怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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84話

「すー、いー、さー、んっ!」

「んおっ」

 

 仕事を終えて346へと戻って来た宮本は、遠くに見えた翠の背中へと駆けていく。

 その勢いのまま飛び付くと大変になる事は身に染みて(・・・・・)分かっているため、手前でブレーキをかけて止まり、後ろから抱きしめ。

 

「えへへ」

「そんなに匂いを嗅がれると、流石の俺も恥ずかしいんだが」

 

 ご馳走をゆっくり楽しむかのように翠の頭へ顔を押しつけ、宮本は深呼吸をして匂いを堪能する。

 それから逃れる為に身をよじったりしている翠だが、すぐに無意味だと悟り。されるがままの人形となっていた。

 大人しくなったのをいい事に近くのイスへ移動し、翠を膝の上に座らせる。

 

「いつもよりスキンシップが激し目な気するんだけど、どしたの?」

「だって最近全然会えてなかったから。他の皆も翠さんに会いたがってるよ? ……それに、色々と話も聞きたいし」

「んー、やっぱりそうだよなー」

「フレちゃん含めて何人かは、翠さんが何しようとしているのかなんとなく分かっているけどね」

 

 宮本の言葉を聞いて考え込もうとしていた翠だが、続けられたセリフに肩を震わせる。

 後ろから抱きついたままの宮本がそれに気付かないわけもなく、笑みを浮かべて腕に少しだけ力を込め。胸の内に広がる表現し難い感情を落ち着かせるためにもう一度、ゆっくりと深呼吸をする。

 

「……俺は特に何もしてないが」

「うん。何もしていないからこそ、なんだよね?」

「フレちゃんが何を言っているのか、翠さんにはサッパリだ」

「急にレッスンを見てくれなくなったり、会う機会すら無くなったの、すごく不自然だよ?」

「そりゃ、常務の改革に賛成したわけだからね。皆に顔合わせ辛くなるでしょ」

「楓さんに仕事を勧めたのは?」

「合っていると思ったからだけど」

「ふーん……」

 

 スッと目を細めた宮本は翠の耳元へ口を寄せる。

 

「私たちの成長のため、なんでしょ?」

「そんな意識して行動したわけじゃ無いからなぁ……」

 

 そう答える翠は無意識のうちに宮本から顔を背けていた。

 赤くなっている耳から後ろめたさではなく、恥ずかしくて照れているのが分かる。

 

「フレちゃんたちは常務の話を聞かされた時、最初はどうしてだろうってみんなで話したんだ。……今回も翠さんの事だから何か考えがあるんだろうって」

 

 回された腕には力が込められておらず、いつでも抜ける事が出来る状態であったが。どういう意図のものか理解した上でどのような考えに行き着くのか。

 それを聞いておかねばならない。

 だから余計な口を挟まず、黙ったまま頷いて続きを促す。

 

「でも、翠さんのアドバイスどころか会う機会もサッパリなくなって。なんだか急に不安になって。…………信じてるって思っていたのに、少しだけ翠さんのことを疑っちゃった」

 

 後ろから抱きしめられているため、翠から宮本の表情を見ることは出来ないが。声色と再び腕に込められた力で感じ取る。

 

「翠さんがフレちゃんたちの成長のためにやっているって気付いたのも、志希ちゃんのおかげなんだ」

「それで、これからどうしていくの?」

「んー、…………よく、分かんないかな」

 

 予想していなかった答えを聞き、緊張によって入っていた力が抜けた翠は宮本へと背を預ける。

 それを話の続きを催促するものだと受け取った宮本は、どう話したものか頭を悩ませながらも自分なりに纏めて話していく。

 

「常務の話、色々と大変だなと思うんだけど……確かにフレちゃんたちの成長も考えられてるって感じるよ? 楓さんは翠さんを超えるって頑張ってる。中にはまだどうしたらいいか悩んで迷っている人もいるけど」

「フレちゃんは俺を超えようなんて思わないの?」

「翠さん、まだ本気を見せないからなんとも言えないかな。まだ経験とか足りないけど、若いから色々吸収して化けるかもね〜?」

「確かにそれは恐ろしい」

「それに、勝ち方は(・・・・)一つじゃないからね(・・・・・・・・・)

 

 何やら含みのある言い方をしているが、それについて翠は肯定も否定もしなかった。

 

「さっきの続きだけど、フレちゃんたちの成長のためなのは実感する。けど、翠さんには他にも目的があるような気がするの」

「どんな?」

「根拠はないよ?」

「話すだけ話してみ?」

 

 緊張を和らげるため、一呼吸置いてから話し始める。

 

「シンデレラプロジェクトで新しく十四人のアイドルが入ってきたじゃん? それぞれユニットが出来るたびに翠さんが関わっている気がするし、夏のフェスもトリを彼女たちの全体曲に変えたってのも聞いた」

「んー、まあ、だいたい合ってるね」

「だから、これも彼女たちが大きく成長するためなのかなって。……もしくは翠さんのお気に入りがいるとか?」

「つまるところ、フレちゃんたちの成長と変わらない訳だ」

「あれれ?」

「変なところで深く考えすぎなんだと思うよ?」

「なーんか隠してる様な気がするけど、一先ずのところは納得してあげる」

 

 翠を膝から降ろした宮本は『レッスン行ってくる〜』と言い、さっさと行ってしまった。

 

「…………ふぅ」

 

 それを見送った翠は息を漏らしながらイスに座って壁に背を預け、宮本が去っていった方を見つめ。

 

「女子の勘って怖えぇ……」

 

 先ほどのことを思い返し、冷や汗をかく。

 

「そろそろだったかなぁ……常務の改革がさらに進むのは」

 

 そう呟いてイスに横たわった翠は目を閉じ、夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 翠が思っていた通り、会議室に人が集まっており。美城常務から話が進められていた。

 

「今後、我が346プロのアイドルはかつてあったスター性。別世界のような物語性を確立していこうと考えています」

「じゃあ、今の番組は?」

「徐々に内容をシフトさせていく予定です」

「この時代にあえて……ですか」

「面白い試みだとは思いますが……」

 

 話の内容が内容だけに出来た波紋は少しずつ、確実に大きくなっていく。

 

「まずはコーナーの一部を今週で打切り。出演者ごと入れ替えます」

「待ってください! それはあまりにも──」

「言ったはずだ。私は私のやり方を進めていく」

 

 看過出来ず、立ち上がって意見しようとした武内Pであったが。それが許されることはなく。

 

「まずは君が企画したものを成功させてからにしてもらおう」

 

 武内Pは力強く手を握りしめ。少女たちの可能性を信じて頷くしかなかった。




記念話とかの順番、弄ろうかなと

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