その静寂も一つの着信音によって崩される。
取り出した携帯の画面を見て、翠は微笑むとその電話に出る。
「やあ、どうかした?」
『ど、どうかしたじゃないですよ! あんな留守電残されて安心できませんよ!?』
通話口から聞こえてきたのはどこか余裕がない様子の輿水であった。
「まあ……ドンマイ?」
『ど、ドンマイ……って、元は翠さんでしょう!?』
「あ、そういえばさー」
『露骨に話を逸らさないでください!?』
「…………さっきから声が大きいぞ」
『誰のせいだと! …………それで可愛い僕に何のようなんですか』
「…………特に何もないな」
『うがー!?』
「…………アイドルらしからぬ声」
『誰のせいだと!?』
何故か、そこで一度電話を切った翠。
少しも待たないうちに再び電話がかかってきたため、通話ボタンを押して耳から少し携帯を離す。
『何で切ったんですか!?』
「何となく?」
『何となく!?』
「それより、本題入っても?」
『……………………ものすごく納得いかないですけど、納得いかないですけど』
しばらく間が空いていたのは落ち着く時間が必要だったのだろう。
加えて、声から疲れた様子が伝わってくる。
翠が内心で『可哀想』などと思うはずもなく。その表情には笑みが浮かんでいた。
「なぁ、幸子」
『……はい』
今までのおふざけが無い声に、輿水は反応が遅れるも何とか返す。
「アイドルって、楽しい?」
『……………………はい?』
どのようなことが翠の口から発せられるのか、身構えていた輿水であったが。
あまりに予想外のことで、間抜けた声を返す。
「…………」
『い、いえいえいえ! 日本語がわからなかったとかそういうことじゃ無いですよ!』
翠が黙ったままでいるため、慌てて言い訳をし始める。
『ちょっと、質問の意図が分からなかったので……』
「まんまの意味だよ。聞いて見たくなって」
「あー……まあ、別にいいですけど』
どこか照れくさそうな感じであったが、暫くしてから口を開く。
『楽しいですよ。レッスンとかたまに辛いなーって思う時もありますけど、辞めたいと思ったことはないです。楽して上手くなるはずないですし。それに上手くなっている実感とか、皆さんとダンスがあった時の一体感とか。やっぱり、その辛さを乗り越えての達成感のようなものがすごく心地いいです。…………後は大きな目標もありますし』
「その大きな目標とは?」
『可愛い僕だけでなく、多分皆さんも同じだと思いますけど…………翠さんをぎゃふんと言わせることです!』
「ぎゃふん」
『そ、そういうことじゃ無いです!』
先ほどまでは真面目であったのに、いきなり緩い感じを突っ込まれ。輿水のペースが少し乱れる。
『翠さんを追い抜くとかではなく、翠さんに認められる。もしくは何かアッと驚かせるような感じですよ』
「俺はお前さんの体を張った芸にアッと驚いてるが?」
『…………も、もう! さっきから茶化さないでくださいよ! 聞きたいと言ったのは翠さんじゃないですか!』
「大丈夫大丈夫。何となく伝わってるから」
『何となくですか!?』
その後はいつもと同じ、翠が輿水をからかう。またはただのおしゃべりとなっていた。
電話の最後に。
「……まあ、ありがと」
『へっ? いま、翠さんがありが』
輿水が何か話していたにも関わらず、何のためらいもなく通話を切る翠。だが、かけ直してくることはなかった。
「…………ふー」
少し赤くなった頰を自覚している翠は手で顔を仰ぎながら息を漏らす。
「あ、あの……お電話終わりましたか……?」
その口振りでだいぶ前からそこに居たであろう緒方が玄関から出てくる。
「……もしかして聞いてた?」
「い、いえ。少し距離があったので何か話してるのは分かったんですけど、内容までは……」
「んー、まあいっか。聞かれて困ることでもないし」
最後の感謝の言葉は恥ずかしいけどね、とは口に出さず。携帯の画面に映る『通話時間三十分』にちらりと目を向け、画面を消す。
「……わぷ」
再び視線を戻そうとする前に何かが翠に抱きついてきた。
目をそらして居たのは少しであるはずなのに、すぐそこに緒方が立っており。翠のことを抱きしめていた。
「ど、どしたん……?」
「少しの間……こうさせてください」
「……別に構わんが」
許可をもらったため。緒方は抱きしめている腕に少し力を込める。
「…………」
「…………」
「…………」
初めはただ抱きしめているだけであったが、気づけば翠の頭を撫でている。
緒方はどこか悲しげで。よく見なければ分からないほどであるが、目尻に涙がたまっていた。
それとは対照的に、翠の表情は母親に抱きしめられている子どものように柔らかく、安心しているように見え。
もっとその温もりを感じるためか。翠も緒方の胴に手を回し、軽く抱きしめる。
