もう異世界は懲り懲りだ⁉︎   作:葛城 大河

7 / 16
新しい話を投稿。楽しんで下さい。


第六話 城下町にて

「おぉ〜、賑やかだな」

 

「はい。ここは、市場ですから」

 

 

目の前の光景に零士は、少しの懐かしさを覚えて顔を綻ばせていた。彼の隣で、薄い茶色のローブを頭からスッポリと被っているステラ皇女が微笑ましい笑顔を向けている。現在、彼等が居るのは王城ではない。城下町である。ここから見上げる王城は、大きく確かな存在感が放たれていた。さっきまで、あそこに居たのかと思うと変な気持ちになってしまう。

 

 

彼等が何故、王城ではなく城下町であるここに居るかというと、それはステラが昨日言った一つの頼み事を聞くという約束による。零士はそれに城下町の案内を頼んだのだ。だが、まさか皇女(みずか)ら案内をするとは思っていなかったのだが。その事に零士が尋ねると、彼女はこう言った。

 

 

『私以上にこの城下町を知る人は()りません。幼い時から、よく城を抜け出しては探検していたのですから』

 

 

存外、やんちゃなお姫様である。とはいえ、流石にステラと二人という訳でもない。彼女の後ろにその人物は気配を消して三歩分を離れて着いてきている。ミント・ハスバード。それが彼女の名前だ。白髪の髪に琥珀色の瞳をした少女。恐らく年齢は自分達と同じだろう。その身にメイド服を着用しており、歩き方と姿勢は余りにも綺麗だ。そして勿論、美少女である。だが、彩と同じで表情にはなんにも変化はなく、無表情だ。

 

 

(ん〜、やっぱり異世界は美少女率高けぇよな。なんか十人中に五、六人は美少女っぽいし。マジで、どうなってんだ異世界?)

 

 

数々の世界を渡った彼でも解けない疑問だ。果たして、この謎を判明出来る人物が居るのだろうか。居たとしたら是非とも聞きたいと、内心で馬鹿な事を考える彼だ。そして改めてここからでも見える大きな城に視線を流した。

 

 

「和樹も一緒に来れば良かったのにな」

 

「それは仕方ありません。カズキ様は、今、鍛錬中なのですから」

 

 

ここに居ない友人を思い浮かべる彼に、ステラがそう返す。そう御手洗和樹は現在、鍛錬に励んでいた。あの零士に誓ったその次の日に彼は休む事なく、体を鍛えているのだ。それと同じく教師である黒原柚木もまた同様に鍛えていると聞く。

 

 

「体を壊さないと良いんだけどな」

 

 

ポツリとそう呟く零士。はたから見ても、異常な訓練量なのである。今、クラスメイトが訓練している約十倍といった所だろうか。アレでは何時、体を壊しても仕方が無い。と、そこで美味しそうな匂いが鼻腔(びこう)(くすぐ)った。そちらに視線をやると、ジュ〜ジュ〜と食欲をそそる串焼きやら、数々の露店があった。

 

 

「よし。和樹や先生の為にも美味しそうなお土産とか買うか」

 

「そうですね。それが良いでしょう」

 

 

思い付いたと口を開く彼に賛同を示すステラ。そうと決まれば、元気が出る食べ物を買おうと、零士達は露店が多くある場所に歩き出した。そしてチラッと王城の方に少し眼を向ける。

 

 

(ま、和樹の体が壊れる心配とか、俺にとって意味のない事だし。壊れそうになれば、治せばすむ事だからな。それに本当に無茶な事をしたら止めるし。………だから、頑張れよ和樹)

 

 

強くなる為に必死に訓練をする、自分の友人に心の中でそう告げた。そこには、友人に対しての信頼があった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

がぶっ。ジュワッ〜。口の中に放り込んだ肉から、大量の肉汁が溢れ出してきた。それにはふはふ、と熱そうにしながらも美味しく頬張る。先程、露店に売られていた串焼きを零士は買って食べていた。そんな彼の隣に、ステラも美味しそうに串焼きを食べていた。

 

 

「へぇ、ステラもこういうのを食べるのか」

 

「はい。城下町に遊びに出ていた頃に食べてからは、もうすっかりと大好きになりました。城でのお料理も美味しいのですが、こうゆうのが無性に食べたくなる日があるのです」

 

