アナこれ!『another fleet collection』   作:鉢巻

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第五話 それぞれの過ごし方 長門、瑞鶴、陽炎の場合

太陽の光が徐々に山吹色に変わり始めた頃、遠征に出ていた長門達は海賊達の連行を終え鎮守府に帰還していた。

 

「艦隊帰投したぞ……っと…何だこれは」

 

報告をするために執務室を訪れた長門は目の前の光景に呆然とした。

部屋の奥の壁が無くなっている。敷居が無くなって水平線が一望できるようになっている。

 

「あ、戻られたんですね。長門さん」

 

声をかけられて振り向くと、そこには港湾の姿が。

 

「港湾、これは一体…」

 

「あー、えっとそれはですね。実は…」

 

港湾は事の顛末を長門に説明した。

 

「なるほど…。まあ、仕方ないと言えば仕方ない事だ」

 

「確かに赤城さんの食べ物への執着は時々目を見張るものが―――」

 

「大切な甘味を奪われては、そこまで怒るのもむしろ当然だ。港湾、ほっぽにちゃんと厳しく言っておくように」

 

「あれー、えーとそのー…。ごめんなさい?」

 

港湾は改めて知った。彼女と赤城は同じタイプの人種である事を。

 

「で、提督はどこだ?奴に報告書を渡さねばならんのだが」

 

「あ、それなら私が預かっておきます。提督なら確か「待てこのクソガキィ―――――‼‼‼」

 

執務室の扉が乱暴に蹴破られる。そこから黒いフードを被った少女が飛び出し、長門達の間を駆け抜けて行った。

 

「レッレレー♪こっこまでおいでー♪」

 

それに数秒遅れて二つの人影が飛び込んできた。その正体は、

 

「クソガキィ!いい加減龍田の動力源返しやがれ!」

 

「大人をからかうと碌な目に合わんぞレ級…今すぐ投降しろ!」

 

天龍と提督だ。二人共般若のような形相でレ級に迫っている。

 

「レッレレー♪アタシ子供だからそんなの分かんないもーん。それにぃ、アタシからこれを取り返せないのは、単純に二人がアタシより弱いからでしょ。自分より弱い奴の言う事なんか聞かないもんねー」

 

プチン、と二人の中で何かが切れる音がした。

 

「テメェの敗因は、たった一つだぜ…レ級。たった一つのシンプルな答えだ。…テメェは俺を怒らせた」

 

「貴様は楽に死なさん…。じわじわとなぶり殺しにしてくれる!」

 

「やれるもんならやってみーろー♪」

 

そう言ってレ級は部屋の吹き抜けから飛び降り、それを追って二人も身を宙へ投げ出して行った。

 

「ここ三階だぞ。あの二人はともかく、提督は大丈夫なのか」

 

「あの人は普通の人より丈夫ですし、何とかなるんじゃないですか?」

 

『足があぁぁぁぁぁぁぁ………』

 

『提督ぅぅぅぅぅぅぅぅ………』

 

港湾の期待とは裏腹に悲痛な木霊が聞こえてきた。

 

「…」

 

「…まあ何とかなるだろう。ほら、報告書だ」

 

「ありがとうございます…」

 

「ところで、あの二人はなぜレ級を?」

 

「天龍さんは龍田さんの動力源(?)を取り返すためで、提督は…」

 

「提督は?」

 

「ゲームのデータをレ級ちゃんに消されたそうで…」

 

「子供かあいつは」

 

これ以上は付き合ってられないな、と長門は執務室を後にするのだった。

 

 

 

 

「くぁ~ぁ、ねむ…」

 

大きな欠伸をしながら工廠から寮へと続く道を歩く瑞鶴。つい先程まで遠征で使った艦載機の整備をしていたのだ。

彼女が向かうのは自室。理由は無論、休むためだ。普段はしない仕事をしたせいで、今日は精神的な疲労がかなり大きかった。

 

(やっぱり私は実戦の方がいいわ。もう絶対遠征なんか受けてやんな―――)

 

そこで瑞鶴は思わず足を止めた。いや、正確には止めざるをえなかった。

彼女の行く道を塞ぐように立つ女性。

青い弓道着に身を包み、長い髪をサイドテールでまとめた彼女の名は、

 

加賀型一番艦、加賀。

 

かつて赤城と共に一航戦として伝説を作り上げた正規空母の一人だ。

 

二人の間に漂う不穏な空気。瑞鶴は注意を最大限に払って、加賀の瞳を見つめた。

 

「…」

 

