もう異世界は懲り懲りだ⁉︎   作:葛城 大河

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皆さん、お久しぶりです。葛城 大河です。
仕事が忙しくて、気付いていたらクリスマスが過ぎていました。

ま、まぁクリスマスに予定なんてある筈もないし、遊ぶよりも仕事していた方が充実するしぃ(強がり


とまぁ、新しい話です。如何ぞ見て行って下さい。主人公の新たな力が出てきます。


第十話 終結の光

 

謁見の間。そこに魔人グラン・エルディールが、先程の勇者と思わしき人間に、逃げ道がないように球体を全て叩きつけた。床には数える程が面倒な程に丸い穴が出来ている。そして肝心の人間の姿は何処にもなかった。

 

 

「ふむ、少し無理がありましたか」

 

 

やり過ぎたかと魔人は首を傾げる。とはいえ、たった一人の人間が死んだなど些細な事だと切り捨て、グランはこの場から離れようと足を動かした。

 

 

「──────ッッッ⁉︎」

 

 

そんな時、彼に濃密な殺気が襲った。己の本能に従い、体を動かしてその場から急いで離脱する。次いで、起きたのは閃光と見まごう程の光だった。光の上級魔法『聖球の煌めき』。聖属性が多分に込められた光の球体に閉じ込め、体を焼く魔法である。あそこに居たのならば、魔法の餌食になっていただろうと、あったかも知れない未来を思い描いて唾を飲んだ。

 

 

そして魔法を放ったであろう人物にへと、視線を向ける。鋭い眼光で見据えて魔人は口を開いた。

 

 

「如何やって、全ての闇球を避けたのですか」

 

「はぁ……はぁ………教えると思うか?」

 

 

視線の先に居たのは、殺したと思っていた少年────御手洗和樹だ。彼はぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、睨み返している。

 

 

「…………簡単に殺られてたまるか」

 

 

なんの為に特訓したんだと、胸中で呟くと同時に、和樹は一歩目を踏み込み加速した。剣を握り締めて、眼前の魔人に肉薄する。しかし、魔人グランは特攻を仕掛ける和樹に対して、冷めた視線を送っていた。彼が取った無謀な行動に、グランは落胆したのだ。格上の存在を相手に、特攻を仕掛けるなど自殺行為に等しい。

 

 

────これが、“魔神”を倒す事が出来る勇者か。

 

 

心の中で、己の王であり、存在理由たるお方の姿を脳裏に思い浮かべて、目の前の勇者に失笑した。この程度の実力で、あの方を倒せると思っているとは烏滸がましい。

 

 

「…………身の程を弁えろ、人間」

 

 

最大限の侮蔑を持って、愚かな人間に闇で作られた剣を生成して振り下ろされた。ニヤリと笑う和樹に気付かずに。

 

 

「…………な、に?」

 

 

違和感を感じた。グランは自身の剣を持つ手に、違和感を覚える。鋭く奔った剣撃は、しかし、途中でピタリと止まった。まるで、見えない壁があるかのように、これ以上先に進まないのだ。力を込めても、微動だにしない自分の腕。訝しむ魔人に、和樹はその絶好の隙を付いた。全力で自分の身体能力を魔力で強化させる。一撃。一撃で殺す意思を込めて、彼は剣をグランの首めがけて振り抜いた。迫る剣閃。

 

 

あと、数ミリで首を斬り裂こうとする瞬間、魔人は叫んだ。

 

 

「舐めるぁ‼︎ 人間っ」

 

「────ッ⁉︎」

 

 

魔人から膨大な魔力が放出され、暴威として和樹を襲う。魔法ではない、ただの魔力。だが、それも量が多ければ武器となる。全身から放たれた魔力の塊を、和樹は瞬時に防御に回った事でなんとか防いだ。しかし、彼の表情は苦虫を潰したようなソレだ。(のが)した。折角の好機を。千載一遇のチャンスを棒に振ってしまった。最初に会った時から気付いてた。

 

 

目の前の魔人は、自分よりも遥かに格上であると。だからこそ、このチャンスがなくなったのは余りに大きい。先程の魔力の放出でも分かる通り、やはり魔人は己よりも圧倒的に強い。ギリッと歯を噛み締めて、剣を構え直した。チャンスは失った。だが、またチャンスを作って見せると、胸中で叫ぶ。たった数週間もの間だが、必死に訓練したのだ。負けてたまるかッ‼︎ 和樹は牙を剥く。