「ふ〜ん。そうなのか。(これは、所謂、アレだよな。久しぶりにジャンクフードが食べたくなるとかいう)」

 

 

そういえば、俺もそんな時があったなぁ、と零士は思い出した。あの時は別世界だったので、ハンバーガーが食べたくても食べれなかったのだ。しみじみと思い出す彼を尻目にステラは、次の露店に眼をつけていた。

 

 

「あっ、レイジ様‼︎ あの食べ物も美味しんですよ‼︎」

 

「ちょ、おい」

 

 

案内という言葉を忘れているんじゃないかと思う程の彼女に、呆れた視線を向ける事しか出来ない。

 

 

「本当にやんちゃな姫様だな」

 

 

もしかしたら、これが本当の彼女なのだろうと、新しい食べ物を口に運ぶ少女にクスッと笑ってしまう。

 

 

「すいません。レイジ様」

 

「ん? いや、別に良いよ俺は。なんだかんだいって、俺も楽しんでるしな」

 

 

あはは、と笑う彼に無表情な顔を向けるメイド。その事に少し気まずく思った零士は口を開いた。

 

 

「あの、ミントさん。出来ればその様付けはやめてくれないか」

 

「それは出来ません。メイドの義務なので。それと、私の事は如何ぞ、ミントとお呼びください」

 

「だけどミントさ、」

 

「ミントです」

 

「………ミントさ、」

 

「ミントです」

 

「いや、だけど」

 

「ミントです」

 

「…………」

 

 

そこまで呼び捨てで呼ばれたいのか。零士は黙して彼女と視線を合わせる。

 

 

「メイドである私が勇者様であるレイジ様に、さん付けで呼ばれるのは他に示しがつきません」

 

 

つまり、そういう事である。勇者である自分が一人のメイドに敬語を使うのは可笑しい。彼女はそう言っているのだ。この言葉で分かった通り、彼女には魔力なしに対する差別がない人間だ。そしてそれにはぁ、とため息を吐いて零士は諦めた。

 

 

「分かったよミント。これで良いか」

 

「はい、レイジ様」

 

 

頭を掻く零士に頷いたミント。と、ミントがステラの方に視線を向けて言った。

 

 

「私達もステラ様の元に行きましょう」

 

「それもそうだな」

 

 

ミントの示した方向に居るステラの姿を、視界に捉えて苦笑してから彼は肯定する。そこには、キョロキョロと露店を見て回る一人の少女が居た。城下町に居る彼女は、恐らく皇女としてではなく、一人の一般人として来ているのだろう。最初に思った印象とは違うと思いつつも、その姿こそがしっくりとくる零士だ。今だに見て回るステラに彼等は近付いて行く。

 

 

「随分と楽しそうだな、お転婆皇女様?」

 

「ッ⁉︎ れ、レイジ様」

 

 

少し悪戯っぽく笑みを浮かべて、声をかければ、彼女はビクッと全身を震わせ、零士の方にゆっくりと顔を向けた。そして今の状況に気が付いて面白いように、顔がリンゴの如く朱に染まる。久方ぶりに降りた城下町の所為で、興奮してしまった。耳まで紅くした顔を俯いくステラに、零士はニヤニヤと笑みをやめない。

 

 

「いや〜、驚いたな。あのステラに、こんな一面があるとは」

 

「………うっ」

 

「まさか、案内を頼んだのに、案内せずに自分で露店を楽しむとは思わなかったなぁ」

 

「………うぅっ」

 

「最初の時の、落ち着いていた雰囲気は何処いったんだろねぇ」

 

「………うぅぅぅぅっ」

 

 

続けられた彼の言葉、徐々に涙目になる皇女もとい少女。なにこれ楽しい。そんなステラの表情を見て、零士は胸中でそう思った。後ろでは二人のやり取りに、ミントが首を振っている。無表情である筈なのに、そこにはありありと呆れが浮かんでいた。そして目尻に涙を多く溜めるステラに、そろそろやめるかと思い口を開く。

 

 

「ははははは、冗談だよステラ」

 

「…………うぅぅぅ、え?」

 

「確かに最初は驚いたけど、なんか今の方がステラらしいと思うぞ俺は」

 

