アイドルマスターシンデレラガールズ 〜錬鉄のアイドル〜   作:YT-3

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おかしい。息抜きで書いていた思い付きが先に書き上がるとは……。


Se@son 01
1st STEP : It's St@rt!


自分が不幸な人間だという自覚はある。

原初に刻まれた記憶も、あのわずかな間の戦争も。恨みなどは微塵も持ってはいないが、一般的に見たら不幸なことなんだとは思う。

それはあの戦争に呼ばれた時の幸運Eが物語っているし、真冬のテムズ川に落とされたことを始め、思い当たる節はいくらでもある。

しかし、いくらなんでもこれはないだろう。

 

「……どうしてもダメでしょうか」

 

目の前に座って右手で首筋を搔いているのは、190cmぐらいの長身の大男。

ガタイもよく、顔も無表情な強面で、部屋に入ってきた時は思わずあの魔女の夫を思い浮かべてしまった。もっとも、歩き方からは武術を極めているという感じはしなかったからすぐに警戒は解いたが。

 

「…………」

 

……いや。もう現実逃避はやめにしなくては。目の前の人物も困っているだろう。

 

「……全ては店長が勝手にやったことです。

自分がアイドルなんて、できるはずがないでしょう」

 

そう。美少女になって、ましてやアイドルなんて、これはなんという拷問だ。

 

 

* * *

 

 

未熟だが尊い主張に負け、自分殺しを諦めてしまった聖杯戦争の終わり。

器に取り込まれた先で、あの悪神もどきが「最後まで残っていたサーヴァントなんだから願いを言いやがれ」と言ってきた。

 

あんな、願いを負の方向で叶える願望器などに託す願いなどなかったのだが、「あのバカみたいに魂がでかい英雄王が取り込まれたせいで溢れかかってやがる。このままだと10年前の再現なんだが、正義の味方的にそれでいいのかなぁ〜?」などと神経を逆撫でするような口調で言ってきたせいで、無理矢理でも絞り出すしかなかった。

状況を考えて、生半可な願いではダメだった。また、どれだけ捻くれて考えられても他人に迷惑を与えないようにしなくてはいけない。

結局、「人々が営みをしている世界で、親や友人に囲まれて再び人生を送ってみたい」などということしか浮かばず。それをあいつも受理したのだ。

 

結果、私はこの世界の九州に生まれ直した……のだが。なぜか女になっていた。

いや、なぜかも何も、あの迷惑野郎のせいに決まっている。大方、あの願いの範囲内で私が困るところでもみてみたいとかいうことだろう。

ましてや、イリヤ似の美少女だ。赤い瞳にサラサラの銀髪、透き通るような肌。しかも、母親に言われて短く切ることも許されない。これだけでも軽い拷問だった。

 

しかし、慣れとは恐ろしいもので、16年も時が経つと段々とこの生活にも慣れてきてきてしまった。『魂は肉体に引かれる』らしいが、おそらくそのせいもあって今では女という自覚も芽生えてきた。……もっとも、まだ男の頃の感覚も抜けきっていないのだが。

 

高校に入り約一年。家の近くの料亭でアルバイトも始めてから同じだけの時間が経ち、この生活にも慣れてきた頃に、唐突にその話は切り出された。

 

「おう衛宮。今日は終わったら少し残ってくれや」

「いいですけど、何かあったんですか?」

 

声をかけてきたのは千川源造。この料亭のオーナー兼店長で、東京にある一流ホテルの元料理長という異色の経歴の持ち主だ。

ちなみに、私の名前は衛宮イリヤ。正式にはイリヤスフィール・フォン・衛宮。

父はNGO団体職員の衛宮切嗣、母はドイツ生まれの貴族だというアイリスフィール。なんの冗談かと思ったが、事実なのだからと受け入れてしばらく経つ。

この世界に魔術はない。いくら魔術基盤にアクセスしようとしても、独立している自分の世界以外に繋がらなかったから間違いないだろう。これは単に偶然の一致だ。もしくはあの全身刺繍男が気を利かせたか。

 

「オメェ、シンデレラ・プロジェクトって知ってるか?」

「確か、346プロダクションのアイドル募集企画でしたっけ。クラスメイトが盛り上がってましたが」

「それだ。今日それのプロデューサーがスカウトに来るそうだから、まあ会ってくれや」

「そうなんです……は?」

 

いやいや!そんな話聞いてませんよ!

 

「なんでですかっ⁉︎俺は別に書類を送ったりしてませんよ⁉︎」

「お。珍しいな。オメェが『俺』っつーのは」

「真面目に答えてください‼︎」

 

なんで俺にアイドルのスカウトなんて来るんですか⁉︎

 

「まあ、あれだ。うちの娘がそこの事務員やっててな。可愛い娘を知らねーかって言われたからオメェの写真を送ったら、向こうがえらく気に入ったらしくてな」

「はぁっ⁉︎」

 

そんな話初耳だぞ!

