蠱毒と共に歩む者   作:Klotho

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十一月の頭に投稿するって言いました。私の中では頭は10日までです。

だからセーフ。

※改行ミスにより文章がとんでもないことになっていました。感想にて指摘して頂いた方々、誠に申し訳ありません。


『一歩前へ』

「此処から先は通行止めだ」

 

不意に頭上から聞こえてきた声。

 

 輝夜の提案で肝試しをすることになった日の深夜。紫と共に再び竹林へと訪れていた霊夢は聞こえてきた声に足を止める。迷いの竹林は人も妖も殆どと言っていい程近寄らない。それこそこの間叩き落した雀や蛍、あとは迷い人くらいの物だと思っていたのだが。

 

声を掛けてきた相手の姿に、霊夢は思わず眉を顰める。

 

「……『慧音』」

 

「人里の守護者ね。全く、この竹林には何かその手の呪いでも掛かってるのかしら?来る度に予想外の相手と対峙させられている気がするのだけど」

 

私の呟きに賛同した紫は、しかし何も間違ってはいない。

 

 眼前にて道を阻んでいる彼女――『上白沢慧音』は、普段は人里で寺子屋の教師をしている半人半妖だった。正義感が強く、知性に溢れていて、それでいて誰に対しても平等……そんな性格。霊夢自身、彼女とは何度も話をしたことがある間柄である。勿論仲が悪いという訳ではない。隣にいる隙間妖怪だけで来たのならば兎も角、私も共にいるこの状況で敵対するような人物ではなかった。

 

それに、彼女とは本来この時に居合わせるような事はない筈なのだが。

 

「満月の夜に出て来ている所、初めて見たわ」

 

「出来ることなら見られたくはなかったさ」

 

慧音は半人半妖。妖怪の力が強くなる満月の夜の間、彼女は種族妖怪となる。

 

 それを後ろ向きに捉えて満月の夜の間は家から出ようとしないという事を霊夢は良く知っていた。阿求の誘いにも、霊夢の呼びかけにも応えないのだ。だからきっと、それは彼女の決意なのだろうと思っていた。人と共に生き、人として生きたいと願っている彼女にとって誰にも譲ることの出来ない大切な物である、と。

 

そしてそれを捨ててまで、彼女は私達を止める為に立ちはだかっているのだ。

 

しかし――

 

「私達、特に止められるような事はしてないと思うけど」

 

「今日という日にお前達が此処へ来た、それが理由だ。それも私の目の前にまで到着したのならば間違いないだろう」

 

私達を止める理由はないが、此処へ来た者を止める必要はあるということらしい。

 

そこで今まで黙っていた紫が口を開いた。

 

「……姿を見ないと思ったら、まさか慧音を懐柔していたなんて」

 

「普通に友人だ。それにそれを言うなら、お前の方こそ姿を見る度霊夢としか活動していない気がするが?……もしかして、お前――」

 

「叩き落すわよ霊夢。彼女の登場にはもう充分に驚かされたし、肝試しの前座にこれ以上割く時間はないわ」

 

「友達少ないもんね、アンタ」

 

紫からの呪詛混じりの視線を軽く受け流す。

 

慧音を睨んだ。

 

「私達は此処を通る、慧音は此処を通さない……それで良いのよね?」

 

「……あぁ。お前達が相手では、どちらかと言えば私の肝を試すことになりそうではあるがな」

 

そういって距離を取った慧音を見据えつつ、先の紫と慧音の会話を思い出す。

 

 今回もどうやら私の知らない所で様々な思惑が入り乱れているようだった。この分ではこの先にいる肝試しの目標が全うな幽霊や何かという可能性は殆ど皆無と言ってもいいだろう。それは提案をしてきた輝夜の顔を見れば想像には難くなかったし、例えそうだとしても私は私で自分の目的を達成する為に動くつもりである。

 

博麗の巫女としてではなく、博麗霊夢として。

 

「じゃあ、慧音の肝試しと行きましょうか」

 

「あの二人の元へは絶対に行かせんっ!」

 

 

頭上から降り注ぐ月の光が、慧音の持つスペルカードを照らした。

 

 

私が妹紅と出会ったのは今から丁度二年程前。

 

満月の夜、半人半妖であるが故に妖怪化してしまい、案の定眠れなくなってしまった日のことだ。

仕方なく人目につかないようにしながら里を抜け出して周囲を散歩していた私は、そこで月明かりが霞む程の光を見た。

 

 

正確には、天まで届き得るかと思うほどの火柱。

 

足は自然と火柱が立ち昇った迷いの竹林の方へと向いていた。

 