「ほ、本当ですか? あんな、はしたない姿を晒したのに」

 

「はしたないって。俺はそんな事、思ってないぞ。寧ろ可愛かったし」

 

「か、可愛かったですか」

 

 

率直な言葉を告げる零士に、また何故か顔が赤くなって俯く彼女。如何したんだ? と心配する零士は勿論、何故、からかってもいないのに彼女の顔が上気したのかに気付かない。

 

 

「それよりステラ」

 

「は、はい」

 

「これから、案内してくれるんだろ?」

 

「は、はい‼︎ 案内させていただきます」

 

 

じゃ、よろしくな、と笑みを浮かべる彼に、ステラは満面の笑みで答えた。やっぱり、今の方がステラらしいな、と心の中で零士は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

それからステラに、色々な場所を案内してもらった。この国で一番綺麗に見える景色、ステラが幼い頃にお世話になった店、冒険者ギルドなどなど。本当に彼女はこの城下町の事をよく知っており、驚いた。なんせ、野良猫の集会所まで、知っていたのだから、驚くに決まっている。そんな案内する彼女は、やはり城に居た時とは何処か違く、普通の少女のように案内をしていた。如何やら零士の前で素の自分を隠す事をやめたらしい。一度見られたからというのもあるが、零士にそれの方が、らしいと言われたのが要因だろうか。

 

 

「そして最後にここです。ルオノーラ魔法学園です」

 

「ここが、この国の学校か」

 

 

国中を歩いたのではないかと思う彼は、最後にステラが案内した場所に視線を向けた。ルオノーラ魔法学園。読んで字の如く。成績が良ければ、貴族も平民も関係なく入学出来る学園であり、魔法を学ぶ為の場所だ。数百年前に居たノイズ・ルオノーラという女性が設立した学園で、今でもその設立者である彼女の写真が学園長室や、教室とかにも飾られている。彼女は凄腕の魔導師であり、圧倒的なまでの魔力量と魔法は今でも本とかに乗る程である。

 

 

また、彼女は人間にも関わらず幾つもの魔法を組み合わせる事によって、エルフ並とは言わずとも長命を手に入れた伝説もある。そんなノイズは、学園を自分の弟子に任せて旅立った。今も彼女の音沙汰はない。零士は自分が読んだ本の内容を思い出していた。幾つもの本に、そういった内容が書かれている事から、そうとうな有名人だという事が分かる。

 

 

まぁ、魔法を使って長命にもなれる存在だ。有名にならない方が可笑しいだろう。

 

 

「この学園にはステラも在籍してるのか」

 

「はい、そうです。こう見えて、私は成績で十位以内に入るんですよ」

 

「それは凄いな」

 

 

十位以内。それは筆記だけでは、取れない筈だ。という事は戦闘を含めての順位だという事だ。それに零士は本当に驚いた。回復魔法だけではなく、戦う事も出来るとは。

 

 

「本当にステラは、見かけによらないよな」

 

「そうですか?」

 

 

本音を溢す彼に首を傾げるステラである。それに思わず笑ってしまう。と、零士はステラの後ろに見覚えがある姿が入った。

 

 

「如何致しました? レイジ様」

 

 

それに尋ねるステラだ。そして零士は、視界に捉えた人物に対して名前を言った。

 

 

「………橘」

 

「え? ナツミ様」

 

 

零士の言葉に反応したステラとミントの二人は後ろを振り向くと、そこには一人の少女が居た。橘 夏美。昨日、衰弱して医務室に連れて行かれた少女である。

 

 

「貴方は篠宮君?」

 

 

そして夏美も、零士達の声が聞こえたのか、こちらにというより、零士に視線を向けていた。すると、ゆっくりとまるで大和撫子のように歩いてきて、零士の前に立つと頭を下げた。突然の事に驚いた彼だが、次に放たれた言葉に納得する。

 

 

「私達を助けてくださって、ありがとうございます」

 

 

それは感謝の礼だ。綺麗に腰を曲げて感謝の気持ちを伝える夏美。それに少し照れた零士はなんでもないかのように言った。

 

 

「別にそれは良いって、先生達にいっぱい感謝されたからな。それと橘、もう歩いて大丈夫なのか?」

 

