〈物語〉シリーズ プレシーズン 【裁物語】   作:ルヴァンシュ

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■ 以下、注意事項 ■

・比較的短いです。
・〈物語〉シリーズ、アニメ未放送分のネタバレを含みます。
・他、何か有れば書きます。

■ NOIR ■


第伍話 しのぶハート 其ノ貮

[007]

 

 

 ミスタードーナツを後にして、数十分後。僕たちはお土産のドーナツ(忍野忍セレクション)を片手に北白蛇神社までの階段を上っていた。

 

 北白蛇神社はこの山のてっぺんに建っており、通うのも一苦労なのである。そしてそういう地理的な事情もまた参拝客が増えない理由の一端を担っている。

 まあ一応こんな場所に建設された理由はちゃんとあるのだが、しかしそれを事細かに説明すると無駄に長くなってしまうので割愛するとして。

 

「なあ忍……」

「なんじゃ」

「改めて思うんだが――お前のそれ、せこくないか?」

「それとはなんじゃ? せこい? 何のことやらさっぱりじゃ」

「お前のその……影に潜るスキルだよ!」

 

 そう。今僕は自分の足で階段を上っているのだが、一方でこの忍はと言うと、最初の方は普通に僕の隣で同じく上っていたのだが、中腹付近で、

 

「疲れた。めんどい」

 

 と言うと、さっさと僕の影に潜ってしまったのである。楽をしたいがために。

 楽するために!

 

「なんで諦めちまうんだよ! 最後まで登り切ろうぜ!」

「えー」

「いや『えー』じゃなくてだな」

「お前様も酷なことを言うようになったのう……あのな、我があるじ様よ。まあそうかっかするでない。まずは儂の言い分を聞け。そうすれば納得するじゃろう」

「…………」

 

 忍は言い分……というか言い訳を始めた。

 

「よいか。まず儂は疲労しておる」

「ああ、疲労してるな。僕もだけど」

「さっきドーナツを食べたばかりじゃ」

「ああ、食べたばかりだな。僕もだけど」

「うむ」

 

 忍は満足気に頷いた(想像)。

 

「ドーナツを食べた幸福感に満たされた後疲労すると、どうなるか分かるか?」

「……より一層辛くなる、とかか」

「そうじゃ! 勿論言うまでもなくこの儂にこの階段を登りきることが出来るほどの筋力や体力がないと言うつもりなど毛頭ない。じゃがな、一度幸福感に浸ってしまえば、その次に襲ってくる疲労というものが通常以上の辛苦に感じてしまうものなのじゃ……分かるか?」

「まあ、分からなくもない」

「じゃろう? ……そして、疲労が溜まるとどうなる?」

「……筋肉痛?」

「違う! あーもーなんで分からんのかなーこの鈍感め!」

 

 罵倒された。言い訳中に罵倒するとは、中々思い切ったことをする幼女である。

 

「答えは『眠くなる』じゃ! いいか! つまり儂が言いたいのはじゃな、今儂は非常に眠い! 昼寝をしたいのじゃっ!」

「偉そうに言うなや! 何が言い分だ、結局のところお前楽するどころか僕が上る時間を利用して惰眠を貪ろうとしてるだけじゃねえか!」

「そうじゃ! 分かったか! 分かったら黙って黙々と階段を上るといい! 儂は眠いんじゃ、喋るな! 考えるな! ひたすらに上れ!」

「うるせえよ! お前まさかそんな理由を話して許してもらえるとでも思ってんじゃねえだろうな!?」

「なんじゃと!? まだ文句があるのか!?」

「文句しかねえよ! 言いたいことが山のようにあるわ! 山登りだけにな!」

「はぁぁ〜〜〜〜〜」

 

 影の中から呆れたような溜息が聞こえた。

 こっちが溜息吐きたいっての。

 

「……あのなあ、お前様」

「なんだ」

「お前様は、影に縛られた者の気持ちを考えたことがあるか? 自由に動くことを許されず、ずっと闇の中で過ごす日々を、想像してみたことはあるか?」

「……ない、けども」

 

 確かに、考えたこともなかった。

 忍は続けた。

 

「辛いぞ。辛苦じゃ――このような山を登る事なんかとは比較にならぬほどの苦行じゃ。そのような日々を、儂は送っておるのじゃぞ」

「……いやでもお前、なんか僕の影の中ではゲーム作って遊んでるとかなんとか」

「それはそれ、これはこれじゃ、たわけ! 儂が今話しているのはそういう話ではなくてだな! もっと、こう……なんかあれじゃ! そう、今までの生活との差を語っておるのじゃ!」

「差……」

「そ、そう! 環境の差じゃ! かかっ、お前様は儂の何を知っておる? 儂が日本に来るまでの生活を、うぬは考えたことがあるか? ん?」

「お前が日本に来るまでの、生活――」

 

 ……考えたこともない、というか、考えようとしなかった。考えるという選択肢を、僕は能動的な排除していた。

 今は今で、昔は昔――忍がキスショットであった頃、どう過ごしていたか。

 まるで想像もつかない。

 いや、忍の過去だけに限らず、吸血鬼は普段何をして過ごしているんだ? 春休みの僕は、羽川と雑談したり漫画を読んだりしてた訳だが――。

 