 

 

そんな少年に、魔人は先程の評価を改めた。恐らく、奴は自分を油断させる為に、あの無意味な特攻を仕掛けたのだ。グランは手の感触を確かめるように、開閉を繰り返す。奴はまだなにかを隠している。それが分からないが、そのなにかは、自身に対して有効であると推測した。そのなにかが、先程の腕を止めた現象となんらかの関わりがある事も。

 

 

「…………ふん、良いでしょう。貴方を私の敵と認めましょう」

 

「……………」

 

 

仰々しく両腕を広げて告げる魔人。それに応じて、その場の空気もピリピリと変化した。これから、本当の戦いが始まる。お互いに視線を合わせながら、動く事はしない。一人は機会を見つける為に、一人は相手がなにをするのかを見極める為に。本来なら魔人の方に軍配は上がる。だが、先程の事で目の前の少年には奥の手がある事を理解した。その奥の手が己を傷付けるのに値するとも。故に、今のグランには油断はない。

 

 

油断はないが、そのなにかに屈するのはありえないと、両腕を広げて、何処でも掛かって来いと和樹を誘う。真っ正面から、貴様の切り札を潰してやると。

 

 

「……………ッ」

 

 

和樹もそれを理解しているが故に、手を出せないでいる。それにまだ、アレ(・・)は使い慣れていないのだ。例え、強力な力でも使い手が未熟なら必ずボロが出る。故に、短期決戦でなければ行けない。それに今の自分では、アレを使用するだけで膨大な魔力が消費され、数分が限界なのだから。

 

 

睨み合いながら、最初に行動に移したのは和樹だった。地面を蹴り、高速で近付く。さっきと同じ特攻だが、この次が違った。

 

 

「我が命令に従い、灰塵(かいじん)に帰せ『炎衝破』」

 

 

紅蓮の業火を放出させる上級炎魔法を、和樹は魔人にではなく、目くらましとして床に放った。幾つもの火炎が膨れ上がり、火柱として上る。目の前が一瞬にして、炎のカーテンにより視界が遮られた。一瞬、グランの視界から少年の姿が消えた。その一瞬の隙をついて、和樹は背後から襲う。聖属性が付与された剣が、頭上から振り下ろされた。しかし、魔人の体を斬り裂く事はなく、闇の膜に阻まれる。

 

 

容易く剣を止められた事に、眼を見開くが、瞬時に離脱しようと床を蹴った。だが、

 

 

「────何処に行くのですか?」

 

「…………ッ⁉︎」

 

 

真横から声が聞こえた。そして彼が反応するよりも早く、全身に衝撃が駆け巡る。なにが起きた? 全身から感じる激痛に疑問の声が上がる。確認する為に、和樹は自分の体を見た。そして理解する。彼の全身には、闇で生成された数十ものナイフが刺さっていた。口から吐血する。ヤバイ。早くここから、撤退しなければ危険だ。そんな己の本能に従い、痛む体に鞭をうち、離れようと魔力強化を行う。

 

 

「おっと、逃がしませんよ」

 

 

しかし、彼の行動を魔人が妨害した。闇が和樹の両足を拘束された。ガシリと足が動かなくなり、その場で立ち止まる。驚愕する和樹は、目の前のグランに睨み付けた。それを笑みを浮かべて顔を向ける魔人。そして和樹の体を剣で斬り裂いた。

 

 

「ぐぅ…………ッ」

 

 

体から鮮血が舞う。それは和樹の血だ。ドクドクと斬られた場所から、血が溢れる。放っておけば、出血多量で死ぬかもしれない程の血の量が流れ落ちた。

 

 

「さて、そろそろ終わりにしましょうか」

 

「…………」

 

 

動く事が出来ない少年に、魔人がそう告げた。次の瞬間。グランの全身から、悍ましい魔力が放出される。決着を付ける気だ。放出された魔力が、全て闇の剣に注ぎ込まれるのを見て和樹はそう理解した。ゆっくりと、剣が頭上に上げられる。

 

 

