夕食をクラスの皆と共に食べ終わった頃、零士達全員は団長であるジークに呼ばれて、王城内にある修練場に集まっていた。誰も呼ばれた理由が分からないのか、ジークを待ちながらざわざわと呼ばれた理由がなんなのか親しい人間と話している。その中には、一人で立つ零士に蔑みの視線を向ける者達が少なからず居た。
(うんうん。分かるぞ。お前らのその気持ち)
最早、慣れた零士にとっては、その視線は気にならず、寧ろそんな視線を向けてくる相手に対して納得するように内心で頷いていた。人間というものは、自分に力があると分かると途端に、自分よりも下。つまりは、弱者を見下し蔑んだりする。この弱者というのは勿論、ここでは魔力が欠片も無い零士の事である。まぁ、力があっても見下さず蔑みの視線を向けない者も少なからず居るが。このクラスでもそんな蔑みの視線を向けているのは、数名の男子生徒だけだ。
その男子生徒達の気持ちを、零士は理解していた。簡単に言えば、彼等は自身の力に慢心しているのだ。訓練で自分が秀でて強い事が分かった事に、今だに実戦の経験を体験した事はないにも関わらず、彼等はこの世界でも強者に入っていると勘違いしている。これは国の外を知らないのが原因だ。狭い世界しか見ていないが故に付いた慢心。零士はそんな輩を何人も見た事があるからこそ、彼等の気持ちが分かるのだ。慢心とは力を持たない者が、力を手に入れた時に誰しもが通る道。
なにを隠そう零士も一度だけ、慢心した事がある。その時は近くに居た戦い方を師事していた女性に、二度と慢心を起こさないようにボロカスに全身を思いっきり殴られたが。もう思い出したくもない記憶だ。慢心はするな。少しでも慢心があれば、自分よりも格下にやられる可能性があると知れっ‼︎ そんな女性の言葉を少年は思い出しクスッと笑みを浮かべた。
(分かってるよ。俺はもう慢心はしない)
紅蓮の如く燃えるような髪を持つ女性を思い出して、胸中で呟く。戦場では慢心すれば命取りだ。この教えられた教訓は
「よう、待たせちまったなお前等‼︎」
豪快に笑いながら現れたジークは、歩いてくる。その後ろにはステラも付いていた。そして集まった全員の前にジークが足を止めると、明日の予定を切り出した。
「さて、お前等を呼んだ理由は。明日実戦を行ってもらう」
「実戦ですか?」
ジークのその言葉に周りがざわめき立ち、一人の少女が手を上げて聞いた。
「大丈夫だ。明日の実戦はもしもの為に、俺達騎士団が護衛をする。だから、お前等は心配せずに実戦経験を積んでこい」
「戦うといっても、なにと戦うのぉ?」
実戦をするのは分かったが、なにと戦うのかは分からないと手を上げて那月が聞いた。
「あぁ、それならこのエルステイン皇国近くにある森林。そこに生息する魔物と戦ってもらう」
魔物という言葉に心配になる生徒(主に女生徒)。騎士団という護衛があるのは、分かるがそれでも平和な国から来た彼女達はもしもを想像して楽観視出来なかった。中には、戦闘能力を持たない女生徒が何人か居るのだ。だが、そんな生徒達が居るとも知れずに、この男は前に出た。
「分かりましたジークさん。僕もこの一ヶ月の訓練の成果を確かめたかった所です」
「よし、そうと決まれば、明日は早い。お前等、早く寝ろよ」
『はい‼︎』という煌崎達の返事に、ジークは頷いてその場から離れて行った。そしてジークが居なくなった後に、男子達は明日が楽しみなのか隣に居る友人と話し合い始める。その表情にあるのは、手に入れた力を早く試したいと言わんばかりの子供の顔だ。対して、女子生徒達の方は、明日の事で連携の話を皆でしている。それを後ろから見ていた零士は、
「う〜ん、見事に男子と女子で二つに別れたな」
明日の実戦をまるで遊び感覚のように友人と話し合う男子生徒達。対して実戦の危険性を知り、無事に終わらせるように作戦を考える女子生徒達。果たしてこの状況を見て利口だと、思うのはどちらだろうか? そこまで思考して、苦笑してから考えるまでもないなと一つ呟く。断然、後者の方が利口だ。担任教師である柚木先生も含めて、彼女達は実戦の危険性を理解している。それに比べて男子達の方はと見て、呆れるしかない。実戦を遊びか何かと勘違いしているのではないか?
