貴女の笑顔のために   作:さぶだっしゅ

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けつい

 

 

今まで喧嘩をすることはあった。

その時に人を殴ったりすることはあった。

でも、それは相手を殺そうだなんて思ってやった事じゃない。

殴りあった後はお互い笑顔だった。

 

 

でも、今日は違う。

今日、俺は初めて自分の意志で人を殺した。

いや、人だったモノだから、殺人に含まれるのかは分からないが。

 

あの2人と別れた直後は良かった。

まだゾンビの数もそこまで多くなかったし、最上階だったせいか、下から上がって来る数も少なかった。

廊下に数体のゾンビが居ても、迂回するように教室の中を通ったり、数が少ない時は横を駆け抜けてやり過ごしたりしていた。

 

しかし、いつまでもそれで遭遇を回避できるわけもなく、ゾンビが大量にいる教室の前を通ってしまった。

普通の生徒だったら隙間を通り抜けていけばいいが、そんな簡単に事が運ぶはずもない。

 

その場を引き返すか、ここでコイツらを倒すか。

その二択に迫られることになった。

 

逃げることを考えたが、逃げたところで、いつかはまた同じ状況になるだろう。

だったら、先に進むしか無い。

 

そう決意し、教室に備え付けられていたパイプ椅子を1つ引っ張ってくると、それをそのまま振りぬいた。

思っていた程の手応えはなく、パイプ椅子は前に出ていたゾンビ数人の頭を吹き飛ばした。

 

相手が人間だったら、前にいる奴の首が飛べば怯むだろう。

しかし、ゾンビに人間の常識は通じない。

 

二度目の死を迎えた仲間の死体を乗り越えて、どんどんこちらへと向かってくる。

ここで攻勢の手を緩めれば、俺が死ぬのは確実。

なら、取るべき道はただ一つ。

 

「ああああああああああ!!」

 

気付けば、理性のない動物のように雄叫びを上げながら、ひたすらパイプ椅子を振り回していた。

何回殴ったかなんて覚えてない。

何人殺したかなんて数えたくもない。

 

正気に戻った時には、一面腐った肉の床の上に膝を着いていた。

正直、立って歩くのがとても苦だった。

 

このままここで寝ていれば、目が覚めた時には…

もう何もかもが面倒になった。

どうせ、頑張ったっていつか死ぬ。

だったら、ここで死んでもいいじゃないか…

 

どんどんと負の方向へと働く思考を止めたのは、2人の顔だった。

俺はあいつらになんて言った?

 

なんとかなるって言っちゃったよなぁ…

 

「…こんなところで止まってられない」

 

自分の言葉に責任を持て。

 

親父からは色々と言われてきたが、一番心に残っているのがこの言葉だ。

俺は2人に『なんとかなる』と言った。

 

だったら、俺がなんとかなることの証明をしないとな。

 

なれない動きをしたせいで悲鳴を上げる身体に鞭打って、自分で築いた腐肉の山の間を歩きはじめた。

 

 

 

 

 

「こりゃひでぇ…」

 

あの後、何とか階段を下って玄関まで辿り着いた。

そこは文字通り、地獄絵図だった。

 

まだ生き残っていた数名が動かしたのだろう、ロッカーや下駄箱の一部で昇降口が半分ほど塞がれている。

とっさの判断としては上々だろう。

 

しかし間に合わなかったようだ。

 

そこに生存者の姿はなく、あるのはゾンビの姿だけ。

服装は野球部のユニフォームや陸上部のジャージ、制服などマチマチだ。

ゾンビになったのはグラウンドということだろうか。

 

しばらく観察していると、こちらを見ずにフラフラと辺りを歩いている。

中には、動かされていない靴箱にぶつかっている者もいる。

 

行動の意図は掴めないが、他のヤツと違い、何かをしようとしているらしい。

 

ここからだと見えない場所を見ようと覗き込むと、運悪く散らばったガラス片を踏んでしまった。

どうやらこちらに気づいたようで一斉に振り返る。

 

第二ラウンドか…

こんなに辛いのは初めてだ。

 

弱音を吐いたところで現実が変わるわけでもない。

こちらに向かってくるゾンビをなぎ払うために、椅子を握る手に力を込める。

 

手近にいたゾンビの頭を躊躇なく打ちぬく。

 

まだ人生で二回目だが、人型の物を壊すことに慣れてしまった。

ゾンビも人間と急所は変わらないらしく、首を折れば動かなくなるし、頭を潰せば死ぬようだ。

心臓はまだ試していないが、動いているのか分からないので効果があるとは思えない。

 

