「さて……皆まで言わずとも分かっているさ」
あの場から逃げることが叶わなかった翠は大人しく席に着いた。
ちゃっかり紅茶を頼んでいるあたり、動揺すらなく普段通りにマイペースであった。
そして少女たちの顔を見回してから一つ頷く。
「君ら……太ったんだろう」
『…………へ?』
「いいんだ、いいんだ。みなまで言わずとも分かっているから」
翠の一言により張り詰めていた空気は一気に弛緩し、どこかゆるい雰囲気へと変わってしまった。
「取り敢えず、増えた分は減らさないと……トレーナーさんたちがうるさいからね。それぞれどれくらい増えたかを聞いて、ダイエットメニューを……」
「す、翠さん!」
「ほぇ?」
「太ってないです!」
「そうなん……? 女子が深刻そうな顔をしているから、基本的には太った話かと……」
特に慌てた様子も見せないため、みなは翠が話を誤魔化そうとしてきていることに気がついた。
「それで、話というのは――」
「みなまで言わなくても分かってるって」
新田が話を進めようと口を開くも、翠によって遮られる。
「俺のことについて……知りたいんでしょ?」
『…………っ!』
少女たちは本題に入る前、いくつか会話を挟む予定であったが……本人からいきなり本題を切り出したことに緊張が走る。
「俺の……この、若さの秘密を知りたいのだろう?」
『…………へ?』
「いいんだ、いいんだ。みなまで言わずとも分かって――」
「違います!」
大きな声が食堂に響き渡った。
そこそこ人がいたために目線を集めるが、同じ席に翠が座ってるのを見つけたとたん。哀れみのこもった目へと変わった。
「翠さんの扱いってこんな、なんですね……」
「おう、そうだとも」
立て続けに気の抜けるような出来事がおこり、少女たちはため息をつく。
「……今度こそ、きちんと答えてください」
「まあ、慌てなさんな」
ジトリと疲れ切った目を向けられようとも気にした様子を見せない翠は、紅茶に口をつけて間をあける。
「…………俺の見た目がこのままなのには深い理由があるんだからさ」
いつもの言動がアレなために少女たちは否定したかったが、どこか悲しげな目をしている翠を見て何も言えなくなってしまう。
「もしかしたらないかもしれないんだけどね」
しかし、そんな態度が嘘だったかのようにあっけからんと普段の調子に戻ってしまったため、みなの頬が引きつる。
「ただ……なんの"代償"も無しに得られるものなんて、ほぼないに等しい。加えて、それなりの"モノ"を手に入れるには……それなりの"対価"が必要であるってことを伝えておこう」
「それって――」
「そんなことより……みんな、時間は大丈夫なの?」
『…………えっ?』
双葉がどういった意味なのか深く尋ねようと口を開くが、遮られる形で翠が指差す方へ目を向けると……レッスンや仕事の時間がせまっていた。
「みんなは早く知りたいだろうけど……俺から話の場を設けるからさ。……それまで、待っててくれない?」
「…………まあ」
「それだったら……」
「うん、ありがと。俺は少し用事があるから、みんな行ってらっしゃい」
この場で詳しく聞きたかった少女たちだが、時間がないために後味が悪い感じであるけれどもそれぞれの場所へと向かう。
本人の口から直接、話の場を設けると言っていたため、そのことに嘘はないと思っている。
しかし、それまで胸のつっかえが取れないままでいるのは……目の前のことへ集中するためには少なくない障害となることに少女たちは気がついていなかった。
「…………はぁ」
少女たちの背が見えなくなると、翠はそれまで浮かべていた笑みを消してため息をつく。
「いつ、だ……? 昨日までは何ともなかったのに、知らないはずの四人までも時たま体に目を向けてくる……。話したのは三人だろうし、時間的にも昨夜……」
口元を手で覆い、ぶつぶつと小さな声でこうなった状況を口にして整理していく。
「どうしてそんな話の流れ、に…………ぁ?」
思い当たる節が見つかったのか、翠の目がかすかに見開かれる。
「からかうつもりのアレが……掘り下げられた、のか……? …………完全にやらかした」
先ほどよりも深いため息をつき、テーブルへと突っ伏す。
そのまま床に届いていない足をバタバタと動かし始める。
「うぁぁぁぁ…………」
上半身を起こし、両手で頭をかき回し始める。そのために髪は乱れ、パッと見だと童話に出てくるお化けのようになっていた。
「…………ふぅ」
気分が落ち着いたのか。
乱れた髪を直し、冷めてしまった紅茶を飲み干して一息つく。
「…………」
しばらく天井を眺めていたかと思うと、携帯を取り出してどこかへと電話をかけ始める。
『何の用だ? こっちはお前と違って忙しいんだが』
「悪い。けど、大切な話がある」
『…………少し待て』
翠の雰囲気が普段と違うことを感じたのか。
電話の相手――奈緒はそれだけ伝えると電話も繋がったままに、ゴソゴソと何かを動かしている。
『…………ああ、いいぞ』
それから五分と経たず、何かの作業を終えた奈緒が電話に戻る。
「夏の大きなフェスまで、仕事全部キャンセルしてくれ。すでに決まってるやつも」
『…………何言っているのか分かってるのか?』
「分かってるさ」
『なら――』
「もう、時間がなくなった」
『…………は?』
意味の分からない翠の行動に奈緒が声を荒げようとしたが、遮られる形で放たれたセリフに困惑の声を漏らす。
「いや、少し語弊があるな。まだ時間はあるが……予定を少し、早める」
『…………どういう意味だ?』
「ちゃんと、全部話すよ。その予定ができた。今すぐじゃないけど、俺から話の場を設ける。……奈緒が知りたがっていた、俺自身についての話だ」
『…………そうか』
「…………」
『…………』
「…………」
奈緒の返事を最後に、無言の時が続く。
『…………はぁ。仕事の断りはいれておいてやる。その代わりにキチンと全部、話してもらうからな』
「…………ああ、悪いな。仕事は後輩アイドルたちに回してくれ」
『分かってるさ。……それと、こういうときは感謝を述べるものだ』
「知ってる。だから謝ったんだし」
『まったく。…………お前と出会ってからずっと、振り回されてばかりだ」
「ふむ……まだ足りぬか?」
翠のセリフに返ってきたのはブチッという通話の切れた音であった。
「ありゃりゃ、切れちゃった……。まあ、目的は達成できたし……あとは俺がどれだけ頑張るか、だな」
イスから立ち上がった翠は伸びをして体をほぐし、『ふぅ』と気の抜けるような声を漏らすが、翠自身としては気合を入れた合図であった。
「――いやぁ……大きな仕事が入っちゃったなぁ……」
愚痴りながらどこかへと向かう翠の姿はどこか楽しげであった。