 迷いの竹林に入るのは、実はこの時が初めてだった。人里の者達も妖怪も等しく近付くことのない秘境。私も人里に住む者として例に漏れず、何度か遠巻きに眺めたことがある程度である。けれどこの時の私は普段とは違った。まるで何者かに導かれるかのように迷いなく進み、竹と笹の葉を掻き分けて、そして――

 

 

不死身の蓬莱人である妹紅と出会ったのだ。

 

 

 

――彼女は不思議な人間だった。

 

 竹林の外の事について詳しく、そして幻想郷のことについて詳しかった。妖怪の退治の仕方も、人との付き合い方も、その知識と技術はとてもではないが人一人の人生をかけても学びきれない程の量を持っている。その辺りについて訊ねてみても、彼女は曖昧な答えと共に自分が師事してきた相手が良かったと、そう言って話を終わらせてしまうのだが。

 

『私が此処にいる理由?いやいや、輝夜は関係ないって!』

 

一度だけ、どうして彼女が未だ竹林にいるのかを訊ねたことがある。

 

 妹紅はこの場所が幻想郷と呼ばれる以前から竹林で生活をしている。しかし彼女の口振りと態度を考えれば、人と妖の間に壁のなくなった今の人里で充分にやっていけるのではないのかと思ったのだ。そして、彼女は人と暮らすことが好きだと言う。輝夜姫との因縁があるというだけで竹林に居続けるのでは、余りにも勿体ない。

 

しかし、そんな私の問いかけに彼女は困ったように頭を掻いた。

 

『最後の最後で、私も見届けるべきだった事を師匠に丸投げしちゃってね。昔はそうは思ってなかったんだけども、今になって考えてみれば多分――私はあの時逃げたんだと思う』

 

別れるのが辛くてねと自嘲気味に笑う妹紅。

 

 

――その時の彼女の仕草に、私は未だ知らない彼女の師の姿を見た気がした。

 

 

 

「なぁ、妹紅」

 

「んー?」

 

時は少し遡って、永夜の異変の前日。

 

 満月が近いという緊張の所為もあってか、私は人里を離れて迷いの竹林にある友人――藤原妹紅の家へと訪れていた。特に理由があっての訪問ではない。どうやら何かに備えて霊符作りをしているらしい妹紅と、ただ他愛もない話をする為だけに来たのだ。

 

忙しなく手を動かしている妹紅を見、次に外を見て喉から声を絞る。

 

「その、明日はこっちに泊まっても構わないか?」

 

妹紅と知り合ってからはそれが毎月の恒例であった。

 

「そりゃいいけど……あんまり気にしなくても平気だと思うけどねぇ。もう今は姿形で相手を判断するような奴なんて殆どいないっしょ」

 

「何というか、踏ん切りがつかなくてな」

 

それは人間である里の者達に、自身の人ではない部分を見せる事への躊躇。

 

そんな私を見かねたのか妹紅は作業を止めて私へと向き直った。

 

そして、口を開く。

 

「多分、私もこれからは人里に出入りすることになるからさ」

 

「――え」

 

今、何と言ったのか。

 

妹紅も、これからは人里に来るのだと?

 

それは――

 

「――それは本当かっ!?」

 

「おぉうわっ!?ちょっ、待って待って落ち着いて!」

 

思わず身を乗り出してしまった私を反射的に抑えようとした妹紅の手から筆が舞い、宙に踊る。

 

気が付くと眼前には、顔の前に両手を掲げて身を引いている妹紅。

 

「……落ち着いた?」

 

「……もう少し」

 

……。

 

カラカラと地面を転がる筆の音で我に返った。

 

「実は、一昨日師匠が帰ってきて――ストップ!!ありがとう慧音、気持ちだけでも充分伝わるから両手は膝の上、な?」

 

「う、うむ」

 

しかし高揚感は収まらない。

 

それもその筈、自身が長い間望んでいたことが二つ同時に叶ってしまっているのだから。

 

「んで師匠と少し話した結果、私は人里と関わるべきだって言われちゃった訳。ちなみに師匠もこれからは人里に出入りするつもりらしいよ」

 

「そうか……」

 

口から漏れた声は、自分でも驚くほど喜びに満ちていて。

 

 何時か妹紅と、妹紅を育てたという彼女の師匠と共に人里を訪れたいと長い間願っていた。二人共自分達が居た時代から恐らくは訪れていないであろう、今の人里を見せて驚かせてみたかったのだ。稗田家の当主も、民家の配置も、里のルールもきっと何もかもが違うのだろうけれど、それでも彼女達が当時夢見た『幻想郷』を見る事が出来るならと、そればかりを考えていた。

