アイドルマスターシンデレラガールズ 〜錬鉄のアイドル〜   作:YT-3

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6th STEP : Lesson2≪D@nce≫

「ダメだな。全然ダメだ」

 

取りつく島もない、とはこのことか。

私の目の前にはダンス担当だというベテランのトレーナー。さっきのボーカル担当のトレーナーとよく似た——おそらく姉妹なのだろう——顔を、隠す気もなく顰めて視線を向けてくる。

 

「体力はダントツ、運動神経も悪くない。いや、むしろ良いと言えるだろう。新田のように立っているだけでも見所はあるが、初回から私のレッスンを息一つ乱さずこなしたやつは初めてだ」

 

言葉の上では褒めているようにも聞こえるのか、死屍累々と床に座りこんでいる仲間(メンバー)が不思議な視線をトレーナーに向けた。目を向けただけで声をかけないのは、そんな体力も残ってないからだろう。

 

「だが……鍛えすぎだな」

「ふむ、なるほど」

『?』

 

私はトレーナーが言いたいことをなんとなく理解できたが、他の人間はそうではなかったらしい。理解できた様子なのは、意外にも双葉だけだった。

 

「鍛えすぎ、ですか?」

 

壁際に立って見守っていたプロデューサーが、皆を代表して質問する。トレーナーは視線を返し、少し考えてから説明し直した。

 

「……そうだな。簡単に言えば、衛宮の動きは()()()慣れすぎている。動きに無駄がないのは基本的には良いことだが、あれでは無さすぎて"ダンス"ではなく"演舞"だ」

「なるほど、そういうことですか」

「しかも無意識的にそうなるんだから、こいつを鍛え直すのは大変だぞ。とにかく時間をかけて、染み付いた(クセ)を抜くしかないな」

 

む……それは、難しいだろうな。

(エミヤシロウ)()は、真なる心眼まで達した反復経験そのものだ。しかも、英霊とは()()()()()()()()()()()()()。半ば受肉しているとはいえ、経験則から来るスキルを抜ききるのは不可能だ。癖を抜くのではなく、新たな癖をつける方がまだ可能性がある。

 

「では、衛宮さんはしばらく体力トレーニングを減らし、その分をダンスレッスンに当てたいのですが」

「ああ。他のグループの面倒も見なくちゃならないから、空いてる時間なら」

「衛宮さんも、よろしいでしょうか」

「…………ああ、よろしくお願いする」

 

しかし、そんなことを言い出せる雰囲気でもない。

そもそも英霊という神秘について解説したところで無意味だ。証明する手立てもない、妄言まがいの言葉として扱われるだろう。

こうなっては仕方がない。削除(デリート)はできないが、意識さえしていれば無効化(オフ)なら出来るだろう。それで多少マシになるはずだ。

 

「って、待つにゃ!みくたちには体力トレーニングがあるの!?」

「ん? 当たり前だろう、ライブで何時間も歌って踊るには相当な体力が必要なんだぞ。最終的に衛宮レベルまで——とは言わないが、最低でもこの倍は楽にこなせるまで鍛えるから、そのつもりで」

「ば、倍……?」

「に、にゃぁぁあぁ!?」

「うぇー、杏の楽して印税生活計画が〜」

 

阿鼻叫喚とはこのことか。いや、戦慄してるのは一部だけで、大半はそうでもないみたいだが。

 

「さて、休憩時間は終わりだ! ほら立て、もうワンセット行くぞ!」

「む、むりぃぃ〜〜!?」

 

インドア派らしい神崎が口調を取り繕うことすら忘れ悲鳴をあげるが、そんなことはトレーナーにはお構いなし。

最終的に、日常からラクロス部で鍛えている新田がへたり込むまでレッスンが繰り返され、その日はお開きとなった。

翌日、(私を除く)全員が筋肉痛になったのは言うまでもない。

 

 

* * *

 

【NO MAKE】

 

「——では、アナスタシアさんはそのように」

「次は……衛宮か。こいつもなぁ……」

 

場所はシンデレラプロジェクトのプロジェクトルーム隣。プロデューサーに与えられた応接室兼用の個室。夕暮れを通り過ぎ、藍色に空が染まっても、その部屋には四人の人影があった。

部屋の主人のプロデューサー、事務員であるちひろ。それに加えて、今日のレッスンを担当したトレーナーとベテラントレーナーが一堂に集まっている。

そんな彼ら彼女らがここに集う目的は、実際にレッスンや休憩時間などの様子を見た上で、今後プロジェクトメンバーをどのような方針で育てていくのかを検討する為だった。

 

「衛宮さんがどうかしたの?」

「んー、まあ後でな。とりあえずボーカルの方から見てどうだった?」

「上手って程でもないけど、下手ではないかな。……あ」

「どうした?」

 

凛々しい顔をしたベテラントレーナー、青木(せい)が、よく似た顔立ちのトレーナー、青木(めい)に問いかける。

 

「えっと、衛宮さんは歌が上手いってほどでもないんだけど、ローレライを歌ってた時だけは思わず引き込まれちゃった」

「それは、上手いんじゃないのか?」

「ううん。なんて言うのかな、衛宮さんの雰囲気とぴったり嵌ったというか……」

「ああ、なるほど。衛宮の見た目ならローレライは噛み合うか……見た目だけなら」

 

