アナこれ!『another fleet collection』   作:鉢巻

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第七話 それぞれの過ごし方 金剛、比叡、提督の場合

鎮守府の敷地は広大だ。

艦娘や軍艦が出入りする船着き場、装備の整備を行う工廠、鍛錬の為の訓練場、その他にも入渠施設や座学を学ぶ為の校舎など諸々。ここだけで一個の町を形成しているといっても過言ではない。

そんな鎮守府の一角に小さな森がある。ここは主に艦娘や海兵がロードワークなどの訓練に使う場所なのだが、実はそこに、人目を避けるかのようにひっそりと佇む一軒の小屋があるのだ。

 

「結構な御手前デース」

 

畳六畳分程の小さな座敷部屋。

上品な香りを漂わせる抹茶を一口飲むと、御盆の上に茶碗を戻して金剛はそう言った。

普段は主に紅茶を嗜む彼女だが、ここに住むある人物の影響で、最近は茶道を始めとした和の文化にふれるようになっていた。

 

「フフ、ありがとう。気に入ってもらえたみたいでよかったわ」

 

離島棲鬼。それが彼女の名だ。

数年前に第一線から身を引いた彼女は、今はこの離れで静かに暮らしている。

見た目こそ幼い物の、艦娘としての歴は長い。その経験とお淑やかな人柄の所為か、彼女の元には悩みを持った艦娘が相談にくる事が多々ある。

 

「全く比叡には困ったものデース。今日一日だけで何度cold sweatsを流した事カ」

 

「確か、コンテナを持ち上げて運ぼうとしたんだっけ。比叡ちゃんらしくていいじゃない」

 

クスクスと離島はいたずらっぽく笑いながら答える。

 

「彼女だって、何の考えもなしにそんな事をやってるんじゃないと思うわ。きっと、誰かの役に立ちたいともってやってるのよ」

 

「その気持ちはgoodデスケド、比叡にはもっと加減という物を覚えて欲しいのデース」

 

「あら、そこはお姉ちゃんの貴女の仕事じゃないの?」

 

「分かってマース!分かってマスケド……」

 

 

『比叡、ちょっといいデスカー?』

 

『はい‼何でしょうかお姉様‼』

 

『Oh.比叡…roomではもっと声を小さク…』

 

『すみませんお姉様!以後!気を付けます!』

 

………………………

 

『ンー、少し喉が渇きマシタネー』

 

『待ってて下さいお姉様‼私がすぐに用意します‼』

 

『Thank youデース比叡。ってアレ、比叡?どこに行ったデース?』

 

『お姉様ー‼どれがいいですかー‼』

 

『No―――!自販機ごと持ってきちゃダメネー!』

 

………………………

 

『私、もっとお姉様やみんなのお役に立てるよう頑張ります‼』

 

『それはありがたいデース。でもネ、比叡。私ばっかりじゃなくて、もっと自分の事も大切にしなきゃNoデスヨ?』

 

『何言ってるんですかお姉様‼そんな甘えた事を言っていてはいずれ堕落してしまいます‼今できる事を全力でやらなければ意味がないんです‼そんな事も分からないんですか⁉』

 

『Oh.Sorryネ……』

 

 

「何度もtryしましたケド、うまくいった事が皆無ネ…」

 

「フフ、その光景が目に浮かぶわ」

 

「正直もう、拳でどうにかするしかないと思い始めた今日この頃ネ」

 

はたして、本当に拳でどうにかなるかは定かではないが…。

と、ここで茶室に新たな客が訪れる。

 

「やっほー、離島。元気してる?」

 

掴み所のない独特の雰囲気の女性、飛行場姫が入口の障子戸をバタンッと雑に開いて入ってきた。

 

「あら、飛行ちゃん。いらっしゃい」

 

「飛行ー、扉はもっとゆっくり開けるネー。扉自体にもBadだし、女性としてもそのやり方はBadネー」

 

「あ、金剛。遠征から戻ってたんだ、おかえり」

 

「人の話を聞いてクダサーイ…」

 

実はこの金剛、何気に苦労人である。お転婆な姉妹、行動が予測不能な同僚。言い方は悪いが、周りの人間が変人ばかりである。ため息をすると幸せが抜けていくと言うが、そんな事など気にしてられない。

