その日は雨が降っていた。
雨はあまり好きじゃない。
洗濯物も干せないし、太陽が出ていないから電気を止めて生活しなきゃいけない。
ゆきちゃんは『なんかワクワクするね!』と言っていたが、こちらとしては色々とハラハラすることの方が多い。
外を見るといつもより彼らの数が少ない。
どうやら水を嫌うようだ。
雨を避けて屋根のある所に固まっていたりするのは、やけに人間臭かった。
その光景を見て、やはり元は人間だったのかと少し気分が沈んでしまった。
「今日は数が少ないですね…」
私の横で外を眺めていた悠里ちゃんも同じことを思ったようだ。
表情が暗くなっているところも私と同じとは、一緒に生活してきて思考が似てきたのかも知れない。
「水が苦手なら、逃げるときに使えるかもね」
「そうですね…」
考えていることが一緒なんて思ったが、悠里ちゃんの表情がどんどん険しくなっているところを見ると、もっと別の事を考えているのかも。
なんて恥ずかしい思い違いをしていたんだろう。
「どうしたの?何か悩みがあるなら聞くわよ?」
「はい…悩みというか、不安というか…」
窓を開けて、身を乗り出して外の様子を伺う悠里ちゃん。
どうやら探していたものは見つからなかったようで、形の良い眉がひそめられる。
「あの木陰に居ない人たちは、何処に行ったんでしょうか…?」
悠里ちゃんの懸念に気付いた瞬間、廊下の奥から何かが倒れるような音が響いてきた。
残りの2人への呼びかけを悠里ちゃんに任せ、私は音の出処を探しに行った。
バリケードが破壊されて大量の彼らが雪崩れ込んで来れば、確実に犠牲が出てしまう。
どうか何事もありませんように…
焦る心を抑えながら、音が聞こえてきた方向へと急いだ。
私の願いを嘲笑うかのように、大量の彼らがこちらを目指し歩いてきていた。
バリケードの一部の設置が甘かったせいか、そこを崩して入ってきたらしい。
「あ…」
はやく皆に知らせなきゃ…
早く戻らなくては…
焦れば焦るほど身体は動かない。
恐怖という本能は、時に自分の身を滅ぼす。
動けぬまま、肩を掴まれる。
目の前の大きく広げられた口の中は、何処までも暗かった。
「おい、りーさん!何があったんだよ!」
「分からない…でも、早くしないとめぐねえが!」
私達以外の2人は屋上にいた。
めぐねえは音の原因を見てくると言っていたが、十中八九彼らがバリケードを壊した音だろう。
早く2人を連れて行かないと、めぐねえが彼に襲われてしまう。
本当は2人に事情を説明したかったが、この状況で詳しく説明出来る余裕は無かった。
今はめぐねえと合流して逃げるのが最優先事項だ。
階段を降り切ると、音の原因を確認して戻ったと思われるめぐねえと鉢合わせた。
しかし、息も荒くなり腕に怪我を負っている。
直ぐに処置をしなければ手遅れになるだろう。
「めぐね…」
「みんな!早くこっちに!」
私が腕の容体を聞こうと問いかける前に私達の手をとって走りだした。
廊下を出た時に、ゆうに10を越える彼らがひしめき合っているのが見えた。
あの数ではくるみでも勝てないだろう。
私たちに残されているのは逃げの一手のみだった。
めぐねえが私達を誘導した先は放送室だった。
ドアを開け、私達を部屋の中に押しこむように背を押す。
そして信じられない事に、自分は入ろうとせずにドアを閉め始めたではないか。
「いい?この後、下校を促す放送を流しなさい。そうすれば、アイツらは下の階へと向かうはずよ。気配完全にが消えるまで、絶対にドアを開いちゃダメ。分かった?」
「め、めぐねえはどうするの?」
質問したのはゆきちゃんだが、それは私達が共通して思ったことだった。
何となく嫌な予感がする。
めぐねえが質問に答えようと口を開いた。
どうか、私の想像してしまった答えとは別のものを…
しかし、その祈り虚しく、返答は絶対に言って欲しくない言葉だった。
「私は外で彼らを引き付けるわ」
「ダメだよめぐねえ!」
「そうだよ、何言ってんだ!ならあたしも残る!」
当然のように2人は反対する。
あの数の前にたった一人残されたら、ほぼ確実に生きて残れないだろう。
私もめぐねえに死んでほしくない。
一緒にこの部屋に隠れていて欲しかった。
しかし、めぐねえは私達の不安を和らげようとするかのように優しく微笑んだ。
「大丈夫。また後で合流しましょう?」
その言葉を最後に、めぐねえはドアの向こうへと消えていった。
「んー、上で何かあったのは間違いないっぽいな。」
階段のそばで様子を伺っていると、何かが崩れるような音が聞こえてきた。
音的に、積んであった机か何かが落とされたような音だ。
何が起きているのか気になるところだが、雨宿りをしに来たヤツらが多すぎて、動こうにも動けない。
2,3人だったら蹴散らして進むのだが、10人近くいる中に単身乗り込むのは分が悪すぎる。
今も、とりあえず近くにいる奴らをバールで叩きのめしていっているが、数が減っている気がしない。
なんかのゲームみたいに、手榴弾でもあればいいんだけどなぁ。
スプリンクラーが作動すれば良いのだが、火を近づけたりタバコの煙を当ててみたりしたが、スプリンクラー自体が動いていないようで反応が無かった。
かと言って、水をバケツで運んでいれば動けなくなるので格好の的になってしまう。
どうしたものかと悩んでいると、目の端に消火器が目に止まった。
そういえば、この学校の消火器は、一部は水を噴出するタイプだった気がする。
目の前にあるものがそれであってくれ、と願いながら手に取るとそこには『純水』のラベルが。
これはラッキーだったな。
消火器の効果はテキメンだった。
噴出される水から、面白いように奴らが逃げていく。
数分も水を撒いていれば、殆どの奴らが上の階に行ってしまったいた。
そこまで水が苦手なのか。
とにかく、これで階段周りは制圧し終わった。
今覚えば、これから上に行くのに上に逃したら面倒じゃないかと思ったが、やってしまった後ではしょうがない。
とりあえず、生存者がいるかもしれないので、殺傷力の低い刺股を使うことにした。
バールだと、問答無用で倒しちゃうだろうし。
慎重に1階と2階の間の踊り場まで上がると、誰かが階段を降りる音がする。
奴らが上に登っていく中で降りてきているということは、人間じゃない可能性が高い。
何故下に降りてきたのか分からないが、今の俺には関係ない。
刺股を構え、向こうから降りてくるのを待つ。
果たして、降りてきたのは
「…めぐねえ?」
虚ろな目でこちらを見つめる、俺の元・担任だった。