傾げている。うん、こいつ絶対そんな細かいこと分かってねえ。感覚だけで動かしてやがる。

 それはそれで恐ろしいのだが――兎も角。これで逆さ蛤は封殺したどころか、寧ろ味方になった訳だ。

 

「さあ、阿良々木さん。行きましょうか」

 

 八九寺が言う。

 

「え、行くってどこに」

「そりゃああなた、逃げるんですよ」

「逃すと思いまして?」

 

 僕が言葉を返す前に、織崎ちゃんが再び刀を構えた。今度は先程の刀――つまり、毒刀『鍍』を。

 

「この程度の虚仮威しで私は怯みませんわよ。寧ろ飛んで火に入る夏の虫――この場で貴女も始末致しますわ!!」

「それは無理だぜ織崎記」

 

 斧乃木ちゃんが人差し指を織崎ちゃんに向けて言う。

 

「僕はもう回復した。動けば、今度こそお前をぶっ飛ばすことが出来る」

「っ――――!!」

 

 織崎ちゃんは絶句したが、助けを求めるように淡海を見た。けれど、淡海は首を振る。

 

「こりゃあ無理だねぇ。何と言っても怪異殺しがわちきは怖い。それに神様だっている――二対三どころの話じゃない」

「そ、そんな……」

「今のところは諦めな、ご主人。殺すことよりも、寧ろわちき達が逃げる事を考えた方がいい」

「はあ!? 逃げる!?」

「これでは分が悪すぎる――このまま特攻して死ぬか、ここで逃げて次のチャンスを待つか。わちきはどっちでもいいんだよ? どうでもいいし」

「ぐぎぎぎぎ……」

 

 僕達を睨み付ける織崎ちゃん。まさか彼女も、ここまで戦況がひっくり返るとは思っていなかっただろう。僕も思ってなかった。

 

「貴方と一緒にしないで頂きたいですわね、阿良々木暦!!」

 

 ぐぅ、と観念したような声を出すと、織崎ちゃんは言った。

 

「……分かりましたわ。静――では、逃げましょう!」

「はぁい」

 

「逃がすとお思いですかね!?」

「逃がさないぜ犯罪者」

「逃がさんぞキャラ被りめが!」

 

 思った以上に好戦的な幼女と童女と少女の三人――童女と少女は分かるが、しかし幼女。お前はただの逆恨みじゃねえか。後お前が思ってる程、キャラ被ってねえよ。

 

「んふふっふふ――さあ移動の時間だ! 豪那(ごうな)!! この子達を追い出しな!!」

 

 豪那――だと?

 なんだそいつは、またぞろ新たな怪異か――などと僕が考えている間に、考えるまでも無く、僕たちは雪崩のように迫り来る蛞蝓の荒波に巻き込まれた。

 

「っ――――忍! 僕の影に戻れ!」

「な、なんじゃお前様よ! 儂にポケットなモンスターみたいな扱いをするとは!」

「うるせえ! いいから戻れ!」

「ちっ!!」

 

 舌打ちすると、忍は僕の影に潜った。この状況ではぐれる訳にはいかないのだ。僕と忍が離れると言う事は吸血鬼度の低下を意味し、ただでさえサンドバッグの役割しかないような僕が吸血鬼度を失えば、サンドバッグにさえなれないではないか。

 

「くっ、なんだこれ……!」

「わ、わわわ!」

 

 斧乃木ちゃんと八九寺もまた、蛞蝓の波に呑まれていた。斧乃木ちゃんは兎も角としても、八九寺、お前それでいいのか――と思わないでもないが、しかしこんなものどうしようもないだろう。蛞蝓は別に怪異ではないのだから。

 斜めになった床(・・・・・・・)にへばりついていられるのは――下面が床にひっついている下層の蛞蝓に限られているのだから。

 