そう思ってしまう。すると、男子生徒達の方に視線を向けていた零士は、そこから少し離れている一人の男子に眼が止まった。彼は明日の事で楽しそうに話す会話に参加せずに、ただ眺めているだけだった。と、その男子もこちらの視線に気付いたのか眼を向けるとこっちに歩いてきた。その事に生徒限定コミュ症を発揮した零士はテンパる。
(え、え? な、なんでこっちに来るんだ⁉︎ な、なんて話かければ良いんだよ⁉︎)
何時も通りに話題を探す作業をする零士だ。そして目の前に来ると、その男子は手を上げた。
「よっ、お前もあいつらに呆れて離れて見てたのか?」
「え? お前も?」
「あぁ、そうだよ。だってよぉ、実戦だろ? 最初は魔法とか使えて興奮したけどよ、流石に実戦と聞いてあそこまで楽観視は出来ねぇわ」
その発言に零士は、改めてその男子生徒を見た。赤みがかった茶髪に黒眼をした少年。これまたフツメンの零士とは違いイケメンである。だが、この生徒は実戦がどう言った事かを正しく理解している。それだけで、他の男子とは違うと分かった。
「お前、名前は?」
「は? おいひでぇな、おんなじクラスなのに名前も知らねぇのかよ。ったく………御手洗だ。
「そうか。よろしくな御手洗」
「和樹で良いぞ篠宮」
「んじゃ、俺も零士で良い」
そう言って二人は握手した。こうして、零士は初めての友人が出来たのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
早くも翌日。零士は昨日知り合い、そして珍しくコミュ症でテンパる事もなく、会話を楽しんだ初の友人である和樹と共に、王城の門の前に居た。如何やら和樹とは馬が合うらしく、大分仲が良くなった。
「…………ふわぁ〜」
「ん? 如何した零士。寝不足か」
「まぁな、そんな所だ」
「おいおい、しっかりしてくれよ。お前は俺のパートナーなんだからよ」
「分かってるよ。実戦になったら気を引き締めるさ」
本当かよぉ、と横で心配する和樹に零士は、寝不足になった原因に恥ずかしくなる。これまであった出来事の所為で、友人が全く出来ずコミュ症になった彼が、和樹という初めての友人が出来て興奮のし過ぎで眠れなかったのである。今でも浮かべそうになる笑みを必死に堪えているのだ。はっきり言おう何処の乙女だと。零士のその態度は正しく、好きな男子と仲良くなり、明日が楽しみで眠れずにいた乙女そのものの反応である。自分でもまさか、友人を一人作るだけでこうなるとは思えなかった。そして、ふと思ってしまった。
果たして自分は何時頃から、友達が居なかったのかと。確か事件に巻き込まれたのが、中学一年の終盤から、それ以降現在の高校二年生まで巻き込まれ続けて………そこまで考えてガックリと肩を落とす。
(そうか。俺は四年も友達が居なかったのか)
「お、おい零士如何した? いきなり落ち込んだりして」
どんよりとした雰囲気を突然に放ち始めた零士に、和樹は戸惑いながらも声をかける事しか出来ない。百面相する零士に少し顔が引きつっていた。だが、すぐに持ち直した零士は平気だと和樹に伝えてから、目の前を見た。
そこではジークが門の前で、実戦訓練に付いて説明をしている。先ずは二人一組を作る事だ。クラスメイトの人数は全員で三十五名、教師である柚木先生が入れば三十六人となり、二人一組が作れるようになる。そして肝心の実戦訓練だが、これは二人一組となって魔物が闊歩する森林の先にある湖に行き、引き返して戻ってくれば訓練は終了との事だ。
