怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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久しぶりの更新。


56話

 翌日も朝食からレッスン、昼食までは特に変わりなかったが、食休みをしているとき。

 毎度毎度、飽きもせずに同じような形で注目を集める。

 

「はいはい、皆様皆様。こちらにご注目しろや」

「…………色々とおかしい口調になってるにゃ」

「そうなんだよねー。なんでか知らないけど、ここ最近は心揺さぶられることが多いからねー。なんでだろうねー? ねー?」

「…………みく、藪蛇だよ」

「…………ごめんにゃ」

 

 間延びした口調で話しながらニッコリとした笑顔をとある方々に向けていく。

 当然、心当たりがありすぎるため。顔を向けられた少女たちは目を合わせる事が出来ずに逸らす。

 

 近くにいた渋谷が前川の脇腹を軽く小突きながら、ジト目を向ける。

 やらかした事は先の翠の反応で理解していたのか。前川は彼女たちからも目をそらす。

 

「…………そう言えばさ、最初にレッスン見たときだったか。駄猫がやらかしてみんなに罰が合ったよね?」

『そんなものはない』

「記憶違いかな……? ねえ、蘭子。どう思う?」

「ふぇっ?!」

 

 まさかこちらに飛んでくるとは全く考えてもいなかった神崎。可愛らしい声をあげ、混乱しているのか周りに助けを求めるも目を向けた先からそらされていく。

 

「え、えと……その……」

「あるのかな? ないのかな?」

「う、うぅぅぅぅ…………」

「うーちゃんはどう思う?」

「ふぇっ?!」

 

 反応を十分に楽しんだのか。翠は新たな獲物として島村に目をつける。

 

「うーちゃんはあったと思うかな? なかったと思うかな?」

 

 翠の視界の端では、注意が他に移ってくれたことにホッとしている神崎の姿が映っていた。

 

「と、まあ。お巫山戯はここまでにして。そろそろ真面目な話を始めようと思います」

 

 島村の反応も十分に楽しんだのか。先ほどまでの巫山戯ていた雰囲気はどこへやら。手を叩いて再び注目を集め、真面目な雰囲気を漂わせる。

 

「今日の午前まで、みんなにはユニット曲のレッスンをしてもらってたけど。俺が見た限り、そのパフォーマンスをステージでも表現できたら人を惹きつけるには十分な完成度だと思う」

 

 褒められて喜ぶ彼女たちであるが、今までとその喜び方が違ってきていた。

 

 今までは近くにいた子たちと褒め合ったりと、止めなければ話が先に進めないほどであったのだが。

 

 今回は『やったね』と一言かけあったり、小さくガッツポーズをして喜んだ後には……すでに翠の話を聞く姿勢となっている。

 

 表情はニヤけたままと少し締まりが無いが、調教されつつあるその行動に翠は内心で少し引いていた。

 確かに大事な話があるとは言ったが、喜びを抑えてまでなのか、と。

 その立ち位置に自身を重ね、どのような行動をとるかと考えれば……素直にずっと喜びを露わにし、その後にある話など半分も耳に入らないであろう。

 

「…………ってことで、今日の午後からはシンデレラプロジェクトといった枠組みでの曲を練習していこうと思う」

 

 結局、考えることを放棄した翠は話を続けることにした。

 

「今まではそれぞれのユニット……一人から三人だったけど、今回はシンデレラプロジェクトのメンバー全員。つまり十四人で一つの曲を踊る。…………ってことは、今までよりも色々と難しくなるわけだけど」

 

 一度区切り。翠は皆の顔を一人一人見ていく。

 誰も嫌そうな顔をしているものは居らず。むしろドンと来いとばかりに目を爛々と輝かせていた。

 

「聞くまでもないか。……それじゃ、午後からは振り付けと歌詞を覚えてもらうから。合わせるのは今日の練習の最後か、明日からだね」

『はい!』

 

 

 

 早く始めたくて体がウズウズしているのか。

 話が終わってからのみなはどこか落ち着きがなく。数人は居ても立っても居られないのか、すでにレッスンの場へと向かっていた。

 

