蠱毒と共に歩む者   作:Klotho

6 / 11
少し手直し入るかもしれません。


『表と裏、外と内』

異変が起きた。全ての妖怪はそれを瞬時に悟った。

 

 

 以前のような分かり易さはない。空を丸ごと覆い隠すような紅い霧も、季節を無視して降り積もる雪も、それらを引き起こした者達やその他が日を待たずして神社へと集い宴会を行っていた訳でもない。人に影響がある訳でもなく、誰が死ぬ訳でもなく……けれど、幻想郷に住む全ての妖怪は()()に気付いた。否、気付かざるを得なかった。何故なら――

 

覆うではなく、すり替えたと。

 

「穢れの弱まった月……永く地上を見続けていない、太古の時代の歪な満月、ね」

 

月は全ての妖に等しく妖しい力を注ぐ。

 

 その月をすり替えたらどうなるか、ちょっと考えれば誰でも理解するだろう。月の恩恵を奪われ本来なら夜を闊歩する筈だった妖怪が。本能に身を任せて迷い人に襲い掛かる予定だった妖獣が。そして何よりこの綺麗な満月を肴に酒を酌み交そうとしていた幻想郷の住民達全てを敵に回したと、つまりはそういうことだ。レミリアも動くだろう、幽々子も混ざるだろう。霊夢や魔理沙が解決に乗り出さない訳はないし、そして勿論私も黙って見ているつもりはなかった。

 

そんな理由で私はこうして霊夢と共に空を駆けている。

 

 

異変の首謀者を――そしてひよりを捜すために。

 

 

 

 

「さて、最終確認をして置きましょう」

 

幻想郷から奪った満月を背に、永琳は此方を振り返った。

 

「私達の勝利条件は『月人を地球に降ろさないこと』……つまり、今幻想郷に出現させている偽りの満月の維持。時間は日付が変わって月が沈むまで。そして戦う相手は、本物の月を取り返そうとしてくるであろう妖怪達」

 

「私と永琳とひよりが負けた瞬間が、維持の限界って訳ね」

 

……ふむ。

 

「弾幕で相手して良いんだよね?」

 

「えぇ、そうして頂戴。弾幕でなければ絶対勝利にはなるでしょうけど、それは今後幻想郷と関わっていく上で最善とは言い難いわ。だから今回はあくまで弾幕決闘法に基づいて戦うつもりよ」

 

「あぁ、楽しみねぇ。弾幕もそうだけど、誰が来るのか考えただけでも……」

 

堪えきれないと言わんばかりに笑う輝夜を見て、私は永琳と共に苦笑する。

 

 永琳がどれだけ考え詰めてこの計画を形にしたのかを見ていた私は、とてもじゃないが楽しむ気にはなれなかった。けれど、それを口に出して言わない辺りが永琳と輝夜の絆なのだろう。永琳が苦に思わないから、輝夜もそれに感謝をしない。私が感謝される為に彌里を育てた訳ではないのと同じように。間違いなく、永琳と輝夜の間にもそれと同じ物が出来上がっていた。

 

果たして一体誰がこの繋がりを絶てるというのだろうか。

 

否、そんなことをさせるつもりはない。

 

「――ひよりさん、聞きそびれていたのだけれど」

 

「ん」

 

永琳は少しの沈黙の後、やがて慎重に口を開く。

 

「本当に私達側についても良かったのかしら?向こうにも友人が居るのでしょう?」

 

「……」

 

永琳の心配はつまり、私が協力することで仲を裂いてしまうのではないかという事。

 

 ……さて、どうなるだろうか。あまり考えずに動いていたので、実際の所どうなるかは分からなかった。確かにこれだけの現象を起こした側につくというのは中々危うい選択なのだろう。知り合いだけならいざ知らず、今回は数多の妖怪達も関心を寄せている。もしかしたら幾らかの人妖からは反感を買うかも知れない。――知れない、が。

 

『……でも、貴女と紫は友達でしょう?』

 

そう問うた幽々子に対しては、何と答えたんだったか。

 

 今でも幽々子を殺したことに後悔はしていない。彼女が一度死ぬことで、少なくとも幽々子の気持ちは救われた。紫や妖忌の後先も含めて、出来る限り最善の選択をしたと思っている。『生きていることが即ち幸せではない』というのは、私自身を以って良く知っていたから。

