怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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3ヶ月……また長く開くのか……
活動報告にネタバレ、先の展開書いてます
自己責任で見てもらえればと


86話

「うにゃああああぁぁっ!?」

 

 翠が出ていったドアをしばらく見ていた前川だったが、背後から聞こえた物音に体を跳ねさせ。

 ものすごい速さで壁際まで移動し、音のした方へ目を向ける。

 

 そこは双葉がよくいる位置だが、人の姿は見えない。

 恐る恐る、そこへと近づいていく前川だったが、にゅっと生えてきた手に腰を抜かして尻餅をつく。

 

「んぎゃ、お、おば……」

「みく……助けて……」

「…………?」

 

 後ずさりしようにも上手く体が動かない前川は目の端に涙がたまり、今にも泣き出しそうであったが。

 聞き覚えのある声に少しだけ恐怖心は薄れ、なんとか四つん這いになりながらも再び近づいていく。

 

「…………何してるの、杏ちゃん」

「寝てたら落っこちて動けなくなった」

 

 そこには双葉が持ってきた特大ウサギクッションと荷物の間に挟まれて身動きの取れなくなっている双葉の姿があった。

 

「まったくもう……ものすごく驚いちゃったよ」

「すごい声だったもんね」

「杏ちゃんのせいだからね」

 

 前川の手を借りて助け出された双葉はいつもの位置ではなく、珍しいことにソファーの方へ移動していた。

 助け出した前川も恐怖心やら何やらでどっと疲れ、ソファーへと横たわっている。

 

「ねえ、みく」

「どうかした?」

「杏、さっきの話を全部聞いてたんだけどさ」

「あー……ずっといたんだもんね。入ってきたときにすぐ声かければよかったのに」

「何となく、大事な話をすると思ったからさ。……悪いけど、盗み聞きさせてもらったよ。位置的に杏からは二人の姿も見えたからさ」

 

 前川がいつもの作ったキャラではなく、普通の話し方になっているのだが、当然双葉は気づいており。

 さっきの、そんな怖かったんだ。と内心では考えながらも表には出さず、真面目な話をしていた。

 

「…………あ」

「どうかしたの?」

「質問ばかりされてて質問するの忘れてた……」

「あー……」

 

 本来ならば前川からも聞きたいことが山ほどあり、その機会を得たのだが。

 それを生かすことができず、肩を落とす。

 

 結果論ではあるが、お話しようか。と言っていた翠には最初から自分のことなど話す気はなかったようにも思える。

 

 おまけによく分からないアドバイス……と言えないようなものも貰い、現状の不満と相まって前川の機嫌は下降していた。

 

「ねえ、杏ちゃん」

「ん?」

「翠さんは……どうして悲しそうな顔をしてたのかな」

「杏は翠さんじゃないから推測しか出来ないけど、みくがどうにかしたいって思っていることに不都合があるのか。それとも……」

「それとも?」

「みくがハッキリと意志を口にしたから(・・・・・・)、かもしれない」

「……どういうこと?」

 

 言っている意味がよく分からない前川は詳細を求めるも、実は双葉もよく分かっていなかった。

 ただなんとなく、第三者の視点で見ていたからこそ感じていた違和感のようなもの。

 

「なんとなく……みくに聞いていた質問は翠さん自身にも言い聞かせてるみたいだったから」

「これからどうしていきたいかってこと?」

 

 前川の確認に双葉は首を縦に振って答える。

 

「でも翠さんは常務の案に賛成しているわけだし、これからのことを考えていると思うんだけど」

「杏たちが知ってることなんてたかが知れてるし、何かがあるのかもしれないね」

「みくたちはまた、何もできないのかな……」

「こういう時、大人と子供の壁ってでかいよね」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 常務との話を終えた翠は一人、レッスン室にいた。

 大の字で床に寝転がり、垂れ流しにしている曲をおそらく聞いているのだろう。

 

 流れているのは翠が手がけたオリジナルの楽曲である。

 もしも万が一、クローネとして参加することがあった時の場合にと作曲していた。

 

 曲が終わり、また始めから流れるたびに翠の雰囲気が変わっていく。

 それはまるで冷徹な王をも連想させるような──。

 

「翠さん、大丈夫ですか?」

 

 人が入ってきたことで今までの雰囲気は霧散し、手に握られていたリモコンで曲も止まっている。

 

「大丈夫だけど……そんな心配そうにしてどうしたのさ、美波」

「部屋の真ん中で横になったまま動かなかったので心配になってたんですけど……」

「曲聞いてイメージしていただけだから、心配することは何もないよ」

「そうだったんですか」

 

 上体を起こして普通に話している翠を見て、ホッと安心する新田。

 

「新しい曲ですか?」

「んー、まあそうかな。いつもイメージ固める時はこうしてるから」

「翠さんはもうしばらくお仕事ないですよね?」

「…………大人には色々とあるんだよ」

「……あ、はい」

 

 これからある仕事を想像してか、嫌そうな表情をしながら横たわる翠を見て、新田は頷くしかなかった。

 

「新曲、楽しみにしてますね」

「きっと良い意味でも悪い意味でも驚くと思うから、程々の楽しみにしておきな」

「悪い意味、ですか」

「大人の事情でこれ以上は言えないのだ。勘弁しておくれ」

「それなら質問に一つ、答えてもらっても良いですか?」

「答えられるのなら構わないよ」

 

 横たわって目を閉じていた翠は新田が真剣な雰囲気をまとっているのに気付いていない。

 

「何を聞くか考えるので、少しだけ時間をください」

「ん、何聞くか考えてなかったのね。時間はいくらでもあるからゆっくりでええよ」

 

 本当なら翠に聞きたいことは山ほどあった。

 けれど欲を出しすぎて断られたら元も子もないため、一つとしたのだが。

 こうもあっさりと許可が貰えると思っていなかったため、三つぐらいにしておけば良かったと少し後悔していた。

 

 質問する内容だが、ほとんど決まっていた。

 翠に関してのことを聞くか。

 それとも現状について聞くか。

 大まかに分ければこの二択である。

 

 そしていま、知りたいのは現状について。

 何故、翠さんは美城常務の案を許容しているのか。

 他にも知りたいことはあるが、これを聞くことができたらいくつか分かることがある。

 

 ただ、この質問は答えられる質問なのか。

 翠さんには翠さんの事情があって答えられない場合もある。

 

「……何故、翠さんは美城常務の案を許容しているのですか」

「残念ながらそれは言えないなぁ。どうしてなのか、みんな(・・・)で話し合ってよーく考えてごらんよ」

「……分かりました。私たち、頑張ってみます」

 

 聞きたいことの答えを得ることは出来なかったが、ヒントを貰えたと前向きに考え。

 翠にお礼を言って新田はレッスン室から出ていった。

 

 実のところ『言えないなぁ』と言ってヒントに見せかけているが、新田が欲しかった答えである。

 そのことに気付くのはもう少し後であるが。

 

 再び一人となり、しばらくしてから曲を頭から流し始める。

 

「……冷徹な王、ではないか」

 

 何度か繰り返し聞いた後、イメージが固まったのか立ち上がってダンスの練習を始める。

 それは王としての雰囲気を漂わせながらもどこか寂しさ、孤独さを感じさせた。




俺ガイルの二次創作を書き始めました……
気が向いたらそちらも……

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