怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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通算UA一万人突破話

 これはまだ、CPが発足される前の話。

 シンデレラたちに光を照らし、導いていくかもしれない怠惰な王子様が何をしてきたか。

 

 

 

 

 

 デスクの前に座る、できる感じを漂わせた翠の専属マネージャー、日草奈緒。

 彼女は今、目頭を押さえて何かをこらえるように上を向いていた。

 たちあがっているパソコンの画面には去年、翠が行った仕事がまとめられてあるファイルが開かれていた。

 

「…………私はこんな仕事、知らんぞ」

 

 基本、翠は仕事をしない。

 いや、先ほどの言い方であると少し語弊がある。

 仕事はするのだが、アイドルらしい仕事をしない。

 サイン会など一度も開いたことがなく、行きつけの中でもさらに気に入ったお店にしか書かないため、一般人が持っていることはまずない。奇跡的な幸運が重なり、書いてもらった人がいるが、それでも片手で数えられるほどだ。

 握手会もサイン会と同じようにやったことが一度もなく、理由としては本人が『オッサンと握手なんかして誰得だよ』と言っているため、今後も開かれることがないと思われるが、同上の理由により、またも数えられるほどだが握手をした人は存在する。

 写真撮影もまた然り。

 雑誌の撮影でさえ、月に一度あればいい方である。

 ライブも年に四回、年末年始の二回で計六回を最低でも行っている。

 それより増えるかは翠の気分次第だ。

 ソロでやることはいまだデビューしてから一度しかない。

 あとは新曲の発表であるが、翠が自身で作詞作曲した歌しか歌わないと明言しているため、年によってリリースされるCDの数が違う。昨年は五枚である。

 

 

 それらのことがあり、去年に翠がやった仕事といえば雑誌の撮影が数回、ライブが数回。新曲のCD発売…………であるはずなのだが。

 

「学園祭に地方の企画、他所属アイドルのライブに参加……?」

 

 そこには奈緒でさえ知らない内容が追加で書かれていた。

 

「おや? 奈緒くん、どうかしたのかい?」

「……今西部長。これの事なんですが……」

「ああ、このことかい」

「…………知っているのですね」

 

 またもため息をつく奈緒を気に留めたのか、今西部長がやってくる。

 当然のようにニッコリと頷く今西部長に、再び奈緒はため息をつく。

 

「今日は土曜日だったかね?」

「ええ、そうですが……」

「確か今日は、高校の学園祭に行っているはずだよ」

「…………」

 

 奈緒はもう、考えることを止めた。

 

☆☆☆

 

「何もかもが広くてデカイな……」

 

 今西部長の言う通り、変装をして高校の学園祭を満喫していた。

 本来、土曜日であるこの日はこの学校に通う生徒しか入れないのだが、腕に許可がおりている証である腕章をつけているため、物珍しげな視線を集めているが誰もアイドルである翠とは気づいていない。

 当の本人である翠は片手にわたあめを持ちながらパンフを見て、次にどこへ行くかを考えている。

 

「いや、そろそろ時間か」

 

 パンフを持ったまま携帯を取り出して現在の時刻を確認すると、もうそろそろ本日の学園祭終了の時間が近づいていた。仕方なしに踵を返して来た道を引き返す。

 

「俺の高校もこんな楽しければよかったけど……今となっては別にどうでもいっか」

 

 雰囲気を楽しみながら、ガシャガシャと音が少し漏れている体育館へと足を運ぶ。

 そこでは一生懸命に、だけど楽しそうに既存の曲を弾いて歌う学生の姿と、それを見て盛り上がる学生の姿が。

 

「…………」

 

 それを見て羨ましげな顔を一瞬した後、その場を離れて裏口へと向かう。

 帽子と伊達メガネはすでに外しているが、フードを目深に被っているために誰も気づく様子はない。

 

「あ、君っ! ここは立ち入り禁止だよ!」

「…………ん?」

 

