アナこれ!『another fleet collection』   作:鉢巻

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第二話 後始末 赤城は死ぬ

執務室での騒動の後、提督は通信室に向かっていた。理由は、そこにいるある女性に会うためだ。

 

「へ~い、淀さ~ん」

 

通信室のドアを開けた先にその女性はいた。ロングヘアで眼鏡をかけた知的な印象の女性。彼女は、

 

「大淀です。いつも言ってるでしょう。勝手に人の名前を弄らないで下さい」

 

少し不機嫌そうにしながら、大淀は提督に答えた。

 

「いいじゃんこっちの方が呼びやすいし。それより、ちょいと頼み事があるんだけど……」

 

「何でしょうか。手短にお願いします」

 

「………昨日の書類、再発行してくんない?」

 

申し訳なさそうにする提督を横目に、大淀は表情を少しも変えずにデスクで自分の執務を行う。

 

「何があったんです。先程の爆発音と関係が?」

 

「うっ…お察しの通りで…」

 

そう言う提督の頬には冷や汗が浮かんでいる。

 

「で、何がありました」

 

「……赤城が爆撃した」

 

それを聞いた大淀の手が止まる。提督の中で、警告のサイレンが鳴り響く。

 

「分かりました。取り敢えず赤城さんを呼んでもらえますか?雷撃処分します」

 

「やめてあげて!」

 

無表情で恐ろしい事を口にする大淀に、提督は平静を崩して声を上げた。

 

この大淀は怒らせると怖い。以前、大規模作戦が成功した際の宴会での出来事だ。酒の勢いで、戦艦を中心とした艦娘達が力比べを始めたのだ。腕相撲から殴り合いとそれはだんだんエスカレートしていき、ついには艤装までも持ち出して艦娘総員でのバトルロワイヤルになってしまった。

酒に弱い港湾は初期の段階でダウン。他のストッパー達は巻き添えを喰らったり対処が追いつかなかったりでアウト。提督に至っては止める気など全くなく、悪ノリ派の艦娘達と共に殴り合いに参加するなど、とてもじゃないが収拾がつくような状況ではなくなっていた。

 

しかし、騒ぎが最高潮を迎えたというその時。提督と数人の艦娘が突如爆風で吹き飛ばされた。

一瞬で静かになる宴会場。そして皆の視線は、どす黒い笑みで爆雷を握った大淀へと集められた。

 

清掃活動(おかたづけ)殲滅戦(おかたづけ)、どちらがお望みですか?』

 

鎮守府裏番が決定した瞬間である。

こうした理由で、この鎮守府では「何があっても大淀を怒らせてはいけない」が暗黙の了解となっている。

 

ちゃんと事情を話さなくては本気で赤城が危ないと直感的に悟った提督は、ひとまず執務室での出来事を説明する。

 

「なるほど、そうでしたか。まぁあのバカ城さんなら仕方ありませんね」

 

「(バカ城…)まあ書類も壁の修理もあいつに手伝わせるから…」

 

「ハァー、生易しい。私なら全部やらせますけどね」

 

さらっと毒を吐きながらも大淀はパソコンを開いて再発行の準備を始める。

 

「はいオーケーです」

 

「え、もう?」

 

「ええ。データにあった物を印刷するだけですから」

 

すると近くの印刷機から書類が滝のように…比喩ではなくその言葉通りの意味で流れ出てきた。それを見て提督は露骨に嫌な顔を浮かべる。

 

「うわー、いやだー。やりたくねー」

 

「文句は赤城さんに言って下さい。持って行く位は手伝いますから」

 

さすがに処理の方は手伝ってくれないんですね、と心の中に浮かんだ言葉を奥に押し込み、提督は散らばった書類を拾い集め始めた。

 

 

 

 

所変わって工廠。ここには港湾が明石に執務室の修復をするための材料を貰いに来ている。

 

「板に釘に金槌、鋸と金尺、エアーコンプレッサーとネイルガン。こんなもんですかね」

 

薄茶色の作業服を着た女性が目の前に揃えた工具を一つ一つ確認する。彼女が明石。この工廠の主だ。

 

「わざわざありがとうございます、明石さん」

 

「いえいえ、どうって事無いですよこのくらい」

 

一通り必要な物を大きな台車に載せて一息つく二人。工廠入り口に設置された自販機で飲み物を買い、傍のベンチに座る。

 