すると加賀は何も言葉は発さないまま、手に持っていた何かを瑞鶴に向けて放り投げた。彼女が投げたそれは地面で一度跳ねると瑞鶴の胸に収まるような位置で飛んでくる。

それを受け取った瑞鶴。そしてここで気付いた。『受け取ってしまった』…と。

 

(どうやら…やるしかないようね)

 

覚悟を決めた瑞鶴は改めて加賀に向き直る。

二人の視線が交わり、戦いが始まった。

 

まず瑞鶴は右舷から攻めに入った。理由は単純、自分が最も得意とする攻め方だったからだ。

だがそれを知らない加賀ではない。素早く瑞鶴の前に移動し、道を塞ぐ。

追撃が不可能と感じた瑞鶴は身を翻し、一旦距離を取る。そしてすぐさま攻撃に入る。

今度は加賀に対して真っすぐ突っ込んで行く。加賀もそれに反応し身構える。

右か左か。加賀がそう思案した時、瑞鶴の体が僅かに左に傾いた。

その行動に加賀が反応を示したその時だ。瑞鶴は体を切り返し、右に向かって踏み出した――――――――――が。

 

(やっぱこの程度じゃ通じないか…)

 

加賀はそれを読んでいた。現に瑞鶴は一歩目まで踏み出したのはいいものの、それ二歩目は踏み出す事ができなかった。

冷たい機械のような瞳が、瑞鶴を見つめる。

 

(油断も隙もありゃしないわね。となれば、後私にできる事は…)

 

もう一度距離を取ってしばらく思考に時間を使う。その間加賀は追撃はしてこなかった。そのおかげで、十分に作戦を練る事ができた。

 

「…よし、じゃあ…行くわよ、加賀さん…!」

 

思いっきり地面を蹴って、加賀に向かって一直線に駆け出す。

それを迎え撃つため加賀は身構えると同時に全身に注意を張り巡らせる。次はどちらからくる。右か左か―――

 

(―――――右!)

 

予想通り瑞鶴の体は右へと進路を変え始めている。このタイミングで行く手を遮れば、瑞鶴が打てる手は無い。詰み、得るのは完全な勝利だ。

体から視線を逸らして瑞鶴の顔を見る。その時彼女は――――

 

うっすらと笑みを浮かべていた。

 

「――――――ご明察」

 

しまった。

加賀が気付いた時には遅かった。真下、視界の外で何かが弾んだ音がした。

慌てて視線をそちらに移すが、それも手遅れ。

瑞鶴はすでに加賀を抜き去っていた。

 

(やった!後はこのまま逃げ切れば―――)

 

瑞鶴がそう思った直後だった。

 

彼女のすぐ傍を、青い稲妻が駆け抜けた。

 

「なっ⁉」

 

何が起こった分からず反射的にブレーキをかけてしまう。それが敗因だった。

加賀の魔手が伸び、瑞鶴が持っていたモノを奪い取る。そしてそのままスルリと瑞鶴の横を通り抜け、

 

 

数メートル先にあったバスケットゴールにそれ(ボール)を叩き込んだ。

 

 

オレンジ色のボールが、タンッタンッと数回跳ねたあと地面に転がって止まる。

そして数秒の間をおいて、

 

「やりました」

 

実に満足そうな顔で加賀がそう言った。

 

「やりました。じゃねぇーっての加賀さん‼」

 

半分怒ったようにそう言うと加賀は「あら、何か問題?」とすました顔で答える。

 

「何でいきなりワンonワン仕掛けてくるの⁉何でわざわざバスケットボール持って待ち構えてるの⁉新手のポ○モントレーナーかアンタは⁉」

 

せいきくうぼの かがが

しょうぶを しかけてきた!

 

「なぜバスケをするかって?そこにゴールがあるからよ」

 

「聞いてない、全然聞いてないからそんな事。ていうかいつの間にゴール準備したわけ?」

 

「覚えておきなさい瑞鶴。私はスポーツが大好きなの。愛してると言っても過言ではないわ。だから、そんなスポーツ大好きの私にできない事なんてないわ」

 

「会話のキャッチボールをして…って違う!そっちのキャッチボールじゃないって!待って!その大きさはさすがに無理があるから!」

 

「そう、残念ね…。じゃあ次は私がオフェンスをするわ」

 

「じゃあって何よ、勝手に仕切り直しをしないで!」

 

一航戦加賀。

冷静沈着。クールなイメージの強い彼女だが、実はこの鎮守府では最もアクティブな人物である。

座右の銘は『No Sports ,No Life』

インドア、アウトドアのジャンルを問わず様々なスポーツに挑戦する、艦娘界のアスリートである。

 

