アナこれ!『another fleet collection』   作:鉢巻

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第四話 守りたいもの

青い海の上を無骨な武装を纏った少女が駆け抜ける。

 

ガスプラント警備隊所属の陽炎型駆逐艦初風は、苦しい表情で迫りくる砲弾を躱し続けていた。

ここの警備隊に配属されてから二年。これまでも海賊や小規模なテロリストによる襲撃が何度かあったが、同じ警備隊を務める仲間達と力を合わせ幾度なく侵入者達を撃退してきた。

しかし、今回は相手が悪かった。

今回の襲撃者が用いた艦は戦艦だったのだ。それも、最新型の物が三隻。

 

「くっ!」

 

飛来するミサイルを機銃で撃ち落とす。爆風が海面に吹き荒れるが、それでも彼女は足を止めない。狙いを定めて敵艦の左側面に連装砲を放つ。放たれた砲弾は、初風の狙い通りの箇所に爆音を立てて命中した。だが――

 

「…堅いわね」

 

無傷。

駆逐艦の砲撃では、ブ厚い戦艦の装甲を貫く事はできなかった。

 

「よりによって重巡や空母の人達が出払ってる時にくるなんて…いや、むしろこれを狙ってたのかしら…」

 

舌打ちをして悪態をつく初風。

かつてない危機感と焦り。その二つが駆逐艦の少女の中で渦巻く。

 

「初風!大丈夫⁉」

 

そんな彼女に駆け寄る少女。初風と同じ警備隊に所属する駆逐艦、舞風だ。

 

「私は大丈夫。でも、状況はそうは言えないわね」

 

こちらの攻撃は全くと言ってもいい程通じないのに対し、向こうの攻撃――特にミサイルなどは当たれば轟沈、運がよくても大破状態に追い込まれるのは確実だ。全てを回避、もしくは撃ち落とすのにも限界がある。唯一の頼みの綱は魚雷だが、敵の軍艦は最新鋭の技術を詰め込んだ代物。命中する確率はかなり低い。

 

「あいつら、今までの連中とはちょっと違うみたいね」

 

「ええ。おそらく軍人崩れの海賊ってところかしら。一体どこであんな物を手に入れたかは知らないけど、どの道厄介な事この上無いわ」

 

そう言っている間にも砲弾が飛んでくる。二人は即座に回避行動をとり、これをやり過ごした。

 

「とにかく、私達で食い止めるしかないわ。行くわよ!」

 

「華麗に踊って見せるんだから!」

 

そして再び戦いが始まる。

直径35.6センチの砲口から放れた砲弾が海を叩き、巨大な水柱が打ち上がる。体に激しい水飛沫を受けながら、二人は横一列に並ぶ戦艦の中の左端の艦に向けて接近する。

そうすればその戦艦が盾になって他の二隻からの砲撃は飛んでこない。無論その分狙った一隻からの最大火力が二人を襲う事になるが、それでも三隻を同時に相手するよりは幾分マシだ。

 

「撃ち方始め!」

 

飛来する砲弾を、避け、避け、撃つ。ひたすら神経を研ぎ澄まし、目前の敵に集中する。

予想通り他の戦艦からの砲撃は無い。が、油断はできない。砲撃は確かに防げたが、ミサイルは別だ。レーダーで標的を捉え空から爆撃するそれは、一隻二隻程度でできた壁など容易く越えてくるだろう。

 

激しい攻防戦が続く中、転機が訪れる。

舞風の砲撃が敵甲板の砲台に命中したのだ。

敵の砲撃が――止まった。

 

「やった!」

 

「一気に畳みかけるわよ!」

 

ようやく掴んだチャンス。二人はありったけの魚雷を目の前の戦艦めがけて打ち込む。

 

「いっけぇぇぇぇ!」

 

舞風が勝利を確信し、そう叫ぶ。それは初風も同じで、すでに残りの戦艦をどう相手するか考えていた。

 