まぁ今はあまり関係ないが。

 

「ふっ」

 

椅子を振り切った勢いをそのままに、近づいてきていたゾンビを殴っていく。

パイプ椅子はかなりの重さを持った凶器だ。

首や頭に当たらなくても、体勢を崩したり、吹き飛ばしたりすることが出来る。

狙いをつけずに適当に振っていく。

しかし

 

「あっ…」

 

ついに疲労に限界が来たのか、身体に力が入らなくなる。

さっきまであんなに軽々と振れた椅子が、まる鉄の塊に変わったかのような感覚だ。

何とか振り回そうと力を込めるが、逆に椅子の重さで身体がよろめいてしまう始末だ。

 

こうなってしまえば、抵抗する気力も起きない。

椅子を支えにしてその場に立ち尽くしてしまう。

 

これは詰んだかな…

 

あの2人には悪いことをしてしまった。

希望だけ持たせて、それを裏切る。

そのことに申し訳無さと同時に悔しさが募る。

『自分の言葉に責任を持て』か…

 

俺には難しい目標だったのかな…

何故か、これから自分の身に振りかかるであろう事には、恐怖を感じなかった。

 

「ごめんな」

 

聞こえるはずが無いが、屋上にいるであろう2人に向けて謝罪の言葉を送った。

すでに視界はゾンビで埋まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達が屋上に逃げ込んだ時には、既に3人の生存者が居た。

園芸部の若狭さんに陸上部の恵飛須沢さん、そして陸上部のOBの小林くん。

 

私達が来るほんの数分前に、恵飛須沢さんたちも逃げてきたようだ。

 

小林くんは怪我をしているらしく、救急車を呼びたいのだが電話が全く通じない。

とりあえずの応急処置という事で、止血のために紐で腕を縛っておいた。

先程までは何とか受け答えができていたが、それも限界なのか今は一言も発していない。

 

「あーくん、大丈夫かなぁ…」

「風間くんなら大丈夫よ。『先にいけ』って言ってたでしょう?きっと、後から来るわ」

「そういえば、昔あーくんが『自分の言葉に責任を持て』って言ってた!じゃあ来なきゃあーくん悪い子だ」

「ふふ、そうね」

 

口ではそう言っていたが、内心は不安でいっぱいだった。

グラウンドから上がってきた恵飛須沢さんの話では、下の方は既にゾンビでいっぱいだったらしい。

なんでも、周りの皆が突然あんな風になったらしい。

一体どうして?

考えていくと一つだけ心当たりがあったが…

それを確認するためには職員室に向かう必要がある。

しかし、今向かうのは無謀すぎる。

 

そんなことよりも風間くんだ。

 

風間くんが何処へ向かったのか分からないが、もし自教室だったとしても、3年の教室は2階にある。

3階よりも危険なことに変わりはない。

 

やっぱり、あそこで止めておくべきだったのだろうか。

そもそも、私が前に居たゾンビに気付けなかったから、風間くんだけ取り残される形になってしまった。

 

これじゃあ教師失格ね…

 

「めぐねえ、どうしたの?お腹痛いの?」

 

俯いた私の顔を覗き込むように丈槍さんが見上げてきた。

心なしか、瞳が不安に揺れている。

 

…ダメね、私がこんな事じゃ。

教師なんだから、皆の前ではしっかりしていないと。

 

「ううん、なんでも…」

 

ない、と続けようとしたところ、辺りに爆音が響いた。

屋上の向こうからは黒煙がいくつも上がっていた。

それは、夕焼けの赤と混じって、とても不吉な色をしていた。

 

下を見れば、そこには阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

ゾンビになったものが、逃げ惑う生徒達を襲う。

少し横をみれば、ゾンビたちが屈んで何かを貪っている。

 

「なんで…?なんでこんなことに…?」

 

丈槍さんのその言葉は、その場に居たすべての人物の声を代弁していただろう。

昨日まで平和だったこの街で、何が起きているの?

 

 

茫然自失としている中、ドアを強く叩く音が屋上に響いた。

もしかして、風間くんが戻ってきたの!?

 

「あーくん!?」

 

丈槍さんも同じ事を考えたようで、不安げだった顔を笑顔に変えてドアへと向かっていく。

 

しかし、その笑顔を迎えたのは、小窓を破って生える無数の黒い腕だった。

 

「…え?」

 

「くそっ、ここまで来やがった!」

 

まさか、ここまで上がってきたの!?

