もう異世界は懲り懲りだ⁉︎   作:葛城 大河

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お待たせしました。今回は魔法のオンパレードです。というより、長谷部 彩が暴れます。


第二話 嘆きの渓谷

アルビオン連盟とエルステイン皇国を挟んで、とある渓谷が存在する。奈落のように深い深い谷。一度、落ちてしまえば戻って来る事は不可能と言われている谷である。何人もの人間が、その谷の底を調査しに行ったが、誰一人として帰って来た者は居なかった。それに谷の底には化け物が居るのだと推測したのだ。果たして、誰が付けたのか。谷の底から悲しみを込められた呻き声が聞こえる事から、その谷を人々はこう呼んだ。

 

 

────『嘆きの渓谷』と。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「────アルビオン連盟?」

 

 

零士は柚木達との食事を終わらせて王宮に戻ると、ステラが生徒達を全員呼んでいると聞いて、すぐに大広間に向かった。そして全員が集まり、ステラの言った言葉に、同じく集合した煌崎信也が首を傾げる。他の生徒達も初めて聞いた名前に、疑問符を浮かべていた。ステラは名前だけでは分からないと予想していたのか、説明しようと口を開こうとするが、それよりも先に言葉を紡いだ者が居た。

 

 

「…………アルビオン連盟。確か、この国と同じ五大大国の一つ」

 

「アヤ様…………」

 

「…………本で見たから知ってる」

 

 

紡いだのは小柄な少女。長谷部 彩だった。彼女は零士と同様に書庫で幾つもの本を読んでいたから、アルビオン連盟の事を知っていた。アルビオン連盟共和国。世界に五つ存在する巨大な国の一つに数えられている。彼等が居るこの皇国も、その五大大国の一角である。彩の説明に、ステラは頷いて答えた。

 

 

「アヤ様の言った通り、アルビオン連盟は私達が居る皇国と同じくする五大大国の一つです。そして私達は、これからアルビオン連盟に向かう事になりました」

 

 

彼女の発言にざわつく生徒達。突然、別の国に行くと言われれば、それは当然だ。ステラも困惑する彼等の気持ちも分かる。だが、自分の父王の話によれば早くアルビオンに行かなければならない。彼女もその理由を聞いて、そう思ったのだ。それだけ、あの国で大変な事が起きているのだから。危険だとしか分かっていないが、聖女達がそう言ったのならば危機的状況なのだろう。

 

 

「待ってくれステラ皇女。その国に行くのは分かったが、私達が行く理由を教えて欲しい。私達には聞く権利がある筈だ」

 

 

すると、柚木が前に出てきてそう告げた。行くのは構わないが、訳を教えてくれと尋ねる。その質問が来る事は分かっていた。故に、隠し事などせずにステラはアルビオン連盟に行く理由を説明するのだった。といっても、説明は簡単に終わった。

 

 

「成る程な。行く理由は分かった」

 

 

ステラの説明を聞き終えて、柚木は頷きを一つした。そして同じく話を聞いていた煌崎が口を開いた。

 

 

「分かりました。つまり、そのアルビオン連盟に行って聖女様を守れば良いんですね」

 

 

彼がそう言い、笑みを浮かべる。如何やら行く気のようだ。彼だけではなく男子生徒達も乗り気だった。なんでも彼等は、怪物達に皇国が襲撃されて、なにも出来なかった事に不満があるようだ。女子だけが活躍して、自分達が活躍出来なかったのが嫌なのだろう。だから、ステラが言ったアルビオン連盟の話は、彼等にして思えば都合の良い物だった。

 

 

彼等に取ってそれが、危険な事だしても。男子は気付きもしない。あの怪物が襲ってきた時も、避難誘導を任せられ、命の危機に合わなかったが故に、自分の力に慢心している彼等では、なにが起きても大丈夫だと楽観視するのだ。

 

 

「…………それで、何時、出発するんだ?」

 

「申し訳ないのですが、明日からです」

 

 

次こそは活躍するぞと意気込む同級生を横眼で一瞥してから、和樹は尋ねた。出発する日は何時なのかと。聞かれた彼女は、申し訳なさそうにして答える。急な予定に生徒達はざわつく。だが、柚木が冷静に背後に居る生徒に指示を飛ばす。

 

 

「という事のようだ。各自、荷物の用意をしろっ」

 

 