それを視界に入れてから、和樹は集中する為に眼を閉じた。もう、チャンスを狙うとか言っている場合ではない。そもそも、明らかに格下である自分が、そう簡単にチャンスを作れる訳がないのだ。決定的な隙を作れる者は同格か、近しい実力でなければ無理なのだから。故に、和樹はここで己の切り札を使う事を決断する。魔力を体内で静かに練る。まだ、この魔法(・・)は完全に使いこなせていない。

 

 

だが、この状況だ。自分はまだ死にたくはない。だからこそ、彼はその魔法を解放した。物凄い勢いで魔力が持って行かれる感覚が襲った。グラッと意識がなくなりかけるのを、耐える。そして目の前の魔人と足を拘束する闇が吹き飛ぶのは、同時だった。

 

 

グランはなにが起きたのか分からずに、端まで吹き飛び壁に激突する。あの人間は、なにも出来ない筈だった。しかし、今起こっているのは、自分が吹き飛ばされたということ。少年を睨み付けると、少し違和感を感じた。和樹の周りの空間が、歪んでいる。グニャリと、まるで圧をかけたかのように、肉眼で認識が出来る程、空間が曲がっている。それを見て、すぐにこれがあの人間の奥の手だと判断した。

 

 

「………それが貴方のとっておきですか?」

 

「……………」

 

 

立ち上がって、尋ねる魔人に、和樹はなにも言わない。かわりに、彼はグランに向けて駆けた。それに闇の剣を構えて、対抗するグラン。和樹はそんな魔人に、剣を持っていない方の手を向けた。すると、グランの全身に異常な程の重圧が襲った。余りに強力な重圧に、膝を付いて動く事が出来なくなる。腕一本すら動かすのが困難だ。なんだこれは⁉︎ 眼を見開く魔人に、目の前まで来ていた和樹が剣を振り下ろした。

 

 

それに全身が動かないならと、闇の盾を作り出して、剣と自分の間に割り込ませる。次の瞬間───剣で盾ごと、グランは地面に叩き付けられた。

 

 

「────ガハッ⁉︎」

 

 

盾があったお陰で、斬られる事はなかったが、全身に激痛が奔る。なんだ今の重さ(・・)は。明らかに、人間が出せる筈がない重さが剣に乗っていた。まるで、巨人族に殴打された錯覚を覚える程に。混乱する魔人を余所(よそ)に少年は次の行動に出ていた。動けない魔人に、力一杯に拳を振り下ろした。

 

 

ズンッッッ‼︎ 謁見の間が揺れた。和樹が放った拳は、魔人の顔を捉え、床に亀裂を奔らせる。和樹に殴打されたグランは、全身の骨が軋んだ。頑丈である筈の魔人の肉体が、意味を成さない程の威力。魔力で身体能力を強化しても、こんな威力は出ない。そして再度、訪れる拳に魔人は一瞬にして意識を覚醒させて、躱してから、その場を離れた。

 

 

一定の距離を取ったグランは、和樹を見据える。やはり、周りの空間が歪んでいた。

 

 

(………一体、どのような力だ)

 

 

たった二度の攻撃で、全身に大ダメージを負った。その事実が信じられる訳がない。だが、負ったのは事実なのだ。魔人は思考する、目の前の人間が使っている力を。

 

 

(あの時、私はまるで自分の体に、なにか物凄い重量がのし掛かったかのように動けなかった。恐らくは、それが力の正体の筈)

 

 

考える。自分が動けなかった理由。剣が見えない『ナニカ』に阻まれた現象。そして人間とは思えない一撃の威力。頭を回転させる魔人に、和樹が肉薄した。

 

 

「人間………ッ」

 

 

迎撃する為に、周りに闇の球体を作り出して、一斉に放った。壁すら抉り取る球体を、和樹はまるで重さ(・・)を感じさせない動きで躱していく。羽のように、柳の如く。スルスルと通り抜け、遂に魔人の眼前に躍り出る。剣を両手に握り締め、和樹は裂帛の気合いと共に振り下ろした。

 

 

「はぁぁぁぁぁっっっ‼︎」

 

「…………くっ⁉︎」

 

 

ただの振り下ろし。剣技も剣術でもない、ただの振り下ろしに魔人は寒気を覚えて、闇の剣を二本生成して、頭上からくる一撃を二つの剣で防いだ。しかし、それが失敗だったと悟った。全身に感じるのは、異常という言葉が適切な重量が込められた一撃。拮抗は一瞬。二つの闇の剣が折られ、重圧を纏った剣はそのまま魔人を叩き斬った。後に剣圧が周囲に遅れて発生して、謁見の間を駆け巡る。

