「サワガシイナ」
二人の乱痴気騒ぎに、ぬっと蒼銀色に輝く二足歩行の甲虫が姿を現した。大きさは2メートル半ほど、残る4本の腕にそれぞれハルバード、メイス、ブロードソードを所持している。特にブロードソードはなかなかの歪みっぷりでかっこいい。
「御方々ノ御前デ遊ビ過ギダ」
「この小娘がわたしに無礼を――」
「事実を――」
「控エヨ」
しょんぼりする二人。後でキングカワイソス肉まんでもおごってやろう。
「二人ともその辺にしておけ」
なんかモモンガさんが魔王ボイスになってる。
『も、申し訳ございません!』
跪き許しを請う3人。マーレ、お前は別にいいんだが?
「まあ、普段階層から離れられないんだし、たまにははしゃぎたくなるんだろう。その辺で許してやれよ」
「・・・・・・ブロントさんの顔に免じて許してやる」
『ありがとうございます、モモンガ様、ブロント様!』
〈モモンガさん、あんまり魔王ロールしてるとストレスがマッハだから程ほどにしとくべき〉
〈俺はブロントさん程ロールに慣れてるわけでもまだ疑いを捨てきれている訳でも無いんですよ〉
〈何、善人ロールでもそれをするために少女を殺して食べ続けると言うものがあってだな〉
〈俺魔王でいいです〉
なんか色々諦めが入った思念が送られてくる。
「良く来たな。コキュートス」
「オ呼ビトアラバ即座ニ」
コキュートスの吐息が空気に触れるたびにパキパキと言う音が鳴る。それだけ温度が低いんだけど、この面子にその程度でどうにかなる奴は居ない。
「最近は侵入者も居なくて暇じゃないか?」
「確カニ――」
虫キングなのでいまいち分かりにくいが笑っているらしい。顎をカチカチ鳴らしている。
「トワイエ、セネバナラナイコトガアリマス故、サホド暇ト言ウ訳デハゴザイマセン」
「しなければならないこと?」
「鍛錬デゴザイマス。如何ナル時モ鈍ルト言ウ事ガアッテハナリマセン」
「流石コキュートスだな。素晴らしい常在戦場だすばらしい」
「ソノオ言葉デ報ワレマス」
このユグドラシルはレベルを上げればいいと言うものではなくて、プレイヤースキルもそれなりに必要とする。身体を動かす感覚なので運動神経もあったほうが良い。
「デミウルゴストアルベドガ来タヨウデス」
「らしいな」
なんかこの身体になって気配の感知とかが鋭くなったっぽい。
ふと闘技場の門の方を見てみると、アルベドとその後ろにつき従うように一人の男が歩いていた。だけど男も人間ではない。その証拠に先端に棘の付いた尻尾を持っている。
二人は優雅にお辞儀し、それから男の方が口を開く。
「皆さん、お待たせしました」
2メートルは無い、俺より高くない上背にスーツを着こなし、メガネをかけている。顔立ちは東洋系で、笑っているというより閉じているような視線が特徴的だ。こいつがデミウルゴス。ナザリック地下大墳墓七階層守護者と防衛時のNPC指揮官と言う設定を持っていたはず。
「皆揃ったようだな」
モモンガさんが辺りを見回し鷹揚に頷く。
「モモンガ様、2名ほど来ていないようですが」
「ヴィクティムとガルガンチュアはその特性の為今回は除外されている」
「左様でございますか。失礼致しました」
と、デミウルゴス。
「我ガ盟友モ来テイナイヨウデスナ」
その言葉に女性陣が固まる。
「・・・・・・あれは、わた、わらわの階層の一部の守り手にしか過ぎぬ」
「そうだね~」
シャルティアの言葉にアウラが頷く。まあ、いかに紳士的だろうとでかいゴキブリだとな。苦手な奴は苦手だろう。
「確かに、今回は領域守護者に知らせておいたほうがいいな。紅蓮やグラントにも伝達しておけ。それは各階層守護者に任せる」
守護者のことは・・・・・・アルベドを除いた。アルベドは守護者統括なのでちょっと違う。
「では、至高の御方々に忠誠の儀を」
俺とモモンガさんを置いてけぼりにして物事が進む。アルベド達が隊列を整え俺達の前に跪く。空気が引き締まっててさっきまでの遊びは無さそうだ。
「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」
「第五階層守護者、コキュートス。御身の前ニ」
