怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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41話

「なあ……もしかしてこうなることまで分かっていたりするのか?」

 

 "最後のステージ"を前に、奈緒は翠へと尋ねる。

 

「さあ、どうだろう」

 

 クスッと含みのある笑みを浮かべながらそう答える翠は、あの時のことを思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 硬貨が上にした面は裏であった。

 ――つまるところ、引退である。

 

「よし、なら早速行動していかないとな」

「まずは何をするんだ?」

「会見じゃ!」

 

 その言葉の通り、次の日には大勢の記者やテレビカメラが集まる記者会見が開かれた。

 その様子は生中継でテレビに放送された。そこで翠は『全曲完全書き下ろしのアルバム』を発表して世間を賑わせる。

 

 

 その後は作詞作曲に精を出しながらも時にふざけ、時に遊び。

 

 

 そしてシンデレラプロジェクトの手助けや他のアイドルのレッスンなども見ていった。

 

 

 あいも変わらず。何かしらのトラブルが起こるシンデレラプロジェクトに翠は微笑みながらも彼女たちの成長を阻害しない程度に助言をし、夏にあった大きなイベントを成功させた。

 

 

 そのイベントはシンデレラプロジェクトだけでなく、高垣や輿水など多くのアイドルが参加し、翠も例外にもれなかった。

 

 

 翠がステージに立った時は観客から主に悲しみの声が上がったが、そこはカリスマというべきか一言でおさめてしまった。

 

 

 夏が過ぎた頃には美城常務が帰ってくるやアイドルグループや番組を解散させたり、プロジェクトクローネを発足させてその筆頭に翠を置いたりなど大きな混乱があり。

 シンデレラプロジェクトにも大きな危機が訪れ、一番困惑に陥ったのは島村であった。

 

 

 彼女のことは任せろと翠がハッキリと言ったため、武内Pはそれでも手の空いている翠とともに混乱の事態を落ち着かせた。

 

 

 島村も翠との話により自身を、そして自信を取り戻して誰もが見とれるような笑顔を浮かべるようになった。

 

 

 そして年明けにまたアイドルのみんなで大騒ぎを起こしたりした翠はアルバムの発売日と同じ日から生放送でライブをやると発表した。

 

 

 この発表は翠がゲストとしてラジオ番組に呼ばれた際、話の流れを無視して終了時間ギリギリに滑り込むようにしてセリフを残した。

 

 

 突然、奈緒もお偉いさんもこのことについては何も知らず。

 346にはどういったことなのかと電話が鳴り響くが翠の独断としか説明できず。

 これまた緊急会見を開くこととなった。

 

 

 次の日の昼に行われた記者会見。

 またもテレビで生中継をされたため、その日の日本。そして翠の人気がある国では『時間が止まった三十分』と言われる放送となった。

 

 

 このような事態を起こした本人の説明はいたって簡単なものであった。

 ようは、今まで通りにライブを行うが、それをリアルタイムでテレビ放送するというだけのもの。

 お偉いさんたちはこのようなことに利益収入が得られないと考えていたが、翠が放った最後の一言にその考えは覆された。

 

 

『そういや言ってなかったけど、このアルバムがラスト。最後のアルバムで、ライブもファイナルライブだから。……たぶん、気が向かない限りは単独で二度とやることはないだろうね」

 

 

 日本語として色々と意味が矛盾したりもしているが、翠がやらないといった雰囲気を匂わせたらやらないことを身近な人たちだけでなく、ファンたちも感じ取っていた。

 

 

 そして五日間も行われる翠の単独ライブ。

 先行や一般の販売だとサーバーがパンクするなどの事態も考えられたため、少し特殊な方法で行われた。

 

 

 ハガキに行きたい人数と参加したい日を記入してもらい、それを送るのである。

 リアルタイムで放送されるとはいえ、大勢の人に生で見てもらいたいため、複数日希望でも一日しか当選はしない。

 

 

 当然、一人が複数枚送っていることが分かればその人は当選することがない。ということも周知の事実である。

 

 

 送られてきたハガキの枚数はとんでもないこととなったが、そこからさらにランダムで選ぶとなると果てしないほどの時間がかかる。

 

 

 と、いうわけでその仕事に起用されたのは哀れにも346のアイドルたちであった。

 仕事がないアイドルたちは呼ばれ、全員かかりきりで頑張ってやった。

 

 

 そのような事情もあったが、なんとか無事にライブを迎えることとなった。

 

 

 完全書き下ろしのアルバムに入っている新曲まで歌われ、初日から大いに盛り上がり。……そして最後はファンの皆が涙する。

 そんなライブも四日終わり、最後の五日目となっていた。

 

 

 

「いろいろ、あったなぁ……」

「そう言えば、お前についての話が今まで忙しくて聞けていなかったな」

「そういやそうだな。集まってる時がよかったけど……奈緒だけには伝えておくか」

 

 くるりと振り返り、奈緒への目をまっすぐに見つめる。

 

「俺、実は天使なんだ。みんなを笑顔にする」

「ふんっ。笑顔にさせてないじゃないか」

「そうだねぇ……歩いているとき、泣かないことなんて無いんだよ。だけど、最後にはみんな笑っているものさ。今日が最後のライブだ。それを見せてあげるよ」

 

 ビシッとゆびを奈緒に向けながらニヒッと笑い、何も聞かずにステージへと上がっていく翠。

 

「…………ふんっ」

 

 なおはステージへと上がった翠の背中を見て、一つ鼻を鳴らすだけであった。

 

 

 本当に最後のライブが始まり、ファンのみんなも、翠も。興奮は最高潮へと達していた。

 しかし、半ばを過ぎてから徐々に泣く人が増え始める。

 