彼女の指示に蜘蛛の巣を散らすように生徒達は、自分の部屋に走り去って行った。そんな彼、彼女等の後ろ姿を見て柚木は息を吐く。本音を言えば、生徒達をアルビオン連盟に行かせたくはない。しかし、それは無理なのだと理解している。チラリとステラの方に視線を向ければ、柚木の視線に気付き、その瞳になんの考えがあるのか気付いたのか首を横に振った。

 

 

つまり、皇王が決定した事は覆らないという事だ。怪物を倒したとしても、まだまだ自分の発言権は弱い。改めて生徒達が走り去った道を見据える。アルビオン連盟で一体なにが起きているのかは分からない。しかし、彼女は願う。如何か────

 

 

────怪物が襲撃して来た以上の事にならないで欲しい、と。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

篠宮零士は自分の部屋で、ベットに全身を沈ませていた。流石は王宮にあるベットであり、ふわふわで体を優しく包み込んでいる。横になってはいるが眠気などなく、彼は明日の事を考えていた。この王宮にある書庫の本で頭に叩き込んだ知識を呼び覚ます。恐らくアルビオン連盟に行くのに、最短ルートである大きな渓谷を渡るのだろうと予想した。渓谷を渡る、渡らないでは掛かる時間が全然違うのだから。

 

 

だが、その渓谷は落ちれば一溜まりもない。幾つもの本に、渓谷の底には名状し難い化け物が居るとしか書かれていないのだ。誰も無事に渓谷を渡り切った者が居ないから、そう書かれているのだが。しかし、何故だか零士の第六感が、明日は嫌な事が起きると警告していた。その第六感に従い明日は警戒する事にして、ゆっくりと眠りに落ちて行った。

 

 

 

 

翌日。零士達は全員、皇国の門の前に集まっていた。その中にはステラやミントも居り、如何やら一緒に着いて来るらしい。その他にはジーク団長が率いる騎士団も生徒達を守るように囲んでいる。すると、美しい五人の少女達が零士達の目の前に現れた。彼女等が何者なのかは、事前にステラから聞いている。アルビオンの聖女達だと。成る程、確かに聖女だと、その身から溢れる存在感と、容姿を見て零士は納得した。

 

 

クラスの男子達も見惚れて、固まっている。和樹もその一人に入っていた。それに苦笑する彼である。と、聖女の一人が口を開いた。

 

 

「初めまして勇者様。アルビオン連盟までの道を案内するリーゼロッテと申します」

 

 

蒼い髪をした聖女が、他の聖女を代表して名乗りを上げる。答えるように柚木や生徒達も返事を返す。

 

 

「それでは一刻の猶予もないので、早く行きましょう」

 

 

急かすように口早に告げて、リーゼロッテと聖女達は足を進み始めた。表面上は冷静にしては居るが、内心では凄まじく焦っている事が今ので容易に分かった。誰も反論する者は居なく、正門を出てアルビオン連盟に向かうべく足を動かし始めるのだった。

 

 

皇国から離れて数時間。休む事なく、彼等は歩き続けていた。本来なら、普通の高校生や教師である彼、彼女等なら疲弊するのが当たり前だが、流石は勇者召喚の恩恵と行った所か、全くと言って良い程に疲れを見せてはいなかった。そんな光景を後ろから見ていた零士は、分かっていたとはいえ理不尽に思いながらポツリと呟く。

 

 

「…………本当に勇者って、ずりぃ」

 

 

自分はここまでに成るのに、どれだけ鍛錬を積んだ事か。なのに、あいつ等は召喚された時に、その体力と身体能力を身に付けるのだ。卑怯にも程がある。しかも、天才と呼ばれる者達すら嘲笑うかのように、あり得ない速度で成長すると来た。これが俗に言うチートなのだと彼は理解した。隣で歩く友人となった和樹が、首を傾げながら零士に視線を向ける。

 

 

「なにか言ったか? 零士」

 

「なんでもねぇよ。ただ改めて、勇者が理不尽な存在だと再認識しただけだ」

 

「…………?」

 

 

なんの事なのか疑問を浮かべる和樹。

 

 

「ま、気にすんなよ。それより………ここから気を引き締めて行けよ」

 

「あぁ、分かってる」

 

 

