『会わせたい子がいるから指定の日に本邸へ来なさい』
そんな連絡を楯無さんから貰ったのがついこの間のこと。
突然の連絡だった。しかも、一方的な。予定をあわせるのに苦労した。
「申し訳ありません。もう少しとのことなので、またしばしここでお待ちを」
更識家に従事する女性の人が申し訳無さそうに言って部屋を出る。
楯無さんはいろいろと忙しい人だ。仕方ない。
今日呼ばれたのは簪と俺の二人のみ。
楯無さんと会うのは久しぶりだ。近況報告を兼ねた連絡ぐらいは交わすが、こうして直に会うのは更識家で行われる季節の行事ぐらいなもの。
昔は向こうから勝手に会いにくることはあったが、最近はめっきりだ。
本音情報によると何でもお気に入りの子が出来たとか。
「ねぇ……やっぱり、あの噂の子なのかな」
小声で話しかけてる簪に頷く。
そうだろう。更識家ではここ最近、『ご当主の楯無様が養子を迎え入れた』。そんな噂が流れていた。
それ自体は本音に確認してもらったところ事実だった。
細かく調べてはないから分かったのはそのぐらいだが、その子で間違いないだろう。
「あのお姉ちゃんが養子にまでするってどんなの子なんだろう……ちょっと楽しみ」
凄く分かる。
あの楯無さんが養子にするってことはよっぽどの事だ。
それほどの子なんだろうか。
勝手ながらにも期待が高まっていく。
「待たせたわね、二人とも。ごめんなさい、支度に手間取っちゃって」
その言葉と共に現れた楯無さん。
後ろには小さな女の子らしき人影が隠れている。
「ああ、紹介するわ。この子が今日の主役。ほら、クー。挨拶頑張って」
「う、うんっ……」
背中に隠れていたクーと呼ばれた子がおずおずと前に出てくる。
クマのぬいぐるみを抱き白のワンピースを着た幼い金髪の女の子。
日本人じゃない。外国の子だ。
「は、はじめましてっ……えっとっ、そのっ、ク、クーはクーリェっていいますっ。よ、よろしくお願いしますっ」
たどたどしい日本語を使い深々とお辞儀する。
何でだろう。この子を見てると既知感みたいなものを覚えはじめた。
一連の様子を見て、楯無さんは誇らしげ。どころか、嬉しそうな顔しながら頭を撫で褒めている。
「よくできました! 偉いわ! 流石よ!」
「そ、そう? よ、よかった、えへへっ~……」
相変わらず大げさな褒め方だが褒められた方は頬をふにゃりと緩ませ凄く嬉しそうだ。
「わぁー、だらしない顔……でも、仲よさそうだね」
養子と聞いて、いろいろ勘ぐってしまったが仲良さそうでひとまず安心した。
「それでお姉ちゃん……どういう事情でその子を養子に……?」
「そうね。改めて紹介するわね。この子はクーリェ・ルククシェフカ。ロシア出身で元々孤児、孤児院育ちだったの」
更識さんが優しげな眼差しを向ける先ではクーリェちゃんは虚さんが出してくれたお菓子を笑顔で頬張っている。
「ロシアは定期的にISの適正値を全国民を対象で調査しててそこで適正値Sを出したのがこの子だったの」
「S!?」
「ひゃっ!?」
「こら簪ちゃん、クーちゃんを驚かせないの」
「ご、ごめんね……? ク、クーリェちゃん」
「う、うん……」
思わず大声を出した簪にクーリェちゃんは驚き肩を縮めては怯えたように小さくなった。
簪は申し訳無さそうにしているが、声を上げてしまう気持ちはよく分かる。
適正値Sなんてそう目に出来るものでない。いてもブリュンヒルデ、ヴァルキリーといった歴代トップ選手ぐらいなもの。
先天的なのなんて織斑先生ぐらいしか知らない。
その適正値で幼い年齢。しかも、天涯孤独。いろいろよくないことに巻き込まれそうなのが想像つく。
「そうなのよ。期待の新星、ロシア人初のブリュンヒルデをって期待する分にはまあ仕方ないけど期待のあまりいろいろ手荒なことをしちゃいそうな連中が多くてね。見かねて私が保護責任者になったのよ。最初は」
凄い尾ひれがつく言い方だ。
しかも呆れ顔。それだけではダメだったいうのは伝ってくる。
「私がいくら元ロシア代表。ロシアに多大な貢献をしたとは言え、結局は更識の人間で日本人。素質ある子を私に任すのは納得いかないっていう困った人達が多くてね。いろいろあったのよ、いろいろ」
「いろいろ……」
簪と一緒にぼんやりそのいろいろを想像してしまうが、よくないのしか思い浮かばない。
まあ、本当にいろいろあるだろうな。
「だったら、いっそ私楯無の家族にして内外共に手出し出来なくすればいいじゃんって思ってしちゃったわけよ」
「しちゃって……そんな簡単に」
なんでもないかのように言うが話を聞いていてそう簡単に出来るとは思えない。
だが同時に楯無さんなら出来るという確信も覚えるから末恐ろしい。
「この子の競技者としての育成。将来、必ず高レベルの国家代表に仕上げなきゃいけなくはなったりと当然いろいろ些細で面倒な代償はあったけど些細なものだわ」
