怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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奏がキスした場所を口から頰に変えました
……なんで、、みな疑問に思わないのだろうか。まゆが黙ってるはずもないのに。
(自分のことは棚に上げつつ)


22話

 CPのメンバーに手伝ってもらいながら前川達が店を元通りにしているころ。

 その前川の涙やら鼻水やらが付着しているせいなのかいつものように抱えられるようなことはされず、首根っこを捕まれて引きずられていった翠はいま。

 

「…………」

「だからいつもお前は……おい、聞いているのか?」

「…………あのさ、一ついい?」

「一つだけな」

 

 何かを堪えきれなくなった翠が奈緒に断りを入れ、声を大にして要望をぶつける。

 

 

 

 

「――346の玄関ホールで正座は勘弁してもらえませんか!」

 

 

 

 

 翠のセリフの通り今現在の状況であるが、場所は346の玄関ホール。そこにあるイスに奈緒が座っており、その前に翠が正座をしていた。

 そして先ほどまで延々と説教を受けていた。

 その内容は今回のストライキの件だけでなく、今までの苦労や鬱憤も込められているように思えた。

 

「こういったところじゃないと本気で反省しないじゃないか」

「それを言われたら否定できない……。あ、もう一つ言っておくと、こういったところで説教されても本気で反省したことないよ」

「…………まあいい」

「ん? ん?」

 

 頭が痛くなってきたのか、奈緒は額に手を当てて深いため息をつく。

 その様子を見て、煽るようにニヤニヤしながら頭を右に左に揺らす翠。

 

「…………え? ちーちゃん? ナンデ?」

 

 何かの気配を感じ取ったのか、翠は正座をしたまま上体をひねって背後を見る。

 そこにはいつからいたのか、ニッコリと笑顔を浮かべた千川が立っていた。

 

「……アノ、ちーちゃんはまずいって。手に持ってるのも何か嫌な予感するし、ね? 落ち着こう?」

 

 頬に冷や汗をたらした翠は正座を崩して逃げようとした。……しかし、足に力を込めようとしたとき、千川に『ポンッ』と肩に手を置かれたために身動きが取れなくなった。

 

「奈緒さん、お疲れ様です」

「ちひろさん、ありがとうございます」

「はい。あとは任せてください」

 

 そのまま千川と奈緒で一言二言交わし――。

 

「それじゃ翠。反省しとけよ」

 

 最後に嘲笑いながらそう言って去っていった。

 そしてこの場に正座のままでいる翠と、その翠の肩に手をのせて微笑んでいる千川が残った。

 

「あの……ちーちゃん? 俺もそろそろ帰って――」

「はい、翠さん。これを首からかけてくださいね」

 

 翠の言葉にかぶせるようにしながら手に持っていたもの、首にかけられるようにされたプラカードを手渡す。

 そのことに対して何か言おうとしていた翠だったが、微笑んでいるのにもかかわらず目が笑っていないのを見て口を噤む。

 手渡されたものを見て、何も書かれていないことに首をかしげる翠だったが、ひっくり返して見たものが信じられずに千川へと目を向ける。

 

「……これ、マジ?」

「マジですよ?」

 

 そのプラカードには。

 

 

 

 

『私は性懲りもなく、またストライキを起こしました。346に所属するアイドル二十人から許しを得るまでここでずっと正座をして反省しています。許しはそばに座っている千川に声をかけてください』

 

 

 

 

 と、書かれていた。

 つまりは、二十人から許しをもらえない限りはずっとここで正座をしていなければならないのである。

 

「翠さん、それを首から下げて反対を向いて正座してください。……私は後ろのイスに座って見ていますので」

 

 暗に『ずっと見ているから逃げるなよ?』と言われていることを理解した翠は、なんともいえない表情をしたまま大人しく言われたことを実行に移す。

 反対を向いて正座をしないと壁に向かったままになるため、誰もこのプラカードの文字が読めず、永遠に正座をすることになるのである。

 

