誤字報告、ありがとうございます。加えて、自身で見つけた誤字も訂正しました
いつの間にかCPのメンバーが14から12に減っていた…
「お、たっちゃん。次に進むん?」
「はい」
CPのレッスンを終え(本田は割増。ついでとばかりにいつぞやの鬱憤を込めて前川と神崎も)、翠がいつもと同じように安部を弄りながらカフェで寛いでいると、武内Pを見つけたので対面へと座らせる。
「お次は蘭子かな?」
「はい。神崎さんお一人でのデビューとなります」
「ふむふむ。何を売り出していくのかな?」
「神崎さんの雰囲気に合わせ、ホラーをコンセプトにしていこうかと考えています」
「ほほぅ……」
コンセプトを聞いた翠は嬉しいことでもあったのか、頰を緩ませる。
それを見た武内Pはこれまでの経験から翠がよからぬことを企んでいそうな気がして複雑そうな表情を浮かべるが、デビューすることを伝えるために不安を胸に抱きながらもその場を後にする。
「リアルでアレを見れるのか、それとも俺に助けを求めるか」
背もたれに体を預け、深く息を吐く。
「んむむ、どちらにしても面白そうなのは変わらんぞ」
「何が面白そうなのか私にも教えてもらおうか?」
「んー……? 奈緒かぁ……どしたの?」
いつの間にか側に立っていた奈緒に驚くことなく、ノンビリとしたまま質問に答えることなく質問を返す。
「お前はこれから仕事だろうに」
「……そう。ならば我は逃げるのみ!」
口ではいかにもな感じを出しているが、実際にはイスの背もたれに体を預けたまま動こうとはしていなかった。
「このコーヒー飲んだら仕事に行くさー」
「……どうした? もしかしてまだ熱があるのか?」
珍しく素直に仕事へ行くと言う翠に対して、奈緒は逆に不安を抱き、手のひらを翠の額へと当てて体調を確かめる。
まだ熱が引いていないのか、もしくは新種のウイルスにでも感染してしまったか。
…………周りに害がなく、翠が仕事へ真面目に取り組むならば黙認しようとか考えていたりしたが。もちろん、そうなった場合は上も見て見ぬ振りをしたであろう。
「今日は別にいいかなって気分だから。さっきも言ったけど、面白そうなのが見られそうだし」
「……まあいい。今日はドラマの撮影だ。この間、台本渡しただろう」
「…………ん? 今日の仕事は?」
「…………おい」
「冗談冗談」
どこからともなく一度も開かれた跡がないと思えるほどに綺麗な台本を取り出す。
「本来であればお前が主演であったんだがな」
「そんな長期にわたってやるとか無理っしょ」
「だから一話限りでの登場なんだ。……セリフミスってみろ。甘いの禁止な」
「うえぇ……これが最後になるのか……」
「そこは間違えない努力をしろよ」
そのまま話を続ける二人であるが、ふと奈緒が腕時計に目を向けるとその動きを止める。
「どしたの?」
コーヒーを啜り、固まる奈緒に声をかけるが反応がない。
たが、なぜ固まっているのか翠は理解しているため、特に慌てることなく空になったカップをソーサーへと戻す。
「コーヒーも飲み終わったし、行こうか」
「そんなノンビリしている暇ない! いまから車で向かってもギリギリだ……」
真面目である奈緒にとって、約束の時間を過ぎるというのは我慢ならないのであろう。
その様子を見ても翠は慌てることなく、伝票を持って会計へと向かう。
「……あ、考えてみたら仕事してると直接見れないじゃん。サボるか」
「会計終わったなら行くぞ。コーヒーを飲んだら行くと言ったからな」
「……あい」
般若を背負う奈緒に逆らう気は一切ないのか、翠は大人しく頷き、肩に担がれる。
「あ、奈緒。急がなくても大丈夫だよ。迎えが来てるから」
「迎え? そんな話聞いてないが?」
「だって、今日頼んだし。言ってなかったし」
それを聞いた奈緒は深いため息をつき、額に手を当てる。
「またお前は勝手に……」
「今回に限っては、感謝だろう?」
「そうだが……一体誰を呼んだんだ?」
「行けばわかるさ」
「……嫌な予感しかしないな」
その予感は当たっており、翠の案内で向かった場所には一台の車と、運転席に座るチーフプロデューサーの姿が。
奈緒は顔から血の気が引くが、そんなことはどうでもいいとばかりに翠と長年の友人のように言葉を交わす。
そのことに対して理解が追いつかない奈緒はポカンとするが、撮影まで時間がないのもまた事実。
いつもとは逆で、翠が奈緒を後部座席へと押し込み、自身は助手席へと乗り込む。
移動している間も二人は楽しそうに話していたが、奈緒はボーッとそれを見ているだけであった。
☆☆☆
ギリギリであったが間に合った翠はそのまま休む間も無く衣装へと着替え、ドラマの撮影が始まる。
ぶーたら文句を言いながらもそつなくこなしていき、目立ったミスがないまま休憩へと入った。
休憩に入ってすぐ、奈緒からチーフプロデューサーについて聞かれた翠は簡潔に答え、携帯へと手を伸ばす。
「……お?」