 中に入ったところで実行委員の腕章をつけた男の子に呼び止められる。

 

「ああ、これ見せるんだっけ」

 

 ここでの仕事を校長から直々に話を聞いて受けた際、生徒の誰にも内緒にしてほしいと言われており、これを見せればいいとパスポートのようなものも受け取っていた。

 それを思い出し、ポケットから取り出して見せる。

 

「ごめんなさい!」

「気にしないでいいよ。君はキチンと仕事をしたのだから」

 

 悪いことをしたとばかりに頭を下げて謝る男の子に手を振って返し、指定されていた場所へと向かう。

 そこには校長がおり周りに他の人の気配はない。フードを被った翠を見つけるや否や頭を深く下げる。

 

「誰かに見られでもしたら面倒になるからやめて。んで、最後にサプライズとして出ればいいんだよね?」

「はい。衣装はこちらの部屋でお着替えください。中は密室で出入り口はここしかありません」

「まあ、隠しカメラとかあったらここの高校潰すから別にいいよ」

 

 さらりと怖いことを言って中へと入り、準備を進める翠。

 校長はドアの前に立ち、誰も入らないようにする。

 

「お待たせ」

 

 五分ほどで着替えを終えた翠はまだ正体を隠すために体全体を覆うマントを羽織り、フードで頭全体を見えないようにする。

 

「曲を流すのとかどうするの?」

「それは私が。放送委員にやり方を教わりました」

「なるほどね」

 

 そこで放送がかかり学園祭が終了し、全校生徒や教職員は体育館に集まるように指示が出る。

 

「…………人、多っ」

 

 ステージの陰から徐々に広い体育館が埋まっていく様を見て、翠は不思議と高揚感を覚える。

 実行委員も校長に追い出され、ステージ脇にいるのは翠と校長だけ。ステージ上に司会の女の子が色々と話をしている。

 

『それでは校長先生、どうぞ!』

 

 司会の子に促されてステージに上がっていく校長。マイクを受け取り、司会の子に降りるよう促す。

 予定されていないことだったのか、困惑しながらもステージから降りていき、自身のクラスの列へと並ぶ。

 

「校長の話、普通は隣と話したりして聞かないのに、ここの高校はいい子ばかりだな」

 

 誰一人は言い過ぎかもしれないが、翠がステージ脇からバレないように覗き見る限り、話を聞いていない生徒は見当たらない。

 

「今日は最後に、スペシャルゲストを呼んでいるので、最後にいい思い出を」

 

 校長の目配せに気づいた翠はフードやマントを取らないままステージ上へと向かう。

 怪しげな格好に、生徒や職員たちから不安げな声がザワザワと聞こえる。

 

「それじゃ、後はよろしくお願いします」

 

 翠は頷きだけを返し、校長はステージ脇へと消え、音響のところへと向かう。

 その間、ずっとこのままというわけにもいかないので、尺をつなぐためにもすいは話し始める。

 

「ども、みなさん。こんにちは」

 

 まずは挨拶からと思っていた翠だったが、思いの外見た目の印象が悪いのかざわめきが返ってくる。

 

「……はぁ。校長は曲とともにコレ脱いでくれって言われてたけど、面倒だしいいよね」

 

 面倒臭そうにそう言い、校長が慌てているのをなんとなく感じながらフードを外し、マントを脱ぐ。

 

『……………………』

「んじゃ改めて。ども、みなさん。こんにちは」

 

 先ほどとは違い、大きな歓声が返ってくる。

 

「いやはや。みなさんの手のひら返しの早いこと早いこと」

 

 翠の呆れたようなセリフに生徒たちも苦笑いを浮かべる。

 

『九石さん。準備できました』

『あいよ。それじゃ俺のセリフに合わせて曲流して』

 

 耳につけたインカムから、校長の声が聞こえる。胸につけたマイクを手で押さえて生徒たちには聞こえないようにし、小声で返して意識を生徒たちへと戻す。

 