「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に」
「お、同じく第六階層守護者、マーレ、ベロ・フィオーレ。お、御身の前に」
「第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」
「守護者統括、アルベド。御身の前に」
アルベドはそのまま続ける。
「第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る」
俺?俺はモモンガさんの横でそれっぽく剣を立てて立ってるだけだよ。
「ご命令を。至高なる御身よ。我等の忠義全てを御身に捧げます」
〈ブロントさん! 俺どうすればいいんですか!?〉
〈とりあえずツラ上げさせて良く集まってくれた的な事を言っとけばいいんじゃね?〉
〈適当すぎますよ!〉
〈すかしその辺りからやらないと始まらないべ〉
〈ああもうちくしょうめ!〉
モモンガさんに表情筋があったらやばそうな会話を〈伝言〉で行いつつ、この場面を切り抜けることを考える。俺からの助言と言ったらその辺が限界だった。
「面を上げよ」
その言葉にこの場に居るNPCが一斉にモモンガさんを向く。
「まず、良く集まってくれた。感謝しよう」
「感謝なぞおやめください。我々は至高の御方々に忠義のみならず全てを捧げた身。至極当然のことでございます」
アルベドが代表して口を開く。
〈どうすればいいの!? ブロントさん!〉
〈沈黙は金なりと言う名ゼリフを知らないのかよ。とりあえず黙ってそれっぽいふいんき(ry)を出しとけば大丈夫だ〉
「・・・・・・モモンガ様はお迷いの様子。当然でございます。モモンガ様からすれば私たちの力など取るに足らないものでしょう。しかしながら至高の御方々よりご下命いただければ、私達階層守護者、いかなる難行であろうと全身全霊を以って遂行致します。造物主たる至高の四一名の御方々――アインズ・ウール・ゴウンに恥じない働きを誓います」
『誓います!』
アルベドに各階層守護者も続く。
うん、大丈夫そうだな。モモンガさんはなんか点滅してるけど。
「素晴らしいぞ、守護者達よ。お前達ならば私の目的を理解し、失態無く運べると今この瞬間、強く確信した」
モモンガさんは一息置き、守護者達を見回して続ける。
「さて、多少意味が不明瞭な点があるのだが、心して聞いて欲しい。現在ナザリックは外部組織喧嘩チームDRAK~ダーク~と分断され、喧嘩チームDRAK~ダーク~とは連絡が取れない。そのため、ナザリック地下大墳墓は原因不明且つ不測の事態に巻き込まれていると思われる」
各守護者は一文字も聞き漏らさないと言うような心持ちで聞いているらしい。
「何が原因で事態が誘発されたかは不明だが、最低でもナザリック地下大墳墓がかつてあった沼地から草原へ転移したことなど聞いたことが無い。この異常事態について何か前兆など思い当たる節がある者はいるか?」
アルベドが後ろの守護者達を見回し、代表して答えを出す。
「いえ、申し訳ありませんが、私達に思い当たる点はございません」
「では、次に各階層守護者に聞きたい。自らの階層で何か特別な異常事態が発生した者は居るか?」
「第七階層異常ございません」
「第六階層もです」
「はい、お姉ちゃんの言うとおりです」
「第五階層異常モ同様デス」
「第一及び第三階層以上ありんせんでありんした」
「――モモンガ様、早急に第四、第八階層を調査したいと思います」
「うむ、その件についてはアルベドに任せる。が、第八階層においては注意していけ。もしあそこで事態が発生していた場合、お前の手には余る事となるだろう」
アルベドが了解の意と頭を下げる。
「では、地表部分はわたしが」
「いや、地表部分の調査には既にブロントさんがセバスを送った。現在探索の最中だ」
なんか守護者達が驚いている。まあセバスは上から数えるほうが早い戦闘力だからな。偵察で出すなんて普通勿体無い真似しないだよ。
「時間的にはそろそろなのだが・・・・・・」
丁度のタイミングなのか、小走りでセバスが近付いて来る。
「モモンガ様、ブロント様、遅くなり誠に申し訳ありません」