「大変ってこういう事だったんだね」

「まあね。楽しみ?」

「うん。アイドルを始めてから、毎日が刺激に溢れていると思う」

「それはそれは。うーちゃんは?」

 

 まだ少し時間があるため。みながどう感じているのか、聞いてみることにした。

 

「はい! とても楽しいです!」

「うんうん。良い事だ。…………けど、一つだけ言っておくなら、世の中はそんなに甘く無いってことかな? 今日は良くても明日、明後日。もしかしたらもっと先になるかもしれないけど、壁にぶつかったり、悩みができるかもしれない。……もしそうなったら一人で抱え込まないことだね。話すだけでも負担ってのは軽くなると思うから」

 

 アドバイスとして言ったつもりであったのだが、これがとんだブーメランだという事に気付いた時はすでに遅く。

 

「…………翠さんもだにゃ」

「…………翠さんもだけどね」

「…………翠さんもね」

「…………翠さんもです」

「…………翠さんもだにぃ」

「…………」

 

 ここに残っている面子で事情を知っている少女たちからジト目を向けられながら、翠にだけ聞こえるよう小声で急所をえぐっていく。

 

「事情を知っている人からしたら、あまり説得力がないよ」

 

 さらには渋谷から追い打ちとばかりに傷口に塩を塗られ。翠のメンタルはボロボロであった。

 

「みなさん、お疲れ様です」

「たっちゃん! みんながよってたかって俺をいじめるんだ!」

「…………えぇ……っと」

 

 タイミングが良いのか悪いのか。武内Pがやってきたため。翠はこの空気を流すために茶番を演ずる。

 

 当然、いま来たばかりの武内Pがそのことを察せるはずもなく。困ったように首へ手を当て、周りへと目を向ける。

 

「大丈夫だよ。翠さんは誤魔化すためにちょうどよく現れたプロデューサーを使っただけだから」

「…………そゆことは、例えみんなが気づいていようが口に出さないもんなの」

 

 ジト目を渋谷に向けるも、聞いてないとばかりに顔をそらしている。

 

「……まあ、いいや」

「それ、翠さんじゃなくて私たちのセリフですよね……?」

「それも置いといて。そろそろ行こうか」

 

 片付けもそこそこに。翠は武内Pの背に乗り、レッスン場へと向かう。

 皆も苦笑いを浮かべながらその後をついていく。

 

 

 

 

 

「翠さんおっそーい!」

「おっそーい!」

「いやいやいや、まだ時間あるでしょ……」

 

 時計を見ればレッスンが始まるまでまだ時間があるのだが……体力が有り余っているのか、新曲が楽しみなのか。今すぐにでもレッスンを始めたそうに翠を見ている。

 

 それは一部の少女だけでなく、メンバー全員であったため。

 翠は時間いっぱいまで休むつもりであったが、仕方なく重い腰をあげる。

 

「そんじゃ、そこらに適当でいいから座って。まずは軽い説明から」

 

 慣れに加え、楽しみな気持ちも合わさり。これまでにないほど、翠の指示に素早く従っていく。

 

「ああ、美波。こっちこっち」

 

 手招きして呼ばれ。それだけで最初に何をするか気づいたのか、一つ返事をした新田は翠の横に立つ。

 

「最初の連絡事項だけど、たっちゃんは仕事の関係であまりコッチに来れなくなるのに加えて。いつも俺がいるとは限らないし、シンデレラプロジェクト内でリーダーを決めさせてもらった。俺がいても美波の指示を聞くように。いきなりの事で慣れてないし、間違えるかもだけどそしたら俺の方で助言とかしていくから。……んじゃ、一言」

「はい。みんな知ってると思うけど、新田美波です。みんなでイベントを成功させるために頑張りたいと思います」

「ん、ありがと。それじゃ、この紙をみんなに配りながら座って」

 