しかし、現実はそう甘くはない。

 

「うそ…」

 

放った魚雷は、戦艦に到達する前に一つ残らず迎撃された。

 

その光景を前に、初風は唇を噛み締める。

戦艦の名は伊達ではなかった。見れば舞風が打ち抜いたと思っていた砲塔は砲身が少し曲がっているだけで、決して大きな損害とは言い難い物だった。

 

(側面は駄目でも甲板なら何とかと思ってたのに…ここまで通じない物なの…⁉)

 

しかし考えている暇は無い。無慈悲な鋼鉄の雨が再び二人に降り注ぐ。

 

「きゃあぁぁ!」

 

「舞風!くっ…あぁッ!」

 

直撃こそしなかったものの、二人は至近距離に着弾した砲撃の影響で中破相当のダメージを負ってしまう。

 

(どうすれば……)

 

必死に頭を回す。砲撃も最後の望みの魚雷も、相手には通じなかった。諦めずに攻撃を続けるか?と考えるがそぐに自分でそれを否定する。効果が見えるより、こちらの弾薬が尽きる方が早いだろう。

精神も体力も、すでに疲弊しきっている。

 

「初風!上!」

 

舞風の声で初風はハッと空を見上げた。その先に大きな影が近づいてくるのが見えた。

最後の最後に注意を逸らしてしまったのだ。他の戦艦からの攻撃に。

 

画面の向こうで見た勇姿に憧れ、家族の制止を振り切って海軍に入った。

長い訓練期間を終え艦娘なって、ようやく本格的な任務が行えると思っていた彼女が配属されたのは、海の上に浮かぶガスプラントの警備隊だった。

納得がいかなかった。座学も実戦訓練も常に上位の成績を維持してきたにもかかわらず、なぜ自分がそんな辺境の地で任務に就かなければいけないのか。教官達にいくら抗議しても、もう決まった事だと言われ相手にされなかった。

そして初風は妥協した。憧れた彼女達の姿は結局画面の向こうの存在で、自分はそこに辿り着けないのだと。

そうして周りに言われるままに流され警備隊に着任。その後、何も転機が訪れないまま二年がたった。

 

(こんな事なら…もうちょっと頑張っておけばよかった……)

 

わずかな心残りを胸に、初風は自分の最期を悟った。

 

そして、その少女に向けて飛来するミサイルは――――

 

 

空中で大きな爆発音を上げ、砕け散った。

 

 

「………え?」

 

何が起きたか分からず、初風はその場に立ち尽くす。そこで無線が通信を捉えた。

 

『―――こちら長門。聞こえるか、初風、舞風』

 

無線を聞いた後、二人は南方へと目を向ける。そこには、

 

「少し遅かったみたいですね…」

 

「Shit.これじゃ高速戦艦の名折れネー…。二人共ー!大丈夫デースカー?」

 

「私達が来たからにはもう安心です!気合!入れて!助けます!」

 

「ヲ」

 

「この編成、何か意味があっての事だとは思っていたが、こういう事だったか。瑞鶴、相手の反応はどうだ」

 

「挨拶代わりに罵声が飛んできたわ。もう沈めちゃっていいかしら、あいつら」

 

戦艦、空母。それぞれの名に違わぬ、力強い意志を宿した少女達の姿があった。

 

「応援…来てくれたのね」

 

「よかった、助かったぁ~…」

 

六人は初風達の元へと駆け寄り、状況確認を行う。敵艦は、瑞鶴とヲ級が放った艦載機が相手になり、時間稼ぎをしている。

 

「―――以上が現状の報告です。申し訳ありません、私が不甲斐無いばかりに…」

 

報告をした初風は、自分を貶すようにそう言った。それに対し、長門は「そんな事は無い」とすぐさまそれを否定する。

 

