もう異世界は懲り懲りだ⁉︎   作:葛城 大河

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主人公の持つ武器と戦闘を教えて人物が少し出ます。


第二話 訓練と出会い

夢を見る。まだ戦う術を持たなかった自分が、師匠と呼ぶ女性から全ての事を叩き込まれた夢を。

 

 

夢を見る。魔力を持たない自分が、一つの剣をその手に持ち戦場を駆け抜ける夢を。

 

 

夢を見る。強大で、世界を支配していた化け物を相手に極光の剣を振り下ろす夢を。

 

 

幾つもの夢を見る。それは全て実際に体験(・・)した光景。最初は戸惑い、しかし徐々に慣れて行き、見ず知らずの女性に助けてもらい戦い方を教えてもらった。一生忘れる事はないであろう。冒険の数々。時には国から追い出され、仲間にも裏切られたりした。それでも元の世界に戻る為に死に物狂いで、必死に戦い方を覚えた。それが最初の色濃く残る記憶。

 

 

数々の出会いと別れを繰り返し、元の帰るべき場所に戻る為に幾つもの世界を、自分の魂に刻まれた聖剣と共に救ったのだ。全ては平穏の為に、全ては日常を送る為だけに。それだけを考えて、彼は異世界の大地を走り抜けた。今でも覚えている。今までに起こった出来事の全てを。忘れる筈がない記憶。

 

 

そしてまた夢を見る。今度は実際にあった光景ではなく、もしも普通に学生生活をしていたらという、あったかもしれない夢。そんな夢を見て、そこで少年は眼を開いた。

 

 

「……………」

 

 

窓から入る朝日が眩しく、つい眼を細める。上体を起こして、伸びをした。寝起きの欠伸を一つしてから、飛び跳ねている黒髪をポリポリと掻くと、部屋を見渡す。そこは何時もの自分の部屋ではなく、一人で住むにしては大きく金が大量に使われていそうな部屋だった。

 

 

「ふぅ、今日も一日頑張るとしますか」

 

 

一息吐いてから、ベットから完全に起き上がると顔を洗いに洗面所に足を向けた。こうして篠宮零士の一日が始まる。彼が、いや彼等がこの世界に召喚されてから実に丁度一週間が経っていた。

 

 

 

 

洗面所で顔を洗い終わった零士は、学生服に着替えると部屋を出て長い回廊を歩いていた。時折、通り過ぎる使用人や騎士達から、不躾な視線と、ヒソヒソ話をされるがもう慣れたものだ。如何やら零士が魔力なしだという事が、この一週間で知れ渡ってしまったらしい。まぁ、それがなんだというのか。まだ眠たいのか何度も欠伸をしていると、外から爆音が響いた。

 

 

「おぉ、今日も相変わらず元気にやってるな」

 

 

回廊から窓に歩みやり、覗き込むとそこには兵士達の訓練が見れる。この零士が居る王城には、訓練場所として広い中庭が使われる事があるのだ。その中庭では、兵士達の他に見に覚えのある制服を着た者達が居る。そう、クラスメイトだ。恐らく先程の爆音も生徒達がやったものだろう。彼、彼女等は総じて魔力が異常に高い。故に、本来は下級に分類されている魔法でも、高威力を発揮してしまうのだ。

 

 

まぁ、それは置いといて。しかしクラスの奴ら順応性が高すぎるだろ、と呆れてしまう。幾ら魔力が高く適性もあるといっても、一週間そこらで容易く魔法を使えるようになるとは、最早驚きだ。

 

 

「その中でも、やっぱりあいつらはチートだな」

 

 

そんな生徒に視線を向け、だけど別の場所に視線を移し別格だと口にする。そこには数人の男女と、その身からオーラを出している男性が居た。言わずもがな、煌崎、赤石、夏美、渚の四人だ。それ以外にも同等クラスの生徒も居るが。そんな彼等の前に立つのが、召喚された翌日に紹介された騎士団団長を務めるジーク・フロウストである。そのジークの横には、ステラ皇女も居た。

 

 

なんと彼女は、回復魔法や補助魔法の使い手で、女生徒に教えているのだとか。あんな戦いとは程遠い見た目で実は実力者という事に零士を驚かせた。

 

 

「と、呑気に見てる場合じゃねぇな」

 

 

俺も仕事仕事、と零士はその場から離れる。彼が魔力なしという事が知れて、零士は戦力外通告された。簡単に言えば、落ちこぼれは訓練の邪魔だから大人しくしていろ、だ。自分達で呼んどいて随分と身勝手な発言である。だが、その言葉は前に言われた事があるので、気にも止めていないが。まぁ、そのお陰で彼は面倒な訓練に参加しなくても良くなったのだ。こうして自由に動けるのだから、魔力なしというのも得とすら思える。まぁ、その代わりステラ以外の人達からのあたりは強いが。

