アイドルマスターシンデレラガールズ 〜錬鉄のアイドル〜 作:YT-3
そこは、紛うことなき戦場だった。
そこかしこが鉄色と血の紅に染められた場所で、異色とも言える木の質感。腹に穴を空けられてなお生を諦めないそいつをそこに押し付け、命の輝きが薄れ始めた瞳と一瞬だけ目が合った。
「——すまんな」
かけたのは僅かな
瞬間。これ以上は一挙手一投足ですら無駄にできないと、思うより先に身体が動いた。培った経験と己が勘を信じ、睨み付けた獲物へと腕を振るう。
垂直に落ちる鈍色の刃が胴から頭を落とさんと迫り、
「————ッ!」
休む間などないとばかりに、そこにあったのは白銀の筋。
一つでも見落せば待っているのは激痛と出血。鷹のような瞳を必死に凝らし、致命的なものを一つ一つ取り除いてゆく。
早く。
速く。
疾く。
流星とばかりに突き出される鋭い穂先は、しかしただの一つも肉を傷つけることはなく。僅かばかりの血も流さず、返し際に白銀の糸を摘み取るのみ。
時間にして、僅か数秒。数十と煌めいた刺突が唐突に止んだ。
一呼吸の間もなく、タイミングを計っていた右手が動き銀閃が舞う。それは確かに肉を捉え、筋を断つかすかな感覚が握る手に伝わった。
「ハ、アァッ————!!」
何百何千と経験した
一太刀浴びせれば、次の瞬間には二太刀目が斬り込まれている。二太刀目が身を抜ければ三太刀目を。
切る。
斬る。
キル。
生気を失い、濁ってゆく目が視界に入る。
幾たび、幾度となく命を奪ってきた自分の身体が、また一つ新たな命を奪ったのだ。
それを理解しつつも、しかし腕は止まることなく身体を解体してゆく。
やがて、イリヤは刃を動かす手を止めた。
目の前には切り裂かれ、肉を晒した骸。自ら命を奪ったその体に、まるで弔うような優しさを持って右手を向け——
「お待ちどうさま。マサバの活き刺身、出来上がったぞ」
「お魚はイヤにゃああぁぁぁっっっ!!」
プロジェクトルームに、必死の絶叫が響き渡った。
* * *
「お魚お魚、またお魚!なんでお魚ばっかりなの!」
若干涙目、というかほぼ半泣きになりながら前川がこっちに詰め寄ってくる。エプロンを外し、白けた顔でそれを見る私へと。
だが、こちらにも言い分はある。
「希望を聞いた時に言わなかったのは前川だろう」
「うっ!」
銃弾でも受けたかのように胸を抑え
いざ買い物に行くとなり、私は皆にアレルギーや苦手なものの確認をとった。その際に前川は魚が苦手とは言わなかったのだ。
ちなみに、他の面々はと言うと。
「わーっ!これもスッゴイおいしそうっ!」
「キラキラしててキレー♪写メ写メ写メ、っと☆」
「じゃあ一切れ、頂きます……んー、美味しい!」
「えっと……い、頂きます……」
「ワタシは、日本に来て魚を生で食べるのびっくりしました」
「そうね。あまり外国だとない風習って聞くけど……あっ、アーニャさん。醤油じゃなくてお塩でも美味しいわよ」
「岩塩……あっ、ロ、ロックだな!うん!」
「古き紳士の国の言霊より、素直に導けし道理であるな」
「んー、うまうま。自分で働かずに食べるご飯は最高だねー、一生こうでいいや」
「もー☆そんなこと言わないで杏ちゃんもきらりたちと一緒に頑張るにー☆」
「プロデューサーも、食べてますか? 若い女の子に気後れするのも分かりますけど、懇親会なんだから遠慮はしなくていいんですよ?」
「大丈夫です」
と、概ね好評のようだ、前川以外は。せめて魚が苦手だと正直に言ってくれたら別のものを買って来てたんだがなぁ。
そんなことを考えながら前川を見ていると、プルプル震えながら起き上がりビシッと今持って来た刺身を指差した。
「た、確かに魚を食べたいって言ってたみりあちゃん達の前でカッコつけちゃったみくも悪いけど……だからお魚ばかりなのは諦める。でもサバはないよ!」
ワナワナと、指先が震えている前川。その顔を見て、私も気を引き締める。
