アナこれ!『another fleet collection』 作:鉢巻
「では、今日の任務を発表する」
午前十時前。とある鎮守府の執務室。
そこにある人物の呼びかけで数人の少女が集められていた。
「今回の任務は物資を積んだタンカーの護衛。その後行き先の工場で現場の者に従って作業を行ってもらう。作業時間午後三時まで。それが終わったら、責任者に報酬を貰って帰投してくれ」
そうやって少女たちの前に立って話すのは、彼女達を呼び出した張本人。
細身の引き締まった体型で、額に白い鉢巻をまいた青年。
彼こそが、この鎮守府の長である提督なのだ。
「こういう任務は本来遠征部隊が行うんだが、先日の一件で人員の大半が再起不能になっていてな。生憎他の者も手の空いている者がおらず、急遽この編成で行う事となった」
この言葉を聞いた少女達は一人を除いて各々苦い顔をする。
「まあ、戦場で予測不能の事態が起こるなど茶飯事だ。それはわかっているだろう?」
『ハイ!』と、大きな声が執務室に響く。それに提督は満足げに笑みを浮かべる。
「よし、それでは……旗艦、長門!」
「ハッ!」
名前を呼ばれたのは、世界のビック7。かつて連合艦隊の旗艦も務めた長門型一番艦、長門。
「随伴艦、金剛!」
「Yes!」
巫女装束を纏った帰国子女、金剛型一番艦、金剛。
「比叡!」
「ハァイッ‼」
一際大きな声の、金剛と同じ巫女姿の金剛型二番艦、比叡。
「瑞鶴!」
「ハイ!」
迷彩柄の弓道着を着た、翔鶴型二番艦、瑞鶴。そして、
「ヲ級!ル級!」
「ヲ」
「ハイ!」
黒いマントを羽織った色白の少女、空母ヲ級。袖の短い和服を着た女性、戦艦ル級。
「命令はいつも通り、必ず無事で帰ってこい。では…出撃!」
『オオッ!』
提督の号令で、少女達は一斉に執務室を後にする。
提督以外誰もいなくなった執務室。窓から彼女達が海へ出る姿を確認していると、扉が開いて一人の女性が入ってきた。
「今、出撃したところですか?」
長身で、膝まで届くほどに伸ばした白い髪。額に生えた一本の黒い角。そして超弩級ともいえる見事な胸部装甲。シルエットだけでも十人中十人が答えられる彼女は、
「港湾か」
港湾棲姫。長年この鎮守府の秘書官を務めている、実質№2の権力を持つ人物だ。艤装は展開しておらず、袖口からはスラッっとした手が見え隠れしている。
「悪いな、雑務を纏めて押し付けてしまって」
「いえ、これも秘書官の務めですから」
ニコリと優しい笑みを浮かべる彼女の姿は聖母すら連想させる。
気恥しさを感じた提督は、それを紛らわすように窓を開いて空を見上げる。
「…いい天気だな」
「そうですね…」
空は雲一つない快晴。風も穏やかで、艦載機を飛ばすには絶好調だろう。そんな事を考えながら、しばし風に当たる。
本当に穏やかな、平和な時間だ。
「…ん?」
「どうかしましたか?」
ふと何かに気付いたような素振りを見せた提督に、疑問に思った港湾が声を掛ける。
「いや、何かのエンジン音が……」
すると、提督の視線の先。太陽に小さな影が映りこんでいるのが見えた。そしてそれはだんだん大きくなって―――
「なッ⁉」
執務室に、爆弾を放り込んだ。
小さな艦載機から放たれた爆弾はたった一発で甚大な被害をもたらした。爆弾が放り込まれた窓の付近は跡形も無く吹き飛び、ぽっかりと大きな穴が空いている。提督の机やその上に置かれていた書類は残骸へと成り代わり、執務室の床に散らばっていた。
「ッ…港湾!無事か⁉」
「ええ、何とか…」
瓦礫の中から立ち上がる二人。幸い二人共直撃は免れたようで、大した傷は負っていない。
「一体誰がこんな………ッ⁉」
再び疑問の声を漏らす提督。それは、煙に映りこんだシルエットを見たためである。
徐々に煙が晴れ、その姿が明らかになる。
赤い袴が特徴の弓道着。左手には身の丈ほどの弓を持っていて、右手には日の丸の模様が入った弓が握られている。
「赤城…」
「見つけましたよ提督。覚悟はいいですね」
赤城と呼ばれた女性は冷たい視線で提督を一瞥すると、手に持った弓を彼に向ける。
「止めて下さい!」
そこに、提督を庇うように重厚な艤装を展開した港湾が割って入る。
「赤城さん、貴女自分が何をやっているか分かっているんですか⁉」