「いやーしかし赤城さんも派手な事しますね~。艦載機で執務室を爆撃とは」

 

すでに事の顛末を聞いていた明石は、ハハハと一笑した。噂好きの彼女にとってこの手の話題は大好物だ。

 

「まあ、何でも思い切ってやるところが彼女のいいところでもありますし」

 

「また青葉さんが放っておきませんよ~。『執務室に鳴り響く轟音!食い物の恨みは恐ろしい⁉』なんて」

 

「ぷっ、ほんとですね」

 

などといった具合で二人で談笑していると、工廠に歩いてくる人物が一人。

 

「あら、あれは…叢雲さんですね」

 

「ここの所毎日来てるんですよ。ほんと勉強熱心というか、馬鹿真面目というか」

 

「聞こえてるわよ、明石」

 

そう言って現れたのは吹雪型五番艦、叢雲。改装はすでに済んでおり改二の姿だ。彼女は鎮守府建造当初からこの鎮守府を支えてきた艦娘、いわゆる初期艦にあたる人物である。

 

「いやーさすがは地獄耳、いや地獄電探といった方がいいですかね」

 

「何よその物騒な電探。ステルス戦闘機でも撃ち落とすわけ?」

 

「地獄電探…なんだかかっこいいですね!」

 

「あんたも変に乗っからなくていいわよ」

 

少し呆れたように叢雲は小さく溜息を吐き、自販機で自分の飲み物を買う。選んだのはブラックコーヒー。なかなか渋い物が好みのようだ。

 

「叢雲さんって、頻繁に工廠に来られているんですか?」

 

「まあね。最近は出撃の機会も減って空いてる時間が増えたから、その間に自分の装備について少しでも多くの事を学ぼうと思ってね。で、あんたは何しに来たの?港湾」

 

「実は…」

 

ここに来た経緯を話す港湾。それを聞いた叢雲は、今度は心の底から呆れたように溜息を吐いた。

 

「何やってんのよあのバカは…。ただでさえ鎮守府がこんな状態なのに、これじゃあ心労が増すばっかりじゃない…」

 

頭を抱えて呻る叢雲。というのも、実は今現在、この鎮守府に所属する艦娘のおよそ半分が中破、もしくは大破相当の損害を負っているのだ。

別に大規模な作戦があったわけでも、鎮守府が敵に奇襲されたわけでもない。なら何があったか。答えは簡単だ。

 

先日、夕飯で比叡がやらかした。

 

この鎮守府では、食事の用意は間宮と鳳翔、時間が開いている時は提督。そして一日交替で艦娘が一人、夕食の手伝いをする事になっている。

昨日の当番は比叡。彼女の料理事情を知る三人は、比叡には野菜の皮むきやカット、盛り付けなどの簡単な作業をしてもらっていた。

道中何事も無く料理は進み、無事に今回の夕食、カレーが完成した――――――――――――――かのように思えた。

 

それは配給を初めて少し経った頃。続々と訪れる艦娘達にカレーをよそおいながら、比叡はある事を思いついた。

 

(こんなにいっぱい食べるなら…ちょっとアレンジ加えた方がいいかもしれない!)

 

そこからの行動は実に迅速だった。さすがは高速戦艦といったところか。気合!入れて!いきます!の三拍子で誰にも気付かれる事なく謎の隠し味を鍋に投下。カレーは一瞬にして劇物へと変貌を遂げた。

 

結果、最初の方に配給された者と一部の舌バカを除いた、およそ七割の艦娘が一度に轟沈させられる事態となった。

悲劇から一夜明かした今日、何とか回復した者達もいるようだが、それでもまだ四割程の艦娘が行動不能の状態だ。

 

「人員の欠損に建物の損害…ああもう、考えただけで胃が痛くなるわ」

 

実は、叢雲も昨夜被害を受けた艦娘の一人である。しかし、彼女は早い段階で異常に気付き、対応を取った事で他の艦娘ほど甚大な被害を負わずに済んだのである。

とはいえ彼女も大破ないし中破相当の損害。彼女はその体で、倒れた艦娘達の看護を率先して行っていた。その所為か顔には疲労の色が濃く見える。

 

「叢雲さん、少し休まれた方がいいのでは…」

 

「ありがとう港湾。でも大丈夫よ。このくらいでへばってちゃ、第十一駆逐隊の名が廃るわ」

 