「はい。その事でしたら、完治しております。これも彩さんのお陰です」

 

 

そう言って微笑むと零士も納得した。確かに、彩の魔法なら完治するだろう。しかし零士は心配だった。

 

 

「だけど、治ったからって無茶するなよ橘」

 

「ふふ、優しいんですね篠宮君」

 

「クラスメイトなんだから、心配するのは当然だろ」

 

 

笑みを浮かべる夏美に、彼は少し肩を竦める。と、そこで零士は一人である彼女にある提案をする。

 

 

「そうだ橘。今、俺達、城下町を回ってたんだけどお前も来るか。暇ならだけど」

 

「え? 私もですか。良いんですか」

 

 

そんな事を聞いてくる夏美に、零士達は頷く。それに彼女は口を開く。

 

 

「それでは、私も参加させてもらいます」

 

「ま、といってももう殆どの所は見ちまったからな、後はただ城下町を歩くだけだぞ」

 

「私はそれでも構いませんよ」

 

 

また改めて見直すと日が暮れる。だから、城下町を散歩するだけという発言に、彼女はそれでも良いと頷いた。

 

 

「よし、じゃあ行くか。ステラ、案内頼むな」

 

「はい、私に任せて下さい」

 

「ステラさんが案内をするのですか?」

 

 

自慢げに豊満な胸を張るステラに、案内をするのがステラと分かると夏美が尋ねた。それにそうですと答える彼女に、夏美は色々と城下町の良い所を聞いて行き、その後ろにミントが黙って着いてくる。そんな後ろのガールズトークを聞きながら、少し肩身が狭い思いをして、足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

すっかりと、夏美とステラは会話に花を咲かせていた。そんな彼女達の後ろに零士とミントが歩いている。零士達は城下町の方に戻っており、色々な所を見て回っていた。時折、ステラが紹介する露店に寄っては買い食いをしている。皇女なのに買い食いは良いのだろうか? と思っても零士は口には出さない。そんな彼の隣ではミントが、買い食いをしているステラに鋭さを込めた視線を向けていた。

 

 

やはり、自分の主が買い食いをしているのは見過ごせないのか。だが、それでも諌めないのは、前で楽しそうに夏美と話しているのを邪魔をしたくないのだろう。同じ女同士の方が話が進むのか、二人は笑みを浮かべている。しかも、素の姿でだ。まぁ、最初は夏美も驚いていたが、すぐに受け入れた。なんか、物寂しくなるが、ステラの笑顔を見ると自分も微笑ましそうに笑みを浮かべてしまう。

 

 

その零士の笑みは、まるで子供の成長を見守る親そのものである。彼の笑みに隣に居たミントは眼を見開いていた。齢十七の少年が浮かべる笑みではない。それは長い年月を生きた者の暖かな微笑みだった。その事にミントは驚いていた。一体如何して、その年齢でそういう風に笑えるのかと。と、同時に少年の眼にはまるで、この光景に対して憧れを抱いている様に彼女は感じて首を傾げた。

 

 

すると、いきなり彼の視線が変わった。優しい眼から鋭利のように鋭く。その突然の変化にミントは驚き、彼の視線の先を負って納得する。零士達四人から前方数メートル離れた場所にローブで完全に顔を隠している者が居た。だが、その身長からまだ幼い子供だという事が分かる。しかし、零士が気にしたのはそこではない。ローブを着た子供?は、ふらふらと歩きながら歩いてくる人達にぶつかっていた。そんな姿のローブの手を零士は、凝視していた。

 

 

「………あれは」

 

 

ポツリと隣に居るミントが呟く。恐らく、彼女も気付いたのだろう。あのローブがなにをやっているのかを。そしてローブはふらふらと、徐々にこちらに近付いて来た。それにミントが眉を寄せて自身のスカートの中に手を入れようとして、そこで零士に手で制された。その事に何故止めるのかと、視線で問い掛けると、彼は笑みを浮かべる。まるで、俺に任せろという風に。それに彼女は訝しむが、零士は返事を待たずに歩き出した。

 

 

「レイジ様? 如何したのですか」

 

「………篠宮君?」

 

 

零士がステラと夏美の前に出た事に二人は如何かしたのかと、疑問を口にする。しかし、彼は答えずに彼女達を置いて早足で歩いて行った。その事に顔を見合わせる彼女達である。

