怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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ふと、気になったのですが、もし自分が投稿するとしたら何時ぐらいがみなさんいいのでしょう…?
一応、活動報告に書いておきますねー


40話

「や、おはようさん」

「お、おはようございます……」

 

 次の日の朝。

 バッタリと出くわした翠に、新田は負い目でも感じているのか居心地が悪そうであった。

 向かう場所が同じなのか、途中まで一緒なのか。

 意図せずして、二人は並んで歩くこととなった。

 

「別に知っちゃったものはしょうがないし、どうにもできないから気にしてないよ。君は俺なんかよりも目の前のことに集中した方がいい。これから駆け上がっていくんだから振り返っている暇なんてないよ」

「…………はい!」

 

 返事に間が空いていたのは、何か言いたいことを我慢して飲み込んだからであろう。

 気にするなと言われてそうできる人などそんなにいないが、気にした様子を見せない翠を見て、新田も多少は吹っ切れた様子である。

 

「今日からしばらくはみんなのレッスンが見れないかもしれないから、そのこと伝えておいて」

「…………何か企んでるんですか?」

「まあ、企んでるといえば企んでるかな?」

 

 イタズラを思いついた子供のような笑顔を浮かべる翠であったが、新田はそれを見て首をかしげる。

 

「たぶんですけど……何か大事なことですよね?」

「んー、まあね。詳しくはまだ言えないけど」

「なら、発表があるまで楽しみにしてますね」

「それがいいさ。美波もこれからレッスンだろ? ほどほどに頑張ってこい」

「はい。失礼します」

 

 レッスンに向かうため。少し歩みを速めて翠の前に出た新田だが、しばらく先を行ったところでクルリと振り返り向く。

 

「振り返る暇はないと翠さんは言ってましたけど、駆け上った階段の先の先に翠さんはいるんですから。足元に追いつくまで……いいえ。いつか追い越してみせますから、待っててくださいね!」

 

 それだけ言うと再び前を向き、今度は振り返ることなく行ってしまった。

 

「あはは……楽しみにしてるよ」

 

 一人になった翠はすでに誰もいなくなった通路でそう呟き、儚げな笑顔を浮かべる。

 

 

 

「――早くしないと……いなくなっちゃうよ?」

 

☆☆☆

 

「やあ、お待たせ」

「……お前が時間通りに来るとは珍しいな」

「それだけガチなんだよね、やろうとしてること」

「それはそれは、楽しみだね」

 

 翠の向かった部屋には奈緒、今西部長、武内P、千川の四人がいた。

 これからここで何が行われるかといえば、仕事をキャンセルした理由と何をやろうとしているかの説明である。

 

 好き勝手やるにも限度があり、すでに決まっていた仕事をキャンセルするなど信用の問題にも関わる。

 そのため、この場で納得いくような説明を翠はしなければならず、そしてそのことを各方面のお偉いさんに伝えなければならない。

 

「……翠さんはいままで、なんだかんだ言いながらも仕事をこなしてきましたので、ビックリしました」

「俺もビックリだもの。ここまで行動力があったとは」

 

 たはは、と笑いながら武内Pから湯飲みを受け取り、まだ湯気の立ち上るお茶を少し口に含む。

 

「それで、早く話せ」

「まったく、せっかちだなぁ……」

「お前のおかげでな。仕事が山積みなんだが?」

「おお、怖い怖い」

 

 睨んでくる奈緒に対し、翠は普段通り戯けた調子で返す。

  伊達に長い間つるんできた奈緒はこの程度の煽りに乗ることはなく。自身もお茶を飲んで落ち着きを取り戻す。

 

「まあ、奈緒くんの言い分ももっともなのだし、そろそろ説明をしてくれるかい?」

「もう少しだべっているのもありなんだけどなぁ……」

 

 翠はともかく、奈緒に続いて武内さんと今西部長、千川にも仕事があるのだ。

 話が大好きな翠はゆっくりとしていきたかったが、それは叶わず。

 渋々ながらもワケを話し始める。

 

「奈緒に時間がなくなったとか言ったけど、あれは嘘なわけで。まだまだ時間はあると思うけど、気が変わってさ」

 

 不規則に揺れ動く湯気に目を向けながら、静かに語りかけるよう話し始める。

 

「俺はさ、今でも自分がトップアイドルとか微塵も思ってないよ。たかだか一人の人間だし、一言一言に影響力があるとか全くもって信じられない。……だけど現実は"そうなって"いる。何かをすればそれだけで世間が騒ぐし、他のアイドルたちに俺を追い越すって何度言われたことか」

『…………』

 

 四人は口を挟むことなく、黙って翠の話に耳を傾けている。

 

「アイドルは偶像であり、虚像である。……だからさ、そろそろ語られるだけの人になろうかなって思ってさ」

「翠さん……それって……」

「おう。翠さんはアイドル――引退しようかなって」

 