 

 

「ぐっ………に、んげん」

 

「これでも、まだ倒れないか」

 

 

斬られた箇所を抑えて睨み付ける魔人に、和樹は意識が朦朧としてきた事に、タイムリミットが近い事を悟る。同時に、グランは和樹の力の正体を見抜いた。相手に重圧を放つ。一撃の重さと威力を変える。重さを感じさせない動きで動く。そして、最後のあの一撃で、彼が使っていたものを理解した。

 

 

「…………貴方、重力を操っていますね」

 

「……………」

 

 

質問というよりも、断言に近い言葉で告げる魔人だ。それに、和樹は無言を貫いた。だが、彼の内心は焦っていた。気付かれたと。そう、魔人のいう通り、和樹が使っていた力は重力なのだから。

 

 

────『重力魔法(グラビティ・コア)』。

 

 

無属性に分類される魔法だ。和樹が持つ適性属性は、光と火である。この五大属性の中に無属性は含まれてはいない。何故なら誰もが絶対に使える属性だからだ。身体能力を強化する魔法も無属性に分類する。しかし、誰もが持っている属性だからといって侮らない方が良い。確かに無属性は、他の属性とは違って、火も出ないし、雷も出ない。

 

 

だが、この属性には可能性が存在した。なにより、無属性には明確と言える形(・・・・・・・)がない。火や水、土といった属性にはちゃんとした形がある。風、光、闇も形はないが、想像は出来るだろう。光なら閃光を、闇なら夜という具合に。だが、無属性は。そう、この魔法にだけは、なにを想像すれば良いのか分からない。

 

 

恐らく、殆どの者達は無属性魔法は、身体能力強化か遠見などしか無いと考えているのだろう。そんな説明を受けて、和樹は疑問に思った。無属性にはまだ先があるのではないか、と。それを考えてから、彼は特訓中に無属性を模索した。本当に無属性は、他の属性と比べて弱いのか。

 

 

橘 夏美の『危険察知魔法』も無属性だ。それを知った時のステラ達の驚いた反応は今でも覚えている。無属性にそんな魔法があった事に信じられなかったのだ。だからこそ、必死に無属性について考えた。無属性には定まった形がない。なら、逆に考えれば、その形を自分自身で創れるのではないか。そんな事を思った時、和樹は早速行動を開始した。

 

 

新たな魔法の創造を。そして未完成であるが、出来上がったのが『重力魔法(グラビティ・コア)』だ。新しい魔法が出来た時、和樹は自分の推測した事が正しかったのだと喜んだ。和樹は知らない。嘗て、数千年前に居た大賢者が、無属性魔法について、こう語っていた事を。

 

 

────『無属性にこそ、魔法の真理がある』。

 

 

それは大賢者が残した、無属性魔法についての可能性を告げる言葉。誰もが持っている属性が故に、誰もが極める事が困難な属性。御手洗和樹。彼が初めてこの世界に、無属性魔法の無限の可能性を知らしめた瞬間だった。

 

 

「…………ぐふっ⁉︎」

 

 

和樹は手で口を抑える。もう限界に近かった。幾ら、強力な魔法を使っても、まだ未完成だ。完全に『重力魔法(グラビティ・コア)』を使いこなせていない。足が覚束ない。視界がボヤける。頭が朦朧とする。魔力を使い過ぎて、和樹の体はガタがきていた。それでも倒れないのは、意地だ。この魔人だけは、絶対に倒すという揺るぎない意地。

 

 

それだけで、彼は立っていた。しかし、現実は無情だ。魔人の体が、時間が経つに連れ治って行く。彼等魔人の治癒能力は、人間の比ではない。全身の傷が、癒える。それを魔力を使う事によって、再生レベルで完全に傷が完治した。和樹はその事に舌打ちをしたくなる。とはいえ、それさえも億劫だからしないのだが。

 

 

「貴方は障害になる。故に、全力で消しましょう」

 

 

眼前に居る満身創痍の少年に口を開いた。放っておけば、いずれ、近い将来にこの人間が危険な存在になると。だからこそ、全力を持って消す事を告げた。

 

 