「ほら、分からんじゃろう? かかっ。そうじゃ、儂はうぬが想像も出来ぬような毎日を送ってきた……うぬは春休みとやらの期間中を地獄と表現したが、儂にとっては毎日が地獄じゃった。死んでは蘇り、死んでは蘇り――何度も何度も、同じ事の繰り返し、無間地獄じゃ」

 

 忍は感慨深げに言った。影に潜っている所為で、その表情は見えない。

 

 僕は階段を上り続けた――いつの間にか、頂上まで後少しといったところまで到達していた。

 

「じゃからお前様よ。儂がこうして影の中で一時の休息をとることくらい、許してくれてもよいではないか。もう後生じゃ、寝かせてくれ」

「忍…………」

「お前様…………」

「…………」

 

 僕は思ったことを率直に言った。

 

「……で、それと階段を上らないことに何の関係があるんだ?」

「ちっ!!」

 

 影の中から舌打ちが響いてきた。

 

「気付きおったか……儂が途中から論点を華麗にすり替えたことに」

「いや華麗でもなんでもなければ論点のすり替えさえまともに出来てねーよ。ただ話が脱線しただけだろうがよ――お前の毎日? ああ、そりゃあお前は純正の吸血鬼だったからそうだろうな。それは気の毒とは思うぜ。思うが、それとこれとは関係ないぞ」

「ええい小賢しい! お前様、いつからそんな細かいことをぐちぐちと言うようになった? 儂の知るお前様は、もっとストレートで爽やかな好青年だったぞ!」

「勝手に記憶に補正をかけるな! ストレートだの爽やかだの、そんなもん僕から遠くかけ離れた形容詞だ! いやまあストレートと言えば単純な行動しか出来ないのをストレートと言うかもしれないが!」

 

 つーか小賢しいというならお前の方が小賢しいわ! 出来てないにせよ、論点のすり替えなんてことを企みやがって!

 

「はっ! ああそうじゃそうじゃその通りじゃよ! 疲れることはしたくない、昼寝したい! それだけじゃ! ほら、潔く認めてやったぞ! もう言及するなよ。次何か言ったら、うぬのエロ本を家中にばら撒いてやる」

「うっそだろお前」

 

 やめろ。

 それはマジで洒落にならん。やめろ。

 

「どうじゃ? もう何も言わぬか? おっと、もうミスタードーナツは食わせないという手は通用せんぞ。ここ最近で儂は沢山のドーナツを食べた。暫くはまあまあ満足じゃ」

「マジかよ」

 

 じゃあなんであんなに駄々捏ねたんだと言いたくなるが、しかし先んじて僕の手札を封じてきたか……こいつ、学習してやがる。

 

「……あーはいはい、分かったよ。どうせあとちょっとだけだし――寝ろよ。ただし、僕はお前を起こさないからな。八九寺とドーナツを食べてる最中にお前を起こそうなんて気は一切ないからな、覚悟しとけよ」

「かかっ! 儂を甘く見ておるな? ドーナツの気配があれば儂は自動的に起きるわ! 起こしてもらうまでもない!」

「くそっ、ドーナツ厨め……!」

「出来ればミスド厨と呼んで欲しいもんじゃの。もしくはミスドの看板娘」

「お前みたいなものぐさ、看板娘になれる訳ねえだろうが」

 

 どうせ1日も保たずに面倒臭がって、結局さっさと辞める未来しか見えない。

 マスコットキャラの仕事量を舐めるなよ。

 

 ――それっきり、忍の声は聞こえなくなった。多分本当に寝てしまったのだろう。

 昼寝だの惰眠だの言ったが……しかし、改めて考えてみれば、そもそもこれが吸血鬼にとっての普通なのだ。昼に眠り、夜に起きる――疲労というなら、そもそも昼に活動している時点で相当疲労が溜まっているのかもしれない。

 

 ……まあ、だからと言ってせこいなあと思わない訳ではないのだが。

 影に縛られ、自由に身動きがとれないと言っても、その状況を自分の利益となるように使っているのだから、辛いだなんだと言っても説得力は皆無な訳で。

 

「……けどまあ」

 

 考えさせられる話ではあった。

 忍野忍――僕は彼女の過去を何も知らない。キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードについて、僕は余りにも無知だ。今更だが、気付いてしまった。

 いや、とっくに気付いていたのだ。だが、敢えてそれを話題に出さなかった。

 忍野忍は忍野忍であり。

 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードは、失われた名前なのだから。

 寧ろ過去を詮索する方が間違っている――そう思っていた。

 

 どっちなのだろう?

 僕はパートナーとして、忍の過去――キスショットのことを、知るべきなのか?

 或いはパートナーだからこそ、知らずにいるべきなのか?