「あのね、私は遠征から戻ったばっかりで疲れてるの。一刻も早く部屋に戻って休みたいの。だから悪いけど加賀さんの相手をしてる余裕は無いの」

 

「でも今やってくれたじゃない」

 

「あれは加賀さんが無理矢理やらせたみたいなもんでしょうが!急にあんな物投げつけられて、おまけに獣みたいな目で迫られたらさすがにやらざるをえなくなっちゃうでしょ!」

 

「貴女の動き、悪くなかったわ。次もそれなりに期待しているわ」

 

「だから聞いてないって言ってる無言で構えるなもうしないって言ってるでしょ」

 

早く部屋に帰りたい瑞鶴に対し、加賀は一向に引き下がる様子を見せない。

 

「ていうか、加賀さんなら私なんかよりもっといい相手いるでしょ。なのに何でいっつも私なわけ?」

 

「貴女とするのが一番楽しいからなのだけど」

 

瑞鶴の言葉に加賀は間髪入れずきっぱりとそう答えた。

一方言われた瑞鶴はというと、それまでの威勢はどこへ行ったのか、顔をリンゴのように紅潮させて固まっていた。

 

「な……そ…そうなの……なら…うん、いいんじゃない?」

 

「! ならもう一戦…!」

 

「わ、わかった!わかったからもう…でもちょっと休憩させてよね。疲れてるんだから…」

 

「わかったわ。貴女が大丈夫になったら言ってちょうだい」

 

「はいはい…」

 

やっぱり加賀さんが相手だと調子くるうなぁ、と思う瑞鶴。その心は、実は満更でもなかったりする。

 

 

「―――で、休憩はどのくらい必要なのかしら。五分?十分?それとも高速修復材使う?」

 

「そわそわするな犬かアンタは」

 

 

 

 

それはある夕刻の出来事だった。

比叡カレーによる大損害から何とか回復した陽炎型駆逐艦のネームシップ陽炎は、リハビリがてらに鎮守府内を散歩していた。

 

(たまにはこうやってあてもなく散歩してみるのもいいわね。飛行さんの気持ちがちょっとわかった気がするわ)

 

今度は不知火達も誘ってみようかしら、などと考えながら歩いているとどこからともなく声が聞こえてきた。

 

『よし―――――よ。―――――――――――――さん』

 

誰だろうと気になった時にはもう足を進めていた。

 

(この声は…瑞鶴さんと加賀さんね)

 

陽炎は建物の陰に身を潜めて様子をうかがっていた。なぜわざわざ隠れたりなどしているのか、ただ単純に好奇心に駆られたからである。

普段から仲のいいあの二人が二人きりの時はどんな会話をしているのか。それがほんのちょっぴり気になったからだ。

 

(さて、何を話してるのかしら)

 

隠れたのはいいが二人がいる場所とは距離があるため会話の内容ははっきり聞こえてこない。聞き耳を立てて何とかそれを聞き取ろうとする。

 

「なぜ――――するかって――――――からよ」

 

「聞いてない―――――そんな事。いつの間に――――」

 

(おや、何か揉め事かな)

 

少し心配になって物陰から様子を見ようとしたその時だった。

 

「覚えておきなさい瑞鶴。―――大好きなの。愛していると言っても過言ではないわ」

 

(……ほあ―――――――――――――――――――――――――――――――――‼‼‼‼)

 

陽炎の中に電撃が走った。

 

(え、うそ、え、ほんと⁉あの二人ってそう言う関係だったの⁉)

 

様子を見る事など忘れて、陽炎は激しく動揺していた。

仲が良かったのは知っている。でもまさか、ここまで二人の関係が進んでいるとは思いもよらなかったのだ。

 

「だから――――――私にできない事なんてないわ」

 

「待って、その大きさはさすがに無理があるから」

 

(何が⁉大きいって何の事⁉加賀さん一体ナニをする気なの⁉)

 

「じゃあ私がオフェンスをするわ」

 

(ただでさえ攻めてるのにさらに攻めるの⁉)

 

「じゃあって何よ、勝手に仕切り直しをしないで」

 

(あ、瑞鶴さん抵抗してる)

 

「あのね、私は遠征から戻ったばっかりで疲れてるの。一刻も早く部屋に戻って休みたいの。だから悪いけど加賀さんの相手をしてる余裕は無いの」

 

(滅茶苦茶言われてるじゃないですか加賀さん⁉もしかして今までは加賀さんが無理矢理…)

 

「でも今やってくれたじゃない」

 

(事後だった―――――――――――‼)

 

「あれは加賀さんが無理矢理やらせたみたいなもんでしょうが!急にあんな物投げつけられて、おまけに獣みたいな目で迫られたらさすがにやらざるをえなくなっちゃうでしょ!」

 

(やっぱり無理矢理だった⁉いやそれよりやらざるをえないって……やらざるをえないって一体ナニを‼‼‼)

 

「貴女の動き、悪くなかったわ。次もそれなりに期待しているわ」

 

(まさかの暴露!瑞鶴さんがテクニシャンだという事実が露わになりました!)

