「次に組まれるユニットメンバーを発表する!」
「「「…………!」」」
いつも通り唐突な翠の呼びかけにより部屋へと集められたCPの面々。
武内Pもいるが、なにも聞かされていないのか少々困惑気味であった。
しかし、翠の口からでたセリフに全員が驚き、しばらく経つと三人からの期待がすさまじかった。
「…………おい、仕事ほっぽりだして何をしている」
「…………」
いざ発表と、翠が口を開いたとき。いつの間に入ってきたのだろう。彼の背後にお怒り気味の奈緒が立っていた。
「…………あれれ、奈緒さん?」
「なんだ?」
「し、仕事に向かったはずじゃ……?」
「それはこの偽物のことか?」
「あぅぅ……翠さん、やっぱり可愛い僕でも無理でしたよ……」
そこでようやく翠が振り返り見ると、奈緒に首根っこを掴まれている輿水がいた。頭には白髪のカツラがあり、パッと見では翠に見えなくもないが……。
「お前は頭がいいのかバカなのか分からんな。こんなの誰でもわかる変装だぞ。あくまでパッと見て似てるか? ぐらいなのに、いつもいる私にこんなちゃちな変装が通用するわけないだろう」
「おう、知ってた」
「ふぇっ!? そんな翠さん! 可愛い僕なら絶対にバレないって言ったじゃないですか!」
「いや、バレるだろ。カツラかぶっただけなんだし。暇つぶししたいときに乗せやすいお前さんがいたから……な?」
悪びれる様子もないうえ、変装がバレたときでも想像したのか笑っていた。
「まあいい。仕事だ。行くぞ」
「そういうわけで、俺からの発表は無しってことで。……近いうちにたっちゃんからあったと思うし、別にいいよね!」
バイバイと手を振ってどこか逃げるように部屋から出て行く翠。その後を輿水が追いかけていき、廊下から騒がしい声が聞こえてくる。
奈緒は武内Pと少し言葉を交わしてから部屋を出て行った。
「…………えっと?」
「結局、翠さんは何がしたかったんだろ」
「…………さぁ?」
残された面々は翠が何をしたかったのか考えるが分からず、疑問が残るしかなかった。
「でも、杏にとっては良かったことのような気がするのはなんでだろ……」
ユニットメンバーを発表すると聞いたときから嫌な予感があった双葉は何事もなく終わったことにホッとしていた。
「あの……みなさん」
「プロデューサー、どうかしましたか?」
「いえ、翠さんがあそこまで言ってしまいましたし、私が次のユニットメンバーを発表したいと思います」
「うげっ……」
「ほんとっ!?」
本来の予定とは違ったのか、少し困った表情で手帳を見ながら口にする。
「次にデビューしていただくのは双葉さん、緒方さん、三村さんの三人です」
「わ、わたしが……ですか?」
「やったね、ちえりちゃん!」
「……………………」
「うぅっ……みくのデビューはまだなのかにゃ……」
「いーなー! 私も早く可愛い服着て歌いたい!」
皆が近くにいる人たちと話し出すため、騒がしくなる。
その様子を見ながら、武内Pは昨日のことを思い出していた。
☆☆☆
「はい、どうぞ」
「失礼する」
夜遅く。デスクワークをしていた武内Pのもとへよく会う人が訪れていた。
「奈緒さん。どうかされましたか?」
「少し話があってな」
普段は翠と一緒か、仕事をサボった翠を探すときに少し話す程度であるが、こうやって二人きりで話すのは片手の指で足りるほどであった。
「……コーヒー、飲みますか?」
「……ああ、いただこう」
互いに無言となり、コーヒーを用意する音だけが響いていた。
「どうぞ」
「ありがとう」
二人は対面になるように座る。そしてまだ熱いにもかかわらずコーヒーをひと口飲んだ奈緒が懐からメモ帳を取り出してとあるページを開き、武内Pへと差し出す。
「……これは?」
どうしたらいいのか問いかけるが、奈緒はそれを読むように目線で促す。
武内Pはメモ帳に視線を落とし、それを読み進めていく。
「……これは」
先ほどとは意味が違うセリフ。
困惑したまま顔を上げ、奈緒へと目を向ける武内P。
「この間、あいつの思いつきで数人のアイドル連れて京都に行った時だ。珍しく酔ったあいつが口にしていた」
奈緒が開いて見せたのはあの時にメモしたところではなく、後で落ち着いて清書したところである。
それも全部ではなく、プロジェクトクローネや美城常務のところは見せていない。
「……前にですが、翠さんの口からハッキリと未来予知はできないとおっしゃってました。ただ、これを見てしまいますとなんとも……」
「とりあえず確認したいことは、これがあっているかどうかなのだが……その顔からするとまさか」
「……はい。神崎さんの件はつい先日です。そして次のキャンディアイランドですが……これも早くて明日。遅くとも三日以内には話す予定でした。……その後もまんまこの通りにユニットデビューさせる予定でした」
メモ帳を奈緒へと返したあと、再び互いに無言となる。二人は何かを飲み込むようにまだ少し湯気のたつコーヒーをすする。
だが、これから夏へ向かって気温が上がって暑くなっていく時期の中。
悪寒が走り、二人は身体を震わせた。
☆☆☆
デビューする三人に今後、どのようなスケジュールでいくかの説明があった次の日。