それに気にするなと手を振ってから、表情を真剣なものにして告げた。対して和樹も、表情を変える。もうすぐに『嘆きの渓谷』にへと辿り着く。ここまでの道程は、少なからず魔物が居たが、周りのジークを筆頭とした騎士が倒していった為に、なんの被害も起きていない。しかし、これから進むであろう渓谷は断崖絶壁となっており、強力な魔物も居るのだ。その魔物の代表格が、ワイバーンである。

 

 

竜種に置いて最弱の魔物だが、それはあくまで同族に取ってはだ。人間にとっては、最弱な魔物でも群れを成せば強力な存在にへと変貌する。ステラから、渓谷の事を聞いた和樹は、零士の言う通りに気を引き締める。そして半日が経過して、遂に渓谷の前まで彼等は辿り着いた。

 

 

「ここが、『嘆きの渓谷』か」

 

 

足元を見ると断崖絶壁が広がり、底は余りにも深いのか暗闇に包まれており、全くと言って見えない。落ちると一溜まりもないなと、柚木は唾を飲み込んだ。周りを見渡せば、騎士達や聖女達が神経を研ぎ澄ましているのが分かる。

 

 

(それ程、ここは危険という事か)

 

 

改めて、この渓谷の危険度を確認した柚木も、静かに魔力を練る。少しでも異変を見逃さない。自分の背中には、守るべき生徒達が居るのだから。

 

 

「それでは、進みましょう」

 

 

リーゼロッテの言葉に、全員が頷いて、渓谷に足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

異変はすぐに、その場に居た全員が感じた。誰もが上空に顔を向ける。

 

 

「全員、戦闘態勢。来るぞぉ‼︎」

 

 

ジークが大声を張り上げた瞬間。ソイツ等は上空から飛来して来た。

 

 

「早速のお出ましみたいだな」

 

 

鞘から剣を抜き払い、和樹が全身を魔力強化させた。視線の先に居るのは、数多もの魔物。翼を広げて、縦に割れた爬虫類のような瞳に鋭利な牙と爪。ワイバーンと呼ばれる竜種であった。ワイバーンは咆哮を上げて、下に居る全員に向けて勢い良く飛来した。

 

 

「周りを固めろっ‼︎」

 

「陣形を組めっ‼︎」

 

 

迫り来るワイバーンに、柚木とジークが同時に言い放った。指示に従うように、全員が武器を手に持ち、周りを固める。すぐ横は断崖絶壁だ。故に、慎重に戦わなければならない。もしも、動揺をして行動をしようものなら、渓谷に落ちるのは簡単に予想出来る。だからこそ、周りを固め、少ない動きでワイバーンを倒す事を選択したのだ。

 

 

しかし、制空権を支配するワイバーン相手では、確実に不利な状況だ。だが、その状況を覆す者が居る。

 

 

「『炎の矢(ファイアーアロー)』」

 

「『水の矢(ウォーターアロー)』」

 

「『雷の矢(ライトニングアロー)』」

 

 

上空を飛ぶワイバーン達目掛けて、魔法の矢が殺到する。唯一、制空権など関係なく攻撃が出来る魔導師達が、それぞれの属性魔法を発動させたのだ。魔法が直撃したワイバーン達は、翼を捥がれ、地面に落下する。その瞬間を狙って、ジークが剣を振り上げた。

 

 

「せぁっっっ‼︎」

 

 

刀身に鋭くさせた風を纏わせる事によって、斬れ味を増させる魔剣技『風斬り』を振り下ろした。抵抗なく首を両断させ、次の目標に向けて、駆ける。ジークの攻撃の後、騎士達も続いて落ちてくるワイバーンに攻撃を開始した。

 

 

「…………ふっ‼︎」

 

 

バチッと全身を放電させて、異常な速度でワイバーンに肉薄すると、掌底を叩き込んで消し炭にする。と、横から爪をもう一体のワイバーンが振り下ろすのを、横眼で確認すると、片足を軸にそのまま、勢いを付けて裏拳を叩き付けて吹き飛ばした。数体ものワイバーンを倒した柚木は、一息付くと空を見上げて呟く。

 

 

「………まずいな」

 

 

上空では、ワイバーン達によって空が覆い尽くされていた。数が多過ぎる。このままでは、先に体力が尽きるのはこちらだろう。如何する、と思考を柚木は巡らせる。だが、次の瞬間。眩い閃光が視界を包んだ。余りな光に柚木は眼を隠す。いや、彼女だけではない。全員が眼を伏せた。次いで訪れるのは、渓谷を揺らす轟音である。なにが起こったのか、確認する為に眼を頭上に上げると、