 

だから、永琳の問いに答えを返すとするならば――

 

「信じてるから、かな」

 

考えに考え抜いた末、幽々子を救う決断をした彼女を。

 

 だから私は輝夜の側についた。何時かと同じように、紫が私達の『真の狙い』に気付いてくれることを願って。月を掠め盗るでもなく、月人を地球に降ろさないでもない、私達の身勝手で実現不可能な地球防衛作戦。その鍵を握っているのは、他でもない八雲紫なのだ。

 

その上で、この異変は輝夜達にとって必要な物になるだろう。

 

永琳はニコリと微笑んだ。

 

「私も輝夜も、ひよりさんの友人を信じるわ」

 

「……」

 

いや、そんな笑顔で言われても反応し難いのだが。

 

「ふふっ、大丈夫よひより。貴女が親友と認めた相手だったら――私と対等の立ち位置にいる相手だったら、きっと辿り着く筈よ。本物の満月がある此処に……それとは別の目的を持つ、私達の元に」

 

その言葉を聞いて、私は輝夜達に背を向けて歩き出した。

 

「……じゃ、適当に遊撃してくる。輝夜達も準備はしておいて」

 

 竹林中に放っておいた蠱毒達は既に人妖の二人組を幾つか捉えていた。それを迎撃する為に、私は障子を開けて姿を鳥へと変える。

 

 霊夢と紫か、それとも幽々子と妖忌か。魔理沙と知らない少女もかなり近くにまで来ている。……それに、どうやら此方の意図を理解しないまま時を止めてしまっている人妖のペアも居るようだ。恐らく誰も彼も一筋縄では行かない相手だろう。何せ、異変を解決する為に迷いの()竹林()まで辿り着くような人妖なのだから。

 

さて、誰から相手をしたものか。

 

「……うん」

 

 

同時に相手をすることにした。

 

 

 

 

夜が何時まで経っても終わらないので慌てて家を出た。

 

 今日は徹夜で魔法の勉強をするつもりだったのだ。少なくとも、月が天辺にある内はそうしようと考えていた。けれど、流石に天辺にあるままでは何も出来ない。魔法の研究に終わりはないのだけれども徹夜に終わりがないのは我慢がならなかった。なので私は被る予定もなかった帽子と近所の魔法使いを引っつかみ、そうしてこの終わらない夜の解決を始めたのだった。既に蛍や雀や半人半妖と目に付く飛ぶものを叩き落しているが、未だにそれらしい者を引き当てることもなく。

 

そして今は半妖に言われた通りに竹林を飛んでいる真っ最中。

 

「……魔理沙、本当に此処で良いのかしら?」

 

「あぁ、問題ないぜ。最初から此処に来るつもりだったんだ。森や里を通ったのは軽い様子見って奴だよ」

 

あの半妖の言葉くらいしか手がかりがないからな、とは言わなかった。

 

この隣の人形使いは根拠のない捜索を嫌がるのだ。

 

それに――

 

「よう、ひより。こんな夜中に竹林で会うなんて珍しいな」

 

自分と向かい合っている相手が居る内は、進んでいる方向は合っているということである。

 

まぁ、ほんの少しだけその相手が予想外ではあったが。

 

「何?知り合い?」

 

「あぁ、この間話しただろ。霊夢んとこの神社に住んでる元神社の管理人だ。家事から炊飯まで何でも出来るから、さしずめ霊夢堕落マシーンってとこだな」

 

「……」

 

相棒にそう答えつつ、内心で返事がないことに舌打ちする。

 

 ひよりは無口で無表情が基本だがそれでも喋らないという訳ではない。それがないということは、つまり彼女はそれなりの理由があって向こう側――異変を起こした側に立っているということだ。これでもしも彼女が弾幕ごっこをしてくれなければ正直二人がかりでも勝機は薄いだろう。

 

「……家事は交代でしてる。食事は私が作ってるけど」

 

堕落マシーン呼ばわりがそれなりに効いていただけだった。

 

「なるほど、明日の朝飯は筍料理にするのか」

 

「そんな訳ないでしょ」

 

コクリとアリスに同意するひより。二人分の冷ややかな視線が心地良い。

 

「じゃあ、貴女を倒していけば問題ないのね?」

 

「貴女達が倒されても別に問題はないけど」

 

