おかしいな…タグだとシリアルなのにシリアスになってるような?
誤字報告、ありがとうございます!
「…………」
「…………」
場所はCPのブース。
話しがあると言われたために誰にも邪魔されないと思われるここへと移動したのだが、呼んだ本人である翠がいまだ何も話さないため、武内Pと千川は互いに顔を見合わせてどうしたものかとアイコンタクトを交わす。
「あの翠さん。話というのは……」
「んー……呼んでおいて悪いと思うんだけど、ちょっとまって。どこまで話していいものか考えてなかったからさ」
「……はぁ」
一人で何か考え込んでいる翠に武内Pが話しかけるが、バツが悪そうな顔をしながら時間をくれと返ってくる。
そのために武内Pはそれ以上踏み込めず、困ったように首へと手を当てる。
「……あー、うん。もうどうとでもなるといいか。俺がいる時点で何をしなくてもバタフライ効果だ。うむ」
考えがまとまったのか、顔を上げて翠は二人へと目を向ける。
「今回の前川みく。ならびに双葉杏、城ケ崎莉嘉。そして俺が加わった四人のストライキだけど……起こるべくして起こったって俺は知っていた」
「「…………!」」
「ストライキ、俺も参加したけど正直ノリで、加わっていなくとも大方は似たような感じになっていたと思うよ」
「「…………」」
口を開いて言の葉を紡ぎ始めた翠であったが、その目は武内Pと千川。二人を見ているようで見ておらず、寂しげな感情が込められていた。
「たっちゃんには前、メンバーのことをしっかり見ているように言ったはずだけど……
「…………申し訳ありません」
「別にたっちゃんが悪いって言いたいんじゃないんだよ。他に仕事だってあるし、企画を考えたりと忙しいのも知っている。だからメンバー全員の管理を徹底するなんて始めっから無理な話だったんだよ」
「…………それは」
「それはも何も、実際にできていない」
「…………」
話している途中から翠の表情がなくなっていき、ただ淡々とした口調で話すだけのロボットのようであった。
先ほどまで目に宿っていた感情もなくなっており、赤く、そして紅い目で真っすぐに見つめられている武内Pは自身の。それこそ体の内から考えまですべてを見られているような感覚に陥る。
「ねえ」
「…………はい」
「――なんで他の人に頼らない? 俺や千川がそんなに信頼できないか」
「…………っ!」
スイッチが切り替わるように。
翠の雰囲気が無から怒へと変わる。
武内Pはその雰囲気にのまれると同時、言葉の意味を理解して目を見開く。
「…………」
千川はその様子を見て不思議に思っていた。
確かに、もっと頼ってくれてもいいと考えていたために翠の言い分には頷ける。そのことに対して武内Pに怒っているのも分かる。
だけど――。
――なぜ、その怒りを翠自身へと向けているのか。
それが千川には分からなかった。
いま翠と向かい合っている武内Pはそのことに気付く余裕がないために、千川しか気付いていないが……翠は武内Pだけでなく自身へも怒っているように感じられた。
もしこの場に双葉や諸星らがいても、同様の疑問を抱くであろう。
「なあ、たっちゃん。俺は前にできる限り手伝うとは言った。それに対してしぶしぶ頷いているみたいだったけど、今はどうでもいい。俺がいま気が立っている理由の一つが、
「…………」
そのことの自覚があるからか、翠から視線を外して俯いてしまう。
「それは……みなさんに迷惑が――」
「んなもん迷惑かけてナンボだろうが。…………今までのたっちゃんは周りに迷惑をかけないよう頑張ってきたと思うけど、人一人なんてできることが限られてる。今回だってそれが原因で一人で抱えきれず、結果として多くの人に迷惑をかけた。……もっと周りを頼れよ」
「そうですよプロデューサー。もっと私たちを頼ってください」
「翠さん……ちひろさん……」
空いていた穴がきれいに埋まったような。
顔を上げた武内Pはすっきりとしたような表情をして翠と千川を交互に見る。
「すいません。自分が不甲斐ないばかりに迷惑をおかけして」
「だから迷惑かけていいんだって。そんなんで謝らなきゃいけないの? なら俺はこの口からすいません以外言えなくなるね」
「そうですね。翠さんはもう少し、自身で頑張ってもらいたいです」