「…………何やらかしたんですか?」

 

 先ほど奈緒が座っていたところに千川が座り、翠が首にプラカードをかけて反対を向いて正座をしてすぐのこと。呆れたような、汚物を見るような目で翠のことを見ている一人の少女がそこに立っていた。

 

「あ、ありす……頼む、千川に声をかけてくれ」

 

 すぐさまその少女――橘ありすに翠は声をかける。

 そこにはトップアイドルとしての誇りもなにも無かった。……もともと、本人はそんなもの自覚などしていなかったが。

 

「別に構わないですけど……私に何か見返りはありますか?」

 

 今までさんざん翠にいじられてきたのであろう。

 こういった機会がなければ仕返しも何もできないため、ここぞとばかりに強気に出る橘。

 

「……っく、無い胸張りやがって」

「なっ!? 何を言ってるんですか!?」

 

 そのことがよっぽど悔しかったらしい翠は、橘から視線を外して下を向きながら吐き捨てるようにそうつぶやく。

 聞こえるように言っていたため橘の耳にも当然のように届いており、顔を真っ赤にしながら翠に詰め寄る。

 翠が下を向いていたために橘からその表情は見えないが、このとき翠の表情は楽しいオモチャで遊んでいる子どものような笑みを浮かべていた。

 

「私はこのまま行っちゃいますからね!」

「待って待って! 俺にできる範囲でならなんでも言うこと一つ聞くから!」

 

 からかわれていることに気づいた橘がどこかへ行こうと翠に背を向けたとき。数多いる346のアイドルとはいえこの場所で二十人から許しを得るまでに自身の足が持つかの勘定をすぐさま行った翠はなりふり構わず”大きな”声で呼びかける。

 その願いが届いたのかピタリと橘の足が止まり、再びこちらを振り向いたことに対して翠は安堵の息を漏らす。

 

「……なんでも言うことを一つ、聞いてくれるんですか?」

「お、おう。俺にできる範囲でだけど……」

「そうですか。……ちひろさん、橘ありすが許しを与えます」

 

 普通に聞き返してきただけのはずなのに、翠は気迫のようなものを感じて頬を引きつらせながらもなんとか頷く。

 それを確認した橘は翠から視線を外し、後ろに座ってこれまでの成り行きをニコニコしながら見ていた千川に目を向けて声をかける。

 

「はい、分かりました。まずは一人目ですね」

 

 そう聞こえてきたセリフのあとにカリカリと何かを記入する音が聞こえてきたことから、許しを出したアイドルをメモしているのだろう。

 

「翠さん、約束忘れないでくださいね?」

「……ありすちゃん?」

 

 最後に橘が念押しをしている後ろから、名前を呼ぶ声が。

 

「鷺沢センパイ、ありすって呼ばないでください。橘です」

「おお、文たん。まじ文たん。ねねっ! 助けてフミえもん!」

「……えっと?」

 

 そこにいたのは鷺沢文香であった。

 名前を呼ばれることを嫌う橘は不機嫌そうにしながら苗字で呼ぶように訂正し、翠はまた一人増えたとばかりに喜びながら声をかける。

 二人から同時に話しかけられた鷺沢は困った表情をしながら橘のほうを見て、翠へと目を向ける。

 

「先ほど、翠さんが何でも言うことを聞くっていうのはこのことだったのですね。なら、私も一枚かませてもらいましょう」

「…………ん?」

「ちひろさん、私も翠さんに許しを」

「はい、分かりました」

 

 カリカリと千川が名前を書き込む音が聞こえる中、翠は首をかしげるが、その表情は『やらかした』と物語っている。

 

「では、翠さん。忘れないでくださいね」

「それでは、翠さん」

 

 鷺沢はそう言って去っていった。

 その後を追うように橘もどこかへ行ってしまった。

 

「そうですね。翠さん、許しをもらったアイドルの言うことをなんでも一つ聞く条件をつけましょうか」

 

