もう異世界は懲り懲りだ⁉︎   作:葛城 大河

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少し今回は、無理やり感があるかも知れないです。


第七話 孤児院の騒動

 

零士が金が入った巾着袋を、盗まれた人に返し終えてから数十分。彼等四人は一人の子供を先頭に、歩いていた。やはり、彼の予想通りだったのか。子供はスラム街の人間らしく、腐臭が漂う路地を突き進んで行く。その後を追う零士達の表情は様々だ。夏美はスラム街の余りに悲惨な光景に息を呑み、ステラは壁などに寄りかかって倒れている人々に向けて、申し訳なさそうな視線を向け、ミントは眼を瞑り黙って歩いていた。

 

 

何処に行っても、スラム街というものはあるんだな、と零士は漂う腐臭に眉を曲げて周りを見渡す。現在、彼等は子供の家に向かっている最中だ。あの後、金を返し終えた零士は、早速、家に案内するように促したのである。まぁ、その時、逃げようとした子供を捕まえ、憲兵に突き出すぞと脅したのだが。その事は良いだろう。

 

 

そういう訳で、子供はチラッと零士の顔を見てから、自身の家まで歩を進めていく。そんな子供を見て、彼は内心で笑みを浮かべていた。

 

 

(如何やら、俺の脅しがよっぽど効いたみたいだな)

 

 

零士が何故、子供に対して脅したのかには理由がある。まずは一つ、逃がさない為だ。あの時、憲兵に突き出すという脅しをせずに、いきなり家に連れてってくれと言えば、子供は逃げ出すだろう。それか、態と違う場所を教えるに違いない。何故、断言出来るんだと聞かれれば、零士はこう答える。「既に経験済みだ」と。故に、嘘を付けば本気で憲兵に引き渡すと脅す必要があった。

 

 

実際、子供は零士から逃げる事が出来ないと理解している筈だ。だから、零士の言葉に従うしかなく、こうして案内する羽目になっているのだ。だが、子供は胸中で零士を睨み付け呟いた。

 

 

(もしも皆に酷い事したら許さない)

 

 

なにが目的で、家を聞いたかは知らない。だけど、家族に害を成すというなら、自分の身に変えても殺してやると殺気を向ける。すると、そんな子供の胸中など知らずに、夏美が尋ねた。

 

 

「そう言えば、貴方の名前はなんと言うの?」

 

「…………ッ⁉︎」

 

 

首を傾げて名前を聞く夏美に、顔を赤らめる子供だ。幾ら年齢が一桁でも、夏美の容姿にはやはり顔を赤らめてしまう。それを横眼で見ていた零士は苦笑した。まぁ、夏美程の美少女に顔を近付けられたら、そうなってしまうのは仕方がない事だ。

 

 

「お………オルク」

 

「オルク。良い名前ね」

 

 

子供ーーーオルクの名を聞いてニコリと微笑む夏美の顔に、いっそうに頬を染めると早足で先を進み始める。それに意味が分からずに首を傾げる夏美とステラである。オルクの行動を理解したのはミントと零士だ。そんな年相応な純情な子供に対して、笑みを向けるのだった。

 

 

 

 

 

「…………ここが、オルク。お前の家か」

 

「そうだよ」

 

 

数分後、全員は目的地の前に足を止めていた。改めて先頭の子供に聞くと、ぶすっとした表情でそう答える。肯定するという事は、目の前のがオルクの家なのだろう。彼等の前にあるのは一つの孤児院だ。スラム街を向けた先に、まさか孤児院があるとは思わなかった。零士の視界には、まだ幼い女の子や男の子達が孤児院の前でボールとかで遊んでいる。それを笑みを絶やさずに一人のシスターが見ていた。

 

 

一眼みても、オルクに暴行を働くような所ではない。遊んでいる子供達も皆、笑顔を絶やさず、子供の本分を全うしている。なら、何処で暴行を? と、考えた零士は、そこでシスターに気付かれた事により中断する事にした。

 

 

「誰ですか?」

 

 

疑問を口にして近付いてくるシスター。彼女の容姿が近付くにつれ、視界に入っていく。黒の修道服を身に纏う彼女は、よく見れば所々、薄汚れてはいるが、綺麗にすれば間違いなく美少女の類に入るだろう事は容易に理解出来る。ステラとは違う質を持った絹のような金髪がフードから溢れる。スタイルも修道服により、ラインがはっきりと分かる。少し幼さを残した顔を見るに、恐らくは自分達より年下だろうと予想を付けた。

 

 

目の前まで来た彼女は、そこで漸くオルクの姿に気付いたのか眼を見開いた。

 