「そして最後に、どんな方法をとっても構わない。戻ってさえくればな。なぁに大丈夫だ。俺達も離れては居るが、すぐに危険と判断すれば向かう」
以上だっ‼︎ とでかい声で言葉を切った。なんでも彼等騎士団は、離れた場所から遠くを見る事が出来る魔法を使って、確認するのだという。それに少し不安になる零士だ。そして門から出て城下町を歩くと、周りの住民からの応援の声が聞こえた。やはり、彼等にとって勇者とは希望の象徴なのだ。そのまま皇国の門を潜り抜け、初めての国外に出た。
目の前に広がるのは草木が薫る草原だ。時折吹く風が全身を撫でる。その元居た日本では中々お目にかかれない、人に手をつけられていない自然に感嘆な声を漏らす。そうしていると、森林が見えて来て、その前に立ち止まる。ジークが零士達の方に向き直ると、そこには何時も浮かべている笑顔などなく、真剣な顔があった。
「ここが、お前等の入る事になる『
『
「そして最後に言っておく事がある。この森林の中には『幻獣』であるユニコーンが存在する。いいか、もしもユニコーンを見付けても、攻撃などするなよ」
念を押すようにジークは言葉を紡いだ。『幻獣』と呼ばれる生き物は総じて強い力を持つ。その中でも『幻獣』の下級であるユニコーンは大人しく、攻撃さえされなければ、何もしない。だが、一度攻撃をしてしまえば、そこらの魔物など一蹴する力が向けられるのだ。下級とは言え『幻獣』はそれ程までに強い。そして『幻獣』の中で最強と言われるのが勿論、竜である。そんな『幻獣』だが、如何やらユニコーンは、この森林を良く好んで来るのだとか。そこまで言ったジークは最後に、表情に笑みを浮かべて叫んだ。
「よし、それじゃ実戦訓練を開始するっ‼︎」
そう叫ぶと、生徒達は森林の中に入って行った。それを見ていた零士と和樹は、冷静に歩き出した。
「んじゃ、俺達も行くか和樹」
「おう‼︎」
そうして二人の少年も後に続いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『聖天の森林』。その中心地にある湖では、数頭のユニコーンが水を飲んでいた。この森林の湖は、ユニコーンが好む成分が含まれている。そして今日も何時もと変わらず、一頭のユニコーンが水を飲んでいた。そう今日が何時もと変わらなければ。
ーーーベチャッ‼︎
すると、上空からソレは落ちて来た。ドス黒くドロドロとしたソレは、ズルズルと地を這う。その黒い物体が気になったのか、水を飲んでいたユニコーンが近付いていき、鼻で匂いを
『ーーーーッッッ⁉︎』
ドロドロとしたソレは、突如、膨れ上がりユニコーンの体を包み込んだ。ユニコーンは必死に暴れて、纏わり付くソレを引き剥がそうとするが、剥がれる事はなく徐々にユニコーンの全身が侵食されていく。どんなに、もがこうともソレが剥がれる事はない。そんな異常事態に、漸く他のユニコーンも気付いたのか、視線を向けた。そこには黒い『ナニカ』がユニコーンを飲み込んでいる光景があった。同胞が襲われている事に、驚愕した彼等だが、助け出そうと近付いて行ったその時。
ザシュッ‼︎ となにかが貫く音が湖畔に響いた。次いで響くのは一頭のユニコーンの叫び声だ。