翠が携帯を手に取るのとほぼ同時に誰かから電話がかかってきた。そして相手の名前を確認した翠は口の端をつりあげる。
「あいあい、どしたの?」
『す、翠さん! デビューしたプロデューサーさんがホラーでダメなんです!』
「……………………ぶふっ」
はじめは我慢しようとしていた翠であったが、堪えきれずに笑みをこぼす。
『わ、笑うなんて酷いです!』
「ごめんごめん。つい、堪えきれなくって。……そんでデビュー決まったはいいけど、コンセプトがホラーだからダメなのね」
『そ、そうなんです!』
「それを伝えようにも恥ずかしく、誤魔化しちゃうと」
『な、なんで分かったんですか……?』
「分かるさ。だって単純なんだもの」
理由を翠が述べると、電話越しに拗ねたような声が聞こえてくる。
「なんにしても、蘭子は普段通りで大丈夫だよ。たっちゃんだもの。心配しなくていいよ」
『……分かりました』
「……今度、どこかに連れて行ってあげるから」
『分りました!』
あまり納得できていないようであったが、翠が与えたアメによって先程までと態度が変わり、顔を見なくても分かるぐらいに笑顔を浮かべているであろう神崎は嬉々として頑張る旨を告げて電話を切った。
「……そんなに楽しみなのかね」
本当に分からないのか、翠は首をかしげる。そこへ撮影を再開する声が聞こえてきたために考えるのを一旦やめ、携帯を奈緒に預けて撮影へと挑むが…………次の休憩へ入る頃には何を考えていたか忘れていた。
「…………ん?」
休憩となり、翠が奈緒から携帯を受け取ったと同時にまた着信が入る。
「ん、たっちゃん。どったの?」
もう一度神崎が……ではなく、武内Pであった。
電話に出た翠の口調はいつも通りであるが、その表情はカフェで浮かべていたときと同じであった。
『……はい、少しお聞きしたいことがありまして』
「あいあい」
『デビューする旨を伝えたとき、神崎さんはとても喜んでおられたのですが……コンセプトを伝えた後からなんだか避けられているような気がしまして……』
「ふむ、具体的には?」
『何がいけなかったのかを聞くため、神崎さんに声をかけたのですが…………プロミネンス、とおっしゃった後にどこかへ行ってしまいました。その後も何度か声をかけたのですが…………そのたびにプロダクション、プロテイン、プロトタイプとおっしゃってはどこかへと行ってしまいます』
「んーっと……たっちゃん、今どこにいるん?」
なんの脈絡もない質問に武内Pは困惑するがすぐに持ち直し、自身のデスクで神崎の言語を解読していたと答える。
「なら、大丈夫だよ。自身がプロデュースするアイドルを信じな」
『……あの、それはどういったーー』
武内Pが話している途中、ノックの音が聞こえてきたために翠はすぐさま通話を切った。
「……これで来たのが凛じゃなかったら……ま、いっか。たぶん大丈夫だろ」
翠は自身で切っておきながら少し早まったかと考えたが、すぐさまどうでもよくなったのかあくびをして眠たげに目をこする。
「翠、次で最後なんだから寝るなよ」
「んあ、奈緒が仕事中なのに名前で呼んどる」
「今更ながらに使い分けが面倒になっただけだ。お前がプライベートだろうが仕事だろうがいつもと変わらないから区別がつかなくなったのもあるがな」
そういいながら腰へ手を当て、翠を見下ろす奈緒。その顔には、しょうがないなといった一種の諦めが浮かんでいた。
「んじゃ、行ってくるか」
だが、このようなことは今までにもあったのか、翠が気にすることはなかった。
日が沈む頃には撮影も終わり、翠の心は開放感に溢れていた。
「ああ、仕事をやるなんて……引退したい……っ!」
「アホ言うな」
「いたっ」
伸びをしながら妙に真面目な顔でそうのたまう翠の頭を奈緒が軽く叩く。
「むむむ、天才的な頭脳を持つ翠さんの頭を叩くとは! 世界的に大切な脳細胞が幾つかお亡くなりになられたぞ!」
「よかったじゃないか。その分仕事が減るかもしれないぞ」
「…………なるほど。ならば問題ないな」
「……早く行くぞ。待たせてるんだからな」
まさか受け入れられるとは思わなかった奈緒は頭が痛いとばかりに額に手を当て、本日何度目になるか分からないため息をつく。
「ため息つくと幸せ逃げるぞ」
「幸せが逃げたからため息をついてるんだ」
「知ってた」
帰りもチーフプロデューサーが送ってくれると聞いた奈緒はこれ以上待たせるわけにはいかないため、翠の戯言には付き合わずに首根っこを掴んで向かう。
待たせたことに奈緒は頭を下げるが、笑顔で許してくれることに胃を痛めたりしながらも346へと帰ってきた。
「…………久しぶりだからか、胃が痛い」
「奈緒さん、お疲れ様です。薬をどうぞ」
「ちひろさん、ありがとうございます。……この優しさを翠が一割でも持っていれば」
346に帰るや、すぐさま『面白いものが残ってるかも!』と言ってどこかへ行った翠のことを考えつつ、奈緒は残りの事務作業を始める。