 

堪えきれず顔に出てしまっていたのか、妹紅は恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「慧音がそんなに喜ぶとは思わなかった」

 

「嬉しいさ。妹紅は今こうして話せているが、それとは別に妹紅の師匠とは是非一度話をしてみたかった。君の師とならば、多分仲良くやっていけるような気がする」

 

「その事なんだけど、実は明日慧音が来る事を見越して呼んで――はいはい、勿論来るよな。……今の慧音とは動きだけで会話出来る気がするよ……」

 

返事の代わりに浮きかけた両手を膝の上へと戻す。溜息を吐く妹紅。

 

「ったく、多分慧音が思ってる程の奴じゃないぞ?」

 

「期待するのは自由だろう?少なくとも私が妹紅から聞いた話では、期待しない者の方が少ないと思うが」

 

勿論、彼女が師についての全てを話してくれた訳ではないのだろう。

 

しかしその数少ない体験談だけでも、彼女がこの幻想郷に残してきた物の形が窺える。

 

即ち、彼女が成した事が今の幻想郷を形作っているのだと――

 

 

妹紅はそんな私の様子を見て頭を抑えた。

 

まるで頭痛を堪えるかの様に。

 

「……私としては何というか、慧音の方が心配になってきた。大丈夫か?ちゃんと今日帰ったらしっかり寝て、火の始末とかしてから来るんだぞ?私、火は出せても消せはしないからな」

 

「ぜ、善処する……」

 

じゃあ念の為、と言ってスラスラと紙に筆を走らせる妹紅。

 

そうして差し出された紙に書かれた、まるで子供の留守番表のような一覧を見

 

妹紅を睨み――

 

紙を睨みつけて――

 

「……」

 

 

でも一応受け取った。

 

 

 

「ここまでね」

 

ビシリと、霊夢は自身の右手に持つ霊符を此方に突きつける。

 

「……」

 

スペルカードを破られた私は、それを冷静に見つめていた。

 

 最初から勝算のある勝負ではない。それでもあの二人が少しでも長く邪魔されずに楽しんでくれればと、そう思って出てきたのだ。――本音を言えば私も彼女の師である彼女と話をしてみたかった。顔を合わせて、名を名乗り、握手位はしたかった。……それ等を我慢してまで霊夢や紫を相手取った私の気持ちを、しかしこの二人が汲み取ってくれることはないのだろう。

 

だからせめて、そう思い通り過ぎる二人に向けて口を開く。

 

「……満月の夜に人前に出た私ほどの覚悟が、お前達にあるか?」

 

それは、普段の自分であれば絶対に言わないような言葉。

 

背後の妖力は一瞬たりとも停止しなかったが、霊力――博麗霊夢は、私の呟きに足を止めた。

 

「……もしもお前が私の姿を見て驚いたのなら、どうか頼む。今日だけで良いんだ、引き下がってはくれないか」

 

「……」

 

霊夢は悩んでいるようだった。

 

彼女は横暴にして粗暴な性格と思われ易いが、理由なく我を通さない事を私は知っている。

 

だから――

 

「悪いわね、慧音」

 

そう返事が返ってきて、私は不思議とその時点で納得してしまった。

 

「私も、今日は博麗霊夢として来たのよ。紫の指示でも、幻想郷の為でもなく、私自身の為に」

 

霊夢の声は、普段の無気力を微塵も感じさせない声で。

 

「……驚いたな」

 

思わず喉から洩れた言葉は、紛れもない本心である。

 

 少なからず博麗霊夢という少女と付き合ってきた私からしても、それは驚愕に値する言葉だった。博麗霊夢という少女は、基本的に他人に本心を語ることがない。それこそ彼女と真なる意味で付き合いの深い白黒の魔法使いでもない限り、彼女はそういった『弱み』を見せるような事はしないのだ。私が人前で自身が妖怪化した姿を見せないように、彼女もまた、恐らくは自分なりの決意を以って為しているのだろう。

 

そして彼女は私がそうしたように、今度は自身の覚悟を示してみせた。

 

彼女は問う――

 

「通っていいかしら?」

 

もう通り過ぎている私に向けて

 

「あぁ、私の負けだ」

 

唯一勝っていると思った覚悟でさえ先を行かれては、そう答える他無かった。

 

そうして既に遠くなっている妖力に向けて、背後の霊力も段々と離れていって――

 

「……ふ」

 

私は、その方ではなく()()へと足を向けた。

 