 

「オルク? もう何処に行ってたの」

 

「そ、それは」

 

 

シスターの質問に言い淀むオルクに、彼女はなにか悪い事をしたと理解して、瞳を鋭くした。

 

 

「なにか悪い事でもしたの」

 

「…………ッ」

 

 

確信を込めた言葉で聞くと、面白いようにビクリと体を震わせて眼を泳がせるオルクだ。それにはぁ、とため息を吐いてから零士達に向き直り、頭を下げた。

 

 

「すいません、家の子供が。なにをしたかは、分かりませんが、申し訳ありません。ですから、憲兵にだけは引き渡さないでもらえますか。私が出来る事でしたら、なんでもしますから」

 

「あぁ〜。心配するなよシスターさん。別に引き渡したりしないからさ」

 

 

美少女シスターのなんでもしますからという言葉に、現代人である零士は、一番男に向けて言っちゃいけない言葉だろ、と胸中で呟きながら、憲兵にはなにも言わないと告げる。

 

 

「ほ、本当ですか」

 

「本当だ。だから、頭を下げないでくれ」

 

 

やはり、幾ら謝罪とはいえ、頭を下げられる事に慣れない零士は、シスターにそう言うと、彼女は頭を上げて零士と視線を合わせてからお礼の言葉を言った。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

その姿に、このシスターがオルクに暴行を行った人物ではないと確信する。嘘を付かれたらそこまでだが、零士の磨かれた観察眼は、その嘘すら看破する。眼の動き、表情、体の仕草、それらを見て、嘘を付いた時の癖を見抜くのだ。

 

 

「お礼も良いよ。それより、聞きたいんだけど、ここは孤児院だよな」

 

「はいそうです。ここは孤児院です」

 

「ふ〜ん。この孤児院の費用は如何なってるんだ?」

 

「それなら、出費している優しい人が居るんです」

 

 

多くの子供達が住む孤児院だ。それだけ費用も掛かるだろう。だから、零士は聞いた。それに問題ないとシスターは返す。この孤児院に多大な出費をしている人物が居るそうだ。その人物が、どんなに素晴らしいかを喋り出した彼女の言葉を聞き流しながら、零士は近くに居るオルクの顔を覗き見た。その顔には苦虫を潰したかのような表情があった。

 

 

(この孤児院に問題がないとすると、その出費者が怪しそうだなぁ)

 

「あ、なんなら皆さん。中に入りますか。豪勢なお持て成しは出来ませんが、お茶ぐらいならお出ししますよ」

 

「えっ、良いのですか?」

 

「はい‼︎ 如何ぞ遠慮せずに」

 

「では、お言葉に甘えさせてもらいましょう。ステラ」

 

「えぇ、そうですねナツミ様」

 

 

零士が考えに夢中になっていると、そんな会話が繰り広げられ、孤児院に誘われた。一旦、考え事を中断させてステラや夏美、ミントと共に孤児院の中に足を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

孤児院の中に入り、その一室の椅子に腰を掛ける。孤児院の中に入る前に、久しぶりの客人に興奮したのか子供達が群がってきて、零士達は色々と疲れた。いや、ミントだけは何故か子供達とすぐに打ち解け、人気者になっていたが。

 

 

閑話休題

 

 

と、そういう事があってか、ミント以外が疲れたように椅子に座っている。すると、零士達の前に苦笑を浮かべたシスターがお茶を置いた。

 

 

「ごめんなさい。久しぶりのお客様で、あの子達も嬉しかったみたいで」

 

「いや、別にそこは気にしてないよ。子供は遊ぶのが仕事だからな」

 

「くすっ。そうですね。あっ、それと自己紹介が遅れましたね。私は見ての通り、シスターをやっているエミリヤ。エミリヤ・ハーメルと言います」

 

 

笑みを浮かべて名前を告げる彼女ーーーエミリヤに、零士達も自己紹介した。その時、ステラは、ただのステラとして名乗る。

 

 

「そう言えば、オルクは何処言ったんだ?」

 

「オルクなら、恐らくあそこでしょう」

 

「あそこ?」

 

 

気付けばオルクが居ない事にキョロキョロと見渡せば、エミリヤは何処に居るのか検討が付いているのかそう答える。それに疑問符を浮かべる零士だ。

 

 

「はい。ナナの所でしょう」

 

「ナナ?」

 

「オルクの妹ですよ」

 

「へぇ、あいつに妹が居たのか」

 

 

知らない名前を言われ、それが誰なのかを聞くと妹と答えた。妹が居た事に少し驚く。しかし、孤児院に戻ってすぐに妹の元に行くとは、随分と妹思いの兄だなと思う零士だったが、エミリヤの次の発言に眼を向けた。