はぁ、と聖は溜息を零した。

あれほど外見と中身のギャップがあるアイドルは、そうそういないだろう。見た目は雪の精のような儚げな美少女なのに、中身はまるで社会の真実を見続けた青年のように感じられた。

 

「そっちはどうだったの?」

 

妹に問われ、聖は軽く頭を振って思考を追い出す。次に、今日のレッスン中などの様子を思い返しながら、自分の見立てを述べる。

 

「……ダンス担当としてだが、あれでは難しいだろうな。矯正出来たとしても、グループ曲で浮かない程度になるだろう」

 

聖の目は節穴ではない。美城プロのアイドル部門は設立して僅かだが、それでもアイドル達のダンスレッスンを一手に引き受けてきた彼女の目は、イリヤの動きが膨大な経験から来るものであることを既に見抜いていた。

 

「ああいう手合いは、新しいことを覚えるのにとにかく時間がかかる。しかも才能も凡才の域を出ないとなると、ダンスを武器にやっていくためには、10年か、20年か……」

「それはさすがに長いですね」

 

ことり、と入れ替えに行っていたお茶を置いたちひろが、相打ちを打つ。聖は視線で軽く礼を告げてから、湯呑みを口につけた。

 

「ふぅ……。というわけでプロデューサー、衛宮は歌やダンスを取り柄とするのは少々無理がありそうだ。何か特技とかはないのか?」

「特技と言えるものは、家事全般とアーチェリーだそうです」

 

プロフィール用紙を見ながらプロデューサーが返答し、「寮で家事禁止になって、朝は心ここに在らずだったんですよ」とちひろが補足した。

それを聞いたトレーナー二人は困惑気味に苦笑いを浮かべたが、すぐに表情を戻して話を続ける。

 

「料理の腕前についてはちひろさんから聞いてるし、その話を聞く限り家事能力に自信があるのは分かるが……アーチェリーはどのぐらいなんだ?」

「衛宮さんの話では、『私がオリンピックに出れば、他の選手の順位が一つ下がるだろう』だそうです」

 

今まで真面目な表情をしていた聖だったが、流石にこればかりは顔を顰める。世界一とは大言壮語も過ぎると、()()()したからだ。

 

「ふん、大した自信家だ。その傲慢さは真っ先に矯正するべきかもしれん」

「いえ、それが……」

 

だが、プロデューサーだけはそれが真実であるかもしれないと分かっていた。

 

「衛宮さんの通っていた高校の弓道場で見せてもらいましたが……1()0()()()()()()()()()()()()()()()()

「……何?」

 

プロデューサーとして、アイドルの特技の確認は職務の一環である。

イリヤをスカウトしたその日。今見ているプロフィール用紙を見たプロデューサーが学校と掛け合い、弓道場を借りて腕前を確認しようとし——彼はその絶技を見てしまった。

 

「その弓道部に所属する友人の方も、『衛宮が表彰台の一番上にいても何も思わないね。むしろそこ以外にいた方が病気か何かを疑うよ』と仰っていました」

「……実力の伴わない虚言じゃなく、事実としてそれだけの実力があるということか」

「はい」

「それは……使()()()()()

 

諦めるように呟いた聖の言葉に、三人は首を縦に振る。

確かに一見すると強力な特技だが、()()()()()。もし仮に日本代表となれば日程調整などが大変になるし、何よりも……

 

「はい。それでは、衛宮さん()()が目立ってしまいます」

「他のプロジェクトメンバーの方々が、衛宮さんの添え物になってしまうことになる……ですか」

「それは歓迎するべき状況ではないな。シンデレラプロジェクトのコンセプトは、全員に魔法をかけてトップアイドルにさせること。お姫様とその従者ではないんだから」

 

イリヤはドイツ貴族の直系の一人娘であり、本当にお姫様と言ってもいい立場だったりするのだが、それをツッコむ者は誰もいなかった。

 

「となると、料理を主軸にしていく感じですか? お父さんの話だと、そっちもかなりの腕前みたいですけど」

「と言っても、店でも開かない限りは料理は趣味の延長線上だ。他のメンバーを食うほど目立つとは思えない」

「運動神経を生かしてアクション女優は……あの見た目だと役が来ないかもしれませんね」

 

必要な情報は出たので、今度はそれをもとに考えを述べていく。とはいえイリヤの適性が偏りすぎているからか、前までとは違いおおよその方針はすぐに固まった。

 

「では、衛宮さんは料理を前面に出してPRするということでよろしいでしょうか」

「いちおう、俳優部門の方と連携しておいたほうがいいかもしれませんね。明日お邪魔しに行ってきます」

「私も行きます」

 

サラサラとプロデューサーが手元の手帳にメモや予定を書き、それが終わるのを待ってから聖が今まで以上に真剣な声で切り出した。

 

「方針はそれでいいとしよう。だが、最後に一つ、質問がある」

「はい」

 

その声に、その目に。プロデューサーは当然のこと、明も、ちひろも、姿勢を正した。

何を言われるか、何を言いたいのかは、全員の考えが一致している。誰に言われずとも、それを理解していた。

そして、それを示すように、聖が決定的な言葉を放つ。

 

 

 

「一体いつから、()()()()()()()()()()

 




今日の蘭子語辞典はお休みです。

基本的にこの作品はエミヤinイリヤの視点で進めて行きますが、たまに視点外になるときはこうしてNO MAKEとして第三者視点で書きます。

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