その様子を見て何か思いついたのか、明石はにやりと笑みを浮かべる。

 

「叢雲さん、知ってますか?そういうのフラグって言うんですよ?」

 

「は?アンタいきなり何言ってんの?」

 

「これはアレですね。疲れた叢雲さんを優しく包み込む男の影が…!」

 

「あらこんな所にいい酸素魚雷があるわね。明石、ちょっと前に出なさい」

 

「余計な事言って申し訳ありませんでした」

 

そんな二人のやり取りを見てクスクスと笑う港湾。

お調子者の明石はこうやって面白そうなネタを見つければそれを使って相手をおちょくり、最後には制裁を喰らうといった事がよくある。それが関連して明石と青葉はとても仲がいい。

 

そんな事をしていて数分経ち、缶コーヒーを飲み終えた叢雲が港湾に話を切り出した。

 

「…しょうがないわね。港湾、私も手伝うわ。部屋の修理と書類の処理」

 

「え、でも工廠に用があるんじゃ…」

 

「いいのよ。今日は様子を見に来ただけだし。それに、面倒事はちゃっちゃと終わらせないと、後がしんどいから」

 

「そうですか…ありがとうございます、叢雲さん」

 

「おやおやぁ~ツンデレで定評のある叢雲さん。今日は随分とツン成分が少なめですね~。やっぱり疲れが溜まってるとか?そんな時にはこれ!超微振動マッサージマシーン!これを使えばどんな疲れも吹っ飛び快楽の世界へイッちゃっ」

 

明石が言葉を言い終えるよりも早く、叢雲が発射管から魚雷を引き抜き、マッサージ機(ナニとは言わない)ごと明石を吹き飛ばす。

 

「さ、行きましょ」

 

何事もなかったように叢雲は台車を引っ張って去って行く。港湾はおろおろしながらも、やがて叢雲の後を追って行った。

 

倒れた明石の傍には、高速修復剤が手向けられていた。

 

 

 

 

「うぅ~、終わりません~」

 

執務室で呻り声を上げる艦娘が一人、正規空母の赤城である。

啖呵を切って掃除を始めたのはいいが、これがなかなか終わらない。部屋中に散乱した瓦礫や書類、これをたった一人で片付けるには相当骨が折れる。

 

「はぁ…建物が全部ボーキで出来てたらいいのに…」

 

もしそんな事になっていたら鎮守府は一日足らずで消滅しているだろう。

壁の破片を片手にぼやいていると、不意に声がかかった。

 

「何してるの?」

 

およ?と、赤城が振り返るとそこには白い女性がいた。ぱっちり開いた大きな瞳と腰辺りまで伸びた白い髪。体と一体化しているようなデザインのボディースーツを着ていて、頭には小さな二本の角がある。

 

「うわー何これ、すごいね」

 

抑揚の少ない声で、独特の雰囲気を纏った彼女の名は飛行場姫という。港湾と同じ姫級の艦娘だ。

 

「こ、これはですね。どうやら提督が部屋の大改造をしようとしてるみたいで、私はその手伝いを…」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

赤城の必死の取り繕いに、大して興味もなさそうに飛行は答える。

 

「と、ところで飛行さんは何しにここへ…」

 

「赤城が艤装持ってすごい顔で執務室に行ってるのが見えたから、どうなったか様子見に来た」

 

「⁉」

 

飛行の言葉を聞いて思わず固まる赤城。

 

「やっぱり赤城はすごいね。ピンポイントで執務室に爆撃するんだもん。私見惚れちゃった」

 

「わ――――‼知ってるなら知ってるって言って下さいよ‼」

 

「…? 聞かれなかったよ?」

 

「ああそうですね!もう!」

 

完全に飛行のペースに飲まれてしまう赤城。飛行は飛行で悪気があって言ってるわけではなく、ただ純粋に思った事を言ってるだけなので尚の事タチが悪い。

 

「何で赤城怒ってるの?生理?」

 

「違います!」

 

「あ、もしかしてお腹減ってる?さっきそこで間宮にクッキー貰ったんだけど食べる?」

 

「ありがたくいただきます‼」

 

当然10時のおやつは抜きにされていた赤城は、飛行からクッキーを貰うと貪るようにそれを食べる。味は絶品。思わず頬が緩む。

 