近付いたユニコーンの内一頭には、捻れた角が刺されていた。鮮血が地を汚す。なにが起きたか分からない彼は、視線を前方に向けると、眼を見開いた。そこには黒いユニコーンが居た。血の如く染まる紅い瞳をこちらに向け、まるで仇を相手にしているような憎悪の篭った形相を向けている。時折、黒く染まった体表が、ぶくぶくっと泡立つ。そしてーーー
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーッッッ‼︎』
咆哮を上げた。衝撃波が伴う程の咆哮は、周りに居た同胞を意図も容易く吹き飛ばす。瞬間。黒いユニコーンは刺さっている仲間を見て、
ブルルルと黒いユニコーンは、横たわる同胞に紅い視線を向けると、右前足を上げて、頭を踏み砕いた。
『GURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ』
勝利の雄叫びを放った。その異常な仲間の姿に、吹き飛ばされた彼等は恐怖を覚え、背を向けて逃げ出した。そんな彼等を追い掛けもせず、立ち止まる。すると、ボコッとユニコーンの頭から目玉のような物が飛び出た。その目玉はギョロギョロと
ーーー勇者を殺せ。
黒いユニコーンの脳裏に、そんな負を込められた言葉が響いた。その言葉に従うように、ユニコーンは目玉が向けた方向に足を進める。この出来事は零士達が森林に入る数十分前に起きた事だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
森林に入ってから、まだ魔物に遭遇せずに零士達は歩いていた。横に居る和樹は魔物が出て来ない事に安堵の息を吐いている。それを横眼で確認した零士は苦笑した。
「そんなに固くなるなよ。もしもの時に力が発揮出来ないぞ」
「そうは言ってもなぁ。怖いもんは怖いんだから、しょうがねぇだろ。ってか、本当に魔物出んのかここ? まだ一匹も会ってないぞ」
情けない事を言った和樹は、辺りを見渡してからそう口にした。零士もその事に眉根を寄せている。この森林に入ってから暫く経つが、流石に魔物と一体も遭遇しないのは可笑しいのだ。この森林は魔物が多く徘徊すると、ジークから事前に聞いているこっちとしては不自然だ。そんな事を考えていると、和樹が零士に向けて、心配そうな視線を向けて来た。
「それにしても、零士は大丈夫なのか?」
「ん? なにがだ?」
「いや、なにがだじゃなくて。お前、魔法が使えないんだろ。もしも魔物が来た時は大丈夫なのかよ」
「あぁ、そんな事か。それなら安心しろ。ちゃんと武器はあるからな」
和樹がなにを心配していたのかを理解した零士は、自分の左腰に下げている兵士から支給された剣を見せる。武器があるから平気だと言う零士だが、それでも和樹は心配で仕方がなかった。何故なら魔法を教わっていた時に、魔法を使える者と使えない者の差をこれでもかと教えられたのだ。心配するなと言う方が無理だ。その和樹の感情が、分かったのか零士は笑う。
「和樹。俺は本当に大丈夫だ。それにいざとなれば、全力で逃げるしな。逃げ足には自身があるんだよ俺」
「なんだよそれ」
少しおちゃらけた風に喋れば、和樹も笑みを浮かべて言葉を返す。そこから会話をしながら森林を歩いていく。だが、確かに和樹が心配するのは当たり前だ。少しでも訓練を受けた者なら、この実戦訓練は不思議ではない。しかし、零士はこの世界に召喚されて一ヶ月。一度たりとも訓練に参加せず情報収集に励んでいたのだ。それなのに、何故、訓練を受けていない自分も駆り出されたのか。とはいえ、もう分かり切っている事だ。