この日はさっそくユニット曲のレコーディングであった。
「発表があった日に曲の歌詞を渡され、次の日にレコーディングとはまたなんとも言えませんなぁ……」
「はぁ……。翠さん、今日のお仕事は……」
「休みー」
「…………奈緒さん、お疲れ様です」
「ちょっ、それだと俺が問題児みたいやん」
みたい、ではなく事実そうであるのだが武内Pは喉元まできたそれを飲み込んだ。
そしていま、三人はまさにレコーディングの最中であるのだが、緊張しているのかあまり良いとは言えなかった。
…………ただ一人、一番ダメだと思われていた双葉が出来ていることに武内Pは少し驚いていた。
「はーい、ストップー」
またもミスが出てやり直しとなるところを翠が待ったかける。
突然の行動でその場にいた人たちは驚いて動きを止めるが、翠だとわかるとあとは任せたといった感じで各々休憩を始める。
『す、翠さん!?』
『どうしてここにいるんですか!?』
『え……杏たちが歌い始めたころにはもういたよ?』
二人は緊張して周りが見えていなかったのだろう。翠が声をかけてようやくいることに気づいたようだ。
双葉は気がついた時に翠と目が合っており、黙っているよう口に人差し指を立てているのを見ていたため、二人には告げずにいた。
「とりあえず…………お菓子食べよっか」
『『『……へっ?』』』
歌に関してのアドバイスが来るかと思えばまさかのティータイム。
三人は予想を裏切るセリフに素っ頓狂な声を漏らす。
機材があるため違う部屋へと移動した四人。
十分後にはテーブルの上に様々なお菓子が並んでいた。
「さ、気にせず食べてて」
用意されたお菓子は全て翠の手土産であり、三人は本当に食べていいのか分からずにアイコンタクトを交わしていた。
お菓子を持ってきた本人はそのことに気づいているのかいないのか。鼻歌を歌いながら紅茶の用意をしている。
「ぁ……私たちの歌」
「本当だ」
「すごく上手い……」
そう離れていないところで歌っていたため、三人の耳にも届いていた。
そして先程までの自分たちの歌と比べ、落ち込み始める。
「およよ……どしたどした。せっかくのお菓子を前に落ち込むとは何事や」
紅茶の用意を終えた翠がそれらをトレイに乗せて振り返ると、なぜか先ほどよりも空気が重くなって少し面食らう。
しかし、持ち前の……持ち前のアホさでそれを一旦横に置いておき、明るく声をかける。
「……わ、わたしたちがデビューするの」
「早すぎたのかなって……」
「杏はずっとデビューしなくていいけどね」
「ふむふむ……」
一つ頷いた翠はお菓子を一つ手に取り、フニフニと柔らかい感触を楽しみながら口を開く。
「とりあえず杏。諦めが世の中肝心だ」
「…………うぇ」
「そんで二人なんだが、どうしてそう思ったのか聞いてもいい?」
「わたしなんて、まだまだ全然ですし……」
「歌も翠さんに比べで……」
「ほむほむ……」
フニフニと弄っていたお菓子を食べ、紅茶で喉を潤してから一言。
「お二人さんはおバカ様ですね」
「ふぇっ!?」
「お、おバカ様……ですか?」
「あー、なるほどね」
「いや、二人じゃなくて三人か」
「……杏は入れなくてもいいよ」
「俺にはお見通しじゃ」
「うぐぐ……」
恨めしそうな目で双葉は翠のことを見るが、見られている翠はどこ吹く風とばかりにお菓子を食べ進める。
「上手く歌おうとすることなんて誰でもできるよ。ただ歌うのが上手いだけなら、そこら辺から連れてきた一般人でもいいわけですし」
「それじゃあ、下手な方がいいんですか?」
「ノンノン。下手でも味がある人はいるっちゃいるけど、そんなの稀だし。って、そうじゃなく、歌ってる本人がどれだけ楽しめるか、どれだけ心を込めて歌えるかが重要なんだよね」
「どれだけ楽しめるか……」
「どれだけ心を込めて歌えるか……」
何かに気づいたようで、二人は胸に手を当てて目を閉じる。
「それと、俺に比べてとか言ってたけど……歌の上手さなんて人によって違うから、ものさしなんてないよ。もし俺のがそんなにも上手く聞こえていたのなら、それだけ君たちの心に届いてるわけさ」
「「…………はいっ!」」
「…………あ、杏も少しは頑張らないこともないよ」
「仕事だって考えるなよ。この職業だ。楽しまなきゃ損だよ?」
三人は胸のつかえでもとれたかのようにスッキリとした表情になっていた。
「あーっ! お菓子が三分の一も無くなってる!」
「だって……君ら食べなかったやん……」
「い、今から食べます! ……って、このお菓子全部有名店の……!?」
「そ、そんなにすごいお店なの……?」
「すごい有名店だよ! 今じゃ予約が数ヶ月……数年待ちとも言われているお店だよ!」
三村に力説され、軽く食べていたお菓子がとんでもなくすごいものだと気付いた緒方の手が止まる。
「気にせず食べていいよ。そのために持ってきたんだから。それに、こういったのも楽しんで食べなきゃね」
「翠さんがそう言ってるんだし、気にしないで食べたら?」
二人も落ち着き、ようやく楽しんでティータイムができるかと思いきや……。
「あ……紅茶冷めてる……」