「戦艦三隻を相手に駆逐艦二隻で立ち向かうなど、本来なら自殺行為。とっくにやられていてもおかしくないだろう。だがお前達はこうして生き残り、あまつさえ私達が到着するまでの時間稼ぎをしてくれた。十分すぎる働きだ。自分を責める事は無い」

 

「お二人は休んでいて下さい。後は私達にお任せを」

 

「し、しかし…」

 

後ろ髪を引かれるような思い。舞風も同様だ。

 

「No problemネー初風&舞風。それに、あんまり無理をしすぎるのも体にはbadデース。二人は後ろで私達の活躍を目に焼き付けておいて下サーイ。目を離しちゃNoなんだからネー!」

 

「…分かりました。ご健闘を祈ります」

 

「が、頑張って下さい!」

 

六人に向かって敬礼をする初風と舞風。彼女達はそれに応えると二人に背を向け、戦場へと駆け出した。

 

 

 

 

「―――ああ、報告は以上だ。帰投する時にまた連絡する」

 

そう言って長門は無線の通信を切る。

彼女の背後には三隻の戦艦が、武装のみ(・・)を完全に破壊された姿で静かに佇んでいる。

 

(す…すごい……)

 

一部始終を傍観していた初風は心の中でそう呟いた。

長門達の戦いぶりは『圧巻』の一言に尽きるものだった。

戦いが終わるまで十分もかからなかっただろう。彼女達は瞬く間に海賊達を追い詰め、制圧した。その身に、ただ一発も被弾する事無く。

 

「捕まえた海賊達や軍艦はどうするんデスカー?」

 

「大本営に引き渡すそうだ。もう少ししたら迎えがこちらに到着するらしい」

 

「じゃあそれまで待機ですね」

 

初風の中で長門達の評価は改められていた。

ガスプラントで見た、緊張感の無い弛んだ姿。それを見て平和ボケした連中だと思っていた。だが、今目の前で魅せられた、戦いの中での彼女達の艦娘としての姿。

ただ少しの油断も無く、持てる全ての力を使って圧倒的な勝利を飾った。これが、数々の戦場を生き抜いてきた、第一艦隊。かつて画面の向こうにあった、自分が憧れた存在なのだと。

 

「す…すごかったです!皆さん!」

 

不意に舞風が声を上げた。その場にいた者の視線が一気に彼女へと集められる。

 

「あの海賊達をいとも簡単に確保しちゃうなんて…!さすがは第一艦隊の方々です!私、感動しました!」

 

目を輝かせながらそう言う舞風。それはまるで、初風の心の奥底の言葉を代弁したかのようなものだった。

 

「……わ…私も」

 

そして舞風の言葉につられ、今度は初風が口を開いた。

 

「私も…その…すごいと思いました。的確な指示もさる事ながら、それぞれがしっかり自分の役割を果たしていて。やっぱり鎮守府直属の人は違うって…思い知らされました」

 

言葉は後になるほど小さくなる。それは心情を素直に口に出すが故の気恥しさか、それとも実力差を見せつけられた事による敗北感によるものか。強いて言うなら、後者の方が大きい。

 

「…初風よ。お前の任務は何だ」

 

そう声をかけたのは長門だ。なぜ今そんな事を?と思いながらも初風は答える。

 

「私の任務は…ガスプラントを警備し、それを守る事です」

 

「そうだな。なら、それは何のためだ?」

 

「それは……この国の資源を守るためです」

 

「違うな」

 

「ッ⁉」

 

自分の言葉を即座に否定した長門に、初風はうろたえる。

 

「初風よ。それはお前が任務に当たる上での口上だろう。私が聞いているのはお前自身の事だ。お前は何を守りたい」

 

すぐに答えは出なかった。頭の中で疑問が飛び交う。

 

(私自身の事……?私が何を守りたいって………私の…私の任務はガスプラントを守る事。だから私は……)

 

「少し質問を変えようか。お前は―――何を守る為に艦娘になったのだ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『お母さん、この人たちだれ?』