「まあ、挨拶もここらにしてとりあえず一曲目、行こうか――"ミエナイモノ"」

 

 うまい具合に校長が合わせ、タイミングよく曲が流れ始める。

 

☆☆☆

 

「さて、何か言い残すことはあるか?」

「おお、俺もついに引退か!」

「仕事、増やすぞ?」

「サボっちゃうぞ?」

 

 346に帰ってすぐ、翠は奈緒に見つかり、場所も気にせず正座するよう言われる。翠もしゃがんだところまではよかったが、そこから体が汚れるのも気にせず、床に寝転がる。

 いつも通りに奈緒が先に折れ、立つように促すが動く気配を見せない。

 

「まあいい。そのままでいいから聞け」

「……あぃ」

「お前、仕事はしたくないんじゃないのか?」

「楽しいと思えるものは楽だよ。それに内緒でやってるからそのためのレッスンもないし、楽ちん」

 

 奈緒のコメカミに血管が浮かぶ。

 心なしか、奈緒の周りが揺らいでいるようにも見える。

 

「ほう……レッスン、していないのか」

「だからってクオリティー下げてるわけやないよ? ほら、俺って天才だし?」

「……………………」

 

 握りこぶしを作り、振り上げるところまでいくのだが、あまり間違っていないためだけに、それを振り下ろすことができない。

 

「…………まあ、別にいい。失敗しても自身の責任なのだからな」

「あ、いままで知らなかったのってトレーナーと奈緒、その他話すと面倒になる人だけで、たぶんほとんどの人は知ってる」

「…………」

「えっ、ちょっ……引きずってどこ行くつもり!」

 

 無言のまま翠の襟首を掴み、持ち上げるのではなく引きずって運んでいく。

 行き先はもちろんのこと。

 

「レッスン室だ。無論、四人に話は通っている」

 

 そう言って携帯電話の画面を見せる奈緒。そこには電話が繋がっており、相手は例によってトレーナー。

 無機物であるはずの携帯電話からも怒りのオーラが漂って見えるのは、翠の気のせいであろうか。

 

「…………マジか」

「ああ、大真面目だ」

 

 レッスン室につき、中へと放り込まれる翠。すぐさま囲まれた上に、唯一の出入り口には奈緒が立っている。

 

「うげっ……」

「さあ、たっぷりレッスンしようぜ」

「そんなに私たちのレッスンは嫌なのかしら?」

 

 ジリジリと距離を詰めてくるが、翠に逃げ場はない。この部屋にいる人全員が敵である。

 

「レッスン、始めようか」

 

 その声を最後に、翠の意識はなくなった。

 …………なんてことはなく。

 いくらやらせようとしても本人が動かなければ無理であって。

 翠はレッスン室の床に横たわったまま、ピクリとも動こうとしない。

 

「ちゃんとやることやってるし、大目に見てよ」

 

 寝転んでベストな体勢へと変えながらなぜか偉そうに物申す翠。その態度に五人はカチンとこなかったわけではないのだが、テコでも動かないのは今までで十分に分かりきっているため、結局は自身が折れるしかないとため息をつく。

 

「上は見逃しているのだし、私たちにどうこうできることでもないしな…………ほら、帰るぞ」

 

 帰るという言葉に反応して体を起こした翠は、そのまま奈緒の背に飛び乗る。

 

「んじゃ、よろしく。…………でも、もう少ししたら大きな変化が訪れるし、そしたらちゃんとすることも考えなくはないよ?」

「はいはい。いつもの戯言な」

「あ、信じてねーな。なら大きな変化があったら俺はさらに仕事をサボろっかな」

 

 この時の奈緒は軽く流していたが、事実数ヶ月後にはCPが発足し、翠がその子らに手助けをしたりしなかったりすることをまだ知る由もない。なので奈緒はのちに激しく後悔することとなる。


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