「じゃあ私は行くね。バイバイ赤城」

 

「あ、ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

赤城が呼び止めると、飛行は不思議そうに首を傾げてその場に留まる。

 

「クッキー貰っておきながら言い難いんですが…ここの片付けちょっとだけ手伝ってくれませんか?」

 

「やだ」

 

飛行はバッサリと言い捨てた。

 

「お願いします!私を助けると思って!」

 

「やだよ。疲れるのいやだし」

 

「お願いします!」

 

「やだ」

 

「お願い!」

 

「やだ」

 

同じやり取りが何回か続く。すると、何か思いついたのか飛行がこんな事を言いだした。

 

「ここの瓦礫全部片付けちゃえばいいんだよね?」

 

「そうです。ですが私一人の力では―――」

 

「じゃあまた吹き飛ばしちゃえば?」

 

「…………………」

 

そ れ だ。

 

赤城の中に何かが舞い降りた。

 

 

 

 

赤城に何かが舞い降りる少し前。書類を集め終わった提督と大淀は会議室に向かっていた。執務室は現状から考えてとても業務を行える状態ではないので、他に落ち着いてできる場所はないかという事で必然的にこの場所になった。

 

「で、私が仕置部屋で執務をしていたら天井から大鳳さんが…」

 

「ごめんちょっと待って整理が全く追いつかない。仕置部屋って何?俺聞いてないんだけど?あとそこで大鳳は何してたの?」

 

両手にいっぱいの書類を抱え、他愛ない会話をしながら廊下を歩く二人。するとここで、

 

「レッレレー♪」

 

後ろから誰かの声が聞こえてきた。振り返ってみると、小さな影が何かを持ってこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 

「レっちゃんか」

 

「全く、あれだけ廊下は走るなと…」

 

影の正体はレ級だった。幼い姿をしていながら、雷撃から砲撃、さらには航空戦おも行える万能戦艦。そして、この鎮守府のトラブルメーカーの一人である。

 

「おい提督!そいつ捕まえてくれ!」

 

そしてそのさらに後ろから叫ぶ者が一人。壁に手を着きながら苦しそうに息を切らす人物。

天龍型一番艦の天龍だ。

 

「全く、仕方ないな」

 

提督はやれやれといった様子で書類を床に置き、向かってくるレ級の道を塞ぐように立つ。

そして、提督とレ級の距離が零になったその瞬間。

 

「―――はい後ラスト一㎞!頑張って!」

 

「レー♪ありがとー提督♪」

 

絶妙なタイミングでレ級にスポーツドリンクと携帯食料を渡し、提督は走り去るレ級を見送った。

 

「てええええええいいいいいいいとおおおおおおおくうううううううううううう‼‼」

 

そしてすぐさま怒号が飛んでくる。その声の主はもちろん、

 

「何で逃がしやがった⁉」

 

天龍は提督の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らした。

 

「いやほら、走ってる奴見ると元陸上部の俺としてはサポートせずにいられないっていうか…」

 

「建前はいい。本音を言ってみろ」

 

「おもしろそうだったからつい」

 

「ふっざけんな!こっちは人の命が懸かってんだぞ!」

 

何やら必死の様子の天龍。そこに大淀が横から言葉を入れる。

 

「落ち着いて下さい天龍さん」

 

「うるせえ!お前は黙ってろ!」

 

「静かにしないとケツに九十三式酸素魚雷ブチ込みますよ?」

 

ピタリ、と静かになる天龍。提督も思わず口をつぐんでしまう。

彼女から発せられる気迫はまさに鬼その物だ。その気迫に押され、天龍は小さく「フフ、怖えぇ」と呟いている。

 

「よろしい。では、事態を簡潔に説明して下さい」

 

大淀に言われ、天龍はしぶしぶとこれまでの経緯を話し始める。

 

「あれは、俺が部屋で龍田と休んでいた時の事だ…」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「はい、天龍ちゃんあ~ん」

 

「やめろよ龍田。そんなガキじゃねぇんだから、リンゴくらい自分で食えるっての」

 

「あらあら、そんなに強がらなくてもいいのに。今は病人なんだから、私に甘えてくれてもいいのよ~」

 

「バカ、誰がそんな事…」

 

バタンッ

 

「レッレレー♪」

 

「お?レ級じゃねぇか」

 

「オッス天龍!」

 