 妹紅はこれ以降人里にも出入りすると言っていた。彼女ならばきっと自身が人ならざる部分を持っていることを隠したりはしないだろう。――ならば、いい加減私も躊躇を捨てる時なのだ。自身と同じく半ば望まない形でその立ち位置に居たと思っていた()()ですら変わろうとしている。彼女よりも先を行く『人里の守護者』として、これ以上後塵を拝する訳にもいかない。

 

もしかしたら妹紅はこうなる事を見越して今日に定めたのだろうか。

 

……それを聞くのは多分、野暮であるという物。

 

 

上白沢慧音はその姿を竹林群の中へと投じた。

 

 

 

 

 

一軒の小さな家屋を発見した。

 

横にいる紫に止まるよう片手で促して、私はその小屋を見据える。

 

 慧音を倒した場所から数分飛んで見えたこれが、恐らく輝夜の言っていた肝試しの標的が住んでいる家なのだろう……いや、肝試しに来て標的を探しにくるというのも不思議な話ではあるのだが、慧音と紫の会話と輝夜の様子から察するに、きっと此処に住む何者かを『試して』やれば良いのだ。

 

いや、あるいは――

 

「よう、お二人さん」

 

本当の意味で、私の肝を試すつもりだったのか。

 

 私にも紫にも気配を悟らせることなく宙に浮いていた彼女は、その口角を愉しそうに吊り上げてそう言い放った。――月の光を受けて白銀に輝く髪、永遠亭に居た兎とは違う燃え上がるような赤い瞳。恐らくは袴の類だったのであろう物を、動き易くする為だけに整えたといった感じのモンペ。そして何より、彼女の髪の所々で揺れる奇怪な文様のリボンが目を引く。

 

「……藤原妹紅」

 

隣で紫が忌々しげに呟くのを聞いた。

 

妹紅はそこでようやく隣に立つ紫へと視線を向け、向けて、固まる。

 

「げっ」

 

そして表情を苦々しく歪めた。

 

具体的には、厄介事を持ってきた紫に私がするような顔を。

 

「あー……何ていうかお前、付き合う相手はちゃんと考えた方が良いぞ?私は今まで色んな人妖を見てきたけども、その中でもお前の隣にいる女はとびっきりの極悪妖怪だ」

 

「知ってるわよ。ついでに言うと、私も博麗の巫女の中ではとびっきりの不良巫女らしいから不便を感じたことはないわ」

 

「あぁ、良く()()()()()とも」

 

その呟きの意味を私が尋ねる前に、妹紅は続けざまに口を開いた。

 

「それじゃ、改めて自己紹介。私は藤原妹紅、この竹林に住む不老不死の人間さ。お前には『ひよりの弟子』って言った方が伝わり易いか?」

 

「……アンタが?」

 

「おう。何なら隣の隙間妖怪にでも聞いてみれば良い。そいつだって、一応は私の顔見知りだからな。一応は」

 

そう言われて、私は隣に浮く紫へと視線を遣る。

 

紫は観念したように溜息を吐き、そして渋々と言った様子で口を開いた。

 

「えぇ、認めたくないけれどその通り。彼女はひよりが公言している数少ない親友の一人よ。まさか、本当に竹林に住んでいたのね」

 

「なんだ、分かってて来たんじゃないのか?」

 

「分かってたから貴女以外である事を願ったのよ」

 

それは誰が聞いても分かるような挑発だったが、妹紅はそれを軽く笑って受け流す。

 

「そりゃ私も同じだ。見たところ、お前さんは八雲以外にも連れて来れる奴が居たんじゃないのか?私としちゃあ、その方がやり易くて助かったんだけどな」

 

あぁいや、と妹紅は態とらしく片手を使って謝る仕草を見せた。

 

「そうしたらお前が一緒に行く奴が居なくなっちまうのか」

 

「ぐ、ぐぐ……霊夢!」

 

私の背後へ回り、両手で肩を掴みながら妹紅を睨む紫に内心で苦笑する。

 

藤原妹紅を正面に捉えた。

 

「さあ、始めましょうか」

 

「違うわ霊夢、フォローをして頂戴?」

 

「唯勝負するだけってのもつまらないし……そうだな、何か報酬でも付けるか」

 

紫がクイクイと両肩を引くが、そんなことに構っている()()はない。

 

「――うし、決めた。お前達が勝ったら、一つ良い事を教えてやるよ。安心しな、お前達が負けても、私は何も要求しないから」

 

「どういうつもり?」

 

紫の両手が私の肩から離れた。私も紫も、互いに数メートル程幅を開けて身構える。

 

今まで紫から()()()()()()()()ことが事実ならば――

 

「どういうつもりも何も――」

 

今まで普通に笑っていた顔が一転、博麗の巫女と妖怪の賢者をしても畏怖する物へと変わる。

 

