貴女の笑顔のために   作:さぶだっしゅ

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ぱそこんこわれた


しんにゅうぶいん

 

最期に目を閉じたのは何時だったか。

ああ、そうだ。

 

誰かも分からないけれど、あのショッピングモールに誰かが来ていて…

それを追いかけようとして…

どうなったんだっけ?

 

確か ”アイツら”囲まれて、誰かがこっちに走って来たのは覚えているけど。

目を開けたら天国だった、となっている方が幸せかも知れない。

もしかしたら圭も居るのかも。

 

期待しながら目を開けてみると、最初に映ったのはどこかで見たことのある天井だった。

ああ、これは学校の教室の天井だ。

少し目を横に移せば、そこには横倒しになった机や割れている窓ガラスがあった。

天国とはこんなにも荒れているところだったのか。

 

…現実逃避はやめよう。

どうやら私は助かったようだ。

それが幸福なのか不幸なのか分からないけれど。

 

とにかく現状を確認するためにも起きなければいけないだろう。

派手にピアノから落ちたから体が痛むかと思ったけれど、意外にも体に痛みは残っていなかった。

 

「おぉ、目が覚めたか」

 

体を起こせば、見計らったかの様なタイミングで声を掛けられた。

声のする方へと顔を向ければ、そこには1人の少年がいた。

制服を着ているから同じ高校の生徒なんだろうけれど、雰囲気がどこかおかしい。

バールを持っていたり、そのバールの一部がどす黒く変色していたりと指摘したい点はいくつかあるが、最も異様に感じたのはその顔だ。

決して大きなキズや火傷のようなものがあるわけでもないし、好みじゃないとかそんな主観的な理由でもない。

浮かべている表情が異常なのだ。

目はこちらを品定めするように、どこか警戒するように細められている。

明らかに友好的なものでは無い。

しかし口元には、目とは真逆に微笑みが浮かんでいた。

 

まるで顔の上下で違う人物なのではないか、と思ってしまうような表情だった。

 

「あなたは…」

「すまないが、自己紹介の前に確かめなきゃいけないことがあるんだ」

 

こちらを威嚇するように目の前の少年はバールを持ち直した。

何か不審な動きを取れば攻撃してくるということだろうか。

体に緊張していくのが分かる。

このまま襲われれば大した抵抗もできずに殴り倒されてしまうだろう。

最悪の事態を考えると、自然と四肢に力が入ってしまった。

 

「体に違和感とかあるか? 」

「…え?」

「だから、調子悪いなーとかだるいなーとか無いか?」

「え、えっと…」

 

襲われると思って構えていたら体調を心配されてしまった。

肩透かしを喰らった気分だが、目の前の彼の顔は真剣そのものだ。

何故ここまで真剣に聞いてくるのか… と少し考えてみれば、その理由は直ぐに思い当たった。

私が ”アイツら”のようにならないか確認しているんだ。

よく考えれば、私達はその確認を怠ったせいであんな自体になったんだ。

彼のこの質問は生き残るために必要なものだったのだ。

この質問を真っ先にしてくるということは、本気で生きている人物だということだ。

とりあえずは信用できる人物だろう。

 

「特に体に異常は無いから安心してください。おそらく ”アイツら”にはならないです」

「そうか… 急に空腹感が湧くとかはないか?」

「それもないです」

「なら大丈夫かな。頭の傷とかは大丈夫か?」

「はい、痛みもあまりないので」

 

そういうとこちらを見ていた目が柔らかなものになった。

口元は相変わらず微笑んだままだったが。

…全く口元の表情が変わらないというのはどうなんだろうか?