 その言葉を皮切りに冷ややかな視線は一転探るような目つきへと変わり、アリスも軽く肘で私の腕を小突いた。アリスにはこうも話してある。『真剣勝負で霊夢が負けた相手』だと。

 

……が

 

 

「……被弾三回、スペルカード有り」

 

弾幕ごっこで一度も負けていないのは、それ以上に良く話してあった。

 

 

 

 

「全く、つれないわねぇ。もう少し位話をしても良いんじゃない?」

 

「……」

 

正直退屈だった。虫や鳥を相手にするのは、余りに味気がなさ過ぎる。

 

 けれどもまさか此処で会う事になるとは思ってもいなかった。『何時か何処かで』私がこの少女と紅魔館で話すことになるのは間違いない筈なのだが、まさかそれ以前に接触の機会があったとは。隣でナイフを構えた従者――咲夜を手で制し、私は上空で佇む黒衣の少女へと問いかけた。何故彼女が此処にいるのかは興味がない。けれど、私は彼女自身には多少なりとも興味があった。様々な企みや思惑を抜きにしても、私はこの変化の塊とも言える少女と一度で良いから話をしてみたかったのだ。

 

零を壱にする少女に。百を零に変えてしまう程の()()に。

 

運命は未だ定まることなく動き続ける。

 

「そう、私達全員を以ってして()()()か。……結果が目的ではなく、手段。全ては貴女達の目論見通りって訳ね」

 

「……?お嬢様、それは――」

 

「私達は月を取り返す事に専念するわよ、咲夜。こいつも含めて首謀者達は誰一人として私達と同じ場所に立っていない。目的も考えも違うんじゃあ、幾ら運命的であっても交わることはないのだから」

 

交わらない。今回の異変で彼女と此処で戦うのは、本来なら全くのイレギュラー。

 

それが起きているという()()に、レミリアはブルリと身体を震わせた。

 

 

咲夜を制していた手を退ける。

 

 

「……『幻符《殺人ドール》』」

 

「偽物の月、終わらない夜、本来なら有り得ない筈の邂逅――」

 

ナイフの弾幕に囲まれても、彼女は眉一つ動かすことなく佇んで。

 

 

「……楽しい夜になりそうね」

 

 

 

 

「幽々子様……これ、凄く見難いんですけど」

 

「だぁめ。言ったでしょう、これも修練の一環よ。この異変はそれを付けたまま解決しなさい」

 

うわぁ、と叫び声を上げながら竹と衝突した妖夢(ようむ)を見て幽々子は溜息を吐く。

 

 この余興の所為で完全に他より出遅れていた。しかし、彼女が何時出て来るのか分からない以上油断をすることは出来ない。幽々子にとって異変はついででしかなく、そして妖夢の苦労は必要な犠牲でしかないのだ。もしも彼女が現れないのならそれでも良い。その時は、恐らくはこの異変が終わった後にあるのであろう宴会でお披露目するまで。幽々子の頭の中には、普通に紹介をするという選択肢はなかった。

 

けれど――

 

「久し振り、幽々子」

 

「……本当、紫といい貴女といい嫌なタイミングで現れるわねぇ」

 

「幽々子さまぁー!全然前が見えません!」

 

何時の間にか隣に浮いていたひより。

 

 その奥でひょっとこの面を被った妖夢が悲痛そうにそう叫ぶが、如何せん面の所為でそれほど切羽詰ってはなさそうだった。やんわりと視線を妖夢からひよりへと戻し、そうして幽々子は手に持っていた扇子をパチリと閉じてひよりへと向けた。

 

「妖忌、こいつを斬りなさい」

 

「え、おじいちゃん!?来てるんですか!?」

 

「……」

 

「……」

 

「……あれ?どなたです?」

 

妖忌、という単語を聞き仮面を外して周囲を見回す妖夢がひよりを捉えた。

 

 ……訂正をしよう。先ほどひよりにタイミングが悪いと言った幽々子だったが、タイミング以前に時期が悪かったのだ。例えばあともう数年程経過していれば、あの愛玩動物のようにキョロキョロとしている従者も少しは彼に似たかも知れない。けれどもう遅い。ひよりは『どうして欲しい?』みたいな顔で幽々子を見ているし、妖夢は妖夢で『お祖父ちゃんは何処に?』みたいな顔で此方を見てくる。空回り……そんな言葉が頭を過ぎった幽々子だったが、それでもそこで終わる程彼女は甘くなかった。