 

 

ステラと夏美を置いて歩いた零士は、少しずつローブとの距離を縮めて行く。三メートル、二メートルと徐々に近くなる零士とローブ。そして彼とローブはなにをするでもなく、お互いにその隣を通り過ぎた。はたから見てもなにも起きていない。しかし、ローブだけは気付いた。いや、分かったのだろう。

 

 

「やんちゃも程々にしとけよ」

 

「ーーーーーッ⁉︎」

 

 

後ろから聞こえる少年の声に、ローブが勢い良く振り向けば、そこには笑みを浮かべて、右手に幾つもの巾着があった。その事に驚愕したローブは、急いで足の向きを変えて逃げようと動く。だが、その動作を始めようとした時には零士が、ローブの隣に居た。それによりいっそうに驚きを露わにするローブだ。そして彼はローブの体を手で掴むと肩に抱える。

 

 

「く、くそッ離せよ‼︎」

 

「はいはい。悪い事したらいけないって習わなかったのか」

 

 

そこで初めてローブが言葉を放った。声音からして、まだ声変わりもしていない子供だろう。零士は顔を隠しているフードに手を掛けて、剥がす。パサリとフードが脱げて、露わになる顔。少し黒ずんだ茶髪の髪に幼い顔、まだ二桁にもなっていないであろう子供だ。子供は零士の腕から逃げようとジタバタと暴れるが、ビクともしない。

 

 

「れ、レイジ様。一体如何したのですか」

 

「篠宮君。如何していきなりその子供を捕まえたの」

 

 

子供を担ぐ零士に、事情を知らない二人はそう問い掛ける。はっきり言って、今の零士の姿は子供に乱暴する少年にしか見えない。そんな彼女達の問いに零士ではなく、ミントが答えた。

 

 

「その子供はスリです」

 

「え⁉︎ スリというのは、あのスリですか」

 

「はい、そのスリで間違いありません。レイジ様はスリに気付いて、捕まえたのです」

 

「篠宮君が、ですか?」

 

 

ミントの説明に驚く少女達だ。こんな子供がスリをするとは思えなかったのだ。それ程に幼かったからである。そして子供を捕まえた零士にミントが尋ねた。

 

 

「それにしても、良くお気付きになりましたね」

 

「まぁな、前にちょっとな」

 

 

ミントの質問にはぐらかす零士。彼は前の事を思い出した。あの時は、よくスリに会い全財産がなくなったものだ。今となっては、良い思い出である。こうして、経験が手に入れられたのだから。しみじみと、あのスリ共は手強かったと彼は頷いた。と、零士が担いでいたスリの子供が叫び出した。

 

 

「いい加減に離しやがれぇ‼︎」

 

「はぁ、離す訳ないだろ。自分がなにやったのか分かるか? スリは犯罪だぞ」

 

「う、うるせぇ‼︎ 俺は悪くねぇ、盗られる方が悪いんだよっ」

 

「出たよ。スリの意味分からない言い分」

 

 

半ば分かっていた答えに、実際言われるとため息しか出て来ない。大抵のスリは、というか殆どのスリを捕まえて、聞くと九割の確率でこの謎の言い分が出て来る。自分は悪くない。盗まれる方が悪い。全くもって意味が分からない言い分である。盗まれる方が悪いと言うが、何処の世界にいきなり懐に手を入れて盗む存在に気付く奴が居るのか。いや、鍛えている者なら何人かは気付くだろう。

 

 

しかし、一般人に気付けという方が無理がある。しかも周りに大勢の人が居れば尚更だ。このスリの言葉は、武術の達人とただの一般人を戦わせて、誤って殺してしまい『俺は悪くない。殺される方が悪い』という理不尽さと同義である。

 

 

「盗みは良くないと思いますよ」

 

「そうですよ。いけない事です」

 

「ッ⁉︎ う、うるせぇよ‼︎」

 

 

ステラと夏美が担がれている子供にそう言うと、二人の顔を視界に入れて一瞬、その顔に見惚れ頬を染める。そしてハッと我に戻り叫んだ。だが、そんな子供に零士は脅しを込めて口を開く。

 

 