落ち着いたら詳しく聞いてみようか。

 

「疑うような真似して悪かったな。俺は風間明だ。できれば名前で呼んでくれ」

「直樹美紀です。風間さんは3年生の方ですか?」

「ああ。お前は2年か?」

「そうです。では明先輩と」

「オーケーだ。美紀でいいか?」

「はい、よろしくおねがい…」

「あーくん、その子起きたー!?」

 

外から走ってきてそのままの勢いで入ってきたのだろう、引き戸を壊すような勢いで一人の少女が部屋に入ってきた。

どうすれば良いのか分からず明先輩の顔を見るが、先輩も呆れたような顔でその少女を見ていた。

 

「あっ、あーくん!その子起きたんだね!」

「由紀、少しは静かに入ってこいよ」

「ごみん、つい嬉しくって」

「はぁ… すまんな美紀、騒々しくって」

「い、いえ…」

 

彼女も私と同じ制服を着ているということはこの学校の生徒らしい。

1年生だろうか?

 

「ほら、美紀が困ってんじゃねえか。まずは自己紹介からな」

「そうだね!私は丈槍由紀、3年だよ!」

「えっ…先輩なんですか?」

 

思わず横にいる明先輩に尋ねるが、そうだと言わんばかりにうなずかれてしまった。

よくよく見てみると制服のリボンの色も上級生のものだ。

信じがたいが目の前の少女は3年生の先輩なのだろう。

 

「…大変失礼しました。 2-Bの直樹美紀といいます」

「美紀… みき… うーん…」

「とりあえず他の奴らに連絡してこないとな。由紀、お前は…」

「あっ、じゃあわたしが呼んでくるよ! あーくんは後からみーくんを連れて来てくれる?」

「…みーくん?」

「じゃあまたあとでねー!」

「おう」

 

由紀先輩は言いたいことだけ言って嵐のように去ってしまった。

このような事はよくあるのか、明先輩は呆れたように溜め息を付いていた。

 

「なあ、美紀」

「何でしょうか」

「俺もみーくんって呼んだほうがいいか?」

「…やめてください」

 

 

 

 

「そういえば聞き忘れてましたけど、ここはどこなんですか?」

「ん?ああ、ここは学園生活部の部室さ」

「がくえんせいかつ部?」

 

そんな部活があっただろうか。

以前見た部活動一覧にそんな名前は無かったと思うが。

 

「詳しい経緯は省くけど… まぁ、この学園の中で面白おかしく生活しようって部活さ。ちなみに部員募集中だ」

「えっと… どのくらいの規模なんでしょうか」

「部員4人に顧問が1人だ。今じゃ、この学校で最大の部活だぜ?」

 

冗談めかしてそういう先輩だったが、目は全く笑っていない。

やはり、生き残った人たちは私達のようにコミュニティを形成して暮らしていたんだ。

ふと、あのデパートで生活していた面々を思い出した。

…圭はどうしているんだろうか。

 

思わず俯いてしまった私を見て、先輩はバツが悪そうに目を逸らした。

お互いに何を言えばいいのか分からずに重たい空気が流れたが、そんな空気を変えるようにおもむろに先輩が立ち上がった。

 

「…さて、じゃあ他の奴らのとこまで行こうか」

「はい…」

「由紀も他の奴らもいるだろうし。あんま待たせるのも悪いしな」

 

…ここでは私はうまくやっていけるのだろうか。

まだ見ぬ他の生き残りの姿を想像しながら先輩の後に続いて部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「由紀ちゃん、あの子はまだかしら?」

「うーん、そろそろだと思うんだけどなぁ」

 

由紀ちゃんがあの女の子が目を覚ましたと駆け込んできてから数分経ったが、まだこの部屋に来ていない。

確か、直樹美紀さんといったか。

本当はこちらから部室に行こうと思ったのだが、由紀ちゃんが 「あーくんが連れてくるよ!」と言っていたのでここで待ったほうが良いだろうと判断した。

 

ここから部室までそんなにかからないのに、まだ来ていないので少し不安になる。

考えたくは無いが、まさか…

 