「いや、構わん。それより状況を聞かせてくれるか?」
セバスは一瞬守護者の方を見る。
「非常事態だ。これは当然、各階層守護者が知るべきことだ」
「了解いたしました。ナザリック周辺一キロ探索したところ、草原となっており、人口建築物は一切確認されませんでした。生息していると思われる小動物は何匹か発見したのですが、人型生物や大型の生物の存在は確認出来ませんでした」
「その小動物と言うのはモンスターか?」
「いえ、戦闘力がほぼ皆無と思われる生物でした」
「・・・・・・なるほど、では草原というのも、鋭く尖っていて足に突き刺さったり、凍っていたりしないのだな?」
「はい、単なる草原です。特別になにかあるとは思えません」
「天空城などの姿もない?」
「はい、ございません。他にも人工物の明かりと言ったものは皆無でした」
「そうだったな。星空だったな。セバス、ご苦労」
リアルにおいて大気汚染が深刻なので、星空を眺めると言う事が出来ない。それだけ空気が澄んでいると言う事か。
〈ともかくモモンガさん、ここがユグドラシル内と言う線が極めて薄くなったな〉
〈それだけだといいんですが、どこかの国境内だったら面倒な事になります〉
〈だったら同盟か、敵対か。恭順は無いな〉
〈なんにせよ情報が足りなさ過ぎます。とりあえずナザリックの警戒レベルを上げておきましょう〉
「各守護者よ。各階層の警戒レベルを一段階上げよ。何が起こるか不明な点が多いので、油断はするな。出来れば怪我をさせず禍根を残さないというのが一番ありがたい。言うまでも無く何も分からない状況はごめんだからな」
「俺からもいいか?」
「どうぞ、ブロントさん」
「お前達は人間を舐めているが、俺みたいなのやアウラ、マーレが居るようにレベルが上がれば自然と強い奴は出てくる。お前達の中から死傷者を出さないためにもまずは捨て駒をぶつけて戦力を測ることをして欲しい。今の段階では油断と遊びは無しだ」
俺の言葉に自然と守護者達の顔が引き締まる。うむ、いい傾向だな。
モモンガさんは頷いてから――。
「次に組織の運営システムについて聞きたい。アルベド。各階層守護者間の情報のやり取りはどうなっている?」
設定に不備が無ければ自己で完結するくらいにはナザリックは完璧だったと思う。
「各階層の警備は守護者の判断に任せておりますが、デミウルゴスを総責任者とした情報管理体制が出来上がっております」
「素晴らしい仕事だすばらしい」
「恐縮です」
俺の賛辞にそう返すアルベド。
「ナザリック防衛の責任者であるデミウルゴス。それに守護者統括としてのアルベド。両者でより完璧なものを構築せよ」
「了解しました。それでは第八、九、一○階層を除いたシステム作りということでよろしいでしょうか?」
「八階層はヴィクティムが居るので問題ない。いや、八階層は原則立ち入り禁止とする。七階層から九階層への封印を解いておけ。八階層には私が許可を与えた者のみ立ち入りを許可する。次に、九、一○階層も含めた警備を行う」
「よ、よろしいのですか?」
アルベドがびっくりしている。いや、アルベドだけじゃなく他の連中もだ。第九階層から下はギルメンのプライベートルームになっているのでそこを警備するとか普通は考えられないのだ。ちなみに俺の部屋も残っていたり、課金したものも維持している。
「至高の方々の御座します領域に、シモベ風情の進入を許可してもよろしいのでしょうか?・・・・・・それほどまでに」
シモベというのはナザリック内で自動POPするモンスター達の事だ。正直あんな雑魚共がうろついていても時間稼ぎにもならないと思うんだが・・・・・・まあ忍者対策とかにはなるか。
それともう一つ、これまではウルベルトさんの意見に則って、そこまで突破されたら悪役らしく玉座で待ち構えようというのがあったからそういうのが許されなかった。ある意味聖域扱いされているのもそのせいだ。
「・・・・・・問題は無い。非常事態だ。警護を厚くせよ」
「かしこまりました。選りすぐりの精鋭かつ品位を持つ者たちを選出致します」
警備はこれで一段落か。モモンガさんはアウラとマーレの方に視線を向ける。
