……三桁だと百の位や…
「うぴゃぁ! このお蕎麦すごぉーく美味しいにぃ!」
「ほんとだ」
「俺もお気に入りだからね」
さすがに全員が座れるほどのテーブルはないため、四、五人で分けて座っている。双葉と諸星、翠は三人で座っている。諸星と双葉が並んで座り、対面に翠がいる。この席に奈緒がいたら妙なプレッシャーがあり、他の人がいたとしても話しにくいことを考えてのことだ。
すでに二人は翠とあまり緊張せずに話せるようになっていた。慣れもあるが、翠の人となりがそうさせるのだ。
「今頃、みんなはダンスレッスンかな?」
「ほんと、こっちに来てよかったよ。きらりは杏が来なかったらどうしてたの?」
「もちろん、杏ちゃんがレッスンサボらないように、側にいたよ?」
「翠さんに感謝だね」
レッスンをサボろうとして諸星に捕まったところでも想像したのか、座って蕎麦を食べているはずなのに疲れた表情をしている。
「ああ、二人に言っとかなきゃいけないことがあってさ」
「どうかしたの?」
「まだ、雑誌でてないからいいんだけど、発売されてからは変装して出かけたほうがいいよ」
「こういう言い方は悪いけど、雑誌の表紙に一回のったくらい……それもトップアイドルである翠さんのオマケで映った杏たちには必要ないと思うけど」
「そいつは甘い認識だぜ」
『そこまでする必要、ないと思うけど?』と言ってくる双葉の疑問に翠が答えようとしたら、隣のテーブル席で蕎麦をすすっていたクマさんみたいな男性がかっさらう。
「うちが出してる雑誌、三十万部売れるほどの……俺が言うのもなんだが結構人気あるんだよ」
「きらりは知ってるにぃ! 人気のモデルさんが表紙を飾るともっと売れてるにぃ!」
「いま、そこの嬢ちゃんが言った通り、人気モデルが表紙だともう少し伸びるんだが、翠が表紙の時とは比べられないさ。少なくとも倍は違ってくるからな。一番売れた時は七桁までいったな」
「そ、そんなに違うの……?」
たかが雑誌。それも女性用のファッション誌だからそれほど大きく考えていなかった双葉は箸を止め、諸星へと目を向ける。
「き、きらりもそんなに違うとは思わなかったよぉ……」
目を向けられた諸星も箸を置き、手を横に振る。
「それに嬢ちゃんはたかが雑誌の表紙と思ってるかもしれないが、翠ちゃんはほとんど一人でしか写真を撮らないけど、たまに気が乗るのか今日みたいに連れてきて一緒に撮るんだが……」
「その翠さんが連れてきた子たちはみんな、トップアイドルになってるからね」
「765プロの全員と翠ちゃんは撮ってるけど、分かりやすく言うと
「…………」
「杏ちゃん? どうかしたの?」
話を聞いていくうちに双葉が思案顔へと変わっていくのを見て、諸星が声をかける。
「杏は印税生活がしたくてアイドルになったけど、もしかしてこれが原因で仕事増えたり……」
「まあ、あるね」
「うわぁっ! やっぱり早まった!」
「いや、どのみち印税生活するためには人気が出なきゃ無理だから。……俺はまさか、止められないとは思ってなかったけど」
翠は印税生活できるほどに金も貯まったから引退したいなー、と言いながら奈緒にチラリと目を向けるが、彼女は何も反応を返さずに蕎麦を食べ進めるのみ。周りのみんなも諦めろと慰めの視線を送ってくるだけ。中にはサムズアップしてくる人も。
「そういえば翠さん」
「ん? どした?」
「きらりが翠さんの裸を見てみたいって」
「ちょぉっ、杏ちゃぁん!? ほじくり返さないで欲しいよぉ!」
「あー、裸ねぇ……」
「…………」
蕎麦を食べ終えた双葉はほうじ茶を飲んでゆっくりしながら諸星を隠れ蓑にして疑問に思っていたことを少し遠回しにして伝える。そのことに気づいているのかいないのか、諸星は顔を真っ赤にさせて箸を持ったまま手をワタワタさせ、翠に言い訳を述べている。
「俺の貧相な体なんか見ても、誰が得するん……?」
「いやー……意外と需要はあるんじゃない?」
「確かにショタとしていけると自分でも思うけど……あまり嬉しくないなぁ……あ、ちなみにまだ誰にも見せたことがないよ?