 

 ……いや、それはまた今度考えよう。今は、八九寺だ。想いを馳せるなら神社のことであり、八九寺のことだ。

 切り替えていこう。

 

 既に残る階段はたったの一段となっていた。僕は最後の段に足を掛け、そして、僕の視線は鳥居をくぐり本殿へと向けられた。

 

 向けられる、筈だったのだ。

 

 倒壊して、見るも無残な本殿を見て想いを馳せる筈だった。

 

 けれど。

 そこで僕が見たものは。

 

 

 

[008]

 

 

「おや? ……これはまた、珍奇な来客です」

 

 予想外の事態に固まり、最後の段に片足を乗せたまま僕は硬直してしまった。

 

 ――何故。

 何故、この北白蛇神社にお前達が居るんだ。

 

 本来八九寺が居る場所に居たのは、あの可愛らしいツインテールの少女ではなく、十字架をあしらったローブを着た大人の男女たちだった。

 『新興宗教』の信者たち。

 理解が追いつかない僕を尻目に、その中の一人が声を掛けてきた。日本語で喋ったその滑らかな金髪の男は、首を、そして胴をこちらに向けた。

 

「私の記憶が正しければ、私たちがここに居る間はこの境内に何人たりとも入り込めない筈だったのですが……」

 

 男は首を傾げた。開いているのか閉じているのか分からない糸目からは、その真意は読み取れない。

 

「どうやら手違いがあったようですね。或いは、こちらが騙されたか――何れにせよ、困ったことになりました」

 

 男はそう呟くと十字架を握った。

 十字架――吸血鬼最大の弱点の一つ。

 

「ですが、私は赦しましょう。我らが神の御言葉に従い、赦しましょう――嗚呼、喜ぶといい。貴方は今救われました。今赦されました。貴方の罪は清められました」

 

 十字架を天に掲げ、男は独り言のように言った。

 なんなんだ、こいつは。

 騙された? 誰に? 赦す? 神の御言葉? ただでさえ理解が追いついていない僕の脳に追撃を掛けるのはやめて欲しい。全く理解出来ない。

 ただ、あの狂信的な態度――あの姿は、まさしく"あの男"を連想させるものであった。いや、その態度だけではない。髪型こそ違えど、その佇まいや糸目は。

 あの狂信者。

 ギロチンカッターにそっくりだ。

 

 男は暫く天を仰ぎ、そして漸くこちらを向いた――しまった。さっきの間に逃げれば良かった。

 けれど、何故か出来なかった。

 嫌な予感がする。連中を見掛けてからずっと続く胸騒ぎがさらに大きくなっている。

 

「さて……改めて、ご挨拶申し上げましょう。こんにちは、青年よ。私は我らが教団で大司教を務めさせて頂いております、エッジナイフです。貴方にも我らが御神の加護があらんことを」

 

 男――エッジナイフは深々とお辞儀した。日本人でないにしては随分綺麗なお辞儀である。僕は会釈を返した。

 大司教……確か、生前ギロチンカッターはこの教団の大司教だったという。つまりこいつはギロチンカッターの後を継いだ男ってことか。

 

「本日はこのような場所にまで御足労頂きまして誠に有り難うございます。……望むべくんば、貴方のお名前を教えて頂きたい」

「……阿良々木、暦です」

「……阿良々木暦サマ、ですか」

 

 素直に名前を教えてしまったが――しかし、どうせ僕が教えようと教えまいと、恐らくこいつらは僕の名前を知っていた。

 ギロチンカッターの仇の名を、知らない筈が無いだろうから。

 

 エッジナイフは気持ちの悪い笑みを浮かべた。まるで貼り付けたような、機械がむりやり口の端を曲げたような笑みを。

 

「ええ、ええ。そうでしょうとも。阿良々木暦。阿良々木暦。我らがギロチンカッター様を殺め申し上げた方。ええ、ええ。存じておりますよ。我ら皆、貴方と、そして今は力を封じられた伝説の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの名はしっかりと記憶しております」

「っ…………」

 

 知っていたことについては、特に驚きはない。寧ろ予想通りだ。けれど一瞬気後れしてしまったのは、この男から測り知れない程の怨恨、憤怒、殺気が伝わってきたからである。

 

 狂信。

 

 笑みを浮かべているが――その裏に燃え盛る黒い本心を隠しきれていない。いや、そもそも隠そうとさえしていないのか。

 笑みというものはそもそも攻撃的なものであるという。笑いとは違い、声を立てない分ねっとりとした不快感を与えることが出来るらしい。実際、この男の笑みは不快としか思えなかった。

 営業スマイルなんてものじゃあない。

 0円だろうが見たくない。

 

「……随分と日本語が、上手なんですね」

 

 僕は絞り出すように言った。

 いきなり本題に入りたいのはやまやまだが、向こうがこっちに対して敵意を抱いている分、なんとかしてやり過ごす方法を考えなければならない。春休み、ギロチンカッターを倒すことが出来たのは僕が完全な吸血鬼だったからだし、そもそもギロチンカッターを殺したのは全盛期の忍だ。

 あの男の後を継いだというのだから、このエッジナイフという男、そう簡単には突破出来ないだろう。しかも今度は一人だけではない。大勢居るのだ。多勢に無勢、梟の群れの中に放り込まれた蝙蝠、とても敵わない。

 故に、少しでも時間を稼ぐのだ。雑談は僕の十八番、成功した例はぶっちゃけ少ないが、いきなり攻撃的な姿勢で向かうのはリスクが高すぎる。

 何事も暴力で解決する訳にはいかないのである。

 