「さぁ、死になさい」

 

 

両手を広げる。その軽い動作で、魔人の周りに闇が覆った。何処までも黒く暗い常闇。光すら呑み込み、世界すら包み込むとすら思える程の闇の領域。これが彼の力。“魔神”に与えられた常闇の力。謁見の間を闇が侵食していく。和樹はその光景を見ている事しか出来なかった。もう、体が動かない。それの意味する所は、時間切れという事。

 

 

あと数秒もすれば、少年は闇に呑み込まれ命が尽きる。だが、如何する事も出来ない。徐々に迫る闇に、彼はただただ見る事しか出来ないのだ。考えるのは死の恐怖ではない。自分が魔人を倒せなかったが故に、起きるであろう未来への申し訳なさだ。別に彼が悪い訳ではない。寧ろ、評価されるべきだ。たった一人で魔人をここまで、追い詰めたのだから。

 

 

そして闇が和樹の体を呑み込んだ。バクンッ‼︎ と視界が黒に染まる。和樹の体を分解しようと、闇が脈動した。それにボヤけた視界を上に向けながら、小さく呟いた。

 

 

「………み……んな………ごめ……ん」

 

「────謝らなくてもいい」

 

 

彼の呟きに返事が返った。すると、黒く染まっていた視界は次の瞬間。全てを照らす極光によって、斬り裂かれる。グラッと倒れる体を、誰かに抱えられた感触が伝わった。眼が見えない所為で、誰が受け止めているのかは分からない。

 

 

「あとは、俺に任せろ」

 

(…………あぁ、そうか)

 

 

何故だか、その言葉に彼は安心した。この人物なら任せられると。気が抜けた和樹は、視界が暗くなる。誰かは知らないが、後は頼んだ。そう呟いて、完全に視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「何者ですか貴方は」

 

 

魔人は突然の来訪者たる少年に、そう言葉を口にした。だが、少年は答える事はなく、右手で受け止めている先程の少年に視線を向けていた。彼は少年、和樹を抱えると、謁見の間の扉付近まで歩いて行き、ゆっくりと体を下ろす。

 

 

「聞いているのです。貴方は何者で────ッッッ⁉︎」

 

 

言葉を無視した少年に、少し苛ついた魔人は再度言葉を紡いだ瞬間────全身に寒気が奔った。汗が噴き出し、本能が危険だと告げる。一瞬で戦闘態勢に入り、地面を蹴り大きく後退した。しかし、なにも起きない。先程の少年は、一歩も動いておらず、扉の前に居た。それを見て理解した。今のは、ただの殺気なのだと。殺気だけで、自分はここまで過剰に反応してしまったと。

 

 

改めて、乱入してきた少年を見据えた。魔人には、相手の魔力を見る力が備わっている。だからこそ分かる。あの人間には、魔力が存在しない事も。しかし、それでも魔人は油断しなかった。いや、油断出来ないといった方が良いか。汗がツゥと頬を伝う。強い。如何しようもない程に強い。それが殺気を感じ取った魔人の感想だ。魔力があるなしなど意味を成さない。

 

 

全くの未知。分からないが故に恐怖を覚えた。だが、そこまで考えてグランは、憤怒する。偉大なあのお方に創造された自分が、人間に恐怖を覚えるなど、なんという恥。恐怖の感情をバッサリと切り捨て、鋭い眼光で睨み付ける。

 

 

「…………魔人。次は俺が相手になる」

 

 

すると、やっと少年が喋った。しかし、背中を見せながら言葉を紡ぐ少年は、とんでもなく無防備だ。魔人は無防備にも背中を向ける少年に、闇の剣や槍、球体を数え切れない程の数を生成させて解き放つ。飛来するソレらに対して、少年はまだ振り向かない。そして少年に当たる事は────なかった。

 

 

「なんだとッ⁉︎」

 

 

少年の姿が一瞬で掻き消える。魔人が飛ばしたモノは、なにもない空間を通り過ぎた。何処に消えた⁉︎ と周りを見渡す魔人は、質量を伴う程の殺気を全身に感じる。そちらにすぐさま振り向くと、先程の少年が何時の間にか接近していた。眼を見開く魔人に気にせず、少年────篠宮零士は剣を振るった。

 

 

「ぐ、がぁ……あぁぁッ⁉︎」

 