「ねえ、やっぱり私達が行ったほうがいいんじゃ…」

「早くしないと授業始まっちゃうよー?」

「そうねぇ…」

「すまん、遅くなった」

「失礼します…」

「おっせーぞ。何やってたんだ?」

「ちょっと話し合ってたんだ」

 

…杞憂でよかった。

どうやら感染していた、とか最悪の事態ってわけではないみたい。

 

「じゃあ、みーくんも来たことだし、私は授業に行くねー」

「あとはよろしくね」

「はいはい、ちゃんと勉強してこいよ」

「いってらっしゃい」

 

今日はなんの授業なのかしら。

たまには一緒に受けてみるのも面白いのかもしれないわね。

 

「さて、じゃあ改めて…直樹美紀さんでよかったかしら?」

「あ、はい…」

「生徒手帳を見せてもらったの。ごめんなさいね、許可もなしに…」

「いえ、当然のことだと思うので。気にしてないですよ」

「ありがとう。それで、いくつか聞きたいことがあるのだけれど…」

「まぁ待てよ悠里。美樹にも聞きたいことがあるだろうし、そっちを優先させてやろう」

「そ、そうね。ごめんなさい、先走ってしまって」

 

まだ助かったばかりなのだもの、聞きたいことが多いのは向こうよね。

なのに私ったら…

ここはアキくんに任せたほうがいいかしら。

 

「とりあえず名前は把握しとかないとな。ほら、自己紹介は友達作りの基本だろ?」

「それもそうだな。あたしは恵飛須沢胡桃だ。くるみでいいからな」

「若狭悠里よ。呼び方はすきにしていいから」

「んで、さっき由紀と出て行ったのが佐倉慈。通称めぐねえな」

「もう、まためぐねえに怒られるわよ?」

「りーさんもめぐねえ呼びじゃんかよ」

「あの…」

 

いけない、また内輪で話して脱線しちゃった。

まずは美紀さんの質問から聞かないとね。

 

「あの、他に生き残りの人が居るんですか?」

「居ないけど…なんでだ?」

「いや、さっきゆき先輩が授業って…」

 

ああ、なるほど。

そのことも説明しておかないとね。

…この子は認めてくれるのかしら。

 

「それより、まずここの設備から言っとくか。とりあえず電気は使えるからな。無駄遣いは出来ないけど」

「お湯も使えるからシャワーも浴びれるぞ」

「そ、そうなんですか!?」

「あぁ、今は曇りだから電気足りてないけど…」

「そうですか…」

 

目に見えて落胆してしまった。

女の子だし仕方ないわよね。

あのショッピングモールだと、せいぜい体を拭くぐらいしか出来なそうだし。

 

「でも、明日になれば浴びれるから。もう少し待ってね」

「はい… 待つのには慣れてますから」

「ごめんな。それで安全なのは3階と屋上だ。下の階はまだ確実とは言えない」

「少しずつは広くしているんだけどね…」

 

いったい玄関まで降りることが出来るようになるのは何日後なんだろうか。

きっとまだまだ先の事なんでしょうね…

 

「まぁ何があるかは目で見たほうが早いだろう。今から見に行くか?」

「いえ… それより、ゆき先輩の事を聞きたいんですが」

「ああ、そうだな… どこから話したもんかな」

 

私たちはありのままのことを話した。

事故が起きた時屋上にいたこと、塞ぎこんでしまった由紀ちゃんのために部活を作ったこと、その結果由紀ちゃんが幼児退行の様な状態になってしまっていること。

そして、それに合わせてあげてほしいことも話した。

それを聞いた美紀さんの顔は、決して快いといえるものではなかった。

「それって…」

「言いたいことは分かる。だが、今はどうしようも無いんだ。分かってくれ」

「…はい」

 

どうやら理解は出来たけど納得は出来ないって顔ね。

でも、その気持も分からないわけじゃない。

それでも私たちには由紀ちゃんが、あの明るさが必要なの。

 

ごめんなさい

 


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