 

 そして最後の曲を前に、全員が涙を流していた。

 

「……ねぇ、みんな」

 

 そんなファンを前に。そしてテレビを見て涙しているであろうファンに。

 翠は最後の曲の前にトークを始める。

 

「みんなは今、俺の姿が見えているかい?」

 

 説明が少なすぎる言葉。

 これだけで翠が言いたいことに気づいたのは何人いたことだろう。

 

「みんなは今、本当に悲しいのかい?」

 

 俯いて涙を流している人たちが顔を上げる。

 

「みんなは今、何をしてるんだい?」

 

 涙で濡れた目を拭い、翠の姿を目に焼き付けるよう見つめる。

 

「みんなは今、俺の姿が見えているかい?」

 

 繰り返されたセリフ。

 翠の問いかけに僅かであるが『……ぉぉ!』と声が聞こえる。

 それが耳に届いた翠はかすかに笑みを浮かべ、ファンを一人一人見るように周りをゆっくりと見回す。

 

「最後のライブなんだ。泣いて見れない、悲しく終わったなんて嫌じゃないか。――最後は笑って見送ってくれ!」

『――――わぁぁぁぁぁああ!』

 

 その歓声は会場だけでなく。日本国内で響き渡ったような。そんな気さえするほどに大きなものであった。

 

「みんなも笑って一緒に歌おうか! 『歩んだその先へ』!」

 

 その歌は絶望に打ちひしがれた少年が僅かな光を希望に。ときに立ち止まり、くじけても周りから助けられ、そして周りを引っ張っていく。

 

 ――そんな、歌。

 

 会場にいるファンだけでなく。テレビの前にいる人たちも一緒に歌っているような。そんな感覚をみな抱きながらも歌っていく。

 しかし、堪えきれずに涙を流すもの。

 それは周りにいる人たちもつられて広がっていく。

 曲の最後の方では歌い続けながらもみなが涙を流していた。

 

「みんな――いい笑顔だよ!」

 

 だが、誰一人として。

 たとえ涙を流そうとも。

 

 ――笑顔を浮かべていない人などいなかった。

 

「いずれ語られる人になるだろうけど! 忘れられる日が来るけれど!」

 

 今まで。人前で素の感情を表になど出してこなかった翠であったが。

 

「俺はこのアイドル生活! すっごい楽しかった!」

 

 今日のこの日は特別であるのか。

 

「いろんな人に支えられて! いろんな人に喜んでもらえて!」

 

 まるでいままでの思いをいま、解き放っているかのように。

 

「――今まで本当にありがとう!!」

 

 涙をボロボロと流していた。

 

 涙を流しながらも、やはり笑顔を浮かべて力いっぱいに手を振っている。

 その姿を見たファンは堪え切ることができず。声を出しながら泣き崩れるもの。一緒に見に来た家族や親友、恋人などと抱き合って涙するもの。

 反応は様々であれ感情の赴くまま、素直にさらけ出していた。

 

 

 そんなファンの姿をしばらく眺めていた翠は深く頭を下げ、そしてステージから去っていった。

 

 

 

 ――ステージの真ん中には今までずっと使ってきたマイクを置いて。

 

 

 

 様々な会場でライブをしてきた翠であったが。

 マイクだけはこれを使うと意志を貫き通して同じものを使ってきた。

 それをステージの中央に置いていく意味に。

 誰もが気づかないわけがなかった。

 

「やはり、泣いていたではないか」

「明日にはみんな、元気だよ。前を向いてみんな、歩み始めるはずさ」

「そういうことにしておいてやる」

「アイドルは引退したわけだが……これからもよろしく頼むよ」

 

 目が赤くなっている奈緒に何も言うことはなく。

 言葉を交わし、無言で拳を突き出す。

 

「ほんと、世話の焼けるやつだ」

 

 愚痴を漏らしながらも口の端を釣り上げた奈緒は翠の拳に自身の拳をコツンと当てる。

 

「にひひ」

「ふんっ」

 

 嬉しそうに笑顔を浮かべる翠と、照れ隠しなのか腕を組んで真っ赤な顔を逸らす奈緒の姿が。

 誰の目にも触れていない、二人だけの――。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「なんて話を考えたんだけど……どう?」

「そんなの、あくまでお前の妄想だろう。硬貨は表――つまりはアイドル生活続行なんだ。加えて仕事を増やしてもいいんだろう? アルバムが発売された後、覚悟しておけよ」

「…………こんな仕事のない日々は今だけなのか」

「いままでも大して変わっていないだろう」

「そうなんだけどさぁ……気分の問題だって」

「曲を書きながらそのような妄想を考えるとは……お前、本も出してみるか?」

「やべぇ……仕事増えるわ……」

 

 ぐちぐち言いながらも翠はペンに走らせる筆を止めない。

 

 あの日。五人が見守る中、硬貨は桜の面を上にして止まった。

 その瞬間、歓喜するものと悲しみに打ちひしがれるものに分かれた。

 喜ぶ比率のが断然多いのだが。

 

 そして現在、仕事の合間にふざけていた翠を見つけ、こうして監視をしているわけである。

 来年に発売されるアルバムの後は翠の仕事が復活するため。そしてなにより、本人が仕事を増やしてもいいと言ったため。

 奈緒は内心ウキウキである。

 そして逆に翠はそんな奈緒にビクビクしながらも曲を書いては時が進むことを嘆いていた。

 

「…………まあ、しばらくは束の間の休息を楽しみますかな」

 

 そのようなことを呟きながらも。

 翠の表情はとても楽しそうであった。


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