恐らくは誰かが、魔力がなく戦う事が出来ない落ちこぼれである零士を、実戦に参加させてあわよくば魔物によって殺されるのを望んでいるのだろう。それだけ魔力なしは忌み嫌われているのだから。だが、それには理解出来るが二人一組にする事はなかっただろう、と呆れてしまう。自分の組んだ和樹も危険な眼に合うかもしれない。そう思うと、和樹を全力で守ろうと少年は誓った。と、そんな時だった。零士の全身を寒気が走った。
「…………ッ⁉︎」
「如何した? 零士」
突然立ち止まった零士に、首を傾げる和樹だが、疑問を返す事はなかった。零士は全神経を集中させる。感覚を研ぎ澄ませて行く。その超人的なまでの集中力が、ある音を拾った。ここから大分離れた場所からの戦闘音だ。はぁはぁ、という荒い息と複数人の逃げるような足音。そしてその背後から迫る荒々しい咆哮。そこまで聞こえた零士は、声の方に足を向けて駆け出した。
「お、おい零士‼︎ 如何したんだよ⁉︎」
「和樹‼︎ 誰かが襲われてる。助けにいかないと」
「なっ⁉︎ それは本当かよ」
零士のその言葉に、眼を見開く和樹は、しかし頭を掻いてから、「俺も行くぞ」と後ろを走って付いてきた。それに笑みを浮かべる零士だ。普通ならいきなり、こんな突拍子もない事を言う奴に信じる者は居ない。だが、和樹は零士が言った事が嘘ではないと信じてくれたのだ。その事が嬉しくなる。そして零士は、研ぎ澄まされた聴覚を頼りに、襲われているであろう場所に向かって行った。
零士達から離れた場所に、六人の少女と女性が居た。
「いやぁ〜協力するのは楽だねぇ」
「那月。真面目にやりなさいよ」
「えぇ〜でも少しは楽しみたいじゃん。翡翠だって、こんな綺麗な森を走り回りたいと思わないの」
実戦訓練中にも関わらず、森の中を楽しそうに歩く那月の不真面目な態度に翡翠が注意するが、那月が口を尖らせて返した。彼女達が集まっているのには理由があった。それは無事に実戦を終わらせる為である。女子達全員は、この森林に入った後、もう一度集まる事を決めていたのだ。そして集まった彼女達は、五人か六人で連携が上手く取れる者と再度組み始めたのである。それで出来たのが、那月、翡翠、夏美、渚、柚木、彩の六人一組だ。
今彼女達は、何処から魔物が来ても良いように警戒をして進んでいた。なのだが、全くといって良い程に魔物が現れずに、元来活発な那月が痺れを切らしたのだ。それに続いて那月同様に活発な渚も、「わぁ、凄いね夏美‼︎ 綺麗だよ」と隣に居る夏実に話し掛け森林を楽しんでいるしまつだ。その事にはぁ、と一番後ろに居た柚木はため息を吐いた。
「しかし、如何いう事だ。ジークさんが言うには、この森には魔物が多い筈だが」
「…………少し変」
「長谷部? 変とはなにがだ」
「…………分からない。だけど………なにか変」
不穏な事を口にする彩だが、なにが如何可笑しいのかが分からないようで、その無表情の顔を真っ直ぐ向けていた。まるで、そこになにかあるかのように。柚木はそんな彩の言葉を無視出来なかった。国外に出たのは初めてだが、少しばかりこの世界の知識を頭に入れた彼女でも、この出来事が只事ではない事に気付いていた。それだけ魔物は多いのだ。数万以上の冒険者達が食い扶持に困らない程に。だからこそ、気になる。今、この森では良くない事が起こっているのではないか?