「良いのか、そんな事言って。お前はスリをしたんだぞ? このまま憲兵に差し出されても、仕方がない状況って分かってるか」

 

「…………うっ」

 

 

そうスリは犯罪だ。憲兵に突き出されれば、罰が待っているだろう。子供はそれを想像して顔を青褪めた。そして子供は沈黙して、数秒後口を開いた。

 

 

「…………ごめんなさい」

 

「謝って許して貰えると思ってるのか。お前がやった事は犯罪なんだぞ」

 

「本当に、ごめんなさい」

 

「だから、謝っても許される事じゃないだろ。もう良いや、早く憲兵に引き渡してこよう」

 

「…………ッ⁉︎」

 

 

零士の容赦ない言葉に体を震わす子供。それに対して、ステラと夏美が声を掛けた。

 

 

「レイジ様。もうそれぐらいにしても」

 

「そうですよ篠宮君。もうその子も謝っている事ですし」

 

 

もう良いのではないかと言う彼女達だ。その後ろではミントがまるで見定めるような視線を向けている。

 

 

「ステラ、橘。言葉ではなんとでも言えるんだ。今謝って、解放しても、本当にスリをやめると思ってるのか」

 

「そ、それは」

 

 

そう言葉ではなんとでも言える。ここでもし、その言葉を信用して解放しても、この輩は同じ事を繰り返すのだ。それを零士は知っている。そんな彼の指摘に二人も口を噤む。

 

 

「さて、憲兵に引き渡すとするか」

 

 

そして零士は、憲兵が居る場所にへと足を進めようとした。すると、子供が眼に涙を浮かべて言った。

 

 

「ご、ごめんなさい‼︎ 本当にもうしません。許して下さい、憲兵に突き出さないで、なんでも言う事を聞きますから‼︎」

 

「…………よし、分かった」

 

「だ、だから……へ?」

 

 

なりふり構わない子供の謝罪。それに零士は簡単に許した。対して意図も簡単に許された事に呆気に取られる子供だ。その光景を見ていたステラと夏美、ミントも眼を点にしていた。未だに呆気に取られている子供を、ゆっくりと下ろすと零士は頭を撫でた。

 

 

「じゃあ、君の家に連れてってくれないか」

 

「…………え?」

 

「だって、なんでも言う事を聞くんだろ?」

 

「で、でもそれは」

 

「しょうがない。やっぱりけんぺ「わ、分かったよ‼︎ 連れてくから」よし、じゃあ連れてってくれ」

 

 

自分の家に零士達を招くのに言い淀む子供は、零士の次の発言にそう言ってしまった。それに笑みを浮かべる零士。

 

 

「あ、あのレイジ様。何故、そのような頼みを?」

 

「あぁ、それは行ってみれば分かるよステラ」

 

 

ステラが夏美、ミントの代表として、何故そんな事を言ったのかと尋ねると、彼は行けば分かると口にした。

 

 

「と、そうだ。俺はこの金を返してくるから。ステラ達はその子を見張っててくれ」

 

「はい。承りましたレイジ様」

 

 

ミントが頷くのを確認してから、零士は盗られた人達に金を返しに歩き出す。そして考えるのは、あの子供の事だ。手で触って担いだ時に気付いた。いや、隠していたが、最初に見た時には分かっていた。それが担いで確信に変わっただけだ。子供の体には幾つもの痣や傷があった。それも遊びや転んだ程度では出来ない程の傷ばかりが。あれは、暴行によって作られた傷だ。一体、誰が付けた傷なのかは分からない。それでも、とギリッと右手を強く握り締める。

 

 

(隠してはいたが、あの子の体はボロボロだ。それにあの汚さは、恐らくスラム街の子だろうな。だけどーーーどんな理由があるかは知らないが、まだ十代にもなっていない子供に暴力を振るうなんざ、許せる訳がねぇよな)

 

 

子供は笑って遊ぶのが仕事だ。それなのに、あの子の顔は常に曇っていた。もしも、犯人が分かれば。殺しはしないが、痛い目にあってもらおうか。零士は静かに怒りの火を宿して、歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




近頃、仕事が忙し過ぎる。帰って来ても、執筆出来ずに眠ってしまう。


さて、次回。第七話 孤児院の騒動。お楽しみに。因みに、このサブタイトルは変わるかも知れません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。