それと、ウサミン星人の名前が間違ってるとの報告をいただきました。どの話以降からずっと間違え続けているのか教えていただけると嬉しいです
「ん〜……今度は別府に行こうかなぁ……」
旅館に着き、部屋へと案内されてすぐに翠は温泉へと向かい、浸かっていた。
髪の毛は首から上にまとめあげて頭にタオルを巻き、湯に浸らないようにしてある。
当然、男湯の出入り口には入れない旨の看板が立てかけられてるうえ、内側から鍵もかかっているために誰も入ることはできない。
湯に浮かべた徳利の一つを持ち上げ、お猪口へと注いでいく。
「…………ふぅ」
空に浮かぶ月を眺めながら日本酒を飲み進めていく翠。だが、酒が進むにつれて上を向いていた顔は下を向き、微かな波に揺れる湯に映った月へと目を向ける。
「……偽りもの。本物であれど、嘘であれ。儚く散るも輝くも」
片手で月をすくい上げようとするが、指の隙間から湯が零れ落ちていくために叶わない。
それをしばらくボーッと眺めたままでいたが、自虐的な笑みを浮かべて立ち上がる。
「部屋戻って飲み直そ」
徳利やお猪口を湯からあげ、いつもと同じよう邪魔にならないところに移動させたりと、出るための準備を進める。
人の目を気にしていない翠であったが、何も隠されていない彼の体にはーー
☆☆☆
「戻ったよ」
「そうか。こっちは先に食べ進めてるぞ」
「……もう、何も言うまい」
途中、温泉から上がったことを伝えたりと遠回りをしたが、幸いにして宿泊客と遭遇することなく部屋へと戻ることができた翠。襖を開けるとすでに料理が所狭しと並べられ、みなが思い思いにくつろぎながら食べ進めていた。
「あら? 翠さんもお猪口をちょこっとどうですか?」
「ハムハム。翠さん、ここの料理すごく美味しいね」
「まゆはちゃんと翠さんが来るまで待ってましたよ?」
自身で連れてきた面子にもかかわらず、翠は部屋の状況を見てため息をつく。
すでに酔い始めている高垣は浴衣へと着替えていたのだが、帯は緩んでギリギリまではだけている。それを安部が直しているのだが……しばらく経てばまたはだけるの繰り返し。
塩見は年齢的にお酒は飲めないものの、その分を食に費やしており……翠の分へと手を伸ばそうとしては佐久間に手を叩かれ、木村が苦笑いしながら塩見に自身の料理をあげている。
その佐久間はいつも通り平常運転であった。
奈緒も自信が酒を飲めないことを理解しているためにウーロン茶を飲みながら食べ進め、騒がしい様子に目をやって楽しそうに微笑んでいた。
ーー主に負担が安部と木村の二人へと集中していた。
「お猪口はさっき、湯に浸かりながらやってきたからしばらくはいいかな」
「一人でズルいですよ?」
「そりゃあ、一人でしか入れないんだから仕方ない仕方ない」
高垣の絡みを軽く流しながら佐久間が死守していた席へと座り、料理に箸をつける。
「そういえば翠さん、ご褒美は何ですか?」
「ん? ご褒美?」
「はい、リボンの似合う可愛い女の子が望む子を連れて来たらご褒美あげる話です」
「…………」
翠は一度箸を置き、腕を組んで今日の出来事を思い返す。
カフェのあたり……安部が合流してからそのようなことを言って佐久間と塩見を集めたなと思い出した翠は、特に考えていなかったご褒美をどうするか頭をひねる。
「まゆとしてはどんなのがいい?」
「何でもいいんですか? なら、翠さんと結婚したーー」
「よし、ハグしてあげよう。ハグ」
頬に手を当てて子供は何人などといったところまで妄想を広げていた佐久間のセリフをぶった切り、手を引っ張って自身の胸に佐久間の頭を抱く。
「…………はうっ!?」
奇妙な声を漏らしながらも何をされているのか理解したのか、翠の胸に顔をさらに押し付けて深呼吸を始めて匂いを堪能し始める。