 

 

「ナナは動けないから、恐らくオルクが自分が今日一日の出来事を話に行ったのだと思います」

 

「動け、ないですか」

 

「はい。ナナはとある病気に掛かっているのです」

 

「とある病気?」

 

 

ナナという女の子が掛かっている病気が、なんなのか気になり聞くと、エミリヤは少し言いずらそうにした後に口を開いた。

 

 

「その病気の名前は『焼熱病』です」

 

「ッ⁉︎ 『焼熱病』⁉︎」

 

「ステラ。その病気の事を知っているのか?」

 

「はい。知っています」

 

 

その病名の名前を聞き驚愕に眼を見開くステラに、どんな病なのかを尋ねる。『焼熱病』は、とある魔物から発生した菌に感染した者がなる病だ。全身が異常な程の熱さになり、何時か自身の体温により死に至らしめる病。治す方法は一つしかなく、病原菌を生み出した魔物の血で作られた薬でしか治らない。

 

 

しかし、その薬はそんなに出回ってはいないらしい。それと言うのも、その魔物が余りに強いからだ。そこまで聞いた零士達は、無言となる。今の彼等にナナと呼ばれた女の子を救う手立てがない。いや、手ならある。

 

 

「エミリヤ。そのナナって子は何処に居るんだ?」

 

「えっ? ナナなら、二階の突き当たりの部屋に居ますけど」

 

「レイジ様………?」

 

「篠宮君?」

 

「……………」

 

 

突然、椅子から立ち上がりナナの場所を尋ねる彼に、彼女は教えながら、何故聞いたのか疑問を覚えた。それはステラと夏美も同じで、零士に首を傾げた。それに零士は、彼女達に向けて一言、言った。

 

 

「すぐに戻ってくるから、ちょっと待っててくれ」

 

「え、え、レイジ様。何処に………行ってしまいました」

 

 

いきなりの事に驚いたステラは行き先を聞こうとするも、すぐに部屋から出た彼に聞く事が出来なかった。その場に居る少女達は、零士の行動に疑問を覚えるばかりだ。しかし、ただ一人見据えていたミントは、零士が出て行った扉を見て、呟いた。

 

 

「……………零士様。もしかしたら」

 

 

それはなにかに理解した風な声音が込められた言葉だった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

(二階に上がって突き当たりの部屋だったな)

 

 

零士はエミリヤに教えられた部屋の前に着くと、扉を開けた。すると、そこにはオルクが居り、その目の前にはベットの上に寝ている茶髪の髪をした女の子が居る。

 

 

「お、お前は」

 

 

オルクは入って来たのが、零士だと知ると、ベットに居る女の子を庇うようにして睨み付ける。随分と嫌われたものだと苦笑してから、部屋の中に足を踏み入れる。それにより警戒心を露わにするオルクだ。

 

 

「………おにぃ……ちゃん?」

 

「ッ⁉︎ ナナ起きたのか⁉︎」

 

 

そんな時。オルクの後ろからか細い声が響いた。それにバッと振り向き、女の子に向き直るオルク。零士は徐々に歩を進めて女の子を視界に収めた。顔が真っ赤に染まり、凄まじい熱さなのか、体から湯気が出ている。

 

 

(これが『焼熱病』か。想像以上に危険な病気だな)

 

 

如何に女の子の体が熱いのか、触れなくても、その湯気と漂う熱気で分かる。近くに居るオルクは直に熱気に当たっている為、大量な汗を掻いていた。と、オルクと話していた女の子は、そこで零士の存在に気付いた。

 

 

「………だ……れ………?」

 

「そうだっ。お前、なにしに来たんだよ‼︎」

 

 

妹の言葉に零士が居た事を思い出したオルクは吼える。そんなオルクを無視して、零士は女の子に近付き名乗った。

 

 

「初めまして、俺は零士だ」

 

「………れ……いじ……おにぃ……ちゃん?」

 

「あぁ、そうだ。零士お兄さんだよ」

 

 

優しさを込めた笑みを浮かべて、女の子の頭を撫でる。その際、焼けるような熱さに眉を顰めたが、すぐさま表情を戻す。これだけの熱さに耐えて、今も生きる女の子に凄いと思った。そして出来るだけ安心させるように零士は撫でながら言葉を紡ぐ。

 

 

「安心して眠りな。大丈夫。次に起きた時は、君は元気になってるから」

 

 

その言葉に、なにを思ったのか笑顔を見せて女の子は眼を閉じた。寝息が聞こえ始める部屋に、オルクが視線を鋭くさせる。

 