 

「金剛元気ないね。ほらほっぽ、頭撫でてあげな」

 

「金剛さん元気出してー」

 

いつの間にいたのか、ほっぽが飛行の顔の横から頭を出し、ミトン手袋をはめた手で金剛の頭を撫でる。

 

「Oh.ここがヴァルハラネ…離島、私はここでしばらく休むネー…」

 

金剛はすがりつくように、ほっぽの元へと頭を寄せる。ついでに、とばかりにほっぽにつられ飛行も金剛の頭を撫で始めた。

 

「それもいいけど、もう少ししたら夕ご飯の時間よ。それまでにはちゃんと起きてね」

 

「いいこいいこー、いいこいいこー」

 

「金剛っていい匂いするね、紅茶の匂いかな。あ、離島。私にもお茶ちょうだい」

 

離島は「ええ」と微笑むとお茶の準備を始める。

茶室『離島』。鎮守府の中にひっそりと佇む、苦労人達の憩いの場である。

 

 

 

 

場所は戻って鎮守府。ここでは数時間前から壮絶な追跡劇が繰り広げられていた。その中心にいたのは、

 

「止まれクソガキィ――!止まらんと向こう一ヶ月貴様の小遣い半分にするぞ!」

 

「このウナギ野郎がァ!テメェの尻尾ぶった切って蒲焼きにしてやろうか!」

 

「レッレレー!そんな事言ったって全然怖くないもんねー!ほぉら、悔しかったら捕まえてみろー」

 

『廊下は走るな』の張り紙を完全に無視して爆走する三人、提督、天龍、レ級である。

元はと言えば原因はレ級にある訳だが、こうも話が長く続くと提督達が大人げないように見えてくる。

 

「天龍!あいつを挟み撃ちにするぞ!作戦Sだ!」

 

「了解!」

 

謎の合図で天龍は提督と逆方向へ走り始める。提督はそのままレ級を追いかけ、階段を下って二階へ降りる。提督の予測通りなら、これでレ級を挟み撃ちにできるはずだ。だが、

 

「レッレレー、バイバイ提督!」

 

レ級は窓へと身を乗り出し、飛び降りた。長い尾を使って近くにあった排水管に噛り付き、その勢いで窓を通って一階へ飛び込む。窓は開いていたので壊れる事はなかった。

 

「フゥー、やっと逃げ切れたかな。いやー楽しかったー」

 

安堵の息を漏らすレ級。だが彼女は気付いていなかった。夕日で照らされた自分の影ともう一つ、別の影が廊下に映り込んでいる事を。

ガシャン!と窓が砕ける音と共に、人影が飛び込んでくる。レ級は飛び込んできたその人物を見て、目を見開いた。

 

「何を驚いているレ級。お前にできて、俺にできない事がある訳ないだろう」

 

それはない、絶対にない。レ級が珍しくツッコミを入れた瞬間であった。

 

「さて、鬼ごっこももう終わりだ。観念しろよ、このク・ソ・ガ・キ・が!」

 

そして、反対側にも人の気配。どうやら天龍も追いついてきたようだ。

前方に虎、背後には龍。だが、こんな状況においても、レ級は笑みを浮かべていた。

 

「この手は使いたくなかったんだけど、仕方ないよね」

 

レ級がおもむろに呟く。その呟きを、二人は聞き逃さなかった。

 

「レ級、いい加減諦めて素直に謝ったらどうだ。それなら俺達も、少しは罰を軽くしてやるかもしんねーぜ」

 

「レッレレー、イヤだね天龍。アタシがそういうの嫌いなの、よく知ってるでしょ」

 

「だったらどうするつもりだ。まさか、この状況からまた逃げられるとは思ってないよな」

 

「さすがにそれは無理っぽいからねー、別の手段を選ぶ事にするよ。………援軍を呼ぶ」

 

提督と天龍が気付いた時には遅かった。レ級は大きく息を吸い、叫ぶ。

 

「助けてー!悪い人に捕まっちゃうよー!」

 

建物の中だけでなく、外にもその声は響いていく。その数秒後、地響きのような音が鳴り始め、徐々に三人のいる場所へ近づいてきた。

そして、爆音と共に壁が吹き飛ばされる。そして現れたのは―――

 