 そう。

 僕たちは雪崩に巻き込まれていたのではなかった。いや、確かに雪崩に押し流されてはいたのだけれど、しかし、それが原因で流されていたのではなかった。

 真の原因はそれではない――僕たち自身も、その雪崩の中の一つであったのだ。

 斜めになった床――粘液も何も持たない僕達は、屋敷から転げ落ちていているのだ。それはまるで重力が横にあるような奇妙な感覚で、僕達はなす術もなかった。

 

「おーっほっほっほ! どうですの? 阿良々木暦、斧乃木余接、八九寺真宵! 豪那の前に手も足も出ないようですわね! 否、豪那の中で、というべきでしたか? ふふふ、まあどちらでも良いでしょう!」

 

 高らかに笑う織崎ちゃん(いやなんだよその笑い方)はというと、雪崩に巻き込まれていない。彼女は蜘蛛の糸を使い、この屋敷の壁に張り付いていた。

 豪那の中――どういうことだ? 斧乃木ちゃんなら何か知っていそうだけれど、生憎斧乃木ちゃんは僕から遠く離れた場所で落下していた。これでは尋ねることが出来ない。

 

 僕達は八九寺が開けた壁の穴から転がり落ちた。いや、排出されたと言った方が正しいか――大量の蛞蝓の海ごと放り出された僕は、斜めに傾いたその屋敷を見て、唖然とした。これが豪那なのか? なんだ、この怪異は――。

 

「これで勝ったと思わないことですわね、阿良々木暦! 私たちがその気になれば、いつでもどこでもあなた方を殺せるということを努努お忘れなきよう! では、ご機嫌麗しゅう――!」

「んっふふっふふふ――」

 

 蛞蝓の粘液が体中に纏わりつき、自由に動けない僕達を見下しながら、織崎ちゃんはそんな負け惜しみのようなことを言った。

 すると、驚くべきことに、傾いた屋敷が段々と空中に浮かび始めたではないか。僕達はその光景を見て、再び唖然とした。いや、本当にこれ以外に合う言葉が見つからないのだ。

 だって、浮き上がった屋敷の下には、大きな生き物がぶら下がっていたのだから――巨大な、甲殻類が。

 これが豪那か――あの屋敷自体が、怪異だったということか。

 屋敷が傾いたのは、何てことはない、あの甲殻類のような怪異が、屋敷を傾けたからなのだ。そう考えれば、屋敷が傾くなんていう怪奇現象にも説明がつく。いやまあ、あの甲殻類のような怪異について、一切何も分からないので説明も何もあったものではないのだが――。

 

 屋敷の怪異は、織崎ちゃんと淡海を乗せ、どんどん宙に浮いていった。甲殻類が空を飛ぶのか、と思ったけれど、よく見れば屋敷と甲殻類の部分に幾重にも蜘蛛の糸が巻き付けられている。これで引き揚げているのか?

 蜘蛛の糸の強度は鋼鉄の約5倍という。況してやこれは怪異の糸。その強度は計り知れないものだろう。あの大きさの屋敷とその下にくっついている何かを引き上げることなど、造作もないことなのかもしれない。問題は、何に引っ掛けて引っ張り上げているのか、というところだが――そこも怪異だから、とかそういう理由で説明がつく――のか? どうなんだろう?

 

 ……よく僕達生きてるな。あんな糸を使うような奴相手に――織崎ちゃん、あの子と蜘蛛、どんな関係があるのだろうか? どんな関係があるにせよ、積極的に相手にしたくないのは確かである。

 それに淡海。あの怪異もあいつが作ったものなのだとすれば、あいつの本領はどんなものなのだろうか。想像もしたくないし、想像もつかない。僕個人の意見を言わせてもらえば、織崎ちゃんよりあいつの方が厄介なように思える。

 あの『鎧』を作ったのだって、淡海なのだ――道中のレイニー・デヴィルも、あの淡海が作ったものだろう。

 

 などと考えている間に、あの巨大な屋敷は姿を消した。目の前に広がっていたのは、ただの荒れ地だった。

 あの屋敷が、織崎ちゃん達がどこへ消えたのか、僕にはまるで分からないけれど、しかし、これだけははっきりしていた。

 

 ――これで勝ったと思わないことですわね!