 

 

「………な、に」

 

 

空に居た異常な数のワイバーンの数割が、消えていた。その事に誰もが絶句して、先程の事を起こした人物を探して、すぐに見付けた。陣形の中心。そこで、右手を上空に向けていた少女が居た。

 

 

「長谷部。お前がやったのか?」

 

「…………うん」

 

 

確認の為に柚木が尋ねると、頷きが一つ返る。彼女が行使した魔法は、炎属性の最上級魔法『爆裂の火炎(エクスプロージョン)』だ。指定した周囲に大爆発を発生させる魔法。魔力消費が凄まじく、例え一流の魔導師が使っても五割ぐらいがなくなる程の代物。それを顔色を変えずに、彩は行使して見せたのだ。驚くべきは、その膨大な魔力量か、それとも完璧に行使した魔法制御力か。

 

 

いや、彼女の場合、そのどっちもだろう。続けて、群れを成すワイバーンに彩は魔法を唱えた。

 

 

「…………『聖滅せし常闇(ダークネス・レイ)』」

 

 

閃光が迸り、群れの一角を光が焼き払うと、次には周囲に発生した闇が周りのワイバーンを呑み込んで無に還した。彩が光と闇の二つを合成させて創り上げた複合魔法。それが全員の眼に、初めて使用された瞬間だった。

 

 

「おいおい、長谷部の奴、規格外にも程があるだろ」

 

 

その光景を見た零士が呆然と呟く。幾つもの世界で、天才と呼ばれた魔導師を見て来た彼であるが、彩に比べると見劣りしてしまう。それ程までに彼女は、異常な才能を発揮していた。この場で魔法戦に置いて、彩に敵う者など居ないと断言出来る程に。そして別の方向に視線を向けて、また呆れる零士だ。彼の視線の先には単身でワイバーンに挑む和樹が居た。

 

 

彼は重力を感じさせない動きをして、ワイバーン達を斬り倒している。和樹が手を翳せば、ワイバーンは等しく地面に落下して身動きが取れなくなり、彼が手を握ればワイバーンの体がひしゃげる。あの力のお蔭で、魔人と接戦出来たのかと零士は納得した。和樹や彩以外にも見渡せば、活躍している生徒達が複数人居る。その中には夏美や渚なども居た。それを見た零士は改めて思う。

 

 

「本当に勇者って、ずりぃよな」

 

 

はぁ、とため息を吐いて近付いてきたワイバーンを、見もせずに剣で両断した。彼の芸当に、ワイバーンに集中している彼等は気付かない。まぁ、一番後ろに居るのも気付かない要因だが。しかし、これ程までの攻撃を受けて尚、ワイバーン達の数が減る気配がない事に疑問を覚えた。と、そんな時だった。周囲に凄まじい圧迫感が襲った。誰もが驚く中、圧力を出すソイツは姿を表した。

 

 

「…………馬鹿な」

 

 

ポツリとジークが信じられないという風に呟いた。彼等の視線の先、そこに居たのはワイバーンとは隔絶された魔物。未だに飛行するワイバーンと同じ種族でありながら、王の風格を持つ存在。紛れもない本物の竜種。

 

 

────赤竜リンドヴルム。

 

 

A級指定の正真正銘な化け物であった。そしてジークは、空を埋め尽くす程のワイバーンの群れに納得した。『嘆きの渓谷』はワイバーンが出ると知っていたが、ここまで出るとは思わなかったのだ。だが、リンドヴルムの出現にとある推測が出来た。この群れは、リンドヴルムから逃げて来たのだと。

 

 

「Guuuu…………GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA────ッッッ‼︎」

 

 

次の瞬間。リンドヴルムが咆えた。衝撃波を伴う程の咆哮は、周囲の存在を萎縮させる。現に生徒の何人かと、騎士団複数人がガタガタと全身を震えさせていた。本能が告げている。アレは格が違うと。しかし、震える生徒達の前に柚木が出た。確かに目の前の化け物は恐ろしい。だが、ここで恐怖して立ち止まっては殺されるのを待つだけだ。

 

 

死ぬのが嫌なら、抗うしかない。全身を放電させ、鋭く赤竜に睨み付ける。と、彼女の横に和樹やジークなどの戦意が失っていない者達が立つ。それぞれが己の武器を持って、リンドヴルムを見据えていた。そして────

 

