アイドルマスターシンデレラガールズ 〜錬鉄のアイドル〜   作:YT-3

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マニアワナカッタ……

取り敢えず。意中の女の子からチョコをもらえたリア充、爆発しろ!


Speci@l episodes
EXTRA ST@GE.01 : CHOCOL@TE D@Y


「……なんか妙に空気が浮ついているな」

 

教室に入ったエミヤが感じたのは、チラチラとこちらを伺う視線だった。主に男子から強く感じるが、一部の女子からも刺さってきているそれに、首を傾げるばかりだ。

 

「え? 衛宮さん、明日がなんの日だか知らないの?」

「明日? 日曜で学校が休み以外に何か……ああ。なるほど、バレンタインか」

 

隣の席に座る友人に教えてもらい、ようやく気がついた。今日は2月の13日、それも土曜だ。気の早い女子がチョコを配っていても不思議はない。

まあ、乙女の聖戦とはいえ、生前が男だったのでそういう事柄に対して自覚がない。むしろ、"あの二人"から貰ったせいで嫉妬に狂った学校中の男どもに追い掛け回された苦い記憶しかなかった。忘れていて当然だ。例えこの世界で16年生きてこようとも、記憶に根付いた恐怖は無意識に避けようとするものなのだから。

 

「衛宮さんは女子よりも男子といる方が多いもんね。勘違いしてる人も多いんじゃない? 間桐くんとか、あと柳洞くんとか」

「む、そうか? あまり気にしたことはなかったのだが」

 

だが、言われてみるとそうかもしれない。ある程度素が出せる男子に対しては比較的接しやすいが、女難の相を認識している身としては知らずのうちに女子を避けていたような気もする。今は女子なのにもかかわらずだ。

 

「しかし、何故女子からも視線が飛んできているんだ? 嫉妬ならまだ分かるが、羨望のだぞ?」

「あー……。その、怒らないでね?」

「む? どうして怒る必要があるんだ?」

「その、女の子にこう言ったらダメかもしれないけど、衛宮さんがカッコいいからだと思う。

顔は可愛い系なんだけど、そこらの男子なんか比較にならないくらい雰囲気とか行動が男らしい感じ? 女の子からしてもある意味憧れなんだよね〜。中には()()の子もいるみたいだけど」

「はぁ……?」

 

男らしいと言われたのは気にしていないし、むしろ当然と思っているので別にいい。だが、女子からもそういう感情を向けられていたのは予想外だった。

いくら元プレイボーイといえど、女子の体で女子とそういう関係になるつもりはない。しかし、元男の魂が男と関係性を持つことも拒否している。だから、この人生では恋愛ごとには無関係でいられると思っていたのだが、そう現実は甘くなかったらしい。

 

(住む世界も、性別すら変わろうとも、どこまでも女難の相はついて回るというわけか……。抑止力よりも深い関係だな、これは)

「あはは。その様子だと、そもそもバレンタインなんて忘れてた?」

「ああ。生憎とこの人生で縁遠かったものでな。毎年誰かに言われて思い出す次第だよ」

 

がくり、と周囲で聞き耳を立てていたクラスメイトが肩を落としたのを感じ取った。

……まあ、別に作るのが嫌なわけではない。ただ、それに関する惚れた腫れたが苦手なだけだ。ましてや、自分のエゴで周囲を落胆させたままなど、私の魂の根幹が許さん。

 

「ふーん? じゃあ、衛宮さんは誰にもチョコをあげないの?」

「いや、そうではない。折角思い出させてもらったのだし、まあ、明日にも作ることにするさ」

「つまり月曜日にってことだね?私にも友チョコ期待していい?」

「勿論。存分に腕を振るわせて貰おう」

 

……ふう。こちらに向いていた視線が離れていくな。浮かれた空気を撒き散らして、こんな男っぽい女から貰うチョコのどこがいいんだか。

……しかし、この人数分、いや、もっと作らなくてはいけないのか。材料費が足りるか?