「驚いてしまいました。そんな風に流暢な日本語をお喋りになるなんて」

「現地の仕事は現地の言葉で――我らがギロチンカッター様の御言葉です。基本です。厳守すべきことです」

「いや、基本と言っても、そう簡単に出来ることじゃあないでしょう。どれくらい勉強したんですか?」

「まどろっこしい事は是非おやめ下さると私としては喜ばしいのですが。私は貴方と雑談に興じるつもりは一滴の血ほどもありません。吸血鬼の眷属と談笑するなど、我が身が穢れます」

「…………っ」

 

 駄目だ。無理だ。無駄だ。

 

 甘く見ていた――少しくらい話に乗っかってくれるかと期待していたが、そんな控えめな見積もりさえ甘かった。コットンスノーキャンディーのように甘々だった。

 こうなったらもう無意味だ。これ以上話を続ける事は最早自分の首を自分で締めるようなもの。本題に入るとしよう――全く、完璧な話術な筈なのに、どうしてこうも通用しない相手ばっかりなんだ。畜生。

 

 僕は上りかけの階段を上った。上りきった。

 

「お前たちの目的は何だ」

「それを貴方に教える理由などありません」

「この神社に何の用だ」

「お答えすることに意義があるとは思えません」

「僕たちの街に何かあるのか」

「私の口からそれを語る義理は一切ありません」

「くっ……」

 

 駄目じゃねえか。普通に雑談以外でも取り合ってくれねえよこいつ。

 このにべもなく断る姿勢、ここ最近よく味わっているあれと似たようなものを感じる。織崎の『それを教えて何か私の得になりますの?』ってやつ。

 

「じゃあ――」

 

 僕は額の汗を拭った。

 

「お前は、僕たちを殺しに来たのか?」

「…………」

 

 エッジナイフは答えない。

 

「お前たちの言う、ギロチンカッター"様"の仇である僕たちを討伐しに来たのか? ここに居るのは、僕たちの来訪を手ぐすね引いて待っていただけで――」

「ぎゃーっはっはっはっは!! 面白い事を言いやがる、このガキ!」

「っ!?」

 

 返ってきたのはエッジナイフの言葉ではなく、そんな品性の欠片もない笑い声だった。慌てて笑い声のした方を向いた。

 腹を抱えて笑っているのは、エッジナイフと同じ服装をした男だった。髪をギラギラとした派手な色合いに染めており、なんというか神聖さみたいなものがまるでない。いや、元々この連中に神聖さなんて、これっぽっちも感じていないが――。

 

「けけ! 誰がてめぇなんかを殺すかよ! てめえみたいなガキに構ってるほど、俺たちは暇じゃあないんだぜぇ!」

 

 男は喧しくがなりたてた。

 

「そりゃあ吸血鬼を痛めつけられるならそれに越した事はねぇ。だがな、てめぇは出来損ないの吸血鬼、吸血鬼擬きの人間だ! そんな奴を虐めたところでよぉ、ちぃっとも! 楽しくなんかねぇんだよなぁ!!」

「っ…………!」

 

 こいつ……!

 もう今の台詞だけで大体の性格は把握出来た。分かったぞ。こいつ、吸血鬼を玩具か何かと思っている。

 吸血鬼を虐める、痛めつけることを、娯楽と思っている――さしずめ、こいつは嗜癖で吸血鬼を狩るハンターってとこか。

 嗜癖……ある意味では、仕事や私怨、使命よりも厄介かもしれない。何せ嗜癖となれば、仮に見逃して欲しいと頼んでも絶対に見逃してくれないだろうから――楽しみを自ら手放すような人間は居ないのだ。

 まあ、こいつが悟りでも開いて、煩悩を捨て去ったりしてるならまだマシだろうが、その可能性は極めて低いだろう。というか、嗜癖で狩るなんて時点で欲望のままに行動してるじゃねえか。

 

「だってよぉ。人間はすぐ死んじまうだろう? だが吸血鬼って連中は不死! 殺すのに一苦労だし死ぬにも一苦労だ! どれだけ痛めつけても傷は治っちまうが、痛みまでは治らねぇ。この俺の気が済むまで、ずぅっと! 虐め放題な超良質な玩具って訳だ! ぎゃはは!」

「てめえ――!」

 

 ――吸血鬼をなんだと思ってやがる!

 そう言おうとしたが、その前に別方向から女の声が飛んで来た。

 

「お止めなさい、アクスルシャフト。その吸血鬼くんに失礼でしょう?」

 

 僕は声のした方を向いた。

 男――アクスルシャフトを諌めたのは、やはり同じく十字架のローブを着た女。腰にも届くほどの長髪をツインテールに纏めている。

 

「うふふ、ごめんなさいね、吸血鬼くん。彼には何度も言って聞かせているのだけれど、一向に改心する気がないみたいなの。本当に困ったものよねぇ……ああ、自己紹介がまだだったわね? 私はコサイスミック。御察しの通り、吸血鬼ハンターよ」

 

 女――コサイスミックが言った。

 

「うふふ、名前だけでもちゃんと覚えてね……うふふ」

「っ…………」

 

 何故だろうか。このコサイスミックが喋る度に鳥肌が立つ。得体の知れない恐怖感がねっとりと絡みついてくる。

 アクスルシャフトとはまた別のベクトルで神聖さを感じない。

 

「君……うふふ。可愛い顔をしているわ。でもどこか凛々しさを感じる……ふふ。ふふふ。素敵、素敵よ君! ああ、もう駄目! 私、君に一目惚れしちゃったわ!」

「は!?」

 

 変態だー!!