「いや、そこは乗らなくてもいいから」
「…………ふふっ」
武内Pが笑うという激レアな場面を視界におさめた翠と千川は驚きの表情をしたあとに同じく笑みをこぼす。
「翠さん、ちひろさん。ありがとうございます。今更ですが、シンデレラプロジェクトを成功させるために手を貸していただけないでしょうか」
「はい、喜んで」
「俺も仕事さぼって手伝ってやるよ」
「…………ほう、いい度胸だ」
「……はい?」
きれいに丸く収まった……はずであったが、この場にいないはずの第三者の声が聞こえ、しかもそれが長い間一緒におり聞きなれた声。
「ただでさえ少ないというのにそれをさぼるとはいい度胸だ」
「……やあ、翠さんは元気だよ」
ドアへと目を向けると――そこには背後に般若を控えた奈緒が立っていた。
あまりに突然のことで翠が考えることを放棄し、わけのわからないことを口走る。
「人が着替えをわざわざ家まで取りに行って戻ってくればすでにお仕置きは終わっているし。周りにいた人たちからどこにいるかを聞いてここまでやってきたわけだが……」
「いや、あのね? 落ち着いて? 話の一部分だけ聞けばただ俺がさぼり宣言しただけに聞こえるかもしれないけど、簡潔にだけど説明を聞けば――」
「言い訳など聞かん。とりあえずこっちへこい」
お仕置きを実行するためか、こっちへこいと言っておいて自ら翠へと近づいていく奈緒。
そこからドッタンバッタンとひと騒ぎがあり、なんとか武内Pと千川が奈緒を止めて説明をし、翠がお仕置きを受けるといったことは回避された。
「なんだ……その、気付かなくて悪かった。私にも頼ってくれていいからな」
「はい。ありがとうございます」
「あれ? 勘違いでお仕置きされそうになった哀れな俺に対しての謝罪はいただけないのでしょうか?」
「普段の言動が招いた結果だ。これをきっかけに少しはまともになれ」
あまりの言い草にぶつくさと翠は文句を言いながらも、奈緒から着替えを受け取って武内Pの仕事部屋へ入り、一人着替える。
「…………これで、未央の騒動が少しは軽くなるかな」
着替えを終えた翠はドアに手をかけたところであまり期待していないような口調でそうもらし、目を閉じて意識を切り替えるように深呼吸をしてから手に力を込めて部屋から出ていく。
☆☆☆
「…………」
「ミク? どうか、しましたか?」
「そうだね。さっきから箸も進んでいないようだし……」
「アーニャちゃん……美波ちゃん……」
場所は346にある食堂。
翠からのありがたいお話しを聞いてからCPのメンバーは強制ではなく、残れる人はここで夕食を取るようにしてみんなで顔を合わせ、今日行ったレッスンについて話し合ったりしていた。
重心の移動や腕の振り方など、自身では気づかない細かいところなどを他の人からアドバイスをもらうことで次へとつなげていた。
寮住まいはほとんど参加しているが、小さい子や家族の心配などがあり、全員で集まることは珍しい。
今回もここにいるのは前川、新田、アナスタシア、神崎、双葉、諸星、渋谷の七人である。
アナスタシアと新田が心配そうにしながら声をかけた通り、前川はあまり箸が進んでおらず、皿にはまだほとんどの量が残っていた。
「どこか具合でも悪いの?」
「天使の薬を所望か?」
「……具合が悪いわけじゃないにゃ。ただ……」
『…………?』
何かを言いかけるも口を噤み、話すべきかどうか迷うそぶりを見せる。
「恋煩い? 翠さんに惚れた?」
「ほ、ほほほ惚れてなんかないにゃ!?」
そのことから何かを読み取ったのか、双葉が場の空気を変えるために茶化したつもりであったのだが、思わぬ反応に周りのみんなも含めて『お?』となる。
若干一名はその瞳に嫉妬を宿らせていたが。
「翠さんの胸に抱かれて泣いたとき、キュンときちゃった?」
「あ、杏ちゃん! その話は続けなくていいにゃ!」
「その反応は図星かな」
「ち、違うにゃ!」
誰がどう見ても違わないのだが、口を開くたび墓穴を掘っていることに前川は気が付いていない。
元気が戻ったのか、それともこの場から早く立ち去りたいからか。
おそらくは後者であろう、前川は料理を口へとかきこんでいき、席を立つ。
「ま、またにゃ!」