 

「如何いうつもりだよ」

 

「如何いうつもりってなにがだ」

 

「ふざけんなぁ‼︎ お前がここに居るって事は、エミリヤ姉ちゃんから聞いたんだろ‼︎ なら、なんであんな出来もしない事を言うんだよッ」

 

 

オルクは許せなかった。自分の妹の病気を治すには、原因となった魔物の血で作られた薬でしかない。にも関わらず、目の前の男は、まるで次に目覚めたら、病気など治っていると告げたのだ。治らない者に、そういう夢を見せる言葉を告げるのは許せない事だった。もしも、これで妹が絶望したら如何するのだ。

 

 

「オルク。お前は治って欲しくないのか?」

 

「治って欲しいに決まってんだろッ‼︎ だけど、それは無理なんだ。治す為の薬が何処にも売ってないんだよ」

 

 

その薬は希少だ。普通の店に売られる筈もない。とはいえ、冒険者でもなく子供である、自分が魔物を倒せるとは思えない。最早、なにも出来ない状態だった。だから、オルクは目の前の男が告げた言葉に驚くのだった。

 

 

「なら、俺が治してやるよ」

 

「…………え?」

 

 

この男はなにを言ってるんだ。出来る筈がない。けど、もしも少しでも望みがあるならーーー

 

 

「で、出来るのかよ」

 

「あぁ」

 

「根拠は?」

 

「ない」

 

「はは、なんだよそれ。でも、本当にお前がナナを助けれるなら、頼む助けて下さい‼︎」

 

 

出来るがその根拠はない。その事に乾いた笑い声を上げるが、零士の真剣な瞳を見て、藁にも縋る思いで頭を床に叩きつけて頭を下げて頼み込んだ。それに零士は、オルクの頭を撫でて力強く言い放った。

 

 

「分かった」

 

 

そして零士はナナの前に立ち、息を整える。次の瞬間。彼の全身が淡い光に包まれた。それは魔力とは違う燐光。人ならば誰もが持つ力。自分の体を強化するのではなく、相手の体を治すのに全力を注ぐ。ナナの頭に手を置いて、零士はゆっくりと覇気を体に流し込む。彼がこれから行おうとしているのは、除菌だ。この病気は菌の所為なら、その菌を消せば治る。

 

 

故に、菌を消す為に彼はナナの体に覇気を流し込むのだ。大丈夫。失敗する訳がない。何故なら覇気の制御は自分が一番得意とするものだからだ。自身の覇気を手足のように使い、完全に女の子の体を流し込み終わると、神経を集中させる。

 

 

体の何処かにある菌だけを探し出せ。血管を傷付けるな。

 

 

(…………見付けた)

 

 

そして元凶たる菌を彼は、覇気を通して見付けた。次の瞬間ーーー覇気を完璧に操作して、菌を包むとそのまま覇気で消す。呆気なくボシュとなくなった菌に、零士は次だと覇気を思いっきり全身から放出させて、菌を殲滅しにかかった。

 

 

 

 

その作業を実に十数分掛けた零士は、最後の菌を消す。これでナナの体なら菌が完全に消えた。チラリと女の子の顔色を見ると、真っ赤に染まっておらず、そこには血色が良い顔色で眠るナナの姿があった。念の為に、額に手を当てても異常な熱さなどなく、常温だ。その事に後ろで見ていたオルクは、恐る恐ると、妹に近付き頭や額に手を当てて、先程の熱気を感じないと分かると、目尻に涙を溜めて泣いた。

 

 

その泣き続けるオルクを、零士は静かに見るのだった。

 

 

「泣き止んだか」

 

「…………グス」

 

 

オルクが泣き止んだ所を見計らい、そう口にするもオルクは頷く。そして零士に顔を向けると、鼻を啜りながら礼を言うのだった。

 

 

「あ、ありがとう兄ちゃん」

 

 

少しぎこちない言葉だったが、零士は気にせずに、オルクの頭を乱暴に撫でた。

 

 

「な、なにすんだよ⁉︎」

 

「いやぁ、さっきとは全然態度が違ってたからな」

 

「うっ、そ、それは」

 

 

自分の事を睨み付けていた時とは違うと指摘すれば、言葉につまるオルクである。だが、

 

 

「そ、そのエミリヤ姉ちゃんに言われてるんだ。助けられたらお礼を言いなさいって。だから、ナナの変わりに」

 

「へぇ。そうか。なら、そのお礼は受け取ろうかな」

 

 

エミリヤは良い教育者だなと、思いながら、零士は素直にその礼を受け取る事にした。と、それと零士はオルクに言った。

 