 こいつ、紛れもない変態だー! 変態っつーか……ビッチじゃねえか!

 分かった、鳥肌の正体が何となく分かった。こいつはあれだ、生理的に受け付けないんだ。神原とは全く別のベクトルで、しかも駄目な方のベクトルで(とは言えどんぐりの背比べだけれど)変態だ。

 こいつも言動で分かったぞ。至愛だ。至愛で吸血鬼を狩ってるんだ――至愛。また厄介な……。

 

 おいギロチンカッター、お前こんな集団の大司教なんてよくやってたな。初めてお前に同情したよ。どいつもこいつも煩悩まみれ、欲の塊じゃねえか。アクスルシャフトとコサイスミックは兎も角、エッジナイフさえも全く感情を抑えようとしていないし。

 どの辺がどういう風に聖職者なのか、是非ともご教授願いたいものである……つーか何を思ってこいつらは教団に――いや、それははっきりしているのか。

 吸血鬼を狩りたいから、ただそれだけの理由――だろう。

 この分だと何のリアクションも起こしてない連中も色々狂ってそうだ。どうかこれ以上誰も喋らないで欲しい。

 

「ああ、殺したい!! 今すぐに殺したい!! エッジナイフ様、どうかこの吸血鬼くんを殺める許可を!!」

 

 コサイスミックは興奮しながら獲物を手にした。

 それは十字架の描かれた銀色に輝く銃。獲物だけは如何にもって感じだな。

 

「……よろしい。貴女の好きにしなさい、コサイスミック――どの道私たちの敵であることに変わりはないのです。積極的に吸血鬼退治を引き留める理由はありませんから」

「うふふふ!! だって、吸血鬼くん! 私、君を殺すことを許されちゃったわ! ふ、ふふ!! ふふふ!!」

「けっ! 物好きな奴だな、てめぇはよ。そんな吸血鬼擬きぶっ殺して、何が楽しいんだ? 理解出来ねぇ!」

「楽しいとか、楽しくないとか、そういうものじゃあないのよ――私はただ、この愛らしい吸血鬼くんを殺したい! 吸血鬼退治は娯楽じゃあないわ。言うなれば、永遠の誓い――聖なる結婚式! 私と吸血鬼くんは、これから一つになるの!! うふふ……!!」

 

 意味不明なことを口走るコサイスミック――そして、笑いを浮かべて銃の引き金を引いた。放たれた銃弾が左耳を掠めた。

 

「っ――――!? い、痛えぇぇぇ!!?」

 

 掠めた。ただそれだけだったのに、僕は思わず左耳を抑え、叫びながらしゃがみこんでしまった――ドーナツの箱が地面に落下した。

 痛い。

 なんだ、この痛みは。掠めた場所が、熱い! まるで燃えているかのように、熱い!

 焼け付くような痛みはじわじわと、熱が伝導するように左耳全体に広がっていく――これは、これは!?

 

「うふふ、気に入ってくれた? 銀で出来た銃弾よ! 気持ちいいでしょう? じわじわと、ゆっくりと波が伝わって――吸血鬼擬きとは言え、それでも君は吸血鬼。銀だって、ちゃんと撃ち込めば効果があるのよ!」

「っ…………!!」

 

 まずいぞ。この状況――余りにもまずすぎる。

 このままじゃあ、無抵抗のままに殺されてしまう。冗談じゃない。こんな変態に殺されるとか、幾ら何でも酷すぎる! 嫌すぎる!

 これならまだ神原に陵辱される方がマシだ――いや言い過ぎた、ごめん今のなし!

 

 痛みは少しずつ治まってきた。だが、すぐに第二撃が来るだろう。今度は避けなければ。この痛みは洒落にならない。ちょっと前に織崎にざくざく斬られたが、一瞬の痛みの大きさとしてはこっちの方が上だ。

 忍を呼ぶか――いや待てよ、この状況、間違いなく忍は気付いている。それでも出てこないということは……どういうことだ?

 

「旧キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが現れないのを不思議がっていますね? 旧ハートアンダーブレードの眷属」

「っ!」

 

 相変わらず笑みを貼り付けたままエッジナイフが言った。

 

「当たり前です。言いましたでしょう? この境内には何人たりとも入ってこれない――分かりますか? この言葉の意味が」

「い、意味だと?」

「何人たりとも、とはいえ、その対象が人間であるとは一言も言っておりません」

「え――?」

「この境内に張られている結界は、吸血鬼を排除する結界です。故に、貴方の影に潜む旧ハートアンダーブレードは手出し出来ないのです」

「な…………い、いや……それは――!」

 

 何だそれ!? 後出しすぎるだろ!?

 いや確かに人間とは言ってなかったよ、言ってなかったけどさあ!

