簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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最低文字数3000文字にも見たずお蔵入りしていた小話を3つほど詰め合わせました。



冬にあった簪とのありふれたやりとり。その詰め合わせ

【寒い冬には】

 

 

「寒っ」

 

 ふと隣から聞こえた簪のその声に振り向く。

 寒空の下、耳あて付きのニット帽を被り、首にマフラーを巻いた可愛らしい簪の姿があった。

 厚手の上着を羽織って厚着をしているが身体を冷やしてしまったんだろうか。

 夕日が沈んでいき、時間はそろそろ夜となる頃。このぐらいになると最近ではもう寒いことが多い。時期的にはまだ秋と言えなくないのに。

 雨やら何やらが多くて今年はあんまり秋を感じはなかった。

 

「ね、あっという間にもう冬。……はぁ~」

 

 寒さを紛らわすように簪は、手に息を吹きかけながら両手を合わせて擦る。

 吐いた息は白くなって消える。

 そこまで寒そうにするならマフラーとかだけではなく手袋も用意するべきだった。

 まあ、ないものは仕方ない。なくても簪の寒さを紛らわすことは出来る。

 大した意味はないこれはただの思いつき。

 自分の手で暖める為に簪の手を取って握った。

 

「わっ」

 

 驚いて。

 

「どうしたの、急に」

 

 きょとんとする簪。

 当然の反応なんだろう。我ながら突拍子がない。

 だが、こうすれば少しは寒さもマシになるだろと思ってだな。

 

「ふふっ、変なの。あなたって時々急にこういう事するよね」

 

 くすりと簪に笑われてしまった。

 ガラではないよな。こういうのは。

 何だか自爆した気分。周りに人がいないのが本当に救いだ。

 

「でも、あなたの手暖かい」

 

 温まってくれている簪の手は思ってたよりも冷たい。

 大分、冷えてしまったんだろう。

 部屋に着いたらしっかり暖かくしなければ。

 

「そんな握って大丈夫? 私の手、冷たいでしょう……心が冷たいから」

 

 また簪はそういうこと言う。

 冷たいのは単に冷えたからだ。

 後それを言うなら、手が冷たい人は心が温かいだろ。

 もう充分暖かくなって冷たかった簪の手は温い。

 

「ふふっ、ごめんなさい」

 

 言葉のわりには悪戯っぽく笑う簪に悪びれる様子はない。

 まあいいだろう。少しでも寒さを紛らわせて暖まってくれたのなら。

 

「うん、ありがとう。おかげで凄く暖かい……あなたの手、ぽかぽかしてて気持ちいい」

 

 そう言って簪は温める俺の手を握り、指と指を絡めてくる。

 手が暖かい……簪が先ほど言ったことに倣えば、手の暖かい俺は心が冷たいということになるんだろうか。

 

「またあなたはそういうこと言う。大丈夫……あなたは手も心も温かいよ」

 

 その言葉と共に簪は繋いだ手をぎゅっと握りなおした。

 合わさった手の平から伝わってくる簪の体温もまたぽかぽかと暖かく。

 簪の心の温かさを直に感じられているかのようだ。

 

「ん……」

 

 幸せそうな簪を隣に分け合った体温が二人の間で一つになるぽかぽかとした幸福感じる冬の訪れ。

 

 

 

【簪との寒くなってきた朝のひとコマ】

 

 

 寒い。

 目が覚めて一番最初に感じたのはそれだった。

 眠気に襲われながらカーテンのほうを見るとまだ暗いまま。だが、この暗さは朝のもの。

 日が昇る前に起きてしまった。

 

 ふいに寒さを感じる。

 普通に寒いよりもこういったちょっとした寒さのほうが堪える。

 布団は冬用のものを使っているがそろそろ暖房器具の用意も必要かもしれない。

 

「う、んんっ……さむ、ぃ……」

 

 隣で寝ている簪が暖かさを求めるように寄り添ってきた。

 布団をかけなおしてやる。

 早い時間の為当然簪は眠っているが、寝ていてもしっかり寒さは感じるものなんだな。

 

「ん……」

 

 暗さに目が慣れ簪の寝顔が暗がりでも見えた。

 よく眠ってる。俺で暖を取って暖まったのか気持ちよさそうだ。

 寝顔はあどけなくて可愛い。ここだけの話簪って寝顔は幼い。それを知っているのはちょっとした優越感。

 だからなんだろうか。眺めているとつい触れたくなって簪の頬を指の外側で優しく撫でた。

 

「えへへ……」

 

 簪は気持ちよさそうに頬を緩める。

 可愛いな。ただ眺めているだけなのに不思議と微笑ましく幸せな気分一杯になる。

 

 さてしかし、ここからどうしたものか。

 結構まだ眠いが段々覚めつつある。

 枕元においていた携帯で確認したが起きる予定の時間ではない。というより、早すぎる。

 オマケに今日は休日。起きる時間は普段よりも遅くと考えていた。

 二度寝もよさそうではある。

 

 けれど、地味な寒さは続いていて体が冷えてきた。

 トイレ行きたい。二度寝するにしてもトイレ行ってからにしよう。

 そう思い立ち布団から抜け出そうとしたが抜け出せなかった。

 