 

 

* * *

 

 

「むむむ……さて、どうするべきか」

 

普段はあまり使用しない、ちょっとお高いデパートの特設コーナーに足を運び、時たま可愛らしくラッピングされた商品を手にとって思案するエミヤ。

もちろんこのまま買うわけではなく自分で作るのだが、流行り廃りは考慮しておかなければならない。被って埋没してしまうから……ではなく、もしも"本命"をあげる少女がいた場合、その少女が可哀想だと考えたからだ。

 

「シンプルなものに、トリュフ、生、クランチ、クッキー……ミニケーキなんてのもあるのか。最近は凝ってるなぁ」

 

多種多様なラッピングと、それを真剣な、もしくは友人とはしゃいだ様子で見る女性たちに囲まれて、腕を組み唸る。予想より種類が多く、流行が掴みづらかったのだ。

 

「……む? 765プロコラボ? そんなこともしてるのか。大変だな、この業界は」

 

世情、というよりもオンナノコの情報網に疎いエミヤでも知っているほどのビックネームとコラボしてまで売りたいとは、呆れ返るばかりだ。……ラーメンチョコという狂気の産物には、若干の興味があるが。

 

「……流石にここまで吹っ切れるのもアレだが、多少奇をてらった物の方がいいかもな。……よし、アレにするか」

 

そうと決まれば、後は帰って作るだけだ。

エミヤは足の向きを変え、手作り用の材料コーナーに向かっていった。

 

 

* * *

 

 

湯煎をしたチョコを広げ、(投影した)滑らかな大理石の上でテンパリングしていく。テンパリングを行わないと脂質が均一にならず、風味が損なわれてしまうためだ。

別に放置して冷ましてもいいのだが、量が量なので速度重視でいく。

 

テンパリングしたチョコを、予め用意しておいたメレンゲにゼラチンを混ぜて泡立てた物に加え、均一になるようによく混ぜていく。一気に全てと混ぜるよりも、少し取り分けた物に混ぜてからもう一度混ぜたほうが楽だが、エミヤほどの腕があればまとめてやったほうが早く、正確だ。

 

よく混ざったらそれを型に流し入れる。その際に、ちょっと一工夫加えることを忘れない。

 

冷蔵庫で30分ほど冷やしたら、型から取り外してコーンスターチをまぶしていく。この時、固める型をシリコン製にしておくと余計な手間がかからずに時短できる。

最後に、同様にコーンスターチをまぶした一口サイズの型で抜き取ったら……

 

「よし!完成だ!」

 

量も多く時間もかけられず、過去最高とは言えるほどではないが、しかし限られた条件の中では最高の出来だと言える自信作だ。これなら大丈夫だろう。

 

「うふふ。やっぱりイリヤも女の子なのね〜。やっぱりバレンタインは気になるんだ?」

「……いつから見ていたんだ、母さん?」

「ん〜……白い粉を鍋に入れてた時から?」

「最初からじゃないか……。それに、入れてたのは粉ゼラチンだ、勘違いを起こしそうな言い方をしないでくれ」

 

この母親は……と頭を抱えるエミヤ。

仮にも英霊の一角に上り詰めた経験を持つというのに、何故か彼女の気配を掴めた試しがない。母は強し、ということか。生前では母がいた記憶がないので断言できないが。

 

「母さんは爺さんに作らないのか?」

「私に出来ると思う?」

「……いや、止めてくれ。家が全焼する未来しか見えない」

「もうっ!イリヤったらひどい!そこまでじゃないわよ! ……多分?」

「断言できないのか……」

 

やはり大貴族の箱入り娘ということだろう。(アイ)(リス)(フィ)(ール)は、料理ができない。

流石に家が全焼というのは冗談だが、どこをどう通ってか材料を錬金して暗黒物質を作り出すぐらいはしてみせるだろう。個人的には、あのアイドル志望の(ドラ)(むす)といい勝負だと思う。

もし何かの気まぐれで料理をすると言い出したら、自分かメイド二人の誰かがつかないと、真面目に命の危険がある……切嗣の。

 

「だ〜か〜ら〜、いつも通り買ってきたものです〜〜。どうせ料理ができませんよ〜〜だ! ふんっ!」

「キャラがぶれてるぞ……。あの狐だか猫だか犬だかわかない生物でもあるまいし。

それに、娘にツンデレして何になるんだよ……」

「……何のことを言ってるか分からないけど、それもそうね。

ところで、これ全部あげるの? 多すぎない?」

「何故か私が学校で人気者らしいからな。友チョコとやらも含めてだ、というよりもそれが100%かな?」

「……何故か、ねぇ? 分かりやすい気もするけど」

 

ジト目で見てくる母親から、口笛を吹いて視線をそらすエミヤ。

彼女も理由は分かってはいるのだが、本人がそっち方面に行くつもりがないのであえて濁しているのだ。

 

「まあいいわ。イリヤが女の子してるの見れて満足だし」

「……ごめんな。中身がこんなんで」

「別にいいのよ。私たちは、それも含めて愛するって決めたんだから。どちらにせよ、私たちの子供には変わりがないしね?」

「……ありがとう」

 