「分かっていますよ。分かっていなければこんな事はしません」
赤城は砲を向けられているにも拘らず、全く動揺する気配を見せない。
「港湾さん。私は提督に用があるんです。そこをどいて下さい」
「…これは上官への立派な反逆行為です。貴女はそれを自覚して――」
「反逆…ですって?フフッ、違いますね。私が今行っているのは…復讐です」
その言葉に港湾は目を見開く。港湾は赤城とは長い付き合いだ。互いに知らない事はないと言っても過言ではない。だが彼女は今、赤城がなぜこんな事をしているのか、さっぱり見当もつかなかった。
「理由を…教えて下さい」
振り絞るように出した声。しかし、それに赤城は冷徹に答える。
「貴女には関係無い」
そう言って矢を引き絞る。もう覚悟を決めるしかないと思ったその時。
「待て」
提督が、赤城の前に立ちはだかった。
「提督!危険です、離れて下さい!」
「まあ落ち着け港湾。こいつは俺に用があると言ってるんだ」
港湾は言葉を詰まらせる。
彼女は知っていた。こうなってしまったら、彼は誰にも止められない。
自分が原因で引き起こした問題は、全て自分で背負い込んでしまう。
「赤城。お前には悪いが、俺はお前に復讐される心当たりが全くない。できればその弓を放つ前に、その理由を教えてくれないか」
それは彼が普段部下達と話す時のように穏やかな口調だった。とてつもない殺意の前でも、彼は平然としている。
「分からない…ですか。本当に、貴方はとことん私を失望させてくれるのですね。提督」
そう言うと赤城は一度弓を下ろす。
「提督…貴方は私達が出撃する時、いつも同じ事を仰いますね。必ず無事で帰って来いと。任務よりも部下の命を思いやるその心構え。私もそんなあなたを尊敬していました。……少なくとも今朝までは」
そこで言葉を区切ると、赤城の表情が重く沈んだものに変わる。
「今朝…だと?」
提督が疑問の声を漏らす。するとそれが面白かったのか、赤城は貶すように笑い声を上げた。
「あくまでも白を切るつもりなんですね。でももう、分かってるんですよ。貴方がしたって事は」
そして赤城は、ゆっくりと提督に矢を向け弦を引き絞る。それにすぐさま港湾が反応するが提督によって制される。そして赤城が、これまでの行動の核心となる事実を口にする。
「貴方が……………大事にとっていた、私のプリンを食べたって事は‼」
……時間が…とてもゆっくりと流れているような気がした。窓の外からは小鳥の囀る声が聞こえる。そんな中二人は、
((ええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~))
絶句。
「ひどいです!いつも命を大切にしろと言っておきながら、私にとって…命以上に大切な物を奪っていくなんて!」
目から大粒の涙を流す赤城。どうやら本気らしい。
「ずっと楽しみにしてたのに。朝の鍛錬の後に食べる甘味…私の生き甲斐と言っても過言ではないのに!」
「ちょっと待て!お前そんな理由で執務室爆撃したのか⁉ていうか、俺食ってねえし!俺お前のプリン食ってねえし!」
「嘘言わないで下さい!どう考えても貴方しかいないんです!空母の寮に無断で入れて、誰にも気付かれずに冷蔵庫の中からプリンを掻っ攫っていけるのは!きっと夜中に小腹がすいて食べちゃったんでしょう!そうでしょう!」
「違ああああああああああああう!俺は断じてそんな事はしてない!無実だ!冤罪だ!ていうか、お前もちょいちょい人の物盗み食いしてるだろうが!」
「それとこれとは話が違います!」
「どこがだああああああああああああ‼」
すっかり置いてけぼりにされた港湾。少し離れた所で小学生のような争いをする二人を傍観する。
(ああ、そういえばこういう子だったなあ)
赤城は食べ物の事になると人が変わる。それまでの仲間思いのお姉さんの姿は何処へ、どこかのジャイアニストの如き暴君へと変貌する。
そんな事を考えていると、執務室に新たな訪問者が現れる。
「あ、わんこおねーちゃんいたー!」
のんきな声で入ってきたのは、白いミトンの手袋を履いた少女。港湾の実の妹、北方棲姫。通称ほっぽちゃん。
「ダメよほっぽちゃん、今入ってきたら危な――きゃあっ!」