「新しい言葉ができたよ……。もし、それを期待してるファンがたくさんいたらどうするの?」
「んー、断るかな」
「…………なんか、ごめんね」
「察しの良い子はお兄さん、好きだよ。つか、あれだ。誰にも見られていないのは嘘だ。ちょっとしたハプニング? で見られたことあったな。その一回きりだけど」
諸星と双葉はまた、翠の目の奥に光る寂しさを見て引き下がる。自分たちではどうすることもできない事が分かっているために、読み取れても何もできないもどかしさを胸に抱く。
「双葉に捻くれて育ったとか偉そうに言っていたけど、俺も十分に捻じ曲がって育ってるからね」
同じように蕎麦を食べ終えている翠はほうじ茶を啜り、ホッとひと息つく。
「少しだけ話すと、俺の容姿が関係してるんだよね」
「…………」
「この髪、真っ白でしょ? アルビノっていってね、生まれつきなんだ。目も赤いんだけど黒のカラーコンタクトつけてるから。たまに雑誌の写真で俺の目、赤い時があるけど……あれが本来の目だから。外を歩くときは帽子かぶったり、日傘をさしたり。日焼け止めは毎日塗ってるね」
寂しそうに笑いながら話をする翠に、茶化すことなく真剣な目をして二人は話を聞く。
「奈緒とは中学の頃から一緒なんだけど、迷惑をかけっぱなしだね……って、こんな湿っぽい雰囲気にするつもりじゃなかったのに」
たはは、と笑って雰囲気を変えるためか、いつもの調子へと戻す。
「でも、このなりしてると子供料金で映画とか……観てるのバレたら捕まるからやってないけど、バスとか電車に一人でたまに乗るんだけど、爺さん婆さんからお菓子もらえるからいいよね。飴ちゃんとか好きだから、結構得してる感じ?」
諸星と双葉も翠の流れに乗るために、クスッと笑みを漏らす。
「杏ちゃんも、飴が大好きだにぃ!」
「それじゃ今度、奈緒の家に行く? たくさん飴、あるから」
「えっ? いいの?」
「……別に構わないが」
翠の言葉に目をキラキラとさせながら奈緒の方を向く双葉。あまりに期待値が高かったために、奈緒も折れて頷くしかない。
「そろそろみんな、食い終わった?」
店の壁にかけてある時計を見てみると十四時を少し過ぎていた。翠がみんなに声をかけると、各々荷物をまとめる。
「翠ちゃんゴチでーす」
『でーす!』
「早よ伝票よこして店から出ろ」
このまま解散の流れのため、一人一人翠に声をかけて店から出て行く。積み重なる伝票の数を数えると九つとなった。それらを持ってレジの方へと移動する翠の後ろを奈緒と諸星、双葉がついていく。
「これ、纏めてお願い」
「ありがとうね、お嬢ちゃん」
「…………嬢ちゃん、ね」
レジに立ったのはアルバイトなのか若い女性だった。もしかしたら年下かもしれない子にお嬢ちゃん呼ばわりされてどこか思うところがあるのか、小さな声でつぶやく。
「あ、奈緒。俺のサイフ」
「ほら」
「つか、こんな真昼間から酒飲んでんのかよ」
奈緒からサイフを受け取った翠は万札を三枚抜き取って支払い、お釣りを受け取る。予想していたよりも高い値段だったのでよくよく思い返してみれば、声をかけてきた何人かから酒の匂いがしたことに今更ながら気づく。
「そういや、この店ってサイン置いてったっけ?」
「何度か来てるが、まだだな」
「そっか。何回か来ているしお気に入りとして置いてくか」
何を話しているのかサッパリであるレジに立った女の子は首をかしげるしかない。万能ロボットみたいに何でも持っていそうな奈緒から色紙とペンを受け取った翠はサインを書いて、その子に手渡す。
「これ、飾っといてね」
「え、ええと……はい? ……はいぃっ!?」
初めは何か分からない様子だったが、色紙を二度見して驚きの声をあげるのを聞きながら、翠たちは店を出る。