 

「────『氷結平原(アイス・モア)』」

 

 

彩が唱えた幾つもの属性を組み合わせる事によって、出来上がる氷属性の発動と共に、彼等は赤竜に肉薄した。彩の氷魔法は、パキパキと辺り一体の地面をリンドヴルムの足ごと凍らせた。身動きが取れなくなった赤竜は、雄叫びを上げながら、なんとか脱出しようと足をもがき始める。だが、抜け出る前に駆け出した彼等が眼前に接近していた。

 

 

まず最初に攻撃を仕掛けたのは、和樹であった。剣に魔力を通して、振り下ろすが赤竜の体を傷付ける事はなく、半ばから剣が折れた。それを理解したと同時に、手にある剣を放り捨てて、ギチッと拳を握り締める。そして『重力魔法(グラビティ・コア)』を行使して、重力を込めた一撃を赤竜の顎に叩き付けた。

 

 

「吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼︎」

 

「────GUッッッ⁉︎」

 

 

ドゴンッと人が出すとは思えない音を鳴らす。リンドヴルムは、自身よりも小さい存在が放ったとは思えない威力に眼を見開き、たたらを踏んだ。その瞬間を見逃す筈はなく、ジークと夏美が追撃した。

 

 

「せぁっっっ‼︎」

 

「……………はっ‼︎」

 

 

裂帛の気合いと共にジークが放つのは、魔剣技『風刃』。斬り付けた箇所から、カマイタチを送り込み内部をズタズタにする技だ。対して夏美が使ったのは、橘一刀流────『六花』。足の関節の隙間を狙って、抉るように斬撃を放ち、体勢を崩させる技。魔力強化された二人の斬撃は、リンドヴルムの両足を斬り裂き鮮血を飛ばした。

 

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ⁉︎」

 

 

激しい痛みに絶叫を上げながら、地面を揺らして赤竜は倒れこんだ。そこに翡翠、那月、渚の拘束魔法が使用された。

 

 

「『水牢の枷(ウォーターロック)』っ‼︎」

 

「『大地の枷(アースバインド)』っ‼︎」

 

「『嵐獄の牢』っ‼︎」

 

 

三つの最上級拘束魔法が、リンドヴルムの全身を縛り付ける。翡翠の『水牢の枷(ウォーターロック)』が、両手や上半身を、那月の『大地の枷(アースバインド)』が、両足などの下半身を拘束し、そして渚の『嵐獄の牢』がオマケだと言わんばかりに、赤竜の周囲にゴゥゴゥと風の牢獄を形成させた。例えリンドヴルムの膂力でも、三つの最上級魔法を使用されては、動く事もままならない。だが、これで終わりではない。赤竜の頭上、そこに大小様々な魔法陣が展開される。

 

 

と、柚木が頭上に飛び上がり、右手を掲げた。瞬間────雷音が轟き、彼女の手には以前に異形の怪物を貫いた巨大な雷槍が顕現した。腕を振り上げ、鋭い視線で赤竜を睨み付けると、柚木とそして魔法陣を展開する彩がソレを解き放った。

 

 

魔法陣が太陽光や、周囲の光を取り込み凝縮し始める。次の瞬間。閃光が迸った。

 

 

「…………『極光の裁き』」

 

「はぁぁぁぁぁぁっっっ‼︎」

 

 

天より落ちる極光の柱が、赤竜を覆い尽くし。その後に放たれた、全長二十メートルは下らない雷槍が飛来して、リンドヴルムの肉体を刺し貫いた。渓谷に轟音が響き、足場が崩れるのではないかというぐらいに揺れる。眩い輝きと、轟く雷音が消えて、驚く程の静寂が舞い降りた。

 

 

「…………大丈夫ですか? ステラ様」

 

「え、えぇ、ありがとうミント」

 

 

極光と雷槍によって発生した衝撃波から守ってくれた、ミントに礼を言ってから、改めてステラは目の前を見て、放たれたモノの威力に唖然とした。

 

 

「…………凄い。これが、勇者と呼ばれる者の力」

 

 

同じようにリーゼロッテ含む聖女達も、驚愕していた。視界に映るのは、無残な光景だ。周りのワイバーン達の大半も、先程の力に巻き込まれて消え失せている。と、そんな静寂の時間は破られる。ガラッと瓦礫が動く音がして、そちらに視線で向けると、全身がボロボロになりながらも立つリンドヴルムが存在した。