 

 織崎ちゃんのその言葉通り――僕達は再び相見えることになるだろうということだけは、否応なく理解せざるを得なかった。それがいつになるのか、どんな形になるのかは、分からないけれど。

 

 

[021]

 

 後日談というか、今回のオチ。

 

 織崎ちゃん達を見事(?)撃退した僕たちは、退避する蛞蝓に手を振る八九寺に問うた。

 

「そういや八九寺、なんでここが分かったんだ? 蛞蝓に調べさせたのか?」

「いえ、私は蛞蝓の言葉は分かりません」

「じゃあなんで」

「扇さんが教えてくれました」

「…………」

 

 扇ちゃんが絡んでいたようだ。

 その言葉はどうやら嘘ではなかったようで――いや、別に八九寺を疑っていた訳ではなかったのだけれど――荒れ地から暫く歩いた先の曲がり角。八九寺に案内されるがままに曲がった僕たちが見たのは、僕の愛車の隣に、別の車――真っ黒いフォルクスワーゲン・ザ・ビートルが停まっていた光景だった。

 それだけでもう何となく察したけれど、窓から乗り出し手を振る扇ちゃんを見て、確信した。

 

「君、無免許運転したな!?」

「はっはー、まあそう堅いこと仰らないでくださいよ、阿良々木先輩。臨機応変にいきましょう」

「何でもかんでも臨機応変と言っておけば許してもらえると思うな! 法定速度とかそんなレベルじゃねえよこれ! 真っ黒だよ!」

「そりゃあダークこよみんである私ですし」

「うるせえ!」

 

 本来なら警察に突き出すところだけれど、今回は見逃してやった。扇ちゃんのお陰で助けられたというのもあるし、何より、裁判なんかでは怪異である扇ちゃんは裁けないだろう。

 人が裁けるのは、人だけなのだから。

 

「扇ちゃん、なんでここが分かったの?」

 

 八九寺に聞いたのと同じことを聞いた。

 

「知ってたのかい?」

「私は何も知りませんよ。貴方が知っているんです――阿良々木暦あるところに忍野扇あり、ですよ。影は本体から離れることは出来ませんからね」

 

 とのことだった。扇ちゃんらしい理由だ。

 

 僕たちは、僕の愛車であるニュービートルに乗って家路についた。ザ・ビートルに乗るかどうかでは別に揉めなかった。というのも、この真っ黒い車、扇ちゃんの物質創造能力で作り出したものらしく、あるべきパーツがあったりなかったりするらしい。もし万が一検車などをされた場合、僕は警察のお世話になってしまうだろう。

 

 運転手は勿論僕。扇ちゃんが志願したが、当然却下した。しかし、助手席に乗せることは渋々ながら了承した。

 

「扇さんの運転、凄く上手かったんですよ! 阿良々木さんが仮免許とするなら、扇さんはゴールド免許ですよ! 絶対!」

 

 とは、八九寺の談である。免許のグレードはそういうものではないのだけれど、まあ言わんとすることはよく伝わってきた。流石は僕の真逆である扇ちゃん、僕の短所を悉く長所としてやがる。

 といったお墨付きを貰った以上、邪険にするわけにはいかなかった。助手というなら、全く、これ以上ない程有能な助手だろうから。

 

 八九寺と斧乃木ちゃんは後部座席に乗った。忍は眠いとかなんとかで影の中に潜った。何度寝だよおい。

 全員が乗り込んだということで、いざアクセルを踏もう、として、そこで慌てて止まった。そうだ、一つ聞きたいことがあったのだ。

 

「ねえ斧乃木ちゃん、あれってどういうこと?」

「あれ?」

「うん、友達以上として、ずっと大好きだったってやつ――あれ、まさか本気か?」

「本気な訳ねえだろ。都合良く解釈してんじゃねえよばーか」

「…………」

 

 一瞬で否定された。

 