「ここは天国です」
そのようなことを呟き、佐久間は元モデルで現アイドルがしてはいけないような表情をしながら昇天した。
奈緒が空いているところに布団を敷き、佐久間をそこへ運んで寝かせる。
時折、『えへへ……』と聞こえてくるが、特に問題は無いために誰も反応しない。
「……おお、美味い」
「何度も来て食べ慣れてるだろうに」
「いやいや、何を言っているのさ。食べ慣れていようがいまいが、美味しいものは美味しいに決まっているのさ」
ドヤ顔で返した翠にイラっときたのか、気を落ち着かせるために一度深呼吸をした後、ニヤリと口の端をつりあげる。
「……おい、何を考えてる。冗談抜きでやめろよ?」
「翠のそれはフリだと分かっているよ」
二人の会話に、四人はどうしたのかと耳を傾ける。翠はそのことに気づき、何でもないと言って話を逸らそうとしていたのだが、その前に奈緒が口を開いて事のあらましを話してしまった。
「は、恥ずかしい……」
顔を両手で覆い、俯く翠であったが……返ってきた反応は予想していたものとは違っていた。
「翠さんが? ……怒ったんですか?」
「翠が怒るって……」
「怒ったの? 翠さんが?」
「お腹が空いていたんですか?」
笑いのタネにされると考えていた翠であったが、返ってきたのは戸惑いと困惑であった。……一人、ずれた返し方をしているが。
「……angryとhungryをかけているのかな?」
「さすが翠さんです」
「…………七五点」
どういったことか気づいてもらえて嬉しいのか、高垣はニコニコしながら翠の採点を待つ。
久々にもらえた高得点。高垣のテンションはさらに上がっていく。
「や、みんなの反応が考えていたものと違ったんだけど」
「どんなことを期待していたのかは知らんが……普段、あれだけ怒らないお前が怒ったんだ。戸惑うだろうに」
「そ、そうですよ! イラっときて仕返ししてるのはよく見かけますけど!」
「菜々、それは違う意味合いも含まれてないか?」
「えっ?! そ、そんなことあるわけないじゃないですか〜!」
明らかに嘘をついていると分かるのだが、翠はそれに突っ込むことはせず。
「まあ、たっちゃんがアホすぎただけなんだが。……この話は終わりにして飲むか。菜々も付き合えよ」
「な、菜々は永遠の十七歳ですからお酒はちょっと……」
「実年齢ばらすぞ」
「いやー! 日本酒はやっぱり美味しいですねぇ!?」
「ああ……私のお酒が」
とてつもない脅しに屈したウサミン星人は、高垣の手からお猪口を奪うようにして取り、飲み干して声を大にする。
それを見て満足そうに頷きながら仲居さんに追加の注文をしていく。
「周子もまだ食う?」
「食べる!」
「んじゃ、これも追加で」
「かしこまりました」
「今回も世話になるよ」
奈緒からポチ袋を受け取り、それを仲居さんに手渡す。そして纏めて置いてある荷物の方へ向かうと、いつ買ったのか東京のお菓子を取り出し、それも仲居さんへと渡す。
「ありがとうございます」
仲居さんが下がったあと、不思議そうに首をかしげながら安部が尋ねる。
「奈緒さん、今のは何だったんですか?」
「ああ、翠が渡していたものか。あれは『心付け』といって、先ほどの仲居さんにお世話になりますよ、次の機会もお願いしますといった感謝の気持ちだ。渡す渡さないは自由であるが……大きい声で言えないけれども、サービスが良くなったりする」
「そうだったんですか」
「相場としては三千円ほどだな。田舎の旅館だと東京のお菓子でも喜ばれるぞ」
感心したように頷き、安部はふと抱いた疑問を翠に尋ねる。
「翠さんはいくら渡したんですか?」
「五万」
「…………ぇ?」
「五万」
聞き間違いでないことが分かり、安部は目を丸くする。
「か、簡単に言いますけど大きいお金ですよ!?」