「まあ、それはそうなるね……」
「ええ。まあ、これは追々ゆっくりとね。クーちゃんは争ったりするの嫌いだし、嫌がることは私もさせたくないし。でも、家族が増えるのは嬉しいわ。私は結婚しないとは言え、本当に独り身は寂しいもの」
相変わらず更識さんにこういうこと言われると返事に困る。
でも、更識さんに家族が増えることは喜ばしい。
「……えっと、それで経緯は分かった。今はどうしてるの? 生活とか」
「今までは手続きとかでロシアだったけど、これからは日本よ。更識の拠点は日本だし、ロシアにいるとどうしてもクーちゃんに柵つけてしまうから。後は将来IS学園にも通わなくちゃいけないし、日本の生活にも早めになれたほうがいいでしょ」
「それはそうだね。うん……あ、住むところは実家……?」
「そうね。ここが一番細かいところまで融通利くし、お父様も隠居して暇だから面倒見るって楽しみにしてるし」
なら安心だ。
親方様、簪のお父さんの喜ぶ姿が容易に目に浮かぶ。
初孫ってことになるんだろうか。これで孫孫せかされなくてすむのなら、俺達としては何も異論はない。
「だね」
「あら、それとこれとは別よ。更識家には跡継ぎが必要なわけだし、お家問題にくーちゃん関わらせたくもないし。そういうの抜きにしても貴方たちの子供は皆楽しみにしてるんだから」
「……それこそ追々の話。でも、クーリェちゃんはその……日本住むのいいの……?」
話題をそらす様に簪はクーリェちゃんに問いかける。
さっき驚かせてしまったので今度は気をつけながら優しく口調で。
「どう? クーちゃん、やっぱり……」
「ううん……いい、よ。思い出いっぱいのロシアとバイバイするの寂しい。けど、また行けるって言ってくれたし、わ、わたしにはル、ルーちゃんとお姉ちゃんがいるからだ、大丈夫。お姉ちゃんいっぱいクーの為にがんばってくれたの知ってるから、クーもにっぽんで頑張るっ……!」
「クーちゃん! お姉ちゃん嬉しい、大好きよ!」
「ク、クーも大好きっ……」
感極まった様子の更識さんに抱きしめられたクーリェちゃんも更識さんに抱きつく。
何だか寸劇を見せられてる気分ではあるが、仲がいいのは本当みたいだしこういう感じなんだろう。
にしても。
「私も気になった。お姉ちゃん、クーリェちゃんにお姉ちゃんって呼ばせてるんだ」
「私の籍に入れて書類上はクーちゃん私の娘になったけど、私お母さんって呼ばれる年齢でもまだないし、お姉ちゃんはお姉ちゃんだもの! ね!」
「そ、そう……ヘ、へぇ~……」
いろいろ言いたげな簪だったが、面倒くさくなったのか適当なところで納得して流していた。
「もう連れないわね~。簪ちゃんもクーちゃんのお姉ちゃんなのに」
「え……私が……?」
「ほら、クーちゃんは私の娘なわけで簪ちゃんからは姪っ子になるわけでしょ? なら、おばさん呼びされるよりお姉ちゃんってほうがいいじゃない」
「叔母さん呼びされるのはアレだけど……そういうもの、なの……かな」
半信半疑の様子だが、そう言われればそういうものなのかもしれない。
クーリェちゃんは姪っ子になる。つまりは、叔母と姪っ子の関係だ。
クーリェちゃんが簪を叔母さんと呼んでもなんら問題はないが、言葉の響きとしてはおばさん。
まだ若いのにおばさん呼びは嬉しいものではないから、お姉ちゃん呼びのほうがいいのかもしれない。多分。
「クーちゃんにお姉ちゃん増えると素敵だと思うんだけどなぁ~ね、クーちゃん」
「またそういうことを……」
「……う、うんっ……クー、お姉ちゃんいっぱいでうれしい、よ。あ、あのっ……クーがお姉ちゃんって呼んだら、迷惑……ですか……?」
「うっ、ううんっ……迷惑じゃないよ。むしろ、お姉ちゃんって呼んでくれると嬉しいな」
「うんっ……簪お姉ちゃんっ」
「簪お姉ちゃん……いい」
お姉ちゃん呼びされ簪は、ふにゃりと頬を緩める。
簪も人のこと言えないほどだらしのない顔で嬉しそうだ。
今まで後輩はいても妹というのはいなかっただろうし、無理もない。
それに二人の様子を見ていると気づいたことがあった。
『気づきましたか』
とでも言いたげな虚さんと視線と合ったから的外れではないだろう。
簪とクーリェちゃんは似ている。
雰囲気というか、仕草というか。ほっとけないところとか。
そういうところがあって楯無さんがクーリェちゃんを迎え入れたような気がした。
…
アキブレキャラを出してくれという電波を受信ししたのでこの話を。
アキブレ世界線ではないので多少関係性や年齢などが違っていますがこの簪物語でもアキブレキャラは全員います。
他のキャラも追々出していければと思ってネタは用意してます。
コメット姉妹やロランは何か出しやすそう。
今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません
それでは