 

「ていうか、加賀さんなら私なんかよりもっといい相手いるでしょ。なのに何でいっつも私なわけ?」

 

(あ、あれ?瑞鶴さんやたら消極的ね…まさか加賀さんと自分がつり合わないとか思ってるのかしら。私から言わせてみれば結構お似合いに見えるんだけどな…ここまで進んでるとは思わなかったけど)

 

「貴女とするのが一番楽しいからなのだけど」

 

(アイエエエエエエエエエエ⁉ここでNight Partyの感想言っちゃうの⁉さすがに嫌われますよ加賀さん⁉)

 

「な……そ…そうなの……なら…うん、いいんじゃない?」

 

(堕ちた――――――――――――――――――――――――――――――――――――⁉)

 

「ならもう一戦…!」

 

(二巡目、いや夜戦に突入するつもりだ――――!いいのか⁉いいのか瑞鶴さん‼)

 

「わ、わかった!わかったからもう…でもちょっと休憩させてよね。疲れてるんだから…」

 

( 承 認 !)

「わかったわ。貴女が大丈夫になったら言ってちょうだい」

 

(はわわわわわ、どうしようとんでもない現場見ちゃったよぉ。とりあえず、ばれないようにここから…)

 

去ろう、と一歩踏み出したところで陽炎は思い留まった。

 

(つ、続きが気になるぅ!このあと、あの二人どうするんだろう…)

 

これ以上首を突っ込んでもしバレでもしたらどうなるか分からない。しかし、だからと言ってここで諦めてしまったらこのモヤモヤした感覚をずっと胸にしまっておかねばならない。

 

(見るか?でもバレたらどうなるか…でも見たい!ああやっぱりやめた方が……でも見たいぃ!)

 

その場で頭を抱えて悶える陽炎。傍から見ればその姿はまさに変質者そのものである。

そしてその様子を――――

 

ヲ級が―――――――――見ていた。

 

「ファッ⁉」

 

いつの間にか背後に現れていたヲ級に驚いて変な声を出してしまう。

対してヲ級は何かを言うわけでもなく、ただ陽炎の顔をじっ、と見つめている。

 

「…」

 

「…」

 

少しの間静かな時間が流れる。そして、ヲ級が何かを言おうとして口を開いたその時。

 

「あら、貴女達こんな所で何をしているのかしら」

 

「ぶフォッははは‼か、加賀さん⁉」

 

いつの間に来たのか、加賀がすぐ傍に立っていた。

 

(どうしよう盗み聞きしてたのがバレちゃった!謝って済むかな、爆撃されないかな…)

 

陽炎の頬を嫌な汗が流れ落ちる。はたしてどんな宣告を言い渡されるのだろうか。

もちろん、そんな陽炎の心境など加賀は知る由も無い。

 

「そうだわ。貴女達、この後何か予定はある?」

 

「い、いえ。特にありましぇん」

 

「ヲ」

 

「そう。じゃあもしよかったら、二人も一緒にしない?」

 

瞬間、陽炎の紅潮度が一気に最高点まで達した。

 

「い、いいいいいい一緒にって、ももしかしてよよよよよよ4Pって事ですか⁉」

 

「? そうだけれど」

 

「い、いやいやいやいや。さすがにそれはマズいでしょう!」

 

「確かに人数が中途半端なのは否めないわ。本当なら後二人は欲しいところなんだけど…」

 

「まだ増やすんですか⁉加賀さん、貴女どれだけ持て余してるんですか⁉」

 

「持て余す…確かにそうね。だからこそ、この衝動を解き放つには貴女の力が必要なのよ」

 

(ひえ―――――――――――――――――――‼)

 

陽炎のキャパ容量はもはや限界を超えている。通常の思考などできるはずもなく、エサを求める魚のように口をパクパクと開閉して狼狽えている、

 

「さっきから騒がしいわね。何やってるのよ」

 