 座りに戻るついでとばかりに簡単な雑用を任せる。

 みなに紙が行き届き、新田が座ったのを確認した翠はいつの間にやら武内Pが用意したCDプレーヤーの再生ボタンに指を乗せる。

 

「その紙には全体曲の歌詞が書いてある。今から曲流すから、取り敢えず一回聞いとこうか」

 

 実際に聞いた方が早いだろうと必要最低限のことだけ伝え、合図も何もなくそのままボタンを押す。

 

 曲が始まり、みなは聞こえてくる歌声に合わせて歌詞をなぞっていく。

 リズム感がある子たちは所々、合わせて歌っていたりした。

 

 フルではなく、ライブ用のショートバージョンであるため。長いようで短く、短いようで長い曲が終わる。

 

「ちなみにこれ、歌っていたのは奈緒とちーちゃん、そこらで捕まえたアイドルだから。俺は一切、歌っとらんよ」

「なんでですか!?」

「この方達も上手いですけど!」

「翠さんの歌を期待してたのに!」

「お、おう……?」

 

 ちょっとした補足説明のつもりであった翠であったが、メンバー全員から訴えるような目を向けられ。翠は若干狼狽える。

 

「だって…………ねぇ?」

「…………はい」

 

 何かを思い返しているのか。武内Pも翠から目を向けられ、かすかに眉を寄せて頷く。

 

「全体楽曲って他にもいくつかあるんだけどさ……、君らが入る前の話よ? 俺が見本で歌ったやつを聞かせたら、十分なはずなのにみんなが納得いかなくって……」

「みなさんは翠さんの歌と自身の歌を比べてしまい、劣っている。まだ足りないという考えに至ってしまい……」

 

 そこから先は二人とも口を閉ざしたが、アイドルたちがどういった気持ちで練習をしていたのかなんとなく理解したのか。

 それ以上、文句が出てくることはなかった。

 

 特にキャンディアイランドの三人は鼻歌とはいえそれを間近で体験しているため。より深く、その事について察していた。

 

「そんな気にすることじゃないと思うんだがなぁ……。すでに何人かは言ってあるけど、人にはそれぞれ良いところもあれば悪いところもある。後はどれだけ心を込めてそれを届けるかだよ」

 

 少し暗くなった空気を変えるため。

 優しい笑みを浮かべながらそう伝える翠であったが、時が進むにつれて威圧が増していく。

 

「君ら。俺を越すんなら、いまやってみる?」

『いえ! 大丈夫です!』

「まあ、冗談だが。んで、振り付けの話に移るが……これから練習するのはあくまで今回のライブ用ってだけで、本来のって言い方はおかしいけど、振り付けとか少し弄ってるから。このイベントが終わってからになるけど、その後のライブ用の振り付けはそん時にまた教えるよ」

 

 再び、なんの合図もなくスイッチを押した翠。軽くであるが曲に合わせて踊りを見せる。

 

 

 

「簡単に踊ったけど、これが大まかに見た感じの動き。ライブだからそれぞれ振り付けが多少違ってくるけど、そん時に教えていくから。…………取り敢えず、立って俺に合わせて踊ろうか?」

『はい!』

「たっちゃん、お疲れ様。後は任せてちょ」

「はい。よろしくお願いします。みなさんも頑張って(・・・・)下さい」

 

 武内Pが荷物をまとめ。最後に一度頭を下げ、出て行った瞬間。

 

 ――メンバー全員は体の芯に氷柱(つらら)を差し込まれたかのような寒気を覚えた。

 

 そしてほぼ全員が同じ結論に至ったのか、翠へと目を向ける。

 そこには。

 

 

 

「んじゃ、取り敢えずは死ぬまで踊ろうか」

 

 

 

 視線を集める事には慣れているのか、特に気にした様子はなく。

 いつもと同じように。

 変わらぬ口調のまま。

 

 

 

 ――今までにない程、スッキリとしたイイ笑顔を浮かべる翠がいた。

 

 

 

 笑顔を浮かべるのは良い事であるが……いま、翠が浮かべている笑顔は『悪い方の意味』でイイ笑顔だった。


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