その口調が猫口調でないこともそうだが、何よりその目が真剣なものだった。サバを名指ししたことも含め、魚嫌いにも何かしらの理由があると言うことか。
「ふむ、なんでだ?」
「だってサバには……えっと、ア、ア、アポクリファっていう寄生虫がいて」
「アニサキスだぞ」
だからこそ、このタイミングで放り込まれた天然ボケに気概が削がれた。アポクリファってなんだ、15騎で大戦でも行うのか……プロデューサーがアーチャーをやってそうだな。
「そ、そうアニサキスにゃ!それ食べるとお腹の中が血だらけに……!」
「とったぞ」
「だからサバはダ……にゃ?」
「だから、アニサキスなら確かにいたが、全て取り除いてるから大丈夫だ。なんなら見るか?」
正直、アレは見た目がな……あまり食事時に見せるものではないんだが、不安なら仕方ない。
そも、アニサキスは天然の白身魚やイカを捌いたことのある人間ならほぼ間違いなく見たことのあるほどメジャーな寄生虫だ。当然、対処法は知れ渡っているし、素人が自分で釣って捌いたりしない限り滅多なことで当たることはないんだが。ちなみに私は元プロである。
「だ、大丈夫にゃ!ちゃんと取ってあるなら安心だね!」
「そうか。なら一切れでも食べるといい。少し旬は逃しているが、この時期のマサバは美味いぞ」
「う、うん……大丈夫だよね?」
「ああ」
不安げな目で見上げてくる前川に、力強く頷き返す。それで少し勇気が出たのか「一切れ、一切れだけ……」と近づき、そこで箸を伸ばしていた城ヶ崎たちに笑顔でむかえられた。
「さーさー、みくちゃんも一口!」
「そーだよ!こんなに美味しいのに食べないのは勿体ないって♪」
「にゃ!?や、やめるにゃ!みくはちゃんと確認してから……」
「そんなことしてたらなくなっちゃうよー?そーれ、あーん☆」
「「あーん!」」
「は、離すにゃああぁぁぁぁぁ!?」
城ヶ崎と赤城が羽交い締めにし、諸星がゆっくりと口へ運ぶ。バタバタと手足を動かし嫌がっているように見えるが、まあ本気で抵抗したなら二人がかりとはいえ小学生を振りほどけないわけもなし。口調も戻っていることだし大丈夫だろう。
視線を巡らす。
楽しげに会話をする三村と緒方。
アナスタシアの日本談に相槌を打つ新田。
一人岩塩のミルを持ってウンウン頷く多田と、それを横目で見つつもなかなか話しかけられない神崎。
テキトーに摘んでいるように見えながら、その実一番いい物を選んでいる双葉。
一歩離れたところでその光景を見るプロデューサーと千川……だと分かりづらいな。ちひろさんでいいか。
ここにまだ見ぬ三人が加わり、戦いが始まるのだ。
血は流れない。誰かを殺す為でも、不幸にする為でもない。
ただただ、顔も知らぬ誰かを
「さて……このままだと私も食いっぱぐれるな」
シリアスは、今は置いておこう。皆が笑顔で、私も笑顔になれるのなら。それは幸せなんだから。
割り箸を手に、自分で捌いたサバのへと向かう。
殺したことを、後悔はしていない。他者の命を奪い、その命を受け取る。それが人の在り方で、命の在り方だ。
——だが、命を奪ったことを忘れていいわけがない。たとえ、それが当たり前であっても。それが生きる為であっても。
数え切れないほどの命を断ち、その手を血に染めた記憶がある私だからこそ——今は、心からこの言葉を言うのだ。
「——頂きます」
今日の蘭子語辞典
「古き紳士の国の言霊より、素直に導けし道理であるな」
→「英語で言っただけじゃ……」
* * *
えー、どうもすみませんでした(土下寝)
プロット作成して、執筆して……とかやってたらこんなに掛かってました。やっぱり思いつきで始めるとダメですね(汗)
一応10話ぐらい書き溜めしてるんで、これからは適度に更新できるはずです。次は一週間後を予定してます。
更新止まってたのに時期ネタは拾うスタイル()
【追記】
半日ほど遅れます。詳細は活動報告で。