そしてそのまま逃げるようにして去っていった。
「あー……からかいすぎたかな?」
「んふふ。きらりはちゃーんと分かってるよ?」
何かを誤魔化すように頭をかきながらこぼした双葉であるが、隣に座っている諸星はお見通しとばかりに笑顔を浮かべる。
「きらり。杏が何かしたの?」
「んーっとね、詳しくは分からないんだけど、みくちゃんは悩みごとがあったと思うんだにぃ。何か言い淀んでいたのも合わさってたぶんあっていると思うんだけど……杏ちゃんはそれに気づいて話題を逸らしたんだにぃ」
「そうなんだ。私も変だなって思ったけどそこまでだったよ」
諸星から先ほどまでの流れにあったことを聞いた渋谷は感心したように頷いて双葉に目を向ける。
「みんなのこと、よく見てるんだね」
「…………別に」
そっぽを向きながらどうでもいいようにつぶやく双葉だが、みんなはそれを照れ隠しだと理解して微笑む。
「駄猫の心に影をつくりしもの、打ち明けてはくれぬのだろうか……」
今回は比較的わかりやすい熊本弁であったのだろう。食事を終えた神崎がふともらしたつぶやきにみなもどうしたものかと頭を悩ませる。
「蘭子ちゃんの言う通りだね。……でも、無理に聞き出しても逆効果だと思うし」
「デビューに関することじゃないとは思うよ。ストライキも起こしたけど後腐れもなくなったと思うし」
「でも、ミクが落ち込んだのはストライキ、あった後です」
アナスタシアの言う通り、前川がおかしくなったのはストライキを起こした後である。それ以前は特に何もなく普通であった。
「……となると、原因があるのはストライキしているときだね」
「みくちゃんがストライキを起こしているとき、一番近くで見ていたのは杏ちゃんだけど、何かおかしなことはなかった?」
みなの視線が双葉に集まるが、双葉もそのときを思い返してみるが特におかしなところは――。
「……翠さん?」
「翠さんがどうかしたにぃ?」
「杏も近くにいたけど、特に何もなかったよ。……途中でみくが泣いて、翠さんと少し離れたところで二人きりになって話していたこと以外は」
☆☆☆
寮へと帰った前川は自室のベッドで横になっていた。
「……ありがとうにゃ、杏ちゃん」
落ち着いて冷静になり、よくよく考えてみたらあの時は話題を逸らしてくれたことに気づいた前川。
「……だけど、もっと別の話題がよかったにゃ」
そして逸らした先の話題で盛大に墓穴を掘ったことにも気が付き、うつ伏せとなって枕に顔をうずめ、恥ずかしさに悶えて足をバタバタとさせる。
「…………」
しばらくベッドの上をゴロゴロとしていた前川であったが、ふと動きを止めてその顔を歪める。
「何なのにゃ……あれは……」
前川が思い返していたのはストライキを起こし、堪えきれずに泣き始めた自分を落ち着かせるため少し店の奥へと移動して二人で話したときである。
その際に服が涙と鼻水で汚れるのもかまわずに胸を貸してもらうとき、そして落ち着いて離れたときの二回。
角度的に襟の部分から翠の体が見えてしまった。
翠は普段からサイズの大きな服を着ており、当然のことながら襟周りも大きくなって中が見えやすくなってくる。それでもいままで見られることがなかったのは、見えないようにと考えて行動されていたためである。だが今回、前川に見られた原因として『今の精神状態で見られる心配はない』といった翠の慢心である。
前川もそのときは翠の体のことよりも自身の感情が勝っていたために、そのことによって見られたことを翠に勘付かれることもなかった。
しかし、346の玄関ホールで正座している翠といまだ着替えられていない服を見たときにその時のことを思い出し、いままで翠が裸を見せてこなかった理由に考え至った。
食堂で心配された時も話して楽になりたかった前川だが、何故かそれは『ダメ』だと第六感のようなものが働き、口ごもるにとどまった。
そのことも今考えてみると、本人の了承なしに軽々しく話していいことでもなかったために、あのとき言いとどめた自分を褒める前川。
「今度会ったとき……勇気を出して聞くにゃ」
口に出して自身を奮い立たせるも、前川は無意識のうちに『ソレ』へ触れてはいけないと恐怖を抱く。
しばらく経ち、そのまま眠りについた前川であるが――その頬には一筋の涙が伝っていた。