 

ひよりへと目配せし、次に妖夢に向けて口を開く。

 

「実は、この黒いのが妖忌を食べちゃったの」

 

作戦変更。普段通り、妖夢を弄り回す方へと切り替える。

 

「えぇ!?」

 

「うん、食べた。……ペロッと?」

 

その表現の仕方はどうだろう。まぁ確かに、半霊はペロッと()()()()()()

 

「こ――このぉ!よくもお祖父ちゃんを!」

 

「……自分で宥めてね」

 

「勿論、普段からそうしてるわ」

 

隣に居たひよりに妖夢が刀を振り下ろし、ひよりが離れて二人対一人の形で向き合った。

 

 望む形とまではいかなかったが、ひよりは充分妖夢に興味を持ったらしい。何故食ったこうだから、と問答を繰り返しつつもその視線が二振りの刀と半霊に向かっていることに幽々子は気付いていた。

 

だからまぁ、及第点と言えなくもないか。

 

「さあ妖夢、頑張って妖忌を助けるわよ」

 

「任せて下さいっ!幽々子様まで食べさせる訳にはいきません!」

 

息巻く妖夢と並び、幽々子は悠然と佇む黒衣の少女を叩き落す為に扇を開く。

 

ひよりが口を開いた。

 

「……被弾三回、スペル――」

 

「とりゃあ!」

 

 

 

「あ」

 

 

 

不意討ち一本。スペルカードでも何でもない縦方向の斬撃。

 

流石の幽々子もそれしか言えなかった。

 

 

 

 

情報を整理する。

 

 異変に気付いたのは夜、月が天辺に昇ろうかという頃合。今日ひよりは朝から用事があると言って博麗神社を出て行き、以降戻っていない。月がすり替られた時、幻想郷の何処を探してもひよりの姿を見つけることは出来なかった。規模は最大級、空に浮かぶ月を偽物と交換することの出来る程の実力者が、少なくとも一人。そして道中倒してきた半人半妖の話を信じるならば、やはりこの異変の元凶は迷いの竹林にいるようだった。

 

その上で考える。

 

「……分からない」

 

「珍しいわね、アンタがそんなことを口にするなんて。異変の首謀者なら、さっきの半妖が言った通り竹林に居ると思うけど」

 

そうではない。分からないのは、彼女達の目的だ。

 

 日差しが鬱陶しいから霧を出した。枯れ木を咲かせたいから春を集めた。春が惜しくて宴を繰り返した。……では、何をする為に月を入れ替えた?少なくともそうすることで彼女達には何かしらのメリットがある筈で、それは最低でも幻想郷の妖怪を全て敵に回す程の価値があるということである。果たしてそんな物が存在するのだろうか。『妖怪を敵に回すよりも厄介な何か』が、本当にこの幻想郷にあるだろうか?

 

現状の突き詰め完了。逆説の可能性を探ってみる。

 

月の為に月をすり替えたのではなく、幻想郷の為に月を摩り替えた可能性。

 

妖怪を相手にしたいのではなくて、月を相手にしたくなかった可能性。

 

厄介な何かが、幻想郷ではなく別の何処かにある可能性。

 

ひよりとその友人を以ってして、そう判断を下す程の相手。

 

――月。

 

「……」

 

「……ふぅん。紫がそこまで考えるってことは、何だか並々ならない事情がありそうね。――でも、私は異変を解決するわよ。今目に映っている『異変』は夜が明けないことと月が変なことだけ。例えその裏に何が待ち構えていようと隠れていようと関係ない。私は今日をさっさと終わらせたいの」

 

朝になればひよりもご飯を作りに帰ってくるでしょ、と。霊夢はそう言う。

 

その通りである。

 

「だからこそ、よ。だからこそ私達はひより達……異変の首謀者である()()から話を聞く必要がある。月を摩り替えるなんて無駄なことをして何がしたいのか、逆に何をされたくないのかを私達は知らなければならない」

 

「月人って……あんた、本気?」

 

決め手はあの時の月面侵攻。

 