 ふざけんな!!

 

「じゃ、じゃあ! なんで僕は境内に入り込めてるんだよ! おかしくないか?」

「そう、おかしいのです。私もそこに首を傾げました。ですから、手違いなのです――どうやらこの結界を掛けた方は、純正の吸血鬼だけを弾く結界と勘違いしたのでしょう。それしか考えられません」

「っ…………!」

 

 そ、そんな、馬鹿みたいな理由で!?

 

「貴方を狩るのは目的ではありませんでした。貴方がこうしてここに居ること自体が、私たちにとって予定外の事態――ですが、入り込んできたのであれば是非もありません」

 

 コサイスミックは再び銃口をこちらに向けた。いや、今やコサイスミックだけではない。エッジナイフを除く全員が、銃を僕に向けている。アクスルシャフトも嫌そうな顔をしながらも例外ではない。

 

「入り込んできた害虫は駆除しなくてはなりません。家に入り込んできた蚊や蚤を退治するのは、当たり前のことなのです」

 

 どうやらこの教団には殺生の禁止とかはないらしい。まあ当たり前か。吸血鬼殺しを楽しむような異常者が所属しているような集団なのだから。

 けれど、僕が引っ掛かったのはそこではない。

 

 "家"だと?

 

「……ここはお前らなんかの家じゃあないぞ」

 

 ここは。

 ここは――。

 

「ここは、八九寺の家……っ!!」

 

 言いかけて、僕は戦慄した。

 

 そうだ、八九寺。

 

 八九寺は今どこにいる。北白蛇神社の家主は、どこに行った。

 嫌な予感が、悪寒がする。不快感――今まで散々感じていた不安、疑問、そのピースが突然埋まっていくような気持ち悪さ。

 

 僕は訊いた。

 

「……八九寺を何処へやった」

「……成る程」

 

 エッジナイフは腕を組んで頷いた。

 

「貴方とここの神は親交があったようですね。ふむ、だから今貴方はここに居る。成る程――これもまた、秘匿された情報ですねえ」

「お前だけが納得してんじゃねえよ。八九寺は何処だ。八九寺に、何かするつもりなのか」

「そうですねえ……八九寺真宵には、私たちの神の依り代になって頂くだけですよ」

「依り代、だと」

「そう。依り代――我らが神がこの世界に顕現するためには、これが一番有効な方法だと考えましてね」

 

 神を顕現させる。言うなればそれは、神下ろしとでも呼ぶべきようなものか。

 

「そんな――そんなことに、八九寺を!」

「そんなこととは酷いことを仰る。あの方の再臨こそ、我ら教団の、延いては人類全体の悲願だというのに」

「人類全体……?」

「……私は思うのです」

 

 エッジナイフは左腕を挙げた。と同時に、僕を取り囲む連中がカチャリと音を立て、引き金に指を掛けた。

 

「この世界には神が多すぎる――八百万の神? 全くお笑いです。人類の信仰は分散されるべきではなく、たった一点に集中されるべきなのです」

 

「……八九寺を、何処にやった」

 

「この世に神は何柱も要りません――圧倒的な、ただ一柱だけが存在すればいいのです」

 

「八九寺は何処だ」

 

「それこそが真の赦し、真の救い――生きとし生けるものの目指す境地。怪異などという不確かで危険な存在は、一匹たりともこの地上に蔓延らせはしません」

 

「八九寺は何処だって訊いてるんだ! エッジナイフ!!」

 

「さようなら、阿良々木暦――神罰を有難く受けるがいい」

 

 僕の質問には一切答えず――エッジナイフは挙げた左腕を下に降ろした。

 

「それが貴方への、裁きです」

 

 乾いた銃声が四方八方から聞こえた。今の僕は吸血鬼度が低いが故、銃弾の動きは見えない。だが、間違いなく言えることは――一発たりとも、外れることはないだろうということだった。

 

 

 

[009]

 

 

「っ――――!!」

 

 そう、外れることはない。ない筈だった。

 忍の力もかりれない、ただの非力な人間である阿良々木暦は、こんな風に思考する間さえ与えられず、今ごろ蜂の巣にされて阿鼻地獄へと落下している筈だ。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 十字架。

 

 僕はビビって閉じかけた目を開いた。

 

 目の前に飛び込んできた――否、落ち込んで(・・・・・)いたのは、巨大な十字架だった。僕の体以上の大きさを誇るかもしれない、銀製の十字架が地面を割り、突き刺さっていた。

 

「こ、これは!」

 

 次に見えたのは盾だった。勿論言うまでもなく本物の盾ではない。紙で作られた――折り紙で作られた盾だ。それが僕の周りに散乱していた。周囲に散らばっていたのは折り紙だけではなく、恐らく僕に向かって撃ち込まれたであろう銀の弾丸も転がっていた。

 

「じゅ、十字架、折り紙――まさか!?」

「はっ、そのまさかだよ。ったく、超ウケるぜ、お前の反応」

 

 エッジナイフたちは振り向き、倒壊した本殿の屋根を見た。僕も、そこに立っている二人の男を見た。

 

 一人は白い学ランのような服を着た金髪の少年。一人は鶴の模様が描かれた着物を着た線の細い男。

 

 ――私怨で吸血鬼を狩るハンター、エピソードと。

 不死身の怪異を専門とするはぐれ者の人形遣い、手折正弦。

 

 二人とも、嘗て僕の敵だった奴らだ――それが、どうしてここに!?