 

『ん?…ああ、この人達はね、艦娘って言うの』

 

『かんむす?』

 

『そうよ。あなた、海好きでしょ?』

 

『うん!大好き!』

 

『この人達はね、私達のために海を守ってくれる人達なの』

 

『へぇー。…あ、この人すごい!』

 

『その人は長門って言うの。ほら、いっぱい大砲付いてるでしょ。これで悪い敵をみんなやっつけちゃうのよ』

 

『やっつけちゃいの⁉じゃあ、この人すっごい強いの⁉』

 

『ええそうよ。それに、この人だけじゃなくて、艦娘の人達はみんな強い人ばっかりなの。海の平和を守るために、こうやってずっと戦い続けているの』

 

『へぇー……………お母さん、私かんむすになりたい!』

 

『え、どうしたの急に』

 

『だってかっこいい!それに、私もかんむすになってお母さんやいろんな人を―――――』

 

――――――――守ってあげたいから――――――――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

暗闇の中に一筋の光が差し込む。

その先にあったのはガスプラントで働く人々、共に戦ってきた仲間達の姿。そして、陸に残してきた大切な―――

 

「私が艦娘になったのは………この海の平和を願う、全ての人達のためです!」

 

その言葉には迷いも建前も無い。確かな意思を宿した瞳で彼女は長門の目を見つめる。

 

「そうだ。そのためにお前は戦ったのだ。全力で、自身の身も顧みずな。そして、お前はその役目を果たした。もし今日、お前がいなければ、こうして事態を未然に防ぐ事もできなかっただろう」

 

ほんのりと目頭が熱を帯びる。手が微かに震える。それでも、初風は決して目を逸らさない。

 

「誇れ。お前のおかげで、今日この海を守れたのだ。今回のMVPは間違いなく、お前だ」

 

「はい……ありがとうございます……!」

 

憧れは、いつしか現実の物へとなっていた。

 

「よかったね、初風」

 

舞風がポンと初風の頭に手を置いて優しく撫でる。

 

「私も気になってはいたんだけどさ。ちょっと、そこまで踏み込む勇気がなくて…ね……。ごめんね、気の利かない妹で」

 

「……それでも、アンタはアンタなりに私を元気づけようとしてくれてたでしょ。それで充分よ。…ありがとうね」

 

初風がそう言うと、なぜか舞風はきょとんとした顔になる。

 

「…何よ」

 

「いや…初風が笑った顔初めて見たから…。笑ってると結構かわいいわね…」

 

「なッ…!」

 

その言葉に初風は顔を真っ赤にして慌てて手で隠す。

 

「あ、何で隠すのよー。もうちょっと見せてよー」

 

「う、うるさい!ていうかいつまで頭撫でるつもりなのよ、離しなさい!」

 

「いや、これがなかなか撫で心地がよくて…」

 

「ほう。どれ、私も撫でてみようか」

 

「長門さんまで…結構です!」

 

「遠慮するな。ほら、舞風もどうだ?」

 

「へ?わ、私もですか⁉」

 

「お前も頑張ったからな。ほら、こっちにこい」

 

「じゃ、じゃあ…お願いします…」

 

結局二人して頭を撫でられた。心地よさそうにする舞風と、どこかむずかゆそうにする初風。

その姿はまるで―――

 

「イケメンの主人公がヒロイン二人をたらしこんでる…みたいな絵面じゃない?」

 

「何て事言うデース瑞鶴。感動的なsceneが台無しネー」

 

「本当ですよ瑞鶴さん。ちょっとは空気読んで下さい」

 

「だってそう見えちゃったんだから仕方ないじゃない。ヲ級はどう思う?」

 

「ヲ」

 

「おぅ…それはなかなか…」

 

「ヲ級には独自の世界が見えてるデース…」

 

「もう何も言えません…」

 

「? 何がですか?」

 