素直に感謝しか出てこなかった。愛情を感じる言葉は、それだけで生きる価値があることを実感できる。

親の愛情をほとんど知らないエミヤにとって、この世界で生きてきて最も大切なものがそれだった。もう、この世界では、かつてのように命を粗末にすることはできないだろう。自分のちっぽけな命に、価値を見出してくれる人を持ってしまったのだから。

 

「ふふ。母親だもの、当然よ。

でも、そうね〜。セラとリズみたいに彼氏を作れまでは言わないけど、後は女の子らしい仕事に就いてくれれば満足かな? お花屋さんとか。

あっ!そうそう!アイドルとかはどう?興味ない? そこならウエディングドレス姿のお仕事が来るかもしれないし!」

「確かにこのままだと私が白無垢とかを着ることはないとは思うが……アイドル? こんな男っぽい奴がか?」

「そうよ!見た目は十分可愛いんだし、男の子っぽさも個性になっていいじゃない!」

「……まあ、スカウトでもされたら考えてみるさ」

 

適当に場を濁すために出したこの言葉に、アイリが『言質を取った!』という表情をしたのを、片付けを始めていたエミヤが気がつくことはなかった。

そして、この僅か一週間後。本当にアイドルのスカウトが彼女の元に来ることになるのだが、まだそれを彼女が知るよしもない。

 

 

* * *

 

 

「それでそれで〜?その後どうなったの〜♪」

 

「イリヤちゃんおしえて〜?」

 

「チョコソース入りのチョコマシュマロを作って持って行ったのは良かったのだがな。

しかし、味には高評価を受けたが、マシュマロを送るということは"あなたが嫌い"という意味があるという指摘をクラスメイトから受けて、地味に傷ついたな」

 

「そうなの〜?聞いたことないにぃ〜」

 

「どうもそうらしい。元々はホワイトデーのときの慣習らしいが、最近ではそういう風潮もあるということだ。

私はそれを知らなかったわけで、仕方がないと言われればそうなのだが、知らなかったこと自体が痛恨の不覚だった」

 

「……それで…ホワイトデーのお返しにクッキーを焼いたんですか……。クッキーの意味って……確か友達…だったはず……だよね?」

 

「ああ。今回は調べたから間違いないはずだ。

それに、持って行ったマシュマロの6割分ぐらい貰ったからな。返さないのもアレだし、いいリベンジだと思ったんだ」

 

「負けたままにせずリベンジって、ロックだね!」

 

「で、そしたら気合い入れすぎて焼きすぎたんだ?」

 

「……そうなるな」

 

「余り物貰ってるみくたちが言えたことじゃないけど、そもそもホワイトデーは男の子が送る側だと思うにゃ。女の子が送るってどうなの? それもわざわざ郵送までして」

 

「ククク、我が盟友は性別を超越せし者。その程度の瑣事など、路傍の砂粒よりも取るに足らぬことよ(えっと、イリヤちゃんはかっこいいから、大丈夫じゃないかな……?)」

 

「それにしても、本当に美味しいわ。そのチョコマシュマロも食べてみたかったわね」

 

「そうか、なら今度作ってくるとしよう」

 

「ダー!スパスィーバですイリヤ!」

 

「あ、私も一緒に作らせてくれる? 本格的なテンパリングって一度してみたかったんだ!」

 

「……そうか。ならまずは磨いた大理石の板を用意しなくてはな」

 

「……えっ?」

 

 

 

そうした少女たちの和気藹々とした会話を聞きながら、武内は書類を書いていく。

ほんの一瞬、メンバーが全員揃うまでのモラトリアム。

だが、その時間を生きている彼女たちにとっては掛け替えのない時間。

その大切な世界を忘れないように、彼女たちも一人の少女であると忘れないように、心に刻んでいった。

 

 

そんな、クッキーと紅茶の香り漂う、とある日常のひととき。




はい、番外編です。
バレンタインデーに見せかけたホワイトデーの話。しかも殆ど本編開始前。

本編書く前に何やってるんだ、と思われるかもしれませんが、これには理由があるんです。
『バレンタインの話を書きたいな〜(思いつき)
→"立派な"はそのうち本編で書くし、"F/DAL"は原作がそこまで進んでないし……アイドルの番外編で書くしかないか』
という単純な思考の元に書きました。後悔はしていません!

本編の更新は未定、というよりもプロットすらまともに出来ていませんが、思考回路が妙な方向に飛んだら書き進めてますので、気を長くしてお待ちいただけるとありがたいですm(_ _)m

※追記※
最新話を本当に最新話にするために、本編の更新がありましたら、この話はマテリアルのあとに持って行きます。

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