まるで獲物を見つけた時の獣のような、凶暴な笑みで

 

 

「有り得ない方に不利な条件をつけて、何の問題があるってんだ」

 

 

――蓬莱『凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-』

 

彼女は高らかにそう宣言した。

 

 

 

 

 

 

『認めたくないけれど妹紅は強いわ。多分、弾幕ごっこなら貴方や魔理沙に並ぶ程』

 

『でもそれと同時に、彼女はその実力を人を傷つける為には使わない』

 

『だから霊夢、貴方が勝って頂戴』

 

……とは言った物の。

 

「……っ、ちょっと、もう!」

 

少々此方に弾幕をばら撒きすぎなのではないだろうか。

 

 妹紅は霊夢相手に全力の弾幕を仕掛けることはない。紫が一緒ならば兎も角、彼女単体で挑めばまず間違いなく勝てるだろう。だから二対一ではなく、一対一と一対一になるように距離を取った。此処までは良い。此方の方の弾幕が霊夢よりも難しいのも、勿論想定内だ。

ただ少し、その量とレベルだけが思っていた物と違っただけで。

 

改めて、藤原妹紅という少女の生真面目な姿勢に感服させられる。

 

 彼女が竹林の外へ出ていないのは紫自身が良く知っている。その上でこの強さ――恐らくは、相当練習を重ねて来たに違いない。永遠亭の永琳や輝夜の弾幕は確かに難題ではあったが、此処まで『完成』されてはいなかった。即ち、妹紅はこの弾幕を習得する為の練習を一人ないし慧音としかしていなかったという事である。

 だというのに、妹紅の弾幕はまるでそれ自身が自分の代わりとでも言わんばかりの美しさと、何より彼女らしい激しさを併せ持っていた。相手によってこうも手を加えたり抜いたりしてしまうのも、やはり妹紅らしいもので。

 

紫は炎と霊符の隙間から見える妹紅の表情を窺った。

 

 

楽しそうな、彼女の顔を。

 

 

「相変わらず、気に食わない顔ね……」

 

誰にも聞こえていないであろう、紫は一人呟いた。

 

 思えば、妹紅が笑っている所を見るのはこれが初めてではなかっただろうか。嘲笑や当て付けのような笑いならばあった。けれど、彼女がああも自然に笑っているのを見るのは初めてだった。私や藍が居る時は決まって口をへの字にして、常に藍と睨み合っていたのをよく覚えている。

 

『断言してやるよ。お前がその理想郷をひよりと一緒に作っても、お前は一生人と仲良くする事なんて出来ない。幾ら他の妖怪を嗾けた所で、お前に対する人間の印象なんか変わらない。だからお前は紫さんで、ひよりは母さまなんだろうが』

 

そう言った彼女に、果たして私は何と答えたのだったか。

 

――否、思い出す必要はない。

 

「ちっ、これも凌がれたか」

 

スペルカードを限界まで使い切った妹紅が舌打ちと共に姿を現す。

 

チラと横を見れば、そこには此方と違い然程消耗した様子もない霊夢の姿が。

 

「……驚いた」

 

妹紅のそんな言葉を聞き、私は霊夢に対する称賛かと内心で歓喜する。

 

けれど、妹紅は霊夢ではなく私を見ていて――

 

「昔、お前に言ったよな。お前じゃ人と仲良くなんてなれないって、もう覚えてないだろうけど」

 

そんな事はない。あの日から、一時たりとも忘れたことはないのだ。

 

しかしそれを口に出すのは癪なので私は沈黙を貫いた。

 

妹紅は続ける。

 

「――訂正するよ。()、お前もやっぱり師匠の『親友』なんだな。どうしても納得がいかなくて今までずっと考えてたけど……うん、今なら分かる。結局、私達の目指した場所は一緒だったって訳だ」

 

私やひよりに比べて些か不器用ではあるけどな、と彼女は小さく呟く。

 

だが、私はそんな軽口にも反応出来なかった。驚愕の余り、言葉を忘れていた。

 

……妹紅が私を認めた?