「アー、比叡。大丈夫デース。アナタは分からなくていいデスヨー」

 

「⁇ よく分かりませんけど、それはそれとしてあの二人、一件落着したみたいでよかったですね。…………人って、憧れがあったり目標があったりすると、それに向かって真っすぐに頑張れるんですけど、結果が出なかったり障害があったりすると、割と簡単に諦めちゃうんですよね。じゃあどうすればいいかっていう話なんですけど、私は、そういう時に支えてくれる仲間が必要だと思うんです。すべてをさらけ出して、喜びも悲しみも共有できる相手が…。きっとあの二人は、そういう仲になれたんじゃないかと思います。だからもう、初風さんも舞風さんも、何かを諦めるなんて事はないでしょう。強くなりますよ、あの二人は。私達も負けてられませんね……!」

 

比叡の発言に思わず固まってしまう四人。

 

「あれ?どうしました?」

 

「比叡アンタ…以外にちゃんと考えてるのね…」

 

「正直驚きました。いつも気合しか言ってなかったので今回もそうかと…」

 

「ヲ…」

 

「ごめんなさい比叡。勝手に思い違いしていた馬鹿な姉を許して下さい」

 

比叡、やればできる子なんです。

 

『――――こちら――艦隊旗艦山城。応答願います』

 

ふと無線に通信が入った。どうやら先程話にあった大本営の艦娘からのようだ。

 

「こちら――――えぇと、何になるんだ?特別遠征隊とでも言っておくか?」

 

「いや、普通に第一艦隊でいいじゃないですか」

 

『無線にもまともに答えてもらえないなんて…不幸だわ……ってアナタ達、ちょっと待ちなさい!』

 

「いや違うんだ舞風。厳密に言うと我々は第一艦隊では無い」

 

「え``、そうなんですか」

 

「うちの提督は私達のコンディションによって編成をコロコロ変えますからね。誰がどこの部隊に所属という明確な決まりはないんですよ」

 

「と言っても遠征はさすがに別だけどね。燃費の事もあるし。でもまあ今回は、どこかの誰かさんがやってくれたおかげで、私達が遠征行く羽目になったんだけどねー」

 

「ひえ~…」

 

「なるほど…そう言う事ですか」

 

「すまないな。騙すつもりはなかったんだが…」

 

「い、いえ。どちらにしろ貴女方の実力は本物ですし、私達が勘違いしただけの事なので貴女が謝る必要は「初風―――――‼‼‼」

 

名前を呼ぶ声と共に、ドゴッと鈍い音が響いた。それは、初風に誰かが全力でぶつかったが為に発せられた音だ。

 

「も、最上さん…」

 

「初風大丈夫かい⁉こんなに傷だらけになっちゃって…大事な時にいなくて本当にごめん!待っててすぐにドッグに連れていってあげるから!」

 

「最上さん、大丈夫だから落ち着いて下さい。ていうか、今のでちょっと損害増えちゃったんだけど…」

 

「あああええと、つば付ければ治るんだっけ⁉」

 

「治るかそんな民間療法で!」

 

「最上さーん、取り敢えず初風起こしてあげてー。割と本気で辛そうに「舞風さぁぁぁぁぁぁん」

 

泣きすがるような声に驚き舞風が下を見ると、いつ間に現れたのか茶色いセーラー服を着たツインテールの少女が自分の腰にしがみついているのが見えた。

 

「み、三隈さん!いつの間に…」

 

「ご無事でよかったですわ。もし二人に何かあったらと思うと…三隈は…三隈はぁぁぁぁァァァ」

 

「三隈さんしっかりして!ほら、私は大丈夫ですから!」

 

「全くみっともないわねアンタ達」

 

少しきつめの口調で誰かがそう言った。初風と舞風が目をやるとそこには新たな人影が。

 

「軍人がわーわーわーわー泣き散らすんじゃないわよ」

 