…っ、迷っている暇はない、直ぐにドアを塞がないと!

 

何かないか…辺りを見回すと、ドアの横の園芸部のロッカーが目に入った。

これならドアをちょうど塞げそうだ。

 

こんな時男手があれば良いのだが、無いものねだりをしても仕方がない。

やっとの思いでロッカーをドアの前まで運ぶことが出来た。

しかし、ゾンビたちの数が多いせいか押し返されてしまう。

このままじゃ…

 

しかし、押し返す力はすぐに弱くなった。

いや、こちらから押す力が増えたのだ。

 

「若狭さん!」

 

見れば、横には顔を赤くしてロッカーを押す彼女の姿があった。

園芸部とはいえ、ここまでの力仕事は慣れていないのだろう。

でも、女性とはいえ、2人でならそれなりの力を込めることが出来る。

 

なんとかロッカーを押し返すことが出来た。

しかし、これではいつか押し破られてしまうかもしれない…

もっと重いもので塞ぐ必要がありそうだ…

 

「丈槍さん、そこの洗濯機を押してきてくれる!?」

 

ロッカーを必死に抑えながら指示を出す。

彼女には厳しいかも知れないが、動けるのは彼女しか居ない。

 

しかし、その考えを裏切るように、沈黙していた小林くんが立ち上がった。

もしかして手伝ってくれるのだろうか…

 

いや、どこか様子がおかしい。

足取りはふらついており、腕も力なく下がっている。

だが、確実に目線は生存者の…恵飛須沢さんの方へと向いていた。

 

「恵飛須沢さん!」

 

どうやら小林くんは既に感染していたらしい。

呆然とする恵飛須沢さんを突き飛ばし、捕食せんと口を開いて向かっていく。

 

世界がゆっくりと進んでいるような感覚に陥った。

このままでは確実に間に合わない。

目の前で生徒が…死んでしまう…

 

思わず目をつぶってしまった。

目を開ければ、最悪の光景が待っているのではないかと思い、目を開くのが怖かった。

 

少しずつ開いた視界に飛び込んできたのは、予想とは真逆の光景だった。

 

恵飛須沢さんが握ったシャベルが、小林くんの首に突き刺さっていた。

 

 

ゆっくりと小林くんは倒れていった。

だが、恵飛須沢さんへと向かう意志は残っているようで、起き上がろうともがいている。

 

それを、恵飛須沢さんはとても冷たい目で見つめていた。

まるで、すべての感情を消し去って、相手を殺すことだけを考えているような瞳。

 

恵飛須沢さんは己に取り憑いた何かを振り払うように、何度もシャベルの先端を振り下ろした。

相手が何も言わない身体になったことなど気にせずに。

 

このままではいつか彼女が壊れてしまう、そんな錯覚に陥った。

しかし、その考えに反するかのように身体は動いてくれない。

 

止めてあげたいのに止めることが出来ない。

そんな自分が悔しかった。

 

屋上に響く、金属を打ち付ける音は一人の少女の泣き声で終わりを迎えた。

 

「ううぅぅ…ううう…」

 

丈槍が恵飛須沢さんを抱きしめて止めていた。

そこでようやく恵飛須沢さんは正気に戻ったようだ。

目の前の血だまりに沈んだ先輩の骸を見て、後悔や悲しみ、怒りの念が押し寄せてきたようだ。

 

丈槍さんを抱きしめながら、心の何かが決壊したように彼女も泣いた。

 

「馬鹿だな…何でお前が泣くんだよ…」

「うぐううぅ…ひっぐ…」

 

泣きながらも、少しずつ優しい表情を浮かべて丈槍さんを撫でる。

その様子は、自分を止めてくれた礼をしているようだった

 

「先生…このままじゃ私達…これからどうしたら…」

 

ロッカーを抑えて苦悶の表情を浮かべながら若狭さんが尋ねてきた。

その表情には、ありありと不安の色を見ることが出来た。

 

そんな若狭さんを、丈槍さんを、恵飛須沢さんを見て、私は1つの決意を固めた。

 

 

残された生徒は、私が守ろう。

それが、教師としての私の仕事だ。

 

そのためなら、この身がどうなっても構わない。

 

「大丈夫よ…私が貴女達を守るわ」

 

さっき別れてしまったあの生徒も、私が守ってみせる。

 

さぁ、これで後には引けない。

自分の言葉に責任を持たなくてはならないのだから。

 

 

 

 


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