 

「ちょっと、戦闘中に空気を湿らせないで頂戴」

 

「ごめんごめん、この機会を逃すと言える気がしなくてさ。霊夢は知らないだろうけど、昔の私はこいつの事好きじゃなかったんだよ」

 

「私は今でも好きじゃないわよ。厄介ごとばっかり持ってくるし、修行しろだの何だのって煩いし、この隙間妖怪が絡むと碌なことが起きないわ」

 

でも、と今度は霊夢が横目に此方を見る。

 

「妖怪の賢者じゃない時の紫は、まぁ、嫌いじゃないけど」

 

妹紅はニヤニヤとしながら此方を見ている。霊夢も、妹紅に攻撃する素振りを見せない。

 

どうやら私の言葉を待っているようだった。

 

――否、答える必要はない。

 

「……霊夢、とっととこの蓬莱人を倒して帰るわよ」

 

「おいおい、素直じゃないなあ。此処は普通、互いを認めあってハッピーエンドじゃないのか」

 

「ハッピーエンドも何も、私達は肝試しの為に此処へ来たのよ。私達にとってのハッピーは肝試しを終えることだから――そうね、頭に付いてる紙切れを一枚くれればそれで良いわ」

 

妹紅は困ったように肩を竦めて、霊夢はクツクツと笑って札を構えた。

 

「そういう訳だから、えーと、妹紅だったかしら?話はまた今度、ゆっくり紫として頂戴。とりあえず今は、私達とアンタは退治役と嚇かし役ってだけよ」

 

「……今更ながら、私はいきなり押しかけられてきて『さあ嚇かせ!』って言われてる状況なんだな」

 

来るわよ、と霊夢が私に促す。

 

――そう、答える必要はない。思い出す必要もない。

 

「でもま、精々嚇かしてやるとするか!」

 

 

ただ、彼女にも分かるように示すだけで良いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが終わった後、妹紅は大の字になって竹林の中に倒れていた。

 

「はぁー」

 

負けた。二対一とは言え、一切手加減はしなかったというのに。

 

 地面に倒れている妹紅の姿には傷一つない。それもその筈、余りにも苛烈な弾幕の所為で霊夢も紫も反撃すら許されなかったのだ。本来ならそれだけでも誇るべきことなのだが、当然妹紅は二人の外での評価を知っている訳でもないので。

全てのスペルカードを避けきった以上、自身の負けであると。

 

その証拠に妹紅の頭からは一つリボンが消えていた。

 

「ん……」

 

ザクリと、そんな足音を耳にする。誰かは語るまでもないだろう。

 

「いやぁ、完敗だったよ。これでもそこそこやった自覚はあったんだけど、まさか当たりすらしないなんて」

 

頭上にて自身を見下ろす少女――ひよりにそう言って、妹紅は身体を起こす。

 

 当然のことながら本来慧音と妹紅と共に一夜を明かすつもりだったひよりは先の弾幕ごっこの最中妹紅の家の中に居た。二対一にも関わらず妹紅がひよりの助力を求めなかったのは、()()()()戦いではなかったからだ。大事なのは勝敗ではない。肝を試す為に、彼女達は此処まで来たのだから。

 

(かん)……知ってる?」

 

「ん、何だそれ」

 

「肝と同じ字で意味が違う奴……何だったっけな、意味。確か――」

 

 

「まごころ」

 

 

そういって私に手を差し伸べたひよりは、珍しく優しい微笑みを浮かべていた。

 

「お疲れ様」

 

「本当にな。いい迷惑だっての……ったく」

 

手を取って起き上がり、今頃私のリボンを見て喜んでいるであろう輝夜に悪態を吐く。

 

 実は今日此処にひよりが来ることを知っているのは、私と慧音とひよりを除くとたった一人しかいないのである。それは、何やら忙しそうに準備をしている所を邪魔してやろうと自慢げに話した相手――蓬莱山輝夜。霊夢は何かしらの口車に乗せられて紫と共に私を退治しに来たのだろう。自分で直接来ない辺りが見事に私の機嫌を逆撫でしてくれている。

 

けれども、今回だけに限っては感謝しても良いのかも知れない。

 

ひよりと共に家へと向かいながら、妹紅はポツリと呟いた。

 

「良い機会だったよ」

 

「そうだね」

 

良い機会。慧音にも、霊夢にも。

 

そして勿論、私と紫にも。

 

「正直、私は妹紅が紫を認めるとは思わなかったけど」

 

「……本心だよ。今のアイツを見たら、昔言った言葉が相応しくないって気付いた」

 

霊夢の背に隠れる姿はお世辞にも格好良くはなかった

 

それでも、そこに人へと歩み寄ろうとする紫の姿を垣間見たのだ。

 

「あぁ、歩み寄ると言えば……」

 

と、此処で自分の失態から何食わぬ顔で横を歩くひよりへと矛先を変える。

 

「『霊夢とどう接してあげればいいか分からない』――だっけか」

 

「……」

 

フイと視線を遠くの竹薮へ移したひよりを見、口角を吊り上げながら覗き込む。

 