白いツインテールと両腕に纏った凶悪なガントレットが特徴の女性と、

 

「う~、よかったよぉ~。ちゃんと二人共大丈夫だったよぉ~」

 

「何でアンタまで泣いてんのよ」

 

「だってぇ~」

 

紅白模様の鉢巻を額に巻いた小柄な少女。

彼女達に気付いた長門はすぐに声をかける。

 

「お前達は…」

 

「ん?あぁ、どーも。ガスプラント警備隊、旗艦の南方棲鬼よ」

 

「瑞鳳でしゅ…ぐすっ…」

 

彼女達は、舞風が言ってた『大本営に研修に行っている』艦娘達。つまり初風と舞風の先輩にあたる人物達だ。

 

「ウチのガキ共が迷惑かけたわね」

 

「そんな事ないデース。二人共しっかり頑張ってくれてましタヨー」

 

「うむ、その通りだ」

 

金剛と長門の言葉に、南方は「あらそう」と淡泊に答えた。自分の仲間に対して関心が無いのだろうか?

 

「まあそれはそれとして、アレが例の海賊達よね?」

 

「ああ、そうだが」

 

「えーっと確か…砲撃処分でよかったわよね」

 

「ちょ、何やってるんですか南方さん!」

 

「離しなさい初風。あ、あとしばらく目と耳瞑ってた方がいいわよ。アンタにはちょっと刺激が強すぎるから」

 

否。むしろ彼女程仲間思いの艦娘はそうそういない。見かけはぶっきらぼうでも、その心は慈愛に満ちている。―――――少し傾いた方向で。

 

「目が怖いですよ南方さん⁉ホントに何する気ですか⁉ほら、最上さん達も止めて下さい!」

 

「南方さん、加勢しますわ」

 

「僕も手伝うよ。罪人には罰が必要だよね。手始めに全員に三式弾でも打ち込んどいとこうか」

 

「「異議無し」」

 

「あわわわわわ…は、初風、どうしよう⁉」

 

「しっかりして下さい瑞鳳さん!ほら舞風、一緒に先輩達止めるわよ!」

 

「…」

 

「あーもう目と耳瞑ってるー。舞風ったら準備はやーい☆ってコラァ!」

 

「触らぬ神に祟り無しよ。私達が止めたところで結果は目に見えてるわ」

 

もはや完全に諦めた様子の舞風。彼女も南方達がどんな人物かよく理解している。知っているからこそ手は出さないこれは妥協ではない。戦術的撤退だ。

 

「ちょっとアレ止めないとまずいんじゃないんですか⁉」

 

一方、遠征組のル級達もこの不穏な空気を察知していた。

 

「何だかかなりdangerousな空気ネー」

 

「凄まじい気合です…!比叡も!負けて!られません!」

 

「張り合っとる場合か!とにかく、力づくでもやめさせないと!なが…」

 

瑞鶴が言葉を詰まらせた訳。

 

なぜなら長門は

 

この状況で、何食わぬ顔で

 

 

最中を食べていた。

 

 

「自由すぎだろ連合艦隊旗艦‼‼‼‼」

 

「おいおい何を言っている。とっくに三時のおやつの時間はきているぞ」

 

「アンタの頭は皮と餡子でできてんの⁉むしろ餡子無しの皮だけ最中になってんじゃないの⁉」

 

「その点間宮の最中ってすごいよな。最後まで餡子たっぷりだもん」

 

「宣伝してるんじゃないわよ!アンタこの状況分かってる⁉」

 

「最上と三隈は外装を、私は内側から殺るわ。私の事は気にしないで、思いっきりぶちかましちゃいなさい」

 

「了解ですわ。くまりんこの力、とくと見せてあげますのよ?」

 

「彼らに僕の航空甲板が血に染まるところを見せてあげないとね」

 

初風と舞風と瑞鳳、それにル級達も加わり三人を止めようとするが、それも当人達にとってはどこ吹く風。彼女達の怒りが収まる気配は無い。

 