緒方はそのまま何も話すことはなく。満足したのか翠から離れ、一度頭を下げてから戻っていった。
「…………何だったんだろ」
その行動の意図が読み取れない翠であったが、肌に残る温もりは確かで。
撫でられた頭に手を当て、その感触を思い返す。
「まあいっか」
ふひひ、と笑みを漏らし。
翠も双葉との約束があるため、玄関へと足を向ける。
☆☆☆
「んで、杏との時間を作ったが……なに聞きたいん?」
「んー……昨日の続きとか、他にも色々と聞きたいことあったんだけど」
「けど?」
「夏フェスが終わった後、ゆっくり聞こうかと思ってさー。それに、翠さんだってそのつもりだったでしょ?」
「まあね」
一人一人に何度も説明するのは面倒であるため。はなっから聞かれてもその日に聞くよう言うつもりであった。
「なら、みんなのとこに戻って遊んどき。俺はもう寝る」
「…………ねぇ、一緒に寝てもいい?」
「……そのままの意味かな? 男女の意味かな?」
「…………それ、セクハラだよ?」
「酷いっ! 誘ってきたのはそっちなのに!」
「翠さんはさ、分かっててボケてるのがタチ悪いよね」
わざわざ
「俺としては構わんが……急にどした?」
「…………なんとなく」
顔をそらして答える双葉は、態度から『何かありますよ』と語っているが。翠はそれに気づかないフリをする。
「俺としては別にいいが…………みんなにはどう伝えるよ。絶対、何人かやって来るよな」
「…………なんとか誤魔化してくる」
そう言ってみんなの元へ向かった双葉を見送り。
翠は自身の布団を敷いて寝る準備を始める。
そんなに時間がかかるものでもなく、自身の寝る準備を終えた翠は双葉の布団でも運ぶの手伝うかな。と考えていた。
「どう説得した…………持ってきたのは枕だけ?」
どうやってみんなを言いくるめたのか、帰ってきた双葉に尋ねようとしたが。
手に持っている枕に気づき、嫌な予感が頭をよぎる。
「何でも言うことを聞いてくれるってのがあったじゃん。ストライキ起こして正座させられてた時の。あれを使って『翠さんと"二人きり"で寝る』と頼んだって言ったら、みんな悔しそうにしてたけど誰もついてこなかったよ」
「それは別にいいんだが……何してる」
「え? 寝る準備だけど」
説明しながら、双葉は自身が持ってきた枕を翠が敷いた布団へと置いていた。
そして翠が使う枕の位置をずらし、二人一緒に寝る形となっていた。
「…………仕方ない。何でも言うこときくやつを使われたら断れないしな」
「…………やっぱり、ダメ?」
「ダメ。みんなにそう説明したんだから使用しなきゃ」
皆には使うと宣言していたが本当は使ってないなどと翠が見過ごすはずもなく。むしろ一人分減ったと喜んでいる。
「それにしても、よくこんなおっさんと一緒に寝ようと思ったね」
「…………は、早く寝よう。杏も眠くなってきちゃった」
何かを誤魔化すように、双葉は布団へと潜り込む。
そのことについてからかおうと思っていた翠だが、睡魔が勝ったのか。特に何もせず空いている方に潜り込み、目を閉じる。
「…………何でそんなに離れるの?」
「いや、普通こうじゃない?」
「翠さんがそうなら、杏からひっつくのありだよね」
そう聞こえると同時に。
翠の背中に人の温もりが伝わってくる。
「…………本当に、どうした?」
「…………」
同じ問いかけ。少しの間、双葉は黙っていたが口を開く。
「翠さんはさ、もう少し人に甘えてもいいと思うんだ」
「…………」
「さっき、智絵里と抱き合ってるの見えちゃってさ。……なんでかその時、翠さんは人肌が恋しいんじゃないかな。って思ったんだ」
「…………」
翠は何も答えることなく、背を双葉に向けたままであった。
「別にすぐ、どうこうできるとは杏も思ってないよ。今のこの状態が翠さんと杏の距離だって分かってるから。…………でも、杏のこと、みんなのことは拒まないで欲しいな」
そう言って双葉はさらに自身の体を翠へと寄せ、腕を回して抱きしめる。
「前に言われた通り、杏だってこんなだから捻くれて育っちゃったし。きらりだって色々とあったと思う。他のみんなだって表に出さないだけで、何かあったのかもしれない。だからって世の中全部がそんな悪いもんじゃないんだよ。…………杏は、みんなは。翠さんに会えてとても嬉しいって思ってるよ」
その呟きを最後に。しばらくすると双葉から寝息が聞こえてくる。
「…………」
翠はまだ寝ておらず。目にたまった涙を拭い、その手を双葉の手に重ねる。
「…………ここまで言われたら。少しは頑張ってみようかな」
嬉しそうにポツリと漏らした翠は目を閉じ、眠りについた。
一期は下地、または伏線張るだけ張って
二期始まる前に翠さんについて触れ
二期にアニメ+伏線回収(できたら)+盛り上げ
…………みたいな?