 

「そうだオルク。ナナちゃんを俺が治した事は、言わないでくれるか」

 

「え? 別に良いけど」

 

「あぁ、頼んだぞ」

 

 

別に知られても問題ないが、治した事を知られて、一体どんな風に治したのか聞かれるのが面倒なのだ。だから口止めをした。言わないとオルクの言葉を聞くと、良かったと笑みを浮かべてから、ここからが本題だと真剣な顔を見せた。

 

 

「さて、オルク。もう一つ聞きたいんだけど、良いか?」

 

「な、なんだよ。兄ちゃん」

 

 

零士の真剣な眼差しに、オルクは少し怯えながら聞いた。

 

 

「その体の傷は誰にやられたんだ」

 

「ッッッ⁉︎」

 

 

その言葉を発して、嘘は許さないと視線を向ける。オルクは眼をキョロキョロと泳がせ、口を開いた。

 

 

「こ、これはあれだよ。遊んだ時に転n「嘘だな」っ⁉︎」

 

 

最後まで言わせずに、きっぱりと嘘だと断言した。これは観察眼を持ってなくても分かる。嘘だと断言されたオルクは、顔を俯かせ、唇を噛む。如何しても言いたくない事が分かる。しかし、零士はオルクの肩に手を置く。

 

 

「大丈夫だ。オルク。俺を信じろ」

 

「………兄ちゃん」

 

 

まだ数時間しか出会っていない相手など、本来は信じられない。だが、オルクは零士の事を信じられる気がした。それは『焼熱病』を自分の目の前で治したのが要因だろう。しかしそれだけではなく、その真剣な瞳を見ると、何故か信じられる気がするのだ。この人ならなにかをやってくれるのではないか、と。

 

 

「分かったよ話すよ兄ちゃん」

 

 

そうしてオルクは、観念したように自分の傷の事とスリをしていた理由を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「楽しかったよエミリヤ」

 

「そうですか。それは良かったです」

 

 

孤児院の外で零士達は居た。もうそろそろ暗くなるので、帰る事にしたのだ。アレから、オルクと共にステラ達が待つ部屋に戻った彼は、色々と聞かれたがなんとかはぐらかす事に成功して、今に至る。エミリヤの隣に居るオルクに視線を向けて頷く。

 

 

「じゃ、俺達は行くよ」

 

「また来てくださいね」

 

「またな兄ちゃん」

 

 

エミリヤとオルクの声を聞きながら、その場を後にした。

 

 

「今日は楽しかったですステラ」

 

「それは良かったです。案内をした甲斐がありました」

 

 

夏実とステラが会話を弾ませる中、零士はなにか考える素振りをしていた。そんな零士にミントが近付く。

 

 

「………レイジ様。なにか悩み事ですか?」

 

「ん? いや、別になんでもないよ」

 

「…………そうですか」

 

 

零士の言葉に一言、ミントが告げた後、彼女は零士に言葉を紡いだ。

 

 

「レイジ様」

 

「なんだ………?」

 

「私はレイジ様が、今からなにをするのかは分かりません」

 

「…………」

 

「ですが、好きにしても良いと思いますよ」

 

「………ミント」

 

「なにをするのか分かりませんが、頑張ってください」

 

 

まるで、見透かされたような言葉に零士は暫くなにも言えなかったが、数秒後、フッと口の端を吊り上げて頷いた。

 

 

「そう言えばレイジ様。オルク君と仲良くなりましたか?」

 

「あ、私もそれは気になっていました」

 

 

すると、会話していた二人は、話を零士に向けた。その事に、意味ありげな笑みを浮かべてから答える。

 

 

「まぁな」

 

「一体、どうやって仲良くなったのですか‼︎」

 

「篠宮君だけズルイです。私達は逃げられたのに」

 

 

逃げたのには理由があるが、そこはオルクの為に言わない事にした。そして零士達は王城に帰るまで会話を楽しんだ。

 

 

 

 

 

零士達が帰って数時間。空はオレンジ色に染まっていた。孤児院の子供達は元気良く遊んだ所為か、ぐっすりと眠っている。何時ものように、一人で子供の世話と洗濯をこなすエミリヤは、服を畳み終えると夕食の準備に取り掛かった。すると、孤児院の玄関から呼び鈴を鳴らす音が響いた。

 

 

「今行きます‼︎」

 

 

夕食を作る手を止めて、パタパタと急いで玄関に向かうと、そこには一人の男性が立っていた。服越しからでも分かるゴツゴツした筋肉を持った男性だ。その男性を視界に入れてエミリヤは驚いた声を上げる。