 

「やあ――まあ、やあ。暫くぶりだね、阿良々木くん。地獄以来かな? あれから現世での生活を謳歌しているようで、何よりだ」

「いや、全然笑えないんですが……」

 

 死人にそんなジョークっぽいことを言われても、皮肉にしか聞こえない。

 

 手折正弦――彼は人形である。

 正確には、今目の前に居る手折正弦は、手折正弦という人間が量産した自分の人形である。手折正弦そのものは既に故人であり、奴は天国で悠々自適な生活を送っているらしい――やっぱ皮肉だろ、今の。

 

「……エピソード君ですか。お久し振りですね。一体どういうおつもりですか? 私たちの妨害をするなどと……ギロチンカッター様に拾われた御恩を、お忘れになりましたか?」

「いいや? 勿論ちゃんと覚えてるぜ、エッジナイフのおっさんよ――だがあの神変態に、俺は骨の髄まで心酔してるって訳じゃあねえんだぜ。あくまで俺はフリーのヴァンパイアハンターで、ただの賞金稼ぎだ」

 

 超ウケる――エピソードは言った。

 

「だからまあ、あんたらに思う所はねーでもねーが、依頼は依頼なんでな。ちゃっちゃと消えてもらうぜ――おい、ハートアンダーブレードの眷属!」

「え!? な、なんだ!」

 

 突然呼び掛けられたのでしどろもどろな返事になってしまった。

 

「いつまで棒立ちしてやがるんだ? 超ウケる――さっさと十字架から離れな!」

 

 そう言うや否や、エピソードは一瞬にして雲散霧消した。文字通り――霧に姿を変えたのだ。

 

 エピソードは、世にも珍しい吸血鬼と人間の混血児、即ちヴァンパイアハーフである。身体能力やスキルなどは吸血鬼のそれだが、銀や十字架、太陽などという吸血鬼の目立った弱点は持たないという反則ギリギリな奴である。ただ、吸血鬼最大の特徴である不死性は純正のそれよりは低いらしい。まあ、それ位のハンデがないと本当にチート過ぎるが。

 霧に変身するというのも、その吸血鬼に由来するスキルの一つである。ある程度力のある吸血鬼は、肉体を意のままに変えることが出来る。例えば羽を生やしたり、腕を蔓のように伸ばしたり――ギロチンカッターと戦った時は、僕もそれを使用した。

 

 エピソードはパッと僕の目の前に姿を現した。そして地面に突き刺さった巨大な十字架を引っこ抜いて肩に担いだ。

 

「エピソードくん……君はこちら側だと思っていたのですが」

「はっ! 何勝手に思ってやがんだ、超ウケる――あんたら、逃げるなら今のうちだぜ。この俺が見逃してやるってんだから、有難くさっさと尻尾を巻いて逃げろ。そんでもって国に帰れ」

「ヴァンパイアハーフが偉そうな口を――!!」

「落ち着きなさい、アクスルシャフト。……ですがそうですね。少々不敬が過ぎますよ、貴方」

「知るか。だから俺はあんたらの言う神なんて信仰してねーっての――っと!!」

 

 エピソードは身の丈以上の十字架を軽々と投擲した。十字架は真っ直ぐにエッジナイフの顔めがけて宙を走ったが、エッジナイフはことも無げに立ち位置を変えることによって回避した。十字架は本殿の直前で落下し、再び地面に刺さった。

 

「ちっ」

 

 エピソードは舌打ちすると再び霧になった。そして、刺さった十字架のすぐ側に現れた。

 

「分かったろ? 本気だぜ」

「そのようですね……全く、愚かな子です。私たちは人類の幸福のためにこうして動いているというのに、自らその幸福を拒否するとは――考えられませんね」

「俺はヴァンパイアハーフだ。人間の幸福なんざ知ったことかよ。俺は吸血鬼も人間も、等しく大っ嫌いなんだよ!」

 

 エピソードは引き抜いた十字架を振るった。エッジナイフとその他ローブ服はバックステップによって回避。うち何人かは茂みの中へと潜り込み、姿を消した。

 

「……ふむ、どうやら私の助けは必要なさそうだ」

 

 屋根の上に直立して手裏剣型に折った折り紙を両手に持った正弦は、散り散りになる教団員を見て言った。

 

「では私は高みから脅すとしようか――エッジナイフ。念の為に言っておくが、今ここは日本で、臥煙さんの管轄地だ。余り臥煙さんの目が届く範囲で暴れない方がいい。これは経験者からの忠告だ」

 

 お前が言うなと言いたくなるが、しかし嘗てその管轄地で事件を起こしてしまったからこその脅しと言える。

 

「私たちは暴れているのではありません」

「では暴走か?」

「暴走などしていません。私たちは私たちに課せられた使命を粛々とこなしているのみ」

「この北白蛇神社は、つい最近復興したばかりの場所。まだ霊的に不安定なのだ。故に、ここに赴任したばかりの神を連れ去られるのはこちらとしては非常に不本意であり、私のようなはぐれ者にとっても迷惑だ」