「あらあらレ級ちゃん。どうしたの、何か御用?」

 

「暇だから遊びに来たぞ!」

 

「おいおい、それならわざわざ俺の所に来なくても駆逐艦の奴らの所に」

 

「あ!リンゴだ!食っていいか⁉」

 

「いいわよ~」

 

「人の話を聞けよオイ」

 

「なあなあ龍田」シャクシャク

 

「あら。なあにレ級ちゃん」

 

「頭につけてるそれって何なんだ?」

 

「あら、この輪っかの事?」

 

「うん」

 

「うふふ。これはね、私の力の源が詰まってる、いわば動力源みたいな物よ~」

 

「へえ~そうなのか」

 

「いや、ただの電探だろ」

 

「艦娘になった時からずっと手放さずに持っててね、これが無くなると私は死んじゃうのよ~」

 

「オイオイ…」

 

「だから、これは絶対取っちゃダメよ~」

 

「…」

 

「絶対よ、絶対取っちゃダメだからね~」

 

「…!」バッ

 

「あ」

 

「あら?」

 

「レッレレー♪それアタシ知ってるぞ、振りってやつだろ!だったら遠慮なく取っていくもんねー」タッタッタッ…

 

「あーあ、龍田。余計な事言うから持って行かれちまったじゃねーか、電探」

 

「…」

 

「? オイ、龍田?」

 

「…」パタッ

 

「オイ…オイ龍田!どうした⁉」バッ

 

「天…龍ちゃん…」

 

「龍田!一体どうし…何だこれ、何でこんなに冷たいんだよお前…⁉」

 

「フフ…天龍ちゃん…さっきの話……ほんとなの」

 

「なッ…⁉」

 

「黙っていてごめんね。でも…天龍ちゃんに心配かけたくなかったから…」

 

「何言ってんだバカ!どうせこれもいつものおふざけなんだろ。俺をからかって遊んでるんだろ⁉」

 

「…」

 

「オイ……そうって言えよ、オイ!」

 

「………天龍ちゃん」

 

「…ッ!」

 

「私のお願い……聞いてくれるかしら」

 

「何だ、何でも言ってみろ!」

 

「私…この鎮守府に着任して、ほんとによかったと思ってるの…提督や港湾さんや、色んな人がいて……いっぱい笑って、いっぱい任務をして…たまに挫けそうになった事もあったけど…それでも、ここでの生活は…すごく楽しかったって思ってる」

 

「…」

 

「だから…そんな生活を、これからもずっと続けていたい…こんな所で終わりたくない……だから助けて……………お姉ちゃん」

 

「………分かった、俺に任せろ。あの動力源を取り戻せばいいんだな」

 

「お姉ちゃん……」

 

「お前はここでゆっくり待ってろ。俺があのバカとっ捕まえて、すぐに戻ってきてやる。なあに、心配いらねえよ。何たって世界水準軽く超えてるんだぜ、俺は」

 

「ありがとう……ウッ…!」

 

「‼ 龍田!」

 

「大丈夫…でも、ちょっと急いだ方がいいかもしれないわ」

 

「ッ…何でだ?」

 

「あの動力源は……あの動力源は私から百メートル以上離れると機能しなくなるから早くしないと…」

 

「…ッ!それを早く言えよ!待ってろ、すぐに戻ってくるからな!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「という事があって…」

 

(いつの間に地球外生命体と契約したんスか龍田さん)

 

元ネタを知っていた提督は笑いを堪えながら心中呟く。心の芯が真っすぐな天龍に対しこの手の嘘は効果絶大だ。彼女が鎮守府一のいじられキャラと言われる理由がよくわかる。

 

「なるほど、それは大変でしたね。じゃあ頑張って下さい」

 

「ちょ、おい!聞くだけ聞いといてあっさりしすぎだろ!」

 

何となく事態を察した大淀は、面倒事になる前にとさっさと去ろうとする。

 

「悪いな。俺らも忙しいから、そっちはお前に任せるわ」

 

「お前ら…チッ、もういい。お前らに頼んだ俺が間違いだった」

 

そう言って天龍は踵を返してその場を去――ろうとするが、数歩進んだところで腹を抱えて膝から崩れ落ちた。どうやら昨夜の比叡カレーがまだ効果を発しているようだ。

 

「あー…やっぱり手伝おうか?」

 

「う、うるせぇ…ほっとけ……」

 