「アウラとマーレだが・・・・・・ナザリック地下大墳墓の隠蔽は可能か?展開できる幻術だけでは心許ないし、その維持費用の事まで考えると頭が痛いからな」
アウラとマーレが顔を見合わせ、考え込む。口を開いたのは魔法担当のマーレだ。
「た、単純に魔法だけだと難しいです。地表部分の様々なものまで隠すとなると・・・・・・例えば、壁に土をかけて、植物を生やすとか・・・・・・」
「栄光あるナザリックの壁を土で汚すと?」
口調は柔らかく、視線は鋭く。マーレが萎縮している。周りもアルベドに同調して剣呑なふいんき(ry)を出している。
「アルベド、余計な口を出すではない。私がマーレと話をしておるのだ」
魔王モードなのかやたら低い声を出すモモンガさん。
「はっ、申し訳ありません、モモンガ様!」
一同の空気が一気に引き締まる。同調していた奴等も同様と受け取ったのだろう。
「壁に土をかけて隠すことは可能か?」
「は、はい。お許しいただけるのでしたら・・・・・・ですが・・・・・・」
「いいんじゃにいか?古墳みたいにするんだろ?」
「だが遠方より確認された場合、大地の盛り上がりが不自然に思われないか? セバス、この周辺に丘のようになった場所はあったか?」
「いえ、残念ですが、平坦な大地が続いているように思えました。であれば周辺の大地にも同じように土を盛り上げ、ダミーを作ればいかがかと」
「そうであればさほど目立たなくなるかと」
本格的にバタリア丘陵じみてきたな。虎が懐かしいべ。
「モモンガさん、周りが草原だったら恐怖公の眷属に偵察させればいいんじゃにいか? 共食いにも飽きてる頃だろうし」
「そうですね。ブロントさんの言うとおり、恐怖公に伝えておけ。ただし、交戦は避けろとな。周辺警戒にエイトエッジ・アサシンとシャドウデーモンもいくらか付けておけ。さて、今日はこれで解散だ。各員、休息に入り、それから行動を開始せよ。どの程度で一段落着くか不明である以上、決して油断するな」
俺以外が一斉に頭を下げ、了解の意を示す。
「最後に各階層守護者に聞きたいことがある。シャルティア、お前にとって私とブロントさんはどのような存在だ?」
「美の結晶。その白いお体はいかなる宝石にも勝ります。そしてブロント様は力の結晶。数多の難敵を叩き潰し、今現在もその進化を止めることなど誰にも出来ません」
うん、まあプレイヤーは俺だけでギルド潰しなんてよくやってたし。
「――コキュートス」
「ナザリックノ叡智ニシテ、ナザリックノ盾デアル御二方ハ正ニナザリックヲ支配スルニ相応シキ方々カト」
「――アウラ」
「慈悲深く、配慮に優れた方々です」
「――マーレ」
「とっても優しい方々です」
「――デミウルゴス」
「賢明な判断力と、即座に実行する行動力を有されたお方。そして常に己に試練を課し、挑戦し続けるお方です」
「――セバス」
「モモンガ様は至高の方々の統括を行っていたお方。ブロント様は至高の御方々の古きよりの盟友にしてモモンガ様と共に最後までナザリックに残って下さった慈悲深きお方です」
「最後になったがアルベド」
「至高の主人であり、モモンガ様を守る最高にして最後の盾でございます。そして、愛しき方々です」
どうやら俺もギルメン認定されているらしい。
「・・・・・・成程、お前達の考えは十分に理解した。それでは私達の仲間が担当していた職務の一部までお前達を信頼し、委ねる。今後とも忠義に励め」
俺とモモンガさんは指輪を起動し、レメゲトン――玉座前の大広間まで転移してきた。
「何あの高評価」
「予想以上だったな」
「あの嘘が許され無さそうな状況でブロントさんの保障が出来たのは良いんですが、無いはずの胃がキリキリします」
「近いうち俺達の体がアバターで本来の肉体が別にあったことをなんとか説明するからよ。それまでの辛抱だべ」
「お願いします。精神異常無効で色々抑えられている状態ですが、あまり気分の良いものではないんで」
「モモンガさんも完全なる狂騒を探して少しくらいは寝ておくべき。事前にアルベドに説明しとくべきだな」
「分かりました。では一旦休憩で」
「んだな」
気疲れが激しいので一旦俺達は部屋に戻って休むことにした。
これでプロローグは終わり。長かった。