 

 

そして今、零士が向かっている場所は書庫である。お役御免になった彼は、取り敢えずアールスの世界知識を集める事にしたのだ。ステラに教わっても良いのだが、人に聞いたのと自分で調べたとでは違ってくる。もしも、分からない事があれば聞けば良いのだから。最初は文字の事を心配したのだが、なんでも勇者召喚には、この世界の文字と言葉を自分達の言葉に変換する機能が付いていたらしい。

 

 

なんとも御都合主義の召喚魔法だ。そうこうしている内に、零士は書庫の前まで来ていた。書庫の扉を開けると、一面に広がるのは本だ。この国はなんでも他の国に引けを取らない程の書物があるらしい。改めて調べがいがあるなと、零士は呟き昨日の続きから本を読み始めるのだった。これが零士の何時もの一日と化していた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

兵士の訓練場所となっている中庭。そこで煌崎信也は、兵士に支給される木剣を青眼に構えて、ジーク・フロウストに体を向けていた。ジークは自分の無精髭を指で弄りながら、同じように支給された木剣を左手に持ち肩に置いている。まるで何処からでも掛かってこいというような態勢だ。それに煌崎は神経を研ぎ澄まし次の瞬間ーーー

 

 

「…………ふっ」

 

 

裂帛の息と共に、その場から姿を消した。いや、消えたのではない。異常な速度でその場から移動したのだ。それが速過ぎて、消えたように映ったに過ぎない。その速度にジークは口笛を吹く。しかし彼の眼にはちゃんとこちらに向かってくる煌崎の姿が見えていた。数メートルもの距離を物の数秒で縮めて肉薄すると、容赦やく木剣を横一閃に振るった。ブォォォンン‼︎ と風切り音を鳴らし、木剣が横腹に迫る。まだジークは動いていない。

 

 

「もらっ…………⁉︎」

 

「よっと」

 

 

当たると確信した煌崎は、しかし次の瞬間。振るった木剣は空を斬った。そして背後から聞こえてくる軽い言葉。避けられた。あのタイミングで容易く避けられた事に驚愕する煌崎だが、まだ諦めずに木剣の勢いに任せて、右足を軸に一回転する。が、ジークは軽く後方に跳ぶ事でそれを難なく躱してみせた。だが、そこで攻撃の手を緩めるつもりはない。回転を止めて、木剣を持ってない方の手で地面に手を付けると、魔力を行使した。

 

 

「土よ、我が敵を捕縛せよ『グラウンドバインド』」

 

「お? 中級の土魔法か」

 

 

ジークの足元にある地面が、まるで鎖のように変化してジークを縛ろうと襲いかかる。しかし、それを彼は左手の木剣で、叩き斬り、払い落とし、打ち落とした。その芸当に眼を見張り、全身が止まった。その一瞬が命取りだった。今度はこちらの番という風に視線を鋭くすると、煌崎に悪寒が走り抜け、やばいと直感にしたがい行動を開始するが、遅かった。

 

 

「ほいっと、俺の勝ちだな」

 

 

次の瞬間に笑みを浮かべた団長が、煌崎の喉元に木剣を添えていたのだ。それに彼は正直に敗北を認めた。

 

 

「ぼ、僕の負けです」

 

 

両手を上げて降参の姿勢を取り、尻餅を付いた。彼等がやっていたのは、実戦を想定しての訓練だ。しかし、何回戦ってもジークには勝てなかった。

 

 

「凄えな信也‼︎ なにをやってるのか、分からなかったぜっ」

 

「う、うんまぁね。でも負けちゃったよ」

 

「そうだな。だがまぁ、中々良かったぜ。ただの魔力強化で、あそこまで肉体が強化されるのは、流石の俺も驚いちまったよ」

 

 

ジークの言葉に褒められたと分かった煌崎は、照れ臭そうに頭を掻いた。魔力強化。それは魔力を持つ者が一番最初に教わる初歩中の初歩だ。全身を魔力で強化して、身体能力を上げる魔法。それが魔力強化である。そんな初歩である魔力強化で、あれ程の人間離れした動きが出来るのは、勇者の言われる膨大な魔力量があってだろう。しかも、この一週間。教えた剣技も魔法も面白いように吸収する。チラッとジークは自分の国の皇女が行っている訓練を見た。

 

 