「あの店員さん、ものすごく驚いていたにぃ」
「そりゃそうでしょ。まさか、翠さんが来ているなんて思わないだろうし。サインなんて行きつけの店の中でもお気に入りのところにしか書かないし」
店を振り返り見ながら、諸星と双葉は面白いものを見たと笑い、いつのまにか奈緒に背負われている翠に目を向ける。
「そういえば二人はこの後、どうするの?」
「どうしよっか」
「特に決まってないにぃ」
「346に戻る? それとも帰る? どちらにせよ、奈緒が送るって言ってるよ」
「みんなとお話しがしたいにぃ!」
「杏も荷物、置いてきたまんまだ」
「なら、決まりだね」
☆☆☆
「しまむー、本当にダンス上手いね!」
「え、えへへ。そんなに褒められると照れちゃいます」
「でも本当にそう思うよ。宣伝写真を撮る前にも思ってたけど、私たち追いつけるかな?」
一通りのレッスン――バックダンサーの振り付けの練習を終え、タオルで汗を拭い水分を取る三人はその合間に先ほどのレッスンについて話していた。
「やっぱり、養成所に通っていたから?」
「いえ、養成所だけじゃないです」
「他にも行ってたってこと?」
「あ、通ってたのは養成所だけです」
「しまむー、どゆこと?」
「えっと、養成所に通ってる時、すーちゃんっていう名前の男の子が教えてくれていたんです」
「…………すーちゃん?」
島村からでた名前に、渋谷がどこかで聞いた名だと首をかしげる。記憶をたどっていくうちに、渋谷にも公園で出会った一人の男性が思い浮かぶ。
「卯月。その人の姿って、白くて長い髪を後ろで纏めて帽子かぶってたりする?」
「わぁ! 凛ちゃん凄いです!エスパーですか?」
「いや、私も会ったことあるから」
三人いれば姦しいとはこのことか、話の内容は全く別のものへと変わっていた。
「なんだか不思議な感じがしませんでしたか?」
「確かにそうかも。心を読まれている感じ?」
「はい! すーちゃんが不思議なことを言ったら電波ですね! って言ったんですけど、微妙な顔をされちゃいました……」
「その人に会ったことないから私はよくわからないけど、そりゃ電波って言われたら微妙な顔するって」
「そうですか? すーちゃんには雰囲気も合わさってピッタリな感じなのですけど……」
「私は少し、分かる気がする」
二人から電波みたいというなんとも言えない評価をもらったとうの本人である翠は、クシャミをして諸星から心配されていたりする。
「私、その人にすっごく会ってみたい。二人の話を聞いてると、ものすごく気になってくるよ!」
ワイワイキャアキャアと話していると、トレーナーから休憩の終わりを告げられ、再びレッスンを始める。
「ああ、島村はそのすーちゃんとやらに教えられていたからかすでに十分な域に達しているから、できるなら二人にアドバイスをしてやってくれ」
「えぇっ! わ、私がですか……? ……はい! 島村卯月、頑張ります!」
初めは戸惑う島村だったが、両手を握りしめ、やる気十分といった感じで気合いを入れる。
しかし、気合だけで物事はうまく進むはずもなく……。
「えっと……どうしましょう?」
島村は翠に教えられたことをそのまま伝えたのだが、上達が見込めずに戸惑う。
それは当たり前といえば当たり前であった。
翠は”島村にたいしてアドバイスをした”のである。決して、先を見越して本田や渋谷にアドバイスをしたわけではない。島村が踊った時に出るクセなどを考慮しているために、二人には劇的な効果は見られない。
「おっすおっす!」
「戻ってきたよ」
「やってるねー」
そこに、食事……撮影から戻ってきた四人がレッスン室に顔を出す。
お気に入り登録100件超え、ありがとうございます!