 何故ひよりがあれだけ反対をし続け、侵攻と同時に撤退をさせたのか。どうして地球に帰ることの出来る可能性が零の自分ではなく、一応はスキマを使える可能性のあった私を帰したのか。藍は月に行ったと同時に撤退しろと言われた。妖怪達が動けなくなるより前に、妖怪達が死ぬよりも先に、だ。そして無事にひよりが帰ってきた理由。彼女は頑なに語ろうとはしなかったが、例え彼女が月の都を滅ぼしたとしても帰って来ることは不可能である。それを含めて私はひよりを帰すつもりでいたし、恐らくは彼女達――豊姫と依姫も、帰すつもりはなかったのだろう。

 

だから逆説。私を帰したかったのではなく、ひよりが残る意味があった。

 

『……それで、そっちの目的は達成出来たのかしら?』

 

『半分は。残りの半分は選択次第かな』

 

半分。妖怪達を地球に帰し、私とひよりが帰るので全部なのではなく。

 

半分。妖怪達を撤退させて、月人達を撤退させること自体が目的なら。

 

 

全部を含めてそのどちらの為でもなかったとすれば――

 

「異変を起こしたのは月から迎えが来るから。……もしもひよりの親友が月の中でも有数の地位を持っているなら、その可能性は充分にある。ねぇ、霊夢。知らないかしら?平安末期に記録の残る、月より墜とされ満月と共に月へと帰っていった姫の話を。不老不死の妙薬と解けることのない五つの難題を地上に残して消えた伝説の名前――」

 

霊夢は少しの間沈黙し、やがて上空の満月を見上げて口を開いた。

 

「『かぐや姫』」

 

「えぇ――そうよね、ひより?」

 

その満月と重なるように、私達の遥か上空で此方を見下ろしていた彼女。

 

ひよりはふわりと降り立った。

 

「うん、そうだよ」

 

否定の言葉はなかった。誤魔化す素振りも見せずに、彼女はそう答えた。

 

 

私はこの時初めて彼女が立っている場所に共に立つことが出来たのだ。

 

 

 

「あぁ、永琳が落ちたのね」

 

揺らぎ、薄れて消えてしまった幻影を眺めつつ呟く。

 

 では侵入者の妖怪達は全員を倒したということか。ひよりを、てゐを、鈴仙を、そして永琳を打ち倒し、満月を取り返す為にこの部屋の目の前まで来ているということか。果たして何人辿り着いたのだろう。二人か、四人か、それとも全員?けれど何人であってもそれは同じ事。()()()()()()()()()来たのならば、もう満月は此処にある必要がない。もしも夜が終わらなければ月は永遠にあのままだし、彼女達が私を倒せなければ月は永遠に歪なまま――そんな退屈な状態を、私が許すものか。

 

襖が開かれる。当然のことながら、入ってきたのは永琳ではない。

 

「お嬢様、あれが――」

 

「あれが今回の騒動の犯人だ。……あぁいや、騒動の目的でもあったか」

 

繋がりとは無関係に真実を見抜いた主と従者。

 

「アリス、あれが本物の月……だよな」

 

「そうね。というか、その程度判別出来るようになりなさい」

 

真実とは無関係に異変を解決しに来た魔法使い。

 

「幽々子様、あの人は知り合いじゃありませんよね?」

 

「えぇ、大丈夫よ。――だからと言ってすぐに構えるのはやめなさい?」

 

真実も異変もお構いなしに、ただ騒動に便乗しに来た者達。

 

 

――そして

 

「あれが親玉?」

 

「私達が倒しても問題ないけれど、取られてはいけない王将って所かしら」

 

彼女が認め、真実を全て知った上でやってきた二人。

 

誰も彼もがまるで違い、そして同じくらいに面白そうだった。

 

「早かったわね。鈴仙やてゐなら兎も角、ひよりが居たのだからもう少しくらい時間が掛かると思ったのだけれども」

 

あぁ、それならと。計八人は口を揃える。

 

「吹き飛ばしたぜ」

 

「串刺しに」

 

「りょ、両断してしまいました……」

 

()()()を使って退場して貰ったわ」

 

あっけからんと言い放つ少女達。ひよりがこの場に居たら何と言うだろうか。

 

これは後のお楽しみ。

 

「此処まで辿り着いたのだし、折角だから相手をしてあげるわ。こんな事しなくても月は返すのだけれど、やっぱり親玉を倒してハッピーエンドが王道でしょう?」

 