そこでは数人の少女と、ステラが集まり回復魔法または補助魔法について聞いている。もうあの中に上級の魔法が使える者が居るのだから驚きだ。

 

 

(成長が早いなんてもんじゃねぇな。こりゃ)

 

 

自分の髭を触りながら、目の前ではしゃぐ二人に、鍛えるのが楽しくなってきたジークだった。この後、二人は地獄を見る事を知らない。

 

 

変わってステラの元に集まっている女性陣。そこにはステラを含め四人の美少女と美女教師が居る。この少女達が、この一週間で、早くも上級魔法を覚えた者達である為、こうして別々で訓練を受けているのだ。他の生徒達は、それぞれ別の兵士から訓練を教授されている。

 

 

「それでは改めて魔法のおさらいをします」

 

 

ステラは自分の話を聞く少女達と女性に視線を向けた。その場に居るのは黒原柚木、橘 夏美、椎名 渚、そして皇 翡翠(すめらぎ ひすい)早瀬那月(はやせなつき)の計五人が居た。皇 翡翠は名前と同じ翡翠色の髪と瞳をしたスタイル抜群な美少女で、早瀬那月は短髪の黒髪に、渚同様に元気はつらつな美少女だ。ただ胸が薄いのは本人も悩みの種であるとかなんとか。

 

 

それはさて置き。ステラは今までの魔法のおさらいをした。魔法には数々の属性がある。これはその属性に適性値がなければ使えない。その属性は全部で八属性。火、水、風、土、雷、闇、光そした最後に時空だ。闇と光、時空以外の属性は普通の魔導師でも適性値があれば使える。しかしその五属性以外の三つは、他の属性とは訳が違った。この三つの事を特殊属性と言われる程のものであり、その中でも時空属性はこの世界に二人しか居ないのだ。

 

 

そんな魔法属性だが、煌崎信也は時空と闇以外の属性の適性値を持っていた。それだけでも驚きなのだが、それ以上にーーー

 

 

「と、待ってくれステラ皇女」

 

「はい? なんでしょうユズキ様」

 

「いや、長谷部は居ないのか」

 

 

黒原柚木の制止の声に首を傾げて聞くと、彼女はある少女の名前を口に出した。この世界に召喚された三十数名の内の一人である少女の事を。それに那月が答えを返す。

 

 

「黒原先生、あやっちならねぇ、なんかあっちの方に行ったよぉ」

 

 

ビシッとその方向に指を伸ばす那月に、柚木はまたか、とため息を吐いた。

 

 

「恐らく彼女は書庫に居るんじゃない? 彼女、勉強熱心だから、自分で魔法の事を調べてるのよ」

 

「ですね、彩さんなら恐らくは」

 

「あははは、彩ちゃんは気になった事は自分で確かめるタイプだからねぇ」

 

 

那月の言葉に同意を示す言葉が、翡翠、夏美、渚の順で言われた。ステラもその事を、この一週間で理解しているのかなにも言わない。長谷部 彩(はせべ あや)。この世界で新しく現れた五つの属性と三つの特殊属性の全てにあり得ない適性値を叩き出した、希代の魔導師に成れる程の少女である。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

パラッと(めく)り視線を動かし、また捲る。眼を休ませず、まるで貪欲なまでに知識を頭に叩き込んで行く、見逃す部分などないように何度も読み返す。頭に叩き込め、知識は命の次に役立つ物だ。危機的状況に陥った時、知らないではすまないのだ。そんな事が起きないように、頭に詰め込まなければならない。それが、最初に彼女に教わった事なのだから。

 

 

本棚を背凭(せもた)れに胡座を付き、次々と書物をクラスメイト達には見せた事のない真剣な表情で、読破していく。零士は知っていた。知識こそが最も重要である事を。食べ物の知識がなければ、もしもサバイバルになった場合、なにを食べればいいか分からない。生物の知識がなければ、もしも遭遇した時にどう対処すれば良いか分からないのだ。だがら生き残る為に知識を付けなければならない。この世界の知識を。一心不乱に読み続けて、そしてパタンと何十冊もの本を読み終えて、零士は前に積まれている本の上に、新しく読み終えた物を置く。

 

 

「ふぅ、少し読み過ぎたな。腰と眼が痛えよ」

 

 

腰をポンポンと叩き、両眼をほぐす仕草を取る。長時間、本を読むと体が痛くなる。まぁ、目の前に積まれる何十冊の本を、同じ態勢で読めば当たり前なのだが。伸びをすると、小気味良い音が体から鳴る。そして少し休憩と言わんばかりに、そのまま横に寝っ転がった。その時だった。零士の頭がポスッと柔らかい感触を感じた。

