怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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64話

「うわぁ…………」

 

 待ちに待ったライブ当日。

 朝、目を覚ましたとき。翠は体調の違和感から熱を計れば、合宿のときと同じであった。

 それでも今回のイベントに出ないという選択肢が存在しない翠は、奈緒が迎えに来る前に全ての支度を終える。

 加えてバレにくくするよう冷えピタは自身の肌と同じ色に塗り、首に貼る。そして予備を隠すように底へとしまう。

 

「翠、さっさといく……どうかしたのか?」

「ん?」

「今までも迎えに来ていたが、事前に準備を終えているなど初めてだろう」

「それだけ楽しみだってことだよ」

「それならいつもやって欲しいが……まあいい。準備が終わっていようと、すでにみんな集まってるからお前が最後だけどな」

「……みなさん早起きですね」

 

 時計に目を向ければ午前9時であり、普通に翠の起きる時間が遅いだけであるが。

 始まるまでノンビリしていられる時間はないが、今回のライブは前日、前々日と全体を通して細かなリハーサルをやっているため、行ってももう少し簡単になったリハーサルをするだけである。

 

 それでもライブに参加する翠以外のアイドル全員は朝早くから準備を始め、今も最高のライブにするためにリハーサルをやっている。

 

 

 

「おはよーさん」

『おはようございます!』

 

 ようやく目的地へとついた翠はライブまで5時間を切ったというのに慌てる様子が一切なかった。

 他のアイドルたちは少しの緊張を持ちながらも楽しみなのか、ジッとしていられないように見える。

 

「おっはよー、翠さん」

「羊を数えてシープシープ」

「楓はテンション高いなぁ……。美嘉も楽しそうで」

 

 そこらにあったイスに腰掛け、ボーッとしていた翠の元に城ヶ崎姉と高垣がやってくる。

 

「そりゃー、待ちに待ったライブだもの。楽しみに決まってんじゃん」

「翠さんの見通しですと、今日のライブばどんな感じですか?」

「んー、そだなー……晴れのち曇り、にわか雨が降るでしょう。止んだ後には綺麗な空模様」

「楓さん、どうみる?」

「言葉通りか、比喩表現かってことよね?」

「大丈夫大丈夫。そんな深刻になるんだったらどうにかしてるから。君らは安心してライブに励めばいいよ」

 

 そう言われて『はい、そうですか』と納得できるわけもなく、微妙な表情を浮かべる。

 

「何かが起こってもなんとかするし、気にしなさんな」

「あまり納得はしたくないけど、いつものことだからねー」

「納豆食って、納得ってね」

「最後にはみんな笑えるライブになるからな。楽しんでいこうよ」

 

 翠が拳を掲げたのを見て、2人もそれに応えるよう拳を作って軽く当てる。

 

「「…………?」」

 

 手に伝わった熱さに2人は首をかしげるが、触れたのは一瞬であったため、気のせいかと流してしまう。

 

「そういや、これからCPの子たちに声かけ行こうかなと思ってるんだが」

「あ、私も行こうと思ってたから一緒に行こうよ」

「私は他の子に声をかけに行きますね」

「ほんじゃ、また」

 

 翠は城ケ崎姉に背負われ、シンデレラプロジェクトの楽屋へと移動する。

 

「翠さん、暑いから自分で歩いてほしいんだけど……」

「動きたくないので」

「まったく、しょうがないなぁ」

 

 背中に感じる熱さは夏による熱さからだと思い、城ケ崎姉はそれ以上深く言うことはなかった。

 

☆☆☆

 

「リハーサルで気づいたこと、他にもあるかな?」

 

 そこでは早くから集まってリハーサルをし、より良いものとするために話し合う少女たちが。

 

「出ハケでまだちょっとバタバタしてるかも」

 

 いつもの似非猫の話し方ではない前川が手をあげ、発言する。

 

「やっぱり人が増えるとね」

「そうね。もう少し余裕を持って動きましょ」

「あとは」

「やっほー」

「やっほー」

 

 他にも意見を聞こうとしたが、そこでドアが開き。翠を背負った城ケ崎姉が入ってくる。

 CPの面々もドアが開いた音に反応してそちらに視線が集まり、入ってきた人物を見てテンションをあげる。

 1人だけ、城ケ崎姉に背負われている翠を見て表情に影が差したが、一瞬のことであり。CPの面々は城ケ崎姉と翠を見ていて気付くことはなかった。

 しかし、城ケ崎姉と翠からは丸見えの位置であり、城ケ崎姉は反応した子たちに意識が言っているため気づかなかったが、翠はばっちりと見ており、眉を少しだけひそめる。

 