と、ここで瑞鶴が様子を見にやってきた。

 

「じゅ、じゅじゅじゅじゅじゅずいかくさん…?」

 

「いや何その反応…。その様子だと、さっきからでかい声出してたのはアンタね?一体どうしたって言うの」

 

「いや…そn「私が彼女を4Pに誘ったのよ」かっがさん⁉」

 

「4Pって…ああそういう事ね。ヲ級はそれでもいいの?」

 

「ヲ」

 

「あらそう」

 

「ご協力感謝します。ヲ級さん」

 

(え、何?今のはOKって事なの⁉ヲ級さんもしかして貴女もそっち側の…って考えてる場合じゃない。何とかここを切り抜ける方法を…)

 

「陽炎はどうするの?いやなら別に断ってもいいわよ」

 

(瑞鶴さあああああああああん‼あ、ありがとうございます!ここはお言葉に甘えて――)

 

「ええそうよ、別に断ってもいいわ。残念だけど、貴女にも都合があるものね…。本当に…残念だけど……!」

 

(ほんっっっきで悔しそうな顔してる!唇噛みすぎてちょっと血が出ちゃってますよ⁉どんだけ4Pしたいんですか加賀さん!)

 

まさに究極の二択である。自分の貞操を捨てて加賀の望みを叶えるか。それとも期待を裏切って貞操を守るか。

そして陽炎は決断する。

 

「…い、いやぁ。別にこの後予定もなかったですし…ダイジョウブ……デスヨ…?」

 

「貴女はやってくれる人だと思っていたわ…!陽炎さん、本当にありがとう!」

 

陽炎は、加賀の望みを叶える方を選んだ。

 

(あーあ、やっちゃった。ちょっとした出来心でこんな事になるなんて…。さよなら、私の純潔…)

 

「そうと決まれば善は急げよ。早速準備にかかるわ」

 

「ええ!ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

「? 何かしら?」

 

「私…実はこういう事初めてで……できれば、その…優しくして下さい」

 

顔を赤らめながらも何とか絞り出した言葉である。それを聞いた加賀は、陽炎を安心させるように微笑みを浮かべながら、優しく彼女の肩に手を回して抱き寄せる。

 

「初めは誰でもそうだわ。自分の知らない未知の世界。そこに一歩踏み出すのは、そう簡単な事じゃないわ。でも大丈夫。私が貴女をちゃんと導いてあげる。手取足取り…ね」

 

きゅんッ!と胸が締め付けられる感覚に陽炎は戸惑った。間近で見る彼女の顔。長く揃ったまつ毛に、見ていると吸い込まれそうな綺麗な瞳。そして、桜色の柔らかそうな唇。

これから彼女にどんな事をされるのだろう、と想像しながら、陽炎は目を固く閉じた。

 

「別にそこまで緊張する事ないでしょ。適当にとって入れるだけなんだから、もっと気楽にやっておけばいいのよ」

 

「それは聞き捨てならないわね瑞鶴」

 

「だってそういうもんでしょ。バスケ(・・・)って」

 

 

(………………………………………………………………………………………What?)

 

 

「それは違うわ。いい?確かにバスケットボールは一見ただボールを突いて、ゴールに入れて終了の簡単なゲームにも見えるわ。でもそれは違うの。あのコートの中で行われる様々な駆け引き…敵対する相手に一体どう立ち向かうか。自分の力で切り抜けるか、それとも仲間の力を借りるか。選手達はそれを一瞬一秒にも満たない間に判断しなくてはならないわ。つまりバスケとは「ちょっといいですか」

 

「何かしら陽炎。今とても大事な所なのだけど」

 

「すみません。ちょっと確認したいんですけど…今からするのって……ナニ?」

 

「バスケットボールよ。言ってなかったかしら」

 

頭の中でバラバラになっていたピースが組み合っていく。

『オフェンス』『仕切り直し』『4P』

そして全てが、一つになった。

 

「どうかしたの陽炎?」

 

「ヲ」

 

「アンタ大丈夫?さっきから何か変よ?具合悪いなら医務室にでも―――」

 

「あ、いえ、大丈夫です。…やりましょう、バスケ」

 

その日の陽炎は、いつに無く速かったという。

 

 

 





閲覧ありがとうございます!

およそ一か月ぶりの投稿です。時間が経つのは早いですねぇ…。
今回の話は前編と後編に分けてます。前もそうじゃなかった?と思った方には大淀さんの機雷が飛んできます。
次回の投稿も未定ですが年内には何とか更新しようと思っております。

ではまたいつか!

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