 

 

「………ん? なんだ?」

 

 

その感触に気になった彼は、手を使ってそれを掴み握る。ふよふよ、と瑞々しく柔らかい。疑問が増していき、揉んで行くと視界の端に少女の顔が映った。

 

 

「……………え?」

 

 

そして今の現状を理解して硬直した。つまり、零士は今、少女の膝に頭を乗せている状態だ。しかも、知らなかったとはいえ、手でそのすべすべした足を触っていた。はっきり言ってこの状況は(まず)い。他の人が見れば、どういう風に見えるのか。少女の膝に頭を乗せ、足を触っている自分。敢えて言おう変態にしか見えないと。

 

 

社会的に抹殺される光景が過ぎり、零士は顔を青くすると勢いよく体を起こした。

 

 

「わ、悪い⁉︎ 隣に居るとは知らなくて⁉︎」

 

 

謝罪を口にしてそこで、漸く彼は少女の姿を視界に収めた。蒼い髪に美少女と呼ばれる程の容姿だが、その表情は感情が分からない程の無表情だ。体型はこじんまりとしており、目の前で黙々と本を読むその姿は、まるで人形のよう。パラッと少女はページを捲る。零士はその少女の事を知っていた。というのも同じクラスメイトなのだから。美少女だがその無表情で、何時も本を読んでいる姿から他クラスでは、ロボットと言われる少女。

 

 

「は、長谷部?」

 

 

長谷部 彩。それが彼女の名前だ。この世界に召喚された時に、特殊属性を含めた全ての属性の適性値を叩き出した天才と言われる少女。長谷部 彩は名前を呼ばれたからか、そのアメジスト色の瞳を零士に向けた。綺麗な紫の眼に一瞬見惚れてしまう。

 

 

「…………なに?」

 

「へ? い、いやさっきは悪かった」

 

「…………ん」

 

 

間を開けて尋ねる少女に、零士は慌てながらも再度謝る。すると、一言というよりも一文字だが、発してから本に向き直った。今のは許してくれたのだろうか。言葉少ない少女に視線を落として、教室でも余り会話しているのを見た事がないと思い出す。すると、零士は何処か同類の雰囲気を感じ取った。主にコミュ症の。彩からしてみれば、迷惑極まりないが。

 

 

(それにしても本に集中してて気付かなかったけど、まさか隣に座っていたなんてな。だけど、なんで態々、俺の隣に?)

 

 

この書庫は広い。座る所なら幾らでもあるのだ。なのに、何故そんな中から自分の隣に座ったのだろうか、と疑問を浮かべた。そして考えた結果、まぁいっかと打ち消す。だが、本を読むのを一旦休憩した身としては、隣に座る彩が気になってしまう。チラッチラッと横目で見てから、ジーと本を読む少女に零士は声を掛けた。

 

 

「えっと、長谷部は本を良く読んでる所を見かけるけど、好きなのか?」

 

「……………うん」

 

「あ、ははは。そうなのかぁ」

 

「……………」

 

 

会話終了である。如何せん会話が続かなかった。というより、そもそもなにを話題に話せば良いのかが思い浮かばない。ここに生徒限定のコミュ症が発症してしまった。考えろ、考えろ、考えろ‼︎ 話題を考えろぉ‼︎ と胸中で叫ぶ。すると、彩の方から話を振って来た。

 

 

「……………貴方も、本が好き?」

 

「え?」

 

「……………沢山、読んでたから」

 

「あ、あぁ本は良く読むからな」

 

 

彩の視線が積まれた本に行ってから、零士に向けられた。それに内心で読まないと死んでいたからなと言ってから答えた。そしてあっちから振って来た、この話題を切るものかと思い零士も聞いた。

 

 

「えっと、長谷部はどう言う本が好きなんだ?」

 

「…………色々」

 

「色々………?」

 

「……………そう。推理物、ホラー、ファンタジーとか色々読む」

 

「へぇ、そうなのか。なんか面白い本があれば教えてくれよ」

 

「……………ん、構わない」

 

 

続いて行く会話に嬉しくなる反面、本当に本が好きなんだなと、零士は思った。今も無表情で、声も変わらないのだが、本の話をしている時は何処か変わっているのが分かった。それに苦笑してから、零士は初めてのクラスメイトとの会話を楽しんで行った。そして会話をして何時間経ったのかは、分からないが、窓の外を見れば空がオレンジ色に染まっていた。そこに気付いて、随分と楽しく話したんだなと実感した。そして彩が立ち上がった。

 

 

「長谷部如何した?」

 

「…………時間」

 