 

 

「…………しぶとい」

 

 

ポツリと彩が赤竜の頑丈さに呟いた。しかし、誰の眼から見ても、リンドヴルムが瀕死だと理解する。そして、身を竦ませていた生徒や騎士達が声を張り上げた。

 

 

「やれるっ。俺達は竜種に勝てるぞっ‼︎」

 

「あぁっ‼︎ 勇者様と居れば、最強種に勝てるんだっ‼︎」

 

「先生凄ぇっ⁉︎」

 

「そうだよ。なにを怖がってるんだ俺は‼︎ 特訓の成果を見せてやるぜっ‼︎」

 

 

先程の圧倒とも言うべき、赤竜との戦いに彼等から恐怖の感情が引いて行き、次に訪れるのは高揚感だ。同じ勇者なのだ。自分達もやろうと思えば、アレくらい出来る筈だと生徒達が全身を昂らせる。騎士達も団長や勇者と共に歩めば、どんな強敵だろうと勝てると自覚する。そして目の前の赤竜は、瀕死の状態だ。ならば、回復される前に倒さなければならない。

 

 

全員が改めて、武器を構え直して、雄叫びを上げながらリンドヴルムに駆けて行った。続く形で柚木達も肉薄する。しかし、リンドヴルムもそんな簡単に殺されるつもりはない。大咆哮を上げて、必死に抵抗する。尾で薙ぎ払い、鉤爪を振り下ろし、顎を開いて口から、竜の代名詞とされる『竜の息吹(ブレス)』を解き放つ。

 

 

だが、『竜の息吹(ブレス)』が彼等を焼き尽くす事はなかった。聖女の一人が展開した、聖なる光が遮ったからだ。攻撃が効かないと分かると、彼等はそれぞれ攻撃を開始した。剣で、拳で、魔法で、リンドヴルムの体に傷を付ける。

 

 

「まさか………幾ら幼体(・・)とは言え、竜種をフルボッコかよ」

 

 

激痛に絶叫を上げる赤竜を見て、零士は生徒達の成長速度に驚くしかない。その中でも、彩や柚木、和樹が別格である。多種多様の攻撃に為す術もなく、後退していく赤竜。その姿から、もうすぐで倒せる事が分かる。時折、襲ってくる生き残っているワイバーンを斬り倒して、零士は彼等の戦いを見据えていた。だからこそ、少し反応が遅れた。

 

 

 

赤竜に傷を付けながら、ジークの部下である騎士の一人が、後方に居る篠宮零士に視線を向けていた。少年は赤竜と戦う者達に意識が向いているのか、視線を外さない。これはチャンスではないか、と騎士の脳裏に言葉が過る。国の出る前に、団長であるジークから、とある命令をされたのを彼は思い出した。

 

 

『あの魔力なしに隙があれば、そこを狙え』

 

 

容赦無く谷底に落とせ、と冷たい言葉をジークは紡いだ。今がその時ではないのか? 騎士は考えて、手を少年に向けて突き出した。狙うのは彼の足元。先程の戦闘で、脆くなった足場。そこを崩せば、飛ぶ事が出来ない人間など、真っ逆さまに落ちていくだろう。そして魔法を使用した。直前────

 

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA────ッッッ‼︎」

 

「…………ッ⁉︎」

 

 

最後の抵抗と、衝撃波が伴う大咆哮が赤竜から放たれた。その咆哮が零士に集中していた騎士に襲った。少年に向けられた魔法は、しかし大咆哮の衝撃によって全身が揺さぶられ、あらぬ方向にへと魔法が飛んだ。その方向には、一人の少女が居た。白髪の髪をした、折れてしまいそうな華奢な体の少女。

 

 

「…………え?」

 

 

少女────草壁 唯は迫ってくる魔法に呆然とした声を漏らした。魔法は彼女の体に激突する事はなく、足場に直撃して、少女に浮遊感が襲う。それは唯一の足場が崩れた事によって生じた感覚だ。

 

 

「ッ⁉︎ 草壁ッッッ」

 

 

断崖絶壁に落ちようとした唯に、いち早く気付いた柚木が、全力で疾走する。たったの数秒で唯の元まで辿り着き、手を伸ばす彼女だ。だが、そこをまるで狙ったかのように赤竜が、二度目の『竜の息吹(ブレス)』を解き放った。柚木以外に助けに行こうとした者達は、命を脅かす大火炎に足を止めて防ぐ為に、立ち止まるしかない。