 誰も口を開くことはなく、ただただ沈黙の時が続く。

 かすかに外から346にいるアイドルたちの声が聞こえてくるが、この部屋の中では物音ひとつなかった。

 

「ぁ――」

「なんかさ」

 

 誰であろうか。

 奈緒か、武内Pか。はたまた千川か。

 口を開いて言葉を発するよりも先に翠が言の葉を紡いだ。

 

「最近、疲れが取れないんだよ。この間の検診ではなんともなかったけれど、自分の体のことだからなんとなく分かるんだ。…………別に、このままアイドル人生を全うして死ぬのも悪くないと思ってるけど、最後はのんびりしたいんだよね」

「……っふ。それはいまでもノンビリしてるだろうに」

「あはは、それもそっか」

「そうですね。翠さんはノンビリしてます」

 

 奈緒の返しに皆の口元に笑みが浮かび、少しだけ空気が和らいだ。

 

「翠くん。もう考えを曲げる気はないのかな?」

「うむむ……そう言われると、なんだかんだ楽しいアイドル生活もなぁ、って感じなんだよね」

「未練タラタラじゃないか」

「そう。そこが深刻な問題」

 

 そのまま半ばなし崩し的に緊張の糸は垂れてしまった。

 

「だからさ、仕事をキャンセルしてもらったのは、アルバムでも作ろうと思ってさ」

『…………ん?』

「全部、オリジナルの新曲を書き下ろしてさ。それをラストアルバムとして売り出しちゃえば後戻りできなくなるじゃん?」

『…………いやいやいや』

 

 簡単に言ってのける翠に、みなは待ったをかける。

 

「全部って……いったい何曲書くつもりだ?」

「少なくとも十はすぐに書けるけど。ずっと温めてきたやつが他にもいくつか」

「発売の予定は?」

「来年の春あたり」

「いや、でも……」

 

 他にも尋ねたいことが山ほどあるが、一応の計画らしきものはあるのか。雰囲気も相まって本当に翠ならできそうだと思い始めてきた。

 

「まあ、このままアイドル続けるか悩んでるから……今までアルバム出さなかったツケみたいな感じで出すのもですけど……」

「それは翠さんが引退するかしないかによって変わりますね……」

「あの……翠さんは引退された後、ノンビリ過ごすと言ってましたが、雑誌の撮影などもぜんぶやらないのでしょうか?」

「いんや、今まで断ってきたテレビとか出ようかなとかチラッと考えてる。雑誌は依頼来た時の気分でとか?」

 

 程よく冷めたお茶を飲み干し、どこか他人事のように考えを口にする。

 

「なるほど。アイドルは引退するけど、芸能界は引退しないってことだね」

「そそ。もう一案はさっきも言った通り、アイドルを続ける。……もし続けるなら、仕事増やしてもいいかなって考えてる」

「そりゃまた。どうした?」

「ただの気まぐれだよ。……決して追い抜かれないくらい先を走るとかそんなつもり全く、全然ないから」

『(大人気ねぇ……)』

「お前ら、いま大人気ねぇとか心一つにしたろ」

 

 少し強い口調ではあるが、武内Pにお茶のお代わりを頼んでいる姿を見れば、翠がふざけていることが誰でも分かった。

 

「それで、結局はどうするんだ?」

「それを悩んでるんだよねぇ……」

 

 答えを急かされるも、割と真剣に考えているようでいる翠。

 悪い言い方をすれば優柔不断とも言えるが、自身が辞めることにより起こることを考えれば、おいそれと決めるのは難しいことであった。

 

 最終的には本人の意思が尊重されるべきであるが、すぐには受け入れがたいことであることは確かであった。

 

「誰か、コイン持ってる? 硬貨でもいいんだけど」

「おや、こんなところに百円硬貨が」

「…………もしかして今西部長は全部知っていましたか?」

 

 ポケットに手を突っ込んだ今西部長が棒読みで言葉を発しながらその手を引っこ抜くと、百円硬貨が手に握られていた。

 

「そりゃあ、何時ぞやお偉いさんに呼ばれた時にはすでに考えていたことだし。ただ時期が早いだけで」

『…………今西部長』

「ははは、これは翠くんがいつも他の人をからかう気持ちがわかる気がするよ」

 

 奈緒、武内P、千川の三人からジト目を向けられた本人は楽しそうに笑っていた。

 

「んじゃ、桜が表でアイドルを続ける。反対の裏が引退ね」

 

 今西部長から百円硬貨を受け取った翠はそれだけ言うとすぐさま親指で弾き。回転しながら中へと舞い上がる。

 皆の視線はその硬貨を追っていく。

 テーブルへと落ちた硬貨は落ちることなく器用に跳ね、クルクルと回転を始める。

 

「ぁ……」

 

 その勢いが徐々に弱くなっていき、小さな音を立てて動きを止める。

 硬貨が上にしている面は――


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