「ほらもう変な事言っちゃってるしバリバリ主砲構えちゃってるし!どうにかしなさいよビック7!」

 

「なあに、その点は心配するな。ほら、アレを見ろ」

 

そう言われて瑞鶴は長門が差した方向を見る。その先から、一人の女性が走り込んできて―――――

 

「さあ、出げ「何やってんのよアンタ達は―――‼」

 

南方を蹴り飛ばし、両肩の大砲で最上と三隈を殴り飛ばした。

 

「はあ…はあ……ああ、もう!ほんっとに不幸だわ…」

 

ダイナミックな現れ方をしたのは、金剛とはまた違った風の巫女装束を着た、扶桑型二番艦山城だ。

 

「久しぶりだな山城。元気にしてたか」

 

「ああ、久しぶりね長門。その手に持っている物を見る限り元気なのはわかったわ」

 

「一口いるか?」

 

「はいはいイケメン乙。悪いけどさっさと仕事終わらせて帰らせてもらうわ」

 

長門と山城はかつて訓練兵時代に共に過ごした仲間、俗に言う同期である。元は現在長門が所属している鎮守府にいたが、今は大本営が設置されている鎮守府へ異動となっていた。

 

「な、南方さん。大丈夫ですか?」

 

「大丈夫なはずよ。一応加減はしたから、少ししたら目を覚ますわ」

 

その割には派手に吹っ飛んでいたが…と思う瑞鶴。だが、口には出さなかった。

 

「で、アナタ達が初風と舞風ね」

 

そう言って山城が二人に声をかけた。

 

「はい、そうです」

 

「幸せ者ね、アナタ達。この四人、アナタ達が損傷(ケガ)をしたって聞いて、研修中にも関わらず飛び出したそうよ。さっきも私の命令無視して先に行っちゃうし」

 

二人は言葉が出せなかった。そしてそれと同時に、ほんのりと温かい気持ちに包まれた。

 

「そう…ですか…」

 

「何か…ちょっぴり、嬉しいです」

 

「いい人に恵まれたわね。…よし。それはそうと、アナタ達自力で航海はできる?」

 

山城の声で緩んだ空気が引き締まる。駄弁は終了。ここからは各々仕事の時間だ。

 

「はい、問題ありません」

 

「それじゃあ、アナタ達はそこの四人と一緒にガスプラントに戻りなさい。長門達は私と一緒に海賊達を大本営に連れて行くわよ」

 

「了解だ」

 

「えー嘘でしょ。せっかく終わったと思ったのに」

 

「文句は言わない。金剛、ル級、ヲ級。あの艦の操縦の仕方は分かるわね」

 

「もちろんデース」

 

「じゃあアナタ達は艦に乗り込んで大本営まで運航して。海賊達は甲板にでも括り付けておきましょ。見張りは瑞鶴に任せるわ。残りの、私と長門と比叡は周囲の警戒ね。残党がいないとも限らないわ」

 

「分かりました!気合!入れて!行っきまぁす!」

 

「はいはい。それじゃ、各自行動に入って」

 

『はい!』

 

「やけに指示が手早いな」

 

長門の記憶の中にある山城は、仕事は適度に済まして休める時は休む。少し悪い言い方をすればサボり癖がある人物だったのだ。

素早く指示を送るその姿に「成長したものだ」と長門は素直に関心を抱いていた。

 

「ええ、そうね。ていうか、早く帰りたいのよ」

 

「何だ、何かあるのか?」

 

「…今日、非番なの。私」

 

「ああ……」

 

前言撤回。いつもの不幸体質が起因したせいだった。

 

(今思えば仕事をサボっていたのも、少しでも不幸から身を遠ざける為だったのかもしれないな)

 

などと思う長門。あながち間違いではない。

 

「長門さん」

 

声をかけられ振り向く。初風だった。

 