 再び二人だけになったとき。これ以上(翠に対して)被害が増えないと考えていたところ、まるで傷をえぐるように的確なセリフが飛んできた。

 これにはたまらず、翠は上体をねじって後ろにいる千川に一言と考えていたが、ニッコリと微笑んで『何か?』といった雰囲気を出す『裏ボス』には勝てず、結局は何も言えず正面を向く。

 

「あれ~? 翠さん、どうしたの?」

「また奈緒さんに叱られた?」

「はむはむ」

 

 橘と鷺沢の姿が見えなくなってすぐ、別の方向から宮本、塩見、速水の三人がやってくる。

 

「……うげっ」

「あははっ! またストライキやったんだ~」

「それじゃ今は動けない状態……? なら、その唇いただくわね」

「翠さんも八ッ橋食べる?」

 

 その三人を視界に収めた瞬間。翠はものすごく嫌そうな顔をする。

 普段は弄る側に立っている翠であるが、この三人がそろったときは立ち位置が変わる。

 三人が三人ともクセが強く、一人ではさばききれないからである。

 現に、今も速水がキスしてくるのを阻止しているのに対して特に手伝うわけでもなく。宮本は首に下げられたプラカードの文字を読んで笑い、塩見は手に持っていた八ッ橋の一つを翠の口に押し付けようとしている。

 

「三人とも、面白い話がありますよ」

「っちょ!? ちーちゃん、それ勘弁! マジで!」

 

 そこに千川が声をかけるが、何かに気が付いた翠は速水と塩見の対応に追われながらも焦った声を出す。

 

「え? 何々~?」

「翠さんがここまで焦るのは珍しいですね。ちひろさん、詳しく聞かせてくれないかしら?」

「お菓子もらえるの?」

 

 面白いほど焦る翠に、千川が持ち掛けた話に興味を示す三人は翠から離れ、千川のほうへと寄っていく。

 律儀に正座を守っている翠は、それを止める術はない。

 

「翠さんは反省の証として二十人のアイドルから許しが必要なのですが、対価として翠さんができる範囲で何でも言うことを聞くってのがあるんですよ」

「ほんと!? なら、フレデリカそれに乗った!」

「面白い条件ね。私も乗るわ」

「周子もそれに乗るね」

「……ふふっ。もう、どうにでもなるといいさ……」

 

 近い将来、絶対面倒なことになることが確定したことが見えた翠は、諦めの境地に立った。

 

「翠さん、じゃあね~」

「またね。……っん」

「八ッ橋あげるね~」

 

 元気に手を振りながら宮本は去っていたのだが、速水は翠が抵抗しないことをいいことに、頰に触れるだけのキスをして去っていった。塩見はそれを見て『む~』と頬を少し膨らませていたが、自身が口にした食べかけの八ッ橋を翠の口へ入れて満足そうに頷くと去っていった。

 

「これでいま、五人ですね。残り十五人です」

「……んむんむ…………はぁ」

 

 千川の言葉に反応することなく、塩見によって口の中へ詰め込まれた八ッ橋を飲み込んでため息をつく。

 

「…………翠さん」

「まゆ? どったの?」

「いえ、私も楽しみにしていますね」

「…………あ、はい」

 

 どこから聞きつけたのか、いつのまにか目からハイライトの消えた佐久間が目の前に立っていたのにもかかわらず、翠は特に驚いた様子もみせずに話しかける。

 何か言いたそうにしていた佐久間であったが、目から光を反射させないままニッコリと微笑んで千川に一言申して去っていった。

 

「あと、十四人ですね」

「あれ? 翠さん、何してんの?」

「翠さんのもとに推参!」

「ぶふっ」

 

 続いてやってきたのは城ケ崎姉と高垣であった。

 一言目のダジャレによって不意を突かれた翠は堪えきれずに噴き出す。普段は『ちゃん』をつけて呼んでいるのに、わざわざダジャレをいうために『さん』と言っていることも笑いをこらえきれなかった原因の一つとなっている。