 それはつい数刻程前、まだ妹紅が家の中でひよりと祝宴を交わしていた時に彼女が打ち明けた悩みだった。――曰く、『霊夢には元々先代が居た。自分は良いとしても、霊夢に思い出させたくはない』と。真剣な顔でそんなことを言うひよりを初めて見たものだから、大事な事だと分かっていてもついついからかってしまう。

 

素直に羨ましいと感じた。

 

ひよりに想われる霊夢を、霊夢に想われるひよりが。

 

「大丈夫だって、師匠。二人を見た私から言わせて貰うけど、もう時間の問題だと思うよ」

 

時間の問題。あとはひよりが神社に帰って、霊夢と会うだけで良いのだ。

 

もうその為の()()()はしてある。

 

「……だと良いんだけど」

 

「それより問題なのは慧音だよ。話しただろ?人里で教師をしてる奴なんだけど、ひよりと会うのを死ぬ程楽しみにしてたんだぜ?」

 

一昨日の様子から考えるに、恐らく相当後悔しているに違いない。

 

「そういえば、戻って来なかったね」

 

「まぁ、慧音も何か思うところがあったんだろーよ。妖怪化したまま帰ったってことは、そういうことさ」

 

彼女もまた一歩先へ進む決心をしたらしい、と。

 

目前にまで迫った自分の家の扉へと近付いて、自分の身体だけを滑り込ませてパタリと閉じる。

 

「という訳で、ひよりもとっとと帰るように」

 

「――え」

 

「はい、おやすみ」

 

そう言い放って、扉に背を預けたまま外のひよりの様子を窺う。

 

彼女は数秒程その場で唖然としていたようだが、やがて小さな溜息と共に踵を返していった。

 

「……ふう」

 

誰もいなくなった我が家で深く息を吐く。

 

正直言って非常に疲れた。戦うのも、認めるのも、本当はそんなつもりはなかったのだが。

 

 けれど不思議と悪い気分ではなかった。自覚しているが、こう見えて自分は他の人と居るのが好きなのだろう。だからこそ、いがみ合う奴が一人減って少し気を許せる奴が一人増えたのは嬉しかった。

 

ひよりが此処に来てくれなければ、果たしてそうなっていたか如何か。

 

「相変わらず、師匠は停滞だけ許してくれない」

 

独白。思い出すように、確認するように。

 

輝夜との喧嘩も、紫とのいざこざも、竹林暮らしも、これで止められてしまった訳だけども。

 

「――よしっ」

 

 

その分、前へと進めるような気がした。

 

 

 

「ご苦労様、霊夢。私、ますます貴方と仲良くなりたくなっちゃった」

 

「……どうも」

 

竹林からリボンを片手に神社へ帰ってきて、数分。

 

 私は妹紅のリボンを片手に上機嫌な輝夜の隣に座っていた。風が縁側に吹き込み、輝夜の持っているそれもヒラヒラと靡く。その様子を眺めながら、私はそのリボンを手渡してくれた真紅の蓬莱人の言葉を思い出す。

 

その顔にとても良い笑顔を浮かべた妹紅の言葉を――

 

 

『ひよりは、お前さんが先代を思い出しちまうんじゃないかって遠慮してるんだ』

 

『……ありがと、それだけで充分よ』

 

『会ってかないのか?』

 

『良いわ、別に。だって紫もアンタも当然来るでしょ』

 

『そりゃまあな……恥ずかしいか?』

 

『……』

 

『冗談だよ、冗談。んじゃ、輝夜に会ったら精々よろしく言って置いてくれよ。多分あいつの()()()を奪ってやれただろうから、念入りにな』

 

『はぁ……アンタも性格悪いんじゃない』

 

『だからこそ、お前とも仲良くなれそうだ。また今度、ゆっくりと話そうぜ霊夢?』

 

最後の提案には結局答えなかったが、彼女ならば勝手に来るだろう。

 

 

「――という訳で霊夢には約束通り、良い事を教えてあげる!」

 

よく聞くのよ、と。輝夜はそう言って息をゆっくりと吐いた。

 

そして

 

「ひよりも霊夢のことを心配して踏み出せなかったのよ。この間の異変を準備してる時にそう言ってたわ。それで、宴会の時に魔理沙から話を聞いて思わず来ちゃったって訳!どう?驚いた?」

 

驚いた。妹紅の予想はピタリ的中してくれた訳だ。

 

しかし何故彼女、そこまで見抜いて置きながら私に任せたのだろうか。

 

「……」

 

「あら、何だか微妙な反応」

 

彼女ならば、私はこういう事が得意でないことも分かっていたのではないのか。

 

「えーと、輝夜。ちょっとその、良いかしら?」

 