 

「呼ばれて飛び出て、比叡です‼」

 

 

「―――いや呼んでねぇ‼」

 

「てか壁!また淀さんに怒られる!」

 

壁に大穴を開けて現れた比叡に、二人は的確なツッコミを入れる。しかし、当の比叡にとってはそんな事などどこ吹く風。

 

「年端も無い少女に乱暴するなんて、この私が許しません!二人の廃んだ根性、私の気合で叩き直してあげます‼」

 

こうなってしまったら比叡を止める事は不可能だ。それをよく知っている提督は、ある決断を下す。

 

「…天龍、提督権限だ。艤装の使用を許可する」

 

それを聞いた天龍は、ニヤリと口元を歪ませる。

 

「いいのかよ、もしバレたら始末書物だぜ?」

 

「構わん。バレた所でやりようはいくらでもある」

 

本来、戦闘や演習以外での艤装の使用はご法度である。しかし、すでに怒りが頂点を飛び越していた提督は、そんな事を気にかけようともしなかった。

 

「入ってたかが数年のひよっこ共が粋がりやがって…熟練者との年期の違いってもんを見せてやる…!」

 

完全に戦闘態勢に入る提督。天龍もまた、艤装を展開し刀を構える。挟まれたレ級と比叡の二人は互いに背中合わせになって艤装を纏い、提督達の攻撃に備える。

そして、二人に狙いを定めた提督が、地面を蹴ったその瞬間。

 

どこか後もなく現れた叢雲が、手に持った六法全書で提督の頭を殴りつけた。

 

「いい加減にしなさいよアンタ…ただでさえ人手不足で困ってるっていうのに、人の苦労も知らないで好き放題暴れて……海の藻屑になりたいのかしら…?」

 

海ではなく床のシミと化した提督に、叢雲は冷たい言葉を投げつける。

そして、一方の天龍は、

 

「は、離せよ長門!お前もぶっ飛ばされてぇのか⁉」

 

「そういう訳にもいかない。ここにはまだ傷の癒えていない者もいるんだ。大人しくしてくれ」

 

長門に羽交い絞めにされ、わんわんと喚く天龍。戦艦の力になす術もないようである。

 

「あまり暴れないでくれるか。その…こんな事は言いにくいんだが、暴れられると、力加減を間違ってしまいそうで…」

 

「誰か助けてくれぇ!ビック7に殺されるー!」

 

喚き声はいつの間にか悲鳴へ変わっていた。

と、一方で、

 

(ラッキー、今のうちに逃げちゃおうっと)

 

この好機を逃すまいとしたレ級がこっそりとこの場を離れようとする。しかし、現実はそう甘くはなかった。

 

「レ級さん」

 

背中に氷水を入れられたような冷たい感覚が走る。カタカタと体を震わせながら、声がした方へ首を動かす。そこには、この鎮守府で最も怒らせてはいけない人物、軽巡大淀の姿があった。

 

「この前の講義のレポート、レ級さんだけ未提出になっています。今日中に提出するよう通知していましたよね。出して下さい」

 

普段通りの穏やかな口調。表情にも特に変化は見られない。それなのにも拘らず、彼女が放つ威圧感は確実にレ級の精神を侵食していく。

 

「い、いやー。実はまだできてなくて…もう一日だけ待って欲しいかなーなんて……」

 

「出して下さい」

 

「……ハイ」

 

言い訳など通じる訳がなかった。元々白い肌をさらにブルーにし、レ級は自室へと向かって行った。

 

「比叡さん」

 

「は、はいっ!」

 

次に声をかけられたのは比叡、本日鎮守府に二つ目の大穴を開けた張本人だ。大淀が彼女に対して放った言葉は、たった一言。

 

「これ、直せ」

 

「ア、ハイ」

 

こうして、事態は収束していった。

 




閲覧ありがとうございます!

相変わらずの亀更新…見て下さっている方には本当に申し訳ないです…
さて、今回の話でこちらの小説は一区切りです。朝出撃~帰投後それから、まで書きましたが、なかなか話が思いつかず苦戦しました。
次回からも引き続きこの鎮守府での日常をお送りしていこうと思っています。更新まちまちになりそうですが、どうかもうしばらくお付き合いください。

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