「まあ、安くはないな。……ただ、裏でも頑張っている人たちいるからさ、五千円が十人分なんだよな。最初に関わった人数聞いたから間違いはないはず。一応は迷惑もかけてるからさ」
「……なら、いつも被害を受けている菜々にも何かあっていいんじゃないですか?」
「それ、聞き取り方によってはお金もらったら何でもするって聞こえるよね」
追加の酒が届き、結構なペースで飲み進めていく翠。途中、奈緒が心配そうな声をかけるも流されて終わった。
「菜々ってさぁ……」
「何ですか……弄るといい反応するって言いたいんですか。自分でわかってるから別にいいですよー」
少し酔いが回ったのか、安部は不貞腐れたようにそっぽを向いていたために、翠の目が潤んでいることに気づいていない。
「そそる体つきしてるよな」
「はいはい、そうですねー……え? んんん? ……ぇ、は? んなああぁっ!?」
始めは何を言っているのか理解できていなかった安部。いや、安部だけでなく他の面々も翠が何を言っているのか理解できていなかった。
そして脳が理解し始め、安部は自身の体を抱きながら翠から距離を取るように壁際まで逃げる。
「す、翠さん……? い、いいい今のはどういった意味で……?」
「そういやさぁ……たっちゃんはもう、このあとのユニットと名前は決まってるのかな?」
顔を赤くさせながら尋ねた安部であったが、翠の中では既に終わった話らしく。次の話題へと移っていた。
その様子によってからかわれていたと気付いた安部はやけ酒を始める。
「一応は機密だ。知ってるのは本人と今西部長、あとは上の人らだろう」
「ふーん……あ、ニュージェネとラブライカの名前、どうやって決めたか知ってる?」
「お前と二人で飲みに行った時に聞いたって言ってたが?」
「おおぅ……」
お猪口を片手に持ったまま空いている手でデコをペチンと叩く。
不思議な行動に皆の視線を集めるが、本人は一言二言を小声でつぶやいたあとに『別にいっか』と言って再び日本酒を飲み始める。
翠の前には空になった徳利が二桁に届きそうなほど空いているのだが、見た目はいつも通りと変わらない様子に見えた。
「ちゃんみおアイドル辞める宣言」
『…………?』
「からのニュージェネ解散の危機(笑)」
いきなりの大きな独り言を不思議に思いながらも耳を傾ける。
「蘭子ソロのローゼンブルクエンゲル。杏、智絵里、かな子のキャンディアイランド。きらり、みりあ、莉嘉の凸レーション。みく、李衣奈のアスタリスク。こんな順番で今後はいくはず」
「……それは聞いたのか?」
「いんや、ただの予言」
空になったお猪口に酒を注ぎ足し、一拍間を空けてから口を開く。
「夏に全員でのが成功した後。秋に入ると……入る前だったか? 美城常務が帰ってきてアイドル部門全体へと一石投じられる。……あー、企画名は何て言ったかな……確か、プロジェクトクローネだったような? そこに凛が引っこ抜かれたりと、CPは荒れに荒れるけど……まあ、最終的には上手く収まるしどうでもいっか」
『…………』
とんでもないことをどんどん話していく翠。途中からであるが奈緒はメモ用紙とペンを手に持ちほとんどを書き記していた。
「翠は……何故そんなことを知ってるんだ?」
いち早く混乱から立ち直った木村が尋ねるが、それは先ほど話していたことが妙に具体的すぎて逆に信じることができないでいたからである。
「んー? どうして知ってるかって?」
見た目はいつもと変わらない様子であるのに、ペラペラ話したことといい勿体ぶった話し方……はもともとであったが、実際はだいぶ酔っているのかもしれなかった。
頭を右に左に揺らしながらニコニコと微笑んでいた翠は、それを誰をも魅了するほどの笑みに変えーー
「俺の秘密の一つだよ?」