 

 

「ジアンさん‼︎ 如何したのですか?」

 

「はは、いやなぁに、少しオルク君に会いたくてね」

 

「オルクにですか」

 

 

エミリヤの質問にジアンと呼ばれた男性は、にこやかに笑いながら、そう答えた。最初に疑問の声を上げるエミリヤだが、オルクとジアンが仲が良い事を思い出し、オルクの居場所を教える事にした。

 

 

「オルクでしたら。二階に居ると思いますよ」

 

「そうかい。上がらせてもらっても良いかい?」

 

「はい。如何ぞ。あっ、それと孤児院の費用ありがとうございます‼︎」

 

 

靴を脱いで上がるジアンに、つい最近貰った出費に対して頭を下げた。その事に気にしないでくれと、笑うジアンだ。ジアン・セレスタ。孤児院の出費者である。彼はエミリヤに言われた二階に足を進めた。そして二階の一室を開けると、その部屋の中にはオルクが居た。

 

 

「ふん。ガキ、来るのが遅いから来てやったぞ」

 

「ジアン」

 

 

部屋に入った途端、にこやかな笑顔が、歪んで見下すようにオルクを見た。オルクはジアンを視界に収めると、ギリッと歯を噛み睨み付ける。が、そんな視線など構わずにオルクに近付いたジアンは、顔を蹴り飛ばした。

 

 

「ぐっ…………⁉︎」

 

「おい、その眼つきはなんだ。まさか、自分の立場を忘れたのか」

 

「ぐっ⁉︎ がぁ⁉︎」

 

 

蹴り飛ばされたオルクを何度も足で踏み付け、ジアンが冷めた眼を向ける。

 

 

「この私が居なかったら、こんなボロい孤児院など、潰れているんだぞ」

 

「う、うぐ」

 

「潰されたくなかったら、私に反抗的な態度を見せるんじゃないっ‼︎」

 

「ぐふっ…………⁉︎」

 

 

オルクの眼つきに苛ついたのか、彼は先程よりも力強く腹部を蹴り抜いた。大人に蹴られ、オルクの体は空中に浮いて転がる。苦痛の声を上げながら、自分の腹部に手を置く。

 

 

「良いか。ガキ。お前は私の奴隷なんだよ。反抗的な態度を取るんじゃない」

 

 

コツコツと足音を響かせ、オルクに近付く男はそう言った。そしてオルクの前でしゃがみ込むと、彼は耳元で囁いた。

 

 

「お前の妹と、あの女が如何なっても良いのか?」

 

「…………ッ」

 

「私もまだまだ性欲を持て余していてね。うっかり、発散したくなる時があるんだよ」

 

「お、お……まえ」

 

「あのシスター。エミリヤと言ったか? 良い体付きをしているよなぁ。それとお前の妹、まだ八歳なんだってな。さぞ、良い泣き声を上げるんだろうな」

 

「こ、のゲス野郎」

 

 

脅しを込めたジアンの言葉に、殺意が乗る程の視線を向ける事しか出来ない。ジアン・セレスタ。貴族であり、階級は男爵だ。オルクがスリや数々の犯罪を犯したのはこの男が命令していた為である。別に金が欲しくて、スリをやらせてる訳ではない。そもそも、この男は貴族なのだから金には困っていないのだ。ただこれはジアンにとって一種の遊びだった。

 

 

憲兵に捕まれば、それでも良い。ただ男は、逆らえない自分に対して抗おうとするオルクを見て楽しんでいたのだ。自分より遥か格下のガキを見下すのが楽しい。それがジアン・セレスタという男の趣味だった。それだけではなく、ジアンはここのシスターであるエミリヤにも興味があった。男を魅了する容姿にスタイル。何度、その体を自分のモノにしたいと思ったか。男爵の権力を使えば簡単だろう。

 

 

しかし、それでは面白くはない。故に、男は金銭面で危機に陥っていた孤児院の出費者となり、その後に絶望に落とす事にしたのだ。まぁ、その過程でオルクにバレテ今に至るのだが。

 

 

(このガキも馬鹿ですねぇ)

 

 

胸中でジアンは鼻で笑う。

 

 

「もう良いです。逆らうというのなら、しょうがない。エミリヤを楽しむとするか」

 

「ッ⁉︎ や、やめろぉ‼︎」

 

 

踵を返して、部屋から出ようとするジアンの足を掴む。それを鬱陶しそうに顔を蹴るジアンだ。それでも体を引きずり、足を掴むオルク。

 

 

「はぁ。本当にいい加減にしてくれません、かっ‼︎」

 

 