 

 

柚木と唯はその大火炎の余波によって、手を伸ばした柚木ごと更に叩き落とした。

 

 

「きゃッッッ⁉︎」

 

「くッッッ⁉︎」

 

 

悲鳴を上げる唯と、苦痛の声を漏らす柚木。助ける邪魔をする赤竜に、彩は上空から氷の棘を振り下ろす魔法を使い全身を突き刺させる。次いで、和樹が重力で赤竜の体に凄まじい程の重圧を叩き込み、最後にジークが首を断頭した。そして断末魔の叫びを上げる赤竜を背に、和樹が駆け出す。自身の重力を軽くし、魔力で強化させて、動く速度を速くする。

 

 

速く速く、駆け抜ける。だが、間に合わない。

 

 

「せんせ────いッ⁉︎」

 

 

手を力強く伸ばす。それでも、一人分、足りない。手が空を切り、落下して行く二人をただ見る事しか出来なかった。無力な自分に叫ぼうとした時、彼の耳朶に、何処かで聞いた覚えのある言葉が響く。

 

 

「…………後はまかせろっ‼︎」

 

「なっ⁉︎」

 

 

すぐ横をなにかが通る。そちらに顔を向ければ、親しくなった友人の背中があった。零士は落ちていく二人を見据えて、恐怖を感じさせない動きで、躊躇なく谷底に飛び降りる。その信じられない光景に、和樹は、いやその場に居た者が絶句した。

 

 

そして改めて、谷底に視線を向ける。そこにはもう、彼等の姿がない。

 

 

「零士ぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ」

 

 

深く深い闇の底にへと消えた友人に向けて、彼の叫びは虚しく木霊した。和樹の背後で、遅れて赤竜リンドヴルムが地に倒れた音が響くのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

落ちる。落ちていく。数メートル先すらも、暗闇に包まれた空間を、永遠と錯覚する程に落下していた。そんな状況に零士は、緊張も焦る事もなく、落下に身を委ねて、体を一本の棒とする事により落下の速度を速めた。そうすると、先に落ちた柚木と唯の二人の元に行き着く。

 

 

「ッ⁉︎ 篠宮、何故来たっ⁉︎」

 

「それは先生達が、心配だからに決まってるからですよ」

 

 

飛び降りてまで来た少年に、柚木が声を張り上げる。しかし、そんな事など気にせずに、助けに来るのは当たり前だと彼は告げた。と、そこでもう一人の少女が、なんの反応もしていない事に気付いた。

 

 

「所で先生、草壁は大丈夫なんですか?」

 

「あぁ、大丈夫だ。如何やら、落下したショックで気絶したらしい」

 

 

なにも喋らない少女に、なにかあったのかと聞いてみれば、気絶しているのだと答えられる。それに無事だった事に、安堵の息を吐いて、未だに落下する現状に眼を向けた。

 

 

「さて、この状況をなんとかしないとな」

 

「如何するつもりだ篠宮?」

 

 

改めて言葉に出して言うと、柚木が尋ねてくる。その声音には、何故来たんだと非難の色があった。最早、助かる事はないだろう。どれだけの深さがあるかは分からないが、今でもまだ落下しているとなると、相当の深さだろう。ならば、底に辿り着いた時、待っているのは死だけだ。だが、篠宮零士はその状況を覆す。

 

 

「ま、先生はジッとしていれば大丈夫です」

 

「………? それは如何いう意味………ふわぁっ⁉︎」

 

 

なにもしなくても大丈夫だと言う零士に、疑問を覚えて尋ねようとした時、突然、気絶する唯と共に抱きかかえられた事に驚きの声を溢した。それに内心で「可愛い声を出すな」と零士は思いながら、無事に生きる為に、行動を開始した。片手で二人を上手く抱えると、剣を持ち全身を覇気で強化する。

 

 

「い、いきなりなにをするんだ篠宮‼︎」

 

「先生、喋らない方が良いですよ。舌を噛みますから」

 

 

異性に抱かれた事など初めてなのか、少し頬を赤くしながら、なにをするんだと叫ぶ彼女に、零士は冷静にそう口にした。対して、全く雰囲気が変化した彼に、息を呑むのと同時に、零士は動く。手に持つ剣の強度を、自身の力で上書きさせて、横にある壁にへと突き刺した。刺さった場所から亀裂が奔り壁を削りながら、落ちていく。