「時間? 誰かと約束でもしてたのか」

 

 

もう大体、彩との会話になれたのか、そうあたりを付けて聞くと、正解だったのか彩が頷いた。それにもう会話も終わりか、と残念な気持ちになってしまう。

 

 

「そうか。じゃあな」

 

「……………うん」

 

 

そうして彩は零士に背を向けて、扉まで歩いていくと、そこで立ち止まった。気になった彼は、立ち止まった少女に聞く。

 

 

「如何した?」

 

「……………も……くる」

 

「………え?」

 

「……………明日、お気に入りの本持ってくる」

 

 

それだけをポツリと零士に告げると、扉を開けて書庫から出て行った。一人残された零士は、頬をポリポリ掻くと笑みを浮かべる。

 

 

「これは、仲良くなれたって事で良いんだよな」

 

 

初めてクラスメイトの知り合いが出来た事に、嬉しくなる少年であった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

あの後、零士も本を片付けた後に書庫から出て、回廊を歩いていた。もう少しで夕食の時間だ。行かなければなくなってしまう。少し早足で歩みを進める。少し足を進めていると、視線の先に一人の女の子が入った。少女ではなく女の子だ。年齢は見た感じでは九〜十程だろうか。そんな女の子が、急いでいるのか走っていた。それを見ていると、女の子がその場で転んだ。

 

 

「あっ‼︎ 大丈夫か」

 

 

転んだ女の子に急いで駆け寄ると、その子は目尻に涙を溜めて泣くのを我慢した。それに笑みを浮かべる零士だ。

 

 

「大丈夫か?」

 

「…………ッ⁉︎」

 

 

そして改めて声をかけると、女の子はビクッと体を震わせて、やっと零士の存在に気付いたのか、視線を向けると思いっきり距離を取った。その態度が地味に心に傷を負った零士だが、女の子の膝が擦り剥いている事に気付くと安心させるように口を開いた。

 

 

「だ、大丈夫。俺は怪しい者じゃないよ」

 

「……………」

 

 

警戒するように身を縮める女の子は、視線を零士から離さない。正面から女の子の顔を見て感嘆な声を上げそうになる。ステラと同じ癖のない金髪にエメラルドグリーンの瞳。後、数年もすればこの子はとんでもない美少女になる事は、簡単に予想出来た。と、そんな事を考えている場合ではない。この子から警戒心を取り除かなくては。

 

 

「えっと、俺の名前は篠宮零士だ。君の名前は?」

 

「…………イリス」

 

「そうか。イリスちゃんか。出来れば警戒を解いてくれると嬉しいなぁ」

 

「……………」

 

 

女の子の名前は聞けたが、やはり警戒は解いてくれない。如何するかと考えていると、イリスは自分の膝が怪我したのに気付き、ジワジワと痛みを感じ始めた。

 

 

「痛っ」

 

「っ‼︎ 待ってろ俺が治してやる」

 

 

痛がる一瞬を狙って零士は、イリスに近付くと怪我を負っている膝に右手を翳した。それに警戒していたイリスはすぐに離れようとするが、零士が警戒を解く為に浮かべていた笑みを見て、何故か安心した。その隙を見逃さず、零士は翳した右手に力を込めた。瞬間。彼の手から眩い光が発生した。

 

 

その光が傷に当たると、徐々に傷が治って行った。その事にイリスは眼を見開く。治す事なら魔法で出来る、しかし今少年が使っている力は魔法ではない。その事に驚いた。そして瞬く間に傷が無くなった。

 

 

「ほい、これで完治したぞ。イリスちゃん」

 

 

そう言って、頭を撫でる零士だ。イリスは撫でられながら、視線を零士に向けるとそれを聞いた。

 

 

「今のは魔法なの?」

 

「ん? 今のは魔法じゃないよ。なに人間なら誰しもが持ってる力だ」

 

「誰もが持ってる力?」

 

「そうだ」

 

 

零士はそう言って笑い、そこで夕食の事を思い出した。

 

 

「おっとそうだった。俺はこれから、行く場所があるんだ。またねイリスちゃん」

 

「うん。またねお兄ちゃん」

 

 

そうして零士はイリスから離れて、夕食を食べる為に向かって行った。一人残されたイリスは、離れていく零士の背中を見詰め、さっきまで撫でられた自分の頭に手を置いて、ポツリと呟くのだった。

 

 

「お兄ちゃん」

 

 

その声は静かに木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イリスちゃんは、警戒心が強い女の子です。
しかし、懐いてしまえば元気な女の子に変わります。
さぁて主人公は、イリスちゃんと仲良くなれるのか‼︎

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