そんな事を考えてしまえば、しまう程に柚木は悪い方向に持って行かれる。これは行けない。一旦、引き返そうと柚木が五人に声を掛けようとした瞬間。
「ッ⁉︎ 皆さん危ないですっ‼︎」
『ーーーーッ⁉︎』
橘 夏美から、焦ったような声が上げられた。彼女はとある魔法が得意だった。無属性魔法に数えられるそれは、『危険察知魔法』と呼ばれるものだ。通常の『危険察知魔法』は、そこまで優れた魔法ではない。しかし、夏美はこの魔法に異常なまでの適性値を叩き出した。そんな彼女がこの魔法を発動している時、自分と周囲に居る対象に未来予知に迫る程の察知が可能になっていたのだ。
夏美が叫んだ数秒後に、前方から黒い閃光が襲った。夏美の言葉があった彼女達は、その閃光に対して冷静に対処する。彩が右腕を前に突き出して、体にある魔力を練り始める。
「…………守護せよ『五層障壁』」
一節の詠唱に関わらず、使われたのは上級魔法だ。彼女達の周りに障壁が五層展開される。そして閃光と衝突した。ギギギギギギギギギッッッッ‼︎ と鬩ぎ合う音を鳴らし、一層目が突き破り二層三層と破壊して行くが、四層目を突き破って閃光は消えた。その光景を見ていた柚木は、横に居る彩に礼を言った。
「助かった長谷部」
「……………」
だが、彩は返事を返す事はなく、視線を閃光が放たれた場所に向けられ、彼女はいや全員が眼を見開いた。そこに居たのは一頭の馬だ。全身が身も毛もよだつ黒に塗り潰され、額からは天に向かって伸びる捻れた角が生えている。瞳は血のように赤く紅い。その姿に柚木や彩は本で見た事があった。この森林に入る前にジークが言っていた『幻獣』。
紛れもないユニコーンであった。
「え? あ、あれってジークさんが言ってたユニコーンだよね⁉︎」
「はい、恐らくは。ですが、少し様子が変ですね」
渚が目の前の黒いユニコーンに指を差して、聞けば夏美が返答した。彼女達もユニコーンの事は柚木や彩から聞いて姿形は聞いていたのだ。だが、温厚である筈のユニコーンの様子が可笑しい。そんな彼女達の視線に、ユニコーンは紅い瞳をギラギラとさせてこちらに向けた瞬間。
「…………ッッッ⁉︎」
夏美の『危険察知魔法』が発動した。脳裏に過るのは、次の瞬間に自分達が食い殺されている映像だった。なにかを理解する前に自分達は殺された。喉から込み上げてくる吐き気を口に手で抑える事によって、我慢してへたり込む。まだ異世界に来て一ヶ月。そんな彼女が捉えたのは明確な死の危険だ。こうなるのは無理もなかった。突然にへたり込んだ彼女に驚いた渚は、慌てて近付いた。
「だ、大丈夫⁉︎ 夏美ちゃん‼︎」
「だ、駄目……です。早く……逃げ……ないと」
近付いてきた渚の裾を掴んで、あのユニコーンの危険性を告げる。そんな彼女に柚木は、もう一度ユニコーンに視線を向けた。恐らくはなにかの危険を察知したのだろう。しかし、一体どんな危険を察知すれば、全身から汗が流れ、衰弱するのか。そこまで考えて柚木はすぐに全員に向けて声を上げた。
「一時撤退だ。あのユニコーンから、全力で逃げるんだ‼︎」
『はい‼︎』
柚木の指示に誰も意を唱えなかった。何故なら全員が夏美の反応に、異常だと理解したからである。そして柚木がへたり込む夏美を背負い、全身に魔力強化を施すと、全員で一斉に自分達が歩いてきた道に全力で逃げるのだった。
その場に残されたユニコーンは、逃げる獲物に視線を向けて口の端を上げて行く。それは今から行うであろう狩りが楽しみでしょうがない歪んだ笑みだ。そしてーーー
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーッッッ‼︎』
雄叫びを上げてからゆっくりと歩き始めた。逃げて行った獲物達を痛ぶって、遊ぶようにゆっくりと追い始める。死の鬼ごっこの始まりだ。
さて、異形と化したユニコーンがヒロイン達と出会いました。あの黒い物体はなんなのか⁉︎
それと橘 夏美は後々に『危険察知魔法』を最大限に利用してとんでもなく強くなる予定です。
最後に魔法と魔法名を募集しています。なにか良いのがあれば、感想にお願いします。
くっ⁉︎ 魔法の名前を考えるのが難しい。