 

 

ガガガガガガガッと壁を削る音と共に、少しずつ落下速度が遅くなっていく。抱えられた柚木は、突然の衝撃に耐えるしかなく、今では零士の腕で魔力強化をして、気絶する唯に被さるようにしていた。対して零士は、負担が大きい筈の腕を、まるで気にも止めずに、冷静であった。それが数分、いや数秒が経った頃、漸く終わりが見えた。永遠に続くと思われた深さは、大分、遅くなった落下速度を維持したまま、足に地面が付くのを感じて終わった。

 

 

つまり、谷底にへと着いたのだ。

 

 

「…………ここが、底なのか」

 

 

五体満足で、辿り着いた底で、柚木が周りを見渡してから呟いた。全く見えない。周囲がどうなっているのか、余りに暗すぎて見えないのだ。隣に居る筈の零士や唯の顔を見れないのだから、その暗さがどれ程なのかは想像出来るだろう。そんな暗闇の中で、零士は体内で練った覇気を球体として出す事により、零士を中心として五メートル程度が照らされた。

 

 

「よっと、これで明るさは十分だろ」

 

「篠宮、お前は…………」

 

 

背後から感じる、説明しろというような視線に、気付かぬふりをして零士は神経を研ぎ澄まして、ナニカが来るのを感じ取った。

 

 

「先生。話は後でします。それよりも、来ます」

 

「…………なに?」

 

 

零士の発言に柚木が訝しむと、彼等の前に腐臭を撒き散らして異形が姿を現した。

 

 

「なっ…………っ⁉︎」

 

「皇国に襲来してきた怪物以上に、キモいな」

 

 

暗闇の中に赫い瞳がやけに目立つ。それは一つではなく、数十は超えていた。べちゃべちゃと泥のようなモノを落としながら、ズルズルと異形が動く。体中に赫い瞳が、ギッシリと存在しており、その全てが零士達にへと向けられている。異形が動く度に、腐臭が鼻腔を刺激して眉を顰める。と、零士の気配察知に異形以外の存在も引っかかった。

 

 

「篠宮っ‼︎」

 

「分かってます先生」

 

 

柚木も気配を感じたのか、声を上げた。三人の周りを囲むように、異形の他に狼のような異形、コウモリのような異形などが現れたのだ。それに柚木が、このままでは行けないと、零士の前に出ようとするが、しかし『竜の息吹(ブレス)』の余波をまともに受けた所為で、体を痛めており、発した痛みに顔を歪めた。その事を零士も見破ったのか、安心させるように口を開く。

 

 

「先生はそこに居て下さい。あいつらは、俺が相手します」

 

「な、なにを言っているんだっ⁉︎ あの数を一人で、如何にか出来る筈がないだろうっ⁉︎」

 

 

無理だと叫ぶ柚木に、彼は安心させるように笑顔を向けた。同時に、顔を逸らした零士を隙だと思ったのか、狼のような異形が肉薄した。それに後ろだと叫ぼうとする柚木よりも早く、手に持った剣を、視認出来ない速度で振り下ろし、見もせずに狼の異形を一刀両断にする。その事に呆然とする柚木だ。

 

 

「この程度の奴等に、俺は負けるつもりはないですよ」

 

「………し、篠宮、お前は一体」

 

 

呆然と呟く彼女の言葉に、再度、背を向けて剣で、自分達を中心に円を地面に刻んだ。

 

 

「言葉が分かるとは思えないが。お前等に忠告してやる。死にたい奴だけが、この円の中に入って来い。そしたら、俺が躊躇なく殺してやるよ」

 

 

増え続ける異形相手に、少年は宣言した。円の中に入ってくるものは、全て殺し尽くすと。次の瞬間────異形達が一斉に、零士にへと襲いかかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は長かった。そして、そろそろ零士の力が知られて行きます‼︎


因みにランク表示は、
SSSランク
SSランク
Sランク
Aランク
Bランク
Cランク
Dランク
Eランク
の八段階になっております。

今回、登場した赤竜はAランクに分類される魔物です。とはいえ、竜種の中でもAランクなのはまだまだ幼体か若輩者だけ。真の竜種はSSランク超えが当たり前の『天災』です。その中でも、数千年単位を生きる古代竜。即ち、エンシェントドラゴンは、ランクが付けられない程の規格外な存在という設定。



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