壁に手を伝わせながら去って行く天龍は、いつもにないほど弱々しい姿だった。

そんな天龍を見送って、提督はふと呟く。

 

「………あいつをからかうのって、おもしろいよな」

 

「うふふ。そうよね~」

 

影からしっかり一部始終を覗いていた龍田は、とても嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

天龍を見送った提督と大淀は、程なくして会議室に到着した。

龍田は天龍の後を追って、「また面白そうな事があったら報告するわ~」と言って去って行った。あの時の龍田は本当にイイ笑顔をしていた。

 

「さて、んじゃ一旦執務室に戻って赤城の様子見てきますか」

 

「では私は通常の業務に戻らせていただきます」

 

簡単に言葉を交わして二人は会議室を出た。するとここで、

 

「あら、提督じゃない」

 

「叢雲。それにわんこちゃんも」

 

資材補給組とばったり遭遇した。

 

「―――というわけで、私も手伝う事にしたわ。人手が多い分には困った事はないしね」

 

叢雲は提督に自分が処理を手伝う旨を伝える。しかし、本来喜ぶべき事であるにも拘らず、提督は戸惑ったような顔をして、大淀に小声でこんな事を尋ねる。

 

「なあ、最近叢雲のツン成分が減ってきてるんだが…こいつ疲れてるのかな…?」

 

「そうですね。特に改二になってからその傾向が強いかも…一度休暇を与えてみてはどうでしょう」

 

「アンタら一体私に何を期待してんの?」

 

「よし叢雲。次の休みに好きな所連れていってやる。どこがいい?」

 

「遊園地でも動物園でもどこでもいいですよ」

 

「何でそんな小さい子供が好きそうな所ばっか推してるわけ?私どちらかというと植物園みたいな落ち着いた静かな所がいいんだけど」

 

「て、提督。私水族館がいいです。ほっぽちゃんも喜びますし…」

 

「よし、次の休みは水族館だ。お前らしっかり準備しとけ。ボーキは一人三百までだ」

 

「私の意見どこ行った」

 

結局話は間宮で好きな物を奢るという形でまとまった。誰が奢るかは決まっているようなものだが…。

 

そして会話が一区切りついた時、突如爆音が鳴り響き、建物を揺るがせた。

 

「な、何だ⁉」

 

「執務室の方向ですね…」

 

驚く提督に港湾が答える。執務室では赤城が部屋の清掃をしていたはずだ。一体何があったのか…。

 

「とにかく、言ってみないと分からないわね」

 

「とりあえず他の艦娘には自室で待機するよう放送で伝えます」

 

「分かった、大淀は後で合流してくれ。港湾、叢雲。行くぞ」

 

そうして大淀は放送を流すため通信室へ、他の三人は爆発の原因を確認するため、執務室へ向かって行った。

 

 

三人が執務室で目にしたのは、想像以上に悲惨な光景だった。

瓦礫は辺り一面に広がって床を埋めてしまっており、更に一度目の被害で無事だった本棚には大きな壁の破片が突き刺さっている。

何より酷かったのは部屋に入って正面の壁。赤城が爆弾を放り込んで穴を空けた壁なのだが、今は穴どころか壁自体がすっかりなくなり吹き抜けのようになってしまっていた。

その状況を目の当たりにして唖然とする三人。そして、

 

吹き抜けに向かって、矢を打った後(・・・・)の恰好を取っている赤城。

 

静かな、小鳥のさえずりが聞こえてきそうなほど静かな時間が流れる。そして赤城は、どうだと言わんばかりの顔で振り返り、

 

「やりました!」

 

再び静かな時間が流れる。赤城の額には薄々と冷汗が垂れ始めていた。

そして三人は、誰かに道を開けるように左右に分かれる。その先は、すでに放送をかけ終わって様子を見に来た大淀が立っていた。

 

彼女は三人が開けた道を通って赤城の前に立つ。表情に怒りはない、呆れもない。ただひたすらに、無。

 

「……何か申し開きは?」

 

「全て私の責任ですごめんなさい」

 

赤城が頭を床につけて、事態は終結した。

 

「あらあら~こっちもおもしろそうだったみたいね~」

 

「うん、おもしろかったよ」

 

その後、赤城がどうなったか知る者はいない。

 

 





閲覧ありがとうございます!

赤城は一体どうなったんでしょうね?



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