「今回の件、心より感謝申し上げます。おかげで私は、私が戦う理由を思い出す事ができました。私は…これからもう一度、頑張ってみようと思います。訓練生の時みたいに、がむしゃらに…。そして次こそ守り抜いて見せます。私達で、この海を!」

 

「ああ。貴艦らのこれからの活躍、期待している」

 

互いの無事と活躍、そして敬意を込めて挙手。

長門は確信した。彼女、いや彼女達はまだまだ強くなる。今日という日を超えて、いつか驚くべき成長を遂げるだろうと。いつか、自分達と共に、戦いに身を投じる日が来るだろうと。

 

「一度、我々の鎮守府に来てみるといい。その時は、私が直々にお前に教鞭を執ってやろう」

 

「その時はぜひ、お願いします」

 

「私もお願いしますよ、長門さん!」

 

舞風が初風の背中に飛び込んできてそう言う。

 

「舞風…」

 

「なんて言ったって戦艦ですし、二対一でも文句ありませんよね?」

 

「いいだろう、望むところだ。それまでにしっかり鍛えておけ。私も容赦はしないからな」

 

「…長門さんこそ、鍛錬を怠らないで下さいよ。油断してると、酸素魚雷ぶち込んじゃいますから」

 

初風が放った挑発的な言葉に、長門は一瞬驚き、そして笑みを浮かべた。

 

「いい度胸だ。次に会う時が、本当に楽しみだ」

 

そうして彼女達はその場を後にした。

いつかの再会を約束して。

 

 

 

 

「南方さん」

 

長門達と別れ、ガスプラントへ戻る道中、先頭で航海する南方に初風が声をかけた。

 

「何?」

 

「今日修復が終わったら、訓練に付き合ってくれませんか?」

 

その言葉に瑞鳳、三隈、最上がいち早く反応を示す。

 

「な、何言ってるの初風⁉」

 

「無茶にも程がありますわ!」

 

「そうだよ、今日はもうゆっくり休んだ方が…」

 

それもそうだろう。初風達の損害は決して軽い物とは言えない。最上達としては修復剤を使ったとしても、大事を取って丸一日は休養を取らせたい思いだったのだ。

 

「お願いします」

 

南方はすぐに答えなかった。しばらく初風の目を見つめた後、一拍子置いて口を開く。

 

「いいわよ」

 

「なっ…⁉」

 

「しょ、正気ですの南方さん⁉」

 

「いいんじゃない?本人がやりたいって言ってるんだから。修復剤ぶっかければ傷もすぐに治るし、問題無いでしょ」

 

その答えに最上型の二人は愕然として声も出せずにいた。

 

「舞風、アンタはどうすんの?」

 

「もちろんやりますよ。いつまでも初風の背中追いかけてばっかりじゃダメですからね。初風、言っとくけど今日変わったのはアナタだけじゃないんだからね。私だって大切な物背負ってここまで来たんだから…。負けないよ、妹としても、同期としても!」

 

「…アンタが私に勝てるわけないでしょ。訓練時代いっつもビリっけつだったくせに」

 

「何だとぉ~、私を怒らせたな初風ぇ!」

 

「二人共、喧嘩はダメだよぉ」

 

「ほっときなさい。どうせすぐに治まるわよ」

 

―――――人が変わる為にはきかっけが必要だ。

しかしそれはいつ訪れるか、それは周りの人間は勿論当の本人ですら分かりはしない。

だからこそ、その機会を得た者は誰も想像つかないような、驚くべき成長を遂げるだろう。

そして得た。この少女は、そのきっかけを。すでに道は開いてある。後は突き進むだけだ。

 

彼女は強くなる。守りたいもののために――――――

 

 

 




何とか1週間で投稿できました。

今回の主人公は初風でお送りさせていただきました。
彼女が鎮守府に訪れる話もいつか書く予定です。
ではまたいつか!

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