「霊的に不安定なのは、ここに住まう神が無能だからです。だから、私たちはここに新たな一柱を据えて差し上げようと言っているのです。古き神など捨て、新たな神をここに顕現させる――この間は失敗しましたが、依り代があれば失敗することはまずないでしょう」

 

 ――この間。

 この一言で、漸くピースが揃った――そうか。あれはこいつらの所為だったのか。

 数日前に起きた北白蛇神社の異変。突如現れた謎の階段。そうだ、どうして思いつかなかったのだ。あの階段には確か十字架模様があった。そこから分かっても良かったようなものなのに。

 

「神に神を重ねると? ……無謀なことをする」

「無謀ではありません。蜘蛛の力を借りれば(・・・・・・・・・)可能です」

「蜘蛛――」

「私たちとしましても八九寺真宵を手放す気は一切ありません。あれは貴重な依り代です」

「ふむ。つまりそれは、臥煙さんの忠告を無視する、ということとして捉えて良いのかな?」

「どうぞ。その"臥煙さん"がどんな人物なのかは知りませんが、私たちは決して歩みを止めることはないとお伝え下さい」

 

 無知というものは、これほど恐ろしいものなのか――僕は思った。臥煙さんを知っている身からすれば、臥煙さんからの警告を蹴るなんてどれだけ命知らずなのだ、と思わずにはいられない。

 

 或いは。

 臥煙さんをもものともしない"何か"が、こいつらにはあるとでもいうのか――。

 エッジナイフは振り向き、僕の方へ向かって歩き出した。僕は慌てて身構える。

 

「ご安心ください、旧ハートアンダーブレードの眷属。私たちは取り敢えず今日のところは退散しましょう。貴方に危害を加える気はありませんよ」

 

 エッジナイフの後ろからは残った何人かが付いている。アクスルシャフトとコサイスミックも居た。

 

「……待てよ」

「はい?」

 

 僕は格好悪く尻もちをついた状態で言った。

 

「お前の予定なんてしらねえよ――今僕がお前に聞きたいのは、八九寺を何処へやったのかってことだ」

「…………」

「答えろ! 八九寺は――!!」

「吸血鬼に話すことなんてありませんよ、阿良々木暦」

「っ…………!!」

 

 エッジナイフたちは僕など気にも留めていないかのように、どんどん鳥居に近付いてくる。

 

「どうやら貴方がたは勘違いしているようだ――まるで自分が正義であるかのように振舞っている。まるで私たちが滅ぶべき悪であるかのように語っている」

「……どこが違うっていうんだ」

「全く違いますよ。いいですか、私たちが正義なのです。そして私たちの歩みを阻む貴方がたは纏めて悪なのです」

 

 エッジナイフは言った。

 いけしゃあしゃあと、そんなことを言った。

 

「人質をとるような正義が――居てたまるか」

「人質ではありません。生贄です。正確には生きていませんが」

「お前、それでも人間か」

「人間ですよ。貴方がたと違って、純粋な」

「っ…………」

 

 ギロチンカッターも、似たようなことを言っていた。いや、あいつの場合は自分を人間ではなく、神だとほざいたが。

 結局。

 結局のところ、これがこいつらの本質か。ギロチンカッターだけじゃあなく、この集団そのものが、狂っていたのだ。

 

 エッジナイフたちは鳥居を潜り――階段に足を掛けた。

 

「待てよ……待てよ!! 八九寺は――」

「…………」

 

 もうエッジナイフは一暼さえもしなかった。アクスルシャフトも、コサイスミックも、その他教団員も皆、全くの無反応のまま、鳥居の下を潜り――そして遂には見えなくなった。

 




■ 以下、豫告 ■

「エピソードだ。

「この俺が予告を担当するなんて、超ウケるだろ?」


「吸血鬼の弱点ってのは色々ある。日光、十字架、銀の弾丸、流水、白木の杭、大蒜――この辺、素人でも知ってるよな?

「でもよ、明らかに弱点が多過ぎると思わねえか? いや、この話題自体はもうあちこちで語られていて、今更感が否めねえがよ。

「ハンターとしては、吸血鬼に弱点が多いのは大いに歓迎するところだし、どちらにせよヴァンパイアハーフの俺には何の関係もないから別に良いんだけどよ、これって何でだろうな?

「まあ怪異にそこまで深い理由を求めるのは間違ってることなんだろうが――吸血鬼ってのは、怪異の王だかなんだかと呼ばれてるけどよ、そんな種族が怪異の中でも一二を争う程に弱点過多で、しかもそれが公になりまくってるとか、全くお笑いだ!」

「弱点と言えば、人間も結構弱点が多いが――案外、そういう所にシンパシーみたいなものを感じるからこそ、吸血鬼と人間は惹かれ合うのかもなー。死ぬ程どうでもいいが」


「次回、裁物語 しのぶハート 其ノ參」


「本当にそんな訳の分からねえ理由で俺みたいなヴァンパイアハーフが産まれたってなら、マジで超ウケるよな!」

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