ガッ‼︎ と何度も踏み付ける。しかし、オルクは手を離さず視線だけを向ける。そんな時だった。彼等の部屋のドアが開いたのは。

 

 

「ジアンさん。如何したのですか? 大きな音が鳴っているみたいですけど」

 

「エミリヤ姉ちゃん来ちゃ駄目だ‼︎」

 

「…………え?」

 

 

扉を開いた彼女は、オルクの叫び声に、驚いた声を上げて目の前の光景に硬直した。孤児院の出費者であるジアンが、子供を踏み付けている光景が信じられなかった。彼が良い人だと思っていた彼女なら尚更だ。

 

 

「はぁ、やれやれ。見られてしまったか」

 

「じ、ジアンさん。一体、なにをしているんですか」

 

 

さっきとは違う軽薄な笑みを浮かべるジアンに、エミリヤは恐る恐る尋ねた。答えは、この光景を見れば分かるだろう。しかし、それでもエミリヤは彼の本心を聞きたかった。

 

 

「なにって、薄汚れたガキを踏んでいるだけですが?」

 

 

そしてジアンのその一言に、エミリヤは顔を俯いた。

 

 

「なんでこんな事を」

 

 

ポツリと呟かれるのは、如何してこんな事をという疑問だ。その疑問にジアンは笑いと共に答えた。

 

 

「何故、ですか。それは貴女が欲しいからですよ」

 

「私ですか」

 

「そうです。貴女です。エミリヤ・ハーメル。実に貴女は私ごのみの女性だ」

 

「…………ッ⁉︎」

 

 

その言葉にエミリヤは、彼が孤児院に来た目的を全てではないが理解した。軽薄な笑みと共に、自分の体を舐め回すように見る視線がそれを物語っている。エミリヤは寒気を感じて、自身の体を隠すように身をよじる。その反応が、よりジアンを楽しませる事に彼女は気付かない。未だにしがみつく子供を蹴って、エミリヤに向けて足を進めた。ジアンが足を進める度に、同じくエミリヤが後退する。が、エミリヤは壁につきそれ以上後退出来なくなった。

 

 

「この時をどれほど、楽しみにしていた事か。さぁ、私に全てを凌辱された君の表情を、見せてくれ」

 

「い、いや。こ、ないでください」

 

 

怯える彼女の表情に、より興奮する。後ろでは、オルクが立ち上がろうとするが、何度も蹴られた事により立ち上がれない。そして、エミリヤの体に魔の手を向けようとした次の瞬間ーーー

 

 

そのジアンの腕が何者かに掴まれた。

 

 

「ッ⁉︎ 誰だ‼︎」

 

「いやぁ、なんてタイミングだよ。俺は何処のヒーローだ」

 

「れ、レイジさん」

 

 

いきなり現れたその人物に、エミリヤは大きく眼を見開いた。彼の事は知っている。何故なら昼頃にオルクと共に、孤児院に来た少年なのだから。彼はジアンの腕を掴み、エミリヤの横に立っていた。そして後ろに居るオルクを一瞥してから、エミリヤに視線を向けて、頭をポンポンと触り彼は笑う。

 

 

「怖かっただろ。だけど、もう平気だ。後は俺に任せろ」

 

「…………あ」

 

 

その言葉に彼女は安心感を覚え、その場にへたり込む。

 

 

「さて、話し合いをしようか。ゲス野郎」

 

 

まるで守るように、エミリヤの前に立つ零士の背中を見て彼女は少年が英雄(ヒーロー)のように見えた。

 

 

 

 

零士は王城に戻ってから、誰にも気付かれないように気配を殺して、孤児院に向かったのだ。その理由は、オルクが言っていた貴族が理由である。そして着いて見れば、知らない男がエミリヤに手を伸ばそうとしている光景だった。その事に彼は、瞬時にその男がジアン・セレスタだと推測して飛び出していたのである。

 

 

(さぁて、如何するか)

 

 

自分の事を睨み付ける男に、これからの事を考える零士。相手は貴族の人間だ。勇者とはいえ、零士は魔力なし。自分の方が分が悪い。しかし、それが如何したと彼は鼻で笑った。分が悪い? もしかしたら貴族と敵対するかも知れない? その程度、どうという事もない。今更、貴族と敵対する程度で怯えるなどあり得ない。

 

 

「誰だ君は。今は取り込み中だ。後にしてくれないかな」

 

「取り込み中って。サカってるの間違いじゃねぇか?」

 

 