 

「いや、オメェに確認を取らずに話を進めた俺も俺だけどよ。向こうの話を聞いてるとそっちの方がオメェのためになるんじゃねぇかと……」

「……店長結婚してたんですかっ⁉︎」

「そっちかよ‼︎」

 

いや、だって、ザ・職人って感じで家庭的な印象がなかったんだが……。

 

「まあ、そういうわけだから、取り敢えず会うだけあってくれや。オメェが気に入んなければ断ってもいいっつってたしな」

「いや……でも……」

 

俺がアイドル?なんかの間違いだろう?

 

 

* * *

 

 

以上、回想終了。

やはり断ろう。私には向いてないことこの上ない。

 

「それに、学校のこともありますし、向こうに住むんだったら部屋のこともあります。……いや、その前にまずは親の許可を取らないと」

「それについては問題はありません。

向こうでの住まいですが、地方から選ばれる方のために寮を完備しています。自分でなさる外食以外は生活費もこちらで負担します。

また、学校と両親の許可もいただいています。こちらがその書類です」

「はぁっ⁉︎」

 

それも聞いてないぞ⁉︎

……いや、まて。珍しく(じい)(さん)が家にいると思ったらそれが原因か⁉︎

 

「…………確かに、どちらも本物のようですね。すでに外堀は埋められているというわけですか……」

「すみません」

 

言葉足らずだが、本当に申し訳なく思っている声色で頭をさげられる。

だが、反省はしていても後悔はしていないだろう。ここまで進めてから来たということは、向こうにも何かしらの信念があってスカウトしに来たのだから。

 

「……両親は、なんて?」

「お母様の方は、折角女の子の憧れになれるかもしれないんだからやってみたらいいと。

お父様の方は最初は反対していましたが、最終的には衛宮さんの意思に任せると仰ってくれました」

「そう、ですか……」

 

意思に任せる、などと言われても元男としては選択肢は一つしかないんだが。

 

「……武内さん、でしたっけ?

貴方はなんで私なんかを? こう言ってはなんですが、見た目、でしょうか」

 

特徴がない、なんて口が裂けても言えないが、それでも見た目だけならもっといい少女は探せばいるだろう。

確かに見た目はいいとは自分でも思うことはあるが、それだけで選んだのだというのだったら断らせて……。

 

「それももちろんありますが、一番は笑顔です」

「……笑顔、ですか?」

「はい。写真で拝見した笑顔が素晴らしかったというのもありますが、それだけではありません。

私は、心からの笑顔を浮かべたときが、人が幸せな瞬間だと思っています」

 

それは……。

 

「千川さんのお父様からお話は伺っています。衛宮さんも同じ考えだと仰っていました。このお店の面接の時に、多くの人を笑顔にできる人間になりたい、と仰ったそうですね」

「……はい」

「……ですが、こうも仰っていました。たまに、何かを考え込んだ様子でいると。それは、料理人では来てくれた人しか笑顔にできないからではないか、とも」

 

その通りだ。

どうしても考えてしまう。このままでいいのかと。もっと多くの人を笑顔にする方法があるのではないのかと。

 

「私はいつも、もっと多くの人を笑顔にする手伝いをしたいと考えています。ファンの方々はもちろん、アイドルも、たまたま曲を聞いていただいたりテレビを見てくださった皆様も。

衛宮さんとは、その理想を共有して頂きたいのです。

私はこの通り口下手ですから、アイドルの皆様とすれ違ってしまうかもしれません。そのために、笑顔を失わせてしまったら悔やみきれません。

衛宮さんならその間に入ってくれるかもしれないと思ったので、ここにスカウトしに来ました」

 

述べられたのは、美辞麗句で塗り固まれた口説き文句ではなく、ただ自分の考えを言っただけの、こちらへのメリットではなく自分の理由で選んだという自己中心的な考えだった。

 

「……クッ。ククク……ははははっ!」

 

……きっと、この人はこの人なりに挫折や苦労を味わったのだろう。でなければこれだけ大きな企画のプロデューサーを任されていないはずだ。

それでもなお、人を笑顔にしたいと考えている。私が、人生一つかけてやっと見つけた幸せの定義を、この人はこの人生で真面目に成し遂げようとしている。

全ての人間を、などとは言わない。それでも、関わった人たちだけでも(しあ)(わせ)にしたいと。そう大真面目に言い切ったのだ。

なんと不器用でバカ真面目な人間だ。未熟者にもほどがある。

 

「はははは……いや。久しぶりにここまで笑わせてもらったよ」

「変、でしたか?」

「ああ。変人だ。変人の私が言うのだから間違いがない。

だが……」

 

だが、あの小僧よりも好ましい。

未熟だと自覚して、一人ではできないと理解して。それでもなお、周囲の手を借りて自分なりの理想へ手を伸ばそうとしている。

それは、きっと何よりも尊いことだろう。

 

「……それで、いつからなんだ」

「……はい?」

「シンデレラ・プロジェクトとやらはいつから始まるんだと聞いたんだが」

「受けていただけるのですか?」

「そう言ったんだが」

 

あまり時間をかけると考えが変わるかもしれないぞ。

 

「っ。よろしくお願いします」

「ああ。よろしく頼むよ、プロデューサー殿」

 

 

——こうして、錬鉄の魔術師は別世界でアイドルとなった。




次の更新?いつになることやら……。

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