「……じゃあ、なんであんな状況であんなこと言ったんだ? 冗談なんて言える空気じゃなかったろうに」

「まあね。あの時は僕も弱体化してたし、まさに手も足も出なかった――でも、口は動かせるだろ? だから僕はそれに賭けたのさ」

「どういうことだ?」

「あなたを動揺させる――あなたの動揺は忍姉さんに伝わるらしいからね。忍姉さんに助けて貰うために、無理矢理起こす為に、あなたを動揺させたのさ」

 

 僕と貴方は友達以上、親友未満の関係だ。

 斧乃木ちゃんは言った。

 

 そういう理由か……。

 確かにあの時の動揺といったら、織崎ちゃんの目的を聞いた時の動揺とさえ比較にならない程、洒落にならないほどの衝撃であった。そりゃあそれ程の動揺が伝われば、忍だって起きるだろう。

 

「僕としては作戦が成功して万々歳なんだけど。でも鬼いちゃん、貴方、彼女が居る身の癖に、何童貞みたいなことで動揺してんだよ。そんなことでいいのか、お前」

「しょうがないだろ。童女に告白なんてされて動揺しない男なんてこの世にいねえよ」

「動揺するなら兎も角、それを本気に捉えるような男はただの変態だ。ロリコンと言う名の」

「失礼な。僕はロリコンなんかじゃないぞ」

「だってさ。真宵姉さん、今の発言どう思う?」

「真っ黒な嘘です。有罪です」

「だってさ」

「僕はロリコンなんかじゃない信じてくれよ!!」

 

 ロリコンと勘違いされる主人公か……全く、とことんまで主人公じゃねえよなあ、僕。

 

「いやいや、今回は主人公らしかったよ鬼いちゃん」

「え?」

 

 らしくもなく肯定するようなことを言う斧乃木ちゃん。しかし僕は経験則から知っている、こういうことを言う時の斧乃木ちゃんは、間違いなく続けて悪口を言ってくるものだと。

 さて、今回はどんな直球を投げてくるのだろうか。幾らでも受け止めてやるぜ、と意気込んだ僕に斧乃木ちゃんが投げてきたのは、直球も直球の言葉だった。

 

「ありがとう、鬼いちゃん。お陰で助かった」

「えぇっ!?」

 

 思わず僕は、一瞬だけアクセルを踏んでしまった。車が少し進んだ――というか跳ねた。感覚的に。

 

「お、お、斧乃乃木ちゃん!? どうした!? まだ気分が悪いのか!?」

「貴方、僕をなんだと思ってるのさ。あと僕の名前は斧乃木だ」

「悪い、噛んだ」

「だろうね」

「繋がらねえ!」

 

 うむ、やはりこれは八九寺と僕でしか出来ないネタなのだな、と再確認した上で(因みに今噛んだのはわざとじゃない)、僕は斧乃木を見た。普段とまるで変わらぬ、無表情。

 

「君が礼を言うなんて……どういう風の吹き回しだ? 助かったって……あれか? 僕が君の盾になったことか?」

 

 どうやら僕は斧乃木ちゃんを誤解していたようである。斧乃木ちゃんと言えば初期のひたぎのキャラを少しマイルドにしたような性格の子、お礼と言っても上から目線で労ってくるタイプの子だと思っていたのだが。まだまだ観察力が足りないな。これはもっとスカートの中をじっくりと……。

 

「斧乃木さん、気を付けてください。あのロリコン、お礼に託けて貴女のスカートの中を覗くつもりですよ」

「マジかよ。お礼の言い損もいいところだな」

 

 やるな八九寺。もう僕の企みを見抜いてやがったか。

 

「まあ、僕が礼を言ったのは、確かに守ってくれたことにもなんだけど――それ以上に、あのタイミングで肉を食わせてくれたことに、僕は割と感謝している」

「肉?」

 

 肉なんてどのタイミングで食べさせてあげたっけ、と思ったが、あの時か。内臓をざっくざくに刺され、思わず血を吐いた時。あの血の中に、そう言えば少量の肉が混じっていたような……。

 あの時斧乃木ちゃんは僕の血肉を舐めていたけれど、あれのことか?