『美嘉ねぇ(お姉ちゃん)! 翠さん!』

「今日は頑張ろうね!」

「楽しんでこ~」

『よろしくお願いします!』

「うんうん。みんな元気があっていいねぇ」

 

 元気のある声を聞き、城ケ崎姉の背からようやく降りた翠は頷きながらしみじみと呟く。

 

「美嘉ねぇ! 翠さん!」

 

 急にイスから立ち上がった本田が瞳をキラキラとさせながら声を大にする。

 

「この間よりも1歩! 絶対に進んで見せるから!」

『うん!』

 

 それにつられるよう島村と渋谷も立ち上がり、同じように瞳をキラキラとさせながら力強く頷く。

 城ケ崎姉はそれを聞いて瞳を少し潤ませるが、イタズラが思いついた子どものような笑みを浮かべて口を開く。

 

「1歩じゃぁ、分からないかもねぇ?」

「うぇぇえぇ……。そんなぁ~……」

「あははは、冗談だよ」

「美嘉ねぇ~」

 

 そのまま楽しそうに話を続けるのとは別に、赤城は新田の元へと向かう。

 

「美波ちゃん。まだ練習する時間あるかな?」

「ええ、あるわよ。全体曲?」

「うん!」

「少し待ってて。私も付き合うわ。練習する前に出ハケのことを連絡してくるわ」

「なら、俺も練習に付き合おうか」

「ほんと!?」

 

 嬉しそうにする赤城とは別に、新田には心配と不安の色が浮かんでいた。

 

「ほれ、美波は報告しておいで。他にも来る奴はさっさとこいよー……って、美波。ちょっとこっちおいで」

「……?」

 

 手招きして呼ばれた新田は翠の元にいき、目線を合わせるよう指示されて腰を屈める。

 

「んー、大丈夫……かな?」

「急にどうしたんですか……?」

「張り切り過ぎて無理してるように見えたけど、気のせいだったみたいだ。呼び止めてごめんな。俺は先にみんな引き連れて行ってるけど、慌てないで後からおいで」

 

 この時、翠は1つ見落としていた。

 熱のある翠と同じ(・・・・・・・・)であることを。

 そのことに気づくのは少し先のことになるだろう。

 

 翠が見てくれるとなると、練習しない子がいるわけもなく。多少いつもの感じみたいなレッスンとなってしまった。

 きちんとライブ前だという自覚はあるのか、疲れないように考えられているが、翠からしてみても最後の仕上げができて内心では嬉しく思っている。

 

 

 

 

 

 時間も迫り、ステージ脇にはアイドル全員が集まっており、何人かは衣装さんに調整をしてもらっていた。

 

「……すごいね」

「う、うん……」

「大丈夫? お水飲む? 持ってくるから少し待ってて」

 

 それを見て緊張が高まっている三村と双葉は尊敬の目を向け、余計に硬くなっていた。2人の様子に気づいた新田が声をかけ、水を取りに向かう。

 

「ここ、ちょっと暑いですね」

「それなら、スタッフさんに伝えてこようか」

 

 ニュージェネが集まっているそばを通った時、島村のつぶやきが聞こえ、足を止める。

 

「美波。お手伝い、しましょうか?」

「ううん。これくらい大丈夫だよ」

 

 色々と請け負っている新田を見かねてか。アナスタシアが声をかけるが、大丈夫だと断られてしまう。

 

「みんな! 集まってる?」

『はーい!』

 

 そこへ川島の声が響き、それぞれ集まって話していたアイドル達は返事をしてすぐ周りに集まっていく。

 

「お客さんはもちろん、スタッフさんも私たちも全員。安全に、楽しく今日のフェスを! この夏一番!」

「盛り上げてこー!」

『はい!』

「ちょっと翠さん! 一番いいとこ取らないでくださいよ!」

「いやあ、お膳立てされてるものかと」

「まあ、翠さんだから仕方ないですけど……それじゃ、エンジン組むわよ。楓ちゃん、掛け声よろしく!」

「はい」

 