 

「美嘉ちゃんはあの場に居なかったから知らないかもしれないけど、翠ちゃんがまたストライキを起こしたのよ」

「あ~、なるほどね。それで奈緒さんを怒らせちゃったのか」

「……いや、俺が起こしたってわけじゃないんだけどね」

「そうなの?」

「まあ、起こるべくして起きたって感じかな」

「「「…………?」」」

「気にしないでいいよ」

 

 何か含みのある言い方に千川も含めて頭の中に疑問符を浮かべるが、翠は苦笑いをしながら流して深く聞かれることを避ける。

 

「んで、二人から許しをいただけるのかな?」

「いまなら翠さんができる範囲で何でも言うことを聞いてくれるそうですよ」

「……余計なことを」

 

 ちゃっちゃと許しをもらってしまえばその件について流せると考えていた翠だったが、そうは問屋が卸さないらしく。翠は振り返ってみないでもニッコリと笑みを浮かべている千川のことが簡単に想像できた。

 

「何やってるでごぜーますか?」

 

 そこにもこもとしたウサギの着ぐるみのような恰好をした市原が指を咥えながらやってくる。

 

「あら、仁奈ちゃん。仁奈ちゃんも翠ちゃんのこと許してあげる?」

「なんだかよく分からねーでごぜーますが、翠のこと、許してやるですよ」

「私もね」

「私も乗ろっと」

「ところで、翠は何をやらかしたです?」

 

 翠は説明が面倒くさいのか、高垣に丸投げした。

 丸投げされた高垣は疑問に思う市原へと簡潔に、翠ができる範囲で何でも言うことを聞く件も含めて説明した。

 

「これからは大人しくするですよ!」

「……あい」

 

 満足げに頷いた市原は、高垣と城ケ崎姉に挟まれるよにして手をつないで去っていった。

 

「順調ですね。あと十一人ですよ」

「……翠さん、何やってるにゃ?」

 

 次にやってきたのはCPのメンバー全員と武内Pであった。

 ただ、今回はアイドルだけであるため、武内Pは数に入らないものの、十分に足りる数であった。

 

「ストライキの罰でこうなった」

「今なら翠さんができる範囲で何でも言うことを聞いてくれますよ」

『なんでも!?』

 

 当然、みんなが許すためにやってくるものの、残りは十一人。

 翠は内心で十四人全員でなくてよかったと内心で安堵していたが……。

 

「翠さん、同時ですのでもちろん全員分ですよ」

「……神は死んだ」

 

 正座から解放されたものの、全員で二十三名もの何が来るかわからない要求を答えなければならなくなった。

 その中には特に注意が必要な人たちが数名存在するのがさらに翠のテンションを下げている。

 

「…………はうっ!?」

 

 いままでずっと正座をしていたためか、立ち上がろうとしたが足がしびれていたのか変な声をあげて立ち上がることを諦め、床へと横になる。

 

「……翠さんは私が運びましょう」

「あ、足痺れてるから気を付けておなしゃす」

「分かりました」

 

 翠の要望に応えた形で持ち上げる武内P。その恰好は米俵を肩に担ぐかのように翠を肩に乗せている。落ちないようにするためには背に手を当てているため、痺れている足に触れる必要がない。

 

「あ、前川の涙と鼻水で俺の服、グシャグシャだけど平気?」

「……早く言って欲しかったです」

「そ、そのことは言わないで欲しいにゃ!?」

 

 翠を乗せてから気づいたのか、武内Pが長く接した人にしかわからないほどに微かだが眉を下げる。

 

「CPの子たちは解散かな? みんなお疲れ」

『お疲れ様です!』

 

 疲れた様子である翠だったが、とりあえず服に関することは忘れたらしく。心配そうな様子で見てくる後輩たちに挨拶をして、武内Pに移動するよう胸板を軽く叩く。

 

 

 

 

「たっちゃん、あとちーちゃん。ちょっと話があるけどいい?」


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