 

「まあ、マッチポンプでもあるんだけどね――肉を食べたお陰で、僕の体力はある程度回復したのさ」

「え? 何その吸血鬼みたいな設定」

「吸血鬼じゃない、付喪神だ。それも死体のね――血は問題じゃあなくて、重要なのは肉の方だった。お前に気持ち悪いこと言われた所為で僕、吐いたろ? あの時、僕は肉を吐いたんだよ――だからそれの補充が出来た」

 

 死体の付喪神。

 死体とは言うなれば、肉の集合体である。命を失った肉体は、ただの肉塊でしかなく、だからこそ体の一部である肉を失う事は、死体である彼女にとって大きな打撃となってしまった。

 しかし、その減った分の肉を僕の肉を食らうことで補充したという訳か――そういうことならつまり、斧乃木ちゃんは別に完全復活した訳ではなく、数パーセント力を取り戻しただけだったのか。

 

「まあ、そういう意味でだよ。でも、さっきも言ったけど、これただのマッチポンプだからね。お兄ちゃんがあんなこと言わなければ、そもそもここまで苦戦することはなかったであろうことをお忘れなく」

「わ、悪かった……」

 

 やれやれ、つくづく足手纏いな男だなあ、僕は。自分の責任を自分で取ったというだけで主人公らしいことをしたって扱われるって、これ実は僕、相当酷い扱いされてるんじゃないか?

 普段の僕って一体……。

 

 まあ、けれど、お礼を言ってもらえたという事実、ただそれだけで、僕があの行動にでた価値があったというものだ。別に見返りを求めていた訳ではないけれど、こうして僕の行動が無駄ではなかったと伝えてくれるというのは、僕にとって非常に有難いことであった。

 

 無駄と言えば、いつまでもこうして車の中で雑談しているのも中々無駄な時間だと気づいた僕は、慌ててアクセルを踏んだ。

 僕の車はゆっくりと進む。この無駄に遅いスピードだといつ家に到着出来るか分かったものじゃないのだけれど、しかし車は確かに進んでいた。それは僕たちが死地から生還した証であり、未来へ進んでいる証でもあった。

 

 

〈衣物語 完〉

 

〈読了感謝〉

 

〈裂物語に続く〉




■ 以下、豫告 ■

「真宵まよ! 予告をお読みの皆さん、コンバトラー!」

「やあやあ皆さん、忍野扇ですよー」

「ありとあらゆる事象に物申す、物申しの申し子こと私ですが、今回も勿論、言葉を切らせて頂きます!」

「私はコメンテーターですよ」


「漢字編!」

「大きく出たねえ」

「編はへんでも部首の偏!」

「おやおや? 偏? 何処に物申す要素があるのかな?」

「虫偏や魚偏、鳥偏などといった生き物を表す部首は数多く存在しますが、しかし獣偏や人偏との違いはなんでしょうか! 予告偏クイズ!」

「形が違うか違わないか。虫、魚、鳥だとその漢字のまま変わらないけれど、獣、人だと形が変わるね」

「そう! 獣や人だと形が違う! これは不公平です! 頂けません! まあ良いでは済まされませんよ! さあ扇さん、これについて一言どうぞ!」

「確かに不公平といえば不公平だけど、こう考えればどうだろう。突然豹変することを獣のようだと表現するけれど、この言葉を漢字でも表現しているからこそ形が違うのだと考えれば、その本質を表しているという意味ではあまり不公平には思えないんじゃないかな?」

「ああ、成る程です。ってこれはしまりました! 私としたことが、題材をミスってしまいました! 物申すどころか申されてしまいました!」

「申し開きはあるのかな?」

「申し訳が立ちません……」


「「次回、裂物語 ひよりブレード 其の壹」!」


「獣と言えば阿良々木さん!」

「阿良々木先輩といえば人偏に儚いだね」


■ 附録 ■

衣物語 表紙

【挿絵表示】

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