「?……えぇ、勿論。何かしら」

 

演技は出来ない。嘘も苦手。であれば、残る手段は唯一つ。

 

「実は――」

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

誰に宛てるでもなく言ったそれに、居間でお茶を啜っていた霊夢が答えた。

 

 妹紅の家から閉め出しを食らって真っ直ぐ帰ってきたものの、時刻は既に夜中の二時を回っている。本来であれば霊夢も私も寝ている時間なのに彼女が起きているのは一体如何いうことだろうか。もしかしたら、黙って出ていったことで余計な心配を掛けてしまったかも知れないと――

 

そう思い到った辺りで、霊夢はバタリと卓袱台に倒れこんだ。

 

「……肝を冷やしたわ」

 

「?」

 

「来るって分かってても、怖い物は怖いわね」

 

独り言よ、気にしないでと霊夢は言った。

 

霊夢達と妹紅の対決には然程肝を冷やす要素はなかったと思うのだが――気にしないことにした。

 

……私まで巻き込まれたら嫌だし。

 

「ねえ、ひより」

 

そんな余計な事を考えていたら、霊夢は伏せた顔を此方に向けて私の名を呼んだ。

 

「……」

 

「……」

 

沈黙。

 

霊夢は少しの間目線を何処か遠くへ遣って、それから小さく、本当に小さく言葉を発した。

 

「……ひよりにとって、私は何なのかしら」

 

ともすれば外の森の虫達の羽音にすら掻き消されてしまうような声。

 

妖怪である私の耳には、勿論しっかりと聞こえていたが。

 

「――」

 

そして考える。私にとっての霊夢とは何か。

 

答えは出ているのだ。それを言葉にするのが、とても難しいだけで。

 

それでも――

 

それでも、私の本心を口にするのであれば――

 

「『家族』……かな」

 

娘ではなく、家族。この言葉を選んだ私の気持ちは、果たして霊夢に伝わってくれるだろうか。

 

「私は」

 

霊夢は一瞬迷ったように口を噤み、ゆっくりと体を起こして、私へと向き直った。

 

「私も今はひよりのことを家族だと思ってる。顔も知らない先代よりも、ひよりの方がそう思える」

 

ほんの少しだけ先代が哀れに思えたが、心の中で謝るだけに留めておく。

 

何故なら今、私はたった一人の家族からお願いされているのだ。

 

「でも――」

 

でも、と。博麗霊夢はそこで一度言葉を切った。

 

 彼女の顔にはその理由がありありと浮かび上がっていた。それは、人が絶対に為し得ないことを願う時のような顔だった。月へ行きたいだとか、地獄を見に行きたいだとか、三途の川を渡ってみたいだとか――そんな無理難題を叶わないと知っていながら願う時の表情によく似ていた。

 

 

けれども、その願いは――

 

 

 

 

 

 

「でも、私は母親が欲しい」

 

 

 

 

 

 

――それは、見た目相応の少女が望むに値するささやかな願いであった。

 

「うん」

 

私は頷いた。頷いて、霊夢の前に座った。

 

霊夢は頬を真っ赤にして、今にも部屋を出ていきそうな勢いだった。

 

そうまでして本音を口にした霊夢。返す言葉は、一つで良い。

 

「私も霊夢が娘なら嬉しいな」

 

「――っ」

 

バッと音がする程強く、霊夢は身体ごと私とは正反対の方向にやってしまう。

 

いや、そんな露骨に背を向けられると流石にこっちも恥ずかしくなってしまうのだが。

 

「霊夢」

 

「っな、何?」

 

回り込みつつそう呼んだが、見事に反対を向かれる。

 

「……夜も遅いし、今日はもう寝ようか」

 

何時までもこうしていても仕方ないので、私はそう言って立ち上がった。

 

後はもう、何も言わなくて大丈夫。妹紅の言うとおり時間が解決してくれるだろう。

 

「……そうね」

 

続いて、霊夢も立ち上がって湯呑みを片付けに流し台の方へと向かう。

 

 

私はそんな霊夢の後ろ姿を眺めつつ、寝室への襖に手を掛け――

 

 

 

「一緒に寝る?」

 

 

「寝ないわよ」

 

 

 

 

一緒に寝た。

 

 

 

 

 




補足ですが、永夜抄本編とEXの時系列は全く一緒なので異変解決後=慧音先生の変身はナシ……となるのですが、偽りの満月と本当の満月でダブル満月なんだから慧音先生も二日間変身で良いっしょ、という事にしました。ごめんなさい先生。

今後は霊夢とひよりの日常も絡めつつ書いていきたいと思います。


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