 腰を抱き枕のように抱きしめれ、足は足と絡められガッチリホールド状態。

 寝てるよな。眠っていても流石と言うべき、力強さ。

 だが眠っているのは確かで次抜け出そうとしたらすんなり抜け出せた。

 寒さからそうしたんだろう。可哀想ではあるがトイレには行きたい。

 

 手早く向かい済ませ素早くベッドに戻るとぎょっとした。

 

「む~……」

 

 暗がりの中起き上がった簪と目が合う。

 ビックリした。さっきまであんなに気持ちよさそうだったから、まさか起きるなんて思ってもみなかった。

 起こしてしまったのかもしれない。だから、眠そうにしながらも不機嫌な顔しているのだろう。

 

「何処……行ってたの……?」

 

 何とも言えぬ気迫に怯えたのかトイレに行ったことを言い訳染みた説明をした。

 

「そう……ん」

 

 納得してくれた様子だが、先ほどまで俺がいた簪の隣を示す。

 言われた通り、隣に入って寝転ぶ。

 

「寒かった……」

 

 そう言って簪は再び寄り添うように抱きついてくる。

 なるほど、それで寝起きも相まって機嫌悪かったのか。

 安心すると簪は目を瞑る。また眠るようだ。

 

「だってまだ早い……眠い……あなたも一緒に二度寝しよ……?」

 

 抱き寄せられるように布団の中へ引きずり込まれる。

 休日の二度寝はある意味醍醐味とも言える。いいかもしれないな、それは

 

「でしょ、それにこうすれば暖かい……ぬくぬく……」

 

 胸元には安心しきった顔を浮かべる簪がいる。

 こうしたらもっと暖かくなるかもしれない。

 今度は俺の方から抱き寄せた。

 

「あ……ふふっ」

 

 嬉しそうに笑みを溢しながら簪は身を委ねてくれる。

 こうして2人くっついてると幸せな気分は増していく。

 またよく眠れそうだ。

 

 

 

 

【こたつにまつわる簪とのやり取り】

 

 

 ここ最近夜はずっと足先から冷たくなる寒い日が続く。

 だが、それも昨日まで。

 今日は冬を乗りきるとっておきのものを用意した。

 

「はぁ~……」

 

 隣の席では簪が心地よさそうにしながら机に突っ放して炬燵で暖まっている。

 とっておきのものとは炬燵。

 簪と今の生活をするうようになってこの炬燵は何度目かの出番を迎えた。

 

「ん~炬燵いいね。最高」

 

 簪がタレてるパンダみたいになっている。

 普段シャキっとしている簪でもひとたび炬燵に入ればこうなるのだから炬燵の効果は絶大だ。

 今年も初日の今日から大活躍。

 

 今までよりも早めだったが出してよかった。

 簪の言う通り炬燵はいい。

 このままずっとこうしていたい。出たくなくなる。

 

「本当にね。あ……炬燵と言えば、んーんー」

 

 簪が取ろうとしたのみかん。

 冬と炬燵と言えば、これは外せない。

 だがしかし手を伸ばしたがギリギリのところで届かず、代わりに取ってやる。

 ついでに皮をむいてやる。

 

「ありがとう」

 

皮を剥き一つちぎって少し白い筋を取るとそのまま簪に食べさせてあげた。

 

「あーん。……ん、美味しい」

 

 ふにゃと頬を緩ませる簪。

 もう一つと簪にみかんを差し出してみた。

 

「食べる。あ~む」

 

 小さく開けた口の中へみかんを放り込んでやると簪はまた美味しそうに食べた。

 まるで親鳥から餌を貰う雛鳥。

 こういっては何だが餌付けしている気分だ。

 

「みかんそのまま頂戴」

 

 言われて残りのみかん全部を渡す。

 流石にもう残りは自分で食べたくなったか。

 また新しいのを食べるかとみかんの入った籠に手を伸ばそうとすると。

 

「はい」

 

 と残りの束から一つ取られたみかんを差し出された。

 これは確かめるまでもなくこのまま食べろと言うこと。

 大人しく口を開けるとそのまま食べさせられた。

 

「美味しい?」

 

 頷いて答える。

 美味い。こたつで暖まりながら食べるみかんはまた格別。

 

「よかった。じゃあ、もう一つ」

 

 また一つみかんを差し出され、口を開けて食べる。

 

「ふふっ」

 

 何故か微笑まれた。

 笑う要素なんてないだろうに。

 

「いや、何か小さなどうぶつに餌付けしてるみたいで楽しいなあって。後可愛い」

 

 同じことを考えていたらしい。

 それはいいが可愛いって……聞かなかったことにして新しく取ったみかんを食べる。

 美味しいし早々に飽きはしないが、それでも口の中がみかんで一杯になると別のものが欲しくなってくる。

 

「はい」

 

 そう言って簪は俺の前に熱いお茶の入った湯飲みを出してくれた。

 

「そろそろ欲しくなるだろかなって思って」

 

 よく分かってくれている。

 というか、ちゃっかり簪は自分の分も用意している。

 折角頂こう。入れてもらったお茶を飲んで一息。

 

「はぁ~……――あ……ふふ、重なった」

 

 幸せな溜息が簪と重なる。

 隣り合う簪と俺はこたつで温まりながらそっと肩を寄せ合う。

 愛する彼女とコタツを囲む幸せ。やはり、こつたとこうして冬に食べるみかんはいいものだ。

 





今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません

それでは

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