 川島は皆の気合を入れるため。前口上を述べていき、いざ気合を入れて言おうと思っていたセリフを翠に取られる。

 そのことは残念にしつつもこんなことがあったのは1度や2度では済まないため、息を吐いて気持ちをリセットし、エンジンの掛け声を高垣に任せる。

 任された高垣は手のひらを合わせ、皆の視線を集める。

 

「それじゃ。エンジン組んで、エンジンかけましょー!」

『はい!』

『はいぃぃ……』

 

 気合を入れるところであるはずなのに、笑顔でダジャレをぶち込んできた高垣。

 それに気づかないで元気よく声を出したのが数人と、それに気づいてどう反応したらいいかわからず、掛け声が抜けていったのが数人。

 翠はどちらでもなく、顔を背けて笑いをこらえていた。

 

「分かるわぁ……。先輩にボケられると、どう反応したらいいか困るわよねぇ……」

「布団がふっとんだ?」

「あ、翠さんは例外よ」

「酷い扱いや……」

「はっ! 今のギャグですか!」

 

 今気づいたと、日野が反応したのを始めとし、空気が緩んでいく。

 

「ほんとだぁ、すごぉい!」

「フフ……フフフ……」

「さむっ……」

「えっ? すっごく暑いですよ?」

「寒いの……あの子がいるから?」

「ふぇっ!? 何がいるんですかぁ!?」

「幸子、うっさいぞ!」

「翠さんの僕に対する扱いが雑!?」

「むむむむ~っ。スプーンに反応あり!」

「あ、あの……今の、ギャグだったんですか?」

「うふふふっ。そうですねぇ」

『……………………』

 

 状況についていけないCPのメンバー全員は、ポカーンといった表現が合いそうな表情を浮かべて置いてきぼりをくらっていた。

 

「ほぉら、もう。しまらないでしょう」

「うっふふふふ。はぁ~い」

 

 川島に肘でつつかれながらも嬉しそうな笑みをこぼしていた高垣だが、咳ばらいをして気持ちを切り替える。

 

「では改めて。346プロ、サマーアイドルフェス。みんなで頑張りましょう!」

『おお~!』

 

 皆の声もそろい、気持ちもピシッと締まり。1曲目を歌う子たちはステージへと上がっていく。

 1曲目は曲名にある通りシンデレラであるアイドル達だけであるため、翠はその歌が終わった後のちょっとしたスピーチまで少し時間がある。

 

「それじゃ、さっきの空気はよくあることだからこれから慣れてもらうとして、みんなは楽屋に移動しようか。そこでライブの様子も見れるし。自分たちの出番まで待っててね」

 

 CPの面々を楽屋へと移動させた翠はステージ脇から歌っているアイドルを、そして空を見る。

 昼の予報だとこの後の天気は降水確率0%であったが、翠の目には凄まじい勢いで発達すると思われる入道雲を捉えていた。

 

 あっという間に曲は終わり、歌っていた子たちと入れ替わりで翠がステージへと出ていく。

 

「やっほー、みんな。今日のライブは今ので以上! お疲れさまでした!」

 

 翠のボケをファンも分かっているため、気持ちのいいツッコミのヤジが飛ぶ。

 

「はいはい、分かってる分かってる。君たちの言いたいことはよーく、分かってる。……だが! あえてそれに答えず台本通りに行かせてもらおう!」

 

 多少のアドリブを交えながら、予定されていた注意事項などを伝えていく。

 この暑さであるため、水分補給をこまめにとったり熱中症に気を付けたりといったことを伝え、出演するアイドル達の話にうつる。

 

「みんなも知っての通り、今回のライブには有名、人気どころのほかに知っているかもしれないが新しい後輩もでるのだ! シンデレラプロジェクトといって、それぞれのユニット曲のほか、新曲もあるから楽しみにしててくれ! それじゃいつまでも話してるわけにはいかんし、次の曲にいこうか!」

 

 翠がはけていくのと入れ替わり、トークの間に着替えや準備を済ませたアイドルたちがでて歌い始める。

 

「伝え忘れとか、ないよね?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 ステージ脇にいた奈緒に声をかけ、受け取ったスポーツドリンクを飲んでいく。

 そこでスタッフがどこか慌ただしい動きをしていることに気づく。

 

「スタッフ、何か慌ててない?」

「……CPの子で誰か倒れたらしい」

「…………出るまで時間あるよね?」

 

 確認を取った翠は内心とあることを考えながらスタッフに案内してもらい、少し慌てながら目的の場所へと向かう。


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