苛立ちを隠さずに告げるジアンに、彼は鼻で笑いそう答える。紛れもない侮辱の一言だ。それに怒りを露わにするジアンである。こういう貴族は挑発にとんでもなく弱い。チラッと背後に居る少女に視線を向ける。なにもされておらず、平常だ。しかし心に負った傷は深いだろう。それを考えると、零士は手に力が篭る。腕に痛みが走ったのか、ジアンが顔を顰めるが関係ない。

 

 

(こういう奴には話し合いは通じない。なら、やる事は一つ)

 

「き、貴様、早く手を離せぇ‼︎」

 

 

零士の手を振り解こうと掴まれている腕を振るうが、ビクともしない。だが、次の瞬間。掴まれている手が急に離され、ジアンは態勢を崩した。が、すぐさま立て直し、手を離した零士に視線を向けようと前を見るが、そこには誰も居なかった。その事に疑問が浮かぶ。目の前でへたり込むエミリヤは、驚いた風に口を開けているのにも気になる。

 

 

「おい、こっちだゲス野郎」

 

「ぐぅ………⁉︎」

 

 

だが、次に耳に聞こえた少年の声に、反応するよりも早く頭に衝撃が襲った。次いで自身の体が浮かぶ感覚に陥り、そのまま床に激突する。ドズンッと大きな音を響かせ、頭を回すジアン。何が起こった。なにをされた? 回る頭でジアンは考えるが、思うように頭が回らない。すると、コツ、コツ、と誰かが近付く音を耳に聞いた。

 

 

「もうこの孤児院に関わるな。二度とだ」

 

「ふ、ふざけぐぶっ⁉︎」

 

 

零士の言葉に否定を返そうとして、顎を蹴り抜く。余りに零士の蹴りの威力が強かったのか、ジアンの体が一周回った。彼が取った行動。それは話し合いは話し合いでも、肉体言語である。こういう貴族は、なにかと自分の家系を盾にしてくる。故に肉体言語には弱い。少し物騒だが、もう少しで一人の少女の尊厳がなくなっていたのだ。これでも優しい方である。

 

 

「これはお願いじゃない。命令だ。この孤児院から手を引け」

 

「ひ、ひぃ⁉︎」

 

 

ジアンの頭を掴み、持ち上げて同じ目線で言う零士に怯えた悲鳴を漏らす。ジアンも分かったのだろう。目の前の少年が、自分が貴族でも容赦はしないと。メリメリと手に力を込めつつ、否定は許さないと言葉を強める。

 

 

「ひぃぃぃぃッ。わ、分かりました。手は出しません」

 

「そうか。それなら、早くここから消えろ」

 

 

手を出さないと言質を取った零士は、手を離すと、ジアンは床を這いずりながら、部屋から急いで出ようとした。が、そこで零士の発言で体を止める。

 

 

「あぁ、そうだ。孤児院には手を出すなとは言ったが、これからも出費は頼むぞ。それとーーー」

 

 

そこで一旦、口を閉じて彼は左腰に差している剣を抜き払い、ジアンの横数センチに投げ付けた。斬ッと剣の切っ先がジアンの髪を数本、斬る。

 

 

「もし報復とか考えてみろ。その時はお前の家を潰す」

 

 

断言するように言い放った彼に、ジアンは恐る恐る振り向く小さな悲鳴を上げた。何故かは分からない。しかし、ジアンは何故か目の前の少年と戦えば、自分は圧倒的敗北を味わうと幻視した。それは零士が放った殺気が見せた光景だ。零士と戦えば、こうなるとジアンは本能で理解すると、目の前の化け物から逃げるように悲鳴を上げながら逃げるのだった。

 

 

「ふぅ、大丈夫だったか? エミリヤ」

 

「は、はい。助けてくれてありがとうございます。レイジさん」

 

 

投げた剣を鞘に収めて、改めて体に異常はないか聞くと、呆然としていたエミリヤは我に戻り礼を言う。それに零士はエミリヤの近くに寄ると、真剣な眼差しで全身を見た。その事に何故か彼女は自分の頬が熱くなるのを自覚する。

 

 

「うん。本当に大丈夫みたいだな。良かった良かった」

 

 

そして本当になにもない事が分かると、ニッと笑みを浮かべる。エミリヤはそんな彼の姿にドキッとした。

 

 

「お前も大丈夫か? オルク」

 

「お、遅いよ兄ちゃん」

 

「悪いな。俺も少し急いで来たんだが」

 

 

床に倒れるオルクに近付き、零士は覇気で傷を治癒させていく。こうして孤児院での騒動は三人しか知らないまま幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




零士君はゲス野郎には容赦はないです。


そして次回、第八話 そして絶望はやってくる。やっと主人公達が本格的に戦います‼︎

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