 

彼が振るった剣閃は、魔人の右腕を斬り飛ばした。斬られた箇所から、噴水の如く血が噴き出した。次いで、グルンと体を回転させてから、回し蹴りを叩き込んだ。吐血した魔人は、そのまま面白いように吹き飛んだ。そして追撃はせずに立ち止まった零士は、自分の剣に視線を向ける。その表情には、何処か疑問が宿っていた。

 

 

その疑問もすぐに解消される。蹴られた魔人は、立ち上がる。全くの無傷(・・)で。

 

 

「傷が再生したのか? にしても、可笑しいな。和樹が付けた傷は残ってるのに、俺が付けたものだけは、完全に治っている」

 

 

零士が斬り飛ばした腕も、生えてきたようだ。だが、疑問を覚える。何故、自分と和樹とで治りがこんなに違うのかと。確かに、和樹が与えた傷も完全に治っているように見えるが、実はそうではない。それは外だけだ。中は和樹が与えたダメージが大きく残っている。それに対して、零士の与えたダメージは外も中も完全に治っていた。

 

 

「く、くくくくく。ハハハハハハッ‼︎ なにを恐怖していたのだ私は‼︎ 勇者でもない人間が、私を殺せる筈がないのだ‼︎ 私達を殺すには聖属性の聖なる光か、神々の神聖でしか不可能なのだからっ」

 

「………成る程な。そう言う事か」

 

 

そうこれこそが、人間が魔人を殺せない理由。勇者しか持ち得ない聖属性の聖なる光でしか、魔人に傷を付ける事は不可能なのだ。故に、人間達に対抗手段が存在しなかった。そして和樹は勇者だ。全ての攻撃に聖属性が付与されていたから、ここまでダメージを与えられた。しかし、一緒に召喚されたとはいえ、零士は勇者ではない。

 

 

これでは魔人を殺す事は無理だ。それを理解したからか、獰猛に嗤い零士を見下す。だが、零士の顔にあるのは絶望ではなく、笑みだった。その事に訝しむ魔人。

 

 

「聖なる光か神聖でしか殺せないか。なら、俺はお前を倒せるって事だな」

 

「………なに? なにを言っている人間。頭が狂いましたか?」

 

 

予想も付かなかった零士の言葉に、嘲笑で返す魔人だ。

 

 

「別に頭が狂った訳じゃねぇ。ただ、俺には聖属性がなくても、お前等を殺せる手段があるだけだ」

 

 

そう言って、零士は剣を床に突き刺した。まるで、もう必要はないという風に。零士はゆっくりと息を吐いた。集中する。己が魂の深奥まで感覚を研ぎ澄ました。

 

 

(こいつ(・・・)を使うのは、本当に久しぶりだな)

 

 

少し過去に思いを馳せてから苦笑して、零士は魂に刻まれたソレを引き抜いた。眩い極光が全てを包み込んだ。圧倒的な光量は、視界を覆い隠す。それが数秒続くと、光が収まり、魔人は零士に視線を向けて驚愕した。

 

 

「なっ⁉︎ ば、馬鹿な、あり得ないッ⁉︎」

 

「なにがあり得ないんだ?」

 

 

発狂するかのように、目の前の光景が信じられないと叫ぶ。それに首を傾げて聞く零士に、魔人は怒声を放った。

 

 

「そ、それは一体なんなのだッ」

 

 

魔人の視線の先、そこに彼が原初より恐怖したモノが存在した。零士の手には一つの剣が握られている。それは先程の剣とは全くの別物。少年の魂の奥底に眠っていた秘宝。その剣は黄金に輝き、神々しい光を放っている。『聖剣』。銘は存在しない。いや、存在しうる筈がない。『聖剣』は本来なら、一つしか存在を許されないモノだからだ。もし幾つもあるなら、それは『聖剣』と呼ぶに値しない。

 

 

唯一無二の『世界が定めた聖剣』。願いを、祈りを、世界の未来を救う事を確約された剣。それは聖なる光以上の極光を放ち、神々の神聖すら霞む威光が内包する。魂の契約者である篠宮零士にしか、持つ事を許されない究極の光。闇すら魔すら、容易く消滅させる神秘。

 

 

「あ、あぁ……あ………ぁあ…………」

 

 