港湾の制止の声はほっぽの見事なタックルによって遮られる。
「えへへー♪」
「もうほっぽちゃんったら…あら?」
その時、港湾がほっぽの口周りに何かが付いているのに気付いた。
港湾はそれを指で拭き取ると、拭き取った物をしばらく見つめた後、ほっぽにこんな事を尋ねた。
「…ほっぽちゃん、さっき何か食べてきた?」
「うん!プリン食べた!甘くてとってもおいしかった!」
純粋無垢な少女は満面の笑みで答える。そしてその言葉を聞いて体を固めた者が一人。
「なん…だと…⁉」
食いしん坊刑事赤城、その人である。
ほっぽは普段、姉の港湾と共に深海寮で寝泊りをしている。しかし、昨夜は港湾が夜遅くまで執務をしていたので、艦載機繋がりで仲のいい龍驤と大鳳の部屋に泊まりに行っていたのだ。つまり…
「…ほっぽちゃん、それは赤城さんが後で食べようと思って大事にとっておいた物なの」
「え、そ、そうだったの。あ、赤城おねえちゃん、ごめんなさい…」
途端に涙目になり、赤城に謝るほっぽ。その姿は痛々しいようでどこか可愛らしい。それに対して赤城は、
「何を謝ってるんですかほっぽちゃん。あのプリンは、もともとほっぽちゃんにプレゼントしようと思ってとっておいた物なんですよ?」
「え、でも大事にとっておいたって…」
「ほっぽちゃんにあげる為に、大事にしていたんですよ。おいしく食べていただけたのなら、私はそれで満足です」
「…本当に?」
「ええ、本当です」
そう言って赤城は微笑みながら、しゃがんで優しくほっぽの頭を撫でる。
「…わかった。赤城おねえちゃん、どうもありがとう!」
「どういたしまして」
赤城にお礼を言うとほっぽはとてとてと去って行った。それを確認すると、赤城は立ち上がってぐーっと背伸びをし…
「さて…一件落着したところで、そろそろ十時のおやつの時間ですね。ヒトマルマルマル。赤城、補給に行って参ります」
「待てコラ大飯喰らい」
颯爽と去ろうとしたところで提督に肩を掴まれ阻まれる。その表情には明らかに怒気が浮かんでいる。
「離して下さい提督、補給の時間です。早くしないと私着底してしまいます」
「おやつを抜いたぐらいで人は死なん。艦娘なら尚当然」
「いや本当に離して下さい。セクハラですよ?セクハラで訴えちゃいますよ憲兵に」
提督の手を引き剥がそうと腕を掴むが、そう簡単には離してくれない。
「やってみろ。この執務室は常に青葉の監視下にある。憲兵に報告したところで、そこの本棚の書物に紛れて設置された盗聴器と、ドアノブの鍵穴に見立てて付けられた監視カメラの記録を見れば、仮に俺が捕まったとしても、確実にお前を道連れにする事ができる」
「くっ!おのれ海軍!港湾さん、援護を!」
赤城の急な振りに港湾は一瞬驚くが、困っている人を見過ごせない性格の彼女はおどおどしながらも赤城の要望に答える。
「え、えーと、提督。赤城さんも悪気があったというのではなく、ただ勘違いをしてしまったというだけなので、その…許してあげても…」
「わんこちゃん優しすぎ!マジ天使!でもね!百歩譲ってここで赤城を許したとしてもね!執務室に空いたこの大穴は消えないんですよ!吹き飛んだ書類は戻ってこないんですよ!」
提督がそう言うと、痛いところを突かれた港湾は言葉を詰まらせてしまう。
「ちなみに赤城さん。先程貴女が爆撃で吹き飛ばした書類は俺とわんこちゃんと大淀さんの三人掛かりで徹夜してようやく終わらせた物なんですよ。これがどういう意味かお分かりで?」
ハッとする赤城。
彼女も昨夜の提督達の様子は知っていた。そしてその書類の量がどれほどの物だったかも…。
ようやく事の重大さを理解した赤城は、提督の腕から手を離し、素直に頭を下げた。
「す、すみませんでした。私の勝手な思い違いでお二人に迷惑をかけてしまって…。その…書類の方は私も手伝いますので」
「部屋の片付けもな。まあ、まずは淀さんに書類の再発行して貰って、それからだな」
「で、では私は明石さんの所で修理用の資材を貰ってきます。赤城さん、それまでここの掃除をお願いできますか?」
「はい!一航戦赤城、全力でやらせて頂きます!」
こうして事態は収束し、それぞれ自分の役割を果たすために歩いていく。
今日も鎮守府は平和である。