「分かってるじゃない。私は正義の味方じゃないから、ついでにアンタも救ってあげる」

 

一歩前に出てきたのは紅白の巫女。異変解決のエキスパート、だったか。

 

「でもその前に、いい加減夜を終わらせましょう。私は永遠が嫌いなの。そんな物は、精々偽りの満月一つで充分。本当は()()だって今直ぐ返したいくらいよ」

 

身構える八人を見据えて、私は予め作っておいてスペルカードを取り出した。

 

 初実践で何処までやれるかは分からないが、ひよりや永琳がそうしてくれた手前私だけおめおめと負ける訳にはいかない。せめて此方側の戦いだけでも勝つつもりでやることにした。……いや、多分勝てないのだろうが、それでいい。夜は明ける。月は沈み、陽が昇る。もしも私が勝つことでそれが覆るというのなら、私は今直ぐにでも舌を噛み切ってやるつもりだ。

 

出来うる限り大仰に両手を広げ、私は自身の『永遠と須臾を操る程度の能力』を行使した。

 

 

「さぁ、もう朝はすぐ近くにまで来ている」

 

 

ガチリと世界は時を刻む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今目に見えている地上に八意永琳と蓬莱山輝夜はいない。

 

 そんなことは百年程前から分かっていた。どうやら彼女達はあの場所とは違う秘境に身を隠しているらしい。姉である豊姫と共に捜査を進め、試行錯誤をし、そうして辿り着いた一つの結論だった。現実と非現実の間に何かを作り、その間を往来する物を引き寄せる性質を持つ世界――さながら幻想郷といった所か。誰が作り上げた場所なのかは知らないが、道理で見つからない訳である。

 

故に、この百年でその境界を打ち破る術を研究してきたのだ。

 

「――到着!さぁて、準備は良いかしら?依姫ちゃん」

 

「問題ありません。此処なら人目を気にせず穴を開けることが出来るでしょう」

 

地上の何処かにある山奥……倒壊したのであろう神社の前に私達は居た。

 

 しかし漸く会えると考えると、ほんの少しだけ私の心に戸惑いが生じる。もしも永琳や輝夜が私を拒絶してしまったら?または、二人共幻想郷にすら居なかったら?考えるだけ無駄である筈なのに、それらの疑問は消えることなく最近の私を付いて回った。この一千年の間に随分変わってしまったと一人自嘲。原因は分かっている、他でもないあの少女の所為だ。そう――

 

 

彼女の名は――

 

「ひより、お前も永琳様達と共にいるんだろう?」

 

「今日は『こっち』にいるよ」

 

振り返る。

 

「久し振り、依姫」

 

「……余程有名な怪異でなければ、この世界で生きるのは難しいと聞いたが」

 

いつの間にか闇に紛れるようにして立っていた少女、ひより。

 

 思い出すのは月での邂逅。永琳と輝夜からの伝言をあえて最後まで伝えず戦い抜き、そうして全てを丸く治めて帰っていった妖怪――蠱毒。当然死んでいるなんて思いもしなかったが、しかし外の世界でこうして会う事になるとは思わなかった。妖怪は人の畏れを糧として生きる種族……故に、人が恐れなくなった外の世界では生きていけない筈、なのだが。

 

彼女は立っている。其処に、普通に、変わりなく。

 

「ひよりさんは妖怪じゃないのかしら?それとも蓬莱の薬を飲んだの?」

 

豊姫の投げかけた質問はしっかりと確信を突いていた。

 

外の世界でこうまで余裕を見せている理由は、妖怪ではないか消えないかのどちらかなのだ。

 

――そう思っていた。

 

ひよりは私達から視線を外し、そうして背後の、向こうに聳える建物の群れを眺めた。

 

 

「人は妖怪を畏れなくなった。闇夜に恐怖を抱かなくなった。……この場所を見れば分かる。此処には、多分妖怪達の居場所はもうないんだろうね」

 

 

「でも私達は違う」

 

 

「私達は畏れから生まれたのではない。私を()()したのは人間で、その理由は恨みだった。相手への殺意がそれ以外を殺すことを上回った。その結果生まれたのが、私達」

 

 

「ねえ、依姫」

 

 

 

 

「世界は未だに人を恨み殺し続けているんだね」

 

 

 

 

 

 

 




しかしこのひよりよく喋る。さては偽の(

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。