魔人は『聖剣』を見て、魂の奥底に眠る圧倒的な畏怖が蘇った。忘れていたものを思い出したかのように、全身の震えが強くなる。アレは駄目だ。アレには絶対に敵対してはならない。『聖剣』から漏れ出す光を見ているだけで、魂ごとが蒸発しそうな錯覚を覚える。魔のモノなら、誰もがこの光に恐怖するのは当たり前の事だ。ただし、今回はその質が余りにも違っていただけ。

 

 

神々の神聖すら容易に超えるアレは、あの剣はなんなのだ⁉︎ 怒りに任せて叫びたいが、口が開く事はない。そんな魔人の心境など、知ってか知らずか、零士は無造作に『聖剣』を肩に担いで言った。

 

 

「第二ラウンド開始と行こうか」

 

 

担いだ『聖剣』を、なにもない空間に振るう。次の瞬間。零士は魔人の眼前に立っていた。速いなんて生温い。最初から距離がなかった(・・・・・・・)かのように、当たり前の如く立っていたのだ。そして驚愕する魔人に、零士は無慈悲な斬撃を放った。先程と同じ右腕を切断する。しかし、その次は先程とは全く異なった。

 

 

「アァァァァァああああぁああぁァァァァァァァァァァァ────ッッッ⁉︎」

 

 

叫ぶ。想像を絶する激痛に、プライドもなくただ大きく叫ぶ。痛いなんてものではない。焼ける。存在そのものが、太陽に身を捧げたかのように灼ける。斬られた箇所は、再生の兆しを見せない。それの意味する事は分かる。いや、この眼で見た時から分かっていた。だが、信じたくなかったのだ。信じられる筈もない。

 

 

あの剣が“魔神”すらも斬り伏す事が可能だという事実を。

 

 

「もう一撃、行くぞ」

 

「ぐ、ぎがぁ、あぁああぁ‼︎」

 

 

続けて攻撃をすると告げる少年に、激痛を一瞬忘れる。また、あの痛みを味わうのか? 嫌だ‼︎ 必死に逃げようと全身を捻り、闇の領域を展開する。あらゆるモノを呑み込む深淵。それを魔人は解き放った。ひとたび、展開されれば、どんな存在でもなすがままにされる力。しかし、零士は邪魔だと言わんばかりに剣を振るった。たったそれだけで、深淵にヒビが入り、パキンッと斬り裂ける。

 

 

己の力が意味をなさない。闇の球体を放つも、さっきと同じ光景が映る。触れたモノを抉り取る力を持つ球体が、何故斬られるのか。彼には理解出来ない。だが、魔人は本能のままに、目の前の人間から逃げる事を恥だと思わずに選んでいた。闇球や剣、槍などを放ち続け、自分が逃げる為の時間を稼ぐ。とはいえ、一振りで斬られるので、時間稼ぎにもならない。

 

 

すると、零士がなにもない空間を斬り付けた。瞬間────空間が歪み、魔人に向けて次元を斬る斬撃が飛んだ。両足が次元ごと両断されて、体が床に転がる。そして再度の絶叫が、謁見の間に響き渡った。そんな魔人の方にゆっくりと、歩を進めて行き立ち止まった。

 

 

「あ、がぁ、ぐぎがぁ………」

 

「悪いな。俺がこいつを使った時点で、お前に勝ち目はなくなった」

 

 

虚ろな眼で見てくる魔人に、勝利は確約されていたと告げる。

 

 

「…………じゃあな魔人。これでこの戦いも終わりだ」

 

 

『聖剣』を頭上に掲げた。刀身に極光が纏う。謁見の間全体が、視界を覆い隠さんとする光に包まれて、次の瞬間にそれは放たれた。全てを魂ごと消滅させる聖光。魔人の存在が、幻だったかのように、その場から完全に姿を消した。魔人グラン・エルディールの消滅と共に、外に居る怪物達も動きが愚鈍となり、冒険者や騎士、勇者達により倒された。

 

 

こうして、戦いの幕が閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳で、主人公は『聖剣』の担い手でした。一体、この『聖剣』にはどのような力があるのでしょうか? 作者の皆様、少し考えて見てください。因みに『聖剣』の能力は複数存在します。


次回、新章アルビオン連盟編でお会いしましょう。

では、皆様、来年も良いお年を。だが、リア充テメェは駄目だ。

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